あらすじ
地獄か天国か
食品会社に勤務する営業マンの長坂直人は、食べられるのに売り物にならないという理由だけで食品を廃棄し、ふだんから食べ物を粗末に扱っていた。そんな中、直人はトラックにはねられ気を失ってしまう。そして気がつけば、そこは見たこともない樹海で、直人はたった一人立ち尽くす。その樹海で凶悪な狼に襲われた直人は、森中を逃げ回り、運よく狼を崖に落として助かる。食べ物がないため意を決して死んだ狼を食べようとするも、すでに死体には虫が群がっており、食べられる状態ではなかった。空腹のあまりその辺の草を食べようとするも体が受け付けず、空腹が限界に達した直人は、ついにそのまま行き倒れてしまう。直人は、自分はトラックにはねられてすでに死亡し、今の状況は生前に食品を粗末に扱った罰だと考えていた。こうして後悔に苛(さいな)まれながら気を失った直人だったが、そこに一人の少女が現れて不思議な力で彼を癒やし、左手に不思議な紋様を施すのだった。目を覚ました直人は体調が回復したことを不思議に思いながら、昨日倒した狼の子供を発見する。狼の子供に襲われるが、いつの間にか浮かび上がった左手の紋様が輝き、狼を手懐(てなず)けることに成功する。狼に「ジョン」と名づけた直人は周囲を探索し、廃村を発見。そこで新たにウシくん、獄卒くんを手懐けたことで、自分の力を認識した直人はその力を使い、周囲を探索して食料を集める。直人は過酷な異世界に適応することで、価値観にも変化が起き、仲間たちとの平和な日々に強い充実感を感じていた。しかし突如、そこにエルフの軍隊が襲撃。仲間たちは次々と殺され、直人も新種の魔物として囚われの身となってしまう。
生き延びるため
エルフに囚われの身となった長坂直人だったが、彼の身を預かったルカン・アグラは、言葉こそ通じないが直人と意思疎通ができることに気づき、直人の調査を開始。この世界の魔物は「狂躁症候群」と呼ばれる呪いに蝕まれており、エルフを見たら魔物は例外なく凶暴化する。しかし直人にその兆候がないことから、アグラは直人が魔物ではないと考えるようになっていた。アグラは直人の監視に努めていたが、そこに巨大な魔物「大喰らい」が現れた知らせが届く。緊急事態であるため、アグラは直人を引き連れ、監視しながら事に当たることを決める。大喰らいは魚の養殖場近くで暴れ回っていたが、軍の攻撃の余波で養殖場の魚は大きな被害を被ってしまう。アグラは養殖場への被害を減らすべく、軍に交渉に向かうが、その最中、攻撃に巻き込まれそのまま湖に沈没する。直人も訳もわからず湖に沈んでしまうが、大喰らいに左手で触れたことで、彼を正気に戻す。大喰らいには高い知性が存在し、直人は大喰らいに助けられ、彼と対話。アグラはその一部始終を見て驚愕(きょうがく)するも、軍は大喰らいへの攻撃を続行し、大喰らいはそのまま死亡するのだった。直人はまたしても救えたはずの命が消え去ったことに強い喪失感を抱くが、落ち込むヒマもなく、エルフの重鎮であるパウロ・ラインゲルハントが現れ、直人の力に強い興味を抱く。パウロは付き人のドリフトの魔法によって直人の言葉を通訳し、交渉を開始。直人は自分の仲間を殺したパウロの言葉を一蹴するが、生き残りの獄卒くんが人質に取られていたことを知り、渋々彼の要求を飲み、魔物を手懐ける力を彼らのために使うことを約束する。そして直人はパウロに命令され、始まりの地である樹海に舞い戻る。
嘆きの迷宮
