ノイズ【noise】

ノイズ【noise】

イチジク農家「イズミ農園」を営む泉圭太は、友人の田辺純と新人警官の守屋真一郎と共に、猪狩町で悪事を企んでいる凶悪殺人犯の小御坂睦雄を捕らえようとするが、ひょんなことから死なせてしまう。それぞれの事情から睦雄の死を隠蔽しようと動き出す圭太たちを、敏腕刑事の畠山努や同僚の青木重孝たちが追及する様子や、猪狩町の住人の心の変化を描いたサスペンス。「グランドジャンプ」2018年1号から2020年4号にかけて掲載された作品。2022年1月藤原竜也と松山ケンイチ主演にて実写映画化。

正式名称
ノイズ【noise】
ふりがな
のいず
作者
ジャンル
サスペンス
関連商品
Amazon 楽天

あらすじ

訪問者

かつて限界集落と揶揄(やゆ)されていた猪狩町は、泉圭太の営むイズミ農園が完成させた「黒イチジク」が日本全国で爆発的な売り上げを記録したことで、未曽有(みぞう)の好景気が到来する。そんな中、圭太と友人の猟師である田辺純は、無人販売所で見慣れない男性を発見する。圭太は、販売所に備えていた仕掛けから、男性が窃盗を働いたことに気づき、それとなく彼の素性を確認しようとする。男性は特に抵抗することなく彼らに運転免許証を見せ、「鈴木睦雄」という名前であることを明かす。その場はトラブルに発展することなく収まるが、のちに鈴木睦雄の正体が、凶悪な殺人犯である小御坂睦雄であることが判明する。睦雄は、女子大生を殺害した罪で懲役18年の刑を受けていたが、反省して模範囚として振る舞うことで13年後に仮出所していた。しかし実際はまったく反省しておらず、ボランティアとして一時的に身元引受人となった鈴木賢治と養子縁組をして彼を殺害し、圭太の妻である泉加奈や、娘の泉恵理奈も狙っていた。そのことに感づいた純は、圭太や新人警官の守屋真一郎と協力し、被害が及ぶ前に睦雄を捕らえる計画を立てる。圭太たちに追いつめられた睦雄は、隠し持っていたナイフで真一郎を殺害しようとするが、すんでのところで圭太に取り押さえられる。睦雄は、圭太の腕に嚙みつくなどして激しく抵抗するが、圭太に取り押さえられながらも、なおも暴れたことで呼吸困難になり死んでしまう。不可抗力とはいえ睦雄を死に至らしめた三人は、正当防衛が成立しないかと考えるが、離婚問題に悩む圭太と、やみくもに問題を大きくすることで猪狩町をパニックに陥れることを望まない真一郎は、純の提案で彼の所有する冷温室に睦雄の遺体を隠すことを決める。一方で愛知県警の畠山努は、賢治の娘である鈴木景子から最近父親と連絡が取れないという話を聞き、嫌な胸騒ぎを覚える。

鬼手

小御坂睦雄を死なせてしまった泉圭太田辺純守屋真一郎は、事実の隠蔽を図ろうとするが、そんな彼らの前に畠山努が現れる。畠山は、睦雄と鈴木賢治の関係を疑い、その真相を突き止めるために猪狩町を訪れたのだ。畠山の並外れた洞察力とカンの鋭さを警戒する圭太と純は、交通手段として使ってきたと思われる乗用車をはじめ、睦雄の痕跡を徹底的に消し去ろうとするが、畠山は先んじて睦雄が借りたレンタカーの行方を突き止め、さらにそこから睦雄が殺害したと思しき賢治の遺体を発見する。畠山は即座に睦雄を指名手配し、捜査一課の青木重孝と共に睦雄の足取りを探り始める。真一郎に聴取を行って彼の言動に疑惑を抱いた畠山は、青木に真一郎を尾行させて、彼が圭太や純と懇意であることを探り当てる。一方で猪狩町の住民たちは、指名手配された睦雄はもちろん、それを探ろうとする警察にも敵愾心(てきがいしん)を向けていた。とりわけ、町を活性化させた立役者である圭太に関する質問には誰一人応じることなく、畠山と青木は自分たちもまた、平穏を乱すノイズであることを実感する。そんな中、農林水産省地方創生局局長である酒井華江が猪狩町を訪れ、圭太と庄司義昭に対して、イズミ農園が来年度の農林水産大臣賞に内定したことや、国から猪狩町に3億円の交付金が支払われることを伝える。庄司は、猪狩町がいい方向に向かっていることには満足しつつも、睦雄が捕まらないことには雰囲気は悪いままだと苛立(いらだ)つが、そこに居合わせた横田庄吉から、おそらく睦雄はすでに死亡していること、手を下したのは圭太たちであることを聞かされる。圭太に醜聞が立てばすべてが台無しになると考えた庄司は交番へと向かい、真一郎が睦雄を殺したのだろうと詰め寄る。そして、そのことを誰にも言わないことを真一郎に確約したうえで、畠山や青木からの追及をかわすために警察を辞職し、別の仕事に就くことを勧める。

