あらすじ
第1巻
大学進学のため、春からの新生活を北千住の借家で始める事になった女子大学生・山田文子(ブン)は、相棒のぬいぐるみ・ホクサイと共に千葉の内陸にある実家から上京した。引っ越し当日、ブンは新居のある街の商店街へ出向き、惣菜屋で揚げたての激安メンチカツときんぴらごぼう、缶コーラを購入。今日これからの予定を「新居飯計画」と命名し、新しい家で初めての食事を綿密に計画していた。だが、引っ越し荷物の中にある炊飯器で、炊き立てご飯を食べようと考えていたブンの思いとは裏腹に、引っ越し業者が渋滞に巻き込まれ、到着が大幅に遅れるアクシデントが発生。ブンは、ご飯がないまま冷めていくメンチカツを前に途方に暮れる。一旦落ち着こうと缶コーラを手にするも取り落とし、周囲にぶちまけてしまったブンは、何もかもがうまくいかないとすっかり落ち込んでしまう。しかし、このコーラの缶を使ってご飯を炊く事を思いついたブンは、一人暮らし最初のアクシデントを自分らしく乗り越え、満足のいく食事を摂る事に成功する。こうして、食欲旺盛で食べる事にかけてはいっさい妥協しないブンは、「売られている物であれば自分でも作れる」をモットーに、楽しい自炊ライフをスタートさせる。(一食目。ほか、5エピソード収録)
第2巻
6月。梅が実をつけるシーズンとなり、スーパーマーケットには巨大な瓶と氷砂糖、焼酎が並び始める。それを見た山田文子(ブン)は、有川絢子を呼んで庭の梅の木に付いた実を収穫する事にした。その後、いつものようにふらっと姿を現した凪も加わり、三人は梅酢、梅干し、梅酒を作るべく、下ごしらえをしてそれぞれ瓶の中へと梅の実を入れていく。ひとしきり作業を終えたところで、ブンと凪の関係を邪推した絢子は、二人を残して帰ろうとするが、ブンはいつになく全力で絢子を引き止め、いっしょに夕飯を食べていくようにとせがむ。実は今日はブンの19歳の誕生日であり、自分の誕生日に、友達をターゲットにサプライズパーティをするという謎の企画を立てていたブンは、赤飯に豪華なおかずやバースデーケーキまで自分で準備していたのだ。ブンが19歳になった事を知った凪は、せっかく仕込んだ梅酒を飲むには年齢が足りない事を指摘。するとブンは、この梅酒を1年寝かせ、来年の20歳の自分への誕生日プレゼントにするつもりだった事を明かす。(七食目。ほか、5エピソード収録)
第3巻
山田文子(ブン)は、漫画家・益子寛が描いたスプラッタ漫画を見て開眼。自分も漫画を描いてみたいと触発されたものの、何を描いたらいいのかさっぱりわからず、机の前で悶絶していた。とりあえず、漫画の指南書でも読んでみようかとホクサイを連れて買い物に出たブンは、そこで、丼物用のどんぶりに目を留める。こうして大きな蓋つきのどんぶりを購入したブンは、天丼を作ろうと決意し、真夏の最中、暑さに負けそうになりながら、天ぷらの材料を調達するためスーパーへと向かう。しかし、そこで売られていた高級な特大海老見て、下ごしらえをするのに腰が引けてしまったブンは、惣菜売り場で1尾90円のえび天を購入。ほかに材料の野菜や穴子、油を購入して帰宅した。マスクに手袋、ゴーグルなど、ありとあらゆる油ハネ対策を講じ、初めての天ぷらに挑んだブンは、あらかじめたくさん作った揚げ玉を、具材にまとわせて作る「もっさり天」を編み出す。そして、蓋つきの丼からはみ出した天ぷらが、理想通りの仕上がりとなった、「天より降り立つ白き衣を纏いし者達の丼」が完成するのだった。(十三食目。ほか、6エピソード収録)
第4巻
クリスマスもほど近い12月22日。1年で一番昼が短くなるという冬至を迎え、山田文子(ブン)は冬至の日に定番のカボチャ料理を作り、ゆず湯に入って過ごす事にした。大きなカボチャを二つも買って、意気揚々と家に帰ったブンは、さっそく一つを切って水といっしょに火にかける。そのあいだ、ブンはたくさんのゆずを入れたお風呂に入るが、ゆずの刺激に肌が負け、しみるわ痛いわで散々な目に遭ってしまう。慌てて風呂から上がり、台所へ向かったブンは、カボチャを強火にかけっぱなしのまま忘れていた事に気づく。このあと、さまざまな料理に変身させるつもりだった煮カボチャは、すっかり形なく汁状になってしまった。思わぬ失敗に落胆するブンだったが、「どんな時も美味しいものしか食べたくない!」という持論に励まされ、気を取り直して手つかずだった二つめのカボチャをラップで包み始めた。電子レンジでチンした丸ごとのカボチャで、ブンが作り始めたのは、失敗カボチャと丸ごとカボチャを使って作ったカボチャのカレードリア。冬至の日が持つといわれるもう一つの意味である、失敗してもどん底でも、這い上がれば幸せが待っているという「一陽来復」という言葉。ブンはカボチャを使ってこれを見事に体現して見せる。(二十食目。ほか、5エピソード収録)
