あらすじ
第1巻
連続幼女殺人犯である通称「写真家」のアジトに単身で突入した刑事の鐘巻佑人。しかし、写真家はすでに絶命しており、その傍らには自分こそが一連の事件の真犯人であると主張する、脳科学者の神宮義道がいた。義道は取り調べで、他人の脳に人為的な刺激を与えて、写真家をはじめとする幾人もの殺人者を作り上げた事を告白。さらに実の息子であり、死刑囚となったカルト教団の教祖の神宮正義が無罪であると主張し、彼の免罪を佑人に証明させるのと引き換えに、これまでに作った殺人者の弟子リストを渡す事を佑人に約束する。佑人は福岡まで足を運び、10年前に退官した名刑事の油小路輝男をパートナーとし、事件の真相へと迫ろうとするが、同日の夜に義道は自殺。義道の弟子の一人である殺人者の音楽家の情報を探るため、拘置所で死刑囚の正義と面会した佑人は、再度福岡へと飛ぶ。正義から得た情報で、現地で発生していた連続女性焼殺事件の犯人である音楽家が、北九州造形大学の教授「古賀慎吾」である事を突き止めた佑人だったが、慎吾は自らが作った処刑道具、ファラリスの雄牛の中で焼死していた。佑人は紅蓮(ぐれん)の炎に包まれたファラリスの雄牛の傍らに、謎の人影を見るのだった。
第2巻
神宮正義との面会で、つぎたし話の情報を得た鐘巻佑人は、殺人者同士は全員が知り合いで、動機と内なる欲望を次の殺人者に受け継ぐのではないかと推測。その後、広島県で警察官が銃殺される事件が発生。捜査のため広島入りしていた油小路輝男が、広島駅に立て籠もった犯人によって人質にされ、危うく射殺されかけるものの間一髪で犯人が射殺され、事なきを得る。その事件発生前から、東京拘置所の囚人のあいだで「広島で警官が大量に殺害される」と噂になっていた事を知った佑人は正義を問い詰めるが、正義は自身の関与を否定。噂の出元が「次の殺人者」の仕業である事を告げる。警官殺しの犯人が生前に遺した、次の殺人者が「あんたらの手の内にいる」という言葉を思い起こした輝男は、同日に東京拘置所から釈放される四人のいずれかが次の殺人者であると推察。その後、佑人は旧知の弁護士である滝川茜が弁護人となって不起訴を勝ち取ったヤクザの佐々木久が、例の日に東京拘置所から釈放された人物の一人である事を知り、久と会う事を決意。佑人と会った久は、学生時代に同級生だった佑人の兄に洗脳されたという恨みを語り、さらに過日の殺人も自白。取り調べで久は、17年前に死んだ佑人の兄こそが、100%の善人である正義と対を成す、100%の悪魔だと主張するのだった。
登場人物・キャラクター
鐘巻 佑人 (かねまき ゆうと)
警視庁捜査一課管理室に所属する若き男性刑事。一課では唯一となるキャリア管理官。幼い頃に両親と兄を事故で失っており、天涯孤独な人生を歩んで来た。非常に聡明で物腰も落ち着いているが、感情表現が希薄で、なおかつ他人に感情移入できない性格。感情に左右されず、証言や物証だけで犯人の思考に同化して、犯人を割り出せるという特殊な才能を持っている。本質的には臆病な人物で、それを自覚しているがゆえに、一度感情が高ぶると、自身の弱さを克服するために単身で犯人のアジトに乗り込むなど、無鉄砲な行動に走ってしまう事もある。連続幼女殺人犯を追う過程で脳科学者の神宮義道と出会い、彼から死刑囚である息子の神宮正義の免罪を証明するように依頼されるが、断固として拒絶する。その後、警視庁に復職した伝説の刑事、油小路輝男と組み、「猟奇犯罪特捜室」の室長として働くようになる。輝男からは、孤独ゆえに「いつか必ず闇に飲み込まれる」事を示唆されていた。彼女らしき女性がいた事もあるが、長期間連絡しなかった事で振られている。また、他人との会食に慣れておらず、やたらと食事を取るのが速い。