覚悟

庄司義昭から圧力をかけられた守屋真一郎は、精神の限界を迎えていた。そして悩み抜いた挙句、自分一人が小御坂睦雄を死に至らしめたことを告白したボイスレコーダーを残し、拳銃を頭に向けて自殺を図る。一方の畠山努青木重孝は、田辺純に事情聴取を行い、睦雄が保管されているであろう冷温室を調べようとしていた。そこに真一郎が自殺したとの報告が入り、畠山たちはそちらに向かわざるを得なくなる。救命に役立つと説き伏せて畠山たちと同行した純は、途中で泉圭太と合流して現場に向かう。そして、畠山たちの注意を引きつけ、真一郎が用意したとみられるレコーダーを圭太が奪おうとするが、そこに現れた青木が拳銃を構えて圭太を脅し、レコーダーを奪われてしまう。畠山と青木は、圭太と純を確保しようとするが、拳銃で脅したことが明るみに出たことから世論の反発を招き、落ち着くまでのあいだ捜査を外れるよう上層部から命じられる。そんなある日、純は庄司に呼び出されて睦雄の死の真相を知っていると切り出され、観念して冷温室のドアを開ける。睦雄の遺体を確認した庄司は、猪狩町の平穏と隆盛の立役者である圭太に累が及ばないよう、純が一人で睦雄を殺したことにするよう持ち掛ける。純は圭太のためにこの申し出を受けようと考えるが、すべてが解決したあとに圭太も村から出て行ってもらい、庄司がイズミ農園の経営権を継ぐつもりであることを聞かされ、納得がいかない。さらに、現れた横田庄吉が庄司の強欲極まる振る舞いに激怒し、彼を鋤(すき)で背中から突き刺す。庄司はなおも抵抗しようとするが、純によってトドメを刺される。ここに至って純は、改めて自らが睦雄と庄司を殺害したことにして自首をする決意を固め、現れた圭太に対して自らの覚悟を語る。しかし圭太は、純にすべてを背負わせることなど到底できないと反対し、隠滅のための最後の手段を実行しようとする。

失踪

小御坂睦雄庄司義昭の遺体が入っていたはずの冷温室から、突如として火の手が上がる。交番から駆け付けた岡崎正は、その場にいた田辺純から事情を聞く。純は庄司が交付金の横領を目論んでおり、泉圭太がそれを問いただすために冷温室で話をつけようとしたが、話がこじれた結果、圭太が庄司を殺害し、自らも首を吊(つ)ったうえで火をつけて自殺したのだと語る。やがて火が収まると、そこから二人の焼死体が発見される。その一人は紛れもなく庄司の遺体だったが、もう一人の遺体は圭太とは判明しなかった。岡崎はそれを承知のうえで、猪狩町に風評被害をもたらさないことを第一に考え、圭太と庄司が冷温室で死亡したことにするよう、町の住人全員で示し合わせることを決める。それから数日後、畠山努が単身で猪狩町を訪れる。畠山は、焼死体の一方が睦雄であることを即座に見抜き、圭太が今も生きていることを確信する。そして、火災の第一発見者である純が、圭太と示し合わせて彼の自殺を偽装していると考え、愛知県警まで同行するよう求める。しかし、圭太のものだとされる遺体は損壊が激しいことからDNA鑑定が不可能なことに加え、純をはじめとした多くの猪狩町の住人は、イズミ農園で取れるイチジクに含まれている「フィシン」と呼ばれる成分の影響で指紋がなくなっていたことから、証拠を挙げることが困難になる。畠山はやむなく純を釈放し、再度猪狩町へ赴き、圭太の居所を探るべく山狩りを始める。そこに、睦雄が富士の樹海に入って行方知れずになったという情報が入り、捜索を打ち切られてしまう。納得のいかない畠山は、圭太や純の工作に加担したとして岡崎を問い詰めるが、岡崎は猪狩町の平和以上に大切なものはないと言い切り、町の住人たちも岡崎をかばうそぶりを見せる。さらに、一命を取り留めていた真一郎との面談も行うが、彼もまた記憶が失われていると称し、満足な情報は得られずに終わる。

