あらすじ
みんなの宝物
夫に先立たれた母親・八条寺千は、ハワイで暮らす長女・八条寺イチ、市役所に勤務する次女・八条寺太重、喫茶店「らんたん」を営む三女・八条寺茉子、アパレル通信販売会社で働く末っ子・八条寺仁衣の四姉妹がそれぞれ独立してからも、不便な山中にある100年以上の歴史を持つ実家を、みんながいつでも帰れる場所として一人で守っていた。現在は離れて暮らしているイチたちだが、シングルマザーとなったイチの息子・八条寺岳と同じ屋根の下で育て上げ、岳をみんなの宝物のように思っていた。幼少期の四姉妹はケンカばかりしていたが、今はみんな丸くなっていた。どんなに離れていてもふだんからSNSでメッセージを送り合い、たまに実家に集まって食卓を囲むおだやかな日々。仲のいい八条寺家の女性たちは、幼い頃に両親が離婚してしまった岳に対して、とある罪悪感を抱きながら、そして古い家を一人で守る千を心配しつつ、それぞれの社会で真摯に生きていた。そんなある日、イチとハワイで暮らしている岳から、SNSを通してみんなに写真が送られてきた。海外で優雅に暮らす岳の姿に思いを馳せる太重たちは、女性五人で大切に育ててきた彼との過去を思い出す。そして慌ただしい日々が過ぎていく中、イチと岳が日本に帰国するという報せが入る。ふだんはクールな仁衣も思わず心を躍らせ、八条寺の女性たちは岳との再会を心待ちにするのだった。
家族との再会
マイペースながら経済的に家族を支える八条寺太重、先代店長から受け継いだ喫茶店を経営する八条寺茉子、日々営業に追われる八条寺仁衣の三人は、一人で山の上で暮らす母親・八条寺千と離れてそれぞれ忙しい日々を送っていた。のどかな山野に囲まれて育った八条寺家の人々をつなぐのは八条寺岳への深い愛情ながら、それぞれの中にわだかまりとなっているのは、過去の行動がすべて彼にとって正義であったのかという、棘のように心に残っている疑問だった。高学歴だが離婚後は派遣とパートを転々とするシングルマザーの八条寺イチは、息子の岳と共にハワイに住んでいたが、岳と共に日本に帰国し、久しぶりに八条寺家の人々との再会を楽しみにしていた。そして岳は八条寺家に戻る前に、地元の友人・たっちゃんと久しぶりに再会し、雑談の中で八条寺家の女性たちとの過去を振り返る。そんな中、営業先の老舗ブランド「onde」の出店依頼に奮闘していた仁衣は、後輩の山田智己と共に試行錯誤を繰り返した末に、ondeの出店が決定したという連絡を受け取る。亡き父の言葉や岳の存在を心の糧にしながら、八条寺家の女性たちは五者五様の日々をたくましく生きていた。一方、以前から祖父と再会するたびに山に登るのが習慣だった岳は、優しい祖父が生きていた頃に共に過ごした思い出と、彼に言われた言葉を嚙み締めながら、一人で山に登っていた。
占いと祈り
八条寺岳は時には不器用に、時にはたくましく生きる八条寺家の女性たちに囲まれて育った。そんな四姉妹の長女である八条寺イチは、高学歴ながら夫の離婚後は派遣職を転々とし、ハワイから帰国後は実家に戻りつつスーパーのパートタイマーとして働くことになった。同じくハワイから帰国した息子の岳は大学の学生寮に戻り、再び下宿生活を送っていた。頭脳明晰なイチが、夫との離婚を堺に心のバランスを崩したのは、10年以上前のことだった。休日に本を買いに出かけていた八条寺太重は、人気の占い師・ヨナの行列に並んでいるイチの姿を見かける。イチとヨナは10年以上前からの友人でもあった。まだイチが夫と離婚したばかりの頃、イチは路上で酔っ払い客に絡まれているヨナと出会う。この出来事から、ヨナを気にかけるイチは彼女の占いに通うようになり、ヨナは複雑な事情を抱えるイチから何かを感じ取っていた。一方、下宿生活を送っていた岳は、以前に屋根の修理をきっかけになかよくなった山田智己と旅行中、ふとあることに気づく。それは自分を育ててくれた八条寺家の女性たちが、昔からいつも見せてくれた景色の数々が、今でも自分の中に息づいているということだった。岳は幼い頃の思い出を振り返りながら、いつも自分を守るように八条寺家の女性たちが静かに寄り添ってくれていた思いを感じ取る。そんなある日、八条寺千の誘いで再び八条寺家の人々が集まり、久しぶりにみんなで亡き父の墓参りに行くことになった。墓参りのあと、墓の周囲で一人風景写真を撮っている岳を見たイチは、彼の幼少期からずっと言えなかった離婚当時の話を打ち明ける。
月子の部屋