長坂直人はドリフトを引き連れ、始まりの地である「嘆きの森」に舞い戻る。直人は森を管理する森林管理調査本部の本部長であるバイリスクと会い、彼に森の現状を教えられる。直人はエルフたちへの恨みは捨てきれないものの、バイリスクの誠実な態度と、彼らの切羽詰まった現状を知り、力を貸すことを決める。そして直人はバイリスクの提案に従い、樹海の最深部にある、かつていた廃村に向かう。その旅路は数日がかりのものとなったが、道中、直人はみんなが寝静まった際に、不思議な少女と出会う。彼女の言葉に導かれた直人は、森の奥深くに存在する遺跡「嘆きの迷宮」にたどり着く。そして直人は、そこで少女から自分の左手に力を与えたのは「オズ」と呼ばれる存在で、彼女はその遣いだという話を聞く。オズのつかいはエルフに暴虐の限りを尽くされていたため、深い恨みを持っており、直人を自分の仲間にならないか誘う。しかし直人はこの提案を拒否し、逆に共に恨みに向き合って生きることを提案する。オズのつかいは直人の提案に悩み、再会を約束して直人と別れるのだった。帰還した直人は仲間たちと合流し、そのまま村へと向かう。村に着いた直人は仕事として新たに魔物たちの浄化を頼まれるが、直人の力が作用するのはあくまで魔物だけで凶暴な野生動物には効果がなかった。直人はそのことに気づいておらず、魔物とカンちがいしてオオヤマネコに力を使うも不発。直人は虎のように大きなオオヤマネコに襲われ、重傷を負ってしまう。直人は命の危機に瀕(ひん)するが、ドリフトの懸命な治療のお陰で九死に一生を得る。しかし直人の治療を担当したマシロは、そのみごとすぎる治療痕からドリフトがただのエルフではないと気づき始めるのだった。
新たな旅立ち
アウストラリス大陸の各国は巨大コウモリの魔物「バズズ」が復活したことで揺れていた。バズズはかつて軍事大国が軍を総動員しても倒せなかった化け物で、その力は一国をたやすく滅ぼすほどのものだった。クロノス国もバズズ復活に国内が揺れてきたが、パウロ・ラインゲルハントはこれを好機ととらえ、長坂直人の力でバズズを退けることを目論む。しかしパウロと対立する軍部は、バズズへの攻撃を強行。それによって大きな被害を出たため、パウロは準備不足のまま急遽(きゅうきょ)、バズズを直人のもとに誘導する。バズズは大喰らいと同じく知性がある魔物で、直人と対話するが、エルフを目にした瞬間、呪いが発動して暴れ回る。しかもバズズは毒を身にまとっており、近づく者を無差別に死に至らしめる力を持っていた。直人も迂闊(うかつ)に近づくことができず、暴れ回るバズズの力で次々とエルフは犠牲となっていく。そんな中、ドリフトは己の力を振り絞って彼らを助けるが、そのせいで「ハイエルフ」であることが露見してしまう。直人の気合とドリフトの尽力でバズズの呪いを鎮め、再びバズズを深い眠りにつかせることに成功するが、バズズによって受けた傷跡は深く、直人たちはこれからについて否応なく考えなければなかった。そして事ここに至った直人は、仲間たちのことも背負うことを決意。パウロに交渉を持ち掛け、己のできる方法で戦い始める。
登場人物・キャラクター
長坂 直人 (ながさか なおひと)
食品会社に勤務する営業マンの男性。年齢は27歳。長年の激務で食品を商品として煩雑に扱っており、食材への感謝の気持ちがなくなっている。交通事故に遭い、気がつけば異世界へと飛ばされる。樹海の中で孤立無援となったため、当初は食べるものもなく、食材を粗末に扱った自分への罰と思いながら、異世界を地獄と考えていた。行き倒れていたところで、オズのつかいから「オズの加護」をもらい、その力で魔物を手懐け、「嘆きの森」に生活拠点を作り出す。魔物たちに名前を付け、平和に暮らしていたがエルフの襲撃に遭い、仲間たちは殺されてしまう。新種の魔物として囚われの身となるが、パウロ・ラインゲルハントに獄卒くんを人質に取られ、その力を利用されることとなる。エルフたちの言葉を理解できないため、ドリフトの特殊通訳によって周囲と意思疎通する。パウロに対しては憎しみをあらわにするが、ほかのエルフたちとは交友を育み、少しずつ打ち解けていく。地球にいた頃は自分本位な言動が目立ったが、過酷な異世界生活で価値観に変化が起き、食材への感謝や仲間の大切さを実感するようになった。そのため仲間意識は人一倍強く、仲間の危機には身を呈して駆けつける。オズの加護は左手に複雑な紋様として現れており、左手で魔物に触れることで、その身を浄化することができる。オズの加護に関しては謎が多く、のちにオズのつかいに再会した際に、「オズ」と呼ばれる何者かの力によるものだと判明するが詳細は不明。