帰還

小御坂睦雄の死を発端とした事件の捜査が打ち切られてから、3年の月日が流れた。猪狩町は、以前酒井華江から打診されていた交付金が無事に支給され、泉圭太の願いどおりに新しい小学校が立てられる。田辺純は、かつての思い人であり、事件前に圭太と離婚していた泉加奈と結婚し、泉恵理奈と義理の親子となっていた。圭太の残した「イズミ農園」も、「タナベ農園」と名前を変えて存続しており、かつての事件の傷跡も癒えつつあった。そんな中、畠山努が3年ぶりに純の家を訪れる。畠山は圭太の死を信じておらず、その行方を追うように主張したが、結局上層部に聞き入れられることはなく、やがて閑職に回されたのだという。純は以前と同様に圭太は死亡したと語り、仮に生きていたとしても、どこにいるのかなど見当もつかないと主張する。だが、これに対して畠山は捜査が打ち切られる直前に、山の奥深くで何者かが居を構えているような跡があったことや、何者かの援助があれば山の中でも生活することは可能なのではないかと反論する。一方、畠山と同様に圭太の死を信じられない恵理奈は、父親となった純の身辺を調査し、やがて圭太が生きていることや、圭太が純の援助によって山奥でひそかに暮らしていることを確信する。そして、圭太がいると思しき山の中へと一人立ち入る。

メディアミックス

実写映画

2022年1月に、本作『ノイズ【noise】』の実写映画版『ノイズ【noise】』が公開された。一部の登場人物の名前や年齢、性別が異なるほか、舞台が猪狩町ではなく、架空の島「猪狩島」になっていることや、警官の守屋真一郎泉圭太田辺純を子供の頃から知っていることなど、設定に複数の相違点がある。監督は廣木隆一、脚本は片岡翔が務めている。キャストは、圭太を藤原竜也、純を松山ケンイチ、真一郎を神木隆之介が演じている。

登場人物・キャラクター

泉 圭太

猪狩町で暮らしている男性。年齢は34歳。イチジク農家「イズミ農園」を営んでおり、品種改良を重ねた結果、「黒イチジク」と呼ばれる新種の開発に成功する。黒イチジクは全国から人気を集め、かつて限界集落と揶揄されていた猪狩町をよみがえらせる。実直な性格で誰に対しても優しく、町を救ったヒーローとして町民たちから慕われている。問題解決能力が高く、窮地の中にあっても焦ることなく、あきらめずに最善を尽くそうとする。経営者の資質に秀でており、学生時代は生徒会長として純や仲間たちに頼りにされていた。一方で、妻の泉加奈と離婚の準備を進めており、娘の泉恵理奈とも離れることを余儀なくされつつあるなど、家庭に関しては不和を抱えている。学生時代、田辺純が加奈を好きだったことを知り、二人の仲を応援していたが、結局成就させられなかった。そればかりか、最終的には泉圭太が加奈と結ばれたため、純に対しては申し訳ない気持ちを抱いている。恵理奈の存在もあり、子供たちの教育の場を充実させたいと考えており、その一環として猪狩町に新しい小学校を建てることを目標としている。イズミ農園の成功から、目標に着実に近づきつつあったが、そんな時に現れた「鈴木睦雄」を名乗る男性に不信感を抱く。さらに、純から鈴木の正体が小御坂睦雄という凶悪殺人犯であることや、睦雄が加奈や恵理奈にやましい眼を向けていたことを聞かされ、町や家族を守るために、純や守屋真一郎と共に睦雄を捕らえようとする。その最中、睦雄の抵抗や真一郎のミスが重なり、アクシデントで睦雄を死なせてしまう。そして、妻や娘、町に悪影響が及ぶことを懸念し、純の提案から三人で睦雄を隠蔽することを決める。のちに睦雄を追って猪狩町にやって来た刑事の畠山努から疑いの目を向けられ、彼や同僚の青木重孝の追及をかわすため、純や真一郎と共に証拠の隠滅に奔走するが、やがて追い詰められていく。良心の呵責(かしゃく)に耐えかねた真一郎が自殺を図ったうえ、イズミ農園を我がものにしようとした庄司義昭が、純と横田庄吉に殺害されたことでいよいよあとがなくなり、せめて純や恵理奈を守るために起死回生の策を考え、これを実行する決意を固める。

