世界観
物語の舞台は、一九世紀後半のフランス。全二部で構成されており、第一部は南フランスのプロバンス地方のアルルにある、ラコンブラード学院を中心に進行する。貴族と高級娼婦の間に生まれたセルジュ・バトゥールは、転入先のラコンブラード学院で、ジルベール・コクトーと同室になる。学生や院長先生と肉体関係に浸り、周囲から腫物扱いされているジルベールに、セルジュはしだいに惹かれていく。特異な生い立ちから、叔父(本当は実父)のオーギュスト・ボウに肉体と精神を支配されていたジルベールだが、やはり複雑な生い立ちを持ち、孤独な心を抱えるセルジュと魂を共鳴させていく。そして学院の仲間たちの協力を得て、オーギュストの影響から逃れるべく、学院から脱走するのだった。
続く第二部では、パリで生活を始めたものの、しだいにすれ違っていくセルジュとジルベールの様子が、多彩なエピソード共に語られる。そして大きな悲劇によりジルベールが死に、抜け殻のようになったセルジュが己を取り戻すまでが描かれる。
時代背景
『風と木の詩』は、小学館発行の「週刊少女コミック」1976年10号から1980年21号にかけて第1部が、小学館発行の「プチフラワー」1981年冬の号から1984年6月号にかけて連載された。また、番外編『幸福の鳩』が、1991年11月、角川書店より刊行されたイラスト集『海の天使』に、描き下ろしで収録された。作品の構想は早い段階からあり、竹宮惠子公式HPには、「物語の種は既に1970年に生まれており、実際に連載が始まるまで6年を費やしている」と記されている。1970年代初頭の少女漫画界は、まだ作品の主人公は少女でなければならないという考え方が一般的であり、男性同士の同性愛を取り入れた『風と木の詩』の内容は先鋭的すぎた。1971年から連載の始まった『空が好き』で少年を主人公にした作品を発表するなど、萩尾望都たちと共に、少女漫画の領域を拡大する創作が、しばらくは続く。そして満を持して、『風と木の詩』の連載が開始されたのである。連載第1回に、ジルベール・コクトーの同性愛のシーンを持ってきたことで、作品は最初から大きな話題を呼んだ。そして男性同士の恋愛を描く、その後の、やおい文化やBL物の誕生に、大きく寄与することになったのである。
あらすじ
第一部
1880年11月の南フランス。プロバンス地方のアルルにあるラコンブラード学院に、貴族と高級娼婦の間に生まれ、とび色の肌を持つセルジュ・バトゥールが転入してきた。セルジュと同室になったジルベール・コクトーは、学院の生徒や院長先生と肉体関係を持つ、美貌の少年だ。特異な生い立ちから、叔父(本当は実父)の、オーギュスト・ボウから、肉体と精神を支配されているジルベール。一方、セルジュの方も、複雑な生い立ちを持っていた。最初はジルベールの在り方に戸惑いながら、しだいにセルジュは彼に惹かれていく。孤独な魂を響かせながら、二人は接近していった。
第二部
ついに結ばれたセルジュとジルベールは、オーギュストの影響から逃れるべく、学友たちの協力を得て、学院から脱走する。パリに行き、新たな生活を始めた二人。しかし生活に追われるセルジュと、それが理解できないジルベールの心は、しだいにすれ違っていく。そして売春組織の元締めから薬を打たれ、阿片の虜になったジルベールは、悲劇的な死を迎えた。抜け殻のようになるセルジュだが、大きな欠落を抱えたまま、己を取り戻すのであった。
番外編
1888年のパリで、ピアニストとして活躍するセルジュ。その演奏会で、セルジュやジルベールと学院時代にかかわった、ジュール・ド・フェリィとアリオーナ・ロスマリネが再会する。少年時代から歪んだ関係にあった二人だが、彼らはセルジュの現在の姿を見て、未来に踏み出していく。
特殊設定
『風と木の詩』の大きな特色は、男性同士の同性愛を大胆に取り上げたところにある。1975年に発表した『夏への扉』にも同性愛の要素を入れたりと、『風と木の詩』以前から、竹宮惠子の関心は表明されていた。しかし『風と木の詩』には、いままでにない直截的な表現で、同性愛が描かれている。ストーリーそのものは、オーソドックスな青春群像物語であるが、大胆な同性愛の扱いが、『風と木の詩』を独自の作品にしていたのである。
