概要・あらすじ
高城一砂は幼いころ母親である高城百子をなくし、それ以来、父・高城志砂の友人である江田夫妻の元に預けられて高校生になるまで育つ。大切にされていることはひしひしと感じつつも、本当の家族でないためにどこか遠慮してしまう。そんな高城一砂は最近、体調に違和感を覚えていた。違和感が確信に変わったのはある日の放課後、同級生で同じ美術部員である八重樫葉が誤って自分の手を切り、血を流す様を見たとき。
これまでになかった強い衝動をどうにか抑えた高城一砂は、予感を抱き、導かれるようにかつて家族で住んでいた家を訪れる。誰も住んでいないはずの家には、しかし一人の女性が住んでいた。彼女の名は高城千砂。幼いころに離れ離れになった一砂の姉であった。
そこで彼は高城志砂がすでに他界したこと、高城家に伝わる奇病のこと、そして千砂がその病気にかかっていることを知らされる。にわかには信じられない一砂だったが、自分の体の違和感が高城家に伝わる奇病の発症であることに気がついてしまう。千砂は相談に訪れた彼に、症状を抑える薬を与える。
しかし後日、下校中に高城家に伝わる奇病の発作に襲われた一砂が薬を服用するが、彼には効果が表れない。恐怖に怯える一砂の前に現れたのは千砂。彼女は自分の腕をガラス片で切り裂き、自分の血を一砂に与えるのだった。自分が普通の人間でなくなったことを知った一砂は、それまでの関係をすべて断ち切り、千砂とひっそりと生きていくことを決意。
千砂もまた、自分の血を必要とする一砂を強く求める。だが千砂の病状は、徐々に深刻度を増していくのだった。
登場人物・キャラクター
高城 一砂 (たかしろ かずな)
3歳まで両親と姉との4人で暮らしていたが、母・高城百子の死後、父・高城志砂の友人である江田夫妻に預けられ、それ以来家族とは接触しないまま育てられる。都立高校に進学後、中学時代から密かに思いを寄せていた八重樫葉と同じ美術部に幽霊部員として所属。あるころから奇妙な体調不良に見舞われるようになるが、日常生活に支障をきたすほどではなかったのでそれほど気にせずにいた。 しかし、とあるきっかけから今は誰も住んでいないはずの生家を訪れてみた一砂は、そこで姉・高城千砂と再会。彼女から父・高城志砂がすでに亡くなったことを初めて知らされる。さらに人の血を欲する高城家に伝わる奇病のこと、千砂がその病気にかかっていることを聞いた一砂は、自分の体調不良もそれであることに気づいてしまう。 それから一砂はできるだけ人を、特になぜか顔を見ると発作を起こす八重樫葉を遠ざけようとする。一砂は他人を、そして何より八重樫葉を傷つけずに生きていくために江田夫妻のもとを離れて生家へと戻り、千砂と二人だけで暮らすことを決意。 学校へも行かず、千砂に血を与えられ凌いでいく。そうして暮らしていくうちに、千砂のさまざまな秘密を知ることに。一砂はいつしか千砂を姉としてではなく、女性として愛するようになっていくのだった。江田夫妻に大切にされながらも遠慮しつつ育ったため、わがままを言わない真面目な性格。 右目の下にひとつ泣きぼくろがある。
高城 千砂 (たかしろ ちずな)
高城一砂の実姉。高城百子の死後、高城志砂とともに横浜へと移り住む。一砂とまだ同居していた幼いころに高城家に伝わる奇病が発症した。発作が起こったときには志砂の血を与えられていたが、志砂の死後は水無瀬の処方する薬で抑えている。ただしその薬はもともと弱い千砂の身体に悪影響を及ぼすため、できるだけ服用しないよう言い含められている。 ずっと病気に苦しめられていた過去から斜に構える言動をしがちで、ときには露悪的に振る舞うことも。妻を失った志砂とは中学生のころから近親相姦の関係にあり、のちにそれが許されないことだと理解するが、自分を求める父親との関係は継続した。志砂が自殺したのちは半狂乱になり、後を追おうとするが水無瀬によって止められる。 横浜の自宅を処分し、東京の生家へと戻って暮らしていたところ、訪問してきた高城一砂と再会した。何も知らなかった一砂への反感から、最初は冷たく接するが、一砂も高城家に伝わる奇病に侵されていることを知り、彼に手を差し伸べる。 かつて自分が志砂からそうされていたのと同様に、一砂に血を与えることに喜びを覚える千砂。一方で一砂に血を与えられることは頑なに拒絶する。一砂に志砂の面影を見ることもあった千砂だが、次第に一砂本人に思いを寄せるように。症状は徐々に悪化していて、自分がもう長くないことを自覚している。 髪は黒のロングストレートで透き通るような白肌の持ち主。私服は基本的に和服。左目の下にふたつ泣きぼくろがある。
八重樫 葉 (やえがし よう)
高城一砂の同級生で、出身中学も一緒だった。美術部に所属している。感情表現が不得意で、無愛想に見えることも少なくない。一砂には好意を抱いており、絵のモデルを依頼したことも。一砂が自分の血を見てから避けるようになったことを訝しむが、偶然高城家に伝わる奇病の発作を起こした一砂に遭遇し、病気のことを知らされる。 以来、一砂のことをつねに気にし、また彼に対する思いを強くする。一砂が千砂と暮らしはじめ、自分から離れようとしていても待ち続けようと決意するが、あるとき彼が千砂に惹かれていることに気づいてしまう。服装にはあまり頓着せず、髪もややボサボサ気味のショートカット。