猪狩町で暮らしている男性。年齢は32歳。猟師を生業としており、イノシシなどの害獣を駆除することで生計を立てている。大型サイズの猟銃を軽々と扱えるほどに身体が鍛え抜かれ、額にはイノシシとの格闘でついた傷... 関連ページ:田辺 純

守屋 真一郎

猪狩町の交番に赴任してきた新人の男性警察官。年齢は25歳。かつては浜松で母親の守屋由紀子と二人で暮らしており、念願叶って警察官となる。母親への思いが強く、以前プレゼントしたダウンジャケットを修繕してまで着続ける母親を、恥ずかしく思いつつも敬愛している。優しく何事にも一生懸命に取り組んでいるが、やや気の弱い性格で、田辺純からは頼りなさそうだと評される。着任初日、上司となった岡崎正から、田舎の警察官は杓子(しゃくし)定規に法律を振りかざして犯罪者を追い込むのではなく、時には地域社会の平穏のため、忖度(そんたく)することも考えるべきだと教えられる。引継ぎが終わって岡崎が去った翌日に泉圭太が交番を訪れ、凶悪殺人犯である小御坂睦雄が、「鈴木睦雄」と名前を変えて猪狩町に潜伏中との情報を聞かされる。そして、圭太と純と共に潜伏先と思しき場所へと向かい、職務質問で睦雄を問い詰める。逆上した睦雄にナイフで襲われるが、純と圭太が反撃したことで逮捕のチャンスを得る。しかし手錠を取り出すのに時間がかかり、そのあいだに抵抗を続ける睦雄を圭太が強く押さえつけたことで死なせてしまう。自分のミスから死者を出したことに強い罪悪感を抱き、先日の岡崎の言葉も考え、睦雄の死を隠蔽するという純の提案を聞き入れ、彼らに協力する。のちにそれを知った庄司義昭から睦雄を殺害した犯人であることを疑われ、警察を辞めるようせまられる。これによって良心の呵責に苛(さいな)まれると、守屋真一郎自身が睦雄を殺害したという内容のボイスレコーダーを残し、拳銃を使った自殺を図るが、奇跡的に一命を取り留める。

