人間交差点

人間交差点

様々な時代、人と人とが出会い生まれる運命の波に、小舟のように翻弄される市井の人たちの喜怒哀楽、愛憎を描いたヒューマンドラマコミック。小学館『ビッグコミックオリジナル』1980年7月5日号から1990年12月20日まで掲載。1986年第30回小学館漫画賞受賞。作画:弘兼憲史、原作:矢島正雄。2003年TV東京にてアニメ化(声優・反町隆史、唐沢寿明ら)

正式名称
人間交差点
作者
ジャンル
ヒューマンドラマ
レーベル
ビッグコミックス(小学館) / 小学館文庫(小学館)
巻数
全19巻
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あらすじ

第1巻

殺人犯の松沢良子が刑務所で産んだ子供は、殺した男の子供だった。それは、未だ消すことのできない殺した男への恨みをはらす対象を、存在させるための行為だった。良子の心の底を見抜いた刑務所内医の早川は、良子の手の届かないところへ子供を遠ざける。松沢の出所日が間近に迫った日、すでに退官していた早川が松沢に面会に来る。(エピソード「ガラスの靴ははかない」)

海辺の旅館で働く節は、初めて金を貰って客をとった。その男性は、節が愛していた外村という男性で、節が通っていた定時制高校の教師だった。節がこの海辺の町に来て10年間暮らして来たのは、彼を忘れるためだった。外村は旅館に3日間滞在したが、彼女には気づかなかった。節は別れ際、彼との唯一のつながりだったある物を見せるのだった。(エピソード「海の時間」)

女子少年院の教官、野崎洋平は、仮出所した菊島あけみからの便りが途絶えた事に、一抹の不安を覚えていた。あけみは、洋平が受け持った院生の中で、最も哀しい人生を送って来た少女だった。ある日、反抗的だったあけみは脱走。その時、体を張って暴力団事務所からあけみを連れ帰った洋平を信じるようになり、あけみは更生したのだ。あけみを探しに川崎を訪れた洋平だが、同姓同名の風俗嬢も、あけみとは別人だった。気落ちした洋平はラーメン屋に入るが、店を切り盛りする若い夫婦の会話を耳にし、思わず息を呑む。(エピソード「教官の雨」)

子沢山の家に生まれた太地は、鬼土焼の創始者である先生に引き取られ、やがてその家の娘、絹江と恋に落ちる。太一は土に対して純粋すぎるが故、先生と衝突するようになるのだが、ほどなく先生は病死する。残された絹江も、土に没頭する太一に寂しさを感じ始め、自分を殺して土にしてくれと懇願する。(エピソード「ひび割れた土」)

著名な鶴丸清教授の後継者として、その娘の赫子を妻にした橘健吾は、「鳥羽シ―ワールド」の設計で注目を集めていた。だが、那智の滝の山林で白骨死体が発見されるという新聞記事を見た健吾は青ざめ、那智に向かう。健吾は学生時代、風俗嬢のテル子と暮らし、面倒を見てもらっていた。しかし赫子との結婚が持ち上がり、テル子が邪魔になった健吾は、テル子を勝浦旅行に連れ出して殺害したのだ。健吾を勝浦から乗せた高齢のタクシー運転手は、バスの運転手をしていた7年前、バスに写真を忘れた健吾の顔を覚えていた。(エピソード「砂上の設計」) 

赤岸源助は警官を二人殺害した死刑囚だった。拘置所の看守だった谷口五郎は、死刑執行直前の源助から、娘のかほるの姿を見て来てほしいと頼まれる。後日、無実の男を処刑したのではないかとの葛藤を抱え、五郎はかほるを引き取った下河地恵介が住む八阪町を訪れる。五郎は事前に、源助逮捕の決め手となる証言をした老人の伊達徳次郎から、下河地を目撃したという供述を得ていたのだった。(エピソード「谷口五郎の退官」)

脱走を繰り返してきた鈴木平吉の仮釈放が迫り、彼を担当した刑事は、なぜ彼が他人の罪をかぶり、時効成立まで服役したかを問いに来た。平吉は、刑務所の15年間が自分の人生の中で一番自由だったと、静かに語り始める。平吉は、間違って生まれた郭(くるわ)の子で、人間扱いされない日々を過ごして来た。しかし、30歳の時に出会った長沼文子と一瞬でお互いをわかり合う経験をし、3日間夫婦として過ごした。だが、文子は何者かに殺害される。平吉は、文子を殺したのが自分でなければ切なすぎるという思いで、時効までがんばったというのだ。(エピソード「黒の牧歌」)

塩見良夫は、世の中の人間はすべて金のために動くと、身をもって知っていた。だが、資金援助と引き換えに結婚した取引先の娘、塩見夏子はあまりにも美しく、醜い自分を愛している筈がないと、疑心暗鬼になっていく。ある日、夏子は家を出て、学生時代の登山仲間の南条と暮らし始めた。偽名を使い、南条をガイドに雇った良夫は、夏子のいる山小屋を目指すのだが、良夫が南条を殺そうとした瞬間、知らせ石が転がり、岩崩れが起きる。(エピソード「暗い傾斜」)

第2巻

田舎の映画スタジオで暮らしながら、台本を書いている小畑のもとに、初めて顔を見る娘の恵子が訪れた。彼女は、自分が現在の父親と母親の幸江から生まれるはずのない血液型である事を知って非行に走り、女子少年院で自殺未遂を起こしたのだ。恵子の強い要望で身元引受人となった小畑だが、捨て鉢な態度を取る恵子を、一組の男女の愛から生まれた事を誇れないのは人間のクズだと、殴ってしまう。(エピソード「遠い抱擁」)

「東都銀行」南大泉支店の出納係、石井優子は、支店長と不倫関係にあった。直に幹部となる彼が優子を不倫相手に選んだのは、彼女が安全で従順な女だと直感したからだった。ある日、出納の残が合わず、支店長立ち合いのもと、優子が残業する事となった。その後、優子は今までの関係を、今日ある所へ持ち出した700万円で精算してほしいと彼を脅す。優子はあせる支店長を建設中のビルの上階に連れ出すが、売れ残りの身体に大金は払えないという支店長の本音を聞き、自ら飛び降りるのだった。(エピソード「従順なる復讐」)

刑事の片田良夫は張り込み中に「ハハキトク」の知らせを受けたが、犯人逮捕まで現場を離れず、母親に思いを巡らせる。女手一つで彼を育ててくれた片田の母は、いつも明るかったが、たった一度だけ悲しい顔を見せた事がある。それは、仕事仲間から手に入れた東京オリンピックの開会式のチケットが、ダフ屋による偽のチケットであると、入場を断られた時の事だった。(エピソード「あの日川を渡って」)

自分の助教授昇進を決議する教授会の結果を待っている大学講師の大山は、女性講師の水野が有利だという途中経過を、奥田教授から聞かされる。大学に留まる事がいかに大変かを見てきた大山は、奥田教授と男女の関係を結んでいた。駐車場の車を移動してほしいとの連絡を受けた大山は、不注意から男性に接触。その男性は、転んだ拍子に頭を打って死亡してしまう。男性を自分の車に隠した大山だったが、奥田教授からの呼び出しで、助教授昇格を告げられる。(エピソード「象牙の罠」)

終電近い電車の中にガソリンを撒いて放火する事件が起きる。犯人の手がかりは全くなかった。警察の面目は丸つぶれで、捜査員たちの焦燥は頂点に。そんな中、刑事の片田良夫は、この放火事件の唯一の生き残り「マンジュウ爺さん」から犯人を聞き出そうとする。しかし「マンジュウ爺さん」は、その目の前で何が起きようと、何の関心も持たないような廃人同然の人物だった。犯人に関する有用な証言は得られなかったが、片田は、彼が「マンジュウ爺さん」と呼ばれるようになったある重要な事実を摑み、放火事件の真相に迫る。(エピソード「消えた国」)

はじめは酒浸りのはじめの父に働かされ、学校に行かせてもらえなかった。そんなはじめの父を説得しようと、家を訪れた小学校教師の佐藤純子は、はじめの父に乱暴されそうになる。既に父親の暴力で朦朧としていたはじめは、斧で頭を割られて死んでいる父親の死体を見つけ、自分がやったと錯覚する。その夜、伊勢湾台風が到来し、はじめの父は家もろとも流される。時が過ぎ、純子の庇護のもと、医者となったはじめは自分が育った村に診療に訪れた。そんな中、工事中に白骨死体が発見され、検屍したはじめは偽りの報告をする。それを知った純子は、はじめの前で、いい加減に私を許してほしいと泣くのだった。(エピソード「流された記憶(前編・後編)」)

新米の刑務官、田村は、収容者の村上優子にからかわれ、衝突を繰り返していた。そんな優子の服役態度は、出所間近ながら悪化していた。ある日、優子は田村を名指しした願箋(相談申込書)を提出。夫と子供が許してくれるなら、出所する3日前の夜11時に、紙ヒコーキを投げ入れてほしい、と手紙を書いたという優子の話が、田村の頭から離れなかった。(エピソード「白い返事(メッセージ)」)

30年前の強盗殺人事件で服役していたラッシュ池沢こと池沢善二から手紙を受け取り、当時その事件を担当した藤井刑事は、ファイター常田を訪ねる。殺人容疑がかかった池沢は、ボクシングの試合に出してくれれば、自分が犯人ではないと証明できると断言し、藤井は周囲の反対を押し切り、ファイター常田とラッシュ池沢の試合を実現させ、池沢が勝利を収める。池沢の主張は、自分のフットワークは殺人を犯した者のそれではないと常田もわかるはずだという、とんでもないものだった。だが、当時池沢の主張を否定した常田に、藤井はもう一度、同じ質問をするのだった。(エピソード「午後のフットワーク」)

営業成績がトップの会社員、谷村健一は、妻が出産する1週間前に休暇を取り、一人旅に出た。父親の谷村健造の骨を引き取りに来てほしいという絵葉書を、健一は10年前に受け取っていた。だらしのない父親を嫌悪していた健一は、差出人が女性だという事もあり、あえて引き取りに行かなかったのだ。絵葉書の住所を訪ねた健一は、渡辺富子の娘、恵子から、富子が健造を殺してしまったという衝撃の事実を知らされる。(エピソード「海のある風景」)

第3巻

能の安西流宗家、安西泰雄から、内弟子の吉岡洋子を殺害した犯人が弟子の中にいると、私立探偵の松本源助は犯人探しを依頼される。泰雄から参考にと渡された能の「定家」という物語からヒントを得た源助は、洋子の恋人で、現在行方不明の川島次郎の捜索願を警察に依頼する、と泰雄に告げる。さらに源助は、生きながらに枯れた人間などいないと、泰雄に詰め寄るのだった。(エピソード「老木の舞」)

ブランドバッグ欲しさに、大学生最後の春休みに託児所でアルバイトする事にした友子は、ある日、自分が帰ったあとの託児所で、熱があった2歳の良夫が亡くなった事を知る。彼の死に相当なショックを受けた友子は、当初は無関係を装ってはいたが、やがて、自分なりの責任の取り方を模索し、良夫の母親でホステスの石川君子に会いに出かける。(エピソード「春の惑い」)

新宿駅付近の連れ込みホテルでコールガールの新井千恵が絞殺死体となり発見された。北海道出身の彼女は、故郷に帰りたくても帰れない事情があった。刑事の片田良夫と岡村は犯人を追うが、ほどなく山崎浩が自首して来た。彼も北海道で姉弟二人で耐え忍んで生きてきた人物だった。上京した浩は、苦しい生活の中、不幸な行き違いが原因で事件を起こしてしまったのだ。だが、そんな浩を待ち受けていたのは、皮肉な運命のいたずらだった。(エピソード「片隅」)

覚醒剤に溺れた過去を持つ岩波由紀子は、理解のある夫の岩波隆夫と結婚し、自然豊かな郊外に越して来た。ある日、由紀子は牛乳配達の男性と顔を近づけて話しているところを、噂好きの巡査の妻、田所房子に見られてしまう。漠然とした不安から、房子と距離を縮める由紀子だったが、彼女の誘いを断ればひどい状況に陥るとの恐怖に苛まれる。そんな中、房子に誘われたジョギングで、妄想が加速した由紀子は、房子を川に突き落としてしまう。(エピソード「腐葉の森」)

見合い結婚が決まった岡村美智子は、愛していた既婚男性への未練を断ち切れず、苦しんでいた。そんな時、父親で刑事の岡村一平から旅行に誘われる。30年前、張り込み中だった父親は、道ならぬ恋に苦しみ、その恋は悲痛な形で終わりを告げる。旅先の旅館の女将から、その話を聞いた美智子は、父親の心中を察するのだった。(エピソード「埋火」)

新聞社で社会部記者のエースだった前田は、田舎の通信部に配属になる。やる気をなくした前田だったが、火災で高齢の夫婦が亡くなるという事件が起こり、両親を介護していた28歳の女性にスクープの匂いを嗅ぎつける。面会謝絶の彼女から強引に自白を引き出し、記事にした前田だったが、女性は自殺。周囲から責められる中、前田の妻が産気づき、彼が病院に駆けつけると、意外な人達が彼を待っていた。(エピソード「左遷」)

出所を控えた受刑者の大塚まゆみは、医務室の落合駿介からスイミングのコーチの仕事を紹介される。かつてまゆみは水泳選手として、モスクワオリンピックで期待を一身に集めていたが、その重圧から逃れようとして妊娠。だが、コーチと恋人からいいくるめられ、まゆみは堕胎する。まゆみのタイムは程なく回復したが、そんな中、日本のモスクワオリンピック不参加が決まった。しかも、まゆみを待つと言っていた恋人の噓が発覚し、彼を刺したまゆみは刑務所に入ったのだった。(エピソード「さかな」)