第5巻
喫茶店のアルバイトと、漫画のアシスタントに明け暮れる毎日を送っていた山田文子(ブン)は、12連勤から解放され、ようやく自由な日を迎えた。洗濯物は溜まって山のようになり、部屋は散らかってぐちゃぐちゃ。しかし疲れ切ったブンは、それをすべて後回しにし、今日を「何もしない日」に制定。たまには外食もやむを得ないと、朝食を食べに食堂がたくさんあると聞いた足立市場へと繰り出した。今日は、一般の人にも開放され、自由に買い物ができるという年に数回の特別な日「足立市場の日」だった。しかし、もともと外食する気で向かったはずが、市場の熱気に興奮したブンは、気づけば大量の食材を買って帰宅し、無意識のうちに自宅で朝ごはんを作っていた。市場で買って来た新鮮なアサリを、裏技を使って砂抜きしたうえで、ブンはパエリアを作り始める。今日こそは何もしないと決めていたブンだったが、「無意識のクッキングはノーカン」と、結局この日も食べたい物を自分で作ってしまうのだった。(二十六食目。ほか、5エピソード収録)
第6巻
山田文子(ブン)はある日、川べりで絶景ポイントを発見した。ここでごはんを食べたら絶対においしいはずと意気込み、帰宅したブンは、お弁当を作る事を決める。ごはんをよりおいしくするため、気分にあったお弁当箱を選んでいると、外から雨の降りだす音がし始めた。がっかりな展開に、落ち込みかけるブンだったが、お弁当を作っているうちに、きっと雨は止むはずと前向きに考え、調理を開始した。定番の卵焼きに、タコさんウィンナー、主役は鮭のおにぎり。特におにぎりにはブンなりの、並々ならぬこだわりがあった。固めににぎったおにぎりとおかずを竹アジロのお弁当箱に詰めてから、ネギとワカメ、大根の味噌汁をスープジャーに準備する。それでも雨は止む気配がなかったが、ブンは先日買ったばかりの傘と長靴を、まだ使っていなかった事を思い出す。雨も風情のよさと割り切って、雨の中お弁当を持って出かける事を決めたブンは、雨の中でもお弁当を食べるにふさわしい、とっておきの場所があった事に気づく。(三十二食目。ほか、6エピソード収録)
登場人物・キャラクター
山田 文子 (やまだ あやこ)
千住大学に通う18歳の女子。春からの新生活のため、千葉県の内陸にある実家から単身上京し、東京の北千住で独り暮らしを始めた。新居は家賃5万円で、外壁にはツタが這う築45年、最寄駅から徒歩15分の2階建て2DKの戸建て住宅。裏手が「だるま寺」の墓地ということもあって景観が悪く、そのため家賃は破格で、本人は大変お気に入り。 ちなみに、近所では「お化け屋敷」と呼ばれている。人見知りで、他人とコミュニケーションを取ることが苦手。そのため、会話の相手はもっぱら相棒のホクサイである。暇さえあればホクサイを抱きしめて深呼吸している。そんなか、できた数少ない友達が有川絢子や凪であり、彼女たちとは、のちに頻繁に食事をともにするほどに親しくなっていく。 料理に情熱を注ぎ、食事には独自のこだわりを持って生活を送っている。大学の学部は美術系だが、特に何の目的もなく入ったため、秀でた才能もなく、この先の人生に迷っている。のちにアルバイトを始める際、人見知りでも心配がなさそうな「椿写真館」を希望していた。ところが、勘違いにより隣の喫茶店「山茶花」で働くことになってしまう。 そこで漫画家の益子寛と出会い、彼のアシスタントを始めることになる。
ホクサイ
アニメキャラクターのぬいぐるみ。山田文子(ブン)がいつも連れ歩いている。ブンが幼少の頃に、映画館で父親から買ってもらったもので、現在は8歳。耳が3本あるウサギのような形状に、二重丸の大きな目が特徴。リュックに入るサイズの「本体」と、外出時、持ち歩きに便利なキーホルダータイプの小さなぬいぐるみもあり、状況に応じて使い分けられている。 ブンにとっては何事も分かち合う大事な相棒である。ちなみにホクサイのセリフには、武士のように語尾に「ござる」が付く。何かと暴走しがちなブンにとって、時にはストッパーとなり、常に常識的で冷静なツッコミを入れる、大切な役割を担っている。
