あらすじ
機械やプログラミング技術に長けている主婦、鵯ソラの夫、鵯宇一は、宇宙に浮かぶコロニーで病死した。人工知能を搭載したロボットの息子、宙二郎の助けを借りて無事に遠隔葬儀を終える。そして一息ついたソラは、一人暮らしをしている義母と連絡を取り、遺骨を渡すために鵯家の代々のお墓がある地球へと旅立つのだった。(第1話「BONE IN SPACE」)
鵯ソラは旅の道中で、夫である鵯宇一のプロポーズを受けた頃の記憶を思い起こしていた。ソラが宇一と共に向かった実家は、宇宙開拓時代に人類の血を次代へ伝えるための「箱舟」的な実験施設だった。施設で生まれ育ち、母親代わりのロボットと二人で過ごしてきたソラは、機能を停止した母親と再び会話したいと願い、独学で高度なプログラミング技術やハッキング技術を身につけていた。ひとしきり自らの出自にまつわる身の上話をしたソラは、宇一のプロポーズを受け入れ、母親の遺伝素子を持って実験施設を去るのだった。(第9話「宙の血統」)
登場人物・キャラクター
鵯 ソラ (ひよどり そら)
宇宙コロニーで暮らしている主婦。機械全般の造詣が深く、プログラムやハッキングの技術にも長(た)けている凄腕(すごうで)の技術者。能天気でがさつな性格ながら、興味のある事柄にはこだわりが非常に強く、寝食を忘れて没頭することもある根っからの職人気質。夫の鵯宇一を病気で失い、遺骨を義母に渡すために人工知能を搭載したロボットの息子、宙二郎と共に地球へと旅立つ。宇宙開拓期に宇宙の各所に作られた、人類の血筋を残すための実験施設で生まれ育った、いわゆる試験管ベイビー。各種の高度な技術はすべて独学で習得したが、鵯ソラ自身の技能は私利私欲のためにしか使わないのをポリシーとしている。ロボットやコロニー管制のために使用されるリンジンの回路の制御権を奪い、自在にあやつれる謎の「呪文」を扱えるとされ、ほかの技術者からは「リンジンの魔女」という呼び名で、半ば都市伝説的な存在として噂されている。ただし、ソラ自身が「呪文」を使うことを公言したことはない。その危険性の高さからひそかに公安にマークされており、地球へ向かう道程で公安部特械課警部のライト・リーに拘束・連行されそうになったが、ソラが「呪文」を使ったようなそぶりを見せた瞬間にリーの護衛ロボットがすべて破壊されたため、リーの手を逃れることに成功する。
宙二郎 (ちゅうじろう)
高度な人工知能を搭載したロボットでリンジンの一種。鵯ソラの息子として扱われている。顔代わりのモニターから4本の触手が生えているという、レトロかつコミカルな風貌をしている。ソラが自作したため、ほかのリンジンとは雰囲気がだいぶ異なる。日々の細かい雑務から、ソラの会話の相手まで務めている。一般的に流通しているロボットよりも高性能で、会話内容もウイットに富んでおり、人の心の機微にも敏感に反応する。また、言動は亡くなった鵯宇一によく似ており、回りくどい言い方をすることも多い。その存在が宇一を失ったソラの心の支えになっていた。別の体を子機として設定することで、本体とは別に独立した活動をさせることもできる。ソラの健康を案じており、何かとズボラな彼女に説教をすることもあった。観察日記と称したソラに関する日誌を日々書き記している。
鵯 宇一 (ひよどり ういち)
鵯ソラの夫。コロニーの技師を務めていた。故人。優しく温厚な性格で、物事に動じない肝の据わったところがある。簡単に説明できることも、ついつい回りくどい言い方をしてしまうことがある。一風変わった性格のソラにほれ込み、彼女にプロポーズした。ソラの出自を知ってもまったく動じることはなく、プロポーズの返答を要求していた。結婚後はソラとラブラブで幸せな生活を送っていたが、重い病に侵され闘病の末に亡くなった。
ライト・リー
公安部特械課警部に所属する公務員の女性。上層部から「リンジンの魔女」を見つけ出し、身柄を拘束するように指令を受けている。鵯ソラが最初の寄港地であるイオア港に立ち寄った際に彼女に目星をつけ、公安の護衛ロボットを使ってソラを拘束しようとした。しかし、コロニーに降り注ぐ日光が突如として光学兵器と化し、公安の護衛ロボットをすべて破壊したため、ソラを取り逃してしまう。