18歳の山本二郎という男性を探してほしいと、不良少女の中原ユミに依頼された松本源助は、スケッチのような地図を渡される。ある日、その地図を見た嫁の松本たえ子が、自分のマンションの近くだと気づいた事から、源助は聞き込みを開始。ある喫茶店で二郎は3か月前に交通事故で死亡したと聞かされる。ユミの心中を察した源助は、彼女とディスコへ繰り出すのだった。(エピソード「空想地図」)

人々から忘れられたような駅で、悲し気な女性は4日ものあいだ誰かを待っていた。その女性から、昨日で運行が休止した「高原三号」に乗りたいと言われた順二は、彼女を待合室に泊まらせる。のちに順二は彼女が横領犯だと知るが、警察に対し、女性が昨日「高原三号」に乗ったと咄嗟に噓をつく。順二から事情を聞いた順二の姉、理恵は男にだまされた女性に同情し、「高原三号」を本当に走らせてあげたらいいと提案する。(エピソード「夏の跡」)

S県で「つくわ村病」が再び発生した。町の診療所の医者、佐田は、東都医大の助手だった頃、独自に「つくわ村病」の調査をしていたが、築岡教授の方針にそぐわず、大学を追われる。それからも佐田は、つくわ村に移り住んで研究を続けたが、役人に医事法規違反だと研究を阻まれる。以降、彼は職場を転々とし、今の診療所に落ち着いたのだ。ある日、佐田のもとを、再発した「つくわ村病」の拡大防止に協力してほしいと築岡が訪れる。築岡は佐田に、恥を忍んで、10年前に発生した「つくわ村病」は、築岡が東南アジアから取り寄せたサルが原因だったと打ち明ける。(エピソード「遠い唸り」)

サナエ・マルホーランドは、35年振りに日本の地を踏んだ。サナエの相手をするよう父親に頼まれた栗原清美は、サナエについてよい事は聞かされておらず、そっけない態度を取る。清美の友人達も交えての食事の席で、サナエは15歳で子連れの娼婦になり、米兵と結婚してアメリカに行かざるを得なかった当時の状況を語るのだった。(エピソード「八月の空」)

第4巻

台風の上陸と共に女子大学生が殺されるという連続殺人事件が発生した。捜査一課の刑事、片田良夫は、雑誌記者の久美との会話から、犯人はマスコミによる犯行記事が、自分の社会的評価だと錯覚しているのではないかと疑う。そして、ある雑誌で特集されている大学と、その後に殺された被害者の大学がすべて一致している事に気づく。これにより事件は早期解決するが、犯人の犯行動機は、あまりにも身勝手で稚拙なものだった。(エピソード「動機」)

悪徳金融業を営む冴木治美には、10年前に亡くなった夫の冴木とのあいだに順一という子供がいた。治美は16歳の時、父親の借金の肩代わりに冴木に売られて来たのだ。治美は鬼のような冴木を憎んでおり、発作をおこした冴木に薬を渡さなかった事から、冴木は死亡し、その後、治美は順一を施設に預けたのだ。ある日、闇の世界と通じている相沢という男に、治美はその過去を知られ、順一を誘拐される。(エピソード「掌の影」)

新幹線が開通したある北国で、北上県会銀行の行員が心中するという事件が起きた。男性は議員に対する収賄容疑のあった大村支店長であり、女性の戸田信子の首には吉川線(首を絞められた時ヒモをとろうとして、自分の首に手の爪で作った細い傷跡)があった。口封じで殺されたと睨んだ森脇透検事は捜査に乗り出す。検視をやり直し、男女が別々に死んでいたと判明するや否や、透は命を狙われる。その後、透は収賄の容疑で北上銀行の幹部全員を逮捕する。捜査は行き詰まりを見せるが、透は自分を轢き殺そうとした殺人未遂の容疑で、県会議員の太川源治を任意同行する。源治は透の親代わりとなって彼を育ててくれた人物だった。源治は増収賄の事実を自白後、透に裁いてほしかったとの遺書を残し、自殺する。(エピソード「腐敗(前編・後編)」)

ある晩、タクシー運転手は一人の男性を乗せるが、追いかけて来た若い女性を振り切って発車した。その男は戸川啓一という一流商社「四谷商事」の専務で、タクシー運転手にとって因縁の相手でもあった。彼が「四谷商事」に入社した研修期間中に、戸川は老人を車で轢き殺し、彼に身代りを引き受けさせたのだ。翌日、愛人を殺害した容疑が戸川にかかり、タクシー運転手だけが戸川の無実を証明できる存在となる。過去の事件で自分を裏切った親友の安田に呼び出されたタクシー運転手は、苦い再会の時を過ごす。(エピソード「空白の走行」)

当時大学生だった弓子はフリーカメラマンの若林と組み、ビニ本のモデルをしていた。彼女は幼い頃から貧乏だったので、きらびやかな夢を持っていた。山岳写真が専門の若林は、いっしょにこの世界から足を洗って結婚しようと、弓子にプロポーズする。そんな矢先、若林は撮影中に、ヤクザに襲われた弓子を助け、傷害罪で捕まってしまう。若林に別れを告げた弓子だったが、3年経った今も、言葉とは裏腹に彼を待っていたのだ。(エピソード「砂時計」)

新宿歌舞伎町の水溜りで溺死した女性は、その界隈では「添い寝のノブちゃん」と呼ばれていた。だが彼女が掛けていた生命保険にはなぜか「小山あけみ」の名前が使用されており、私立探偵の乾真人は、弁護士の神崎智子とノブの生まれ故郷、琵琶湖へ向かう。そこでノブには戸籍がなかった事が判明するが、保険会社は本物の「小山あけみ」が夫と義理の息子に殺害されたとして、支払いを逃れられたと高笑い。契約時の生存調査がいい加減だったと憤った真人は、ノブを思い、街をさ迷う。泥酔した真人は水溜りに顔を突っ込み、その時はじめて、ノブの気持を理解するのだった。(エピソード「顔のない群れ(前編・後編)」)

妻のかなえが家を出て行くという日、会社員の吉沢の乗った電車が踏切事故に遭遇。自分の将来がかかっている会議を控えた吉沢は、必死で会社に向かおうとするが、そんな中、電話で上司に激しく叱責され、逆切れしてしまう。空しい生存競争に取り憑かれていた事に気づいた吉沢は、踏切事故で死んだ子供に花を供え、自分勝手な生き様を振り返るのだった。(エピソード「踏切り」)

8年前、沖縄支社をつくり、「海洋博」というイベントを成功させた[★清水]は、沖縄支社の業績を回復させるべく、再び沖縄に送り込まれる。当時愛し合っていた美沙が働くスナックに通う清水に、美沙の姉であるママをはじめ美沙までもが、自分を覚えていないと言う。不審に思った清水は、ママの実家がある本部を訪れ、ママの息子だという博という子供に会う。そんな中、清水は、土地の実情を無視したやり方についていけないと、部下から猛反発をくらう。気落ちした清水をホテルで待っていたのは美沙だった。(エピソード「紺碧の宴」)

第5巻

町長選に立候補した大村順一は、この町の人間への復讐心を秘めていた。ぐったりしている新谷の伯父を過酷な選挙運動に追い立てるのも、昔、この町の新参者だった両親が、当時の選挙戦で酷い仕打ちを受けたからだった。病弱だった順一の父親は、新谷の伯父に選挙運動に無理やり参加させられた事が原因で死亡。さらに母親は選挙責任者にされ、選挙違反の罪を被せられたのだ。しかし新谷の伯父が危篤状態となり、順一の正気を疑った順一の妻は、ある決心をする。(エピソード「熱い砂」)

友禅染の図案師として将来を嘱望されていた加藤修は、高校生だった佐知子と恋に落ちた。ある日、ヤクザ風の男に佐知子が襲われ、修はその男を殺害してしまう。だが、金子というヤクザに助けられた事から、やがて二人の運命は狂い始める。東京でヤクザになってしまった修は、佐知子を愛するが故、彼女を突き放す。そんな中、下っ端ヤクザの責任を金子に取らされ、修は自首する。金子が若い女性に銃で撃たれて死亡したと刑事から聞いた修は、逃亡し、あだし野に向かう。(エピソード「あだしの(前編・後編)」)

家出して来た人妻を自分の部屋に滞在させているトラック運転手の黒は、お節介が止まらず、相棒の健太に注意される毎日を送っていた。今度は、ドライブインを作るという老夫婦が気になって、黒は声を掛ける。その後、警察にやっかいになった老夫婦を、黒は部屋に泊める事になる。老夫婦の夫は教師だったが、夢を持たない子供の多さに愕然とし、妻の夢だったドライブインを建てる事を思いついたのだ。長距離の仕事で家を空けた黒達は、帰りの運転中、老夫婦と人妻が大きな木を倒そうとしている姿を目撃する。(エピソード「挽歌」)

課長の石原は、派閥争いの余波を受け、課の縮小を命じられる。子会社へ出向させる候補となった小山は、家庭の事情でしばらく欠勤。その日から、石原は帽子をかぶってサングラスをかけた怪しい男につけまわされる。小山がその男の正体ではないかと疑う石原だったが、小山も参加した課の飲み会で、例の男が店に入って来た。男を追いかけた西田は、その正体が派閥争いに敗れた西田本部長だった事に愕然とする。(エピソード「真昼の漂流」)

何かに追われるように仕事をこなす俳優の緑川道夫は、精神的に余裕がなくなり、旧知の仲であるマネージャーの森山にも当たり散らしていた。森山にせっつかれ、道夫は夜遅くに初産の妻が入院する病院を訪れる。だが、赤ん坊は一声泣いて死んだのだった。帰ろうとした道夫は、その時、赤ん坊の泣き声を耳にする。それを機に、道夫は一瞬でも生きていた自分の子を思い、蝉の様に生き急ぐ必要はないと気づくのだった。(エピソード「冬の蝉」)

夏木麗子は父親の葬儀に顔を出すため、11年振りに実家に戻った。学生運動に身を投じていた麗子は、恋人の俊夫が麗子の母に追い詰められ、自殺した事を決して許してはいなかった。そんな麗子に、麗子の母は、麗子の父親が結婚前に聖橋から身を投げ、心中事件を起こしていた過去を告白する。さらに夏木家の女は、優秀な男を外から迎え入れて生き延びてきたと語るのだった。(エピソード「聖橋」)

新宿ゴールデン街に事務所を持つ弁護士の鶴橋は、訴訟社会、アメリカの現状に疑問を感じ、助教授の座を捨てた変わり種だった。そんな鶴橋は恩師の大川教授から紹介された仕事をフイにしてしまい、娘の京子との結婚を禁じられる。ある日、喫茶店の店員、みどりが鶴橋に、交通事故で亡くなった恋人の両親に子供を奪われたと泣きつく。まじめに働き、25時に幸福になろうと話していた夫婦の在り方に共感した鶴橋は、みどりと共に子供を取り返しにいくのだった。(エピソード「初雪25時」)

西北大学に通う宮田みち子は、大学の中で愛人バンクのような組織を作り、荒稼ぎしていた。みち子の母は日陰者で、そんな母親を見て育ったみち子は、世の中を憎む守銭奴になったのだ。そんな中、みち子は大学教授の鈴木章一に特別な感情を持っていた。入院していた母親を亡くし、独りぼっちになったみち子は、寂しさから章一の家に潜入、帰宅した章一に通報されてしまう。みち子は刑事から、章一の娘、鈴木恵美は、みち子の愛人バンクに登録させられ、自殺に至った事実を聞かされる。(エピソード「面影花」)

刑事の夫がひき逃げされ、妻の細川ゆかりは、犯人と思しき実業家の伊集院とその愛人の有田可奈子に近づくべく、彼らの行きつけのクラブのホステスとして働き始める。細川を愛してさえいなかったゆかりだが、それ故に彼の仇だけは取りたいと誓う。やがて、伊集院の愛人になったゆかりは、可奈子を倉庫に監禁。だが、可奈子はゆかりにシンパシーを感じ、自身の過去を赤裸々に告白。二人のあいだに友情が芽生える。その後、可奈子の証言により、伊集院は逮捕される。ゆかりは可奈子の罪を案じながら、彼女の息子、幹男がいる施設へと向かう。(エピソード「蜃気楼(前編・後編)」)

第6巻

ルポライターの富島周一は、幼い頃、父親代わりとなって自分を育ててくれた富島優次が放った銃声の悪夢に悩まされていた。優次は5年前、自ら命を断っており、その死に様が異様だった事からも、真実を追求するため、優次の故郷、北海道に向かう。優次の好きだった女性の戸倉雪江は、当時農家を直撃した冷害で身売りされており、数年後、警察官と子連れの売春婦として再会したという事が判明。写真に残された雪江の顔は、周一にそっくりだった。(エピソード「銃声」)

体外受精の権威である片岡教授は、患者の卵子を無断で実験に使用した事から、世間の非難を浴びた。しばらく身を隠していた片岡を訪ねた20年来の友人、松江は、故郷の町で人間的な生活を取り戻した片岡の姿に驚き、そして彼に感化されていく。(エピソード「窓」)