ジョン
タテガミシロオオカミの子供。長坂直人が異世界に来て最初に襲われ、直人がオズの加護で浄化した最初の魔物。直人が浄化したあとは懐いてきたため、直人が昔飼っていた犬の名前「ジョン」と名づけた。外見は白い毛並みに、頭の上から青い毛がトサカのように生えているのが特徴。オオカミの魔物で、野生動物のオオカミとの生存競争に勝ったが、近年は討伐によって数を減らし、絶滅に瀕しつつある。クロノス国ではすでに姿を消して久しいため、実はジョンは非常に珍しい存在。ゴブリンやウシくんたちと森で平和に暮らしていたが、エルフの襲撃によって仲間たちは全滅し、直人も囚われの身となってしまう。運よく襲撃から逃げ延びることができ、直人を探して樹海をさまよっている。
ドリフト
パウロ・ラインゲルハントに付き従うエルフの少年。銀髪をショートカットに整え、小柄な体格に似合わぬ分厚いコートを羽織り、帽子にサングラスをして素顔を隠している。一人称は「ボク」で、生真面目でおとなしい性格をしている。魔法をあやつることができ、「特殊通訳」の魔法を使って長坂直人が他者と会話できるように通訳している。パウロが直人の利用価値を認めて以降は、その役割から直人と行動を共にするように命じられ、ほとんどいっしょに行動している。特殊通訳以外にも「防御結界」など多彩な魔法をあやつることができるが、魔法を使うことはエルフにとって寿命を削るのに等しい行為であるため、周囲はなるべく力を使わせないように配慮している。しかしそれでも、ドリフトは仲間を守るために力を使っている。その正体はハイエルフの少女。クラウドの街で暮らしていたが、ある日、偶然にハイエルフの真実を知り、そのまま処分されそうになってしまう。だが、育ての親であるリバーサイドが尽力したことで、パウロの監視下に入るのと引き換えに温情として生かされた。ハイエルフは迫害の対象であるため、人前では正体を隠すように命じられており、ふだんはサングラスや帽子で素顔を隠し、厚手の服を着て少年っぽく振る舞っている。通常のエルフの数十倍の魔力を持つハイエルフであるため、魔法の負担もほとんどない。ドリフト自身も人の役に立つのが好きなため、魔法を使おうとするが、その正体を察しているバイリスクが魔法を使わないように釘(くぎ)を刺している。バズズとの戦いで仲間を守るため魔法を使い、正体が露見してしまう。粛清されかかるが、パウロが事態を収拾したため辛うじて首がつながる。処刑間近になった際には素の感情を出して取り乱すが、直人に諭され、落ち着きを取り戻した。
獄卒くん (ごくそつくん)
長坂直人が仲間にしたゴブリンの一人で、帽子をかぶっている男性。ゴブリンのことを知らなかった直人が、見た目が地獄の「鬼」や「獄卒」っぽい見た目から「獄卒くん」と名づけた。直人は仲間にしたゴブリン全員を「獄卒くん」と呼んでいたが、エルフの襲撃で帽子をかぶったゴブリン以外は全滅したため、最終的に彼の呼び名となった。ただ一人生き残ったゴブリンであるため、パウロ・ラインゲルハントによって人質に取られる。直人がパウロへの協力を約束したことで解放され、彼と共に樹海に舞い戻った。ゴブリンの言葉を話し、エルフの言葉を話さないため、長らく名前は不明だったが、本来の名前は「ディディ」。ゴブリンの中でも弓の名手として有名で、エルフ襲撃を目論む彼らにスカウトされるも、逆に争いを避けるように説得する。直人の力を借りて説得に成功し、ゴブリンの集落を味方につける。