関連商品
1978年、小学館よりイラスト集『風と木の詩』が刊行されたが、別作品も収録されている。1983年、小学館よりイラスト集『LE POEME DU VENT ET DES ARBRES 風と木の詩 竹宮恵子豪華イラスト集』が刊行された。また、OVA『風と木の詩』のムック本に、学習研究社の『風と木の詩 絵コンテ集』、小学館の『風と木の詩 sanctus -聖なるかな-』がある。
メディアミックス
ラジオドラマ
ジルベール・コクトーの声を、郷ひろみが担当した。白泉社文庫版『風と木の詩』第三巻の解説で、脚本家の井沢満が「TBSラジオで『風と木の詩』の一巻目のさわりだけを郷ひろみのジルベール・コクトーでミニドラマ化したことがあり、その時脚本を書いたのが駆け出しであった私である」と記している。
舞台
1979年5月、劇団『エイプリルハウス』によって、東京の目黒区民センターで上演された。セルジュ・バトゥールを中川州、ジルベール・コクトーを若木え芙(現・わかぎゑふ)が演じている。
音楽
1980年、日本コロムビアからイメージアルバム『風と木の詩』が発売された。1984年、日本コロムビアからイメージアルバム『風と木の詩 ジルベールのレクイエム』が発売された。1985年、日本コロムビアから『風と木の詩 シンセサイザー・ファンタジー』が発売されたが、1980年の『風と木の詩』を、シンセサイザーで演奏したものである。また、1987年には、ポニーキャニオンより、OVA『風と木の詩』のサントラ盤『風と木の詩 音楽編 SANCTUS -聖なるかな-』が発売された。
OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)
1987年11月、ポニーキャニオンより発売された。監督は、安彦良和。セルジュ・バトゥールの声を小原乃梨子、ジルベール・コクトーの声を佐々木優子が担当した。
小説
『風と木の詩』の続編となる小説『神の子羊』全三巻が、光風社出版より、1992年から1994年にかけて刊行されている。イラストは、竹宮惠子。作者の、のりす・はーぜは、竹宮惠子のマネージャー的な立場で、十数年にわたり行動を共にした増山のりえである。
著名人との関わり
小学館のフラワーコミック版『風と木の詩』第一巻の解説「万歳! ジルベール」で、詩人・演出家・小説家等の多彩な活躍で知られる寺山修司は、『風と木の詩』は、少女コミック風に描かれた、価値紊乱の世界である。その出現は、パリの文壇に、作者不明の『O嬢の物語』やマルキ・ド・サドの『ジュスティーヌ』が出現したときのような大事件を思わせる」と述べ、さらに「これからのコミックは、たぶん『風と木の詩』以後という呼び方で、かわってゆくことだろう」と称揚している。
登場人物・キャラクター
セルジュ・バトゥール
『風と木の詩』の主人公のひとり。黒い瞳、とび色の肌をした混血の少年。14歳。生真面目な性格で、ピアニストとして高い才能を持つ。子爵家の跡取りであった父アスラン・バトゥールとジプシーの高級娼婦パイヴァの駆け落ちの果てに生まれた子供で、両親の死と共に四歳で子爵家に引き取られた。伯母リザベート・カーライルを成人までの後見人とし、子爵の爵位を継承するが、その肌の色から社交界では差別や好奇の目に晒される。 セルジュに好意を抱いた従姉妹アンジェリン・カーライル・マディソンがリザベートの折檻から彼を庇おうとして火傷を負った事件を契機に、ラコンブラード学院に入学。寮でジルベール・コクトーと同室になる。 ジルベールの破滅的な行為を恐れるが、次第にその奥に秘めた愛の激しさ、純粋さに惹かれていく。
ジルベール・コクトー
