あらすじ
第1巻
雑貨を卸す会社に勤める垣根志麻は、雑貨を梱包し、お礼状を添えて発送することを主な仕事にしていた。いつも義理と人情を重んじて、お礼状は必ず手書きで、仕事以外の一言を添えるのも忘れず、梱包は人一倍丁寧に、誠実をモットーとして仕事に取り組んでいた。丁寧すぎるゆえに中々仕事が片付かないため、部長からは、要領のいい美人の後輩社員、馬場と比較され、志麻は理不尽にも注意を受けてばかりで、落ち込む日々を送っていた。そんなある日、あんパンを片手にビルの隙間で一人ランチを済ませようとしていた志麻は、ふとどこからかいい匂いが漂って来ることに気づく。ビルの隙間の向こうに見えたタコの絵の方へと向かうと、そこにはたこ珈琲という移動販売車があった。店主の青山一に声を掛けられ、ブレンド珈琲を一杯頼んでみることにした志麻は、その都度珈琲豆を手動で挽き、一杯一杯時間をかけて丁寧に淹れる一の珈琲の美味しさにどハマりし、自分の信念を貫いて仕事を続ける一の姿に感銘を受ける。丁寧な仕事が報われず、社会に出てからも義理と人情を重んじ、自分の信念を貫き通すことが辛いと感じるようになっていた志麻だったが、見ている人はちゃんと見てくれているという一の言葉に励まされ、変わらずに頑張ってみようと心に決めつつ、癒しを求めて連日たこ珈琲に通い詰める。しかし、会社での上司からの扱いは変わらず、評価が低い中、お得意様の担当まで馬場に奪われることになった志麻は、こだわりを捨て、周りに合わせて自分のスタイルを変えようと考え、不本意ながらも仕事を進めようとする。しかしそんな折、馬場が取り返しのつかないミスを犯し、一方的に会社を退職。その尻拭いを志麻がさせられることになってしまう。(第1話「一杯目 人情珈琲」。ほか、5エピソード収録)
第2巻
青山一は、たこ珈琲の移動販売車で、元バリスタチャンピオンとして名高いモタエが営む珈琲店「coffee motae」を訪れた。一は、モタエに頼まれた幻の珈琲豆「コピ・ルアック」を届けにやって来たのだ。モタエはお礼にと、最高級といわれるコピ・ルアックを淹れ、二人でその美味しさに舌鼓を打つと、最近珈琲のワークショップを始めたことを話し、生徒とのあいだにズレを感じているのだと表情を曇らせる。すると、ちょうどその生徒たちが姿を現す。一が目をやると、三人の生徒のうちの一人が、なんと一と面識のある垣根志麻だった。志麻に気づいた一は、とっさにカウンター裏に身を隠す。モタエは、生徒たちに珈琲の淹れ方を教えながら、以前から感じていた生徒との感覚のズレを再び実感し始める。事あるごとに写真を撮ろうとスマートフォンを構える二人の生徒たち、モタエの著書を読みつくしているというモタエファンの彼女たちは、珈琲そのものよりも、道具や食器、ブランドに目がいっているように見えた。それに加えて、淹れたての珈琲そっちのけで写真撮影とおしゃべりに夢中。モタエが丁寧に説明したにもかかわらず、その内容を下世話な話にすり替えられたことに限界を感じたモタエは、三人の生徒たちに幻の珈琲豆「コピ・ルアック」を淹れ、飲み比べてみて欲しいと提案。いつもの珈琲といっしょに2種類のカップに入れて提供した。すると、二人の生徒たちは高級なカップに入った珈琲のおいしさに興奮マックスの状態となり、いつもの珈琲とは格が違うと大騒ぎする。しかし、同じ珈琲に口を付けた志麻が、いつもと同じ珈琲であることに気づくと、モタエは、もう一つのシンプルなカップに入った方こそが、コピ・ルアックだったことを明かす。そして、珈琲をファッションとしか見ていない二人の生徒たちに、珈琲をちゃんと味わって欲しいと懇願する。(第10話「十杯目 ファッション珈琲」。ほか、4エピソード収録)
第3巻
たこ珈琲の青山一は、タコがトレードマークの移動販売車に垣根志麻を乗せたまま、とあるサービスエリアに停車していた。すると突然、見知らぬ女性のお母さんが泣きながら何かを訴えてきた。彼女は、ちょっと目を離したすきにいっしょにいたはずの息子の律がいなくなってしまったと、かなり取り乱した様子だった。しばらくして、トイレで無事に律を発見し、青山が連れて戻ると、お母さんは繰り返しお礼を言ってその場を離れようとした。「せっかくだから珈琲はいかがでしょう」と、一が車の中を開けて見せると、律は興奮気味に珈琲が好きなお父さんにも見せてあげたいとはしゃぎ出す。すると、それまで穏やかな笑顔だったお母さんの表情が一変、突然声を荒げて泣き崩れる。一と志麻が事情を聞くと、夫はかなりのモラハラ体質で、お母さんは事あるごとに見下され、つねにちゃんとしていないと、下品で育ちが悪いと罵られてきた。日頃から細かいことにダメ出しをされ続け、まるでばい菌でも見るかのように自分を蔑む夫の目に、とうとう耐え切れなくなって家を飛び出して来たのだという。誰かに相談しようとしても、用意周到な夫はつねに先回りし、すでに外堀を完全に埋められており、実家の母親にすら彼女の苦しみは理解してもらえず、反対に責められることになる。そんな彼女に逃げ場はまったくなかった。すると律は母親に対して、お父さんは本当はお母さんのことが大好きなんだと、父親を擁護しようとする。その言葉を聞いたお母さんは、夫はすでに息子にまで手を回していたのかと、この状況に絶望を感じ、すべてをあきらめたように笑顔を浮かべ、自分さえちゃんとすればいいのだからと律を連れて自宅へ戻ろうとする。しかし彼女の笑顔を見た一は、逆に危機感を感じ取り、お母さんを引き止める。(第13話「十三杯目 ちゃんと珈琲」。ほか、6エピソード収録)
メディアミックス
アニメ
2018年、本作『珈琲いかがでしょう』のアニメ版『珈琲いかがでしょう』が、「アニメビーンズ」で配信された。青山一役を斉藤壮馬が演じている。
