マタギ列伝

「野いちご落とし」の異名を持つ手練れの猟師・三四郎を軸に、「マタギ」と呼ばれる狩猟集団の鍛え抜かれた技とその生き様を、列伝形式で描いたヒューマンドラマ。本作『マタギ列伝』は、読者人気は高かったものの、物語の佳境で突如最終回を迎える、という不本意な形で連載終了となった。のちに登場人物や設定などを一部再構成した続編的作品『マタギ』が、掲載誌を移して連載された。

概要・あらすじ

マタギの里・阿仁(秋田県北秋田郡)に、「野いちご落とし三四郎」と呼ばれる若きマタギがいた。シカリ(マタギの長)の命を受け、秋田県南部の岩井牧場にやって来た三四郎は、牧場の牛を襲ったイタズ(熊)を追って、吹雪にも関わらず山に入る。三四郎は、イタズが冬眠に入るときは吹雪の日を選ぶことを、経験から知っていたのである。

卓越した射撃の技で見事にイタズをタタき(撃ち)、三四郎は阿仁へと戻る。そこには三四郎が親同然に慕う辰五郎以下、兄貴分の子之吉佐市ら、雷レッチュウ(狩猟隊の名前、レッチュウは「隊」を意味する)の仲間たちがいた。

登場人物・キャラクター

三四郎

阿仁の雷レッチュウに所属する若きマタギの男性。3歳のときに親に捨てられ、雷レッチュウのシカリ(マタギの長)・辰五郎によって育てられた。150尺(約45メートル)先の野いちごの実を狙い、その実を壊さずに根元から撃ち落とすため、「野いちご落としの三四郎」と呼ばれている。だが、「野いちご落とし」という言葉は、熊の子捨ての習性を意味しており、三四郎の出生と重なるため、本人はこの異名を嫌っている。 近隣にも知られるほどの熊撃ちの名手だったが、やがてマタギの存在に意義があるのか、疑問を持つようになる。そして、鷹匠の十兵衛との出会いを機に鉄砲を捨て、鷹匠として第二の人生を歩むことを決意。右目を傷つけられ隻眼となりながらも、命懸けでクマタカの阿仁丸を据え込み(鷹狩の鷹として調教し)、一人前の鷹匠となる。

辰五郎

阿仁マタギの雷レッチュウのシカリ(マタギの長)。阿仁マタギ史上に残ると言われるほどの名人の男性。捨て子だった三四郎を引き取り、一人前のマタギへと育て上げた。マタギの道を極めてやまぬ男性。若き日に犯したある過ちのため、妻を持たず独身を通している。鷹匠となった三四郎が、吹雪鬼との間に子をもうけていることを知らず、新たに養女にした桔梗を、ゆくゆくは三四郎と夫婦にしたいと考えている。

吹雪鬼

小玉流マタギ六人衆の1人。小玉流は、血引山を拠点とする女性だけのマタギ集団。行方不明になった子供を探すため血引山に入った三四郎と出会い、彼に魅かれるようになる。小玉流のシカリ(マタギの長)・葛鬼に軟禁されていた三四郎を救出し、彼と共に血引山を脱出。やがて三四郎と結ばれ、彼との間に長男の辰彦をもうけた。 三四郎と夫婦になった際には、十兵衛の養女となっていた。そのため、三四郎が阿仁と行き来する生活を送るようになった後も、辰彦と共に十兵衛の家で暮らしている。現在、2人目の子供を妊娠中。

佐市

雷レッチュウに所属するマタギの男性。阿仁マタギのなかでも指折りの腕利きだった。ところが、弟と鴨撃ちに行った際、弾に散弾と火薬を詰め込みすぎたため、銃の暴発事故が発生。これにより右耳の聴力を失って体の調和が崩れ、的に弾を当てられなくなってしまう。かつての技を失って苦悩するが、銃を撃つときに、左耳もふさいで音を完全に遮断する方法により、身体のバランスと集中力を回復。 以後、「音無し佐市」と呼ばれるようになる。

