あらすじ
千夜との出会い
両親のいない孤独な少年の蓮沼夕は、父親の弟である蓮沼涼と二人暮らししていた。そんなある日、涼が心身ともに体調を崩して入院することになり、夕は自宅で保険証を探しているうちに蔵へとたどり着く。涼には蔵にだけは入るなと念を押されていたが、すでにほかの場所はあらかた探し終え、あとは蔵を残すのみとなった。そこで夕は、奇妙な光景を目にする。蔵の中は怪しげな儀式が行われていた形跡があり、さらにそこに描かれた魔法陣から、角と触手の生えた若い女性が現れたのである。そして、「千の仔孕む森の黒山羊」と名乗る彼女は、夕こそが自分を呼び出した人物だとカンちがいしていた。彼女に願いを尋ねられた夕は死を覚悟するが、彼女に自分の家族、つまり姉になってほしいと願う。これを聞き入れた彼女は、その日から「夕暮れ」を意味する夕の名前にちなんで「終わらない夜」を意味する千夜と名乗るようになる。そして夕の希望どおり、姉として夕との生活を始めるのだった。しかし千夜は、これまで人間に召喚されたことはあっても人間の世界で暮らしたことはなく、現代の常識についてはまるで知らずにいた。そこで夕は、まずは千夜が現代日本で問題なく暮らせるように、食事の作り方から教えることにする。
謎の写真
蓮沼夕と千夜の同居生活が始まってからしばらくたったが、蓮沼涼は回復せずに錯乱状態のままだった。そんなある日、夕と千夜は料理中、不審な生き物を目にする。夕はこれをネズミだと考えて駆除しようと蔵へ向かうが、なぜか千夜は浮かない様子で、夕は不思議に思う。実は千夜が呼び出された日、いっしょに別の化け物も召喚されていた。これは千夜の遣い魔なのだが、千夜は夕が怖がると考え、存在を隠していたのである。夕がこれ以上蔵を調べるのはまずいと判断した千夜は、夕を気絶させて記憶を奪い、その日のうちに遣い魔をすべて殺して、証拠隠滅を図るのだった。この直後、夕が涼のお見舞いに行くと、ひまわりの花が生けられていることに気づく。しかし、見舞客に心当たりはなく疑問に感じていると、涼が声を掛けてくる。この時の会話で、涼が何やら手紙を必要としているらしいと判断した夕は、ひとまず自宅にある手紙を全部持っていこうと探すが、その途中で破られた写真を発見する。そこには涼と、顔部分が破られた一組の男女が写っていた。これがきっかけで、夕は千夜に亡くなった両親の話をするが、これを聞いた千夜は、はたして自分が本物の家族にも負けない存在になれるのかと、不安を感じるようになる。
ひまわりの花
蓮沼夕は、先日手紙を探した際に保険証を発見し、病院で手続きを行っていた。その途中で、夕はひまわりの花を持った女性とすれ違い、彼女こそが蓮沼涼のお見舞いに来ていた人物なのではないかと考える。しかし夕が振り向くと、彼女は消えるようにいなくなっていた。そのまま夏は過ぎ、夕は千夜と楽しい時間を過ごすが、ある日、夕は両親の葬式の日を夢に見てうなされる。千夜を心配させたくない夕は、この件をごまかそうとするものの千夜はゆずらず、ひとまず体調も悪そうなので、一度病院で見てもらう方がいいと勧められる。後日、夕が病院に行くと、先日すれ違ったひまわりの花の女性と再会する。陽と名乗った彼女は、夕が涼の関係者であることを確認するとその場を去っていくが、夕は陽に強い恐怖を覚える。陽にはどこか不気味な雰囲気があり、さらになぜか名乗る前から夕の名前を知っていたからだった。夕は不安を感じながらも帰路を急ぐが、背後に不気味な気配を感じ、動けなくなってしまう。しかし、そこにいたのは夕の匂いに惹かれてやって来た名もない怪異で、その怪異を祓い助けてくれたのは、同じく匂いに惹かれてついて来ていた陽だった。
陽