テレビドラマ
2021年テレビドラマ化。主演は中村倫也、監督・脚本は荻上直子。
登場人物・キャラクター
青山 一 (あおやま はじめ)
珈琲の移動販売店「たこ珈琲」の店主を務める男性。いつも笑顔で、穏やかな性格をしている。珈琲に対して並々ならぬ思い入れがあり、周囲に惑わされることなく信念を貫き続け、仕事ぶりも非常に丁寧。物事に動じないタイプで、移動販売車でさまざまな場所へ赴き、知り合った人の心の隙間にすっと入り込んでは、いつの間にかいなくなっているというミステリアスな一面も持ち合わせている。ワイシャツにエプロン姿で、いつも珈琲豆柄のネクタイを着用している。右手には、手首の辺りから先までたこ柄の派手なサポーターを着けているためわかりにくいが、薬指と小指がない。実は5年ほど前までは、ヤクザの組員として組織に在籍していた。その頃は未成年にもかかわらず、依頼があると「ゴミ」と称されるターゲットを迅速かつスマートに片づけるスペシャリストとして名を馳せ、二代目のお気に入りとしてその存在を高く評価されていた。仲間の平と行動を共にし、仕事終わりには漫画喫茶のドリンクバーでまずい珈琲を飲み、区切りをつけるのがお決まりのパターンとなっていた。未成年だった当時は、戸籍を売ったために名前もない状態で、人の心を失い、ただ言われるがままに仕事を繰り返し、まったく感情のない真っ黒な瞳をしていた。当時まだ幼かった三代目には、子守を担当したこともあって、「とらモン」と呼ばれて慕われていた。その後、ホームレスのたことの出会いをきっかけに、珈琲の魅力に取りつかれることになり、自分のしていることに疑問を感じ、次第に人の心を取り戻し始める。しかしたこが亡くなり、いっしょに墓に入りたがっていた妻の幸子のもとに、たこの喉仏の骨を届けようという使命感が芽生える。そして二代目殺しという汚名を受けて組を辞め、逃げた先で出頭して罪を償い、たこの念願だった珈琲の移動販売を行うことでさまざまな場所を回っている。たこから教わった珈琲をたくさんの人に飲んでもらいながら、幸子についての手掛かりを探すべく情報収集を行っている。
垣根 志麻 (がきね しま)
雑貨を卸す会社に勤める女性。雑貨を梱包し、手書きのお礼状を添えて発送することが主な仕事となっている。いつも義理と人情を重んじ、丁寧に誠実にをモットーとして仕事に取り組んでいるが、効率が悪くスピード感もないため中々仕事が片づけられずに、部長からは手際が悪いことに対して評価が低く、注意を受ける日々を送っている。任俠フリークだった祖父から、義俠心を叩き込まれて育ったため、幼い頃から義理と人情を重んじる性格が染みついている。その性格ゆえ、学校でも疎まれることは多かったが、自分なりに貫き通してきた。しかし、社会人になった現在、自分の信念を貫くことに疲れを感じ始めており、丁寧な仕事が報われない日々に心が折れかけていた時、たこ珈琲を見つけた。店主の青山一と知り合い、周囲に惑わされず、自分の信念を貫いて仕事を続ける姿に感銘を受け、一の淹れる珈琲のおいしさにもハマり、すっかり常連になった。見ている人はちゃんと見てくれているという一の言葉に励まされ、その後も自分のスタイルを貫こうとするが、その矢先、仕事の遅さを理由に自分が粘って獲得した取引先の担当を後輩の馬場に変えられてしまう。これにより、すっかりやる気を失ってしまったため、自分が重んじてきたことをすべてあきらめ、効率化を図ろうと覚悟を決めた時、馬場が取引先に対して大変な失敗をしでかし、謝罪に行くことになった。誠心誠意謝罪を行うものの、相手は怒り心頭で聞く耳を持たない状況だった。取引中止を言い渡されるが、突然姿を現した一が取引先の会長と知り合いだったこと、そして日頃から心がけていた垣根志麻自身の丁寧な仕事ぶりによってピンチを救われることとなった。それ以来、勤め先では会社の危機を救った女性として、社員たちからもその仕事ぶりや存在を認められるようになった。その後、姿を消した一からの置き土産としてもらった珈琲豆で、珈琲を淹れてみたものの、同じ味が出なかったため、珈琲について学ぶことを決意。モタエのワークショップに参加することにした。「coffee motae」までは電車を乗り継いで3時間半かけて通っていたが、そんな中、偶然にも同じ珈琲店に来ていた一と運命の再会を果たす。それと同時に平の策略もあり、一を巡るヤクザのトラブルに巻き込まれることになる。
馬場 (ばば)
雑貨を卸す会社に勤める女子社員。垣根志麻の後輩にあたる。キャピキャピとした軽い印象で、仕事は要領よく適当にこなしている。梱包した雑貨に添えるお礼状はつねにテンプレ入力だが、スピード感はあるため、部長からは仕事が早いと高く評価され、かわいがられている。しかしある時、キャバ嬢ばりに媚びを売るような内容の営業メールを、取引先のライバル会社にあたる社名宛てのまま誤送信して、先方をカンカンに怒らせてしまう。そして馬場は、申し訳なくて鬱になった、責任を取って会社を辞めるという趣旨のメールを部長宛てにいきなり送りつけ、一方的に会社を辞めて結果的に逃げた形となった。
部長 (ぶちょう)
雑貨を卸す会社で部長を務める男性。垣根志麻の直属の上司にあたる。梱包した雑貨に添えるお礼状を手書きしていることで、仕事が遅い志麻を常日頃から罵っており、お礼状なんて誰も見ていないからテンプレ入力でいいと、質よりも仕事の効率を上げるよう再三にわたり要求し続けている。要領よく仕事ができない地味な志麻と異なり、派手でかわいく、要領のいい女子社員の馬場にデレデレ。しかしある時、馬場がキャバ嬢ばりに媚びを売るような内容の営業メールを、取引先のライバル会社にあたる社名宛てのまま、誤送信したことで先方を怒らせるという取り返しのつかないミスをしでかし、勝手に会社を辞めた。そのため、先方への謝罪を志麻に押し付け、尻拭いをさせた。
