あらすじ
第1巻
平安時代。京の都では、夜な夜な鬼が現れて女を拐(かどわ)かすという噂が広がっていた。在原業平は人目を忍んで女のもとへと通った帰り、門の屋根上にのぼり、月明かりで書を読みふけっていた菅原道真と出会う。後日、この拐かし事件に二人の共通の知人である紀長谷雄が関与しているとして、二人の面前で長谷雄が検非違使に連行された事から、道真と業平は協力して真相を探り始める。
第2巻
橘広相から大学寮に呼び出された菅原道真は、遣唐使船が持ち帰った、ある書の写本を請け負う事になった。この書には夜に写本を進めると物の怪が現れるという噂があり、その真相を確かめるためにあえて夜に写本を始めた道真は、噂のとおり、亡霊の姿を見る。しかし、その理由が書に焚きしめられた香にあると考えた道真は、紀長谷雄を伴って昭姫の店を訪れる。
第3巻
菅原道真は、幼少期に亡くした兄、吉祥丸の日記を読み、兄の死因が父親の菅原是善から聞かされていた流行病によるものではなく、藤原国経らの飼っていた犬に噛まれて狂犬病にかかったためと知る。その頃、是善は清和帝に呼び出され、療養中と聞かされて会う事が許されない母親の藤原明子に、密かに会えないかと相談を受けていた。主命を実行するため明子の住まいである染殿の様子をうかがっていた是善は、染殿の堂内で藤原良房が行っている人道に外れた所業を目にする。
第4巻
ある日から、在原業平はかつて恋仲にあった山吹が、恨み言を言って枕元に立つ夢を見るようになった。最初はこれまで菅原道真が解明して来た数々の事象に倣い、これにも何か理由があるはずだと考えていた業平だったが、そのあと蜂に襲われたり、瓦が落ちて来るなどの凶事に遭い、やはり呪いではないかと考え始め、道真に相談を持ちかける。
第5巻
藤原基経の提案により、神泉苑にて魂鎮めの祭が催される事となった。その準備のために人も物も大量に行き交う京の町で、菅原道真はタマという一人の少女を救う。その頃、在原業平や藤原常行、伴善男は、基経になにか狙いがあるのだろうと警戒を強めていた。さらに、実家から追放されて善男に拾われた紀豊城が、藤原良房の暗殺を謀り始める。
第6巻
ある日、路地裏で倒れていた唐人を助けた紀長谷雄は、手助けを求めて昭姫の店を訪れる。一方その頃、在原業平は菅原道真を伴い、唐から密航して役人を殺害したと思われる、性別不明の人物の行方を追って、同じく昭姫の店へと足を運んでいた。そして長谷雄の助けた唐人の寧は、かつて昭姫が「昭(ジャオ)」と呼ばれていた頃の恩人であり、役人殺しの犯人でもある事が判明する。
第7巻
藤原良相の娘、藤原多美子の入内(じゅだい)が決まった。先に藤原高子の入内の約束を清和帝に取り付けていた藤原良房は良相の裏切りに憤り、また藤原基経は多美子の暗殺を企て始める。その動きを察した多美子の異母兄、藤原常行、さらに多美子を以前から妹としてかわいがっていた高子は、それぞれ在原業平と菅原道真、白梅に、多美子を助けるための助力を求める。
第8巻
京では凶事を除けて幸運をもたらすといわれる暦が流行っていた。この暦の恩恵を受けたと菅原道真に自慢する紀長谷雄だったが、道真はデタラメだと取り合おうとしない。その頃、頻発する盗難事件の捜査に乗り出した在原業平は、その暦に窃盗の秘密があるのではないかと着目し、被害者が暦を所持していないか調べるため、もう一度呼び集める事にする。
登場人物・キャラクター
菅原 道真 (すがわら の みちざね)
大学寮に在籍している少年。菅原是善の三男で、吉祥丸の弟。本来は吉祥丸と道真のあいだにもう一人兄がいたが、生まれてすぐに死亡している。普段は烏帽子で隠れているが、額には吉祥丸につけられた傷跡が残っている。文章得業生(もんじょうとくごうしょう)になって遣唐使船に乗り、大陸に渡って見聞を広める事を幼い頃から夢見ている。紀長谷雄とは同じ大学寮に通う文章生(もんじょうしょう)として友人関係にある。小藤が失踪した事件では、昭姫の店で双六に負けて多額の負債を負った長谷雄に代わり、借金を帳消しにしつつ、小藤の情報を聞くという条件で双六を挑んで、昭姫に勝利した。またこの小藤の一件以来、昭姫、そして事件の真相を追っていた在原業平と親交を結ぶようになった。書面での知識はあるが、実際にその知識を使用した経験は少なく、人命がかかった場面で知識だけを頼りに問題を解決しようと奮闘する際には、本当にこの方法が合っているのかと自問自答する事が多い。藤原高子の事は毎回面倒ごとを押しつけて来るうえに、貴重な唐物の譲渡など物で釣って解決を強要して来ると考えており、苦手に思っている。一度得業生試に挑んだが、落第となった事でさらに勉学への欲求を昂ぶらせた。幼名は「阿呼」であり、桂木からは未だに「阿呼」と呼ばれている。実在の人物、菅原道真がモデル。
在原 業平 (ありわら の なりひら)
左近衛権少将(さこのえごんのしょうしょう)の地位に就いている貴族の青年。紀長谷雄とは妻の縁者として親戚関係にある。女性のつけている香は一度嗅げば忘れないという特技があり、「百戦錬磨の好色漢」として広く知られている。妻帯者ながら、女性関係は非常に派手。小藤が失踪していた件で、容疑者とされていた長谷雄の冤罪を晴らそうと考えていたところ、前夜偶然出会っていた菅原道真と再会し、長谷雄が共通の知人である事を知って捜査に協力させた。その際に見た道真の聡明さに感心して、以降は半ば強引に親交を結ぶようになった。藤原高子が11歳の頃に二人で駆け落ちしようとした事があるため、藤原良房および藤原基経からは警戒され、高子に近付けず、本来は文のやりとりも禁じられている。しかし、その中にあっても監視の目を掻潜り、密かに他愛のない日常の報告などをする文を交わし続けており、道真と白梅の事も知らせていた。大内裏での交友関係も広く、藤原常行や源融とも親しく話す事ができる。実在の人物、在原業平がモデル。