有川 絢子 (ありかわ あやこ)
山田文子(ブン)と同じ千住大学に通う女性で、教育科に在籍。将来は学校の先生を目指している。東北出身で、大学での新生活のため上京。商店街のパン屋で大量のパン耳をもらっていた時にブンと出会い、川の土手で交友を深めて友達になった。ブンとは対照的に他人とのコミュニケーション能力に長けているが、不器用で料理ができない。そのため、「美味しいご飯を作れる人は魔法使い」と、器用に料理をこなすブンを尊敬している。 柑田川永太郎とは幼なじみで、「ろーちゃん」と呼んでいる。腐れ縁だと憎まれ口をたたいてしまうが、実は密かな想いを寄せている。
凪 (なぎ)
学生服を着た謎の少年。「だるま寺」の墓地の塀を乗り越えて、山田文子(ブン)の留守中に家に勝手に入り込んでいた。年齢など詳細は不明。何かと憎まれ口をたたくことが多いが、たいていは照れ隠し。基本的にいつも1人でいるが、誰かと一緒にいたいのか、突然やって来ては何かとブンに関わり、ブンや有川絢子と食事をともにするようになっていく。
柑田川 永太郎 (かんだがわ えいたろう)
千住高校に赴任したばかりの国語教師。有川絢子の幼なじみの男性。伝説のドラマ「3年D組金髪センセイ」に憧れを抱き、教師になった。「金髪センセイ」のような熱血教師を目指しているものの、初めて赴任した先で顧問として任されたのは、部員3人の編みもの部であった。理想と現実とのギャップに戸惑い、生徒に対する情熱も空回りして、思うようにいかない教師生活を送っていた。 文化部の顧問にも体力作りは必要だろうと荒川の土手をランニングしていた時に山田文子(ブン)に出会い、輝くような笑顔で料理の話をする彼女に一目惚れする。別れ際にブンに名前を尋ねるが、その際に話していたのがカレーに関する内容だったため、料理の名前と勘違いされて「牛すじカレー」と答えられてしまう。 結局ブンの名前を知ることはできず、以降は「牛すじカレーの君」と称して、その存在を心の支えとしていく。のちに絢子を通してブンと再会するが、ぼんやりしてあか抜けないブンが、「牛すじカレーの君」であることには気付かずにいる。
高木 山茶花 (たかぎ さざんか)
喫茶店「山茶花」のミストレス(女主人)。高木椿とは双子の姉妹。ヘアスタイルはベリーショートで、右目の目尻のほくろが特徴のクールビューティ。性格はさっぱり系で、ミステリアスな印象を持っている。「店員もお客さんもゆっくりのんびりする」をポリシーに、心地良い、常連客に好かれるお店作りを心がけている。山田文子(ブン)が「山茶花」でアルバイトをすることになり、「お金をもらったら社会人、教えてもらうのは学生まで」という理念のもと、なんでも自分で考えるように、厳しくも暖かい教育方針でブンと接していく。
高木 椿 (たかぎ つばき)
「椿写真館」の主人を務める女性。高木山茶花とは双子の姉妹。ヘアスタイルはストレートのロングヘアで、左目の目尻のほくろが特徴の美人。いつも笑顔の明るい性格で、ノリも軽い。「山茶花」に対するツッコミは鋭く、もはや漫才師もかくや、というレベルにある。喫茶店でアルバイトを始めた山田文子の働く姿を見て、良い瞬間を写真に収めようと、カメラを携えて常に狙っている。
山田 本子 (やまだ もとこ)
山田文子の母親で49歳。現在は千葉県の内陸で夫の山田勉と暮らしている。もともとは日本橋で鰹節店「田山商店」を営む両親のもとに育った生粋の江戸っ子。ショートヘアで、芯の通ったしっかり者のお母さん。まだ残っている家のローンを早く返し終わりたいと願っている。
山田 勉 (やまだ つとむ)
山田文子(ブン)の父親で53歳。千葉県の内陸で妻の山田本子と生活を送っている。ブンを溺愛しており、ブンが上京する際には、ラメ加工した渾身の手作り表札をプレゼントした。今でもブンが家を出ていった悲しみは癒えていないが、時々帰宅するブンを見るたびに我を忘れて喜んでいる。
山田 便 (やまだ たより)
山田勉の母親であり、山田文子(ブン)の父方の祖母。年齢は72歳で、持病の腰痛持ち。いつもこけしの「ケシ子」を連れて歩いており、憎まれ口はすべて「ケシ子」を介して放たれる。ブンとは仲良しで、料理を丁寧に作ることの大切さを教えた人物でもある。山田家で毎年正月の恒例行事となった、餃子を包む数を競う「山田家チキチキ餃子大会」では、第1回から第18回まで山田便が毎回優勝していた。 第19回からは、殿堂入りとなった。