アラサー女 (あらさーおんな)
閑静な住宅街に建つマンションの2階に住むアラサーの女性。毎日同じ色の服を着て、無難な職場で無難に仕事をこなし、無難なものを食べて、学生時代から住んでいる無難なインテリアの部屋で無難な休日を消化している。そんな無難な毎日の繰り返しに嫌気がさしており、この先もずっとそうやって没個性に生きていくんだろうと想像していくうちに、人生に絶望し、死にたくなってしまう。このままではだめだと思い立ち、行ったことのない場所へ行ったり、会ったことのない人と会い、食べたことのないものを食べたりしたい願望を募らせ、旅行や引っ越し、転職などを企ててはみるものの、考えるだけで終わってしまい結局動くことはない。そのまま無難なところに落ち着いて、ぬるい時間だけが過ぎていく状況が怖くてたまらない。ベランダに干してある洗濯物は、すべてベージュ一色。このベージュという無難な色が自分の人生を物語っているように感じつつも、逆に死にたくなるほどドラマチックな絶望もないことに、辛さを感じるようになってしまう。そんなある天気のいい日の昼下がり、死にたい思いでベランダから身を乗り出した時、部屋の真下にたこ珈琲の移動販売車が停車してあるのを目撃し、青山一と知り合った。彼の淹れたカフェオレを飲み、日頃の悩みを打ち明けると、一にうながされて移動販売車に乗せられた。連れて行かれたのは、マンションのすぐ裏にあるインドカレーレストラン。困惑する彼女は、見ず知らずの店で不思議な世界観の中、インド人の家族にもてなされ、初めての食事を口にすることになる。これをきっかけに、彼女の気持ちに変化が訪れることになった。
伊原 (いはら)
太った体型の老齢の男性。いつも公園でゲートボールの練習をしていたが、ある時試合に出場した際、初試合だったためガチガチに緊張し、ミスショットを連発。その挙句、プレイ中に泣き出してチームの輪を乱し、チームがボロ負けする原因を作ってしまう。それ以来、チームの仲間からは厄介者扱いされている。自分のしたことに責任を感じ、練習にも参加せず、公園のベンチに座って眺めているだけになった。気を遣って声を掛けてくれるチームメイトたちには、見ているだけで楽しいと口では言いつつも、チームメイトのお荷物になりたくない思いから、陰では毎晩自宅の庭でこっそり練習している。
たーさん
いつも公園でゲートボールの練習に参加している老齢の女性。いっしょにゲートボールをプレイしていたチームメイトの伊原が、試合中にミスを連発したことで、チームが敗北して以来、公園に来ても練習に参加しなくなってしまったことを気にしている。仲間内では伊原を嘲笑する者もおり、それを肯定することはないが、否定もできずに困惑している。そんなある日、公園でたこ珈琲の青山一と知り合い、いつも公園でゲームをして遊んでいる少年の宇治木と共に彼の珈琲を飲むことになった。一が淹れた珈琲は、なぜか自分やゲートボール仲間と伊原との関係性を思い起こさせ、全部見透かされているようで次第に罪悪感に苛まれるようになっていく。そして、大人になったらそういった面倒なことが全部なくなると思っていたが、実際はそうではないのかという宇治木の悲観するような言葉を聞き、伊原を試合に参加させようと、勇気を出して重い腰を上げる。
宇治木 (うじき)
公園で友達三人とゲームをして遊んでいる少年。天気のいい日に公園でゲームをしていると、大人に「ポータブルゲームにうつつを抜かす嘆かわしい子供」というレッテルを貼られるため、不健康だと言われないように、友達と共に全員空気いす状態でポータブルゲームに興じている。元々クリキンとなかよくしていたが、クラスが変わってほかの友達がクリキンを嫌っていることもあって、いっしょに遊ばなくなった。友達の前ではなかよくないと言い張っているが、実は小学校1年生の時、蛆虫というあだ名を付けられそうになった時に、クリキンが助けてくれたことがあった。それを思うと、今自分がしていることに罪悪感を持っており、心の中に引っ掛かりを感じている。そんなある日、公園でたこ珈琲の青山一と知り合い、いつも公園でゲートボールをしているたーさんと共に彼の珈琲を飲むことになった。一が淹れた珈琲は、なぜか自分や友達とクリキンとの関係性を思い起こさせ、全部見透かされているようで次第に罪悪感が強くなっていく。クリキンの優しさを知りながら、自分の立場を守ることを優先するばかりに、友達に彼を仲間に入れようと言い出せないでいたが、大人になっても同じような状況にあるたーさんに、大人になることを悲観する言葉を投げ掛けた。しかし、その言葉に動かされたたーさんが翌日行動に移す姿を見て、自分も奮起。友達にクリキンを仲間に入れていっしょに遊ぼうと勇気を出して告げた。
クリキン
公園のベンチに座って、友達を遠巻きに見ている少年。もともと宇治木と仲がよかったが、クラス替えでクラスが変わって以来、宇治木がいっしょに遊んでくれなくなったことを寂しく思っている。目つきが鋭く、「何を考えているかわからないし、キモイしヤバい」と言われ、ほかのクラスの友達に突然襲い掛かったらしいという噂と共に、同級生たちからは敬遠されている。しかし、クリキン自身は宇治木たちといっしょに遊びたい一心で、いつも公園のベンチから同じゲームを持って遠巻きに眺めている。ものまねが得意。
大門 雅 (だいもん みやび)