『風と木の詩』の主人公のひとり。金髪碧眼、少女のような面差しの妖艶な美少年。14歳。生徒から教師まで多くの男性を惑わし、性的関係を持っている。高名な詩人であるオーギュスト・ボウが義兄ペール・コクトーの妻アンヌ・マリーに誘惑され生まれた不義の子。マルセイユの城館海の天使城で教育も受けず使用人たちによって育てられていたところを、オーギュストに引き取られる。 オーギュストは猟犬を躾けるようにジルベールを支配し、やがてジルベールはその暴力的な愛へ応えるようになっていった。再びジルベールを引き取りたいというペールの申し出を契機に、オーギュストの手によってラコンブラード学院に入学することとなる。 同室となったセルジュ・バトゥールの清廉さに反発するが、その優しさに触れ次第に彼に心を開くようになる。
オーギュスト・ボウ
高名な男性詩人。35歳。遠く離れたマルセイユの海の天使城に住みながら、莫大な金額の寄付によって自らの出身校でもあるラコンブラード学院を裏から操り、生徒総監アリオーナ・ロスマリネにジルベール・コクトーを監視させている。戸籍上はジルベール・コクトーの叔父となっているが、実は実父。 幼い頃、コクトー家の養子となり、義兄ペール・コクトーから性的虐待を受けて育った。その関係を察したペールの妻アンヌ・マリーがオーギュストを誘惑し、生まれたのがジルベールである。義兄夫婦から置き去り状態にされていたジルベールを引き取り、自分の思うがままに躾け、支配する。 セルジュ・バトゥールの父アスラン・バトゥールは、オーギュストのラコンブラード学院在籍時の上級生にあたる。
パスカル・ビケ
ラコンブラード学院の生徒で、セルジュ・バトゥール、ジルベール・コクトーの同級生。めがねをかけ、無精ひげが目立つ17歳の青年。最上級の官吏職に就くため、主席卒業を狙っており、そのために三年連続落第生となった。自他共に認める医学狂だが、知識は数学からラテン語、雑学まで幅広い。 女系家族の中で育ち、腹違いの弟ミシェル・ビケをことのほか可愛がっている。将来の夢は天才児の息子を育てること。
カール・マイセ
ラコンブラード学院の生徒で、セルジュ・バトゥール、ジルベール・コクトーの同級生。級長を務める真面目な優等生で、教師陣からの信頼も厚い。街の下宿から学院に通う身ながら、下級生が使う寮のB棟監督生でもある。転入生であるセルジュ・バトゥールに好感を持ち、彼ならば寮の問題児であるジルベール・コクトーを更正させてくれるかもしれないと考え、二人を同室にするよう舎監の教師フランソワ・ワッツに頼みこむ。
パトリシア・ピケ
パスカル・ビケの妹。容姿にコンプレックスを持っていたが、セルジュ・バトゥールと出会い、美しく生まれ変わる。その後、職業婦人となり、本の編集者となる。パリでセルジュ・バトゥールとジルベール・コクトーの生活を支えた。
アンジェリン・カーライル・マディソン
セルジュ・バトゥールの従姉妹。バトゥール家の後見人となったセルジュ・バトゥールの伯母の娘。セルジュ・バトゥールに心惹かれるが、受け入れてもらえず、もみ合いの末に顔に火傷を負う。後にオーギュスト・ボウに利用され、婚約するも破棄される。
アリオーナ・ロスマリネ
ラコンブラード学院の生徒で、学業優秀な優等生。白い王子と呼ばれる、金髪で美しい容姿を持つ。セルジュ・バトゥール入学時の生徒総監だが、生徒総監になるためにオーギュスト・ボウを利用しようとするが逆に薬を盛られて犯され、支配下に置かれていた。
ジュール・ド・フェリィ
ラコンブラード学院の生徒で、アリオーナ・ロスマリネとは昔なじみで、没落落族の出のため、アリオーナ・ロスマリネに学費を免除してもらっている。アリオーナ・ロスマリネがオーギュスト・ボウによって生徒総監を罷免された後、その座についた。
ジャン・ピエール・ボナール
パリで活躍する彫刻家。男色家でもある。芸術家だけあって美しいものを深く愛する。オーギュスト・ボウには毛嫌いされているが知人であり、彼の家を訪れた際にジルベール・コクトーの美しさに幻惑され、彼を誘拐して強姦してしまう。
ルノー
ジャン・ピエール・ボナールの一番弟子。ジルベール・コクトーを毛嫌いしており、ジルベール・コクトーがジャン・ピエール・ボナールの家に居候をしていた際、追い出そうとしてもみ合い、ジルベール・コクトーが自らの腕を刺す。この件により、ジャン・ピエール・ボナールに自分の不満を打ち明け、和解した。 後にジルベール・コクトーとセルジュ・バトゥールに協力的になる。