油小路 輝男 (あぶらこうじ てるお)
10年前に退官した元刑事の小柄な男性。一介の刑事から警視正にまで出世したノンキャリアの星で、警視庁の古株のあいだでは今なお伝説的な人物。電柱などの高い場所に上って事件現場周辺を見渡し、犯人の手がかりを探すという奇行を特徴としており、過去にはカルト教団、ヨハネの子羊の教祖である神宮正義も逮捕している。現在は香港からやって来た押し掛け弟子の梁冠希と行動を共にしている。頻発する連続猟奇殺人に対応するため、アドバイザーとして警視庁に復職した。復職後は鐘巻佑人と組み、「猟奇犯罪特捜室」の顧問として働くようになる。職人気質でやや思い込みの激しい部分もあるが、ことに捜査となると柔軟な思考ができるタイプで、物事を多面的に捉えて鋭い推察をする事ができる。以前は犯人の心に入り込む捜査を得意としていたが、亡くした妻に、身体の半分以上が闇に犯されているという指摘を受けてから、その捜査方法を捨てた。孤独な佑人が捜査の果てに闇に引き込まれないように、彼の話を聞く「聴聞僧」となる事を志願していた。見た目とは裏腹に、実は料理上手。
神宮 正義 (じんぐう まさよし)
カルト教団、ヨハネの子羊の教祖をしていた男性。高名な脳科学者である神宮義道の息子。11年前に国家転覆を図った罪で油小路輝男の主導のもとに行われた大捕り物の末に逮捕され、裁判で死刑判決が下された。現在は東京拘置所で死刑を待つばかりの身となっているが、歴代法務大臣はなぜか死刑執行のハンコを押さない。長年の拘置所暮らしでもその精神性は教祖だった時のままで、つねに悠然としており、他人の心を見透かすような澄んだ眼をしている。死刑確定囚であるにもかかわらず、父親である義道からは「聖者」、ヤクザの佐々木久からは「100%の善人」という、司法や世論とは真逆の評価を得ている。殺人者の情報を得るために面会にやって来た鐘巻佑人の事を、自身の無実を証明するために義道が送った「天使」であると断言し、一連の猟奇殺人事件の事は、地上における天使と悪魔の戦いであると告げる。勘が非常に鋭く、義道が自殺した時は情報を得る手段がなかったにもかかわらず、拘置所内で泣き崩れていた。
神宮 義道 (じんぐう よしみち)
医科大に勤めていたノーベル賞級の高名な脳科学者の男性。車椅子に乗っている。年間100本以上の講演や授業をこなすなど、精力的に活動していた売れっ子だったが、11年前に息子である神宮正義が逮捕された直後に医科大を辞職。その後は脳を人為的に刺激して、幾人もの殺人者を作り出すという悪魔の所業に手を染めてしまう。死刑囚となった正義の無実を確信しており、神宮義道自身が作り出した殺人者のリストを渡すのと引き換えに、鐘巻佑人に対して正義の免罪を証明するように依頼する。写真家を殺害した容疑で東京拘置所に移送され、独房で聖書のページをちぎって大量に飲み込み、窒息死する。
佑人の兄 (ゆうとのあに)
鐘巻佑人の一回り歳が離れた兄。父親と同じ脳科学を学んでいた優秀な大学生。十数年前のある日、父親と激しく口論をした翌日に、両親と共に車ごと海中に落ちるという事故に巻き込まれる。遺体は見つからないまま、両親といっしょに死亡扱いとなった。ヤクザの佐々木久とは大学の同級生で、久からは「脳を破壊された」という理由で、亡くなった今でも酷く恨まれている。音楽家の捜査で北九州造形大学のアトリエに乗り込んだ佑人は、燃え盛るファラリス雄牛のそばに、亡くなった兄の姿を見る。
写真家 (しゃしんか)