藤原 良房 (ふじわら の よしふさ)
清和帝の祖父にして後見人の男性。藤原基経の養父、藤原高子の叔父、明子の実父。藤原家の中の派閥「藤原北家」の筆頭を務める老人。高子や明子を「藤原家繁栄のため天皇の后となり、男児を設ける道具」としてしか見ない冷血な性格をしている。基経の才能を買って養子としたが、度重なる暗躍の予感に危険視もしている。実在の人物、藤原良房がモデル。
紀 長谷雄 (き の はせお)
大学寮で学ぶ文章生(もんじょうしょう)の少年。菅原道真の学友であり、在原業平の妻の縁者でもある。女性に一目惚れしやすく、さらにお人好しなため、頻繁にトラブルに巻き込まれては自分では解決する事もできず、道真に泣きついている。怖い物は嫌いだが、怖い物を見たがって騒ぐ困った性格。以前、昭姫の店で双六に負けて多額の負債を負ったトラウマから、昭姫と親交を持つようになっても、一人で昭姫の店に足を踏み入れるのを怖がっている。しかし、話し相手がいないと昭姫の店に寄る癖がついてしまっており、紀豊城とは昭姫の店で出会った。一度好意を抱いた女性が危険な目に遭っていたら、我が身を顧みず制止しようとする一面がある。昭姫からは「悪運と人に頼る事にかけては天才的」と評価されている。実在の人物、紀長谷雄がモデル。
菅原 是善 (すがわらの これよし)
菅原道真と吉祥丸の父親。清和帝の教育係である「侍読(じどく)」という役目を担っており、宮中では「侍読どの」と呼ばれる事もある。引きこもってばかりの道真を心配しており、道真が風流人として知られる在原業平と親交を持ったと知った際には、諸手を挙げて喜んでいた。穏やかで人間関係に波風を立てない性格だが、かつては吉祥丸を使って藤原家に取り入ろうとしていた事もある。しかし吉祥丸が、藤原国経と藤原遠経の飼う犬に狂犬病を移されて悶死してからは、道真にも「権力にも、あの家の者にもかかわるな」と釘を刺している。ただ道真の才能には一目を置いており、道真が得業生試に挑んだ際には、「なるべく厳しく、わずかでも至らぬところがあれば遠慮なく落第させよ」と試験官に口添えして、道真の才能がより伸びるよう導いている。実在の人物、菅原是善がモデル。
昭姫 (しょうき)
昭姫の店を経営している唐人女性。貴族が嫌いで、藤原親嗣に虐げられていた小藤をかくまったり、針をなくしたタマを気遣って菅原道真に助力を強制するなど、特に女性に対して懐が深いところを見せる。また3日に1度は明石に舟を出すなど手広く商売しており、知人も多く、街中の噂にも通じている。紀長谷雄が双六で負った多額の負債、また当時かくまっていた小藤の情報を賭けて道真と双六で勝負し、敗北。その頭のよさや知識の幅に感服し、それ以降親交を結ぶようになった。しかし、道真の年若い少年らしいところをかわいがっている様子もあり、時に年上の女性として導く様子もある。日本に渡る前は、唐の先代皇帝の後宮にて第3夫人に仕えていた下女だったが、当時の皇帝の崩御を前に、夫人によって後宮から出された。またその頃、宦官だった寧に「昭」と呼ばれて親切にしてもらっており、強い恩義と淡い憧れを抱いていた。
白梅 (はくばい)
森本の翁の屋敷に勤めていた女官。森本の翁が亡くなったあとは菅原道真の口利きで菅原家に勤めるようになった少女。弱視となった森本の翁の代わりに漢書を朗読するなど、漢語が堪能。玉虫姫付きの女官として振る舞っていたが、同時に「玉虫姫」の正体の一人として文の返歌や、漢書に関する話題の返答などを担当していた。道真に菅原家の女官として雇われるようになってからは、道真の勉学の手伝いをしながら騒動にも首を突っ込むなど好奇心旺盛な様子を見せる。また在原業平にあこがれており、業平と駆け落ち未遂を起こした藤原高子にも興味を持っていた。ある事件をきっかけに高子とも面識を持ち、その美しさや聡明さに感激して、以降は高子に困った事があると道真と高子の連絡役として動いている。
藤原 高子 (ふじわら の たかこ)
藤原基経の実妹であり、藤原良房の姪にあたる女性。年齢は21歳。清和帝のもとに入内するため、良房によって軟禁状態にある。11歳の頃、在原業平と駆け落ちしようとした事があるため、業平との接触は禁じられているが、監視の目を掻潜り、密かに他愛のない日常の報告などの文を交わし続けている。また、そのやりとりの中で菅原道真の高い能力や玉虫姫の真実、さらには白梅の事も知らされていた。藤原多美子を妹のようにかわいがっており、多美子にも慕われている。藤原良相の策略によって、多美子が先に入内する事が決まった際にもいっさい恨む事なく、祝い、そして暗殺などされないかと心配していた。軟禁状態にあるため自由に人とやりとりをする事ができないが、困った事があると、頭のよさを活かして毎回理由をつけては菅原家に文を送り、白梅を仲介役にして、道真が興味のある物で釣っては難題の解決法を探させている。実在の人物、藤原高子がモデル。