千夜は、蓮沼夕といっしょにいた陽を敵とみなし、拷問にかけていた。しかし夕は、千夜にとって陽は害獣同然であると理解しつつも、これに納得できずにいた。虐げられて邪魔者扱いされる陽の姿が、親戚の家を転々としていた頃の自分と重なったからである。そこで夕は千夜に頼み、今後陽はいっさい夕に危害を加えないという条件で、陽を解放してもらう。それ以来、陽は度々蓮沼家を訪れるようになるのだった。そんなある日、夕は陽を蔵へ招くが、そこは以前とは違ってきれいに掃除されていた。これが千夜の手によるものだと知った陽は、呆然としつつも帰っていく。一方の夕は片づけられた蔵を見て、陽が泣いていたことに気づくのだった。その後も陽は何事もなかったかのように蓮沼家を訪れ、千夜とは喧嘩ばかりしながらも打ち解けていく。千夜は陽の体から、夕ではない別の男性の匂いがしており、その男性こそが陽の思い人であると理解し、以前よりも警戒を解くようになっていた。そして8月も終わりに近づいたある日、夕と千夜は花火大会にいっしょに出かける約束を交わす。
涼と陽子
時はさかのぼる。少年時代の蓮沼涼は、涼の自宅で療養している従姉の蓮沼陽子にひそかに思いを寄せていた。しかし陽子は、涼の兄の蓮沼翔と交際しており、涼は思いを秘めたまま、二人の交際を見守っていたのである。やがて陽子と翔は、親戚からの反対に遭いながらも結婚し、蓮沼夕が生まれる。しかしある日事故に遭い、夕を遺して二人は亡くなってしまう。涼はその日からこの現実を受け入れられず、怪しげな魔術や儀式に傾倒するようになる。涼は禁忌を犯してでも、陽子を蘇生させたいと考えていたのだ。それから月日がたち、涼は14歳となった夕と同居を始めていた。そんな中、涼はついに儀式に成功する。これによって涼は魔法陣の中に吸い込まれ、その中で名状しがたい姿をした化け物に遭遇する。それを見て涼は発狂しそうになるが、陽子にそっくりな姿をした女性に出会い、彼女を陽子とカンちがいしたまま、意識を失うのだった。だがこの時、涼が陽子だと思っていたのは、涼によって召喚された陽だった。この日から涼は入院することになり、毎日陽が見舞いに行っていたのである。そんなある日、涼はついに陽に対面するが、すぐに陽は陽子と同じ容姿をしているだけの別人であると気づき、陽を殺そうとする。
登場人物・キャラクター
蓮沼 夕 (はすぬま ゆう)
茨城県に住む中学生の男子で、年齢は14歳。蓮沼翔と蓮沼陽子の息子。茶色のショートヘアで瘦せた体型の、中性的でかわいらしい雰囲気の少年。顔は陽子に非常によく似ている。両親を5歳の時に亡くしており、それ以来親戚の家を転々として暮らしてきた。14歳の初夏からは翔の弟で、陽子の従弟でもある蓮沼涼と二人暮らししていた。このような境遇から、周囲に迷惑を掛けることを極端に恐れており、他者に対してはできるだけ自己主張せず、静かに振る舞っている。しかしこれが裏目に出てしまうことが多く、かわいげがない、他人行儀であるととらえられ、どの家でもうまくいかずにいた。それでも蓮沼家では、涼の自分への無関心さもあり比較的問題なく暮らしていたが、同居を始めてしばらくたった14歳の初夏のある日、涼が体調不良で入院してしまう。この時涼の保険証を探しているうちに、涼がひた隠しにしていた謎の儀式の痕跡を発見。その儀式によって召喚された千夜と、姉弟としての生活を始めることとなる。ふだんは甘えるのが苦手ながら、幼くして両親を亡くしたことから、心の奥底では家族というものへのあこがれが非常に強い。千夜が姉として振る舞うのも、夕の願いが「姉が欲しい」というものだったからである。また、陽子が亡くなった時は蓮沼夕自身がまだ幼かったため、陽に出会った時も、すぐに彼女が母親と瓜二つであることには気づかなかった。
千夜 (ちよ)
クトゥルフ神話に登場する豊穣の女神「千の仔孕む森の黒山羊」。黒のストレートロングヘアで頭に山羊に似た角を生やした、スタイル抜群の美しい若い女性の姿をしている。右目尻にほくろが一つあり、耳が尖っている。髪の毛は触手となっており、房ごとに自由に動かすことが可能で、角を消したり、耳と髪の毛を人間のそれのように見せたりすることもできる。ある年の初夏、蓮沼涼が蓮沼陽子をよみがえらせたいという願いを叶えるために召喚される。しかしその時すでに涼は入院中で、代わりに自分を発見した蓮沼夕の願いを聞くこととなる。そこで夕が「自分の姉になって欲しい」と願ったことから、「夕暮れ」を意味する夕の名前にちなんで「終わらない夜」を意味する「千夜」と名乗り、以来、夕の姉として振る舞うようになった。