複雑な事情や過去を抱えながらも、それぞれの日々を強く生きる八条寺家の人々にも慌ただしい年末が近づいていた。アパレル通販会社に勤める末っ子の八条寺仁衣は、老舗ブランド「onde」の出店依頼に成功し、さっそくondeの出店が始まっていたが、肝心の売上が低調しているとの報告を同僚から受ける。さらに、担当者からは通販サイトへの出店を1年限りにしたいという話も出てくる。以前から動画配信で服の着こなしを紹介することに興味を持っていた仁衣は、山田智己と対策案を考えた末、前から気に入っていた人気配信者・月子の自宅に二人で会いに行くこととなる。蒐集癖がありondeの服も長年愛用していた月子は、仁衣と智己からの動画制作・配信依頼を快諾する。そして月子のある一言を聞いた仁衣は、いつも正しく誠実でありたいけれど時には肩の力を抜くことの大切さを考えながら、月子の自宅をあとにする。年末の八条寺家は、それぞれが食べ物を持ち寄って実家で過ごすのが毎年恒例になっていた。いつものように好物の練りきりを購入した八条寺太重、雪の中実家を目指す八条寺茉子。みんながこたつで暖まる中で、仁衣は外で雪だるまを作っていた。それぞれが楽しい年末年始を過ごした正月も明け、順調に制作が進んでいた月子の動画をondeに提出する日がせまっていた。一方、役所勤務の太重の部署に異動してきた桂木は、不倫が原因で離婚されたと噂されているため、新しい職場でも周囲から距離を置かれがちになっていた。そんな桂木の過去を気にすることなく、勤務態度がまじめな桂木に分け隔てのない態度で接する太重だったが、ある日、職場に一人でやって来た彼の愛娘・希美を保護することになる。
登場人物・キャラクター
八条寺 岳 (はちじょうじ がく)
八条寺イチの一人息子で、八条寺太重、八条寺茉子、八条寺仁衣の甥っ子。年齢は23歳。大学寮で暮らしながら、大学院で地質の研究をしている。大学には奨学金で通っており、研究熱心で成績優秀。幼少期は両親と三人暮らしだったが、イチが離婚したために彼女に連れられて八条寺家で暮らすようになり、祖母の八条寺千と、年があまり離れていない叔母たちに囲まれて育った。幼少期から非常にかわいがられ、八条寺家にとっての宝物のように大切に扱われていた。大学生になってからは、八条寺家の人たちとはたまにしか会っていない。火山の研究の手伝いに参加することになり、しばらくのあいだはイチと共にハワイに滞在していたが、日本に帰国して八条寺家の人たちと再会を果たす。家族の中では唯一の男性である祖父を慕い、生前の彼とは会うたびにいっしょに山に登るのが習慣だった。幼少期は父親を慕い、両親の離婚後も父親を大切に思っており、父親に会うために前の家へ帰ろうとしたこともある。ハワイから帰国後は寮に戻り、屋根の修理をきっかけに山田智己となかよくなった。たっちゃんという友人がおり、旅館を営んでいる彼の実家に旅行で訪れることもある。かなりの地質マニアで、地質や石についての造詣が深い。子供の頃は嵐丘小学校に通い、帰りは千や茉子に迎えに来てもらっていたが、一人で山に登って帰って来ることもあった。かなりの運動音痴で、鉄棒の前回りができない。咲良という女性と付き合っていたことがあり、別れたあとも時折お菓子などをもらっている。運転が得意で、よく長距離旅行をしている。地層や石を撮影した動画や写真を公開するチャンネルを持っているが、フォロワー数は少ない。好物は塩むすび、チーズ入りハムカツ、コーンポタージュ。
八条寺 イチ ((はちじょうじ いち)
八条寺家の長女で、シングルマザー。明るい茶髪のボブヘアを真ん中分けにしている。明るくさっぱりした性格で、器用で気配り上手。結婚して家を出たあとに息子・八条寺岳を産んだが、彼がまだ幼い頃に夫から無視されるなどの嫌がらせを受けるようになる。岳のために我慢していたが、実家に戻って家族と暮らすことになり、苦悩の末に家族から勧められて離婚した過去を持つ。このため、離婚調停が終わるまではメンタルが不安定な時期もあり、離婚後も夫から送られる養育費が不安定な中、岳が大学に進学するまで支えてくれた八条寺千と三人の妹にはとても感謝している。大学院生になり、研究にのめり込む岳とハワイに住んでいたが、のちに帰国する。高学歴で器用になんでもこなすが、離婚後は派遣やパートタイマーを転々としている。実家に戻ってからは、スーパーのレジ打ちのパートが決まる。昔から好奇心旺盛かつ非常に多趣味なことから、派遣の仕事を辞めた時にはヨナの影響もあって占い師になろうとしたこともある。友人のヨナとは16年前に知り合い、近況報告を兼ねて定期的に彼女の占いに通っている。長女だからか幼少期は猫かわいがりされて育ち、八条寺太重が生まれる頃にはすでに一国の姫君のようになっていた。強情な一面があり、幼少期は次女の太重とよく競い合っていた。
