概要・あらすじ
うだつの上がらない春画絵師である鳳仙は、自分が住んでいる長屋に店を構える「当て屋」に、とある依頼をしようとしていた。鳳仙は自分が春画の手本に使った女性が通り魔に遭って殺され、なぜか片耳を奪われたという奇怪な事件に巻き込まれていた。だが、「当て屋」の椿は鳳仙から依頼の内容を聞いただけで事件の真相を突き止めてしまうのだった。
登場人物・キャラクター
椿 (つばき)
なくした物をピタリと言い当てる「当て屋」を営んでいる女性。「当て屋」とは現在で言うところの探偵業にあたる。観察眼に長けており相手の次の行動を的確に言い当てられるほどの能力を持っている。瓦版の収集が趣味で、数年分の瓦版を保管しており、頭の中にも瓦版の情報が詰まっている。なお椿自身は、謎その物が好きなのではなく、何かが起きる際に生じる必然に興味があると述べている。
鳳仙 (ほうせん)
浮世絵師の男性。しかし本業の浮世絵はあまり評価されず、副業の春画で生計を立てている。女性恐怖症の気がある童貞で、裸婦のモデルに迫られても怯えるばかりでインポテンツ気味。副業の春画の仕事がきっかけで事件に巻き込まれ、以降は椿の助手のような仕事をしている。
侘助 (わびすけ)
椿と同じ長屋に住む職人の男性。椿に好意を抱いており、それを知る椿にはいいようにこき使われている。しかし「男は女の踏み台になってなんぼだ」と言い放つなど、望んで彼女の使い走りを務めている節がある。
菖蒲 (あやめ)
侘助の妹。鳳仙に惚れ込んでいるが彼が春画絵師であることには納得しておらず、早くまっとうな浮世絵師として成功し、自分を嫁に迎えるようにと鳳仙に小言を言っている。兄の侘助を一撃でノックアウトするなど、長屋の面々の中では一番の武闘派。
柳 (やなぎ)
椿と同じ長屋に住む貧乏浪人。魚を捌いて日銭を稼いでおり、猫が思わず噛みついてしまうほどに魚臭い。「この切っ先を見て生きた者なし」と常々語っているが、実際は人に刀を向けたことがないだけである。同じ長屋に住んでいる花菱に惚れ込んでいる。実力はないのだが花菱の危機に駆けつける勇敢な一面も持つ。
花菱 (はなびし)
椿と同じ長屋に住む女性。盲目であるため、匂いで相手を判別している。柳に好意を抱いており、長屋に新しい入居者が来てからは柳と同じ部屋に寝泊まりするようになる。普段はおしとやかな大和撫子然とした女性だが、たまにこぼす一言が毒舌気味。
篝 (かがり)
吉原の遊女。右目を閉じることで相手が望む情報を手に入れるという特殊な能力を持っている。椿の親友で、こうした能力から椿に事件のヒントを与えたりもする。その能力が原因なのかは定かではないが、精神年齢が子供のまま止まっており、独占欲が強く嫉妬深い。自分の客に女がいると知ると暴れ回る。
桔梗 (ききょう)
神社の寺子屋で講師を務めている女性。優しい性格で、女嫌いの鳳仙が臆せずに話せる数少ない人物。桔梗もまた異性が苦手で、男らしくない鳳仙に好意を抱いている。愛犬家でもあり、神社で飼っている犬をいつも可愛がっている。
八葉 (やつは)
人形浄瑠璃の頭を作る人形師の男性。鳳仙とは同じ塾で絵の手習いを受けた仲。名工松葉の弟子の一人でもある。篝と心中を決意するが、途中で見習いの少女に見つかってしまい、拷問の末に放り出されてしまう。自尊心が強い性格で、自分の才能のなさを自覚し絶望する。
竜胆 (りんどう)
椿の知人の女医。堕胎が禁止されているなか、堕胎を行う医師。上方訛りの鈴の音のような声をしている。漢方に精通しており、医師としての腕前は確か。飾らない真っ直ぐな言葉使いで、他人を傷付けることもある。基本的に和やかで優しい性格だが怒ると極道者のような喋り方になる。椿をこき使って薬草を安値で買い取っているため、治療費は破格の安さ。
日輪 (にちりん)
全身に傷痕や縫合痕がある大男。竜胆の助手を務めているが医師見習いというよりは用心棒のような役割で、恨みを買いがちな竜胆を守るために格闘技の心得がある。普段は主に薬剤をすり潰したりする力仕事を任されている。