東京で発生していた連続幼女殺人事件の犯人。眼鏡をかけたスキンヘッドの男性で、本名は「秋山裕司」。神宮義道によって殺人者として作られた一人とされており、誘拐して殺害した幼女の写真を警察に送りつけていた事から、写真家という名で呼ばれるようになった。幼少の頃に母親から酷い虐待を受けており、女性全体に恨みを抱いている。鐘巻佑人がアジトに踏み込む直前に、義道によって殺害される。
音楽家 (おんがくか)
福岡で発生していた連続女性焼殺事件の犯人。本名は「古賀慎吾」で、年齢は40歳。北九州造形大学の教授を務めている男性で、神宮義道の手により殺人者として作られた一人とされている。アトリエに連れ込んだ女性を、ファラリスの雄牛と呼ばれる牛型の処刑用具に入れ、焼殺していた。ファラリスの雄牛が奏でる、犠牲者の最後の声を録音していた事から、義道に音楽家という名で呼ばれていた。父親が痴漢免罪で自殺しており、警察を強く恨んでいる。写真家からは、女性を激しく憎むという動機を受け継いだ。ファラリスの雄牛で焼かれた人間の骨は輝く宝石に代わるという妄執に囚われており、最後は自分自身が宝石になろうとして、ファラリスの雄牛で自らの身を焼いて絶命する。
梁 冠希 (りょん かんき)
香港出身の留学生。元香港警察の青年刑事。明るい性格でスカジャンが似合い、尊敬する伝説の刑事である油小路輝男に弟子入りをするために、刑事の職を辞して日本までやって来た。輝男が警視庁にアドバイザーとして復職したのに伴い、彼の私設秘書扱いで「猟奇犯罪特捜室」の一員となる。輝男からは雑務係としてこき使われているが、同時にかわいがられてもいる。コロッケが大好物。
滝川 茜 (たきがわ あかね)
弁護士の女性。鐘巻佑人とは彼が小学生だった頃からの知り合い。事故で家族を失った佑人から、両親の遺産を着服していた叔父夫婦を訴えるための代理人として指名された過去を持つ。それ以後は施設に入った佑人の後見人となり、今に至るまで姉弟のような、気の置けない関係性が続いている。弁護士としては非常に優秀で、対立する組の幹部を射殺した容疑で逮捕された佐々木久の弁護をして、不起訴を勝ち取っている。夢中になった医者が妻子持ちだったりするなど、恋愛運には恵まれておらず、佑人には自らを「いきおくれのハイミス」と自嘲気味に話していた。
警官殺し (けいかんごろし)
広島県で発生した警察官殺害事件の犯人。フリーターの男性で、本名は「平井真之輔」。年齢は30歳。広島市内で警官を殺害したあとに制服を奪って身分を偽装し、油小路輝男を人質にして広島駅に立て籠もった。8歳の時に母親を自殺で失い、鳥取県の児童養護施設に入っていた過去を持つ。その時期に宗教家で女装癖のある所長から性的虐待を繰り返し受けた事で殺人衝動と復讐心が芽生え、遂に凶行へと至った。音楽家から、警察を強く恨むという動機を受け継いでいる。人質の輝男を射殺しようとした際に、周囲を取り囲んでいた警察官の銃で頭を撃ち抜かれ、絶命した。
郷原 (ごうはら)
警視庁捜査一課の課長を務める男性。落ち着いた雰囲気を漂わせている。キャリアなのに規律違反をする鐘巻佑人には手を焼いているが、特に処罰する事もなく見守っている。油小路輝男が在職中は上司と部下の関係で、輝男いわく、かつては「死体を見ると吐いていた」との事。
犬丸 (いぬまる)
福岡県警捜査一課の管理官を務める男性。女性連続焼殺事件の担当者で、捜査のために福岡入りした油小路輝男を出迎え、共に捜査を進める。捜査の過程で警官殺しによって背中に銃弾を4発撃ち込まれ、意識不明となる重傷を負うが、無事に生還を果たす。
佐々木 久