「過去を消す仕事」をしている月丘さゆりと白鳥英悟は、一流企業の御曹司と結婚を前提に交際している若い女性から依頼を受ける。彼女は特殊浴場で働いていた過去を消し、「Ⅿ電器」の秘書として働く事になるが、結婚を申し込まれたとの報告を最後に、姿を消す。ある日、その女性が過去を取り戻したいと、再び現れる。相手は結婚詐欺だったのだ。この事を受け、過去を忘れようとした10年こそが自分達のキズだったと、英悟は別れた妻にもう一度プロポーズする。(エピソード「砂の絵」)

血気盛んなディスカウントショップの経営者、鳥居力に惚れこんだ「三富士銀行」のメガネをかけた支店長は、徹夜も辞さない勢いで、力の計画書の手直しに立ち会う。そんな中、女子大生番組に出演していた支店長の娘が暴漢に襲われるのだが、支店長は会議を続けようとする。力は、そんな支店長に、勘当するのは親の無責任だと意見する。そして、力はドロボウだった父親を見て育ったという過去を話し始めるのだった。(エピソード「原色の河」)

テレビ局に勤めてワイドショーを担当する綾は、多忙を理由に息子の稔に向き合わず、恋人の藤本のプロポーズもないがしろにしていた。綾に合わせて生活していた藤本は、綾と別れ、見合いで結婚を決める。藤本に稔から学べと諭されていた綾は、休暇を取って親としての自覚を学ぶ。それを伝えるため綾は藤本に会いに行くが、そこで自分が一足遅かった事を悟るのだった。(エピソード「渦」)

CMの撮影現場で、女性タレントが心臓発作で亡くなってしまう。彼女を抱こうと目論んでいた広告代理店の川村が、無理やり撮影を長引かせたの事が原因だったが、彼は現場の制作監督、吉田とコピーライターの中沢に後始末を押し付けて帰ってしまう。警察に連絡を入れようとした中沢と、それを止めた吉田は取っ組み合いの喧嘩になるが、本音をぶつけ合い、関係は修復。二人は自分達の異常さを痛感し、警察に連絡を入れるのだった。(エピソード「黒の培養」)

バス運転手の白石良平は退職の日、父親がいない小学生の小村京助を乗せ、彼を海に連れて行った。一方、バス会社では良平の娘、春と結婚予定の藤田が支部長となり、ストライキをしていたが、ヤクザ風の男達が事務所に乱入して来た。それが依田専務の仕業であると知った高橋所長は、会社のやり方に激高。そんな中、京助を乗せた良平は、バスでフェリーに乗ったが、誘拐を疑う警察に尾行されていた。噓をつく癖があった京助は、良平に自分が噓をついていた事を正直に話し、バスから降りる。そこへ数台のバスが駆けつけ、良平のバスを囲むように走行するのだった。(エピソード「回送車(前編・後編)」)

大学生の会田陽子は、ロス・オリンピックを観戦するために貯めた300万円を、友人の沢木英二に盗まれたと警察に通報。英二は逮捕されたが、両親が金を返した事で保釈される。だが、病院を経営する父親をはじめ、家族から散々ののしられた英二は自供を翻し、そんな中、真犯人が挙がる。陽子は残りの人生を田舎で生きていくために、なんとしてでもオリンピックに行きたかったのだ。(エピソード「遥かなる」)

青地宵子は内縁の夫、大崎宏を殺害した。宵子は17歳の時に大崎の女にされ、散々いいように使われて来たのだ。そんな中、愛人の昭が自分のために泣いてくれ、大崎さえいなければいっしょになれると言った事から犯行に及んだのである。だが、宵子が昭に助けを求めると、彼に拒否されてしまう。(エピソード「分水嶺」)

江藤、君塚、吉田の三人は貧しい時代に同じアパートに暮らしていた。彼らは社会的に成功し、安定した暮らしを手に入れていた。ある日、彼ら宛てに1通の手紙が届く。差出人は、彼らを兄のように慕い、同じアパートで暮らしていた瑛子だった。瑛子は彼らの生活を助けるために働き、彼らに弄ばれたうえ、捨てられたのだった。罪悪感を持った江藤は、彼女が入院していた病院に向かうが、彼女は既に死亡していた。その後、江藤は瑛子に子供がいた事実を知る。(エピソード「海からの手紙」)

第7巻

若林葉子は、兄に頼み込まれて1か月だけ、葉子の父を預かる事になる。父親に好き勝手され、笑顔のない母親を見て育った葉子は、恋人に結婚を申し込まれるが躊躇してしまう。しばらくして、自分の事を棚に上げ、近所の行儀の悪い子供を叱りつける父親に嫌気がさし、兄の家に向かった葉子だが、そこでは、就職浪人した兄の息子、良夫が家庭内暴力を振るっていた。(エピソード「行方」)

劇団「蒼い風」を主宰する蓮次は、金への執着と力だけを頼りにのし上がった。駆け出しの頃、「東京阿波踊り」というイベントを劇団で盛り上げようと尽力していた蓮次は、主催者サイドからの無理な要求で、パートナーであるちずるを失ったのだ。人が変わってしまった蓮次に、もう一度初心に戻ってほしいと思ったテレビプロデューサーの川本は、蓮次を「東京阿波踊り」に誘う。(エピソード「風の消えた街」)

墓参団として樺太(サハリン)を訪れた清一は、樺太で生き別れた我が子のユリへの誤解を解いてから死にたいと思っていた。ユリを安全に帰そうと、戸籍上で仮の結婚をさせたのが裏目に出て、引上げ船に乗る際に、ユリはソ連軍に連行されたのだった。結局、ユリに会えないまま、帰国しようとした清一は、ワーニャという少女から呼び止められる。(エピソード「海峡」)

週刊誌記者の上原は、かつての大女優、清水まりえに取材を申し込んだ。彼女はプロデューサーだった愛人の森川章一を殺害した過去があった。もう来ないと約束してくれるならと、彼女は森川との愛憎劇を赤裸々と語る。まりえの精神が病んだのかと思った上原だったが、帰りがけ、一人の少年とすれ違い、彼女の真意を理解するのだった。(エピソード「川面」)

会計事務所で働く吉村千代子は、不動産のセールスマンをしている恋人の桑田尚一を愛していた。そんなある日、尚一が顧客の金を持ち逃げしたと、警察が千代子を訪ねて来る。あまりの事に、我を失った千代子は、職場の同僚と一夜の関係を持つ。その後、尚一の他殺体が漁港に浮かんだと警察に知らされた千代子は、お腹の子供と共に死のうと現場に向かう。(エピソード「蒼き果てにて」)

暴力団の裏を知る殺し屋の内藤は、刑務所でガンになり、入院中に脱走する。彼が必ず息子の晴夫に会いに来ると睨んだ阿部は、独断で晴夫を自宅に連れ帰り、内藤が晴夫と行ったという遊園地に、毎日連れ出す。そんなある日、阿部が喫茶店に晴夫を置いて出かけたスキに、内藤が晴夫を連れて行ってしまう。(エピソード「冬の遊園地」)

売れっ子シナリオライターだった佐久間は、もはや過去の人だった。彼の才能に惚れこんでいたテレビ局のプロデューサーの大田が同情で仕事を回すものの、彼は何も書けなかった。そんな中、佐久間は大田が借りてくれたホテルの部屋から、煙が上がる家を見つける。煙突からの煙は、佐久間のデビュー作の象徴だったのだ。(エピソード「煙」)

広告代理店の後押しが決まったファッションデザイナーの植田可奈は、これからという時に結核になって入院する。病院を抜け出し、広告代理店に向かった可奈は、自分のポジションが別の女性デザイナーにとってかわられた事を知り、ビルの屋上から飛び降りようとする。その腕を取ったのは、可奈に対していつもポーカーフェイスだった医者の神崎だった。(エピソード「摩天楼」)

大手商社から出向を言い渡された山脇は、同じ境遇となった入社以来のライバル、横田と初めて打ち解ける。その後、二人は温泉旅行に出かけ、忘れられない思い出をつくる。その1年後、横田の訃報を知らされた山脇は、彼の息子と対面する。父親が嫌いだという彼に、それは自分と似ているからだと言ってしまった山脇だが、帰りの電車の中で、彼の息子に本当に伝えたかった事を思い出す。(エピソード「置き去り」)

三上英夫の明るい笑顔を嫌っていた上司の河合は、三上が吉崎朝美と付き合っていた事から、三上に嫌がらせを開始。やがて三上は北海道に飛ばされ、そのあいだに河合は朝美と結婚する。会社を辞めた三上の人生は転落し、二人への恨みは募る。変装した三上は、毒を入れたカップ酒を河合に差し出すが、殺害は失敗に終わる。再度、河合を襲おうとした三上は、警察に捕まる。三上に同情した刑事は、河合がなぜ三上の仕業だとわかったかを語り、ある人物を三上に会せるのだった。(エピソード「恩讐」)

弁護士の下沢徳一郎は、15年前、連続暴行殺人事件で逮捕された関口という男が犯人ではないとして、検事から弁護士に転向した。記者の渋川は関口逮捕をスクープした張本人だったのだが、信念の人、下沢に傾倒していき、下沢をたびたび訪ねるようになる。下沢は渋川に、報道陣が押しかけて踏みつぶされた自宅の庭の紫陽花は、四代目だと語っていた。下沢が亡くなったあと、下沢の妻は3度目に紫陽花を踏みつぶしたのは自分だと、その理由を渋川に語るのだった。(エピソード「輝きの中で」)

 第8巻

借金まみれとなった小坂は、保険金でカタをつけるしか術がなくなり、家族で熱海の錦ヶ浦を訪れる。だが、ようやく返事ができるようになった幼い鉄夫が熱を出す。夫婦は町中の病院を駆けずり回るが、ろくな対応をしてくれない。仕方なく、小坂が鉄夫を道連れに崖から飛び降りようとした時、鉄夫は初めて「ぱぱ」と言葉を発っするのだった。(エピソード「一輪」)

清は、母親がキャバレーで働いている事で、同じ学校の男子にいじめられていた。ある日、身なりのいい老人から、おまえは自分の耳元で、母親はキャバレーで働いているので、いじめられてもしょうがない、とささやいているのだと説教される。老人から誇りを持って生きる事を教えられた清は、母親に老人を紹介するのだが、美人の母親を目の前にし、老人は照れまくる。清はその様子を見て、いじめを解消する糸口を自分で摑むのだった。(エピソード「ささやき」)

広告代理店に勤務していた幸子は、不倫していた上司と別れ、故郷に帰って来た。幸子をずっと思っていた堺信二が同窓会を開き、そのつてで彼女は市役所の観光課での職を得る。だが、幸子が上司の男と東京を見返してやりたい一心で作った故郷の観光パンフレットは、男に嘲笑されてしまう。幸子は鯉を放流し、「コイの里」という名所を作ったのだが、鯉がドブ川でも生きられる事を知らなかったのだ。(エピソード「よどみ川」)

新潟への転勤を言い渡された会社員の男性は、都会の孤独死という新聞記事に目を止める。亡くなった浮浪者のゴンという男は、彼が学生時代に住んでいたアパートの住人、久保田吾一だった。吾一は食べ物を盗み食いする癖があったのだが、アパートの住人達は彼を暖かく見守っていた。そんな吾一には、いっしょに暮らす事のできない美しい母親がいた。火葬場に向かった男性は、吾一の生きていた時の名前で、葬式を出してやりたいと申し出る。(エピソード「凪」)

危篤状態となった岡田宗介は、世界5位を誇る「日豊自動車」の創始時のメンバーで、最大の功労者だった。彼は役職にはつかず、ずっと骨身を削って努力してきた人物だった。宗介の同期だった社長にも、なぜ彼がそのような生き方をするのかは、わからなかった。戦時中、宗介の母は、男と丘の上で密会していた。兵隊に行った父親への裏切り行為が許せなかった宗介は、男の通る道に落とし穴を掘ったが、落ちて死んだのは母親の方だった。その時から、宗介は本当の自分をその丘に置いて来たのだった。(エピソード「丘」)

汚い安アパートで、一人の若い女性が衰弱した状態で見つかった。彼女は2年前のゴールデンウィークに、友人と東京へ遊びに来て、そのまま居ついてしまったのだ。ももえという偽名で年をごまかし、水商売をしていた彼女は、石田という詐欺師に騙され、500万円もの借金を肩代わりさせられたのだった。皮肉にも、借金の取り立て屋によって、彼女は発見されたのだった。(エピソード「赤い雨」)

60歳の脚本家、丸丘清は、最近、時代感覚のズレを感じていた。そこにファンを名乗る若い女性が現れ、丸丘に自分の体験談を買ってほしいと願い出る。自宅で彼女の話を聞き、その後、先週の丸丘のドラマを見逃したという彼女に、彼はビデオを見せる。丸丘にとってはお気に入りのドラマで、昔自分の前から突然消えた下村ゆう子に似た女優が出演しているものだった。帰り際、彼女の名前が下村ユキと知り、丸丘は言葉を失う。(エピソード「…の後」)

国選弁護人を引き受けた岡司朗は、被告人の中村祐子がなぜ、前科5犯まで罪を重ねるようになったのか、動機を聞き出す。病弱だった祐子は中学生の頃、好きな男性を病室から双眼鏡で見ていたのだが、その男性が事務所荒らしをした姿を見たのが最初のきっかけだったと語る。司朗は当時祐子が住んでいた長崎で、彼女が好きだったという男性の都倉を探し、かつて都倉が祐子に、自社の金庫に大金が入っているという話をうっかりしてしまったという話を聞き出す。さらに、当時祐子の治療費を払っていたのは、バーを経営する叔母で、祐子は退院後、自分の治療費を払うために叔母の店で働く事が決まっていたという事実が明らかになる。(エピソード「夢の破片」)