地方に住む農家の娘。人一倍きらびやかな美人女子高生で、自分のかわいらしさは東京でも通用するに違いないと自信を持っている。いつか東京に上京してテレビに出るような、ポップでサブカルチャー的な何かしらになりたいと、漠然とした夢を持っているが、父親からは大反対されている。ある時、たこ珈琲の青山一と知り合い、東京に帰るという移動販売車にこっそりと潜り込んだ。一に強引に頼み込み、東京に連れて行ってもらって、以前からやり取りしていたブログのファンの礼と落ち合い、彼女に世話になることになった。しかし、優しいと思っていた礼から裏切られ、連れて行かれたボロアパートで知らない男に襲われそうになり、間一髪で乱入してきた一に助けられることとなった。実は心配した父親によって、靴底にはGPSが付けられており、東京に行ったら娘を監視して欲しいと一に託されていたのだった。この一件で、東京で何かを成したいなら、大門雅自身の根っこがちゃんとしていないとだめだということに気づき、自分の甘さを痛感。地元に帰って心機一転して、再出発することを胸に誓う。
礼 (れい)
東京に住む女性。地方に住む大門雅のブログのファンとしてコンタクトを取り、東京にあこがれを抱く雅に、女性専用のシェアハウスに泊めてあげると言って上京後の面倒を見ることを約束した。実際に東京に出てきた雅と落ち合った際、たこ珈琲の青山一と知り合った。雅に東京都内を案内したあと、溜まり場と化している自宅のぼろアパートの一室に招き入れると、それまでの態度が豹変。東京でも通用すると雅を始終持ち上げていた彼女が、東京には同レベルの子はごろごろいると言い放ち、あとからやってきたチャラい男に雅をあてがおうとした。雅のブログのファンを自称していたが、実はブログが更新されるたびに田舎にイタイ子がいると雅を嘲笑。自分の可能性をカルト的に妄信している雅の、まっすぐな心根を利用してやろうと思っていた。礼自身も、元々は絵を描くことを生業にするために上京し、努力していたがうまくいかず、理不尽なことばかりに嫌気がさし、美術の道から外れたという過去がある。だが、志を同じくしていた同居人のヤイ子も出て行き、一人ぼっちになった時、一が訪ねてきたことで自らを振り返ることになる。その際、ゴミにあふれた部屋の中から、まだ自分が希望に満ちあふれていた時に購入したエスプレッソマシンを発見。壊れて使えなくなっていたが、一がメンテナンスを行って再び息を吹き返した。それが礼自身を見つめ直すことにつながり、一からの応援もあって、もう一度絵を描いてみようと再出発を心に誓う。
ヤイ子 (やいこ)
東京で礼と同じ部屋で生活を共にしている女性。絵を描くことを生業とするため、現在も細々と勉強を続けている。日に日に落ちぶれていく礼を見守っていたが、大門雅を男に売ろうとした現場を目撃して、彼女が本当にだめになったのだと実感する。これをきっかけに同居を解消し、アパートを出て行く決意をした。去り際に、もう一度絵を描かないかと礼に声を掛けるも、嘲笑されたために本当の意味で見限ることを決めた。
マモ
真夏の最中、屋外で汗だくになりながらマンガのネームを切っている女性。カフェで仕事をしようと出向いたが、仕事や勉強をする客で満席になっており、外に出るしかなくなってしまった。担当の編集者からは、ストーリーが平坦すぎることや、キャラクターを等身大にすること、日常の中のドラマティックな部分を切り取って欲しいと改善の要望を受けたが、どう直していいかわからず煮詰まっている状態。そこに突如としてたこ珈琲が現れ、青山一が淹れたアイス珈琲を飲んだ瞬間、目の前で繰り広げられたメグと彼氏のやり取りからひらめきを感じ、仕事が一歩前進することになる。
メグ
真夏の最中、炎天下で暑苦しくも彼氏とイチャイチャしている女性。彼氏は、機嫌が悪いと家でも外でもメグに暴力を振るうDV男だが、機嫌がいい日は優しいため、彼のことを嫌いになれずにいる。金銭が目的の、まるでATMのような扱いを受けていることを認識しており、彼氏を支えてあげたいとの気持ちは強いが、最近この関係性に少しだけ辛さを感じるようになっていた。そこに突如としてたこ珈琲が現れ、青山一が淹れたアイス珈琲を飲んだ瞬間正気に返り、自分の渇きを本当に潤してくれる人に思い至る。そして目の前の彼氏にアイス珈琲を頭からぶっかけて別れを告げ、二人の関係に終止符を打った。
寺西 (てらにし)
会社で営業職を務める女性。社内ではつねに営業成績トップを誇り、周囲からの期待や信頼も厚い。ほかの営業に負けないようにとつねに気を張り、成績を抜かれないように努力を続けており、体力的にも精神的にも限界が近い状態。真夏の最中、炎天下で相手先からドタキャンの連絡が入り、心が折れそうになっていた時に突如としてたこ珈琲が現れた。店主の青山一が淹れたアイス珈琲を飲んだ瞬間、力や精神がみなぎってきて、折れかけた心が回復する。この仕事が好きなことを改めて実感して、仕事に対する情熱も再燃し、再び動き出す力を得た。
桐谷 (きりたに)
チャラい感じの美人女子大学生。誰にでも気さくに接している。顔に似合わず、子供の頃に流行った男子向けバトル漫画「たまごマン」が今でも大好き。これまでの経験から、男性からは性的にしか見られていないことを認識しており、男女の友情は成立しないと考えている。自尊心が低く、体だけを求められることには慣れてしまっている。やるためだけの標的にされやすいためか、同性からは嫌われており評判も悪い。最近、同じサークルの中村が、たまごマン好きなことを知り、小学生の頃にいっしょにたまごマンごっこをして遊んだ進藤のことを思い出すことが増えた。進藤に対しては幼い頃の苦い思い出があり、半ばトラウマと化している。日常的に朝帰りをすることが多いが、そんな時にはたこ珈琲に寄り、珈琲を飲みつつ青山一に絡むことで桐谷自身の平常心を維持している節がある。最近になって、男性から女性扱いされていないことに気づき、落ち込みかけていた時に中村から声を掛けられた。たまごマンの漫画を貸してくれるという、子供のように純粋無垢な彼に体の関係を持ちかけようとするが、逆に叱られて諭されることになった。