パウロ・ラインゲルハント
クロノス国農水府の政務官を務める男性。種族はエルフ。鋭い目つきで、冷徹な性格をしている。専横を極める軍部とは対立関係にあり、彼らの権威が強化され、独裁体制になりつつあるのを危惧している。そのため、長坂直人の持つ魔物を手懐ける力を使って、軍部の権勢を削ぐことを目論んでいる。直人の力が軍部に渡るのを防ぐため、あらゆる手段を使って、直人の存在を隠蔽している。目的のためなら手段を選ばない冷酷な人物だが、国が間違った方向に向かっているのを憂慮し、正しい方向に導きたいと思っている。直人に対しても酷薄に接するが、交渉相手として認めており、直人が自分を恨みに思っているのを知りつつも、それを受け入れて接する度量の大きさを持つ。また、バズズとの戦いで直人が功績をあげた際にはそれを認め、彼をクロノスの国民として認めて国民権を与えた。
バイリスク
「嘆きの森」の森林特別保護区「森林管理調査本部」で本部長を務める中年男性。種族はエルフ。厳(いか)つい顔つきながら、まじめで誠実な人柄をしており、部下たちからも慕われている。また観察力が非常に鋭く、ドリフトの正体にもすぐに気づくが、政務官のなんらかの思惑があると考え、静観の構えを取っている。部下たちが次々と死んでいく今の仕事に人一倍責任と苦悩を抱えており、魔物を手懐けられる長坂直人の力には大きな期待を寄せている。一方で廃村の襲撃にかかわったエルフの一人で、直人の仲間を殺し回ったため、そのことを後悔し、直人に謝罪している。その人柄から直人とはすぐに和解し、彼からも慕われている。仲間意識が強いため、直人のことも心配しており、身を守る術を持たない彼の警護には気を使っている。しかし、実はエルフではない直人には魔物の狂躁症候群が発動しないため、直人はエルフといっしょにいる方が魔物の危険性が増す。のちのちルカン・アグラの指摘でそのことに思い至った際には、深く後悔している。バズズとの戦いでは、カレンダーをバズズの攻撃から庇(かば)って死亡した。
クロネゴ
「嘆きの森」の森林特別保護区「森林管理調査本部」で森林官を務める男性。種族はコボルト。コボルトは犬の頭にけむくじゃらの体を持つ二足歩行の種族で、クロネゴも黒と白の毛並みを持つ犬のような姿をしている。大柄な体格をしているが、気は優しく面倒見がよい性格をしている。体格に見合った怪力を誇り、荷物持ちなど雑用も積極的に引き受けている。また、ふだんはおとなしいが危機の際には仲間のために体を張るなど、非常に仲間思いな一面を持つ。長坂直人とドリフトといっしょに仕事をした際には、魔法を多用するドリフトのことを心配し、直人に魔法を使う危険性を教え、ドリフトにも多用しないように忠告した。森林官の中ではかなり優秀な人物で、バズズの戦いでバイリスクが死亡したあとは、その任を引き継ぎ、新たな本部長となった。
カレンダー
「嘆きの森」の森林特別保護区「森林管理調査本部」で森林官を務める男性。種族はエルフ。髪を長く伸ばした優男で、まじめな性格をしている。妹を魔物に殺されたため、魔物に対して強い憎悪を抱いているが、一方で森林官の仕事をしているうちに自然界での魔物の役割を考えるようになり、エルフの中では比較的魔物に対して柔軟な考えを抱いている。そのため長坂直人への態度も穏和で、すぐに意気投合した。直人のことは仲間として認めており、彼に辛らつに接するレソトとは対立することが多い。バズズとの戦いでは直人を助けるため、バズズを攻撃するが、そのせいで反撃を食らう。直撃寸前にバイリスクに庇われたことで命は助かるが、目の前で尊敬する上司が死亡したことで心に大きな傷を負い、再起不能となる。バズズの襲撃事件解決後は養生のため樹海を離れた。
レソト