八条寺 太重 (はちじょうじ たえ)
八条寺家の次女。あらしの市役所に勤務している。黒髪ロングヘアで眼鏡をかけており、見た目はまじめそうだが、サバサバしたずぼらな性格をしている。職場には二度寝が原因でよく遅刻をしているため、上司によく叱責されている。現在は新築の分譲マンションで一人暮らしをしており、時折八条寺千が来て家事を手伝っている。かなりマイペースながら、経済的に八条寺家を支えている。昔から恋愛事が苦手で、他人の恋愛話もまったく興味がない。趣味は読書で、仕事の休憩中も読書をしながら食事しており、休日も本を買いに出かけている。老舗和菓子屋の練りきりが大好物で、毎年帰省前に購入している。自宅では八条寺岳、八条寺イチ、八条寺茉子、八条寺仁衣の名前が書かれた四つのビン型貯金箱に金を貯めており、祝福・謝罪・心配・哀れみなどの感情を抱くたびに、小銭を入れている。ちなみに母親の千に関しては、お金が今必要だからと貯金箱を作っていない。茉子の貯金箱だけ金額が一番多くなっているが、これは茉子が片思いの相手に失恋したことを心配して1万円を入れたためである。人と群れない主義で、職場では休憩中も一人で過ごしている。
八条寺 茉子 (はちじょうじ まこ)
八条寺家の三女。明るい茶髪のロングヘアで、勤務中は一つのお団子状にまとめている。四姉妹の中では最も温厚で、おっとりした素朴な性格をしている。甥の八条寺岳が小学校に通っていた頃は迎え係を担当していた。昔から料理上手で、特にイカナゴの煮物や豚汁など家庭料理を得意としている。料理の腕を生かして小さな喫茶店「らんたん」を経営しており、現在はアルバイトの弥生と二人で店を切り盛りしている。らんたんは前の店主の女性・実(さね)が引退したあとに引き継いだ店で、現在は店の上にある家に引っ越している。料理に使うだしは、彼女が使っていたのと同じ袋入りのだしを使っている。店を引き継ぐ前からの常連客の男性・高岡に、豚汁用のだしパックを入れたままで出してしまったことがある。高岡には淡い恋心を抱いていたが、持病が悪化したことで、現在はらんたんに来なくなっている。幼少期は白い饅頭のような容姿で、何かと鈍くさい印象だったため、周囲にいじめられていたことがある。ふだんはぼんやりしているように見えるが、決断力や判断力に長けており、らんたんを継ぐことも一人で決めた。幼少期に姉妹がよく落ちていた崖から、一人で這い上がって帰ってくるほどにたくましい一面を持つ。キラキラしたかわいいものが大好き。
八条寺 仁衣 (はちじょうじ にい)
八条寺家の四女。アパレル通販会社に勤務している。年齢は29歳。昔から働き者で大半のことは器用にこなし、社長の有次からも期待されているが、周囲と意見が食い違って衝突することがよくある。ふだんはクールな女性ながら、昔からかわいがっている八条寺岳のことになると、思わず表情が緩んで笑顔を見せる。高校時代は家族との出来事を綴った日記を書いており、岳や八条寺イチを傷つけた叔父(岳の父親)を心底恨み、その怒りの感情が綴られていた。昔は姉たちと違って化粧に興味がなかったが、会社で化粧品も扱うために興味を持つようになり、今ではすっかり化粧上手になっている。あこがれのファッションデザイナー・藤崎が社長を務める営業先の老舗ブランド「onde」の出店依頼に、後輩の山田智己と共に奮闘し続けるが、なかなかうまくいかずに苦労している。のちに熱心に営業を続けた末に、ondeの出店が決まり、動画配信者の月子にondeの紹介動画の制作・配信を依頼する。もともとは倉庫で出荷作業のアルバイトをしていた際に、テキパキと働く姿を見込まれて社員としてスカウトされた過去を持つ。そのため、社内では出荷作業のベテランで、同僚や後輩からの信頼も厚い。現在は克服しているが、日本神話の影響で神社が苦手だった。ホットミルクが大好物。
八条寺 千 (はちじょうじ せん)
八条寺イチ、八条寺太重、八条寺茉子、八条寺仁衣の母親。白髪をボブヘアにしている。夫はすでに亡くなっており、四人の娘たちが自立したあとも不便な嵐丘の山にある古い一軒家に、一人で住んでいる。時折娘たちと集まって食事をしたりしており、離れて暮らしているものの家族仲は現在も良好。娘たちからは200年以上も経っている家を売って町に出るように勧められているが、この家で生まれ育ったからとの理由でかたくなに家を売ろうとしない。家族思いな優しい性格で、独り立ちした娘たちをつねに気にかけて心配し、孫の八条寺岳のことも非常にかわいがっている。カナヅチで、またジェットコースターなどの乗り物も苦手。