子之吉

雷レッチュウに所属する阿仁のマタギの男性。三四郎や佐市の兄貴分。「念には念を入れよ」がモットー。目の前に獲物がいても、自信がなければ絶対に撃たないほど、念の入った射撃をする。一方で、ひとたび引き金を引けば、確実に一発で倒す技術を持ち、「念入り子之吉」と呼ばれている。三四郎や佐市に劣らぬ腕の持ち主。 営林署の役人から、弾キズのない熊の敷き皮を手に入れてみろ、と因縁をつけられた際、母熊の子宮から心臓に弾を撃ち込むという奇想天外な方法で、見事に手に入れてみせる。

猿丸

マタギの間で幻の技と言われる「三段転び撃ち」の使い手の男性。元は仙北のマタギ。三四郎や佐市の噂を聞いて、一緒に狩りをしてみたいと、阿仁へとやって来る。その途中で、山の神の使者とされる、月の輪のない全身黒の熊「ミナグロ」を、間違って撃ってしまう。マタギの禁忌を破ってしまったため、山の掟に従い、一度はタテをおさめる(銃を手放して引退する)ことを決意。 しかし、その潔癖さに感心した辰五郎の説得を受け、雷レッチュウに加入。ところが、よそ者である彼の扱いをめぐって、隊に不協和音が広がってしまう。

桔梗

元阿仁のマタギであるオイノの百造と、アイヌ人の母親との間に生まれた娘。アイヌ名は「アンラコロ」。9歳のときに母親を亡くし、百造も長年の苦労がたたって死去。天涯孤独の身となった。亡き父親の遺骨を故郷に葬るため阿仁を訪れた際、そこで辰造と出会って彼の養女となった。幼い頃から百造に鉄砲の訓練を受けており、父親と同じく、熊の最大の急所であるアバラ三枚を正確に撃ち抜く技を持つ。

十兵衛

名鷹匠の男性。50年にもわたって幾多の鷹を鍛えてきた。鷹と共に山奥で暮らしていたが、血引山を脱出して雪山をさまよっていた三四郎と吹雪鬼を発見し、自分の家に保護。鷹匠になりたいという三四郎の願いを聞き入れ、彼を弟子にした。三四郎と吹雪鬼を実の子供のように可愛がっていて、2人を養子養女にして共に暮らすことになる。

阿仁丸

十兵衛が飼っていたクマタカ。三四郎の故郷である阿仁にちなんで「阿仁丸」と名づけられた。空の王者の風格を持つ、強く賢い鷹。気性も激しく、据え(調教)ようとした三四郎の右目を傷つけ、初めての呼渡りの際に、彼のもとから飛び去ってしまう。しかし、三四郎が身重の吹雪鬼を襲った熊を撃退したのを見て、彼を主と認めて帰還。 以後、三四郎の忠実な相棒として行動を共にする。

由蔵

阿仁の雷レッチュウに属している若者。「コマタギ」と呼ばれるマタギ見習いだった。三四郎や佐市らに一人前のマタギと認められ、マタギの成年式であるクライドリの儀式を経て、本マタギとなる。かつては勢子役だったが、三四郎が隊を抜けてからは、子之吉や佐市に次ぐ「三のブッパ」(射手)を任せられている。

スネの小佐吉

猿のような面構えをした老マタギ。秋田県東成瀬村手倉よりほどない山間に住む。右腕のヒジから先が失われている。そのため、左手一本で引き金から弾込めまできるよう改造された銃を使う。辰五郎とは旧知の仲。隻眼となって通常の構えでは銃が撃てなくなった三四郎に、自身の技を伝えるべく鍛える。

源吉

秋田県南部にある岩井牧場の主人の息子。ハンターをしている。お坊ちゃん育ちのため、何事も自分中心に動かないと気がすまない性分。父親が自分の腕を信用せず、三四郎を雇ったことに不満を覚える。さらに、許嫁のサヨが三四郎と過ちを犯したのではないか、と不信を抱くが、三四郎の熊撃ちの腕を見て誤解を解く。

サヨ

岩井牧場の牧童頭の娘。源吉の許嫁。露天風呂に入ろうとして熊に遭遇するが、たまたま通りがかった三四郎に救われる。しかし、源吉に、三四郎と間違いを犯したのでは、と疑われてしまう。父親と共に、三四郎に早く岩井牧場から去ってほしいと頼む。