念願のマイホームを手に入れた津々井太のもとに、太の父親の愛人だったサチが訪ねて来る。サチは少々ボケているようで、そのまま太の家に居座るが、太にとってもサチは、父親の晩年を献身的に世話したもう一人の母親でもあった。だが、太の転勤が決まり、妻の津々井やす子は、実の母親でもないボケ老人の世話はできないと泣く。ホームに帰るというサチを太は送るが、サチは、死ぬまでに一度、家族の味を味わってみたかったと、太に打ち明けるのだった。(エピソード「微笑」)

貧しかった子供時代の体験をもとに制作したテレビCMが評価されている天地豊は、人生の成功者だった。だが、彼はかわいがってくれていた恩師の池沢先生を裏切り、幼なじみと共謀して盗んだ修学旅行の費用で大学を出たのだ。ある日、落ちぶれてアルコール中毒となった池沢を酒場で目撃してから、天地は罪悪感に苛まれる事となる。(エピソード「夕暮れから」)

身寄りのない子供を預かっている、お助け寺の和尚のもとに、チズという女の子が預けられた。和尚は子供達を体よく利用する偽善者で、チズとお兄ちゃんは、辛い環境の中、砂糖を舐め合ってお互いを慰め合っていた。その後、チズは養女にもらわれる。大人になったお兄ちゃんが、和尚からの金の無心を拒むと、200万円用意しろと脅される。破滅を覚悟で強盗し、警察に追われた彼は、ラーメン店に逃げ込み、そこで働く女性を人質に取る。(エピソード「雪」)

第9巻

勉の母は、勉の父の療養のため地方都市に越して来た。勉の父は仕事ができるモーレツ社員だったが、会社に裏切られ、自殺未遂を図り、精神的ショックから言葉を発せなくなっていた。勉は忙しい父親に風船を膨らませてもらう事で、父子の空白を埋めようとしていたが、今の父親は風船も膨らませられないのだ。そんな中、勉の母は昼夜問わず働いていたが、家族で暮らせる幸せを感じていた。ある日、勉の父は勉に手渡された風船を放してしまい、怒った勉に突き飛ばされる。(エピソード「風船」)

ある日、喫茶店のママ、正一の母は、息子の永野正一を置いて男と出て行ってしまう。正一が家に帰ると、常連客の吉岡が店を切り盛りしていた。その日から、正一と吉岡の奇妙な共同生活が始まる。正一の母は、酔ってひき逃げされて死んだ父親を、人生の敗北者だと軽蔑し、店の常連達の事も人生に失敗した人間だ、と正一に言い聞かせていた。そんな中、正一は吉岡が売れっ子漫画家だったという過去を知る。ある日、母親の遺体が見つかったと、正一に連絡が入る。(エピソード「日々」)

赤坂の料亭を切り盛りする女将の松川とよは、中国広州で料亭を出店すべく、料理人の尾崎と共に香港に渡る。とよには、広州に置いてきた息子を探し出したい、という真の目的があった。一方、とよが融資の口利きを頼んだ政治家は、とよの暗殺を香港の周泳漢に依頼。泳漢はとよを車で轢き殺そうとするが、かばった尾崎が重傷を負う。尾崎に背中を押され、とよは広州に向かう。その後、尾崎が亡くなったとの知らせを受けたとよは、息子探しにやっきになる。中国人通訳の周李博は、残された息子にとって、名乗り出る事はいい結果になるかわからないと彼女を諭す。気を持ち直したとよは、息子達を置いていかざるを得なかった中国での辛かった生活を李博に語る。別れ際、李博こそが息子の一人だと気づいたとよだったが、香港に戻ったとよの命を、泳漢が狙っていた。(エピソード「餓鬼(前編・後編)」)

大物代議士に娘の新村照美の素行調査を依頼された松本源助は、9月20日頃に彼女の様子がおかしかった事を知る。その日、土屋庄一という業界紙の記者が殺された事件があり、源助は彼の自宅を訪問し、土屋が書いた小説から、彼の隠された一面を知る。土屋のワイシャツに照美が常用していた口紅が付着していた事が発覚し、源助は照美と土屋が連れだってホテルに行っていた事実を摑む。捜査に上からの圧力がかかる中、源助は、土屋を愛していたのではないかとの仮説を照美にぶつける。(エピソード「皮」)

母親の吉川トキが亡くなり、末弟の吉川純は、悲しさと同時に安堵感を覚える。トキはお節介で、家にはいつも他人が出入りし、トヨは金を貸すのも厭わなかった。ある日、バーテンをしていた純に、長兄が浜松での仕事を紹介する。純は、恋人だった子持ちのユカリというホステスを置いて、浜松に行く事を決めた。2年後、長兄が無断で家を売っていた事が発覚、反発した兄弟は寺で行われたトキの三回忌に出席しなかった。家族がバラバラになり、純はユカリにも新しい男性がいる事を知ってしまう。(エピソード「背中」)

自作のソフトを秋葉原に売りに来る「秋葉原少年隊」と呼ばれていた少年少女達の一人、鶴見妙子は工場の屋上に籠城していた。妙子は高校生の時、ゲームソフト会社の太田にスカウトされたのだ。スカウトされた「秋葉原少年隊」達は、ソフトを作るべく、隔離された環境に置かれ仕事を強いられた。太田を好きになった妙子は、彼のためにソフト作りに熱中し、会社に多大な利益を与えた。しかし数年後、彼女達の頭は摩耗され、他人とのコミュニケーションさえできない状態になる。(エピソード「旗」)

幼なじみの秀美を失った典雄は、クリスマスイブの夜、サンタクロースの恰好でアルバイトしていた。典雄は大金を持った男にぶつかられるが、男はプレゼントを届けなければならないといい残し、立ち去った。その男は脱走犯で、銀行強盗を働き、警察に追われていたのだ。警察内で、典雄は捕まった男から娘に100万円届けてほしいと、合図される。典雄も果たせない約束をしたがため、秀美を殺してしまったという罪悪感に悩まされていた。(エピソード「氷の林檎」)

海辺の町で、ロングヘアの女性は、まさえの祖父に、まさえが自殺した理由を話し始める。友人だった二人は、工場のエンジニアの男性をめぐり、水面下で争っていた。まさえは男性の子供を妊娠した事実を黙っており、一方でロングヘアの女性は自分が妊娠したと偽り、彼との結婚を勝ち取ったのだ。そんなロングヘアの女性への復讐もあってか、まさえは彼女と談笑している時に、屋上から身を投げたのだ。(エピソード「扉」)

検事の森脇透は明け方、「ウルフG」と「タイガーX」という存在が、今夜革命を実行するという無線を聞く。後日、どちらも現実に存在した過激派グループである事が判明。「ウルフG」のリーダーだった水上研一は、今やエリート商社マンになっており、「タイガーX」のサブリーダーだった戸塚道子には一人娘がいた。暗号の示す清水谷公園では、水上が当時の同志と郷愁を語り合いながら雪合戦をしていた。そこに道子が現れ、水上に衝撃的な過去を打ち明ける。(エピソード「雪の革命」)

北海道から家出し、東京タワーにやって来た少年の豪は、大人を信じられなくなっていた。教師の若山先生が暴力を振るっている事実を、大人は信じてくれず、若山のせいで友人が一人、自殺したのだ。おじさんは一人で東京見物に来た豪に、このタワーをいっしょに建てた自分の友人も自殺し、今日が葬式だったと語る。死ぬ位なら嫌いなものは嫌いと言えばいい、というおじさんに共感し、豪は大人なんて大嫌いだと声を上げるのだった。(エピソード「海岸線」)

第10巻

刑事の片田良夫は殺人事件の容疑者を追って福岡に滞在中、高校時代からの親友の矢崎と再会する。矢崎はヤクザに成り下がっていた。その後、片田は高校時代の友人でパイロットになった君原を訪ね、矢崎に何が起こったのかを知る。誰よりも優秀だった矢崎は、高校時代からパイロットになるのが夢だったが、適性がないと判断されてしまう。一方、さほどパイロットに執着していなかった君原はすんなりパイロットになり、二人は初フライトの副機長と航空機誘導員といった形で再会を果たす。それ以降、矢崎は行方知れずになった。君原に、矢崎を東京に連れ戻すと約束した片田は、矢崎が刺されたとの情報を受け、矢崎の女のもとへ向かう。(エピソード「玩具の車輪」)

高齢のラガーマン、小坂は、日に何度も「もういい、早く来い」という友の声が聞こえていた。だが気力を振り絞り、生を全うしようと戦っていた。そんな小坂は、気弱な老人の前田と知り合い、自由な時間が恐いという彼を励まし、ラグビーをいっしょにプレイするほどの仲になる。だが、ほどなく前田は姿を現さなくなり、小坂は彼の息子から、前田が自殺したと告げられる。(エピソード「一月の陽炎」)

臨終間際となった石丸は、息子の石丸実に自分の秘密を語り出す。過酷な家庭環境で育った石丸は何もかもを憎み、犯罪を繰り返すようになっていた。「山形燃料店」に盗みに入った石丸は、実の本当の父親を殺害し、火をつけた。翌朝、貯蔵倉からはい出て来た実を見て、鬼火のように美しいと、生まれて初めての感動を体験する。一方、父親を見守る実は、弱い人間から金をむしり取って財を成し、逮捕寸前だったのだ。(エピソード「鬼火」)

一流会社「トヨサン自動車」の次長を務める男性は、百貨店で、10年前に不倫関係にあった部下の直枝を見かける。彼女は使用人を従える程の、大金持ちの夫人におさまっていた。大食堂に入った直枝のあとをつけた次長は、直枝の後ろの席に座る。すると、直枝は夫が「トヨサン自動車」の大株主だという話を、次長に聞かせるかのように、使用人に向けて口にするのだった。(エピソード「隙間」)

安井は息子の安井昭の結婚式に、昔、安井家でお手伝いをしていた中村サダを招待した。サダは松吉という男性が好きで、幼かった安井は、サダと松吉にもらったおもちゃの兵隊を大事にしていた。だが、サダは別の男性と結婚させられ、安井家を去ったのだ。その後サダの結婚相手は戦死し、それからサダは独り身を通し、5年前に他界していたのだ。(エピソード「距離のない行進」)

ミステリー作家の女性は、週に一度会う娘の言動を案じていたが、その噓に付き合っているだけでもいいと考えていた。だが、ある日、娘は次に会う約束をせずに帰ってしまう。取材旅行中も娘の事が頭からはなれない女性は、旅行を早めに切り上げ、いつもの公園で雨に濡れながら娘を待つのだった。(エピソード「横顔」)

大劇団の主宰の朝川は、金と権力にものを言わせ、流行りそうな演目を小劇団から横取りし、今の地位に上りつめた。彼は「東京タップス」という演目を狙っていたが、それを演出していたのは、昔の演劇仲間の平木だった。平木は、朝川が幼なじみの由紀を、利用して捨てた事を許せないでいた。「東京タップス」の脚本家に拒絶された朝川は、自分の腹心にも去られてしまう。傷心の日々を送る朝川は、一枚の絵画に影響されて演劇に目覚めた幼い頃を、ようやく思い出すのだった。(エピソード「一枚の絵」)

南条浩一は叔父の南条太から危篤だという噓の電報で、たびたび呼び出されていた。太は世界を相手にする南条家の期待の星で、世界経済に対する動向予測には卓越した才能があった。だが、10年前にアフリカから帰国後、千葉の海辺で隠遁生活を送るようになっていた。再び、太に呼び出された浩一だが、今回は本当に太は危篤状態だった。太は、サバンナで自分の子供に出会った事が自分を変えた、と浩一に語り始める。(エピソード「その時から」)

中国で医者をしていた佐藤は、3年前、新聞記者の原に自分が中国残留孤児だと教えられた事から、日本に帰国。しかし日本の受け入れ態勢が整わず、豊かとはいえない暮らしが待っていた。佐藤の実の母親はすぐに亡くなり、中国の養父母も別れの辛さから他界してしまう。原は佐藤と友人として付き合ってきたが、彼に残留孤児だと知らせた事が本当に正しかったのか、悔やむようになる。(エピソード「帰国」)

和子は司法浪人となった典夫と別れ、条件のいい相手と結婚した。しかし、姑との生活に耐えられず離婚し、その後、典夫と典夫の娘といっしょに暮らし始める。そんな中、離婚で精神を病んでいた和子は、被害妄想がエスカレートし、典夫を殺害。その後1年間入院していた和子は、ある日、典夫の娘が向かいのホームから、自分を見つめている事に気がつく。(エピソード「昼に近い午後」)

ある晩、ホームレス同然の丸尾裕二は、浅間悟という子供の手のぬくもりに救われる。子供の頃、裕二はホームレスのおじさんが大好きだったが、父親の丸尾は彼らを毛嫌いしていた。厳しかった父親は、裕二の恋人、靖子が病気になっても、裕二に金を貸さなかった。靖子に続いて父親も亡くなり、裕二には時間と財産が残った。裕二は一度、したたかに酔っ払い、ホームレスを助けていた父親の姿を目撃した事があり、その優しかった父親に会いたいがために、浴びるように酒を飲むようになったのだ。(エピソード「日酒」)

第11巻

高度成長期に、カリント電車が労働者を乗せて走っていた町は、今や廃墟と化していた。刑事の菊田は、その町の女店主が営む食堂の2階で、銃を所持して逃走中の保険金殺人の犯人が現れるのを待っていた。犯人は菊田が製鉄所で働いていた頃の恩人である班長で、順調だった事業が傾き、犯行に及んだという。カリント電車が走っていた頃は、みんな汗を流して働くだけだったが、その頃の自分を求めて、班長もこの地を訪れるのではないかと、菊田は睨んでいたのだ。(エピソード「廃線」)