進藤 (しんどう)
小学生の頃、桐谷と仲がよかったガチャ歯の男子。当時流行った男子向けバトル漫画「たまごマン」が大好きで、桐谷と気が合い、放課後にはよくたまごマンごっこをして遊んでいた。しかし学年が上がるにつれ、女子と遊ぶことに違和感を感じるようになり、次第に桐谷に冷たく接するようになった。それでも遊びたいとだだをこねる桐谷から、ある日「おっぱいを触らせてあげるから明日もいっしょに遊んで」と言われ、気持ち悪いという言葉を投げつけたのを最後に疎遠になった。
中村 (なかむら)
ガチャ歯の男子大学生。桐谷と同じサークルに在籍しており、桐谷の後輩にあたる。幼い頃に流行った男子向けバトル漫画「たまごマン」が今でも大好きで、スマートフォンにたまごマンのストラップを付けている。新歓コンパに参加した際、桐谷がたまごマン好きなことを知り、後日わざわざ漫画を貸すためだけに声を掛けた。下心は皆無で、単純に同じたまごマン好きとして興味を抱いていたが、桐谷が部屋に遊びに来た時に桐谷の方から体の関係を迫られた。そんな彼女の行動に、男と寝ることで本気でステイタスを感じているのか、自分に虚無感を感じてうっとりしているのかと蔑み、まるで昔のオシャレ系レディスコミックの主人公を気取っているようだと痛烈に批判する。その後、桐谷に是非たまごマンのラストを読んで欲しいと、失くしてしまったたまごマンの最終巻を探すために桐谷と本屋を巡り歩く。
アケミ
田舎町でスナック「アケミ」のママを務めるオカマ。中学時代は本質を隠し、オドオドして存在感のない男子だったが、その後歌手になるために上京。東京のクラブではコンサートを開催したこともあった。しかし、度重なるストレスにより身も心もボロボロになり、歌うことも辛くなってしまう。その後、父親の死をきっかけに地元に戻り、スナックを始めた。ノブ彦の母とは関係も良好で、穏やかな日常を送っている。そんなある日、溜まった不燃ごみを出しに出た時、持っていた袋から割れた瓶の欠片(かけら)がこぼれ落ち、それを踏んだ車が事故を起こしてしまう。修理が済むまでのあいだ、その車の運転手の青山一を店に泊めることになり、忙しい時にはヘルプとして手伝ってもらうことになった。一には、どこかで会ったことがあるような既視感があるが、どこで会ったか思い出せずにいる。そんな中、お店に姿を現した中学時代のクラスメート、遠藤により、オカマとしてのプライドを傷つけられる事態が発生。まるで心に寄り添うように優しく近づいてきて、最終的には超高級サプリを売りつけられそうになった。地元をとても愛しており、家族やお店、仲間や常連のお客さんへの愛も深い。本名は「田村ノブ彦」のため、母親からは「ノブ彦」と呼ばれている。
遠藤 (えんどう)
中学時代、アケミのクラスメートだった男性。当時野球部に所属しており、エースとして女子からの人気者だった。今は会社の営業部に所属しているが、先月転勤になって地元へ戻って来たのをきっかけに、スナック「アケミ」を訪れた。オカマのアケミの心に寄り添うかのように、甘い言葉ばかりを連発。思い出話を引き合いに出し、アケミの現状を辛いものと決めてかかっている。実は仕事で扱っている胡散(うさん)臭い超高級サプリをアケミに売りつけるために近づき、店の磁場が悪い、おまえにはよくないカルマが溜まっているなどと適当な言葉を並べ立て、アケミに友達価格で20万円を要求して契約書にサインをさせようとした。
潮 (うしお)
スナック「アケミ」に連日通い詰めている男性客。いつも口が悪く横柄な態度を取るため、ちょっと面倒な客と認識されている。しかし、いつもたくさん飲むことから店にとって大切な存在。
エリ
スナック「アケミ」に連日通い詰めている女性客。友人を連れて来店しては、アケミを「人生終わっちゃってる系オカマ」と紹介し、ゲテモノ扱いしている。アケミに歌を歌えと強引に舞台に引っ張り上げては、動画を勝手に取り、決まってSNSにアップしていいかと尋ねて来る。しかし、実は酒を飲んでいる時だけ気が大きくなっており、実際に動画をアップしたことは一度もなく、嫌なことがあった時にこっそりと自分だけで動画を見て楽しんでは元気をもらっている。いつも新規の客を連れて来店し、アケミにとっては店の風通しをよくしてくれる大切な存在。
ノブ彦の母 (のぶひこのはは)
田舎町で暮らすアケミの母親。足が悪く、頻繁に病院通いをしている。いつも通院時はアケミが付き添ってくれているが、知り合いの声が聞こえると、アケミに離れて待っているように伝えて他人のふりをしている。自分のことだけしか考えていないように見えるが、実は外でべたべたするのが苦手で、照れ屋なだけ。親子関係は良好で、家ではアケミの髪を結ぶなど、男であることをやめたノブ彦を受け入れて楽しく暮らしている。
ゴンザ
郊外の山奥で自動車修理屋兼ガソリンスタンドの店主を務めている男性。外見は厳つく、大柄な体型にモヒカン頭、右目には縦に大きな傷跡がある。実は以前はヤクザの組員として、青山一やシヴァらと行動を共にしていた。現在は足を洗い、妻と幼い娘と幸せに暮らしている。ヤクザをやめて5年、事故を起こした車を修理しに来た一と再会し、一の変わりように驚愕した。その後、しばらく滞在した一を見送ったあと、車のナンバーを控えて平に報告。実は、一の情報を売らないと娘に手をかけると脅されていた。
シヴァ