藤原 基経 (ふじわら の もとつね)
藤原良房の養子で明子の義弟であり、藤原高子の実兄、藤原国経と藤原遠経の実弟。中将の地位にあり、さらに参議にも就任している青年。年齢は26歳。良房の目を盗んで百鬼夜行に偽装した密輸をするなど暗躍を繰り返しており、その件で良房からも疑惑の目を向けられる事も多いが、うまくかわし続けている。島田忠臣を腹心としており、その能力を高く評価している。国経と遠経を使って高子の監視の目を強化したり、忠臣に命じて伴善男の毒殺を企てたが、どちらも失敗に終わっており、さらにその背景に菅原道真の活躍があった事をなんとなく察しつつあり、道真を危険視し始めている。また百鬼夜行を使用して密輸したのは禁制の毒薬で、強い効き目を持つが、量を加減すれば疫病のような症状で死に至り、また薬帳にも載っていないため、この国の薬師ではすぐにはわからないとされている。藤原多美子の入内が決まった際には暗殺を企てたが、道真の策と紀豊城の邪魔によって失敗に終わった。実在の人物、藤原基経がモデル。
吉祥丸 (きっしょうまる)
流行病で死んだとされている、菅原道真の7歳上の兄。美しい字を書くが、蹴鞠(けまり)や狩りが苦手で、穏やかな人柄だった。道真には弱音を吐くところなどを見せていなかったが、日記には死の直前まで真意と苦悩を吐露している。道真がまだ「阿呼」と呼ばれていた頃、菅原家の繁栄のため藤原国経、藤原遠経に付き従うように行動を共にしていたが、国経と遠経の飼っていた狂犬病に罹患した犬に噛まれ、狂犬病を患って死亡した。道真の額にある傷は病床にあった吉祥丸が、道真を遠ざけるために物をぶつけた際についたもの。吉祥丸の死の真相は、父親である菅原是善によって長く隠匿されていたが、日記には最期まで道真の将来を案じていた様子が記されている。
明子 (あきらけいこ)
清和帝の母親で、三十路の女性。染殿で療養している事から、「染殿様」と称される事も多い。先帝と死に別れ、我が子である清和帝とは母子らしい事もできないまま引き離された事で心を病んだとされている。しかし、実際は女房の遠山に薬入りの粥を食べさせられ、正気を保てなくなっている。また祈祷と称して訪れる真済ら金剛山の僧侶達には、護摩を焚いて真言の響く堂の中で輪姦されていた。実在の人物、藤原明子がモデル。
島田 宣来子 (しまだ の のぶきこ)
島田忠臣の娘。菅原道真の婚約者ながら、道真には「妹のようなもの」と言われている少女。年齢は12歳。漢学に通じて観察眼にも優れており、在原業平の様子や服の汚れなどからそれまでの経緯を語るなど、道真を彷彿とさせる部分も多い。怒ると非常に口が悪くなる。道真が大学寮のエリートである文章得業生(もんじょうとくごうしょう)に選出されたら結婚するという約束を交わしているが、道真が昭姫と笑い合っている姿を見て「道真は年上の唐人が好み」と勘違いした。また最初に島田宣来子に漢学を教えたのは「阿呼」と呼ばれていた頃の道真。実在の人物、島田宣来子がモデル。
伴 善男 (とも の よしお)
伴中庸の父親。紀豊城の身元を引き取った、清和帝の側近くに参内する大納言の地位にある壮年男性。そのため、「大納言」と呼ばれる事も多い。また、菅原道真の母親とは縁戚関係にある。毛深く、顔の彫りが深いのが特徴。在原業平とは他愛のない話ができるほど、上下関係が薄く、気安い間柄にある。玉虫姫の噂を聞き、藤原良房が擁する藤原高子より先に入内させようと目論んだが、玉虫姫の正体を知った業平によって阻止された。20歳の頃は左遷同然で佐渡に赴任しており、その時にタツと出会い、タツの死後はタツの死に顔を夢に見て、そのたびにタツの死は自分のせいだったのではないかと悔やんでいた。気力にあふれており、藤原基経によって毒殺されそうになったあとも、昏睡から目を覚ました直後に立ち上がってみせ、数日後には参内(さんだい)するなど、非常に早い回復を見せた。またこの時、解毒の対処にあたった道真に信頼を寄せるようになる。実在の人物、伴善男がモデル。
玉虫姫 (たまむしひめ)
森本の翁の孫娘。14歳とされている少女。どこにも出仕していないが恐ろしく美しいと、大内裏の中にまで噂が広がっている。さらに碁や双六、漢詩や和歌も嗜む才女であり、艶やかな絹のような髪と、鈴のような涼やかな声色の持ち主と噂されていた。だが実際の玉虫姫は、8年前に井戸に落ちて亡くなっている。しかし、年老いて弱視となった森本の翁が悲嘆に暮れないようにと、森本の翁が存命のあいだだけ、雪代を筆頭とした玉虫姫付きの女官達が各自の得意分野を担当して「理想の姫君として成長した玉虫姫」を演じていた。
清和帝 (せいわてい)
幼いながらも第56代天皇として君臨している少年。年齢は13歳。周囲の陰謀や策略にも気づいておらず、おっとりとした性格。母親である藤原明子が病床にあると聞かされており寂しさに耐えているが、祖父でもある藤原良房に明子の事を聞くといい顔をされないため、明子から疎まれているのではないかと考えている。しかし、清和帝自身は明子を非常に心配しており、こっそりと菅原是善を呼び出し、内密に明子に会えないかと打診していた。 藤原良相の根回しで出会った藤原多美子とは年が近い事もあって気が合い、「日々の話し相手としてちょうどいい」という理由から、良相の口車に乗せられたとは言えど直接、入内を請うた形となった。また多美子の入内後は、政務の合間を縫っては二人でなかよく語り合っている様子が見られる。 実在の人物、清和天皇がモデル。