世界タイトルマッチで4度目の防衛に成功したボクサーの野口明は、ハングリー精神などまったく持ち合わせておらず、ファッション感覚でチャンピオンになった男を演じていた。明の顔には傷があり、その言い訳のために、ボクシングを始めたのだ。その傷は明が幼かった頃、水商売をしていた明の母に傷つけられたものだった。事情を知るジムの会長は、明の知らない母親の一面を伝え、感傷にとらわれているだけだと彼に言い放つ。(エピソード「傷」)

電車の向かい側に座っていた男性が、トンネルを出た瞬間に消えてしまう。32歳の女性は、亡くなった父親に似ているその男性を探してほしいと、私立探偵の松本源助に依頼する。30年前、源助が見合いを勧められた日、息子の松本良夫は、電車の中で母親の百合子の姿をはっきり見たと言っていた。その話を思い出した源助は、女性は父親の幻覚を見たのだと結論づけたが、半年後にトンネルの出口付近の窪地から白骨化した遺体が発見される。(エピソード「過去を持つ愛情」)

町井秀一は階段の踊り場で、秀一の母の帰りを待ち、母親の手を引いてあげるのが一番好きな時間だった。だが高校受験の際、戸籍謄本で彼女が本当の母親でない事を知ってしまう。母親への気持ちは変わらなかった秀一だったが、秀一の母が無理やり招待した実の母親と、秀一は結婚式で再会。その様子を見た秀一の母は、しばらくしてボケはじめたのだった。秀一は、日増しに症状が酷くなる母親を施設に入れるのだが、心は一向に晴れない。(エピソード「踊り場」)

シスターは8年間過ごした函館の修道院をあとにした。食堂で相席となった平松という男性と、青函連絡船に乗ったシスターは、自分には船だけだった、という平松の身の上話を聞く。平松は、シスターとお供できるなら海を渡れる気がしたと打ち明ける。彼女はそんな平松に、私が誰だかわかりませんか、と問いかけるのだった。(エピソード「鞄」)

伊藤は京都五山の送り火を見るために、今年も料亭「田辺」を訪れた。学生だった頃、「田辺」の跡継ぎ、田辺順一と、伊藤は親友で、当時順一の恋人だった田辺松代は、伊藤に心変わりしつつあった。翌年の京都五山送り火の日、伊藤は松代が予約したホテルで初めて彼女と密会する。卒業後、順一は松代と結婚するが、のちに清水の舞台から身を投げて亡くなった。伊藤は、順一の義母を呼び出し、長年抱いていた疑問をぶつけるのだった。(エピソード「送り火」)

「老月会館」の支配人、奥田は、老月流家元の愛人の息子で、幼い頃に家元の家に預けられた。今も昔も、つねに自分の居場所がはっきりしない苛立ちを抱えていた奥田は、電車の中で、「二人の場所」と呼ばれている浮浪者のような夫婦に文句を言うが、周囲のみんなは彼らの味方だった。奥田はそんな二人に興味を持つ。夫は有名ビルのオーナーの息子であり、妻はブティックの店員で、その格差から一度は別れた二人だが、時を経て再会。二人は何も持たない今の生活に行きついたというのだった。(エピソード「二人の場所」)

アメリカでアナリストとして成功した追川浩は、日本でコンサルト業を営む社長となっていた。そんな浩に、花園麗子から連絡が入る。15年前、浩は絡まれたチンピラを撲殺し、フーテンの麗子はそれを目撃していたのだ。浩は麗子と1年ほど同棲したが、逮捕を恐れて渡米し、昼夜問わず働いて大学を出たのだった。昔と変わらない様子の麗子に、浩は拍子抜けするが、後日、麗子の店に呼び出される。麗子は昔の事は忘れていいと、浩に伝えたかったのだ。(エピソード「荒地の温もり」)

若手建築家の吉川秀一がコンペで勝ちそうになると、著名な建築家の山田文博は必ず横やりを入れていた。新聞記者の名取は、吉川と山田には「血」の接点があるのではないかと推測し、彼らの周辺を探る。それに気づいた山田は、その勘はあながち外れていないと、吉川の母親、テル子と自分の関係を名取に聞かせるのだった。(エピソード「売り娘」)

タクシー運転手の詩人は、人生が不幸続きだったせいもあってか、石川啄木に傾倒し、自分は悲しい詩を書くために生まれて来たと思い込んでいた。詩人は監禁されたヤクザの家から子供を誘拐し、さらに同棲していたホステスの節子を刺し、北海道にやって来たのだ。(エピソード「堕ちる」)

会社の資金運用を任され、失敗した主任は、無意識に自殺を考えていたが、ある老人に話し掛けられた事から、会社に戻る。公私共に彼を支えてくれたアシスタントの響子は、今日で退社する事になっていた。今年の夏、響子が会社の木の下にいるサンタクロースの話をした事から、彼はなぜか彼女に嫌悪感を抱くようになる。響子を遠ざけてしまったのは、自分に対する嫌悪感だと理解した主任は、木の下にいる響子と老人を目にするのだった。(エピソード「ツリー」)

第12巻

北国で寒さと空腹に苦しんでいた少年は、実業家の吉村昭也に拾われ、暖かい生活を提供される。以降、がむしゃらに働いて来た。しかし故郷の工場の閉鎖を吉村に言い渡され、大人になった少年は、労働者の前で土下座する。絶望し、自殺を考えていた少年の目の前に現れたのは、寒さに震えていた少年時代の自分だった。僕の労働に何の意味もなかったんだね、と彼は少年だった自分に問い掛ける。(エピソード「南」)

砂場はアトリエと予備校、アパートを行き来するだけの生活を送っており、休みの日は部屋に住み着いた蛾を描くのに時間を費やしていた。そんな彼女に、予備校生の森は優しく接し、二人は体の関係を持つ。しかし森は、彼女から金を無心するようになり、遂には暴力を振るう。その時、蛾に襲われた森は蛾を踏みつぶしてしまう。しばらくして森の目の前に、着飾って美しくなった砂場が現れる。(エピソード「蛾」)

冬の別荘地に、演奏に訪れたチェリストの父親と、その娘の紀子と孫の美樹。運転手をしていた紀子の夫、透が酒を飲んでしまい、四人はホテルに泊まる事になる。かつて透はリサイタルを酷評され、演奏家を辞めた経験のあるバイオリニストだった。その夜、チェリストは自分達を招いた老夫婦が、ホテルで揉めているのを見かける。老夫婦が人生に終止符を打つためにここへやって来た事を見抜いたチェリストは、透と紀子と共に彼らのために演奏する。(エピソード「冬の避暑地」)

東京のハンバーガーショップで働く美子は、1年に1回帰郷し、友人達に自分の生活の華やかさを自慢していた。しかし、東京での生活は地味であり、華やかな他人の生活を自分の事のように語る癖がついただけだった。美子と付き合っていたディスコの黒服、昭も、昇進するにつれて勘違いが甚だしくなり、美子はついていけなくなったのだ。(エピソード「一年」)

「初恋」の相手を捜す男性は、暴力団の組長、角田明に依頼され、中学時代に姿を消した今井凉子を探し出す。角田は凉子の姿を確かめるべく、ベランダに出ていた凉子の階下に立つのだった。1か月後、組事務所が襲われ、角田は瀕死の重傷を負って入院。角田は、彼女は今も眩しかったと、男性に感謝の言葉を口にする。男性は、胸が苦しくなるくらい人を好きになった自分の姿を探していたんだと、瀕死の角田に声を掛けるのだった。(エピソード「初恋」)

隅田川を運行する水上バスの運転手、並木は、橋の上から自分を見つめる男が気になっていた。その男は商社マンで、美味しそうに弁当を食べる並木の姿に感心したというのだ。商社マンは、離婚した妻との復縁を悩んでいるようで、並木のもとをよく訪れるようになる。一方、並木の相棒は自宅が高値で売れ、様子がおかしくなっていく。商社マンは並木のおかげで、無理せず生きていける事が幸せだと悟ったと語り、妻のところへ行ってみると去っていく。(エピソード「今頃」)

15年前、薫の恋人、静江は、男の子を生んで亡くなる。その子供を自分の弟として戸籍に入れて育てたのは、薫が軽蔑していた次兄の次郎だった。次郎はエリート揃いの家族の中では、工場勤めをしている異色の存在だった。子供は幸夫と名付けられたが、危険な大手術のあと、もう頑張らなくてもいいという次郎の言葉に安心したかのように、息を引き取った。(エピソード「弟」)

死んだと聞かされていた知佳の祖父が住む、海辺の丘の上の豪邸に、知佳はしばらく滞在した。画家で財を成した祖父は、徹底した個人主義者を気取っていたが、実は知佳の父である息子の愛し方を間違えたと、息子への思いを手帳にしたためていた。知佳はその手帳を黙って家に持ち帰り、自分を溺愛してくれている父親に手渡すのだった。(エピソード「手帳」)

名脇役だった藤井は、殺人罪で服役中の息子、藤井栄一に、映画の話をいつも聞かせていた。浮世離れしていた藤井は、息子と何の話をしていいかわからず、仕事もなくなった今では、やむを得ず噓の作り話をしていたのだ。だが、息子の出所が近づくものの、藤井は息子とどう接していいかわからず、心中は複雑だった。(エピソード「映画館」)

ノンフィクション作家として頂点に立った前川純一は、編集長に自分をルポタージュするように言われ、木下悦子の葬式を眺めていた。純一は悦子がなぜ、兄の前川清を殺害した罪を甘んじて受けたのかに思いを馳せる。当時、兄はガラス紙で精密機械を磨く職人で、肺をやられ自宅療養していた。姉の策略により、兄は服毒死させられ、工場の経理担当者の木下悦子が犯人として逮捕されたのだ。(エピソード「ガラス紙」)

菊地英次が出世できないのは、入社当時「言いたい事をいえる」組合を作ろうとした事に原因があった。ある日、菊地は駅の構内にいた浮浪者に目を止める。菊地は、彼が大学生相手に仕事を手配していた「最終便」と呼ばれていた男だと気づく。最終便は、きちんと金をくれ、学生達を飲みに連れて行く気のいい男だった。学生が一番騙しやすいと笑っていた最終便が、将来自分を見かけたら酒をおごってくれ、と言っていたのを菊地は思い出す。(エピソード「最終便」)

キヨは19歳の時、働き者だが酒癖の悪い資産家の男性のもとに嫁いで来た。だが、想像以上に悪い事は起こらず、キヨにとっては三人の子供の成長が何よりの楽しみだった。しかし長男は離婚、次男の家は家庭内暴力、娘はヤクザにはらまされたりと、子供達はみな不幸せになっていた。彼らは母親の顔を見れば、金の無心しかしなくなっていたのだ。(エピソード「雨林」)

第13巻

10年間、タイの密林で殺人を請け負っていた江上京太は、6年前に帰国し、暴力団の幹部となっていた。そんな江上は、夏が来るといつも悪夢に悩まされていた。江上はいずれ捨てるとわかっていながら、タイで家族を作っていたのだ。息子は手についたアリを彼に払い取ってほしがったが、彼はやられたらやり返せと、息子にアリ塚を壊させる。そんな思い出にいたたまれなくなり、ある日、京太はタイへ一人旅立つ。(エピソード「アリの巣」)

中年にさしかかった康弘は、酔って使い過ぎた給料をごまかすために、狂言強盗を演じていた父親の姿が頭から離れなかった。悪党でもなく、善良でもなく、臆病でセコい父親に似て来た自分に不安を感じ、父親を訪ねた康弘だが、彼はその時の記憶をまったくなくしていた。(エピソード「電柱」)

欲まみれの福音寺の住職は、寺の敷地内に、亡くなった妻の墓を掘り続ける大川善を疎ましく思っていた。住職は、その土地にリゾートマンションを建てる計画を進めていたのだ。炎天下の中、穴を掘り続ける大川は次第に衰弱していくが、住職はここぞとばかりに、放っておいた。翌日、救急車で運ばれた大川から、妻との時間を思い出させてくれてありがとうと礼を言われた住職は、予想だにしなかった大川の言葉に絶句する。(エピソード「追憶」)

電車の中で痴漢に間違われた花村千広は、父親からの信頼を取り戻そうと、被害に遭った女子大生に自分の無実を証明してほしい訴え、つきまとう。だがそのせいで、彼女は交通事故に遭ってしまう。それ以降、引きこもりとなってしまった千広の前に現れたのは、千広の幼なじみだった。彼女は、幼い頃いじめっこから自分を守ろうとしてくれた千広が、深い孤独の中でもがいている事を知り、訪ねて来たのだった。(エピソード「つばめ」)

出版社に勤める岡崎には、自分への戒めにしている写真があった。それは自分の母親が大勢の女性と共に、汚い恰好をして食事をしている写真だった。その頃、母親のもとに通っていた男性が姿を現さなくなると、岡崎はボロアパートに引っ越す事となった。以降、岡崎は事あるごとにその写真を見て、みじめさを避けるべく自分の気持ちを偽って生きて来たのだ。だが、ある日、彼は写真の中の笑っている母親が大好きだった事に気づく。(エピソード「川辺り(かわあたり)」)