リリアス・フローリアン
ラコンブラード学院の生徒。セルジュ・バトゥールの後輩で、女性のような色香を振りまき、彼を誘惑しようと試みる。
ルイ・レネ
ラコンブラード学院の教師。アスラン・バトゥールの3つ先輩で音楽のライバルだった。5歳のセルジュ・バトゥールの演奏を聞いて教師になることを決意した。
マックス・ブロウ
ラコンブラード学院の生徒で、授業のノートやレポートと引き替えにジルベール・コクトーの身体を弄ぶ。
ルーシュ教授
アスラン・バトゥールを教えた音楽教師。セルジュ・バトゥールの才能に惚れ込み、弟子とする。
フランソワ・ワッツ
ラコンブラード学院の教師で舎監。アスラン・バトゥールと親しく、ラコンブラード学院では彼の3つ先輩。バトゥール子爵家の召使いリデルに思いを寄せていた。アスラン・バトゥールの息子セルジュ・バトゥールを気に入り、かわいがっている。
セバスチャン・マイセ
ラコンブラード学院の生徒でカール・マイセの弟。セルジュ・バトゥールに憧れている。
ジャック・ドレン
ラコンブラード学院の生徒だったがジルベール・コクトーの企みによりセルジュ・バトゥールに暴力を働こうとしたが失敗、アリオーナ・ロスマリネにより放校処分にされた。
ダルニーニ
パリを仕切る麻薬の元締め。ジルベール・コクトーに目をつけ、彼を目をつけ、手に入れようと執拗に付け狙う。
アスラン・バトゥール
セルジュ・バトゥールの父で、バトゥール子爵家の跡取り。ラコンブラード学院在学中に結核を患い、1年間休学していた。ピアノの才能を持ち、ピアニスト志望であったが、父ジョセフ・ルイ・バトゥールの強い反対を受けていた。。パイヴァに一目惚れし、彼女をジョルジュ・ルイ・ガルジェレから奪い、駆け落ちする。 駆け落ち先の山村で結核が再発し、死亡。
パイヴァ
高級娼婦(ココット)を生業としており、ジョルジュ・ルイ・ガルジェレの愛人として囲われていたが、アスラン・バトゥールと深く愛し合い、駆け落ちする。アスラン・バトゥールが亡くなったあと、セルジュ・バトゥールをひとりバトゥール子爵家へ預ける。後に駆け落ちした先の村で結核により死亡する。
ジョルジュ・ルイ・ガルジェレ
パイヴァを囲っている老人。侯爵の地位にあり、社交界で絶大な権力を誇る。
リデル
バトゥール子爵家の召使い。アスラン・バトゥールに好意を寄せており、パイヴァとの恋をかたくなに反対した。
リザベート・カーライル・マディソン
セルジュ・バトゥールの従姉妹。セルジュ・バトゥールに想いを寄せている。事故により顔面に火傷を負い、セルジュ・バトゥールはその責任を感じている。オーギュスト・ボウの企みで彼と婚約することになるが、後に破棄された。
ペール・コクトー
対外的にはジルベール・コクトーの父親ということになっている。オーギュスト・ボウの義兄で、彼を虐待していた。アンヌ・マリーの夫。初めは愛のない結婚だったが、ジルベール・コクトーを産んだことの罪悪感に苛まれる様子を見て、妻に愛情を抱くようになる。
アンヌ・マリー
ペール・コクトーの妻。オーギュスト・ボウを誘惑し、不義の子ジルベール・コクトーを産む。ふたりを嫌悪し、避けるように暮らしている。
ミシェル・ビケ
ピケ家の末っ子で、パスカル・ピケにかわいがられているが、父親が別の女性に産ませた異母弟。
ジョセフ・ルイ・バトゥール
セルジュ・バトゥールの祖父で、アスラン・バトゥールの父。パイヴァとアスラン・バトゥールの恋に反対していたが、アスラン・バトゥール亡き後、パイヴァを許し、二人の仲を反対したことを後悔して死亡。
集団・組織
ラコンブラード学院
『風と木の詩』の舞台で、フランス、アルルにある寮制の男子校。ジルベール・コクトーやセルジュ・バトゥールらが通学している。
場所
海の天使城 (けるびむ・で・ら・めーる)
フランス、マルセイユにある城館。ジルベール・コクトーが育った故郷でもある。ペール・コクトーの所有する城だったが、現在はオーギュスト・ボウに譲られている。