益子 寛 (ましこ ひろし)
25歳の男性漫画家。主にスプラッタ作品を手掛けている。眼鏡をかけ、ぽっちゃりした体型をしている。喫茶店「山茶花」の常連客であり、いつもお店でコーヒーを飲みながら仕事をしている。マイナー雑誌で4年間描き続けた結果、最近初の単行本を出すことができた。山田文子(ブン)が漫画を描くことに興味を持つきっかけを作った張本人。 のちにブンをアシスタントとして雇い、漫画の指導をしていくことになる。
戸坂 華子 (とさか はなこ)
益子寛のもとで、初心者アシスタントとして漫画制作に携わっている女性。一見根暗で、山田文子をも上回るほどのあがり症。ところが血糖値が下がると我を忘れがちになり、いったんキレるとドSキャラに変貌する。
北條 銀子 (ほうじょう ぎんこ)
山田文子(ブン)の家を管理している大家の老婆。小さな背格好にしわくちゃの顔でありながら、まるで少女の様な特徴的な服装をしている。1人で生活するブンを心配して、何かと世話を焼いており、お菓子や果物、缶詰や日用品などと一緒に、割烹着をプレゼントした。
山田 忍 (やまだ しのぶ)
山田文子(ブン)の14歳の弟。現在150センチの身長が、180センチになるように神様にお願いしている。何事に関しても姉のブンをライバルとしており、特に山田家で毎年正月の恒例行事となった、餃子を包む数を競う「山田家チキチキ餃子大会」では、ブンと毎回ぎりぎりのデッドヒートを繰り広げている。最近、彼女ができた。
田山 巡子 (たやま じゅんこ)
山田本子の母親で、山田文子の母方の祖母。日本橋で鰹節店「田山商店」を営む生粋の江戸っ子。夫である田山良寛と生活をともにしており、真面目に店番をせず油絵ばかり描いている夫を、叱りながらも上手に操縦している。
田山 良寛 (たやま りょうかん)
山田本子の父親で、山田文子(ブン)の母方の祖父。妻である田山巡子と日本橋でともに生活を送っている。「ひ」と「し」を言い分けられないほどの、ちゃきちゃきの江戸っ子。趣味で油絵を描いており、芸術的な面についてはブンと話が合う様子。50年ほど前、娘の本子が生まれたお祝いにと、7段飾りのお雛様を自作したこともある。 鰹節店「田山商店」の店番をサボって油絵を描き、油臭くなっては怒られる、といったように巡子の尻に敷かれている。
稲田 真知 (いなだ まさとも)
益子寛のもとで漫画のアシスタントを務めている男性。アシスタント歴は3年になり、アシスタントとしての能力は高く、ベテランの域。自作の漫画制作にも取り組んでおり、毎週原稿を出版社に持ち込んでいるが、未だにデビューはできていない。温和で、周囲の空気を読む努力を怠らない、できた人柄だが、自分よりもアシスタント歴の短い戸坂華子が先にデビューを果たした事で、複雑な心境を抱える事になる。
森生 一 (もりお はじめ)
出版社「明暗社」の漫画雑誌「少年ベータ」で編集者を務める男性。山田文子(ブン)が初めて持ち込んだ漫画の原稿を読んで、大笑いしたあと、荒唐無稽、テンポが悪い、ブサイク、絵を変えたほうがいいなど、作品に対してとにかくひどい評価を下した。しかしその後、ブンの2作目の持ち込み原稿を偶然にも再び担当する事になり、それをきっかけにブンの担当編集者となった。基本的に思った事を何でも口にするタイプ。そのため、漫画家を希望して原稿を持ち込んで来る人に対しては、言葉がかなり辛辣になりがちで、陰では恐れられる存在となっている。
末吉 乙女 (すえよし おとめ)
京都に住む女子大学生。就職活動中で、何件も面接を受けているが、9月を過ぎてもなお、なかなか内定が決まらずにいる。観光客でごった返す京都で、イライラしながら歩いていた時、偶然、山田文子(ブン)と知り合った。荷物を持ちきれず困っていたブンを助けてあげたものの、ちょっと変わったブンの様子を見て、困らせてやろうと思い立ち、ブンの作った卵サンドを自分にも食べさせろと要求。予想外にも、快諾をもらい、ブンといっしょに調理する事になり、なかよくなった。基本的に短気で不器用で、料理の経験はない。
前作
ホクサイと飯 (ほくさいとめし)
若き女性マンガ家の日々の食生活を、ぬいぐるみのツッコミを交えて紹介する料理漫画。角川書店「サムライエース」2012年6月発売のVol.1から2013年12月発売のVol.10まで連載の作品。同誌の創刊... 関連ページ:ホクサイと飯