不満気なサラリーマンは、歩行者天国でイマドキの若者、修と言葉を交わすようになる。サラリーマンは離婚した妻のもとにいる娘に会うために、歩行者天国に来るようになったのだが、ある日、娘からこのデートを止めたいと言われてしまう。一方、修はサラリーマンの元妻で売れっ子ヘアデザイナーのジゴロだったが、浮気を疑われ、彼女を殴ってしまう。翌週も歩行者天国のオープンカフェに現れたサラリーマンは、店員に失礼な態度を取られ、反乱を起こす。(エピソード「天国の午後」)

石炭を掘るためだけに存在している島で、関口亜絵美は父親と亜絵美の姉の三人で暮らしていた。炭鉱が閉山になり、労働組合の田端から組合を任された亜絵美の父親は、心労のため死亡。田端と恋仲であった姉と亜絵美は、彼を頼って東京に上京。だが、情熱を失った田端は豹変し、亜絵美の姉に暴力を振るい、亜絵美を犯そうとする。(エピソード「島」)

私立探偵の松本源助は、絵画の勉強に行ったっきり戻ってこない娘の大川ますみを連れ戻してほしいと、彼女の両親から依頼される。日本人旅行者相手にガイドをしているますみを指名した源助は、意地をはるますみに対して、母親がますみを思い、毎日握りしめていた彼女のマスコット人形を見せるのだった。(エピソード「輪立ち」)

かつて新ソフト時代の旗手と呼ばれた女性のイベント・プロデューサーの周りからは、潮が引くように人が去って行った。イベント・プロデューサーに婚約者を否定されたアシスタントは、プロポーズを断りに出かけた際、婚約者の交通事故死に直面する。ある日、イベント・プロデューサーが酔ってアシスタント宅を訪れ、本当は特別な生き方をする必要なんかないと伝えたかった、と語るのだった。(エピソード「花束」)

中学生のゆかりは、祖母のもとを父親の竜一と訪れた。父親の浮気で家を出た母親は、病気になり、祖母の家に世話になっていたのだ。祖母はいつもゆかりに空想の話ばかりする変わった人物だった。父親によると、夫である祖父にいつも相づちを打ちながらも、夫に夢を持っていたという。祖母にとって、空想であろうが現実であろうが、そんな事はどうでもいいものだった。(エピソード「相づち」)

両親に無理やりお嬢様教育を受けさせられたくみ子は、秘書電話会社のオペレーターをしていた。いつも彼女は、幸福という名の砂漠の中で青春を送っているような気がしており、その反動から、売れないロック歌手の関川明と恋に落ちた。だが、両親に結婚を決められたくみ子は、明に別れを告げるのだった。(エピソード「電話」)

企業戦士の姥捨て山と呼ばれる「あけぼの研修所」に送り込まれた大林、小松一平、石田光彦は看守のもと、来る日も来る日も穴を掘らされていた。三人は共同責任を負わされ、やんちゃな小松と、東大出身で堅物の石田はケンカばかりしていた。ある晩、小松と研修所を抜け出して飲みに行った大林は翌日、穴掘り作業中の小松といっしょに英語の歌を歌い出す。(エピソード「穴」)

第14巻

怖い者知らずだった不良の秀司は、今や街で一番の病院の院長となっていた。そんな秀司がグレた息子を警察に迎えに行った際、昔から彼をよく知る梅原署長に、何がきっかけで更生したのかと問われた。秀司を変えたのは、赤ん坊を育てながら男に体を売り、ホームレスをしていたヨシエの存在だった。当時、17歳だった彼女はすべてを捨て、子供を自分の手で育てようとしていたのだ。(エピソード「不良」)

俳優の堤則之の婚約がスクープされ、デザイン事務所で働く女性は彼を呼び出した。則之との青春を精算する意味で、娘の真美を生んだ彼女は、離れて暮らす真美から、もう父親の前に現れないでと告げられたのだ。それが応えた彼女は、則之に嫌味を連発し、喫茶店で殴り飛ばされる。(エピソード「いたみ」)

ますみは物心ついた時から、キャバレーで踊っていたますみの母と共に、全国を旅していた。ある時から、エアロビクスのインストラクターとなったますみは、母親とダンス教室を持ち、一か所に落ち着く。しかし、恋人の石原哲也との仲を母親に反対され、ますみは家を出る。小樽で哲也が亡くなったと知ったますみは、そのままそこに住み着き、ガラス工芸の職人になった。そんなますみのもとを突然、母親が訪ねて来る。(エピソード「雪の手紙」)

子供用自転車を買って帰ったサトシの父は、無感動なサトシに落胆する。1か月前、彼はふと父親が買ってくれた自転車を思い出し、倹約して自転車を買う費用を捻出したのだ。だがある日、彼はサトシの自転車の機種が変わっている事に気づく。そして、働く事しか知らなかった自分の父親を思い出し、そんな父親が約束を守ってくれた事が、子供心に一番うれしかったと気づくのだった。(エピソード「約束」)

老女の梅原スギと「坊ちゃん」と呼ばれる男の子は、ホテルの前で男の子の母親が出て来るのを待っていた。スギに「お嬢さん」と呼ばれるその女性は、浮気相手と逃げようとしていたのだ。16歳で売られたスギは、女郎部屋のオヤジの聞き違いによって、これまで「スギ」という名で通して来たが、戸籍上の名前は「シゲ」であった。この事を根拠にスギは、人生あきらめたり逃げたりすると、ずっとつきまとわれるものがある、と母親を諭すのだった。(エピソード「火の空」)

田舎の垢ぬけない町に不釣り合いな美人の三原千恵は、小学生の江崎徹にとってあこがれであり、都会の象徴だった。それから15年後、千恵が結婚した徹の兄、江崎英二は、若くして亡くなり、その葬式で徹は長兄の江上広一と顔を合わす。広一を思っていた千恵は、何がしかの理由で英二と結婚せざるを得なくなったのではないかと、徹はずっと思っていたのだ。徹は、千恵に当時の疑問を正直にぶつけるのだった。(エピソード「庭」)

竜一は幼い頃、ハバロフスクに呼び寄せられ、スパイだった竜一の父の手伝いをさせられていた。竜一はアムール川で軍艦や船舶の動きを調査させられていたが、ある時から父親を裏切り、ロシア人の男に調査を任せる。そして、その代わりにロシア人の男から商売を譲り受け、ナスターシャというロシア女性と共に働いていた。だが2年後、日本が無条件降伏し、日本に帰国した父親は国に裏切られ、急激にボケてしまう。だが、竜一の父は、二重スパイをしていた竜一を守るため、ボケたふりをしていたと突然語り出す。(エピソード「父」)

幼かった裕子は、自慢だったテレビ局勤務の父と坂道を歩き、父親と同じ目線で歩くゲームを思いつく。だが、あこがれだった父親の目線は、夏服の女性達の身体を執拗に追いまわしていた。その一件のせいで、大人になるにつれ、父親の女性にだらしない性格を知った裕子は、母親が亡くなって以降、父親と距離を置くようになった。金を借りに来た父親をすげなく追い返した裕子だったが、今日が父の日だと知り、父親へ電話を掛けるのだった。(エピソード「坂」)

新興宗教の教祖だった一条きぬを母親に持つ一条豊は、猛女で醜女のきぬをうっとおしく感じており、なぜハンサムな父親の一条が母親を選んだのかを疑問に思っていた。母親が亡くなり、父親から性格も見た目も母親に似ていると言われた豊はショックを受ける。だが、十数年後、亡くなった父親が豊にあてた手紙には、自分がきぬの実子ではなかったと記されていた。(エピソード「猛女」)

敬愛する兄を亡くした慶子は、兄の後輩で家に出入りしていた小宮英太を執拗にからかい、侮蔑するようになる。祖父の建てた「岩倉ホテル」の経営者となってからも、慶子は支配人となった小宮に悪態をつき続けた。そしてホテルの経営が傾いた時、慶子はホテルから逃げ出して消息を絶った。時が経ち、ホームレスとなった慶子が見つかる。小宮は慶子を再びホテルに住まわせるが、慶子への深い思慕は憎悪に変わっていた。そんな小宮に、慶子の妹の綾子は、経営者だった頃の慶子が小宮への愛を口にしていた事を打ち明ける。(エピソード「薄彩(うすだみ)」)

50歳の女性は、顔を知らない息子を探していた。貧困の大家族で育ち、幼い頃から働き者だった彼女は、16歳で上京。すぐに男性といっしょになったが、そんな彼に浮気され、彼を殺害。以降、彼女は出所後も仕事に安らぎを求め、休日を恐れるようになっていた。彼女が休日の苦しみから逃れるため考え出したのが、刑務所に入る直前に生んだ息子に会いに行く事だった。(エピソード「休日」)

第15巻

海辺の村に住み、漁師の家で育った亜紀は、母親の毎日が、家族の世話をし、その合間に漁網の修理をする、という繰り返しであったせいで、違う人生を東京に求めた。だが、不毛な恋愛を繰り返し、派手になった生活のせいで、生活は破綻する。亜紀は公園のベンチで朦朧としながら、恋人だった漁師や母親の幻を見るのだった。(エピソード「白夜」)

雑誌とラジオで人生相談の回答者をしている美崎瑛子は、作家の美崎亨次の妻だった。彼が亡くなって四十九日を迎える日に、瑛子は人生相談を辞めるつもりだった。亨次は不細工だったがとびきり頭がよく、瑛子はそんな彼といっしょにいるだけで幸せだった。だが、終戦直前に夫婦は非国民として軍人から暴力を受け、その日を境に亨次の人間性が一変する。書斎に閉じこもり、創作だけに没頭するようになったのだ。瑛子が人生相談を引き受け、どんな質問に対しても「頑張んなさい」というワンパターンなエールを送り続けたのは、亨次に対してのメッセージだったのだ。(エピソード「声」)

身寄りのない子供達を引き取っていた溜造のもとで育った隆は、運送会社に出稼ぎに出た。溜造が亡くなり、子供達のために東京へ働きに出ていた一番年長の吉乃が、亡くなってしまったのだ。好人物である同僚の戸塚と仕事に励む中、隆は因縁の相手、赤瀬金一に巡り合う。赤瀬は教育評論家を自称し、子供達を自分が世話しているかのように偽り、テレビを利用して寄付金を横領した人物だった。(エピソード「草原」)

幼い頃、まことはとび職の徳に引き取られ、彼と日本中を流れ歩くうち、徳と同じ仕事に就いた。成長して数年振りに東京に戻ったまことは、昔から徳が行きつけにしていた焼き鳥屋を訪ねた。店は女将の娘、のぞみが切り盛りしていた。まことはこの店の女将と徳の子供であり、女将が別の男性と結婚するために、徳に引き取られたのだ。まことは徳の表情を通して色んな事情を知って行ったのだった。とび職として鉄骨の上で生きていくには、一つくらい暖かいものを背負わなきゃいけないと、身をもって知ったまことは、引退して俺の世話になれ、と徳に告げるのだった。(エピソード「道」)

「少女いたずら事件」を追っていた刑事の片田良夫は、現場付近のT大学でカウンセリングをしている田中から、エリート大学生の自殺が急増しているとの情報を得た。その時、田中の患者である大学生の瀬沼英夫の様子に疑念を抱き、片田は瀬沼をマークする。再び少女がいたずらされ、瀬沼は翌日、田中のもとを訪れた。片田は、彼らのような人間は苦しみ方を知らないので救ってやってほしいと、田中に頼まれるのだった。(エピソード「炎のごとくに」)

ある日、小市民的なサラリーマンの満夫は息子の裕太から、自分は誰の子かと問われる。満夫はAB型で妻はA型、裕太はO型だったのだ。驚くと同時に、満夫は自分が親父の子供ではなかった事を知ってしまう。満夫の親父は成り上がりの土建屋で、欲望のままに生きた男だったが、血筋のいい母親をめとった時は嬉しさに涙したという。だが、後日、満夫は親父の涙の真相を知る。(エピソード「血」)

昭和39年に北海道十勝岳の大爆発を屋根の上で見ていた宏平は、叔母の泣いている姿を目の当たりにした。そのあと、離婚した叔母は、宏平をアパートに招いた直後に姿を消してしまう。妻の大川容子と、故郷にある母親の墓参りに行った宏平は、農作業をしている叔母を見かける。数日後、叔母に会いに行った宏平は、容子から意外な事実を聞かされる。宏平の母親は、宏平が抱く美しい叔母のイメージを壊さぬよう、浮気が理由で離縁された叔母に用立てしていたのだ。(エピソード「紅い花」)

ヤクザとつるむようになった男子生徒に、体を張って殴りかかった女教師は本気だった。彼女の母親が出て行き、グレていた15歳の時、彼女を本気で殴った父は泣いていた。かげろうを見るたびに、女教師はその時の父親を思い出すのだ。女教師の殺気を肌で感じた男子生徒は、彼女の真意をくみ取るのだった。(エピソード「大人」)

サラリーマンの男は25年間続けてきた朝の通勤電車で、女性の胸を触ってしまう。男は職を失い、家族は家を出て行ってしまう。自分が求めて、求めた通りに生きている事がうっとおしくなった男は、親友の菊地の墓に出向いた。優秀だった菊地は、部長昇進競争に敗れた事が引き金となり、スーパーで万引きをしたとサラリーマンの男に打ち明け、その2週間後に自殺したのだ。(エピソード「万引き」)

何かを変えたい女は、川に潜って宝探しをする男と出会い、スキューバ・ダイビングを始める。男と恋愛関係になった女は、水の中の別世界を堪能する。彼女の現実の世界は日々うつろになっていったが、そんなある日、男は宝探しをしなくなった。後日、女は無表情になってしまった男に、宝探しをあきらめないでと懇願する。(エピソード「水の中」)