「麒麟会」の組長を務めているヤクザの男性。年齢は39歳。対立する組の幹部を射殺した罪状で逮捕されたが、滝川茜の弁護で不起訴処分となり、井坂克也、春菜理佳、須磨光太といっしょに東京拘置所から釈放された。元々は超名門大学で脳科学を学んだ優秀な人物だったが、大学時代に出会った同級生の佑人の兄に脳を破壊され、ヤクザの道へ進む。今もその事を恨んでおり、すでに死んでいる佑人の兄の代わりに、肉親である鐘巻佑人を恨みの標的としている。警官殺しから女装マニアや教祖への憎しみを受け継いでおり、新宿で二人のドラッグクイーンを殺害した。
井坂 克也
投資会社の顧問を務める男性。眼鏡をかけ、年齢は43歳。強姦容疑で送検され、東京拘置所に収監されていたが、裁判直前になって被害者が告訴を取り下げたため、釈放された。佐々木久、春菜理佳、須磨光太とは同じ日、同じ時刻に釈放されている。
春菜 理佳
栄養士の女性。年齢は30歳。許嫁を練炭による一酸化炭素中毒で殺害した容疑で逮捕され、一審では有罪となった。その後、許嫁の残した遺書が発見されたため、釈放された。佐々木久、井坂克也、須磨光太とは同じ日、同じ時刻に東京拘置所から釈放されている。釈放後に三人の宗教団体の教祖を殺害していた。
須磨 光太
新宿でバーテンダーをしている男性。年齢は24歳。近所のゲイバーのオーナーと大喧嘩になり、相手を意識不明の脳挫傷にした傷害の罪で逮捕された。その後、オーナーがナイフを所持し、殺意があった事が証明されたため不起訴処分となる。佐々木久、井坂克也、春菜理佳とは同じ日、同じ時刻に東京拘置所から釈放された。
集団・組織
ヨハネの子羊
神宮正義が運営していた宗教団体。教祖の正義は、信奉者に終末思想を説き、自ら救世主を演じていたと言われている。11年前に政財界のトップと司法、行政、立法の三権の長を暗殺する計画を立てて国家転覆を図ったうえ、数々の殺人罪によって正義が逮捕された事ですべてが明るみになり、終末思想のカルト教団として一躍有名になった。
その他キーワード
つぎたし話
「人の歴史は人間と神さまの壮大なつぎたし話」であるという、神宮正義の宗教家としての持論。「猟奇犯罪特捜室」が殺人者を捜査する過程で、一連の猟奇事件犯人であるの殺人者が、殺人の動機や恨みの対象、そして内なる欲望を次の殺人者へ引き継ぐという事実を発見したあとに、それらの事象を指し示す言葉となった。なお、殺人者同士は互いに知り合いで、自らつぎたし話に参加しており、自身が殺したい相手は、恨みや動機を引き継いだ次の殺人者が始末し、殺人の実行後に自殺するというルールが設けられている。
ファラリスの雄牛
紀元前の古代シチリアの僭主「ファラリス」が鋳造師に銘じて作らせた、世界一芸術的な処刑装置。胴体が空洞になった青銅の巨大な雄牛像で、中に人間を閉じ込めて高熱によってあぶり殺す。口とつながった金属管を通じて、犠牲者の悲鳴が外に聞こえる仕組みになっている。人間の悲鳴は美しい音色に変わり、人骨は美しい宝石になったという伝説を残す。福岡に住む音楽家がファラリスの雄牛を模した雄牛像を自身のアトリエに作り上げ、若い女性を中に閉じ込めて焼き殺していた。
クレジット
- 原作
書誌情報
アブラカダブラ ~猟奇犯罪特捜室~ 5巻 小学館〈ビッグ コミックス〉
第1巻
(2016-03-23発行、 978-4091875709)
第2巻
(2016-10-28発行、 978-4091892249)
第3巻
(2018-03-30発行、 978-4091898289)
第4巻
(2019-07-30発行、 978-4098603732)
第5巻
(2021-01-29発行、 978-4098608454)