潮騒の魔女

潮騒の魔女

とある絶海に浮かぶ孤島に、訪客の悩みを料理して食べさせる不思議なレストランがあった。そこで客を迎えるのは、黒猫と孤島で暮らす美しい女性店主たった一人だった。次々に訪れる訳有りの客たちと、彼らの吐き出す悩みをうまく料理することで生きるヒントを与える店主の姿を描く、自分を取り戻すための物語。各エピソードの最後には、作中に登場した料理のレシピが紹介されている。「Febri」Vol.50から不定期に掲載の作品。

正式名称
潮騒の魔女
ふりがな
しおさいのまじょ
作者
ジャンル
料理
 
ヒューマンドラマ
関連商品
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あらすじ

第1巻

水平線が見渡せる絶海に浮かぶ孤島に、小さなレストランがあった。苦労に苦労を重ね、やっとの思いでそこに辿り着いた老紳士は、店の扉を開けると、そこにいた店主に悩みを解決してくれるレストランはここかと尋ねる。しかし店主は、ここは悩みを食べるレストランだと威圧感たっぷりに彼の言葉を否定する。老紳士は、悩みが解決しないことにがっかりしつつ、メニューのないこの店の料理を食べることに決め、自分の悩みを打ち明け始める。彼は毎年、大勢の人のたった一日のために、仕事をして生きてきた。それがふと辛くなり、急に気が重くなるようになってしまったと語る。この仕事が好きなのにと寂し気につぶやいた老紳士に、店主はご注文承りましたと言い残し、釣竿を持って店の外へと出て行く。そして彼女は、老紳士からもらった髭を釣り糸にした釣竿を完成させると、老紳士の力を借りながら、一本釣りで巨大な魚を釣り上げる。これがあなたの悩みの重さだと店主は語り、老紳士のためだけに釣り上げた魚で作った料理の名は「名前」。店主は、老紳士が自分の名前が持つ重さに捕らわれていると伝え、名前という重荷を解いて過ごしてみてはどうかと提案。誰かのためでなく、自分のために過ごすことを勧めると、老紳士は穏やかな笑顔を浮かべる。そして時を同じくして、レストランには、老紳士を心配した大きな角のトナカイが姿を現すのだった。(episode 1。ほか、6エピソード収録)

登場人物・キャラクター

店主 (てんしゅ)

絶海に浮かぶ孤島でレストランを営む女性。1匹の黒猫といっしょに暮らしている。黒髪の美人ながら、態度が高圧的で気が非常に短い。レストランの店主として、時々やって来る客の悩みを聞いて、魚を釣り上げ、料理して提供する。そうすることで、悩みを食べ、笑顔になって帰っていく客の姿を見送って来た。レストランの地下にある倉庫には、食材のほかにも客からもらったたくさんの品物が並べられていて、その一風変わった品物たちが、自分の価値を示しているように思えるため、時々地下に降りては品物を目にすることで安心を得ている。だが反対に、それらの品物をすべて海のかなたに放り投げたくなることもあり、孤島での暮らしで、精神的に不安定になることがよくあることを示唆している。客以外で、唯一このレストランを訪れる仕入れの男性とは、憎まれ口を叩きつつも、腐れ縁のような関係で、店主自身は気のないふりをしているが、突き放したかと思えば、ちょっと優しくしてみたりと、どこか気になる存在。どちらかといえば美人と言われることが多く、言われ慣れている節はあるが、美醜の基準は時代や場所、人によって異なるものと考えているため、褒められた時には感謝だけするように心がけている。

老紳士 (ろうしんし)

麦わら帽子をかぶった老齢の男性。サングラスをかけている。Tシャツにハーフパンツ、サンダルというラフな出で立ちで、首元には大判のストールを巻いている。ストールを取ると、そこにはフカフカの豊かなヒゲを蓄えており、ある意味そのひげが、老紳士自身のトレードマークとなっている。悩みを解決してくれる店主のレストランがあると聞きつけ、やっとの思いでようやくたどり着くことができた。店主と話をして、悩みを解決するのではなく、悩みを食べられるのだということがわかり、一度は落胆するが、店主の高圧的な対応に態度を改め、悩みを話し始める。彼の悩みは、自分の職業のこと。大勢の人のたった一日のためだけに仕事をしてきたが、我に返った瞬間、それが急に空しくなってしまった。もともと自分の仕事は好きなのに、今では仕事のことを考えると、ズシリと気が重くなるようになったと語る。悩みを聞いた店主が釣り上げたのは巨大な魚。悩みの重さを表すというその大きな魚を使った「名前」という名の料理を出され、自分の名前が持つ重さに捕らわれていると指摘された彼は、名前と言う重荷を解いて、自分のためだけに過ごすこと、そしてその日が来たら、自分自身の名前に戻ればいいと、店主から提案される。料理を食べたあと、自分を心配して店まで迎えに来てくれた、大きな角のトナカイに乗って帰っていった。