18年前にパリで芸術家を目指していた佐々間英二は、日本で服飾デザイナーとして成功していた。妻の佐々間美保は変わってしまった彼のもとを去り、パリに行くと告げる。英二なら芸術家としてまだ成功できると言う美保の言葉は、彼には届かなかったのだ。パリの馴染みのレストランでは、意外な人物が美保を待ち構えていた。(エピソード「街」)

一流企業のOL、晴見恭子は、女の自立を特集する女性誌を愛読し、海外旅行に命を賭けていた。入院している同僚の川島を見舞った恭子の頭には海外旅行しかなく、彼女の病状などは気にも留めなかった。ある日、後輩の女性達が、恭子達の世代は、活字になっていればなんでも正しいと思い込む、とバカにしているのを耳にする。(エピソード「今ではなく…」)

第16巻

放火・殺人の罪で逮捕された書店店主の原田の弁護人となった鶴橋は、彼が自分の妻と息子を殺したとは思えなかった。逮捕当初、否認していた原田は、翌日から犯行を自白したのだ。自分の事は放って置いてほしいという原田に、鶴橋は、逮捕された夜に何を考えていたかを問いかけた。鶴橋の妻、大川京子は、家族はもういないんだ、と答えた原田は無実だと確信する。最後の望みを賭け、鶴橋は法廷で原田の結婚生活を彼に向けて語り掛けるのだった。(エピソード「家族」)

息子の英太にせがまれて飼ったハムスターの母親が、子供を食べてしまったところを目撃した黒崎武は、英太に本当の事が言えなかった。武の父は作業現場で働く無骨な人間で、息子への愛情表現は小遣いを渡す事だけだった。そんな父親が武の拾って来た子猫を捨ててしまい、彼は一層父親が嫌いになった。そうした苦い記憶を辿り、英太に本当の事を話した武は、自分の父親が作業現場で墜落死した時に、自分の写真をポケットに入れていた事を思い出していた。(エピソード「写真」)

いつも果たせない約束をしてしまう約束破りの男は、半年前、それが原因で章子の母と別居する事となった。そんな彼は、サーカスやマジックをテントで見せる広場ができたと、年末の仕事が忙しい時期に、妻子を誘うのだった。そんな中、男を待ちくたびれた娘の章子は一人でテントに入ってしまう。(エピソード「広場」)

父親が亡くなり、家の取り壊しを急いでいた母親のタヅ子に、凉子は叔母に関する意外な事実を聞かされる。病弱で臥せっている事が多かった叔母だが、起きている時は優雅な姿で花を活けていた。そんな叔母に凉子はあこがれを抱いていた。だが叔母は子供が生めないせいで離縁された過去があり、子供を持つダヅ子に陰で意地悪をしていたという。叔母はある時、凉子を使った嫌がらせをしたせいで、タヅ子から平手打ちを食らい、自殺したというのだ。(エピソード「あこがれ」)

大企業で働くOLの静香は、流行に敏感で、自分がまるでテレビから生まれて来たような感覚を持っていた。ある日、静香は40代と思しきショッピングバッグレディ(女性ホームレス)を目の当たりにし、ただ流されて生きている自分を顧みるようになる。そして、いつしか彼女の顔が自分の顔と重なるのだった。(エピソード「名前Ⅰ」)

30年振りにニューヨークに戻って来た小室は、昔、秘書のマーサーと過ごした日々を思い出していた。彼女は優秀で美人だったが、有色人種に偏見があり、貧富の差に敏感だった。当初、マーサーは小室をバカにしていたようなところがあったが、徐々に彼をボスとして信頼し、彼が帰国する際には彼を敬愛するまでになっていた。ある日、小室は変わり果てたマーサーの姿を、見覚えのある木の下で見かける。(エピソード「名前Ⅱ」)

天才詩人の広田英悟の娘、広田リサは、父親の苦しい生き方より、父親にまとわりついていた住川隆夫のような生き方を選んだ。父親が死に瀕した冬のある日、父親のためにスイカを探し回ったリサは、父親を訪ねて来ていた住川に助けを求め、父親の死後、住川に引き取られたのだ。若手評論家として売り出し中のリサは、父親のような苦しい生き方を避けたはずだった。しかし老いた住川に、リサは大好きだった父親を憎もうとするあまり、苦しい生き方を選んだと指摘される。(エピソード「冬の西瓜」)

中学時代に喜劇役者の代々木天心にとりつかれた宮田は、小説家になった今、彼が自分にとって人生の師であった事を思い返していた。中学卒業間近に母親が失踪した時、彼は一度目の弟子入りを天心に志願した。二度目は失踪した母親の死を知った大学時代。その時に自分の書いた文章を見せたのだが、自分のために書いたものを人様に読ませるのは失礼だと天心に酷評されたのだ。(エピソード「幕」)

優秀だった自分が手にしたモノはほんのわずかだと悟ったディーラーの男性は、小学校6年生の娘に英才教育を施す。娘が道草をするのも許さなかった彼は、娘がくも膜下出血で亡くなった際も、仕事で側にいてやれなかった。仕事が終わった帰り道、彼はここはどこだとうそぶいているエリート社員と出会い、朝方ビールを飲む事になる。(エピソード「道草」)

付属の幼稚園からエスカレート式に大学まで進んだ仲間達でつるむのが当たり前だった恭平は、仲間の一人の理沙と体の関係を持っていた。その理沙から学者の卵だという恋人を紹介された恭平は、理沙が別の相手と見合い結婚すると聞き、結婚式場に向かう。学者の卵にふられた理沙は、傷つく事に慣れておらず、自暴自棄になって知らない男性達に犯されたのだ。理沙の前に現れた恭平は、あえて試練の道を歩こうと理沙を連れ去るのだった。(エピソード「まどろみ」)

伝言ダイヤルの陽気なネットワークから離れられなくなった京太は、企画した仮面パーティがヒットし、浮かれていた。3年間の浪人生活の末、有名私立大学に入学した京太だが、母親が甘やかして与えたカードの借金は2000万円を超えていた。だが、仮面をつけた京太は、ホテルにいっしょに入った女性に仮面を外され、正気をなくしてしまう。(エピソード「陽気な仮面」)

付き合っていた前野純一を避けるようになった関口みわは、前野の送別会で再び彼に求婚される。父子家庭で育ったみわは、父親に悲し気な顔を見せまいと気丈に振る舞ううち、我慢する事に慣れてしまったのだ。みわの父親は、彼の傘に入ってみるのも悪くないと、そんなみわの背中を押すのだった。(エピソード「雨宿り」)

第17巻

広い屋敷に閉じこもり、父親の残した財産を食いつぶしながら生活している立原達夫のもとに、夏になるとやって来るのが、口が悪く、傍若無人な祖母だった。その時期だけ、達夫は苛立ちまぎれに、外の世界に触れるようになる。ある日、祖母が亡くなり、その遺品は、自殺した叔父の立原光夫と、彼に似ている達夫の写真ばかりだった。自分の日記を読み返してみた達夫は、祖母の真意を知る事になる。(エピソード「誕生日」)

教師という仕事に行き詰った可南子は、気分転換に売れっ子脚本家の水田のもとを訪れる。小学生時代、父親のいとこである水田は可南子の家庭教師だった事もあり、可南子は水田のいい加減で怠惰な面を嫌というほど見て来た。だが、今や水田は膨大な仕事量をこなしている。人によって人生の時間割が違うという水田の言葉が胸に刺ささった可南子だったが、さらに彼の隠された一面を知ってしまう。(エピソード「時間割り」)

工事現場で働く男達の中で育った英悟は、自分が考えた以上に恵まれたコースを歩む事になり、今や大企業の課長となった。だが、春になり、無表情な新入社員の顔を見ると、自分があこがれていたあの男達の輝いた顔を思い出してしまうのだ。ある時、彼らの無表情な顔は、実は自分の顔だと、英悟は気づいてしまう。(エピソード「男達の顔」)

15年前、釜山で出会った少女、金礼智の走る姿に心打たれた角田光夫は、母親が日本人だという礼智兄妹と交流を深める。帰国した光夫は人生というゲームに勝ち続けた。だが、妻子に逃げられ、光夫の人生は再び停滞。そんな中、光夫はソウルオリンピックに出場していた礼智と再会し、再び人生ゲームに光を見出す。だが、礼智と約束した釜山に来たのは彼女の兄であり、光夫は彼から自分のルーツを知らされる。(エピソード「かもめ」)

父親も祖父も42歳で自殺した今泉は、自分もその年に近づき、強迫観念が増していく。自殺する前の父親が眺めていた、水面を流れる紅い花の記憶が、年々強くなっていくのだ。だが、娘が非行に走り、面倒な事に巻き込まれながら、今泉の1年は瞬く間に過ぎてしまう。紅い花が見えなくなった今泉は、父親も祖父も、自分の事しか見ていなかったのだと気づく。(エピソード「水面の華」)

定年退職した男性は、妻と共に田舎の別荘で暮らし始めた。20年前、息子を亡くしてから、夫の言動は両極端に揺れるようになった。妻は夫の言う事につねに同意せず、さからい続けて来た。一方、会社での夫は、一度口にした事は曲げないという性格を通していたという。妻は小さな命を記憶してやれるのは自分達だけだという思いで、そんな夫といっしょに定年後の日々を楽しく過ごそうとしていた。(エピソード「二十年目のトンボ」)

苦学して大学教授になった小山次郎は、ある名物教授との出会いを、自分の子供を付属小学校に入学させてほしいという兄に聞かせる。貧しい工場街で大衆食堂を営んでいた実家で育った次郎は、汗と油にまみれた男達から抜け出したいとの強い思いを抱いていた。大学時代、厳しい事で有名な名物教授の授業を、アルバイトのため受けられなかった次郎の進級は、絶望的になったが、なぜか試験は満点。教授があの時の男達と同じ眼をしていると気づいた次郎は、彼から信じられる大人になれ、とエールを送られたのだ。(エピソード「荘厳な残像」)

色んな男達と遊んでいた若い女性は、ある男のアパートで、男が置いて行った息子を育てる事にした。その子に光太郎と名付けた女性は、何度も彼を捨てようと思いながらも、3年間彼と暮らして来た。だがある日、男が光太郎の母親と共に、彼を連れ戻しにやって来る。(エピソード「海辺の波」)

妻を亡くした幸樹は、再婚した息子の厚から金を無心され、息子が住む田舎町を訪れる。再婚相手の真里絵とはいっしょに暮らしていないという息子に失望し、幸樹は孫達に会わずに帰途につく。息子の履歴書は誇りが持てるようにしてやりたいと思っていた幸樹だったが、空白だらけの自分の履歴書を埋めたかった自分のエゴに気づく。(エピソード「履歴書」)

真美がプレゼントした海外旅行の途中、真美の母は飛行機事故に遭い、帰らぬ人となる。叔父の杉田君夫と現地に向かった真美は、母親の病歴に人工中絶の文字を見つける。過去の記憶を紐解いた真美は、母親と杉田の秘められた関係を確信。女手一つで自分を育ててくれた母親にも青春があったと、真美は安堵を覚える。(エピソード「陽のあたる影」)

よしが教祖だった宗教団体は、月に一度訪ねて来る丸メガネの男性の力で、大きくなっていった。息子の宗介は、男性が自分の父親だと漠然と思っていたが、よしの臨終の際、彼女は田村六介の名前を何度も口にする。六介はよしの家で下働きをしていた男性だった。その言葉を聞いた宗介は、生きているうちに、どうして六介に自分の気持ちを伝えなかったのかと、切ない思いに胸をつまらせる。(エピソード「渇き」)

55歳の岡林は肩叩きにあい、出て行った妻子に思いを馳せる。昨日まで正しかった事が間違いだったと教えられた戦後教育で、岡林は同情する事は騙される事だと思い知らされた。だが、出ていった妻子の後ろ姿に、岡林は同情ではなく愛情を感じていたと気づき、今まで会う事を避けていた息子に連絡を入れるのだった。(エピソード「坂の途中」)

第18巻

息子を放置して死なせ、情事の相手を刺し殺した天野ゆりかを追う刑事の片田良夫と服部は、彼女の故郷、佐渡に降り立った。島民はみんな、島の英雄であるゆりかをかばい、彼女を目撃していないと言う。ゆりかの祖母は、なぜか佐渡の海に裏切られた本間高茂の昔話を片田達に語る。ゆりかは佐渡に死に場所を求め、そんなゆりかを追い返してしまったという胸の重石が、祖母に昔話を語らせたと気づいた片田達は、賽の河原と呼ばれる洞窟に向かう。(エピソード「…一里塚」)

証券取引所で働いていた西田は、葉巻をくゆらせたダンディーな男性、近江に後継者として選ばれ、色々な知識を授けられた。時は経ち、当時の近江と同じ年代になった西田は、なぜ近江が自分に目を掛けてくれたのかを、今でも疑問に思っていた。近江の秘書、水野によると、近江が自分のダンディズムを永遠に残すため、西田が選ばれたというのだ。その言葉に激しく反発した西田に、自分を愛してくれた近江とあなたは別の人だと言い残し、水野は去っていく。(エピソード「午前十時の香り」)

父親と別居している母親は週に一度、子供達を父親に会わせた。悲しい顔をしている母親を喜ばせたく、子供は父親がもう来なくていいと言っていたと、母親に噓をついた。その後、父親は自殺してしまう。時が過ぎ、大手企業の課長となった男性は、息子の噓を厳しく叱る。噓を認めない事こそが、男にとって唯一の贖罪の方法だったのだ。(エピソード「噓」)

