あらすじ
第1巻
ウルナ・トロップ・ヨンクは女性でありながらレズモアの軍隊に志願し、狙撃手としてリズルのケニティ基地に配属された。さっそく戦闘に加わる事になったウルナは、チルモの翼から巨大な歯茎のようなヅードが翼を付けて身を躍らせる、「蛮躍」と呼ばれる風習を目撃し、宙を舞うヅードを撃ち落とす。ケニティ基地はヅードによって補給が阻止され、食糧不足に陥っていたのだ。そんなある日、ウルナはケニティ基地に暮らす学者のラトフマが雪の中で、一人のヅードと裸で絡み合っているのを目撃してしまう。のちに判明するが、ラトフマはスパイだった。そしてウルナは別のヅードに発見され、捕虜にされてしまう。
第2巻
捕虜となったウルナ・トロップ・ヨンクに対し、ラトフマはブルィ型認識票がヅードを歯茎の化け物に見せているだけで、ヅードはふつうの人間なのだと説明する。脱走を図ったウルナはラトフマに拷問を受けるが、それを止めたのはラトフマの恋人である一人のヅードだった。しかしラトフマは、先日ウルナが「蛮躍」の途中で撃ち落としたヅードが、恋人の妹であったと語る。ラトフマによって今度は冷たい雪の中に放り出されるウルナだったが、ウルナを助けてケニティ基地に帰らせたのも別のヅードであった。ケニティ基地でしばらく静養したウルナは、ヅードに総攻撃をかけるための艦隊がリズルに向かっている事を知らされる。
第3巻
総攻撃を前に、ケニティ基地の兵士たちはらんちき騒ぎを繰り広げていた。ウルナ・トロップ・ヨンクも、恋人のカレチク・ステイナと肌を重ねていた。そして翌日、レズモアの艦隊による艦砲射撃が始まる。火力ではヅードを圧倒するレズモア軍であったが、ヅードも巧妙なゲリラ戦術を展開し、戦いは熾烈を極めた。そんな中、ヅードの人々は次々に「晩躍」を開始する。最初の一人を逃したものの、ウルナはそのほとんどのヅードを撃ち落とした。一方、衛生兵のチュリッカは戦場でヅードの捕虜にされ、それを助けようとしたカレチクは後ろからヅードに斬りつけられ、致命的な傷を負ってしまう。戦いがヅードの全滅という形で終結したあと、ウルナが知らされたのはラトフマとカレチクの死であった。
第4巻
リズルにおけるヅードとの戦いの終結後、ウルナ・トロップ・ヨンクはエコールとの戦いに転戦し、狙撃手として功績を挙げた。その後、除隊して故郷のトロップに戻り、郵便局員の職を得たウルナは、サッカー選手のトホマと出会い、恋に落ちる。戦争神経症に苦しみながらも平和な日々を謳歌するウルナであったが、トホマが隠していた真実に気づき始め、そして苦しむ事となる。一つはトホマが持っていた山刀が、ヅードの意匠のものであった事と、もう一つはトホマが持っていた衣服のデザインが、やはりヅードのデザインのものであった事などが、疑惑から確信へと変わる。ウルナがブルィ型認識票を付けてトホマを見ると、そこにはリズルで見たあの忘れがたき「歯茎の怪物」の姿があった。
第5巻
トホマの正体、すなわち彼がリズルでの戦いにおいて、自分が一人だけ撃ち漏らしたヅードである事を知ったウルナ・トロップ・ヨンクだったが、その後も誰にもトホマの正体を明かす事はなかった。むしろその後もウルナとトホマの愛欲に爛(ただ)れた日々は続き、ついに二人は手を取り合ってトロップの町を出奔してしまう。それからトロップに戻ってきた二人は、「新婚旅行」をしていたと町の人には告げるのだった。しかし、その後もトロップの町には暗い影を落とす日々が続いていた。トロップの町で何人もの人間を殺害される連続殺人事件が起こり、その犯人はトホマであった。ウルナはトホマに対し、今度こそ自分といっしょにトロップを出ようと説得するが、ウルナが故郷を捨てる事はできないと知っていたトホマは、彼女を置いて一人どこかへ去っていく。
第6巻
ウルナ・トロップ・ヨンクのもとに、トホマの所属するサッカーチームのマネージャーだと名乗るタパス・ロウが現れた。そして彼は、トホマの正体について言外に匂わせながら去っていく。これによりウルナは、タパスの正体が秘密警察「白虹の狼」である事をなんとなく察する。そんなある日、キュリパのチュリッカが働いている病院で、大火災が発生した。これはただの火事ではなく、トホマによるテロ行為であった。病院の患者たちを殺害して回るトホマを止めるために、ウルナは狙撃銃でトホマの片手を撃ち抜く。その後もトホマをなんとか助けようとするウルナだったが、トホマは自ら炎の中に身を投じ、命を絶つ。この一件の功績でウルナは再び勲章に輝き、授賞式へと向かう。
第7巻
ウルナ・トロップ・ヨンクの幼なじみのグリーンは出征が決まり、ウルナに愛の告白をしようとする。だがウルナはそれを遮り、自分のお腹の中にはトホマの子がいると告げる。勲章を受け取る授賞式の場で、国の要人を片っ端から射殺して自爆する事を夢想するウルナであったが、実際にはうやうやしく勲章を受け取ると、そのままトロップに帰郷する。そして、自分のお腹の子の事を公にはせずに、子供は他人に里子として養育してもらう事を決意する。タパス・ロウはのちにそれらの事実を知るが、レズモアの敗戦によって秘密警察「白虹の狼」は解散してしまったため、その秘密を自分の胸におさめておく事にするのだった。
評価・受賞歴
