仕掛人 藤枝梅安

仕掛人 藤枝梅安

池波正太郎の小説『仕掛人・藤枝梅安』のコミカライズ作品。江戸の暗黒街に生きる鍼医者、藤枝梅安の暗殺稼業「仕掛人」としての峻烈な生きざまを描く時代劇。「コミック乱ツインズ」2016年6月号から掲載の作品。

正式名称
仕掛人 藤枝梅安
ふりがな
しかけにん ふじえだばいあん
原作者
池波 正太郎
漫画
ジャンル
時代劇
関連商品
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あらすじ

第1巻

時は江戸時代後期。江戸の品川台町で診療所を営む藤枝梅安は鍼医者としての腕もよく、面倒見もいいために多くの患者から信頼されて慕われていた。そんな梅安には周囲のみんなに知られていない秘密があり、裏の顔は金で仕掛けを請け負う「仕掛人」という殺し屋であった。梅安は依頼者から仕掛けの依頼を受けるたびに、鍼医者としての道具でもある鍼を駆使して、あざやかに標的を暗殺していく。そんなある日、いつものように鍼医者としての施術を終え、患者からもらった魚を堪能していた梅安のもとに、赤坂の田町で娼家を仕切る赤坂の市兵衛が訪ねてくる。市兵衛は小判を差し出し、梅安に料理屋「万七」の内儀であるおみのという女性の仕掛けを依頼する。梅安は市兵衛の依頼を受けるものの、3年前に別の人物から万七の内儀を殺す依頼を受けていたことから、この依頼の裏には何か事情があると訝しむ。次の日の午後、梅安は世話になっているおせきにしばらく家をあけることを告げ、万七に赴いて女中のおたえに話を聞く。梅安の目的は、万七について詳しいおたえから、ターゲットであるおみのの情報を得ることであった。おたえからいくつかの情報を得た梅安は、闇にまぎれておみのの家に侵入し、彼女の命を狙う。

第2巻

親友の彦次郎と共に京都に旅立っていた藤枝梅安は、彦次郎の敵討ちを手伝い、長旅を終えて江戸に戻っていた。品川台町の家に帰った梅安は、久しぶりに表家業の鍼医者に戻り、しばらくは患者の治療に専念していた。2か月ものあいだ梅安の帰りを待っていた患者たちは梅安のもとに押し寄せ、長旅から休む間もなく梅安は再び鍼医者として忙しい日々を送ることとなる。ようやく元の暮らしに落ち着きを取り戻した梅安はささやかな安らぎを感じていたが、彼の帰りを待ちわびていた赤坂の市兵衛が訪れ、再び仕掛けの依頼を持ち込む。梅安はしばらく鍼医者に専念したいという理由で断るが、市兵衛が大金を積んできたことから今回のターゲットがかなりの大物であり、世の中のために生かしておけない者であると察知し、依頼を受けることになる。梅安の新たなターゲットは、ある事件を起こして佐川久馬と共に逃亡したすご腕の侍、金子又蔵であった。強敵に挑むことになった梅安は彦次郎と手を組み、さっそく又蔵について情報収集を始める。3日後、梅安と彦次郎は武蔵国に渡り、又蔵が数か月前から潜み隠れているという白川村を訪れる。近くの店で腹ごしらえをすることになった梅安たちは、店主から又蔵が病気で苦しんでいるという情報を得る。

第3巻

新たな仲間として小杉十五郎を迎えた藤枝梅安のもとに、札掛の吉兵衛から新たな依頼が舞い込んできた。続けざまの仕事を嫌う梅安は、仕掛人としての仕事が続いて心身ともに疲弊していたことから、しばらくは鍼医者に専念したいと、喜兵衛からの依頼を内容も聞かずに断る。久しぶりに井筒おもんと会っていた梅安であったが、店主の与助から重傷で担ぎ込まれた松永たかの治療を頼まれる。梅安の懸命な治療でたかは命を取り留めたが、傷が深くもう長くはない状態だった。与助からたかの身の上話を聞いた梅安は、彼女が娘の幸を斬殺した本間左近の命を狙ったものの、返り討ちに遭って斬られたことを知る。誇り高き武家の女性を二人も斬り、権力を盾に暴力と酒に溺れる左近に憤りを覚えた梅安は、狂犬のような左近はこの世に生かしておくべきではない男だと確信する。松永家の誇りを貫こうとするたかの意志を無駄にしないために左近の仕掛けを決意した梅安は、ケガで動けないままの彼女とある約束を交わす。その夜、梅安はいつものように彦次郎と手を組み、浅草を歩いていた左近に近づく。