学生だった美里は、バス停の前にあったカフェのマスターに恋心を抱いていた。だが、そのカフェは突然閉店してしまう。大人になった美里は、恋人から取引先のお嬢さんと結婚すると告げられ、複雑な思いの中、ふとマスターの姿が頭をよぎる。美里の恋人の結婚相手の父親が、あのマスターだったと知った美里の中ではすべてがつながり、彼女はある行動に出る。(エピソード「バス停」)

テレビのドラマ制作現場で働いていたアキラは、監督とケンカをしたあと、いつも故郷に向かう夜行列車に乗っていた。今や、ゴールデンタイムの売れっ子監督となったアキラだが、監督と会えば、昔の感傷にふけるのだった。そんな中、監督が急死。アキラは評価も名誉も得られない仕事を、テレビでひたすら流し続けた監督の生き様に思いを馳せ、涙する。(エピソード「夜行列車」)

かつては新聞記者だった富岡卓は、地方都市の小さな家で庭を眺めるばかりの生活を送っていた。そんな富岡の家に、町内会から派遣された中年女性の藤田が訪れるようになり、富岡は藤田のおせっかいに辟易する。ある日、藤田は富岡が自分の殻の中に閉じこもっていると彼を叱りつける。妙に納得した富岡は、しばらく姿を見せなくなった藤田を心配し、彼女の家を訪問する。(エピソード「殻の中」)

米川家の三人兄弟の中で、長兄の米川才一と次兄の米川次郎は性格が正反対であり、いつもケンカばかりしていた。才一は野鳥に合わせた巣箱をきっちり測って作る几帳面な性格で、次郎は大雑把だった。才一は一流大学を卒業したのち、地元の工場に就職し、政治的な活動に没頭。一方、次郎は商社に入社し、順調に出世していった。ある日、物書きとなった末っ子の米川三夫のもとに、身元不明の遺体の確認をしてほしいとの連絡が入る。(エピソード「小さな鳥」)

美代菊こと美雪は、中岡という若い男性と恋仲になる。だが彼は、美雪のパトロンの社長に仕える秘書だった。社長は、美雪と中岡の事をすべて承知したうえで、好き勝手にやらせていたのだ。社長にとって芸者遊びの宴席は、すべての到達点なのだ。老いた社長は、美雪が泣くのを見たいがために、彼女と別れた中岡を宴席に座らせるのだった。(エピソード「路地」)

大手広告代理店に勤務し、家族を顧みなかった刈屋は、閑職に追いやられ、ホステスが置いて行った子供を育てていた。別居している娘の奈津に、「博通堂」のチーフプロデューサーとして結婚式に出てほしいと頼まれた刈屋は、娘のしたたかさに意気消沈する。今や孫のような年齢の血のつながらない娘だけが、彼の生きる力となっていた。(エピソード「小さな余韻」)

5年間、東南アジアに単身赴任していた平原は、帰国後何もかもが様変わりしている事に驚く。慕っていた上司の小山博の墓までもが、なくなっていた。小山は平原に豪華な特製弁当の味を教えてくれた人物で、しっかりした仕事をしながらも、出世に縁のなかった人徳者だった。平原は彼を思い出し、新入社員に特製弁当をご馳走するのだが、ありがた迷惑な態度を取られてしまう。(エピソード「弁当」)

両親を交通事故で失い、祖母に育てられた美雪は、入社以来初めて長期休暇を取り、具合の悪い祖母を自宅療養する事になった。祖母の厳しさは尋常ではなく、幼い美雪は強くなるしかなかった。祖母は仕事しか頭にない美雪を嘆かわしく思い、彼女に最後のしつけをするべく、わがままに振る舞うのだった。(エピソード「祖母のしつけ」)

下村明夫は少年時代から、朝日を受けて活気づく操車場に感動の眩暈を覚え、この町を離れずにいた。30年後、学生時代に明夫と淡い恋愛関係にあった江上美津子が、操車場で自殺。今となっては既に死んだようになっている操車場の姿を知っていた明夫は、彼女が死ぬために帰って来たのではなく、発作的に自殺したと確信するのだった。(エピソード「操車場」)

息子のマサシが幼稚園の友達にいじめられているのを目撃し、田之倉恵子はシゲを思い出した。裕福な家に育った恵子は子供の頃にいじめられており、そんな恵子をシゲはいつも守ってくれたのだ。シゲは色んな家の力仕事をして暮らしており、ある年の冬、恵子の父親からオーバーを買えと報酬を受け取っていた。だがシゲは大晦日に凍死。その正月、貧しい子供達の家のポストにはお年玉が入っていたのだ。(エピソード「帰り道」)

第19巻

小学生の息子、雄一に、見知らぬ男であるかのように無視された柴田は、ショックを受ける。マスコミ関係の仕事をする友人から、今や小学生でさえ、金と見た目のよさを基準にしていると聞いた柴田は、苦々しい思いを嚙みしめる。そんな中、柴田は雄一を迎えに行き、雨の中、毅然とした態度で息子と向き合うのだった。(エピソード「傘の家」)

梨子は恋人の岡部を愛していたが、どうしても「結婚」に踏み切れないでいた。土曜日になると、線香花火を無心にしていた梨子の母の姿が頭から離れなかった。母親は裕福な家庭に育ったが、梨子の父親が事業に失敗してから精神が病んでしまったのだ。そんな梨子をトラウマから救ってくれたのは、岡部の温かい言葉だった。(エピソード「土曜日の花火」)

芸能プロダクションの社長として絶頂を極めたイナバは、ある時、倒れて体の自由が効かなくなる。イナバがかつてあこがれたお笑いタレントの霧島は、イナバの会社で経理をしていたが、なぜかイナバの世話を引き受ける。タレント時代にマネージャーだったイナバを奴隷のように扱っていた霧島もまた、倒れてタレント生命が終わったのだ。霧島の挑発的な態度に悪意を感じたイナバは、霧島を絞め殺す事を生きがいにリハビリに励む。(エピソード「疑惑」)

大物政治家を告発すべく、海老沢という男の足取りを摑もうとハワイを訪れた検事の森脇透に、ホノルル警察のバーナード警視は非協力的だった。森脇は自分の上司にハメられたと気づくが、独自で捜査を開始。森脇はバーナードと対立を深めるが、森脇が自分と同じタイプの人間だと知ったバーナードは、帰国命令が出た森脇のために、証拠を集めるべく奔走する。(エピソード「遅れた休日」)

エリート意識が強い三崎は、外交官として赴任する発展途上国で、学生時代の友人、根岸博を見かける。根岸はこの地で凄腕のコーディネーターとして有名人となっていた。当時から好き勝手に生きていた根岸を羨ましく思う反面、彼が堕ちていく事を願っていた三崎だったが、自分の怠惰な経済援助活動を根岸に救われ、彼に感化される。(エピソード「なれの果て」)

律子の亭主が病院に駆けつけ、ようやく一人前になったと、危篤状態の律子の父に報告した。だが、父親はつまらん男になったと吐き捨てる。父親は自分の妻の生活の頼りにはなったが、「生きる頼り」にはならなかったとの寂しさを抱えており、事業に失敗ばかりしている律子の亭主に頼られる事を、生きがいとしていたのだ。それに気づいた律子は父親に、もう一度亭主にお金を借りてほしいと頼む。(エピソード「台風(かぜ)の吹く日」)

水沢は10年振りに学生時代の友人、江田耕平と再会。今は独身だという江田は、子供に嫉妬したせいで出社拒否になり、堕落した生活を送るようになったと語る。江田の言葉が気になっていた水沢もまた、似たような感情を抱く事もあったと気づく。江田の人生がすでに壊れていると知った水沢は、予定調和を約束された時代に甘んじていたが、自分の心が少し変化を求めているのを感じていた。(エピソード「改札口で」)

谷矢と仕事をする事になった作曲家の天野は、谷矢の師である三崎にシンパシーを感じていた。二人が作った曲から、三崎がミュージカルの楽曲を選ぶ事になり、彼は全曲、谷矢の曲を採用する。自分の才能を過大評価していた天野は、三崎から、人生の絶頂を迎えた時、馬鹿になりきれるかどうかが勝負の分かれ道だ、と諭されるのだった。(エピソード「あきらめ」)

今一つ生きている実感が湧かない高校生の小野寺友理恵は、路上に不思議な建物の絵を描く青年が自分の父親、小野寺の息子だと知ってしまう。彼は、カンボジアで特派員をしていた父親と現地の娘とのあいだに生まれた子供だったのだ。クーデターで娘が死んだと思った小野寺は帰国。友理恵の母親と結婚したのちに、子供が目の前に現れ、父親は彼を施設に預けたのだ、と友理恵に告白する。(エピソード「路上日記」)

誰よりも金持ちになりたいとの思いを抱く池田に、戦友の吉村はくだらん生き方をするなと言い残して戦死。吉村こそが、金目当てで結婚する悲哀を知っていたのだ。吉村の妻はほかの女と通じていた彼への復讐のため、池田と結婚。その後、池田の妻となった女性は自殺するが、池田はさらに財を成したのだ。全財産を寄付したと宣言した池田だったが、すべての事務手続きが完了するまでに、自分が不慮の事故で死亡すると財産を取り戻せる、と子供達に告げる。(エピソード「夜空」)

ある朝、駅でOLの女性は、茫然自失となった男性を警察に連れて行く。その際、会社の上役とケンカになった彼女は居直り、暴言を吐く。落とし物として届けられた社員証から、その男性が高橋洋一という一流企業の部長だと判明。その日を境に女性は、会社で過剰なほど自己主張するようになる。しばらくして、高橋からお礼として食事に誘われた女性だったが、高橋はその席で自ら社員証を投げ捨てた事を思い出してしまう。(エピソード「落し物」)

片田良夫刑事の恋人で、闇資金の実体を追っていた雑誌記者の久美がホテルで殺害された。死因は麻薬過剰摂取による事故死とされ、久美は麻薬常習者で、さらに暴力団の情婦だという濡れ衣を着せられて事件は収束した。片田は、彼女の仕事を引き継いだというジャーナリストの同僚、山口の、世間の空気に逆行しても真実を暴くとの言葉を意気に感じ、自らもまた警察組織の中で、真相を追うために闘う事を決意する。(エピソード「朽ちかけた斜塔」)

登場人物・キャラクター

谷口 五郎

エピソード「谷口五郎の退官」に登場する。H拘置所を退職したばかりの男性。35年間看守および死刑執行人を務めていた。死刑囚の赤岸源助に友情に似た気持ちを抱いており、彼は無実ではないかという疑問を抱いている。源助には「タニさん」と呼ばれている。

野崎 洋平

エピソード「教官の雨」に登場する。女子少年院「K女子学院」の教官を務める既婚の男性。年齢は34歳。この仕事が好きで、誇りと熱意を持っている。受け持った院生の中で、最も悲しい人生を歩んで来た少女の菊島あけみが強く心に残っており、あけみからの手紙が途絶えた事を心配して、彼女の行方を探している。

鈴木 平吉

エピソード「黒の牧歌」に登場する。殺人罪で懲役10年の刑を受けた男性。年齢は39歳。刑務所に長く留まる事を目的にしており、本気ではない脱走を繰り返している。間違って生まれた郭の子で、生まれた時から人間扱いしてもらえない日々を過ごして来た。30歳の時に長沼文子と出会い、3日間だけの結婚生活を送る。気持ちが通じ合った文子を殺したのが自分でなければ切なすぎると、時効成立まで刑務所にいる事を自分に課している。語尾に「でショウ」と付ける独特の話し方をする。

片田 良夫

エピソード「あの日川を渡って」「消えた国」「動機」「片隅」「玩具の車輪」「炎のごとくに」「…一里塚」「朽ちかけた斜塔」に登場する。警視庁捜査一課に所属する刑事の男性。甘いマスクながら無骨な性格で、事件を解決する事以外は何も目に入らないタイプ。自分でも何を考えて行動しているか把握しておらず、コンビを組んだ相手が振り回される事が多く、付き合いづらい人間だと思われている。女手一つで育ててくれた片田の母が危篤という知らせを受けた時も、犯人逮捕まで母親のもとには帰らなかった。勘が鋭く、犯人が社会的評価を気にするタイプと推測し、久美の会社が発行する雑誌を読んでいる事にたどり着く。高校時代の友人で誰よりも優秀だった矢崎とは、刑事とヤクザという形で、苦々しい対面を果たす。のちに久美と恋人関係になるが、闇資金の流れを追っていた久美が何者かに殺害されてしまう。

書誌情報

人間交差点 全19巻 小学館〈小学館文庫〉 完結

第1巻

(1994年12月発行、 978-4091920119)

第2巻

(1994年12月発行、 978-4091920126)

第3巻

(1994年12月発行、 978-4091920133)

第4巻

(1994年12月発行、 978-4091920140)

第5巻

(1994年12月発行、 978-4091920157)

第6巻

(1995年3月発行、 978-4091920164)

第7巻

(1995年3月発行、 978-4091920171)

第8巻

(1995年3月発行、 978-4091920188)

第9巻

(1995年3月発行、 978-4091920195)

第10巻

(1995年3月発行、 978-4091920201)

第11巻

(1996年1月発行、 978-4091921215)

第12巻

(1996年1月発行、 978-4091921222)

第13巻

(1996年12月発行、 978-4091921239)

第14巻

(1996年2月1日発行、 978-4091921246)

第15巻

(1996年4月1日発行、 978-4091921253)

第16巻

(1996年5月発行、 978-4091921260)

第17巻

(1996年7月発行、 978-4091921277)

第18巻

(1996年7月発行、 978-4091921284)

第19巻

(1996年7月発行、 978-4091921291)

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