藤原 親嗣 (ふじわらの ちかつぐ)
藤原良房の従弟にあたる老齢の男性。何かと理由をつけては女官を上半身裸にして柱に縛り付け、「婢女」と罵倒しては鞭打ちや折檻をする事を楽しみとしている。藤原の一族である事を笠に着て不都合な事はすべて揉み消そうとしていたが、松葉の殺害や小藤の失踪など騒動が大きくなって隠し通す事もできなくなり、良房に見限られた。
藤原 国経 (ふじわらの くにつね)
藤原基経と藤原高子、藤原遠経の実兄で、長兄。ゴリラを思わせる体格で、たらこ唇が特徴。学がなく覚えも悪いため、基経からは愚鈍と軽蔑されている。幼少時、菅原道真の兄である吉祥丸をぞんざいに扱い、狂犬病に罹患している犬に噛ませて間接的に殺害した。実在の人物、藤原国経がモデル。
藤原 遠経 (ふじわらの とおつね)
藤原基経と藤原高子の実兄で、次兄。藤原国経の弟でもある。猿を思わせる面相で、たらこ唇が特徴。学がなく覚えも悪いため、基経からは愚鈍と軽蔑されている。幼少時、菅原道真の兄である吉祥丸をぞんざいに扱い、狂犬病に罹患している犬に噛ませて間接的に殺害した。実在の人物、藤原遠経がモデル。
藤原 良近 (ふじわらの よしちか)
藤原家の中の派閥「藤原式家」の当主を務める中年男性。しゃくれて割れた顎が特徴。在原業平が屋敷で催した塩焼きの宴席で菅原道真と知り合った。実在の人物、藤原良近がモデル。
藤原 有貞 (ふじわらの ありさだ)
藤原家の中の派閥「藤原南家」の当主を務める男性。在原業平が屋敷で催した塩焼きの宴席で菅原道真と知り合った。出会った当初は、道真を業平の稚児と考えていた。実在の人物、藤原有貞がモデル。
藤原 常行 (ふじわらの ときつら)
藤原良相の息子で、藤原多美子の異母兄の男性。藤原良房の甥で、藤原基経の義理のいとこでもある。年齢は26歳。藤原良房の推薦で新しく参議として就任したが、放蕩癖があり、女性の寝所で寝過ごすなどして朝議をサボる事もある。藤原家の嫡子というだけで容易く参議に就任した事から、基経からは憎まれている。 夜間に女性のところへ通おうとした際、菅原家の前で百鬼夜行と出くわし、門内に入れてもらった事から菅原道真と知り合った。また道真の能力を高く買っており、百鬼夜行の正体と裏で手を引く人物が基経であると察したあとには道真に「あまり深追いするな」と注意している。人好きされる性格で在原業平にも飾らない様子で接するが、ふとした際に藤原家の人間に多く見られる冷酷さを窺わせる。 また異母妹である多美子の事を大切にしており、良房を出し抜きたいと考えた良相の策略によって藤原高子よりも先に多美子が入内する事になった際には、命を狙われる事を考え、業平に「しばらくのあいだ攫ってくれ」と頼んだ事もある。多美子を心配するあまり、多美子に何かあれば、良相を含み藤原家を潰すとまで言い放った。 実在の人物、藤原常行がモデル。
藤原 良相 (ふじわらの よしみ)
藤原常行と藤原多美子の父親で、藤原良房の弟。顔立ちだは良房と似ているが、ふくよかで頬が垂れ下がっており、柔和な雰囲気の持ち主。冷酷さはあまり見せないが、良房が擁する藤原高子よりも先に多美子を入内させるよう謀るなど、根回しや策謀に長けた面を見せる。伴善男からも穏健派と称されており、神仏への信心が深く殺生を好まないうえに人望もあると評価されている。 実在の人物、藤原良相がモデル。
藤原 多美子 (ふじわらの たみこ)
藤原良相の娘で藤原常行の異母妹の少女。年齢は12歳。藤原高子の事は姉のように慕っており、また高子からも妹のように大切にされている。良相の策略によって、良房が先に入内の約束を取り付けていた高子よりも早く入内する事となった。裳着を済ませたばかりで幼く、入内の事もよく理解していない。人懐っこい性格で、入内前の挨拶の時点で清和帝とも打ち解けており、入内後も二人で政務のあいだになかよく話している事が多い。 実在の人物、藤原多美子がモデル。
是則 (これのり)
在原業平の従者で、牛車の御者として移動の際はつねにいっしょに行動している男性。最初は菅原道真の事を小鬼と見間違い、抜刀しようとしていた。しかし業平と道真が親交を持ち、数々の騒動を解き明かしていくのを目にするうちに、物事にはすべて理由と仕掛けがあるのだと理解し、道真を尊敬するようになった。
桂木 (かつらぎ)
菅原是善の屋敷に勤めている女房頭の老齢の女性。菅原道真が幼いから屋敷に勤めており、道真の事を「阿呼」と呼び続けている。吉祥丸の事もよく知っており、白梅が菅原家内で禁句とされている道真の家族について質問した際には、言葉を選びつつも端的に説明してみせた。
橘 広相 (たちばなの ひろみ)
大学寮で教鞭を執っている男性。菅原道真や紀長谷雄など多くの弟子がおり、また慕われている。菅原是善の弟子でもある。遣唐使となった友人が命がけで持ち帰った書の写本中、その友人の亡霊を見た事から写本を進める事ができなくなっていた。しかし、この書に反魂香と呼ばれる香が、染みついていた事が道真によって判明した事から、書簡を自らが管理する事を決めた。 実在の人物、橘広相がモデル。
小藤 (こふじ)