第4巻

道場の跡目争いに巻き込まれて江戸を追われた小杉十五郎は、藤枝梅安の勧めで京都の上方に渡り、安全を確保できるようになるまで白子屋菊右衛門に匿われることになる。梅安は菊右衛門に対し、十五郎を仕掛けに巻き込まないという約束を交わす。ひとまず十五郎を匿えたことに梅安が安堵する中、売り物の楊枝を届けるために浅草を歩いていた彦次郎は、万陵寺で暴漢を捕まえていた御用聞きの豊治郎に遭遇する。彦次郎にも一目置かれている豊治郎は、「福富町の親分」と人々に慕われるほどに正義感が強い御用聞きとして有名だった。そんな中、北本所の表町で堀本桃庵を治療していた梅安は、帰りに大川橋を通った際に何者かが早足で去って行く足音を聞く。橋の中央には重傷を負った豊治郎が倒れており、桃庵の家に駆け込んで必死の治療をするが、豊治郎は「あべ」という言葉を遺して息を引き取る。豊治郎と親しかった桃庵に話を聞いた梅安は、彼に代わって豊治郎の妻のお吉に会いに行くことになる。帰り道で何者かに尾行されていることに気づいた梅安は、豊治郎を殺害した犯人から命を狙われていることを察知。その夜、梅安のもとに音羽の半右衛門が訪れ、新たな依頼を持ち込む。その内容は、権力と金を利用して多くの人を殺してきた安部長門守とその嫡男、安部主税之介の仕掛けであった。

第5巻

往診の帰り道に芝の田町のそば屋に立ち寄っていた藤枝梅安は、上方で身を隠していたはずの小杉十五郎を町中で目撃する。盟友の帰還を喜ぶ梅安は十五郎に声を掛けようとするが、十五郎は何者かに尾行されている様子で、再会はできなかった。尾行していた者を探った梅安は、最近繁盛している料理茶屋「吉野家」に半年前から滞在している浪人が、十五郎の尾行と関係していると推測する。そんな中、梅安のもとに玉屋七兵衛から新たな仕掛けの依頼が舞い込んでくる。十五郎のことが気がかりな梅安はその仕掛けを断ろうとするものの、仕掛けのターゲットが十五郎を狙う林又右衛門であると聞き、その依頼を受けることになる。彦次郎の協力を得られることになった梅安は、彼と共に吉野家に探りを入れる中で、芝の田町で十五郎を尾行していたのは又右衛門の手下であること、又右衛門の背後には十五郎に恨みを持つ松平斧太郎がいることを悟る。彦次郎と共に自宅に戻った梅安は身を隠していた十五郎と再会を果たし、又右衛門のことを話す。梅安たちの話を聞いて又右衛門以外にも命を狙う者が複数いることを悟った十五郎は、過去の因縁に真っ向から対峙し、振りかかる火の粉はすべて払うという決意を示す。その熱い決意を受け止めた梅安たちは、十五郎をサポートしつつ強敵である又右衛門を確実に討つための準備を始める。だが、数日後に七兵衛に呼び出された梅安は、又右衛門を暗殺する依頼はなかったことにしてほしいと告げられる。

第6巻

小杉十五郎が江戸に再び姿を現すが、彼は上方にいるあいだに世話になっていた白子屋菊右衛門に剣の腕を見込まれ、仕掛けの依頼を受けるようになっていた。牛堀道場の跡目争いに巻き込まれ、剣客としての道を失っていた十五郎は、菊右衛門の期待どおりいくつかの仕掛けを成功させる。だが、十五郎の様子を見て彼が仕掛人の世界に踏み込んだことに気づいた藤枝梅安は、「十郎に仕掛けをさせない」という約束を破った菊右衛門に憤慨する。同時に梅安は十五郎を説得し、彼が仕掛人から足を洗えるよう、彦次郎と共に奔走する。そしてこれをきっかけに、梅安たちと菊右衛門の信頼関係に亀裂が生じ、十五郎に仕掛けを続けさせたい菊右衛門は梅安を狙って刺客を送るようになる。そんな中、梅安は仕事の帰り道で、何者かに襲われて重傷を負った若侍を保護する。梅安の応急処置によって若侍は命を取り留めるが、目を覚ました若侍は頭を負傷したことで、自分の名前すら思い出せない深刻な記憶喪失に陥っていた。後日、若侍の世話を彦次郎と十五郎に任せて鍼医者の仕事をしていた梅安のもとに、萱野の亀右衛門が訪ねてくる。亀右衛門の依頼は大身旗本、池田備前守の奥方である増子の仕掛けであったが、梅安は池田家の家紋と若侍の羽織に描かれた定紋がまったく同じであることに気づく。若侍と池田家はなんらかの関係があるとにらんだ梅安は、若侍はお家騒動に巻き込まれて襲撃されたと推測。知り合いの下総屋に若侍を預けた梅安たちは、池田家の周囲を探り始める。