閑静な住宅街にあるマンションの裏手で、妻と幼い娘といっしょにカレー屋を営んでいるインド人。実は、以前はヤクザの組員として、青山一やゴンザらと行動を共にしていた。現在は足を洗い、子煩悩な父親として家族と幸せに暮らしている。時おり一に珈琲をデリバリーしてもらうこともあり、一との関係は続いている。
菊美 (きくみ)
ミトの運転手兼使い走りにされている女性。生気がまったくなく、いつもゴンザのガソリンスタンドに給油しに来るため、ゴンザの娘からはお化けのようだと怖がられている。ミトに対して妄信的に好意を寄せており、女性として相手にされないと知りながら、彼のくれる薬物「ガソリン」を欲しがり、彼と離れられないでいる。今の自分がみじめなのを理解しつつも、負のスパイラルから抜け出せずにいる。ある時、ガソリンスタンドでたこ珈琲の青山一と知り合う。しつこく珈琲を勧めて来る一を鬱陶しがるが、次第にほだされて彼の淹れる珈琲を飲むようになる。いつもキャラメルを持ち歩いており、キャラメルと珈琲をいっしょに口に入れて飲むのが好き。実はこの飲み方はミトが発見したもの。まだ彼が薬に手を出す前、ふつうに付き合っていた時の思い出の味で、ミトはそれを忘れてしまっているが、菊美自身は心の支えにしている。周囲からは、薬物を乱用していると思われているが、実は一度も使ったことはない。つねに気分を上げるために口に入れているのはキャラメル。
ミト
菊美を使い走りにしている男性。違法薬物を使い、さまざまな女性を毒牙にかけている。薬物を菊美に分け与え、免許を持たない自分の代わりに車の運転をさせているが、用がなくなるとその場を追い出し、必要になると呼び戻すことを繰り返している。自己中で自分のことしか考えていない。まだ薬に手を染めていない頃に菊美と出会い、付き合っていた。実は今菊美がハマっている、珈琲とキャラメルをいっしょに口に入れる飲み方は、その当時ミトが発見したもの。ミト自身はすっかり忘れているが、ふつうの恋人同士として菊美と楽しく過ごした時代もあった。
モタエ
珈琲店「coffee motae」を営む老婦人。元バリスタチャンピオンで、珈琲界の重鎮と評される。自らの書籍も出版されており、特に最近若い女性からの人気が高い。青山一とは知り合いで、一に幻の珈琲豆といわれるコピ・ルアックの仕入れをお願いした。最近、お店の一角で珈琲のワークショップを始めたが、人気なために生徒は抽選によって決定している。簡単にはその権利を獲得することができない状況にあるものの、現在受講している二人の生徒たちと自分のあいだにかなりのズレを感じており、困惑している。珈琲そっちのけで写真撮影をしたり、おしゃべりに夢中になったりと、単にこの珈琲教室に通っていることにより箔を付けたいだけなのが見て取れるため、珈琲をファッションとしてしかとらえない彼女たちの姿勢に不満を感じている。今、若い女性に取り沙汰されているオシャレな自分の姿は偽りのものと感じ、本当は単なる老いた婆でしかない自分を、何かとオシャレでガーリーな印象に作りあげ、もてはやそうとする周囲の動きに疲れを感じている。さらに、珈琲をファッションとしてしか扱わない昨今の世相にも嫌気がさしている。
二人の生徒たち (ふたりのせいとたち)
垣根志麻といっしょに、モタエのワークショップに参加している女性二人組。モタエの著書を読みつくしているというモタエファンで、彼女の使っている道具や入手した時期、経緯などについても詳しく知っており、珈琲そのものよりも、道具や食器、ブランドなどに興味がある様子。つねに撮影のチャンスを窺い、スマートフォンを持っている状態で、学んでいる最中にも淹れたての珈琲そっちのけで写真撮影とおしゃべりに夢中になっている。モタエが丁寧に説明してくれたことも、その内容を男女間の下世話な話にすり替え、勝手にかみ砕いて理解した気になっている。幻の珈琲、コピ・ルアックと、ふつうの珈琲の飲み比べをモタエから指示された際には、高級なブランドカップに入った方がコピ・ルアックだと思い込み、興奮気味に美味しさを解説。志麻に、それはいつもと同じ珈琲であり、シンプルなカップに入った方がコピ・ルアックだったことを指摘され、恥をかくことになった。珈琲のことは、基本的に自分を飾るファッションとしてしか認識していない。
平 (ぺい)
ヤクザの組員の男性。組織からの依頼を受け、姿を消した青山一の消息を追っており、一につながる情報のためなら手段を選ばない。娘に手をかけると遠回しにゴンザを脅し、手に入れた一の車のナンバーから、一のもとにたどり着いた。その際、偶然居合わせた垣根志麻を巻き込むことで、一を逃がさず手中に収めることに成功した。5年ほど前、まだ未成年だった一に付き従い、不要とされたターゲットを処分する彼の非道な仕事ぶりを見続けてきた。人の心を失った一の常軌を逸した真っ黒な瞳、すべてが欠落した彼にカッコよさを感じ、一生付いていきたいと思っていた。しかし、その後珈琲にハマったことがきっかけで、人が変わってしまった一に幻滅。最終的に組を辞め、逃亡した一を探し続けていた。その姿はまるで恨みを抱いているようで、狂気をはらんでいるようにすら見えたが、それは表向きだけのもの。組に怪しまれないようにノーテンキなふりをし、一に恨みがあるように振る舞うことで、組から一を守ろうとしていた。結局、一が珈琲にハマったきっかけとなったホームレスのたこの、素性を知るヒントとなる孫の連絡先を手に入れたため、それを届けたい一心でのことだった。
たこ