畠山 努

愛知県警察本部の捜査一課に所属している男性。年齢は56歳。生真面目な性格の敏腕刑事で、並外れた洞察力と記憶力を誇る。20年近く前に小御坂睦雄にストーキングされていた女子大生から相談を受け、犯人逮捕のために躍起になっていた。しかし、睦雄が被害者を演じたことでマスコミが警察を批判し、上層部が捜査に及び腰になったことで、女子大生が殺害されて遺族から恨まれてしまう。この事件は現在でも心の傷として残っており、二度と同じような悲劇を繰り返さないように心掛けている。その後も愛知県警に留まっていたが、鈴木景子から父親の鈴木賢治の連絡が取れずに、その消息を追って欲しいと依頼される。賢治を追う中で、あの睦雄が仮出所していることを知る。また賢治が、保護司のボランティアで睦雄と養子縁組をして、彼の社会復帰を支援しようとしていたことを知り、自ら猪狩町へと向かう。そして、賢治がすでに殺害されていたことを突き止め、女子大生を殺害したことを反省していないばかりか、賢治の誠意を踏みにじって殺害した睦雄にさらなる敵愾心を募らせ、今度こそ自分の手で捕まえようと決意する。睦雄を追う中で、泉圭太や田辺純と出会って話をするが、その時の様子から睦雄と二人のあいだにとなんらかの接点があるのではないかと疑い始める。さらに、睦雄が猪狩町を訪れた前後に着任した守屋真一郎が挙動不審な動きを見せたことから、部下の青木重孝に尾行させ、圭太、純、真一郎の三人が秘密を共有していることを推測する。しかし、猪狩町を立て直した功労者の圭太を疑ったことで、怒った住民たちからはまったく協力を得られず、捜査は難航する。猪狩町の中では招かれざる異物であることを自覚しつつも、睦雄の行方と事件の真相を突き止めるため、青木と共に圭太や純たちを追い続ける。

青木 重孝

愛知県警察本部の捜査一課に所属している男性。年齢は42歳。上司の畠山努から信頼されており、青木重孝自身も畠山を尊敬している。正義感が強く、事態を打開するためなら強硬手段に出ることもやむを得ないと考えている。また、ミスを犯した警察官の守屋真一郎を叱責するなど、自他共に厳しい一面を持つ。鈴木賢治殺害の容疑で指名手配された小御坂睦雄を捕らえるために、畠山と共に猪狩町を訪れる。捜査を進めていくうちに不自然な動きを見せる真一郎を、畠山に命じられて尾行し、彼と泉圭太、田辺純とつながっている可能性があることに気づく。これを機に畠山と共に圭太と純を追及し、睦雄の遺体が保管されている冷温室に目を付けるが、あと一歩というところで真一郎が自殺を図ったことを聞かされ、彼の救助と事態の収拾を余儀なくされる。そのあいだも圭太と純に注意を怠らず、真一郎が録音したボイスレコーダーを回収しようとした圭太に銃口を向けて妨害し、これを阻止した。しかし、その様子をマスコミに撮影され、世論から非難されたことで畠山と共に捜査を中断せざるを得なくなる。その後は猪狩町の事件捜査に復帰することはなく、畠山とも離れることになる。だが、3年後も刑事職を辞することなく、愛知県警で活動を続けている。

岡崎 正

猪狩町で暮らしている警察官の男性。守屋真一郎の先輩にあたる。年齢は48歳。笑顔を絶やさない穏やかな性格で、猪狩町の平穏を第一に考えている。新しく着任してきた真一郎に引継ぎを行う。その際、田舎の人間は自分たちの共同体から犯罪者が出るのを極端に恐れる傾向にあること、犯罪行為に関して目を光らせたうえで、地域社会の平穏のために忖度する姿勢も求められていること、そして社会の膿(うみ)や悪玉を追いかけるのは本部の刑事に任せて、猪狩町では自治体という身体から血が流れた際に、身体を張って止める社会のかさぶたになるべきだと説く。さらに住民に親しまれるためには、その家庭事情などにも精通し、デリケートな点に関しては言及しないことも重要であると語る。引継ぎが終わってからは猪狩町とは別の地域で勤務したため、小御坂睦雄の事件に関しても長らく知らずにいた。しかし、畠山努と青木重孝が猪狩町の住民から不況を買い、捜査が中断されると、地域住民の警察への不信を和らげるべく、入院している真一郎に代わって交番勤務に復帰する。そして、田辺純が泉圭太の死を偽装すると、それを見抜いたうえで住民と共にすべてをなかったことにしようと目論み、再度猪狩町を訪れた畠山の追及をかわそうとする。