水無瀬 (みなせ)
子どものころ高城志砂に命を救われ、医師に憧れを抱く。高校のとき、横浜に越してきた志砂に小学校入学前の高城千砂と親しくなるよう頼まれる。身体の弱い千砂に接するうち、自分も医師になろうと決意。千砂が7歳のとき、高城家に伝わる奇病の発作のため血を求める彼女に襲われ、左目の上を負傷した。 その際、異性としての千砂に魅了される。志砂と千砂の近親相姦には早くから気づいており、医大生時代には千砂を志砂から引き離そうとするが千砂によって拒否された。志砂の死後は、千砂の主治医として公私にわたりサポートする。
高城 志砂
高城一砂と高城千砂の父親。高城百子と結婚するため、石倉家から婿養子として高城家に入った。高城百子の死後、一砂を友人の江田夫妻に預け、自分は高城家に伝わる奇病に罹患する千砂とともに横浜に移住。病院を営む一方で高城家に伝わる奇病を治すべく研究を重ねるが、効果的な治療法を見つけられず自分の血を与え続ける。 百子を心から愛しており、長じるに連れ百子そっくりになってきた千砂を百子の身代わりとして求めるようになり、近親相姦の関係に。ある晩、眠りについた千砂の寝室を訪れ、彼女の首を絞める。だが、絞殺するには至らず千砂の部屋から去ると、毒をあおり自殺した。
高城 百子 (たかしろ ももこ)
高城一砂と高城千砂の母。一砂を出産したのち、高城家に伝わる奇病を発症する。一砂が3歳、千砂が4歳のときに死亡した。
江田夫妻 (えだふさい)
3歳のときから高城一砂を預かり、育てている。もともと夫の新さんが高城志砂の友人だったため、夫婦そろって志砂と交流があった。高城家に伝わる奇病や高城百子がそれに罹っていたこと、さらに志砂が自殺したことは知っていたが、一砂にはあえて伝えずにいた。キャリアウーマンでもある妻・夏子の意向で子供は作らなかったが、一砂を養子に迎え、本当の家族になりたいと考えている。 一砂が自分たちの元を去り、千砂と暮らしはじめた後も、姉弟の力になろうとする意向を示す。ただし千砂が高城家に伝わる奇病であることは本人から知らされたが、一砂までそうであることには気がついていない。
風見 忍布 (かざみ しのぶ)
高城医院で1年半、看護師として勤務した。密かに高城志砂を慕っていたが、病院をたたむと言う志砂に他病院への紹介状を書かれ、半ば強引に辞めさせられた。そののち、生まれ故郷に帰ることが決まり、最後に志砂に挨拶をしようと考え連絡を取ろうとしたところ、志砂は自分が退職した直後に自殺していたことを知る。 なぜ志砂が自殺したのかを知りたいと願い、遺児である一砂と千砂のもとを訪問するのだった。千砂の受け答えに違和感を覚えた忍布は、高城家についての調査を開始。その過程で高城家に伝わる奇病のこと、そして死亡した高城百子が戸籍上は失踪扱いになっていることを突き止める。
木ノ下 (きのした)
高城一砂の親しい友人で、八重樫葉とも交流がある。様子のおかしい一砂を心配するが、高城家に伝わる奇病に冒された一砂の、それを告白できないためのしどろもどろな受け答えに接し、バカにされているように感じて一度は絶交。だが、一砂が学校にまったく出てこなくなり、それについて教師たちも困惑していること、育ての親である江田夫妻も一砂の状況を把握していないことを知り、何か深い事情があるのではないかと案じるように。 のちに千砂に諭された一砂が久方ぶりに登校した際、一砂の身に何があったかを彼の口から聞かされる。その後は、何かあったときには一砂のことをフォローしようと決意。
佐崎 マミ (ささき まみ)
高城千砂の同級生。休みがちな千砂を気遣うものの、拒絶されてしまう。それでもめげずに話しかけた結果、千砂も心を開くように。千砂が入院した際に見舞いに訪れるなど、千砂のことを友人としてつねに気にかける。
集団・組織
高城医院 (たかしろいいん)
『羊のうた』に登場する病院。高城百子の死後、高城千砂と横浜に移り住んだ高城志砂が営んだ。風見忍布が看護師として1年半の間勤務。高城志砂の死後、病院としては閉鎖されるが、水無瀬が個人的に維持しつづける。
高城家 (たかしろけ)
『羊のうた』に登場する一族。元士族で明治後期から昭和にかけて貿易で発展。戦前までは東京に広い土地を持つ名家として、多額の資産を有していた。高城家に伝わる奇病が世間に知れ渡ることを防ぐため、血が濃くなりすぎないよう留意しながら一族内で近親婚を繰り返す。高城家に伝わる奇病を発症した者は隔離し、事件が発生したときには権力で握り潰してきた。 しかし発症した人間はいずれも短命に終わり一族は徐々に数を減じ、また戦争の勃発により高城家自体も没落した。
その他キーワード
高城家に伝わる奇病 (たかしろけにつたわるきびょう)
『羊のうた』に登場する病気。血液の成分が足りなくなり、定期的に外部から補給しなければならないという高城家特有の遺伝病。何より特徴的なのは、血そのものを経口摂取したくなる衝動に駆られる点で、さながら吸血鬼のよう。これは心因性のものとされているが、臨床例がないため詳細は不明。発症した者は皆、最後には発狂したうえで死ぬ。 高城家では病気の存在が知られないように細心の注意が払われてきた。発症するのは女性がほとんどで、男性は2歳を越えればその後になって発症することはないと言われていたが、高城一砂は例外だった。