あらすじ
墨者を見た
1258年1月、ペルシャ高原の南にある小都市「ビジャ」は、蒙古軍によって包囲されていた。ビジャの人口は5000人で兵士はそのうち1000人だが、蒙古軍は2万人にも及ぶうえ、非常に統率が取れた軍団で百戦錬磨の猛者(もさ)ぞろいだった。蒙古軍の大将、ラジンは勝利を確信しており、最前線に立つビジャの王女、オッドは不利な状況に追い込まれ、ラジンに侮辱される日々を送っていた。そんなある日、オッドはとある隊商(キャラバン)の長から「墨家」に関する情報を得る。墨家とは、中国戦国時代に活躍した思想集団で、構成員のことは「墨者」と呼んでいた。彼らは兼愛と非攻を唱えており、侵攻の危機にある城があれば無償でそこへ出向き、命懸けで守城にあたってくれるのだという。もしインドのアメダバにいる墨者にコンタクトが取れたなら、ビジャを助けに来てくれるのではないかと教えてくれたのだ。この話を聞いたオッドはさっそく兵士をアメダバへ向かわせるが、交渉に失敗。そんな中、捕虜の蒙古兵たちを説得して報酬と馬を与え、使者になってくれるよう頼み込む。
アメダバへ
元捕虜のノグスは、ビジャの王女、オッドの人柄に惹(ひ)かれ、彼女のためにアメダバを目指し、墨者と会うことに成功する。一方その頃オッドは、平和的な解決に向けてラジンと話し合っていた。本来蒙古軍にとって、ビジャを落とすことは容易(たやす)いことだが、蒙古軍が城内に入れば、オッドが泉に油や毒を流して死の泉にすると強気に出たことで、ラジンは持久戦をせざるを得なくなっていたのだ。そこでラジンは、もしオッドが自分の妻になるなら民の命は助け、略奪も強姦(ごうかん)もしないと交渉を持ちかける。オッドがどうするべきかを悩んでいると、そこへ墨者が到着する。
墨者入城
ある日、蒙古軍の大将、ラジンの騎馬十人隊が襲われ、身ぐるみをはがされて殺される事件が発生する。その直後、ビジャに「ダルマダ・ブブ」と名乗る若い男性がやって来る。彼は墨者で、自分を含めた11人でビジャを助けにきたのだという。墨者が来てくれたことにオッドたちは歓喜するが、2万人の蒙古軍に対して、墨者が少なすぎることに落胆する。しかしブブたちは、戦う前からラジン軍を倒したあとのことも視野に入れて行動を起こす。墨者たちはまずラジン軍を襲って人数分の鎧(よろい)を手に入れ、五人はラジン軍内に潜入。そして残った五人は、ラジンの父親のフレグによって攻撃を受けているバグダードに向かう。そしてブブだけがビジャに留まり、オッドたちといっしょにビジャを守ることにしたのだ。オッドは、ノグスの献身によってブブと出会えたことに感謝し、今後はブブにビジャ軍の全権を委ねることにする。
蠅の王
ダルマダ・ブブがビジャにやって来たことで、ビジャ軍は蒙古軍の大将、ラジンを翻弄し、城内に入り込んだ間者の捕獲に成功していた。これにより状況は少しずつ変わりつつあったが、外部からの物資が止まったことで、インフレが起こって民衆が商人から食料を強奪するようになっていた。そこでオッドは、経済を循環させるため、ビジャに足止めされている隊商に支援金を出すことを決める。ビジャには「ビジャロマ」という、ここでしか取れない希少な乳香があり、王家には蓄財が十分にあったのだ。オッドがこの資金を使うことで事態は収まるが、その直後に現れたラジンは「蝉隊」と呼ばれる兵士に壁を登らせて城に入り込もうとし、卑猥な言葉でオッドを侮辱する。だがそこに大きな砂嵐が発生してラジン軍は撤退し、ビジャは事なきを得る。
ジファルの奇計
砂嵐によって蒙古軍の大将、ラジンが撤退した直後、ビジャの宰相、ジファルは、捕らえた蒙古兵のドルジにラジンへの伝言を頼む。その内容は、ジファルはラジンを崇拝しており、次にラジンが攻城に来た際、崇拝の証拠としてダルマダ・ブブを差し出すというものだった。この時、ジファルの巧みな話術に魅せられたドルジはすっかりジファルを信用し、伝言に応じる。そしてドルジから話を聞いたラジンは、なぜビジャの宰相にまで上り詰めた男が、ビジャを裏切るような真似(まね)をするのかと疑問に思いつつも、攻城を始めるのだった。そしてジファルの部下が、城壁にいたブブを突如突き落とし、ラジンに捕らえられてしまう。
開けゴマ!