藤原親嗣の屋敷に雇われていた女官の一人。唇の左下にほくろがあるのが特徴。鬼に拐かされた二人目の女官として噂になっていたが、実際は松葉に助けられて屋敷から逃げ出し、昭姫達によって昭姫の店に匿われていた。親嗣が断罪されたあとも店に残って手伝いをしている。
松葉 (まつば)
藤原親嗣の屋敷に雇われていた女房の一人。小藤の上司にあたる女性。小藤よりもかなり背が高い。鬼に拐かされたと噂になっていた最初の女官だが、実際は小藤の代わりに親嗣の折檻を受けた結果死亡し、河原に打ち捨てられて野犬に食われていた。
森本の翁 (もりもとのおきな)
玉虫姫の祖父。若い頃は学者として名を馳せた老齢の男性で、菅原是善とも交流がある。目が見えなくなっており、漢書などはすべて白梅に読み上げてもらっているが、もはや聴力も弱まっている。見た目ではなく能力で人を判断する人物で、孫娘である玉虫姫を大切にしているのと同時に、雪代達女房の事も大切に考えていた。 在原業平は、森本の翁が玉虫姫の正体を知ったうえで黙っていたのではないかと考えている。
酒井 久通 (さかい ひさみち)
玉虫姫に恋い焦がれて100通の恋文を出した男性。紀長谷雄とは何度か蹴鞠に興じた仲で、共に玉虫姫について語り合っていた。あまりに熱心な恋文を送って来るため、玉虫姫の正体と経緯を伝えようとした雪代達に森本の翁の屋敷へ呼び出された。しかし、この呼び出しをついに色よい返事をもらえたと勘違いしてしまい、興奮して御簾の中に踏み入ったが、想像を膨らませていた玉虫姫とは異なる正体に混乱して足を踏み外して床から転げ落ち、死亡した。
雪代 (ゆきしろ)
森本の翁の屋敷で、玉虫姫の女房頭を務める女性。玉虫姫が井戸に落ちて死亡した事を森本の翁に話す事ができず、白梅や滝野らと共に、森本の翁が存命のあいだは玉虫姫が生きているよう振る舞っていた。森本の翁が死亡してからは尼寺に入り、森本の翁と玉虫姫の菩提を弔っている。
滝野 (たきの)
森本の翁の屋敷で、玉虫姫の女房を務める女性。背が高く大きな目で痩せており、頬骨が目立つ顔立ちをしている。着物の仕立てが得意。玉虫姫の立ち居振る舞いを担当していた。
皐月 (さつき)
森本の翁の屋敷で、玉虫姫の女房を務める女性。骨太な体格に顔立ちも全体的に角張っている。玉虫姫として琴を奏でる担当をしていた。森本の翁が死亡してからは在原業平の口添えで、山科宮の屋敷に仕えるようになった。山科宮が妖怪に憑かれたように見えた際には非常に心配し、官署に登場する妖怪に詳しい白梅と菅原道真に助力を求めた。
筑紫 (つくし)
藤原高子の屋敷に勤めている女房の女性。夜中に庭で何者かに組み伏せられているところをほかの女房に発見され、物の怪に襲われたと話していた。しかし、実際に物の怪とされていたのは数か月前から通って来ていた男性であり、思い人にも会えず軟禁状態にある高子に気を遣い、真実を話す事ができなくなっていた。
遠山 (とおやま)
藤原明子の世話役を務める女房の女性。藤原基経の命令で、明子の監視と、粥への薬の投与を行っている。しかし、一度だけ目を離したスキに明子が清和帝の寝所まで逃亡した事があり、その事で基経から責められた。真済ら金剛山の僧侶達が祈祷にやって来た際には、共に堂内で乱交に興じている。
真済 (しんぜい)
金剛山の僧侶で、精悍な顔つきの男性。藤原明子の心の病に対する平癒祈願を建前として、藤原基経が染殿に呼び寄せた。またほかの僧達に、祈祷の護摩を焚かせ真言を唱えさせながら、染殿の堂内では明子や遠山との乱交を楽しんでいた。藤原家から多額の勧進を受けているが、藤原良房を中心に明子を監禁している事実を盾に、さらなる寄進と都大路への寺の建立を遠回しながら強要した。 しかしその事がきっかけで、良房の命令を受けた手下に殺害されている。
常丸 (つねまる)
明石にある村の郷司を務める男性で、逞しい体型をしている。キヨの夫であり、ハツの父親。村の井戸が次々と涸れていく事態に混乱した村人達から、山神の怒りを静めるための人柱を立てるよう要求されていた。菅原道真が水脈を見つける方法を書で読んだ事があると聞き、道真に井戸の場所を探させ、それでも真水が出なければハツを人柱に立てると宣言した。
キヨ
常丸の妻で、ハツの母親。船酔いで浜に倒れていた菅原道真を屋敷に運び、介抱した。かつては京のとある屋敷で、姫君に仕える「清川」という名の女官だった。そのため言葉に訛りが少なく、所作が上品で立ち上がる際には長い裾を捌くような仕草をする癖がある。京にいた頃、在原業平と深い仲にあったが、遊ばれただけと知り、命を絶つ覚悟で明石へ都落ちしたところを常丸に拾われた。
ハツ
常丸とキヨの娘で、6歳にもなっていない幼い少女。船酔いで浜に倒れていた菅原道真を発見し、キヨに知らせた。人柱の候補として名を挙げられていたが、道真の知識を信じ、道真が示した場所を真っ先に掘り始めた。
島田 忠臣 (しまだの ただおみ)
島田宣来子の父親で菅原是善の弟子、菅原道真の師の一人。現在は藤原基経の腹心として毒の仕入れなどを秘密裏に行っている。平民の出で、かつて是善のもとで学んでいた際、才能を妬んだ貴族の息子から嫌がらせを受けていたが幼少期の道真に助けられている。一度は是善の後継者にと請われたが、島田忠臣以外の人間にも代わりが利く立場に満足できず、辞退している。 また基経からは「お前の才能だけが私を慰める」と自尊心をくすぐる言葉を繰り返し説かれ、危険を感じつつも離れる事ができなくなっている。実在の人物、島田忠臣がモデル。