ホームレスの老齢な男性。ビルの間の狭い路地にテントを張って路上生活をしていたが、テントの中は一通りの生活必需品が揃った立派な部屋に仕上がっている。基本的に拾い物や貰い物で整えられたもので、ホームレス仲間からも慕われていた。珈琲が大好きで、どんな生活でも珈琲を美味しく飲むことだけは忘れない、ポジティブな性格をしている。そんな中、当時まだ未成年だった青山一や平と出会った。珈琲を御馳走し、傍から見てど底辺の生活でも、せっかくなら彩が欲しいから頭を使って工夫するんだと語り、どうせなら小粋にポップに生きたいと頰を赤らめた。そんな彼の淹れた珈琲の美味しさが、一を珈琲にドはまりさせることになり、師匠となって一に珈琲の淹れ方を教えたが、ある日、どしゃぶりの雨の中、一人で亡くなっているのが発見された。当時、自分が死んだら大好きな妻と同じ墓に入るのが夢だと語っていた。もともと妻の幸子とは、幼なじみだった。病弱で、いつも床に伏していた幸子だったが、たびたびいっしょに珈琲を飲むのことがあり、そんな時間を楽しんでいた。幸子は体が弱かったために人生を悲観していたが、彼のアドバイスで人生をポップに生きることを決めていた。その後、10歳以上も年上の地主のもとへ嫁いでいくが、子供ができずに幸子の心が折れかけたところに再び手を差し伸べた。結局、幸子の親族から勘当されるかたちでいっしょになり、小太郎をもうけて、幸せに暮らすことになる。しかし、その後に妻の体調は悪化。血を吐くまでになってしまった幸子を見かね、最新鋭の治療を受けさせることと引き換えに、小太郎と共に幸子を元夫である地主のもとへと帰す決断をし、幸子の前から姿を消した。それ以来、離ればなれになったまま、幸子とも子供とも会えないままになっていた。
二代目 (にだいめ)
ヤクザの組長を務める男性。5年ほど前、当時組員だった青山一の冷酷な仕事ぶりと、人間性を非常に気に入っていた。息子の三代目に対してはいつも厳しく、甘やかすことはなかったが、実は心の中では溺愛していた。当時、対立関係だった権田組と手打ちの話し合いをするため、会合へと向かった際、元々平和主義だった二代目は、抗争の中で散っていく組員たちの姿に耐え兼ね、こちら側から手打ちを提案。独占欲が強く、ドンパチが大好きだった権田組の組長は渋るものの、なんとか交渉を成立させた。しかし、別れ際に相手が放った「せがれによろしくな」という一言に反応。息子を馬鹿にする言葉に、思わず権田組の挑発に乗ってしまう。最初は小さなつかみ合いだったが、丸腰の約束だったにもかかわらず、相手が刃物を持っていたため、もみ合っているうちに相打ちになって帰らぬ人となった。亡くなる直前、これが済んだら一を組から解放してやると約束していたため、それを認めることと、息子の今後を頼む言葉を夕張に残していた。
三代目 (さんだいめ)
二代目の息子の高校生。年齢は17歳。小学生の頃に小柄だったため、クラスメートの男子からいじめの標的にされていた。大人気のコーヒー牛乳も一度も飲むことなく取り上げられ、悔しい思いをしてきた。しかし、家の力を借りて何かを成すことを嫌がり、絶対に自分の力で将来のし上がっていこうと、幼いながらも心に固く決めていたため、自分の家がヤクザであることは誰にも明かしていなかった。それは、父親のことを権力にあぐらをかいていると批判的で、嫌っていたから。幼い頃から近くにいたのは父親の舎弟たちばかりで、父親に甘えたことはなかった。元々夕張が子守をしてくれていたが、途中で青山一が担当になった。当初は心を開かなかったが、公園で襲って来た者たちをあっという間に倒してしまった一を見た時、当時流行していたアニメ「十二支モンスター」の主人公が連れているモンスター「とらモン」に似ていると感じ、当時名前がなかった一に、「とらモン」と命名した。いつも寂しい思いをしていたものの、彼だけは傍にいてくれることを約束してくれていたが、その直後、一は組から姿を消してしまう。当時、一がカタギになって珈琲屋になろうとしているという噂を聞いていたため、もしそんなことをしたら右手の2本指切りの刑と冗談で約束させており、それを真に受けた一は組を辞めた時、本当に指2本を置いていった。それ以来、ずっと平を使って一を探し続け、一に対して異常なほどの執着心を持ち続けていた。17歳になり、ようやく一と再会を果たすと、裏切った恨みとばかりに、笑顔で平と垣根志麻を巻き込み、命をも取る勢いで一を叩きのめそうとする。一からは出会って以来ずっと「ぼっちゃんさま」と呼ばれている。
お母さん (おかあさん)
律の母親。サービスエリアでちょっと目を離したスキに行方がわからなくなってしまった息子の律を探しており、青山一と垣根志麻に出会い、息子の捜索をお願いした。かなり動揺して取り乱していたが、律が見つかると落ち着きを取り戻した。これから夢の国、ティスニーランドに行くと話していたが、実は夫であるお父さんとうまくいっておらず、逃げ出してきた。都心の高級住宅街にある一戸建てで専業主婦として暮らしていたが、育ちのよいモラハラ体質の夫から見下される日常を送っており、保護者会へ行くための服装のダメ出しから、食事の温度や栄養バランスなど、求められることは多岐にわたり、事あるごとに下品で育ちが悪いのが知れると、実家ごと罵られていた。夫が気に入らないことをしでかし、減点された際には、翌日までに誤字脱字なしの綺麗な字で反省文を提出することが決められている。そのため、いつも精神的圧迫に耐えており、夫がドアを閉める音にびくびくと委縮するようになってしまった。細かいことを気にしない家族との暮らしぶりが好きだったため、今現在の整然とすべてが整えられた暮らしに苦痛を感じている。夫とのことを実家に相談しても、すでに夫により対策が取られており、誰も親身になってくれないため、逃げ場もない状況に精神的に限界を感じている。
律 (りつ)