ウサギ

言葉を話す二足歩行のウサギ。店主のレストランの管理者のようなもので、店主の知り合いを自称している。仕入れの男性が、このレストランに来るための出入り口として利用している雲の整備などを行っている。レストランには、週に1回程度の頻度で、店の経営調査という名目で姿を現し、店主を監視している。

道に迷った女性 (みちにまよったじょせい)

ショートヘアの女性。道に迷って困っていたところ、ウサギに案内され、店主のレストランにやって来た。迷子とはいえ、自分がどこに行きたかったのかもわからない状態。店主から顔色の悪さを指摘され、お腹が鳴ったことで自分が空腹であることを知った。このレストランがちょっと変わった店であることを知り、悩みを食べてみることを決め、店主に悩みを打ち明ける。彼女の悩みは、とある人とした約束のこと。相手はしばらく自分との約束を守ってくれていたが、ある日、突然約束を破られてしまった。ダメだと言ったのに、約束を守ってもらえなかったことで、自分は傍にいられなくなってしまった。人間の心の弱さを垣間見たことで、その悲しみが離れないと語る。その悩みを聞いた店主から出された料理は、「禁忌」という名の肉料理。相手をどうこう言う前に、自分自身が姿を変え、身を偽り、身を削るという自己犠牲を払ったことが、そもそも相手を騙したことと同義であると告げられる。魚料理しか出さない店で、肉料理を出すという禁忌を犯した店主から、お互い様と告げられた彼女は、自らも禁忌を犯したことに気づき、改めてありのままの自分でいられる場所を探すため、その場をあとにする。現金を持ち合わせていなかったため、食事のお代がわりにと、輝く布地を店主に渡し、翼を羽ばたかせて帰っていった。

仕入れの男性 (しいれのだんせい)

店主のレストランに食材を卸しに来る男性。基本的には店主からの注文を聞き、届けるのを役目としている。小型のプロペラ機に乗ってレストランにやって来るが、空にある大きな入道雲に彼専用の出入り口が用意されている。今回も仕入れた品物を積み込み、レストランに行く準備をしていたところ、家出中の人妻から声をかけられ、半ば強引にレストランに連れて行かされることになってしまう。店主に対して秘めた思いを抱いている。店主に、欲しいものはなんでも手に入れると格好をつけて言ってはみたが、在庫がなかったり、旬じゃないからと、何かと理由を付けて用意できないことが多いため、店主には本気にしてもらえていない。

家出中の人妻 (いえでちゅうのひとづま)

夫とケンカして家出した女性。偶然、町で仕入れの男性と出会って話をしていると、彼の行き先が店主のレストランであることを知り、半ば強引に飛行機に乗り込んで、彼のプロペラ機で食材と共にレストランにやってきた。到着後、彼女の荷物を見た店主から家出について突っ込まれると、もう帰れないといきなり泣き出した。夫との大切な思い出の品をうっかり失くしてしまった彼女は、夫から叱責され、大喧嘩となって勢いで家出してきたのだ。自分が悪かったことは認めつつも、自分と夫をつないでいるのは思い出だけだったのかと、夫の気持ちに疑問を持った。このもやもやは、失った物が見つかっても消えないと感じたため、自分がどうすればいいのか見つけるためにレストランにやってきたと説明した。それを聞いた店主から、自分の失態を相手の価値観の違いにすり替えているだけではと言われると、そこも認めたうえで、自分が悩んでいることに変わりはないと強気な姿勢で主張した。結局悩みを食べることになったが、店主が釣り糸を垂らしているあいだに、家事全般が得意なこと、動物が好きなことなどを挙げ、自分をこのレストランに居候させてくれないかと打診した。挙句、ここがダメなら店主に居候先を紹介して欲しいと迫る。しかし直後に、夫がレストランまで迎えに来て、謝罪したことで一件落着。ラブラブな様子で帰っていった。そんな彼女が帰ったあと、釣り糸にかかっていたのは片方のガラスの靴だった。

(おっと)

家出中の人妻の夫。妻から、二人にとって大切な思い出の品をなくしたことを聞き、つい感情的になるまま一方的に叱責してしまった。そのうち見つかるという軽い態度の彼女と大喧嘩に発展。彼女が家を出て行ってしまったあと、自分の一方的な態度を反省し、店主のレストランまで妻を迎えにやってきた。思い出だけに固執していた自分たちの過ちに気づいたと話し、思い出はきっかけでしかなかったこと、二人のあいだには思い出にも負けない愛があることを語り、妻と仲直りした。店主と仕入れの男性に対し、迷惑をかけたことを謝罪したあと、夫婦ラブラブな様子で帰っていった。