「嘆きの森」の森林特別保護区「森林管理調査本部」で森林官を務める中年男性。種族はエルフ。右目に眼帯を付け、あごひげを生やしており、粗野な言動が多い。同期が全員魔物に殺されたため、魔物への復讐(ふくしゅう)心が人一倍強く、魔物を仲間にする長坂直人に対しても否定気味なスタンスを取っている。そのため、直人が来てからは森林官の仕事にやる気を失い、仕事をサボって直人に悪態ばかりついていた。拠点内をうろつく獄卒くんを見て、我慢が限界に達し、衝動的に彼を殺そうとする。しかしその直前に、オオヤマネコが獄卒くんに襲い掛かったため、反射的にオオヤマネコを倒し、彼の窮地を救う。それによって獄卒くんに懐かれ、行動を共にするあいだに、彼も仲間を全滅させられた同じ境遇だと思い至り、徐々に自分の中の復讐心に折り合いをつけていく。
マシロ
「嘆きの森」の森林特別保護区「森林管理調査本部」で森林官を務める女性。種族はエルフ。髪をベリーショートにセットし、口元にホクロがある。気遣い上手な性格で、当初は長坂直人に対しても魔物として接していたが、彼の仲間に対する態度を見てすぐに接し方を改め、何かと気に掛けている。直人がオオヤマネコに襲われ大ケガを負った際にも、その手当を担当したが、ドリフトの応急手当の治療痕から彼女の正体がハイエルフであると察する。ドリフトの正体がバレないように人知れずフォロー役となり、彼女の言動に気を使っている。またドリフトの正体が露見した際も、彼女のことを庇っている。
ルカン・アグラ
クロノス国の水産調査局に所属する男性。種族は魚人(マーマン)。魚人は魚の特徴を色濃く持つ種族で、ルカン・アグラも人型の体に魚の頭と青い鱗(うろこ)を持つ姿をしている。視野が広く、直人の身柄を新種の魔物として預かるが、すぐにその立ち振る舞いからふつうの魔物でないことを見抜く。その直後に、大喰らいの事件で直人の力を目の当たりにする。農水省のパウロ・ラインゲルハントとつながっており、彼の意を汲(く)んで直人の力については他言無用を貫く。直人の力を嗅ぎつけた公安に拘束された際も、直人の力について尋問されるが黙秘を貫いた。解放後は農水府からの指示で、直人の身柄を公安から守るべく、彼のもとに合流した。
ルイ
クロノス国の水産調査局に所属する男性。種族は魚人。非常に小柄な体型で、子供くらいの背丈しかない。まじめな性格ながら、臆病で融通が利かない。長坂直人のことも新種の魔物と聞いていたため怯(おび)えて近づかず、交流を取れずじまいだった。魚人だが泳げないらしく、泳げない魚人として驚かれている。
大喰らい (おおぐらい)
ベコニア湖に生息する魔物。「ヨウサイナマズ」と呼ばれる体長20メートル以上の巨大ナマズで、目が四つもある。魚のような見た目をしているが、肺呼吸する哺乳類。狂躁症候群で正気を失っており、いくつもの船を沈めたため、エルフたちからは「大喰らい」の名で呼ばれている。ベコニア湖にある魚の養殖場付近で暴れたため、水産調査局に連絡が入り、ルカン・アグラが現場に駆けつける。その際にたまたま同行していた長坂直人の力で浄化され、正気に戻る。実は高い知性と魔力を持ち、魔法も使える。特殊通訳の魔法を直人に掛けて彼と対話し、湖に溺れた彼を陸まで届けた。陸に届けたあとは、クロノス軍によって銃撃され死亡する。正気を失ったとはいえ、生存に必要なく命を奪ったことを後悔しており、直人に自分たちを呪いから救ってほしいと言葉を遺して息絶えた。
バズズ