キンバリー・マダン
地球へ向かう渡航船の乗員の女性。客橋ユニット「ニイノ」の機関長を務める。無造作にまとめた短髪をポニーテールにしている。機関士としての腕は確かで、やることなすことが豪快な、スケールの大きい人物。ただし口調が乱暴で、勤務態度も不真面目なのが玉に瑕(きず)。10年ほど前に機関士として働いていた鵯ソラの上司にあたり、今なおソラとの交流は続いている。地球に旅立ったソラが偶然ニイノに乗り込んでいることを知り、高級料理店でもてなしていた。
イキュ・ツウイ
宇宙船のパーツを開発・販売しているダウチテクノに勤める男性。技術営業を担当している。生真面目かつマメな性格で、依頼人に対し内心では愚痴をこぼしながらも、きっちり自らの仕事をこなしている。数学が得意で、観察力に長けて勘も鋭い。たまたま客橋「ニイノ」に乗船した際に、機関長を務めるキンバリー・マダンのもとに足を運んでは、自社製品の確認をしていた。上司の又肩アカシから「リンジンの魔女」のことを聞かされて以来、魔女の存在が気にかかっている。鵯ソラがライト・リーの追跡をコロニーの光を利用して回避した現場を狭所点検用ロボを通じて目撃しており、ソラが噂の魔女であることを確信し、アカシに報告した。
又肩 アカシ (またかた あかし)
宇宙船のパーツを開発・販売しているダウチテクノに勤める男性。技研局長を務めている。はげ頭の強面(こわもて)ながら、アンティークな眼鏡をかけている洒落者(しゃれもの)。好奇心旺盛な性格で、「無理があるは夢がある」を座右の銘にしている。技術者のあいだで都市伝説となっている「リンジンの魔女」に強い興味を抱いており、引退を間近に控えているにもかかわらず、その正体を探ろうとしている。イキュ・ツウイからもたらされた「リンジンの魔女」と目される鵯ソラの情報を精査し、ソラが扱う、リンジンを自在に制御できる「呪文」の正体を見極めようとしていた。友人のヤドリ・ガイヤンからは「又肩っちゃん」というあだ名で呼ばれている。
ジスイジ・ウォン
名うてのゲームプレイヤーの男性。人型の半手動ロボ「マティック」を連れ歩いている。「タロス・カップ」という、マティック同士で殴り合うシミュレータの格闘大会をはじめ、数多くのゲームに精通している。やや意地が悪く、負けず嫌いな人間を負かすのが大好き。又肩アカシの友人で、彼から鵯ソラに関する依頼を受けたものの、当初は何もすることがなく、ヒマをもてあましてゲーム三昧の日々を送っていた。過去に体の末端の感覚が衰える亜重力発育障害にかかっており、再生治療を受けて腕や脚、指をすべて新しいものに差し替えた。そのため、少年にしか見えない容姿ながら実際は成人している。20年前のゲーム界で一世を風靡(ふうび)した伝説のプレイヤーでもあり、その頃は「W.O.N.」というプレイヤーネームを使用していた。
暮石 ハトス (くれいし はとす)
凄腕のハッカーの男性。作務衣(さむえ)のような服を身につけ、いつも気だるげな表情を浮かべている。非常に器用で、スキを突いて他者の指紋を瞬時に抜いたうえで、その人物が所持するロボットのカメラを盗み見るなど、まるで手品師のようにハッキングを行う。又肩アカシの友人で、彼の依頼を受けて「リンジンの魔女」こと鵯ソラを監視して身辺の調査と行動パターンの精査を進め、「呪文」の正体を見極めようとしていた。ヒマを持てあまして隠れ家に突撃して来るジスイジ・ウォンには手を焼いていた。
クイヌ・シヤ
株式会社STCに勤める女性。電波技術部の主任を務めている。極めて優秀で、会社への功績が認められ、若くして本社へ出向となった。100年前に結成された伝説のロックバンド「C44」の大ファンで、小さい頃から彼らの音楽を聴いて育った。C44のメンバーが遺(のこ)した手記やインタビュー、歌詞などの膨大な資料をつなぎあわせて解読し、結成100周年の当日、とある衛星でC44が新曲を発信することを突き止めた。解読の際に、偶然出会った鵯ソラの力を借りることになった。