山田 智己 (やまだ ともき)
アパレル通販会社に勤務する男性で、八条寺仁衣の後輩。マンションで一人暮らしをしている。仁衣のあこがれでもある営業先の老舗ブランド「onde」の出店依頼を成功させるために彼女と共に奮闘し続けるが、なかなかうまくいかず出店をほぼあきらめていた。しかし、仁衣の頑張りで営業に成功し、ondeの出店が決まった。都会育ちで旅行もしたことがないため、田舎事情には疎い。家の屋根の修理を手伝うために、仁衣に連れられて初めて八条寺家を訪れる。この際に八条寺岳と知り合い、いっしょに旅行に行ったり、自宅に招いたりするほど親しくなった。やや複雑な家庭で育ち、妻子ある男性と不倫して自分を産んだ母親・明美には幼少期から複雑な感情を抱いている。気の強い明美との仲は一見良好に見えるが、あまりかかわりたくないと岳に漏らしていた。一方で母方の祖母のことは幼少期から慕っている。仁衣に思いを寄せているが自覚はなく、それに気づいた岳からはかなりの恋愛オンチと評されている。また、仁衣からは優し過ぎる子と評されている。無類のラーメン好きで、行きつけのラーメン店のメニューは制覇しており、焦がし醬油味のインスタントラーメンも大好物。
たっちゃん
八条寺岳の友人の青年で、大学院生。顔にはそばかすがあり、眼鏡をかけている。和歌山にある実家は小さな旅館を営んでおり、時折手伝っている。両親からは旅館を継ぐように言われているため、卒業後は実家に戻る予定になっている。しかし、両親の攻撃的な口ゲンカが苦手で、それに比べれば大学入学後の貧乏下宿生活すら天国だと岳に語っている。岳を介して山田智己と知り合う。
ヨナ
占い師を務める童顔の女性。ミステリアスな雰囲気をまとっている。明るい茶髪のロングヘアで、外出時でもつねに黒いローブに身を包んでいる。常連客の八条寺イチとは食事をするなど親しい間柄で、16年前に彼女に酔っ払い客から助けられたのをきっかけに知り合った。少女時代は家に引きこもっていたが、こっそり外に出て路上で占いをしていた。街にあるビルの占い館に居を移してからは人気占い師となった。占い師としての評判は高いが、占う本人のみしか占わず、それ以外の人を占うことはしていない。顎関節症に悩んでいる。
弥生 (やよい)
八条寺茉子が経営する喫茶店「らんたん」で、アルバイトをしている若い女性。黒のショートヘアでマイペースな性格の持ち主。アルバイトはまじめにこなしているものの、定職に就かないことから母親に心配されている。学生時代から母親と共にらんたんの常連で、母親の勧めでなんとなく大学進学したが、友人たちの恋愛話についていけずに、らんたんに入り浸っていた過去を持つ。
月子 (つきこ)
人気動画配信者の中年女性。おっとりした性格をしている。蒐集癖があり、洋服や食器など自らのコレクションや日常風景などを紹介する「月子の部屋」というチャンネルを開設・運営している。老舗ブランド「onde」の紹介動画制作の依頼のために自宅にやって来た八条寺仁衣と山田智己と知り合い、動画制作を快諾した。ondeの服は若い頃から長年愛用している。
桂木 (かつらぎ)
八条寺太重の部署に異動してきた男性。太重が総務課にいた時の後輩でもあるため、若い頃は彼女といっしょの部署に勤務していた。一見マイペースでやる気がなさそうに見えるものの、勤務態度はまじめで企画も積極的に提案している。しかし不倫が原因で離婚し、それが以前の職場でも話題になったとの噂があるため、同僚からは避けられがちで職場でも浮いている。妻に引き取られた幼い一人娘・希美(きみ)を溺愛している。ふだんはクールでアンニュイな雰囲気を漂わせているが、希美の話をする時だけは表情が緩んで満面の笑顔を見せる。
書誌情報
ブランチライン 6巻 祥伝社〈FCswing〉
第1巻
(2020-10-08発行、 978-4396768058)
第2巻
(2021-06-08発行、 978-4396768300)
第3巻
(2022-01-08発行、 978-4396768508)
第4巻
(2022-07-08発行、 978-4396768614)
第5巻
(2023-06-08発行、 978-4396768867)
第6巻
(2024-05-08発行、 978-4396750459)