第7巻

年の瀬がせまる頃、表家業の鍼医者の仕事が増えた藤枝梅安は、冬の訪れを感じることもできないほどに多忙な日々を送っていた。そんな中、小杉十五郎仕掛人に引き戻そうともくろむ白子屋菊右衛門と、その一味が動き出していた。菊右衛門は自ら江戸に出向き、あらためて梅安の仕掛け関根重蔵に依頼。僧に化けた十五郎の妨害を受けて仕掛けに失敗した重蔵は、怒りに燃えながら梅安の命を狙っていた。一方、兄弟を討たれたことで十五郎へ激しい恨みを抱き、たびたび復讐をもくろんできた松平斧太郎は、十五郎が僧に化けて江戸に潜んでいるという情報を得る。斧太郎を中心とする大身旗本たちは、旗本の意地を懸けて十五郎の大捜索を開始し、血眼であちこちの僧に探りを入れる。菊右衛門だけでなく旗本も動き出したことで、消えぬ遺恨と復讐の業火が、四方八方から梅安たちにせまりつつあった。街の様子から十五郎の危機を察知した彦次郎は、早急に梅安と十五郎に知らせようと自宅に戻るが、そこには僧に化けたままの十五郎の姿があった。彦次郎は斧太郎たちの新たな動きを十五郎に伝えるが、彼はたとえ旗本や白子屋一味に狙われていようと、生まれ故郷である江戸を離れるつもりはないとの強い決意を示す。十五郎は変装を解き、引き続き彦次郎の家に匿われることとなる。一方、患者の治療に専念していた梅安に、異様な執念を燃やす重蔵の魔の手がせまろうとしていた。

関連作品

小説

本作『仕掛人 藤枝梅安』は、池波正太郎の小説『仕掛人・藤枝梅安』を原作としている。原作は本作と同様に、鍼医者をしながら仕掛人として悪人を裁く藤枝梅安の生きざまが描かれている。

漫画

本作『仕掛人 藤枝梅安』の関連作品として、さいとう・たかをの『仕掛人 藤枝梅安』がある。本作は2016年に連載終了したさいとう・たかを版のタイトルを引き継ぐ形で連載開始された。さいとう・たかを版は本作と同様に池波正太郎の小説『仕掛人・藤枝梅安』を原作とする時代劇で、藤枝梅安仕掛人としての暗闘や生きざまが描かれている。ストーリーや設定の一部には、脚色を担当した北鏡太によって手が加えられており、原作小説版にはいなかったオリジナルキャラクターも登場する。

登場人物・キャラクター

藤枝 梅安 (ふじえだ ばいあん)

すご腕の鍼医者の男性で、裏稼業として仕掛人をしている。坊主頭で筋肉質な体格の大男で、職業柄腕力にも優れている。患者たちからも頼りにされる面倒見のいい性格で、正義感も強く仲間思いでもある。裏稼業で仕掛けを請け負っていることはごく一部の者しか知らず、親しい者にも隠している。ふだんは江戸の郊外にある品川台町の雉子の宮で過ごしているが、仕事や旅のために遠出することも多い。仕掛けの道具として鍼治療でも使っている鍼を駆使して、痕跡も残さず数々の仕掛けを完遂している。鍼医者としてはもちろん、闇の世界では江戸で一、二を争うほどのすご腕の仕掛人として有名で、さまざま依頼を受けている。基本的に蔓からの依頼で仕掛けを行っているが、「この世のためにならない悪党のみを殺す」という信念があり、ターゲットが善人であると気づいたときには仕掛けを中断することもある。また、仕掛人を騙したり掟を破ったりするような者は依頼主である蔓であっても報復する。もとは駿河にある藤枝宿出身で、桶職人の長男として生まれた。父親の病死後は母親が幼い妹だけを連れてほかの男と出て行ったため、旅籠の夫婦に引き取られ、ひもじい思いをしながら下働きをしていた。旅籠に訪れた津山悦堂に見込まれ、彼に引き取られて京都で鍼医者の技術を学ぶ。師の悦堂の死後は独り立ちして鍼医者を始めるが、治療に訪れていた近所の剣術道場主である井上の妻に誘惑されて不倫関係となり、井上に不倫がばれた際に弁解するものの酷い仕打ちを受ける。この際に不倫相手の女性がウソをついて梅安のせいにしたことが許せず、初めて人を殺害した。これらの複雑な過去が、仕掛人の道に踏み込むきっかけとなっている。

彦次郎 (ひこじろう)