魔大陸より飛来した未知の魔物。巨大なコウモリの姿をした魔物で、骨格が「魔石」と呼ばれる特殊な鉱石で形成されており、通常のエルフの10万倍以上の魔力を持つ。体中から毒ガスを放つことができ、同族以外は近づくこともできない。高速で飛行し、その魔力で大破壊をもたらすため、「通れば国が滅びる」とすらいわれている。魔力を使い果たすと「冬眠」と呼ばれる数十年にわたる休眠状態となるが、その際には体が石となる。この石は非常に強固で、破壊は不可能。かつてアウストラリス大陸に飛来してきた際には、北の軍事大国「メガラニア」が総力を結集しても倒すことができず、冬眠させることに成功しただけだった。冬眠から目覚めた際にはメガラニアは倒すことを早々にあきらめ、国から追い払うのに注力した。その結果、クロノス国に襲来。 パウロ・ラインゲルハントは長坂直人の力でバズズを浄化することを目論むが、軍部が独断で攻撃。軍部が投入したハイエルフの集団を蹴散らしつつ、クロノス国で暴れ回る。パウロの手勢によって樹海に誘導させられ、直人に浄化された。実は大喰らいと同じく知性を持つ魔物で、人間の言葉も解する。世界の最南端にいる女の子と約束し、万病に効く「石の花」を探し回っていただけで、狂躁症候群によって暴れていたのはバズズ本人にとっても不本意なもの。直人によって浄化されたことを喜ぶが、「石の花はなかった」ことを女の子への言伝(ことづて)として頼んで、再び冬眠についた。
ウシくん
長坂直人が仲間にしたベヒーモス。ベヒーモスは全身を鎧(よろい)のような皮膚で覆われた巨大牛の魔物で、体高は7メートル前後、全長は尻尾もあわせると30メートルにも及ぶ。狂躁症候群によって暴れ回るため、一般的には見た目通り気性の荒い生き物と思われている。しかし、本来はおとなしい生き物で、争いを好まない。直人によって浄化されたあとは、彼となかよくなり、彼から「ウシくん」と呼ばれている。仲間たちと穏やかに暮らしていたが、エルフの襲撃の際に、彼らに反撃するも、パウロ・ラインゲルハントの攻撃で頭をつぶされて死亡した。死後はあまりに大きな体から動かすこともできず、そのまま放置されており、直人がのちに骨となった遺骸を見て涙している。バズズとの戦いで直人が死にかけた際には、直人の前に幻影として現れ、彼を現世に送り出した。
オズのつかい
「オズ」と呼ばれる存在に仕える少女。種族は不明だが、金髪に褐色肌をしたダークエルフに近しい見た目をしている。「嘆きの迷宮」の守護者で、エルフたちからは「嘆きの魔女」と呼ばれている。かつてエルフの軍勢に攻め込まれ、彼らにツカイをすべて壊されて、暴虐の限りを尽くされる。その際の怒りと悲しみによって、大樹海化を引き起こし、迷宮を中心とした半径300キロ範囲は樹海と化した。エルフの軍勢は大樹海化によってほぼ全滅させたため、現在も迷宮の中に留まっているとされる。迷宮の守護者は外に出ると死亡し、「エルフバースト」を引き起こすとされるが、オズのつかい自身は満月の時のみ外出することが可能。そのため、長坂直人が初めて異世界に舞い降りた日の夜に、気を失った彼のもとに現れ、「オズの加護」を与えた。エルフに略奪されたため、衣服の類を持っておらず、つねに全裸。直人やジョンのことを気に掛け、彼らには親し気に接するが、エルフに対しては未(いま)だに憎しみの火を灯(とも)らせており、彼らを皆殺しにしようと思っている。満月の日に再び直人の前に姿を現し、彼と対話。直人に自分の記憶を見せたうえで仲間に誘うが、逆に直人に憎しみに向かい合って違う道を探すことを提案される。直人の言葉に心揺れるが決断することができず、次の満月の日に再会を約束して別れた。
場所
クロノス国 (くろのすこく)
アウストラリス大陸の最西端に存在する国。エルフやその亜種によって納められる国で、文明レベルは高く、列車や銃が存在する。一方で魔物や戦争の被害によって深刻な環境破壊が起きていたり、官僚の腐敗が横行しているため、国としての屋台骨は揺らいでいる。パウロ・ラインゲルハントは特に軍部の専横によって独裁国家化しつつあるのを危惧しており、長坂直人の力で魔物を手懐け、嘆きの魔女を懐柔することで樹海化の力を手にし、国土を再生することでこの危機を乗り越えようと目論んでいる。
嘆きの迷宮 (なげきのめいきゅう)