笹百合 (ささゆり)
山門に棄てられていたところを白泉寺に拾われ、尼僧となった。酒や芝居、浮き世の出来事に興味津々な好奇心旺盛で人懐っこい性格をしている。男性との性交渉なしに子供を身ごもったと噂になり、腹の子は仏の子なのではないかと噂が立った。
紫苑 (しおん)
白泉寺の尼僧。元来、将軍家の流れを汲む姫君であったと言われている。美しく黒い長髪と、女性でも惚れてしまうほどの美貌を持つ。同性である笹百合と夜な夜な性交渉を行っており、寺の戒律などあってないようなものだと澄まし顔をしている。
深山 (みやま)
鳳仙に依頼をした養蚕農家のお嬢様。周囲の空気を一変させるようなキリッとした品格を身にまとっている。相手をためらいなく褒めることができる性格で、他者を受け入れる心の広さがある。女嫌いの鳳仙が拒絶反応を起こさないほどの凛とした佇まいの女性。
薺 (なずな)
養蚕農家の家系である深山家の侍女。相手が誰でも物怖じしない性格で、絵師という珍しい職業についている鳳仙にやたらと付きまとう。屋敷内の見張り役も兼ねており、屋内の風紀を司っている。弟がいる影響からかやたらと面倒見がいい。
茜 (あかね)
椿に依頼をした男性。極度に不幸な体質を持っており、彼が「当て屋」を訪れただけで長屋に住まう全員に不幸が訪れるほど。初対面の人間の前でも屈託なく笑える快活な性格だが、鳳仙にはその笑顔が逆に胡散臭いと思われている。
八重 (やえ)
神隠しに遭った少女。茜の友人であり、山での生活においていつも行動を共にしている。しかし茜が鷺の声に気をとられ、目を離したその一瞬に姿を消してしまう。事件の解決後は山の麓の茶屋で下働きとして働いている。事件の記憶は一切なく、茜のような屈託のない笑顔を見せる。
梧桐 (あおぎり)
古ぼけた寺院で和尚を務めている男性。椿と竜胆の知り合いでもある。出家しているにもかかわらず酒を飲むような破戒僧で、いつも酒臭い息をはいている。しかし死者への弔いや、寺院の規律はきちんと守っている。また極度の切れ者で、突然やってきた刺客の正体を看破するなど、普段はあえて昼行燈を装っている。
漆 (うるし)
海辺の村に住んでいる男性。幼少期から誰もが怯えてしまうほどの醜い容姿をしていた。それが原因で虐められ、偏屈な性格に育ってしまう。気の強い小桜という少女がこの世界との唯一の接点であり、自分の人生を彼女ために捧げようと考えている。砂浜に埋まっていた財宝を見つけその姿を消したと噂されている。
小桜
海辺の村に住んでいる女性で、幼少期から誰もが羨むような美しい容姿をしている。気が強く、ことあるごとに漆をひっぱたいているが、いじめているわけではない。漆が姿を消した頃に、同じく姿を消している。
孔雀 (くじゃく)
椿の住む町で花売りをしている少女。まだ子供であるにもかかわらず、傷ついた人たちを慰め、人前で涙を見せないなど大人っぽい気遣いができる。いつも鈴掛の側にいて、彼を兄のように慕っている。
鈴懸 (すずかけ)
孔雀の兄で、優しい好青年。身体が弱く病気がちな虚弱体質。しかし学門に長けており、文字の書けない町民の代わりに手紙を書くなどして生計を立てている。椿のように弁が立ち、篝の代わりに託宣を行ったりもする。
糸葱 (あさつき)
子供の頃、鳳仙と同じ画塾に通っていた女性で、いわゆる幼なじみ。久々に再会した鳳仙に対しても罵倒の言葉を投げかけるほど、気が強く毒舌。その気の強さは生まれつきで、子供の頃から画塾の講師に対して持論を展開して言い負かすほどだった。猫好きで本人もまた猫のような目つきで人を睨みつける。
萵苣 (ちしゃ)
鳳仙に絵の依頼をした館様に仕える侍女。お目付役として鳳仙の側にいる。掴み所がなく、何を考えているのか分からない女性で、気の強い糸葱とは正反対の性格。目のふちに朱色の化粧を施し、そのせいで一層表情が読みづらくなっている。