藤枝梅安の親友で相棒の男性。表向きは浅草で房楊枝作りをしている楊枝職人だが、梅安と同様に裏では仕掛人として仕掛けの依頼を請け負っている。仲間思いの陽気な性格で、冷静沈着な梅安よりも熱くなりやすいところがある。梅安よりも年上だが、彼の人柄に強い信頼や尊敬を抱いており、梅安が請け負った仕掛けを手伝ったり、逆に自分が受けた仕掛けを手伝ってもらったりすることもある。梅安からは「彦さん」の愛称で呼ばれており、彼が心から気を許す数少ない人物。表家業で作る楊枝を使った吹き矢を得意としており、裏の世界では梅安と共にすご腕の仕掛人として知られている。もとは下総の松戸の貧しい農家に生まれ、幼少期に父親を失ってからは母親に冷遇され、孤独な思いをしていた。周囲からの仕打ちに耐えられなくなり、家を飛び出して放浪する中で、馬込の万福寺に拾われて寺男となる。21歳の頃に和尚の口ききでおひろと結婚し、娘をもうけて三人で幸せに暮らしていたが、粗暴な浪人におひろを凌辱され、それが原因で彼女が娘と心中したことで自暴自棄となる。この時の絶望や後悔がきっかけで、仕掛人の世界に踏み込むようになった。梅安と共に京都に訪れた際に妻と娘の敵である浪人に遭遇し、梅安の協力を得て敵討ちを果たした。これ以来、協力してくれた梅安にさらなる信頼を寄せるようになり、彼のあらゆる仕掛けをサポートしている。梅安を通して知り合った小杉十五郎とも親しく、三人で酒を酌み交わすことも多い。好物は豆腐。

小杉 十五郎 (こすぎ じゅうごろう)

浪人剣士で、藤枝梅安によく似た人物を狙っていた際に彼と知り合う。とても律儀でまじめな性格で、梅安を怯ませるほどの威圧感と剣の腕前の持ち主。千住の土屋という宿場女郎のお仲から、彼女の家族の敵である山崎宗伯を殺すように依頼される。労咳を患っていたお仲が目の前で死んだあとも律儀に彼女のために宗伯を狙い、その中で知り合った梅安に事情を話し、同時期に宗伯の兄の仕掛けを請け負っていた梅安と手を組むようになる。その後、しばらくは梅安の家に匿われるようになり、彼を通して知り合った彦次郎とも親しくなる。梅安と彦次郎の裏稼業を知りながらも彼らに信頼を寄せており、義理堅く真っすぐな人柄は二人からも気に入られている。宗伯殺しを終えたあとは梅安の親友となり、彼や彦次郎と協力し合うことが多くなる。幼少期は三ノ輪で暮らしていたが、家族と離れて江戸を放浪する中で牛堀道場の主の牛堀九万之助に才能を見込まれ、代稽古を務めるようになる。師の九万之助に恩義を感じていることから、自分が宗伯の刺客から狙われているあいだも極力代稽古の務めを果たせるよう、道場に顔を出していた。しかし、九万之助から新たな道場主に指名されたのをきっかけに、跡目争いに巻き込まれて大身旗本から狙われるようになり、江戸を追われてしまう。追手の大半を返り討ちにすることに成功するものの、お尋ね者となって江戸にいられなくなる。梅安たちの協力を得て上方に渡り、彼の紹介で白子屋菊右衛門に匿われるようになる。だが、「十五郎を仕掛人にしない」という約束を菊右衛門が破ったことで、菊右衛門と梅安の関係が悪化。江戸に帰還後は梅安、彦次郎に再会して仕掛人から足を洗い、彼らと共に菊右衛門に立ち向かう。

おせき

藤枝梅安の近所に住む百姓の女房。時折梅安の家に通っては、食事や掃除などの面倒を見ている。明るく元気で面倒見のいい老婆で、一人暮らしで多忙な梅安の生活や表家業を支え、つねに親身に接している。梅安が仕事や旅などで長期間家をあけるときも、彼の家の掃除などを行っている。梅安からも頼りにされているが、彼の裏の顔が仕掛人であることは知らない。梅安に匿われた小杉十五郎をはじめ、梅安の周囲の人の面倒を任されることもある。

赤坂の市兵衛 (あかさかのいちべえ)

赤坂の田町の桐畑近くに密集する娼家を束ねている男性で、蔓の一人。江戸の暗黒街においても、それと知られた経歴と権力を持つ顔役として有名で、藤枝梅安からは「親方」と呼ばれている。梅安の腕前を頼りにしており、よく仕掛けの大仕事を依頼している。梅安におみのの仕掛けを依頼し、さらに彼が京都の旅から帰ったあとは、金子又蔵の仕掛けを依頼した。