泉 恵理奈

泉圭太の娘。小学生の女子で、年齢は8歳。明るく活発な性格で、身体を動かして遊ぶことを好む。圭太を深く慕っているほか、田辺純とも仲がいい。しかし、母親の泉加奈が生活面で圭太と対立し、現在は別居して猪狩町から離れて暮らしている。両親が不仲であることや、離婚の準備をしていることは知っているが、本心では圭太と離れたくないと考えている。それだけに、圭太が事件に巻き込まれて命を落としたと聞かされた時は悲しみに沈んでいた。その3年後に猪狩町に戻り、圭太の貢献が認められた交付金によって建てられた小学校に通うこととなる。さらに加奈が純と再婚し、名前が「田辺恵理奈」に改められるが、純を慕う気持ちに変わりはなかった。しかし、圭太を思うあまり純を新しい父親としてみることはできずにいた。ある時、純が持っていたメモに圭太が書いたと思しき文章を発見し、彼の生存を確信する。そして、そのメモを頼りに圭太を探しに出かけるが、その先で事故に巻き込まれてしまう。

泉 加奈

泉圭太の妻。年齢は32歳。圭太と同じく猪狩町出身だが、彼と異なり猪狩町にあまり思い入れを抱いておらず、娘の泉恵理奈のためにも都会で過ごすべきだと主張する。圭太がイチジク農家として大成し、猪狩町の景気が上向きになってからもその考えは変わらず、やがて恵理奈の教育を巡って関係が悪化し、離婚へと至る。ただし圭太を嫌いになったわけではなく、恵理奈が圭太と離れて寂しがっている様子に罪悪感も抱いている。圭太と結婚する前は、圭太や田辺純と同じ高校に通っていた。純とはクラスメイトだったこともあり、彼がイノシシに付けられた傷によって恐れられていた時に助けたことで思いを寄せられる。やがて純に告白されるが、断ってしまう。しかし圭太が行方不明なった際、前から圭太に「自分にもしものことがあったら二人を頼む」と言われていた純からプロポーズを受け、彼と再婚する。

守屋 由紀子

守屋真一郎の母親。年齢は48歳。故郷の浜松で真一郎を女手一つで育て上げ、彼からもらったダウンジャケットを何年間も愛用し続けるなど、溺愛している。真一郎からもその愛情に辟易(へきえき)されているものの、大切に思ってくれていることや、警察官になる夢を応援したことに感謝されている。行動力に富んでおり、真一郎に会いに行くために、浜松から猪狩町まで一人でやって来たこともある。小御坂睦雄の事件が発生してから3年後は、警察官を辞職した真一郎と共に暮らしている。

庄司 義昭

猪狩町の助役を務めている男性。年齢は59歳。猪狩町を大切に思っており、イチジク産業で成功して町を活性化した泉圭太を高く評価している。一方で、町や自身のためなら他者を平気で使い捨てるような非情さや強欲さを持ち合わせている。ただし人前ではその本性を隠しているため、住民からはある程度信頼されている。景気が上向いている中で、鈴木賢治を殺害した小御坂睦雄が猪狩町に侵入したことに強い憤りを感じており、それを確保できない警察に対しても不快感を抱いている。そんな中、横田庄吉から圭太と田辺純、守屋真一郎が睦雄を殺害し、その遺体を隠していることを聞かされると、猪狩町へ風評被害が及ぶことを避けるべく、真一郎か純にすべての罪を被るようせまる。さらに圭太を猪狩町から追い出し、彼の経営する「イズミ農園」を乗っ取ろうとしたことを知った純と、横田の激しい怒りを買うことになり、殺害される。

小御坂 睦雄

「鈴木睦雄」と名乗って猪狩町に現れた男性。年齢は42歳。筋肉質な体型で、初めて遭遇した泉圭太にも明るく接するなど、一見すると気さくな印象を与える。しかし実際は、残虐非道な殺人鬼としての本性を隠し持っており、のちに圭太からは「人を傷つけたり欺くのにいっさいのためらいを見せない、昆虫のような男」と評されている。また、畠山努とも因縁があり、絶対に許すことのできない男として認識されている。かつて名古屋で女子大学生に付きまとった挙句に殺害し、いかにも反省している演技を見せたことで懲役18年の判決を受けた。また、刑務所では模範囚として振る舞ったことからわずか13年で仮釈放となる。その後は、ボランティア活動の一環で養子縁組を行い、義理の父親となった鈴木賢治を殺害して戸籍を乗っ取った挙句、立ち寄った猪狩町の住民たちをも毒牙にかけようとする。しかし、無人販売所での窃盗を圭太に暴かれ、田辺純からその素性を知られることとなり、次第に追い詰められていく。