山吹 (やまぶき)
かつて在原業平と深い関係にあった姫君。独占欲が強く、業平と別れる際には泣きわめいて恨み言を漏らしていた。しかし、業平と同じく浮気性であり、現在は業平に対する遺恨はなく、生後2か月の赤ん坊の母親をしている。下男として働いていた肋丸の事を覚えていた。
肋丸 (ろくまる)
かつて山吹の屋敷で下男として働いていた初老の男性。山吹に思いを寄せていたが、山吹と在原業平との仲睦まじい様子を見ているだけで苦しくなり、二人の幸せを願って郷里へと戻っていた。しかし商いで京に上った際、業平がほかの女性のもとへ通っているのを目にした事で、業平が山吹を騙していると勘違いし、業平に対し呪いに見せかけた嫌がらせを繰り返した。
伴 中庸 (ともの なかつね)
伴善男の息子の青年。居候の紀豊城を恐れている。在原業平が屋敷で催した塩焼きの宴席で菅原道真と知り合った。また、その際にクラゲの毒にやられた老人を素早く手当てする道真の姿を見ており、魂鎮めの祭後に毒の症状を見せた善男の姿に動揺した。しかし、「薬師は呼ぶな」という善男の言いつけを守りつつ、菅原家に参じて道真を伴家に伴い、解毒を請うた。 実在の人物、伴中庸がモデル。
源 融 (みなもとの とおる)
第52代天皇・嵯峨帝の第7皇子で、源信の弟。顎の左側にほくろがあるのが特徴。在原業平が屋敷で催した塩焼きの宴席で菅原道真と知り合った。美しい人物以外の顔は覚えられないと話しており、世捨て人のような存在と自称しているが、次々に別邸や庭園を建てて派手に暮らしている。また、風流を重んじるばかりにひどく散財する事から信からよく説教されているが、聞く耳を持っていない。 さらに嵯峨帝の子息である自分達が継ぐはずだった国財を、藤原家の人間が使うくらいなら民衆に分け与えた方がいいと語っている。思い込みの激しい性格で、庭に植え替えようとしていた桜に祟りがあると聞いても動じなかった。しかし、深夜に行われたカヤメによる幽霊の演技と、業平による架空の噂話を信じ、桜の移動工事はあきらめた。 また大師の美しさの虜にもなっており、どうにか大師を宴に呼ぼうと考えている。実在の人物、源融がモデル。
源 信 (みなもとの まこと)
第52代天皇・嵯峨帝の皇子で、源融の兄。融の度の過ぎた散財を藤原良房から責められるため、どうにか諫めようとしているが聞く耳を持たれず、頭を痛めている。またさらに良房から苦言を呈された際には、融に支援の打ち切りと造園工事の中止を宣告した。実在の人物、源信がモデル。
おばば
藤原常行の屋敷に勤める女房で、年配の女性。常行が百鬼夜行の出る晩に外出してしまって戻らないのを嘆き、藤原良房が飼っているとされる異国の人間の力を借りようとしていた。ただし、この人物らの存在は良房と藤原基経、さらに藤原家に仕える一部の古参の人間しか知らず、秘中の秘とされているため常行には他言しないようにと釘を刺している。 またこのおばばの発言から、常行は百鬼夜行の正体を良房や基経の手の者と考えている。
山科宮 (やましなのみや)
もともとは皇室の出身だが、出家して山科の山奥に引きこもっている男性。森本の翁が亡くなったあと、行き場のなくなった皐月を女官として雇っている。盲目だが耳がよく、皐月の奏でる琴の音もよく褒めている。しかし、「ほかの者には聞こえない笛の音が聞こえる」と言っては夜中に急に起き出して、一心不乱に琵琶を奏でる日が3か月ほど続いていた。 これにより体調を崩して寝付きがちとなり、皐月は山科宮が妖怪に憑かれたのではないかと心配していた。また山科宮に聞こえていたのは山菜を採る村人が吹いていた獣除けの笛で、常人には聞こえなかった。
タツ
伴善男が佐渡にいた頃、下女として身の回りの世話をしていた女性。よく笑い、「とのさまはおだいじんになるお方だ」と言っては若かりし頃の善男を和ませていた。かつて善男が悪夢を見た日に、善男の悪夢とタツの見た良夢を交換した。またその数日後の嵐の日、麦の様子を見に外へ出て溺死しており、善男はこれを「タツの良夢を自分が譲り受け、悪夢を渡してしまったから」と考え、長く後悔していた。
タマ
昭姫の店に出入りしている縫物屋で、針子として働いている少女。着物を仕立てるのが早く、昭姫がかわいがっている。父親から「嘘や隠し事をしてはいけない」と教えられており、その教えを素直に守っている。責任感が強く、家の中で針をなくしてしまった際には、幼い弟や誰かに刺さるのではないかと顔を青ざめさせていた。菅原道真の持って来た毛生え石(磁石の事。 当時は貴重品だった)によって無事に針を発見して以降は、道真からもよく服の仕立てを頼まれている様子がある。
紀 豊城 (きの とよき)
伴善男の邸宅に居候している男性で、紀長谷雄の遠縁にあたる。骨が浮くほど痩せた体型とざんばらな髪、右目が潰れた傷だらけの顔が特徴。あまりに乱暴で手に負えない事から、兄である紀夏井から紀家を追放されている。剛力の持ち主で、魂鎮めの祭では「世話になっている恩返し」とうそぶき、常人であれば到底届かない距離にある高御座(たかみくら)に向かって矢を放ち、藤原良房の命を狙った。 また使用した弓は折れて打ち捨てられており、発見した検非違使達がその剛力に驚いている。そのほか藤原多美子の入内が決まった折には、在原業平と藤原高子の駆け落ちを参考に多美子を攫おうと考え、多美子が乗ったと思われていた牛車を襲った。 実在の人物、紀豊城がモデル。