おみの

料理屋「万七」の内儀で、3年前に死亡したおしずの後添え。有能な内儀だったおしずの跡を継ぎ、夫から万七のことを全面的に任されている。しかし、好き嫌いが激しいために客離れを招き、長らく繁盛していた万七の経営状態も悪くなっている。赤坂の市兵衛の依頼を受けた藤枝梅安の、新たなターゲットとなる。実は梅安の実妹で、本名は「お吉」。幼少期はカゼばかり引いていた、泣き虫な少女だった。梅安の母親に容姿と性格がよく似たずる賢く冷酷な女性に成長しており、梅安と暮らしていた頃の面影はすっかり消えている。病で衰えた夫の目を盗んでほかの男性と浮気をしており、浮気相手との逢い引き後、家に侵入していた梅安に暗殺される。梅安は顔を見るまでは妹だと知らなかったが、気づいたあともそのまま仕掛けを続行した。

おもん

料亭「井筒」で座敷女中をしている女性。息子の芳太郎がまだ幼い頃に夫を亡くしており、それ以降は阿部川町に住む父親に息子を預けながら、井筒で働いている。常連客の藤枝梅安のことが気になっていたが、のちに梅安と相思相愛の仲になる。梅安が心を許す数少ない女性だが、彼の裏稼業が仕掛人であることは知らない。江戸を離れることが多い梅安に対して詮索や深入りはしないことから、彼が安らぎを感じられる心地のいい相手となっている。その一方で、梅安がただの鍼医者でないことは察しており、梅安がいづれどこか遠くへ行ってしまうことを恐れている。

金子 又蔵 (かねこ またぞう)

ある事件を起こして佐川久馬と共に信濃国から逃亡した侍。蝦蟇(がま)のような面構えの大男で、見た目は怖いが実は優しい性格の持ち主。赤坂の市兵衛の依頼により、長旅から江戸に戻ってきた藤枝梅安の新たなターゲットとなる。すご腕の剣術使いで、追っ手を何人も返り討ちにしていた。久馬と共に故郷の武蔵国の白川村に潜んでいたが、数か月後には重病を患い、腹を刺して自死した。久馬とは表向きは友人だったが、実は相思相愛の仲であり、逃亡したのも彼を命懸けで守るためであった。

佐川 久馬 (さがわ きゅうま)

信濃国の武家で小姓をしていた少年。おとなしい性格の美少年だが、穏やかな風貌の底には己の大義を通す侍の血が潜んでいる。ある出来事をきっかけに主人を殺害し、金子又蔵に連れられて彼の故郷である白川村へ逃亡する。表向きは又蔵と友人関係であったが、友情を超える相思相愛の仲。又蔵を失ってからは両親が主家に殺されたことを知り、けじめと敵討ちのために信濃国に戻る。

本間 左近 (ほんま さこん)

江戸の山之宿にある江戸家老、服部一学の寮に滞在している侍。金や権力を振りかざしながら平気で人を傷つける、乱暴で残虐な性格の男性。半年前までは但馬の出石に屋敷を構える仙谷家の家臣として優遇されていたが、松永たかの娘である幸を斬殺したことで山之宿の寮に移される。娘の敵討ちのために追ってきたたかを返り討ちにしたあとも、酒に溺れながら暴力を振るっていた。その後も憂さ晴らしのために人を斬ろうともくろんでいたが、たかに代わって敵討ちをすることになった藤枝梅安と彦次郎に暗殺される。

松永 たか (まつなが たか)

但馬の武家、松永家に嫁いだ女性。娘の幸が松永家に嫁いだあとも跡継ぎが生まれないことを憂いていたが、街中で本間左近の反感を買った幸が斬られたことで彼女を失う。幸の夫が左近への仇討ちを拒んだことから、自ら松永家を飛び出して江戸に渡り、仇討ちを決意する。左近に斬りかかるが返り討ちに遭って重傷を負い、若い頃から縁のある井筒に担ぎ込まれ、偶然来店していた藤枝梅安の治療を受ける。一命を取り留めるもののもう長くはないことを悟り、幸の無念を晴らせぬまま死ぬ運命を悔やんでいたが、憤慨した梅安が代わりに左近を暗殺したことで仇討ちを果たす。その後は梅安が持ち帰った左近の印籠を見て満足しながら、静かに息を引き取った。

松平 斧太郎 (まつだいら おのたろう)

千石取りの大身旗本、松平家の嫡男。牛堀道場の跡目争いの中で、弟の新次郎と兄の宗之介が小杉十五郎に返り討ちにされたことで、彼を恨むようになる。兄弟の無念を晴らすためと松平家の面子のために、ほかの門人たちと共に十五郎を襲撃して命を狙う。しかし、十五郎に協力していた藤枝梅安と彦次郎の妨害を受け、抹殺に失敗する。生き残ったものの彦次郎の吹き矢で右目を失明してからは、眼帯をしている。ケガから回復したあともたびたび十五郎の命を狙っていたが、のちに十五郎が僧に化けて江戸に潜んでいることを知り、ほかの旗本と手を組んで江戸に大捜索網をしく。十五郎に刺客を差し向けるが、同時期に梅安を狙っていた関根重蔵の乱入によって失敗に終わり、十五郎との一騎打ちに敗れて死亡した。