本作『銃座のウルナ』は、2018年に「第21回文化庁メディア芸術祭」のマンガ部門優秀賞を受賞している。
登場人物・キャラクター
ウルナ・トロップ・ヨンク
レズモアのトロップ出身の若い女性。狙撃手としてリズルのケニティ基地に配属され、ヅードとの戦いに身を投じる。その後、対エコール戦線に転戦して大きな軍功を立て、故郷トロップに英雄として帰還した。そこでサッカー選手のトホマと出会い、結婚する。男女とも交際歴のあるバイセクシャル。
カレチク・ステイナ
レズモアの軍人で若い女性。リズルのケニティ基地ではウルナ・トロップ・ヨンクの上官にあたる。ヅードとの戦いの中で戦死し、リズルの共同墓地に葬られる。同性愛者であり、ウルナとは恋愛関係にあった。周囲からは「カレット」と呼ばれている。
チュリッカ
衛生兵の若い女性。リズルのケニティ基地で勤務していた。ヅードとレズモアの戦いが終わったあと、ウルナ・トロップ・ヨンクに招かれてトロップで暮らすようになり、キュリパの病院に看護師としての職を得る。同性愛者であり、ウルナとは短いあいだだったが恋愛関係にあった。
ラトフマ
研究者の若い女性。ヅードとレズモアの紛争が始まる前から、当時は研究所だったケニティ基地に勤務していた。紛争勃発後、ひそかにヅードと内通を続けてスパイ行為を繰り返していた。兵士たちとは違い、ヅードがふつうの人間である事実を最初から知っており、それをウルナ・トロップ・ヨンクに教えた。
サラ
レズモアのトロップ出身の若い女性。ウルナ・トロップ・ヨンクの幼なじみで、親友でもある。故郷の友人たちの中では早くに結婚したが、夫はエコールとの戦争で無残な死を遂げた。その後、キュリパに移住して育児に専念している。
グリーン
レズモアのトロップ出身の若い男性。ウルナ・トロップ・ヨンクの幼なじみで、友人グループの一人。昔からずっとウルナに恋愛感情を抱いていたが、別の女性と結婚して、のちに離婚している。その後、徴兵されて戦場に赴く。
エヲン・トルク
トロップで郵便局員をしている若い女性。戦場から帰還したあと、郵便局に勤めるようになったウルナ・トロップ・ヨンクの同僚。自分の店を開きたいという夢を持っている。鷲のような大きな鼻が特徴で、デルクには鷲女と呼ばれている。
デルク
トロップに暮らす大学生の青年。チュリッカの友人。チュリッカに恋愛感情を抱いて告白するが、自分は同性愛者であるからという理由でふられてしまう。その後、エヲン・トルクと結婚した。
タパス・ロウ
壮年の男性。キュリパのサッカークラブ「レッドスターズ」のマネージャーを務めていた。レズモアの秘密警察組織「白虹の狼」の一員という、もう一つの顔を持つ。プテヒタの記録を調べ上げてトホマがプテヒタ人ではない事実をつき止めるなど、その素性を調査している。
トホマ
キュリパのサッカークラブ「レッドスターズ」で選手をしている青年。レズモアの隣国プテヒタの出身と称しているが、実はリズルの戦乱を落ち延びたヅードの最後の生き残り。のちにウルナ・トロップ・ヨンクと結婚する。
場所
リズル
シグ群島に属する小さな島。大陸から遠く離れており、風と雪が厳しい過酷な自然環境のため、孤絶した生態系を持つ。もともとヅードという民族が暮らしていたが、レズモアに併呑された。その後、ヅードとレズモアの紛争が起こり、島南端のケニティ基地がレズモアの拠点となった。
チルモの翼
ヅードの文化遺産。リズルのケニティ基地の近くにある。巨大なスキージャンプ台のようなもので、「蛮躍」と呼ばれるヅードの独自の風習で用いられる。内部は人が暮らせるスペースになっており、ヅードの捕虜となったウルナ・トロップ・ヨンクは、このチルモの翼に監禁されていた。
トロップ
レズモアの町。ツァブ湖のほとり、トスクァブ山の麓にある。ウルナ・トロップ・ヨンクたちの出身地でもある。もともとは自然が美しい静かな田舎であったが、キュリパの発展と共に外国人が増え始め、同時に排斥運動が始まった。
キュリパ
レズモア国内の新興の町。ツァブ湖の南岸に位置する。レズモア軍の保養所が作られて以来、急速に発展を続けている。人気サッカーチーム「レッドスターズ」の本拠地。キュリパの病院で、レズモア軍を辞めたチュリッカが看護師として働いている。
レズモア
ウルナ・トロップ・ヨンクたちの祖国。広大な版図を持つ覇権国家で、盛んに戦争を繰り返している。リズルにおけるヅードとの紛争は、レズモア全体から見ればほとんど報道もされない小さな出来事に過ぎない。
その他キーワード
ヅード
リズルの原住民。レズモアの兵士たちの目には巨大な歯茎のような、異様な怪物の姿に見えているが、それはブルィ型認識票の精神干渉による幻覚であり、実際は全員がふつうの人間。軍事力ではレズモアに大きく劣っており、レズモアとの紛争の結果として全滅させられた。
ブルィ型認識票
複雑な機能を持つ認識票。リズルの対ヅード戦線でレズモア軍が用いた試作品で、見た目はただの大ぶりなイヤリングだが、装着すると五感のすべてに干渉して、敵であるヅードの姿を怪物のように見せる。また、麻薬のように精神を高揚させるなどの効果をもたらす。しかし、弊害が多すぎるので正式採用はされなかった。ラトフマは「悪魔の玉」と呼んでいる。