鈴木 賢治

愛知県の城北町で一人暮らしをしている男性。かつては警察官だった。年齢は72歳。退職してからは「保護司」として、刑期を終えた受刑者たちがスムーズに仕事を探せるためのボランティア活動を行っている。まじめな性格で心優しく、娘の鈴木景子からも慕われている。自らアパートや家具を購入して、凶悪殺人犯であった小御坂睦雄にもまったく差別意識を持たずに接していた。さらに、仕事のあっせんのために養子縁組を行って義理の親子となるが、睦雄が猪狩町に現れる1週間ほど前に突如として消息を絶ってしまう。

鈴木 景子

鈴木賢治の娘。年齢は42歳。父親とは別居しているものの仲がよく、週に数回様子を見に行っているほか、スマートフォンのメッセージアプリを使ってやり取りをしている。しかし、1週間ほど前のやり取りから、賢治を騙(かた)った別人がスマートフォンを奪った可能性があることに気づき、愛知県警の畠山努に相談して賢治の行方を探すよう依頼する。その結果、猪狩町で賢治が見つかったことを知らされるが、父親はすでに小御坂睦雄に殺害されたあとで、その遺体と対面したことで泣き崩れる。このことが、畠山が改めて睦雄に敵意を燃やす一因となった。

酒井 華江

農林水産省地方創生局の局長を務めている女性。年齢は45歳。泉圭太が経営している「イズミ農園」が、来年度の農林水産大臣賞に内定すると、そのことを伝えるために自ら猪狩町を訪れる。そして、圭太と庄司義昭と面会した際に、猪狩町に3億円もの地方交付金が下りることが決定したことを伝えた。一方で、小御坂睦雄の事件の進展を懸念しており、あまりに大きな風評が立った場合、農林水産省の中で見直しを求める声が出ないとも限らないと忠告する。のちに圭太と庄司が死亡したと聞かされるが、支援金の交付は行われることとなり、猪狩町の発展に大きく貢献する。

横田 庄吉

猪狩町で稲作農家を務めている男性。年齢は92歳。かつてシベリアに抑留されていたことがあり、周囲で大勢の仲間たちが死んでいく姿を見てきた。やがて解放されて日本に戻ることができたが、今度はシベリアで思想教育を受けたと疑う警察から監視されるようになり、教師を辞めさせられたうえに、結婚も就職もできなくなる。そのため、警察官に対しての不信感が強く、畠山努に対しても、泉圭太たちが小御坂睦雄を殺害した可能性があることを知りつつ、これを明かすことはなかった。一方で、庄司義昭のことは信頼しており、ふとしたことで睦雄の死に関する情報を漏らす。その結果、庄司が田辺純や守屋真一郎を脅し、さらに圭太からイズミ農園を奪おうとするきっかけを作り、彼の本性に怒りを覚えると共に横田庄吉自身の行いを心から悔やむ。その後も、圭太の策が功を奏して横田が罪に問われることはなかったが、睦雄の死を庄司に明かしたことを後悔し続け、3年後は心労が原因で倒れてしまう。

場所

猪狩町

愛知県の辺境に存在する町。泉圭太や田辺純の生まれ故郷。かつては限界集落と揶揄されるほどさびれていたが、圭太の営む「イズミ農園」が開発した「黒イチジク」が爆発的なヒットを記録し、一気に景気が上向きになる。それに加えて、イズミ農園が来年度の農林水産大臣賞に内定し、3億円もの地方交付金が下りることが決定する。しかし、鈴木賢治を殺害した小御坂睦雄が逃げ込み、それを追った畠山努率いる警察官たちが捜査のために現れる。さらに、それを聞きつけたマスコミから注目の的になることで、悪い意味でも有名になってしまう。なお、圭太は黒イチジクによって町を救ったヒーローとして広く知られているが、町の平穏を大きく乱した睦雄や、圭太に疑いの目を向ける畠山と青木重孝は招かれざる異物として排他的な扱いを受ける。

SHARE
EC
Amazon
logo