牛堀 九万之助 (うしぼり くまのすけ)

浅草の元鳥越にある「牛堀道場」の道場主を務める男性で、小杉十五郎の師。奥山念流の名人として有名で、器の大きさと優しい心を持つ穏やかな老人。故郷を抜け出し、江戸で放浪する中で剣術の指南を願い出た十五郎を歓迎し、彼の腕前と人柄を見込んで代稽古を任せるようになる。数年後に病死するが、十五郎に道場主にするように遺言を遺していた。

林 又右衛門 (はやし またえもん)

浪人の男性で、すご腕の剣客。見た目は長髪の美男子ながら、卑劣で残虐な性格の持ち主。上方から江戸に戻ってきた小杉十五郎の命を狙うようになり、同時期に十五郎を狙う浪人たちの仕掛けを請け負った藤枝梅安のターゲットとなる。諸国で盗賊をしていた過去があり、何度も盗みや殺しをしていた。悪人だが剣術の腕は十五郎に匹敵する。現在も盗賊や浪人たちとつるんでおり、盗賊時代の仲間であった吉野家の主人の久蔵を執拗に脅すことで大金を得ている。さらには久蔵の妻をさらって人質に取り、身代金を奪って久蔵のことも始末しようともくろむが、梅安と彦次郎に殺害された。

豊治郎 (とよじろう)

浅草の福富町で御用聞きをしている男性。亡くなった父親の伊助のあとを継ぎ、お上から十手捕縄を預かって御用聞きとなった。正義感が強い有能な御用聞きとして「福富町の親分」と呼ばれ、人々から慕われている。福富町にある家で、妻のお吉、娘のお清と共に幸せに暮らしていたが、大川橋で何者かに襲撃されて重傷を負う。偶然通りかかった藤枝梅安に保護されるが、「あべ」という言葉を遺して命を落とした。

音羽の半右衛門 (おとわのはんえもん)

小石川一帯の香具師の元締をしている男性で、蔓の一人。ふだんは音羽の料理茶屋「吉田屋」の主人をしているが、江戸の裏社会において、その名を知らぬ者はいないほどに有名。かなり小柄な体型で、大柄な妻のおくらの肩に乗せられて移動することもある。ふだんは穏やかでおっとりした老人だが、蔓の中では特に正義感が強い人格者で、悪人について語るときは目つきや口調が変貌する。また器も大きく、音羽の半右衛門自身の部下や吉田屋で働く若者たちの教育にも力を入れている。表家業の吉田屋のことは、ほとんどおくらに任せている。元締の中では札掛の吉兵衛と親しく、彼の紹介を受けて藤枝梅安を訪ね、豊治郎を闇討ちした安部親子の仕掛けを依頼する。これ以降も、世のために生かしておくべきではない悪人の仕掛けを梅安に依頼しており、ほかの仕掛人や密偵などを使って彼をサポートすることもある。のちに江戸進出をもくろむようになった白子屋菊右衛門の一味と対立するようになり、菊右衛門と戦う決意をした梅安たちを全面的にサポートした。

白子屋 菊右衛門 (しらこや きくえもん)

大坂から京都にかけての香具師の元締をしている男性で、蔓の一人。町奉行からも一目置かれるほどの、裏社会の顔役。関西弁で話す気前のいい老人で、藤枝梅安からの信頼も厚い。大坂の道頓堀で「白子屋」という料亭を営み、京都の祇園町では妾に茶屋を営業させている。何度も仕掛けを依頼している梅安とは親しい関係で、道場の跡目争いで命を狙われて江戸にいられなくなった小杉十五郎を匿うよう、梅安から依頼される。この際に、十五郎を仕掛人にしないという約束を梅安と交わしている。当初は約束を守りながら十五郎を手厚く保護していたが、彼の剣術の腕前に惚れ込んでからは約束を破り、剣客としての道を見失っていた十五郎を仕掛人の世界に引き込む。これをきっかけに梅安の怒りを買い、その関係に亀裂が生じるようになる。十五郎が江戸に戻って仕掛人から足を洗おうとしたあとも執拗に引き戻そうと画策し、十五郎を匿っている梅安に何人もの刺客を送り出すようになる。のちに自ら江戸に赴き、あらためて関根重蔵に梅安の仕掛けを依頼し、旗本たちを利用して梅安を彦次郎もろとも殺そうと狙うがどちらも失敗。梅安を引き続き狙うと同時に江戸進出をもくろむようになり、江戸を代表する元締である音羽の半右衛門とも対立する。

若侍 (わかざむらい)