オッドは、城外へと突き落とされたダルマダ・ブブを救うために城門を開けようとするが、ジファルに反対されてしまう。一方その頃ブブは、ラジンに蒙古相撲「ブフ」を申し込まれ勝負するが、落下によるけがが原因で敗北する。だがブブは、相棒の巨大バッタの墨蝗(ぼっこう)に虫笛で指示を出し、蒙古軍の馬を奪って脱出を試みる。しかし、これに気づいたラジンはすぐにブブを追いかけ、ビジャには大群が押し寄せてくる。この大群の中に必ずブブがいると信じたオッドは開門を開始。大隊長のゾフィもこの思いに応じて協力し、みごとブブはビジャに帰還する。それでも30騎ほどの蒙古兵が侵入してしまうが、ブブの影響でビジャの兵士たちは生まれ変わっていた。今の彼らなら信頼できるとブブは確信して、その場を任せる。そんな中、ブブから二人きりで話がしたいと言われたオッドは秘密の部屋に入るが、ここで衝撃の事実を知らされる。それはビジャには裏切り者がおり、墨者やビジャ城内の情報をラジンに漏らしているというものだった。
登場人物・キャラクター
オッド
ペルシャ高原の南にある小都市国家「ビジャ」の王女。年齢は16歳。胸の高さまで伸ばしたロングヘアにしている。片目は青色、もう片方の目は鳶(とび)色のオッドアイの持ち主。勇猛勇敢さと聡明さを併せ持ち、身分の低い者や捕虜にも分け隔てなく接する器の大きな女性。まだ10代ながら、戦場の最前線に立って兵を鼓舞している。この人柄から民に慕われているが、若い女性という理由で頼りないと見られることもある。1258年1月、ビジャが蒙古軍によって包囲されると、持病の治療でバグダードにいる父親と不在の兄に代わって指揮を取ることになる。しかし戦況は非常に厳しく、大臣や博識者、隊商(キャラバン)の長を集めて打開策を模索している。そこで隊商の長から「墨家」の存在を教えられ、彼らに頼ることを決断する。そして、元捕虜のノグスの尽力により、ダルマダ・ブブたち11人の墨者の協力を得て、ラジン率いる蒙古軍と戦うことになる。幼い頃に母親を亡くしており、相棒の豹「ヒバァ」と行動している。
ダルマダ・ブブ
中国戦国時代に活躍した思想集団「墨家」の流れを汲む「インド墨家」に所属する若い男性。長身に筋肉質な体軀で、もじゃもじゃのロングヘアにしている。強面(こわもて)ながら知的で穏やかな性格で、人を安心させる雰囲気を醸し出している。1258年1月のある日、ノグスからビジャが危機に瀕(ひん)しており、墨家の協力を望んでいることを知らされる。自分を含めた11人の墨者と共にビジャに到着するが、ダルマダ・ブブ自身の容姿があまりにも目立ちすぎるため、蒙古軍に紛れるのは難しいと考え、ビジャに入城してオッドたちと共に守城にあたることになった。その後は誰もが驚愕(きょうがく)する奇抜な戦術で蒙古軍の大将、ラジンを翻弄し、並はずれた戦闘能力で蒙古軍を手玉に取るが、ブブ自身は墨家には自分程度の男はいくらでもいると謙遜している。このような人柄からオッドをはじめとするビジャの人々と信頼関係を築いていく。「ブブ」という名前は、インド語で「空」という意味を持つ。相棒に巨大バッタの墨蝗(ぼっこう)がおり、高い攻撃力を持つ。
ジファル
ペルシャ高原の南にある小都市国家「ビジャ」の宰相を務める男性。年齢は30歳。容姿端麗、頭脳明晰(めいせき)なことから30歳の若さで宰相に上り詰め、ビジャの人々からの信頼も厚い。しかし、その本性は自分本位な野心家で、ビジャを陥落させたあと、王のハマダンや王女のオッドを失脚させて新しい王になろうと画策している。そのため、巧みな話術と卑劣な作戦でオッドを翻弄する。
ラジン
蒙古軍の小隊大将を務める男性。蒙古軍司令官、フレグの息子でもある。もじゃもじゃ頭に厚い唇で、下劣な品性がにじみ出ている傲慢で残虐な人物。1258年1月、ビジャを落とすために2万人の兵を連れて攻城を始める。蒙古帝国の次の皇帝「ハーン」になることを夢見ており、ビジャをごく短期間で落とすつもりでいた。しかし、オッドから泉に油や毒を流して死の泉にすると威嚇されたことから持久戦を強いられてしまう。人を人とも思わぬ横暴な扱いを平気で行なっており、ビジャの兵士はもちろんのこと、蒙古兵も使い捨てのコマのように扱っている。また、下品な冗談で人を侮辱するのが好きで、最前線に立つオッドに対しても、卑猥な言葉を浴びせて蔑んでいる。
ノグス
元蒙古軍の一員で、ビジャの捕虜となった若い男性。肩まで伸ばしたセミロングヘアで、頰はこけて身体は痩せ細っている。ある日、ほか四人の捕虜と共に王女のオッドに呼び出される。そしてオッドから馬術の腕を見込まれ、インドのアメダバまで行って墨者に会って欲しいと依頼される。当初は蒙古軍に戻っても殺されるだけで、高額な報酬と任務に成功したあとは自由の身であることに魅力を感じて応じようとした。しかしオッドの人柄に触れるうちに、彼女のために必ず墨者を説得しようと考えを改める。ほかの仲間や馬が命を落とす中、一人生き延びてダルマダ・ブブたちを見つけ出す。その後は保護され、アメダバで静養することになる。
書誌情報
ビジャの女王 6巻 リイド社〈SPコミックス〉
第3巻
(2022-12-13発行、 978-4845859870)
第4巻
(2023-07-13発行、 978-4845862573)
第5巻
(2024-03-13発行、 978-4845865864)
第6巻
(2024-11-13発行、 978-4845867561)