小学生になったばかりの少年。くせ毛に愛らしい大きな目をしている。お母さんに連れられてサービスエリアに到着後、母親がちょっと目を離したすきに行方がわからなくなっていた。実は長らく我慢していたトイレに駆け込んでいたが、流し方がわからず、出てこられなかっただけだった。母親から助けを求められ、探しに来た青山一によって無事保護された。母親思いの優しい性格だが、モラハラ体質の父親からは、「実は優しいお父さん」という印象を刷り込まれている。かに座うまれで、血液型はO型。
お父さん (おとうさん)
律の父親。都心の高級住宅街にある一戸建てに家族三人で暮らしている。モラハラ体質で、妻であるお母さんに対してのみ、いつも異常なほどの正しさを求める。保護者会へ行くための服装のダメ出しから、食事の温度や栄養バランスなど、求めることは多岐にわたる。評価は減点方式で、減点があった場合は翌日までに誤字脱字なしの綺麗な字で反省文を提出することが決まっている。事あるごとに下品で育ちが悪いと妻の実家ごと見下し、珈琲の飲み方ひとつとっても、律に下品を感染させるなと、妻をまるでばい菌扱いしている。
綾瀬 (あやせ)
右目に眼帯を付けた女子大学生。友人たちと共に海辺に遊びに来ているが、明るく騒ぐ周囲のノリに馴染めないでいる。長めのショートヘアで、ちょっと陰鬱な雰囲気を漂わせている。幼い頃から大勢の人がいる場所に苦手意識があり、人がたくさんいると顔と名前が一致しないため、見分けがつかない。特にメイクばっちりの女子の集団は、よけい見分けがつかず、口を開けばイケメンの彼氏が欲しいと話す女子の集団についていけないと話す。そんな中、いっしょにきていたマコから辛気臭いと指摘を受け、一人で離れて過ごしていた時に偶然やってきた青山一と出会った。周囲からは、家族に暴力を振るう人がいるらしいとか、その陰鬱な雰囲気がさまざまな憶測を呼び、眼帯の下は殴られたあとがあるなどと勝手に噂されているが、実は家族はみんな大のなかよし。眼帯の下はつけまつげでかぶれて腫れてしまっただけで、きゃっきゃと明るく楽しそうにしている女子たちと自分は違うのだと、一線を引きたいがために中二病的な自分を作りあげていた。しかし本心はまったく反対で、そんな女子の集団に自分も入りたい思いがあり、そういう集団を一くくりにして見下すことで反発していた。
マコ
バッチリメイクの女子大学生。友人たちと共に海辺に遊びに来ていて、明るく騒ぐ集団の中心にいる。サバサバしたちょっと毒舌系のキャラクターで、陰鬱としている綾瀬には辛気臭いとストレートに意見した。一人で閉じこもっている綾瀬を周囲が見下し、笑いものにしていたが、彼女だけは青山一と共に綾瀬に寄り添った。実は元々暗いイメージだった自分が、明るく変わったのは大学に進学してから。複雑な家庭環境に育ったこともあり、言いたいことも言えず、トラウマをぶりっこしすぎてこじらせてしまっていた。そんな時、祖父が昔書いたというポエムノートを発見し、ポップに生きることを決めた。実はたこの孫だが、祖父とは一度も会ったことはない。一が、祖父のことで祖母の幸子を訪ねてきたことを知り、橋渡しをした。
夕張 (ゆうばり)
ヤクザの組員の男性。スキンヘッド姿でかなりの威圧感がある。二代目からの命を受け、三代目が幼い頃からしばらくのあいだ、子守の係としてずっと傍についていた。その後、三代目が小学生になってからは、子守を青山一に任せることになった。二代目が亡くなって以降は、三代目に付き従って組を支えている。二代目が亡くなった時にその状況を実際に目にし、真実を知る数少ない人物。二代目からの遺言を受け、罪をかぶって逃げた一には心の中で感謝し、現在に至るまで表向きは三代目に従いつつ、三代目を見守って来た。
幸子 (さちこ)
たこの妻だった女性。元々たこの幼なじみ。珈琲が好きで、たこに珈琲の淹れ方を教えた張本人。病弱だったためにいつも床に伏していたが、たこがくるたびにいっしょに珈琲を飲むのことが楽しみだった。人生を悲観していたが、たこのおかげで人生をポップに生きることを決めた。その後10歳以上も年上の地主のもとへと嫁に出されることになるが、子供ができずに心が折れかけたところを、またしてもたこに救ってもらうことになる。結局親族から勘当されるかたちでたこといっしょになり、小太郎を出産して幸せに暮らしていた。しかし、日に日に体調は悪化し、血を吐くまでになってしまう。それを見かねたたこにより、最新鋭の治療を受けさせることと引き換えに小太郎と共に地主のもとへと帰されることになった。それ以来、たことは離れ離れになったまま会うことはなかったが、現在は治療を受けたおかげで体調はよくなっている。元々珈琲の移動販売をしたがっていたのは幸子の方であり、大きな車一面にたこの絵をたくさん描き、色々なところへ行ってたくさんの人に珈琲を届けたいという夢を持っていた。
場所
たこ珈琲 (たここーひー)
青山一が移動販売車で営んでいる移動式珈琲屋。車体全体にたこの絵がちりばめられている。珈琲店には見えないが、タコの8本の足と店名をかけて、基本的に8種類のブレンドを用意している。注文を受けると、そのたびに珈琲豆を手動で挽き、一杯一杯時間をかけて丁寧に淹れるのがモットー。フードは扱っていないため、商品は珈琲のみだが、客の要望に合わせたさまざまなバリエーションの珈琲を用意し、味わわせることができる。路上などでの販売のほか、会社や個人へのデリバリーも行っており、実は隠れたファンも少なくない。ただし、神出鬼没で同じ場所に長くいることはないため、もう一度飲みたいと思った時にはもういなくなっていることがほとんど。
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