藤枝梅安が森の中で保護した若い侍。何者かに襲われて重傷を負っていたが、梅安の応急処置によって命を取り留める。しかし、目を覚ましても過去の記憶がなく、自分の名前すら思い出せなくなっていた。大身旗本、池田家の家紋が入った羽織を持ち歩いていることから、梅安たちからは池田家の跡目争いに巻き込まれたと推測されていた。梅安たちの計らいで下総屋に預けられ、彼らから情報を得ながら回復するうちに、少しずつ記憶を取り戻していく。その正体は増子の息子の池田正之助であり、異母兄の池田辰馬に邪魔者扱いされ、命を狙われていた。

増子 (ますこ)

大身旗本、池田家当主の池田備前守照秀の後妻。萱野の亀右衛門の依頼を受けた藤枝梅安のターゲットとなる。病に倒れた照秀の跡目を巡り、彼の長男である池田辰馬とは激しく対立している。関根重蔵や手練れの浪人を雇って辰馬を暗殺させ、息子の若侍(池田正之助)に家督を継がせようとしていたが、辰馬の刺客に襲われた正之助が行方不明になったことでもくろみが崩れる。

池田 辰馬 (いけだ たつま)

大身旗本、池田家当主の池田備前守照秀の長男。病に倒れた照秀の跡目を狙っているが、彼に気に入られている異母弟の若侍(池田正之助)を邪魔に思い、刺客を差し向けて襲撃する。同時期に増子に毒を盛られそうになったことから、正之助に家督を継がせようともくろむ彼女とは激しく対立している。見た目は正之助とよく似ているが、家族思いで温厚な彼とは異なり、野心に燃えている。増子が雇った関根重蔵に命を狙われていることを察知して急襲を仕掛け、重蔵に重傷を負わせる。

山城屋 伊八 (やましろや いはち)

江戸の神田明神下で宿屋「山城屋」を営む男性で、白子屋菊右衛門の腹心。山城屋は菊右衛門の江戸におけるアジトとしても活用されている。菊右衛門の命令を受け、江戸のどこかに潜む小杉十五郎の居場所を探っており、関根重蔵に藤枝梅安の仕掛けを依頼する。

関根 重蔵 (せきね じゅうぞう)

山城屋伊八に雇われた仕掛人の男性で、すご腕の剣士。大柄な体型で、口元に大きな傷痕がある。伊八の依頼を受けて藤枝梅安を狙うが、坊主に変装していた小杉十五郎に妨害されて失敗し、足を負傷する。二人の刺客を余裕で返り討ちにしたり、梅安のスキを突いて肩に傷を負わせたしするなど、確かな実力の持ち主。伊八だけでなく増子からも仕掛けの大仕事を同時期に請け負っており、彼女と対立する池田辰馬を狙う。しかし、それを察知した辰馬に先手を打たれて彼の手下の襲撃を受け、重傷を負ったまま行方をくらます。のちに白子屋菊右衛門からあらためて梅安の仕掛けを依頼され、十五郎を狙って乱入してきた旗本を斬殺して梅安を襲うが、十五郎と彦次郎に妨害されて返り討ちにされた。

羽沢の嘉兵衛 (はねざわのかへい)

本所・両国一帯の香具師の元締。藤枝梅安に何度も殺しを依頼した。それとは知らず、梅安に彼の妹・おみの(本名・お吉)の殺しの依頼をしたのも彼である。後に小杉十五郎に関する一件で敵味方に分かれた梅安に刺客を送った。しかし果たせず、最後は熱海の湯につかっているところを梅安に暗殺された。

津山 悦堂 (つやま えつどう)

藤枝梅安の鍼医者としての師匠。父親が病死し、母親に捨てられた十歳の梅安が東海道・藤枝の宿でこきつかわれているのを見かねて引き取り、京都に連れ帰って、弟子として育てた。既に死亡しており、京都に墓がある。梅安は津山悦堂を人生最大の恩人と感謝しており、敬慕の念を抱き続けている。

札掛の吉兵衛 (ふだかけのきちべえ)

本郷から下谷にかけてを縄張りとする香具師の元締。本郷六丁目の善福寺門前に住む。本間左近殺し、伊豆屋長兵衛殺しなどを藤枝梅安に依頼した。

おくら

小石川から雑司ヶ谷を縄張りにしている香具師の元締・音羽の半右衛門の女房。小石川の吉田屋という料理茶屋の女将をしている。夫・半右衛門が小柄であるのに対して、おくらは「女相撲」と称されるほどの大きな体格の持ち主。力が強いだけでなく、度胸もあり、半右衛門の子分からも一目置かれている。 半右衛門が外出する際、駕籠まで彼を抱きかかえて運ぶことがある。

玉屋 七兵衛 (たまや しちべえ)