寧 (にん)
唐からの輸入船に隠れて密航して来た唐人(からびと)。かつて宦官として唐の後宮に務めていた男性だが、睾丸の切除の影響から体つきが女性に近く変化しており、声が高く、乳房がある。そのため当初は性別不詳と考えられており、また在原業平に指摘されるまで菅原道真も寧を女性だと思っていた。港を検問する役人に強姦されそうになったため殺害し、京の街中を隠れながら逃亡していたところを紀長谷雄に助けられた。 その後、昭姫の店につれられて、旧知の間柄である昭姫と再会している。道真と業平の協力で博多へ向かう船に乗り込む際、道真に「その才能が曇らぬように成すべき事を成せ」と語った。
カヤメ
坂上の殿について北国へ遠征に出た恋人を待っている平民の女性。「この桜が三度咲いたら戻って来る」という言葉を信じて、桜が四度咲いても一途に待っていた。しかし、源融によって約束場所の桜が場所を移されると聞き、工事を中止させるために周囲にツタウルシを散らして作業員の手足をかぶれさせるなどして、祟りをでっち上げていた。在原業平から、坂上の殿の任期が3年から5年に延びた事を聞いた際には、恋人が存命である事を確信し、安堵して「やはりここで待ちたい」と告げた。 その後、菅原道真の助力を得て悲恋に殉じた女の幽霊を演じ、融に桜の移動工事をあきらめさせる事に成功した。
吉野 (よしの)
藤原多美子付きの女房頭の女性。多美子が幼い頃から仕えており、多美子が入内を控えていた際には暗殺を警戒して神経を尖らせていた。しかし、藤原高子の推薦で多美子の教育係としてやって来た白梅に対しては、警戒しつつも表面上は取り繕い、静かに目を光らせるなど冷静な人物。
深雪 (みゆき)
藤原多美子に仕える女房の女性。垂れ目に左目の下にある泣きぼくろがある。多美子が幼い頃から仕えており、多美子が入内を控えていた際に、教育係として白梅がやって来た際には「よそ者など物騒だ」と声を上げていた。藤原基経から弟を人質に取られ、多美子の膳に毒を盛ろうとしたが配膳前に白梅がこぼしてしまい、それを群がったネズミが悶死した場面を吉野にも見られてしまい、失敗に終わっている。 その場を逃げ出す事で、吉野から多美子や検非違使への報告はされなかったが、その後基経の手の者によって殺害された。
都 言道 (みやこの ことみち)
橘広相と同じく大学寮で教鞭を執っている男性。歯に衣着せない豪胆な性格と佇まいなため、菅原道真からは苦手に思われている。実在の人物、都良香がモデル。
古川 幹麻呂 (ふるかわ みきまろ)
京に暦を流行らせて、盗難事件を起こしやすいように信心深い人々の行動をあやつっていた男性。もともとは陰陽寮に在籍していたが、唐の技術者が渡来した際に人員整理に遭い、職を失った。貧しい暮らしを凌ぐため、陰陽寮に在籍している頃から仲間達と盗難事件を起こしていた事が判明している。貧しい家の出身だが、暦の観測と計算においてはほかの技術者より頭一つ抜けていたと評価されている。
安野 有兼 (やすの ありかね)
大学寮に通う男性。菅原道真や紀長谷雄よりもかなり年上だが、優秀な人物といわれている。貧しい家の出身で、同じ書を何度も暗唱したり、書き写したりして学んで来た。書庫で火事が起こった際には、前日の書庫の戸締まりをしたあとに鍵の返却を戻し忘れていた事から火付けの犯人として疑われたが、道真によって濡れ衣と証明された。 その後、道真と共に得業生試に挑んだが、周囲の文章生に唆されて不正を行い、またその行いを道真に指摘された事で悔恨し、試験官だった橘広相に不正を告白して大学寮を去った。
大師 (だいし)
不定期に大内裏を訪れ、内教坊(ないきょうぼう)の伎女達に舞を教えている女性。額と頬に印象的な化粧をしており、両肩に入れ墨を入れている。年を経っても美しさに陰りがなく、源融が幼い頃に見た内教坊の大師にも同じ入れ墨があった事から、100歳とも150歳ともいわれている。売春も行っており、一晩で絹5貫(およそ19キロ)が相場ともいわれている。 また性技にも長けており、中納言が1週間買い上げた際には二晩で寝込ませてしまったと噂が立っている。
集団・組織
百鬼夜行 (ひゃっきやぎょう)
月の子(ね)の日の風のない夜、大路を通るとされる異形の集団。それを見てしまうと魂を取られてしまうという噂が立ち、警備の者も夜間に大路に立ちたがらなくなったため、施錠が徹底されるようになった。牛車を中心に歩く10人くらいで構成されており、全員が異形の面をつけている。化学反応で色を変えた松明を灯して不気味さを煽っている。正体は藤原良房の子飼いの異国の人間で、唐よりも北の国の人間とされている。 この人物らを藤原基経の命を受けた島田忠臣が利用し、基経が所望する物を牛車に隠して輸送していた。また藤原多美子が入内する際、基経はこの百鬼夜行に多美子の乗った牛車を襲わせようとしていたが、紀豊城の横やりが入った事で失敗に終わっている。
場所
大学寮 (だいがくりょう)
平安時代の官吏養成における最高機関で、大内裏の八省院内に位置している。詩文や歴史などを学ぶ場所であり、式部省が行う文章生試に合格しなければ通う事ができない。また、ここに通う学生は「文章生(もんじょうしょう)」と呼ばれており、さらにこの中から得業生試に及第した二人が「文章得業生(もんじょうとくごうしょう)」に選出される。