彦市

秋田県百宅の里の老マタギ。息子は出稼ぎに出ていて、孫娘のトキと2人で暮らしている。70歳近いにも関わらず、いまだ両眼2.0という、若者にも劣らぬ視力を誇っている。しかし、牡のホンドギツネ「オバコ狐」を追っていた際、オバコ狐の狡猾な動きに惑わされて、手塩にかけた猟犬を撃ち殺す、という失態を犯した。さらに、禁止されている爆発物を使おうとして火薬の調合を誤り、左手を失ってしまう。 それでもなお、オバコ狐の追跡に執念を燃やしている。

トキ

彦市の孫娘。父親は出稼ぎに出ており、母親はすでに他界しているため、祖父と2人で暮らしている。まだ母親が恋しい年頃。彦市が、「オバコ狐」のつがいの母狐をおびき寄せるために捕らえた子狐に、自分の境遇を重ねてかわいがる。

オバコ狐

牡のホンドギツネ。秋田県百宅の里からさほど遠くない法体の滝のあたりに、住み着いている。稲荷神社に忍び込んだ際、ロウソクを倒して火事を起こしたため、彦市に追われることになった。人間の仕掛けたワナや毒のエサ、銃の危険性などを熟知している。奸智に長けたキツネで、彦市にたびたび煮え湯を飲ませる。

銀次

仙北の名人マタギ。「木化け」というマタギ最高の技を会得しており、辰五郎からも一目置かれている。「木化け」は、山中の木に同化して一切の気配を断ち、熊をギリギリ近くまで引き寄せて、急所を一発で撃ち抜く高度の技術。三四郎を、自身の技の後継者と見込む。辰五郎から彼の身柄を預かり、「木化け」の技を仕込むべく、師匠として鍛える。

オイノの百造

元阿仁のマタギ。熊の最大の急所といわれるアバラ三枚しか狙わず、必ずそこを撃ち抜いたため、名人と謳われていた。しかし、自分の技を鼻にかけて増長し、密猟に手を出した。そのため、銃を撃つのにもっとも重要な右手親指を切り落とされ、里を追われた。その後、北海道に渡り、アイヌ人の妻との間に生まれた娘・桔梗に、自らの技を伝える。

葛鬼

小玉流マタギのシカリ(マタギの長)。小玉流は、不入山(禁猟区)である血引山を拠点とする、女性だけのマタギ集団。血引山の秘密を探る三四郎に、小玉流の役割を教え、自分たちと同じ小玉流マタギとなるか、タテをおさめる(引退する)か、選択を迫った。三四郎の実の母親と目されるが、真実は最後まで分からないままであった。

コブ

定住地を持たない渡り熊。300キロを超す巨大な熊。背に炭俵ほどの大きなコブがあるため、マタギたちにこの名で呼ばれるようになった。獰猛かつ狡猾な老熊で、雷レッチュウを相手に死闘を演じることになる。

熊五郎

小さな田と畑を営む小百姓。熊害によって妻を亡くしている。一人娘のサトに異常なまでに執着し、婿を取ったにも関わらず、役場に婚姻届けを出させず、娘夫婦が布団を並べて寝ることも許さなかった。さらには婿を牛馬のごとくこき使い、家から追い出してしまう。

サト

熊五郎の娘。一人娘だったため婿を取ったが、夫が熊五郎につらく当たられ、逃げるように家を出て行かれてしまう。とある事情から、父親である熊五郎を殺害。絶望のあまり川に身を投げるが、三四郎と州厳によって助けられる。

州厳

諸国を行脚している旅の僧侶。仙北から阿仁に戻る途中の三四郎と出会う。共に大覚野峠を越えようとしていたとき、溺死しかけているサトを発見。三四郎と協力して救出するが、彼女の壮絶な身の上話を聞いて衝撃を受ける。

熊胆長者

老舗の薬問屋の三代目。阿仁マタギ特製の熊胆を、富山の薬屋本舗などに卸している。祖父の代から阿仁マタギの作る熊胆を一手に扱っている。里一番の長者になったため、この名で呼ばれるようになった。しかし、偽物を扱っているという疑いがかかり、辰五郎の追及を受ける。