品川宿で水茶屋を営む土地の顔役。店の隣に谷山稲荷があることから、土地の者は彼のことを稲荷の親分と呼ぶ。彦次郎が小杉十五郎と懇意であることを知らず、彼を仕掛けることを依頼した。彦次郎は依頼を断ったが、玉屋七兵衛は同時に腕利きの仕掛人・林又右衛門にも依頼していた。 この後、小杉十五郎殺害に失敗した玉屋七兵衛は妓楼の子供を誘拐して金をつくって逃げようとしたが、音羽の半右衛門の依頼を受けた藤枝梅安の仕掛けによって殺害された。

萱野の亀右衛門 (かやののかめえもん)

かつて目黒から渋谷へかけての縄張りを持っていた香具師の元締だった老人。今は隠居して、女房とふたりで農作業をしている。隠居した身であるが昔のしがらみから抜けきれず、藤枝梅安の元に「仕掛け」の話を何度も持ち込む。

芳太郎 (よしたろう)

おもんの息子。父親に死に別れ、母と離れて暮らしていたため、一時期ぐれてしまっていた。面倒を見ていたおもんの父親が殺されたことをきっかけに、藤枝梅安がひきとり、鍼医者の内弟子として面倒を見ることとなる。梅安の薫陶を受け、人間的にも成長していく。

塚本 桃庵 (つかもと とうあん)

北本所で医院を構える腕のよい外科医。藤枝梅安を優れた鍼医者として信頼しており、外科医の領分からはずれた治療を頼むことがある。また、梅安も外科治療が必要な患者を塚本桃庵に委ねるなど、お互い医者として信頼しあう間柄である。

場所

井筒 (いづつ)

浅草の橋場にある藤枝梅安なじみの料亭。梅安と深い関係にあるおもんはこの店の座敷女中であった。亭主に大もうけしようという気がなく、よい素材を使った美味い料理を客に出すことから繁盛していた。

その他キーワード

仕掛人 (しかけにん)

『仕掛人 藤枝梅安』の用語。江戸時代、依頼人からの「殺し」の依頼を仲介者をへて金銭で請け負い、暗殺する稼業の者を仕掛人と呼んだ。その存在は一般には知られておらず、一部の裏稼業の人間たちのみの間で流布した言葉であるとされる。『仕掛人 藤枝梅安』の原作者である小説家の池波正太郎が独自に考案した名称である。

仕掛け (しかけ)

仕掛人が請け負っている暗殺業で、仲介人の蔓を通して起こりから依頼される。仕掛けの依頼を受けて前金を受け取ったあとは、原則として仕掛けを中断することはできず、たとえ命を落としてでも完遂する必要がある。仕掛けにはいくつかの定法や暗黙のルールが存在しており、仕掛けに必要な情報以外は、必要以上に仕掛人に伝えられないのが基本となっている。このため、仕掛人は起こりが誰なのか、依頼の背景や細かい事情といった情報は知らないままで、仕事を請け負うことが多い。頼み料の額は難易度や起こりの事情によって異なるが、標的が大物で難易度が高い大仕事だと、100両を超えることもある。報酬は高額だが旗本などの権力者やすご腕の剣客などがターゲットとなることが多く、他者に仕掛けを見られるリスクもあるため、つねに神経を使う命懸けの仕事となっている。

(つる)

仕掛けの仲介を行う者。頼み人である起こりの依頼を引き受け、仕掛人への依頼やサポートを行う。蔓の大半は香具師の元締や暗黒街の顔役など、裏世界でも有名な大物が務めることが多く、仕掛人からは「元締」や「親方」などと呼ばれていることも多い。起こりから受けた頼み料の半金は、蔓が仲介料として受け取れることになっている。仕掛人に対しては起こりが適切であることを保証しつつ、必要に応じて仕掛けの準備や根回しなどを行ってサポートしている。蔓と仕掛人のあいだには裏世界のルールや仕掛けの定法に基づいた信頼関係が築かれているが、自らの保身や利益のために仕掛人を騙したり、理不尽な殺しを強いる蔓も存在し、仕掛人やほかの蔓から処罰されることもある。

起こり (おこり)

蔓を通して仕掛人に仕掛けを依頼する頼み人の通称。起こりの素性や依頼の背景などはさまざまだが、その大半は裏世界で名の知れた権力者であることが多い。また、まれに蔓自身が起こりとなって、直接仕掛けを依頼することもある。起こりは蔓に報酬金額と標的や事情を話し、その内容から仕事が成り立つかを見極めた蔓が仲介し、依頼内容に合った仕掛人に直接依頼を持ち込むのが、基本的な流れとなっている。依頼を受けた仕掛人は前金を受け取り、仕掛けに成功したあとは蔓を通して後金が支払われる。

クレジット

原作

池波 正太郎

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