大内裏 (だいだいり)
朱雀門を入った先にある、貴族の社会。菅原道真が在籍している大学寮も内部にあり、また、主上が生活している紫宸殿(ししんでん)、清涼殿もこの中に存在する。
昭姫の店 (しょうきのみせ)
香や漢方、唐渡りの品を多く扱っているほか、双六などの賭博場もある。藤原親嗣の屋敷から逃げ出した小藤を匿い、また、検非違使に追われている寧の隠れ宿にもなった。珍しい品も多数扱っており人の出入りも多い事から、菅原道真や在原業平が捜査協力を頼む事も多い。
染殿 (そめどの)
藤原明子が療養している、御所の離れの院。普段は明子付きの女房達しか出入りする事ができず、心を病んでしまった明子が外にも出ずに静養しているとされている。しかし、実際は染殿自体が明子を閉じ込める檻の役目になっており、外鍵も付けられている。
神泉苑 (しんせんえん)
大内裏に面した、神事に使われる寺院。元来一般の民衆が中に入る事は許されていなかったが、魂鎮めの祭開催に際して、舞台の設営などで民衆も多く立ち入る事になった。
その他キーワード
反魂香 (はんごんこう)
唐の説話に登場する香。また作中においては「反魂香」と呼ばれている香が存在しており、これを嗅ぐと欲望や不安が膨らみ、幻を見てしまう。
暦 (こよみ)
本来は季節ごとの星や日月の廻りを記したもので、帝の公務や祭などの日取りを決めるためのもの。唐の暦学を用いて陰陽寮の技術者が緻密な観測と計算で割り出した天文記録。しかし、古川幹麻呂が作成し販売していたのは、これにその日の凶事を避け幸運を招くための方法を書き足した暦であり、信心深い者のあいだで流行っていた。また、これには高価な物を盗難しやすいように人を誘導する文言が仕込まれていた。
藤原家 (ふじわらけ)
藤原良房や藤原基経、藤原常行など、多くの人物から成り立っている一族。良房が清和帝の祖父であるなど皇室にも深く血が入っており、ほぼ政権を握りつつある事から伴善男をはじめ、藤原家以外の家から反発されている。また藤原家の中にも派閥があり、良房が実権を握っている「藤原北家」、藤原良近が当主を務める「藤原式家」、藤原有貞が当主を務める「藤原南家」と、それぞれが反目し合う関係にあり、特に式家と南家は権力を振りかざす北家を疎ましく考えている。
検非違使 (けびいし)
京の犯罪や風俗を取り締まり、貴族や帝を警備する官吏。現代でいうところの警察機関。在原業平は「左近衛権少将(さこのえごんのしょうしょう)」として検非違使を統括する役目にあり、都の警備を管理している。
入内 (じゅだい)
帝の妃として、女性が大内裏に入り生活を始める事。藤原良房、藤原良相は血縁関係にある娘を帝に嫁がせる事によって皇室内に自分の血縁を広げ、政治に対する発言権を得ようとしている。
魂鎮めの祭 (たましずめのまつり)
藤原基経と藤原常行が、清和帝に進言して開催した貴族と京内外の民を集めた盛大な祭。朝廷に恨みを持って死んだ者、叛意ありと処罰された者の魂を鎮め、帝と民の平穏を願う祭という建前で開催された。神泉苑に巨大な舞台を作り、異国の舞なども披露されている。
得業生試 (とくごうしょうし)
大学寮に通う「文章生(もんじょうしょう)」が、「文章得業生(もんじょうとくごうしょう)」に昇級するための試験。「策問(さくもん)」と呼ばれる短い問いに「対して策を献ずる」事から「対策」と呼ばれた。出題内容は主に中国史や詩、故事、政治についての筆記試験で、制限時間内の作文を行う。
婢女 (はしため)
貴族の屋敷で働く使用人の総称。「女官」の事でもあるが、婢女は蔑称、もしくは自称として使用される事が多い。藤原親嗣は屋敷に勤める女官達の事を総じて婢女と呼んでいた。
裳着 (もぎ)
女性が成人した事を一族、また他家の者に示す儀式。女性が初潮を迎えてから執り行われ、また、この裳着を行う事によって結婚または入内の資格を得る事ができる。藤原良相は清和帝に藤原多美子を嫁がせるため、この裳着を早く行わせていた。
書誌情報
応天の門 19巻 新潮社〈バンチコミックス〉
第4巻
(2015-10-09発行、 978-4107718464)
第6巻
(2016-11-09発行、 978-4107719300)
第7巻
(2017-06-09発行、 978-4107719874)
第9巻
(2018-07-09発行、 978-4107721013)
第10巻
(2018-12-07発行、 978-4107721433)
第11巻
(2019-07-09発行、 978-4107722034)
第12巻
(2020-02-07発行、 978-4107722584)
第13巻
(2020-09-09発行、 978-4107723208)
第14巻
(2021-03-09発行、 978-4107723710)
第15巻
(2021-11-09発行、 978-4107724458)
第16巻
(2022-11-09発行、 978-4107725448)
第17巻
(2023-03-09発行、 978-4107725844)
第18巻
(2023-11-09発行、 978-4107726667)
第19巻
(2024-07-09発行、 978-4107727329)