マヤ・ログロオ・サン
地球へ向かう渡航船の乗客の元気な少年。客橋ユニット「ニイノ」に乗り込んでいた。ベラックというヘルパーのリンジンを連れ歩いている。船内のゲームセンターでゲームをプレイしていた宙二郎と意気投合し、友人となった。表面上は明るく振る舞っているが、先代のリンジンであるカダットが判断摩耗限界を迎えてベラックに代替わりしたことが彼の心に傷を残しており、カダットの葬儀にも参加しなかった。宙二郎との対話を経て、ベラックと二人でカダットの葬儀を執り行い、カダットが亡くなった現実を受け入れるようになる。のちにジスイジ・ウォンとゲームで対戦し、散々に打ち負かされたものの、ウォンの寂しがり屋な一面を見抜き、強引に友達になった。
カダット
サン家に仕えていたリンジン。人型ながら目や鼻、口はなくロボットっぽい容姿をしている。マヤ・ログロオ・サンに幼少の頃から付き従っていたため、マヤからは親友か家族のように慕われていた。長きにわたってサン家を支えていたが、判断摩擦限界を迎えたため機能が停止し、葬儀が行なわれて宇宙葬にされた。カダットを失ったことが、マヤの心に大きな影を落としている。
ベラック
サン家に仕えているリンジン。人型をした高性能なロボットで、先代のリンジンであるカダットとは同型。寿命を迎えたカダットの後任としてマヤ・ログロオ・サンに付き従うようになった。カダットのメモリーをすべて受け継いでいるが、なぜかロックされアクセスできないメモリーが多いことに少し戸惑いを覚えていた。
ヤドリ・ガイヤン
宇宙船のパーツを開発・販売しているダウチテクノに勤める男性。技研局の局員を務めている。局長の又肩アカシとは気の置けない関係で、彼のことを「又肩っちゃん」と呼んでいる。「リンジンの魔女」に執心しているアカシに協力し、鵯ソラが扱う「呪文」の正体を特殊な暗号と見立て、音声面からアプローチして解析しようとしていた。個人的にもリンジンの魔女に興味を抱いているが、若干半信半疑なところもある。
ブード・ア・プルー
客橋ユニット「ニイノ」の治安を守っている警察に所属する男性。ニイノ分署副所長を務めている。頭部の鼻から上がすべてサイボーグ化されている。見た目は怖いが、非常に気さくで鷹揚な性格をしている。頭部は再生治療が可能だが、あえてそのままにしている。鵯ソラの拘束に失敗したライト・リーと面会した際は、気軽に「リンゴさん」と呼んでくれと軽いジョークを飛ばしていた。
棋星 (きせい)
宇宙に浮かぶ自律小惑星型の将棋AI。内部ではAIが将棋の対局を延々と続けており、やがて将棋のすべてを解析することが期待されている。長期間にわたって人間的な行いを続けているせいか、棋星には人格があると主張し、保護しようとするNGOも出現している。その話に興味を抱いた鵯ソラは棋星をハッキングし、対局を申し込んでAIと直接対面する。ソラと対面した時は青年のアバターを使用していた。ほかのAIが搭載されたロボットと異なり、行動原則の最上位に将棋が置かれており、人類が棋星から将棋を奪おうとするなら人類との戦争も辞さないとソラに宣言していた。
その他キーワード
リンジン
コロニーなどで使用されている高性能なAIを搭載したロボット。高度な技術で設計された「リンジン回路」が組み込まれており、こまごました作業から日常会話まで、人間とほとんど変わらない思考や行動ができる。また、本体と子機という形で、別々の体に分離して同時に独立した作業をすることも可能。リンジンの姿は千差万別で、人間そっくりなものから宙二郎のようにロボット然としたもの、さらに道具の形状をしたものまで、さまざまなタイプが存在する。人間と同じく過去の記憶に行動や性格が左右され、判断の基準となる記憶が年を経て増えることで環境に適応していく。一方で、記憶が増え続けることで思考速度は徐々に低下していき、応答速度が基準値を下回ると「判断摩擦限界」、いわゆる寿命を迎えたとして、新しいリンジンへ代替わりすることになる。その際に役目を終えたリンジンの葬儀を執り行い、その体を宇宙へと打ち出すケースもある。