知られざる不妊治療の現場をリアルに描く
本作の主人公・水沢歩は、不妊治療のスペシャリストである「胚培養士」。精子と卵子を受精させる一連の過程のほか、人工授精の精子調整や精液検査、凍結胚の管理などさまざまな業務を行う、非常に専門性が高い職業である。漫画の題材としては珍しいが、作者・おかざき真里は、不妊治療専門クリニックの現場取材を行い、胚培養士の作業手順はもちろん、前日の下準備まで一つ一つ丁寧に描き、リアリティあふれる医療ドラマに仕上げた。胚培養士は小さな命を導く職業だが、決して成功率が高いとは言えない。だからこそ、チーム一丸となって治療にあたり、生命誕生という奇跡の瞬間にはみんなが小さなガッツポーズを取る。本作は、そんな知られざる不妊治療の現場の人々の喜びや葛藤をリアルに描いていく。
不妊治療のさまざまな事情を描いたヒューマンドラマ
日本では、14人に1人が体外受精で生まれている。また、夫婦5、6組にひと組が不妊治療を受けているが、その成功率は世界で最も低いという。本作は、そんな日本の状況を背景にしたヒューマンドラマでもある。例えば、不妊治療に理解のない夫を通じて描かれる、男性が精液検査を屈辱的と感じてしまう実態や、不妊の原因の半数が男性にあるといわれる「男性不妊」の事実。また、高校の講演で「治療は未来へ繫ぐものだと信じたい」という水沢の言葉に、ずっと悩んでいた「卵子凍結」を決意する、白血病の女子高生など、さまざまな事情を抱えた夫婦や家族の不妊治療を描いていく。
患者の周囲の人たちの理解を深めたい
妊活マガジン「ジネコ」2023秋号掲載の「漫画家・おかざき真里さん特別インタビュー」によると、本作連載のきっかけは、担当編集者からの「胚培養士という職業をご存じですか?」という一言だったという。受精の作業はドクターがやっていると思っていたというおかざきは、「普通の人は絶対に知らないはず」「不妊治療をされている方でさえラボについてはブラックボックスだろう」と考えた。ちょうど『阿・吽』が終わりを迎える頃で、次の連載のテーマを構想していたおかざきは、胚培養士をテーマにすることを即決したという。また「不妊治療は治療と仕事との両立が難しいため、職場の上司や同僚の理解が必要である」とし、「患者さんの周囲の人たちの理解を深めたい」という趣旨を答えている。
登場人物・キャラクター
水沢 歩 (みずさわ あゆむ)
不妊治療クリニック「アースクリニック」に勤務する天才胚培養士の女性。短髪で少年に間違われることもある。釣りが趣味で、人の顔と名前を覚えるのが苦手。患者に子供を届けるために全力を尽くし、決してあきらめない性格をしている。時に患者に寄り添いすぎることがあり、室長の一色亨に警告される。
一色 亨 (いっしき とおる)
胚培養士の男性。金髪、サングラスが特徴で、虫が苦手。保育園に通う娘がいる。ある日、水沢歩が勤務する、不妊治療クリニック「アースクリニック」にスカウトされ、室長としてやって来る。クールな性格で、効率を重んじることから、水沢と対立することが多い。胚培養士としての腕は確かで、めったに人を褒めない水沢に「手さばきが良い」と褒められた。
書誌情報
胚培養士(はいばいようし)ミズイロ 6巻 小学館〈ビッグ コミックス〉
第1巻
(2023-01-30発行、 978-4098614837)
第2巻
(2023-05-12発行、 978-4098618101)
第3巻
(2023-09-12発行、 978-4098625901)
第4巻
(2024-01-30発行、 978-4098627219)
第5巻
(2024-05-30発行、 978-4098628810)
第6巻
(2024-11-28発行、 978-4098631186)