船長 (せんちょう)

宇宙空間での任務の途中、夢を見ているように店主のレストランを訪れた宇宙飛行士の男性。悩みを持っている自覚もなく、店主に対して早く帰らせて欲しいと訴えたが、結局食事をすることになった。彼に出された料理の名は「喪失」。船長自身が持つ大きな目標に向かって歩み続けるために、これまでに幼い娘や友人を失い、特に家族には辛い思いをさせてきた。その喪失感を、目標に向き合うことで埋めようとしたが、任務を終えて成し遂げればそれすら失ってしまう。その喪失に対して恐れや悲しみを抱く彼は、店主との会話から、今の状況に向き合い、自分を支えていた目標への執着に別れを告げて、一歩踏み出す決意をする。店主との別れを惜しみつつ、もといた場所に戻るため、彼は底の見えない海へと飛び込んでいった。

髪を束ねた男性 (かみをたばねただんせい)

店主のレストランを訪れ、フルーツティーを飲んでいる男性。とある人から答えにくい質問をされ、真実を伝えたところ、相手が怒り出し、収拾がつかなくなってしまう。執念深く怖い相手で、噓を付けずどうしていいかわからなくなったことで悩んでいると語る。そんな彼に店主から出された料理の名は「真実」。具のない貝のブイヨンスープで、シンプルな見た目に対し、味には奥深さを秘めている。その水鏡のように澄んだスープには、彼の顔が映し出されていたが、その顔は女性の顔へと明らかに変化した。先ほどまでの男性は、髪を束ねた男性自身が作り出した偽りの姿だったのだ。相手よりも自分の方が劣っているという答えを、自らが出してしまった結果、嫉妬で己を見失い、真実の姿が見えなくなってしまっていたのだ。比べることでしか自分を感じることができず、事実を受け入れることは、毒を飲むより苦しいことだと語り、愚かな自分の弱さを笑った。彼女は、去り際に、料理のお代がわりにと映った者の真実の姿が見えるという手鏡を店主に渡していった。

古風な女性 (こふうなじょせい)

「望月の夜、乳白色の貝殻を握って眠ると訪れることができる」という噂を信じて実行し、店主のレストランにやってきた女性。物書きを生業にしており、字はつねに自分に寄り添い、物語をつむぐ時だけ自分自身でいられると感じている。書くことに生きがいを感じ、物語の続きを求められると嬉しかったはずだったが、最近は気が重くなってしまっている。そのうえ、賢しい女だと周囲が勝手に人物像を作り上げ、噂するせいで無視されることもあり、心を痛めている。さらにはそのすべてを、自分が書いた物語のせいにしようとする自分にも嫌気がさしていると語る。そんな悩みを店主に吐き出すと、悩みを自分で釣り上げてみてはどうかと勧められる。釣りは人生で初めての経験ながら、みごとな魚を釣り上げることに成功。その魚を使って、店主が彼女に出した料理の名は「思い込み」。すべてを物語のせいにしないためにも、実際に行動することを勧める店主の言葉に、何か大きなひらめきを得た彼女は、ふつふつと湧き上がる創作意欲を抑えきれない様子。料理のお代がわりにと、その場で和歌を書きしたためた扇子を店主に手渡し、足早に帰っていった。

場所

レストラン

水平線が見渡せる絶海に浮かぶ孤島に、ぽつんと建つレストラン。メニューはおまかせのみで、魚介料理限定。さまざまな世界、さまざまな時代からやって来る客は、店主に悩みをうち明け、それを料理したものを食すのが基本の流れ。悩みを聞いた店主はおもむろに外へと出ると、周囲に広がる海に向かって釣り糸を垂らす。そして釣り上げたものを食材として使うのが通常となっている。釣りに使う釣り糸は、客の毛髪やひげを利用。それを使って一本釣りでかかった「悩み」を表す魚を調理して客に提供する。魚以外の材料は、仕入れの男性が定期的に持ってきてくれるもので賄われている。客たちは、さまざまな方法でこのレストランにやって来るが、仕入れの男性だけは、空に浮かぶ入道雲に専用の入り口が設けられていて、プロペラ機でそこを通ってやって来る。お店や島に関すること、雲の出入り口に関しては、ウサギがその管理を担っている。レストランには地下があり、角度の急な階段を降りると海の中にある倉庫のような空間が広がっている。食材のストックや、客から代金がわりにもらった品物、お土産にもらったものなどが並べられている。

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