集団・組織

雷レッチュウ

阿仁屈指の名マタギ・辰五郎が率いるマタギ集団。「野いちご落とし」の三四郎、念入り子之吉、音無し佐市の他、勢子をやらせれば右に出る者なしといわれる岩松、冷静沈着で動物の習性に詳しい久助、コマタギから一人前のマタギに昇格した若手の由蔵の6人が所属している。のちに元仙北マタギの猿丸が加わるが、よそ者である彼の加入をめぐって、隊内が動揺することになる。

小玉流

女性だけのマタギ集団。不入山(禁猟区)である血引山を拠点としている。動物の保護・育成を目的とし、病気やケガをした動物を治療したり、減少した動物を禁猟にして増殖を図ったりしている。機を見て、それらの動物を元の山々に戻すことにより、人間が山の動物を狩り尽くさないよう均衡を保っている。

その他キーワード

野いちご落とし

マタギの用語の1つ。冬眠から目覚めた母熊が、野いちごのたくさんあるところに子熊を連れていき、子熊が夢中になって食べている間に姿を消す、子離れの習性を意味する。三四郎の異名は、彼が150尺離れたところから、野いちごを傷1つつけずに撃ち落とすことから付いたもの。しかし、孤児だったという自身の出生とも意味が重なるため、彼自身はこの名で呼ばれることを嫌っている。

クライドリ

マタギの成人式。マタギ見習いのコマタギが、一人前の資格を得るための儀式。儀式を受ける者は、仲間のマタギたちが見守る円陣の中央で陰部を露出させ、これを最大限まで勃起させる。さらに、その状態の一物に、「イレグ」と呼ばれる火のついた榾(ほた)(木の切れ端)をぶら下げて左右に振るというもの。当然ながら、当人は熱さと煙のために股を広げて苦しむことになるが、頃合いを見てシカリ(マタギの長)が打ち止めにする。

勢子

巻き狩りで獲物を追い立てる役。多人数で狩りを行う巻き狩りの際、大きな声を上げたり、銃を空に向けて撃ったりして獲物を脅し、射手のいる方に追い立てる補助的な役割を担う。勢子の追い方がまずいと獲物に逃げられてしまうため、巻き狩りにおける極めて重要な役となっている。

三段転び撃ち

仙北マタギの猿丸が得意としている技。一発撃ったら、熊の反撃をかわすためにすかさず転び、同時に素早く新しい弾を込め直して、立ち上がりざまに発射。さらに転んでまた撃つという3連続の射撃を行うため、このように呼ばれる。単発である村田銃でも連発銃並の威力を発揮できる。それだけに会得するのは至難で、幻の技と言われている。

木化け

仙北マタギの銀次が得意としている技。山中の木に同化して、一切の気配を断って熊を引き寄せ、急所を一発で撃ち抜く。マタギ最高の技とされる。凶暴な熊が近くにいても身じろぎ1つせず、急所を向けるまでひたすら待つ、という極限の忍耐力が求められる。この技を極めた者は5人といない、と言われている。

アバラ三枚

熊の急所の1つを表すマタギ用語。熊の左胸の3本目の肋骨を指す。そのすぐ下に心臓があるため熊の最大の急所とされる。ここに弾を撃ち込めば、熊はオゴリ(うなり声)すら上げられず即死するという。ただし、わずかでも外れると熊は倒れない。加えて、どこが3枚目のアバラか、外側から見当がつけにくいため、狙うのがもっとも難しい急所でもある。

呼渡り

鷹匠の用語の1つ。鷹の足を縛らずに拳から空に放ち、再び鷹匠の拳に呼び戻す訓練をいう。どれほどの名人が据えた(調教した)としても、初めての呼渡りでは、鷹が戻ってくるか飛び去ってしまうかは、五分と五分だという。

書誌情報

マタギ列伝 全4巻 嶋中書店〈アイランドコミックスPRIMO〉 完結

第1巻

(2004年3月5日発行、 978-4901819831)

第2巻

(2004年4月5日発行、 978-4901819879)

第3巻

(2004年5月6日発行、 978-4901819916)

第4巻

(2004年6月5日発行、 978-4901819954)

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