しかし、これまで人間に召喚されたことはあるものの、人間の世界の常識には疎く、姉というものが、家族の中でどのような振る舞いをする存在なのかも知らなかった。そこで現代日本の暮らしを、夕や周囲の情報から一つ一つ学んでいくこととなる。夕のことは、初対面から変わった男性だととらえており、願いを聞き入れる前から気に入っていた。そのため、夕の姉となってからはさらにその愛情が深まり、目に入れても痛くないほどに溺愛している。これにより、夕に危害を加える者に対しては、たとえ虫一匹でも容赦しない。人間とはものの考え方が本質的に異なるため、無慈悲で恐ろしい一面を見せることも多い。その反面、人間社会になじめていない自分にコンプレックスを感じており、早く人間社会を理解し、夕にふさわしい姉になりたいと願っている。
陽 (はる)
クトゥルフ神話に登場する「ティンダロスの猟犬」。象牙色のウエーブボブヘアで、スレンダーな体型にセーラー服を着ている。蓮沼陽子の高校時代とまったく同じ姿で、陽子同様、首筋にほくろが一つある。本来は陽子の体に、3対の獣の耳と鱗に覆われた長い尾、肥大したいびつな牙を生やした姿をしている。その本来の姿から、千夜には「野良犬」と呼ばれており、陽自身もこれを自称している。ある年の初夏、蓮沼涼が陽子をよみがえらせたいという願いを叶えるために召喚される。この時、涼の願いを直接聞く前から理解し、彼の願いそのものである、陽子の姿で活動するようになる。しかしこの時、涼は錯乱して入院中で話をすることもできなくなったため、度々お見舞いに訪れてはひまわりの花を生けていくだけにとどめていた。そんなある日、蓮沼夕と知り合い、彼にちょっかいをかけようとしたところ、千夜に見つかる。そのまま拷問にかけられるが、夕がこれを止めたことで解放され、それからは頻繁に蓮沼家にやって来るようになる。容姿は陽子とまったく同じだが内面は異なり、中性的な話し方をする。また、陽子と違って犬歯が犬のように発達しており、考え方も人ならざるものらしく達観している。
蓮沼 涼 (はすぬま りょう)
蓮沼夕のおじ。蓮沼陽子の従弟で、蓮沼翔の弟。肩につきそうなほどのぼさぼさの髪で無精ひげを生やし、全体的に疲れ切った雰囲気を醸し出している。学生時代から本を読むのが好きで、さまざまな言語の本を自力で翻訳しながら、色々なことを学んでいた勉強家。長らく陽子にひそかに思いを寄せていたが、中学生の頃には陽子と翔は交際していたために胸に秘め、二人の関係を応援していた。また、翔が陽子と自由に暮らせるように、自分は実家にとどまる選択をし、大学卒業後は地元の茨城県で働いていた。そんなある日、陽子と翔が亡くなり、この現実を受け入れられずに怪しげな魔術や儀式に傾倒。陽子をよみがえらせる目的で千夜を召喚するが、この時に陽とも出会う。だが、千夜に願いを伝える前に気を失って入院してしまい、願いを叶える権利を夕にゆずってしまう形となる。
蓮沼 陽子 (はすぬま ようこ)
蓮沼夕の母親で、蓮沼翔の妻であり、故人。蓮沼涼の従姉にあたる。象牙色のウエーブボブヘアにスレンダーな体型をしており、顔立ちは夕とよく似ている。首筋にほくろが一つある。病弱だが明るく穏やかな性格で、涼をはじめとする年の近い親戚たちに非常に慕われていた。しかし、従姉弟の関係である翔と恋仲になったことによって家族から交際を反対され、翔と二人で地元を去り、その後結婚した。やがて生まれた夕のことは非常にかわいがっていたが、夕が5歳の時に事故で亡くなった。
蓮沼 翔
蓮沼夕の父親で、蓮沼陽子の夫であり、故人。蓮沼涼の兄にあたる。茶色のショートヘアで、夕とは髪色や髪質が似ている。明るく爽やかな性格で、陽子と共に年の近い親戚たちに非常に慕われ、太陽のような人物だと評されていた。しかし、従姉弟の関係である陽子と恋仲になったことで家族から交際を反対され、陽子と二人で地元を去り、その後結婚した。やがて生まれた夕のことは非常にかわいがっていたが、夕が5歳の時に事故で亡くなった。