クロノス国に存在する迷宮。樹木に覆われた巨大な神殿で、かつては「守護者」と「ツカイ」と呼ばれるカラクリ兵士に守護されていたが、5年前にクロノス軍の襲撃によって攻略された。神殿の中枢には「結界陣」と呼ばれる魔法陣が存在し、これが異世界から魔物たちを呼び寄せ、ツカイたちを動かしているとされる。クロノス軍の攻撃によって結界陣は破壊され、神殿の機能は停止した。しかしその際、神殿の守護者である「オズのつかい」の怒りに触れ、大樹海化を引き起こした。これによって半径300キロ範囲、クロノス国の一割が樹海に覆われ、多大な被害を出した。この樹海は現在、「嘆きの森」と呼ばれている。嘆きの森は独自の生態系を築き、魔物たちの巣窟と化している。クロノス国は魔物被害を少しでも減らすため、「森林官」と呼ばれる役職を作り出し、樹海を少しでも人の手に取り戻そうとしている。迷宮はほかにも各地に存在し、守護者の存在も広く知られている。守護者は迷宮の中でしか生きられず、外に連れ出すと死亡してしまう。また守護者が死ぬと「エルフバースト」という現象を引き起こすため、エルフたちは守護者をなるべく殺さずに無力化しようとする。
その他キーワード
魔物 (まもの)
強力な力を持つ未知の生き物。野生動物とは違う生き物で、本来は別の世界にいたものが、なんらかの理由でやって来て定住している。オオカミやコウモリといった野生動物に近いものだけではなく、ゴブリンのように人に近しい種族も魔物と分類される。野生動物との明確な違いはただ一点で、魔物は例外なく「狂躁症候群」と呼ばれる呪いを発症し、エルフとその近縁種を見かけたら発狂して暴れ回る。このため魔物の被害は深刻で、人々は魔物を倒すため、日夜研究を続けている。また、魔物の中には高度な知性と強力な魔力を持ち、魔法をあやつる者も存在する。しかし、そんな強力な魔物も呪いに抗(あらが)うことはできず、エルフを見かけたら正気を失って暴れ始める。魔物たちにとっても呪いは不本意なもので、できれば暴れたくないと思っている。狂躁症候群を解呪する方法はなかったが、長坂直人の持つ「オズの加護」が唯一の解呪方法として発見される。解呪された魔物は正気を取り戻し、直人に対して友好的となる。ただし、あくまでオズの加護が有効なのは魔物のみで、野生動物には効果はない。熊や虎のようないかにも凶暴な姿をしていても、魔物とは限らない。凶暴な野生動物に迂闊に手を出せば当然ながら反撃されて大ケガを負うため、オズの加護は野生動物か魔物か見極めて使う必要がある。
狂躁症候群 (きょうそうしょうこうぐん)
魔物が例外なく発症する謎の現象。エルフとその近縁種を見かけたら正気を失って、ひたすら襲い始める現象で、その有様から「病」とも「呪い」ともいわれる。狂躁症候群を引き起こした魔物は、エルフたちを食べる訳でもなく、エルフに逆襲されるという危険があろうとも、必ず襲い掛かる。このため生存に必要のない行為であるため、知性ある魔物たちも狂躁症候群を「呪い」と呼んで、嫌っている。狂躁症候群を治療する方法はなかったが、長坂直人の「オズの加護」が持つ浄化が唯一効果があると発見される。
エルフ
異世界の住人。見た目は人間とそっくりだが、耳が長いのが特徴。また魔力を持っているため、「魔法」と呼ばれる特殊な現象を引き起こすことができる。ただし、魔法を使うには高い魔力と集中力が必要で、エルフが魔法を多用すると大きく消耗し、寿命も短くなる。魔法は魔物を使うこともでき、高い魔力を持つ魔物であればほとんど負担もなく、呼吸のように自然に魔法を使うことも可能。コボルトや魚人は明らかにエルフと見た目が違うが、起源を同じくする種族で「近縁種」として扱われている。
エルフバースト
「迷宮の呪い」とも呼ばれる現象。迷宮の守護者が死ぬと引き起こされる現象で、エルフバーストが起きると周囲の1万人のエルフが別の種族に変化する。この変化は遺伝子レベルで行われるため、元に戻すことは不可能。コボルトや魚人もこのエルフバーストで生まれたとされる。変化した種族は元はエルフだが、遺伝子レベルではまったく別の種族であるため、同種族以外では繁殖はできない。エルフはなんらかの目的で各地の迷宮を攻略しているが、エルフバーストを引き起こさないため、守護者は殺さない方針を取っている。迷宮やエルフバーストに関しては日夜研究が続けられており、それらは「世界軍神連合」と呼ばれる組織がまとめている。
ハイエルフ
エルフから生まれる突然変異。コボルトなどと同じく「エルフバースト」によって生まれるが、ほかの種族に比べて遺伝的にエルフに近い。見た目はほとんどエルフと変わらないが、目が重瞳で、頭から虫の触覚みたいなものが生えている。ただし、ハイエルフは平均的なエルフの100倍から1000倍ほどの魔力を持ち、死ぬ間際に「魔力の暴走」と呼ばれる現象を引き起こして大爆発を引き起こす。寿命も短く、ほとんどが20歳までしか生きられないため、大陸中の国で魔物として扱われ、迫害の対象となっている。ほかの種族に比べて遺伝的に近しい関係であるため、エルフとハイエルフのあいだなら子を成すことができるが、優性遺伝からほとんどハイエルフが生まれる。クロノス国はハイエルフを排除していない数少ない国だが、それでもハイエルフが増えないように「クラウド」と呼ばれる場所に隔離されて育てられている。
ツカイ
迷宮を守るカラクリ兵。体長4メートルほどの人型兵器で、迷宮と守護者の保全を目的として稼働している。非常に高い文明によって作られた存在で、レーザー砲を腕に内蔵し、戦闘能力はかなり高い。また目に当たる部分から、さらに強力な破壊光線を放つこともできる。迷宮ははるか昔より存在しているが、ツカイは迷宮深部にある結界陣と連動しており、その力で己を修復し、現在も万全の状態で稼働している。逆に結界陣は動力にもなっているため、結界陣を破壊されると、たちどころに活動停止する。迷宮の規模にもよるが、一つの迷宮におおよそ数十から数百体いるとされる。
アントベア
熊の魔物。体長2メートルから4メートルほどの大きさを持つ熊で、額から尻尾にかけて、背中側が鱗に覆われている。この鱗は非常に強固で、猟銃程度の銃弾であればふつうに弾(はじ)いてしまう。狂躁症候群になると非常に凶暴となり、見た目の凶悪さもあって獰猛(どうもう)な種族と思われているが、実は本来は非常におとなしい種族。長い舌と爪を持ち、これでふだんは昆虫を主食にして生活している。
冬虫夏草 (とうちゅうかそう)
クモの魔物。植物に寄生し、姿かたちを変える魔物で、虫と植物の中間の性質を持つ。寄生する植物によって姿かたち大きさを変えるため、外見は個体差が激しい。ふだんは寄生した樹木に擬態しているが、虫部分の皮膚から特殊な粒子を花粉のように飛ばし、これで動物をおびき寄せる。粒子は獣にとってとても心地よく、粒子に近づけば近づくほど、獣は恍惚(こうこつ)となって意識を失っていく。最終的に動けなくなった獣を冬虫夏草は糸で捕縛し、そのまま捕食する。食物連鎖において天敵となる存在はおらず、その擬態能力から自然界では無敵に等しいが、その生態はすでにエルフたちに研究され尽くされているため、発見次第真っ先に駆除される。冬虫夏草の粒子はコボルトにも効果があるため、冬虫夏草の近くにはコボルトは近づかないように警告されている。
書誌情報
大樹海のモンスターパートナー 浄化スキルで魔物保護生活 全4巻 KADOKAWA〈MFC〉
第1巻
(2019-02-22発行、 978-4040655512)
第2巻
(2019-07-22発行、 978-4040658032)
第3巻
(2019-08-23発行、 978-4040658728)
第4巻
(2020-01-23発行、 978-4040643687)