あらすじ
第1巻
動物と話す事ができる我妻弍郎は、街中の動物の頼みを得意の忍術を使って叶えていた。そんなある日、弍郎は1匹のケガをした黒猫を拾う。弍郎の手当てでケガを癒やした猫は、自身は猫ではなく、羅睺という名の物ノ怪であると語る。羅睺は多くを語らず、手当ての礼を言って去ろうとするが、弍郎はまだ完全に回復しきれていない羅睺を心配して引き留める。しかしそこに、羅睺を追って物ノ怪が現れ、弍郎は瀕死の重傷を負ってしまう。羅睺は弍郎を助けるため、己の身を弍郎に捧げる。弍郎は羅睺が憑依する事で傷を癒やして物ノ怪を打ち倒すが、その直後、公儀隠密局に囲まれて捕まってしまう。司場涼介から事情を聞き、祖父の我妻寿正に決意を伝えた弍郎は、鬼子母神一華を監視役に公儀隠密局と行動を共にする。弍郎は物ノ怪に対して隔意を持つ一華と険悪な雰囲気になるものの、彼女と協力して襲い掛かって来た物ノ怪を倒した事で距離を縮めるのだった。一方、司場は弍郎を戦力に組み込んだ新部隊「黒の灯火」の設立を上申し、暗躍する物ノ怪達への対抗措置を揃えようとしていた。
第2巻
我妻弍郎は、あれよあれよという間に黒の灯火の一員となった。羅睺と自分の自由のため、自分達をつけ狙う物ノ怪と戦う覚悟を決める弍郎であったが、同じく黒の灯火のメンバーである桐原零司とケンカをしたり、部隊結成初日から問題だらけ。それでも共に戦う仲間として認め合った一行は、装備を整えて敵の正体を探るべく、羅睺がかつて封印されていた「殺生石」のある神社に赴く。羅睺の失われた記憶に敵の正体への手がかりがあると摑んだ一行だったが、そこに新たな物ノ怪、咬牙が襲い掛かる。弍郎と零司は仲間達と分断され二人で戦うが、圧倒的な咬牙に手も足も出ず劣勢となってしまう。羅睺の一撃すら通用しない咬牙になす術がないと思われたその瞬間、公儀隠密局が送り込んで来た増援が姿を現す。これにより、状況が悪いと察した咬牙は撤退するのだった。
第3巻
初の実戦で敗北を喫し、力不足を痛感した黒の灯火の面々は、特務二課の外部協力者である芙蓉のもと、妖術対抗訓練を受ける。桐原零司と鬼子母神一華は芙蓉の幻術を打ち破り、見事試練を突破するが、我妻弍郎だけは羅睺の影響で幻術が暴走し、術の中に取り残されてしまう。幻術の中、弍郎が目にしたのは、失われた羅睺の記憶の世界だった。弍郎は羅睺の過去から自分達の敵は天鬼という物ノ怪である事を知り、戦いへの決意を新たにする事で幻術の世界からも脱出する。敵の正体を暴いた弍郎であったが、程なくして町が物ノ怪に襲撃を受ける事件が発生する。天鬼の一派の仕業と察知した司場涼介は、黒の灯火を現場に送り込む。弍郎の動物の声を聞く力で敵は4体の物ノ怪と知った弍郎達は、二手に分かれて物ノ怪達と相対する。今までにない強い力を持つ物ノ怪、鉄輪に苦戦する弍郎だったが、羅睺が真の力を解放した事で辛くも勝利する。しかし羅睺は、その絶大な力が弍郎の命を削るものだと気づくのだった。
第4巻
敵に勝利する黒の灯火の面々であったが、我妻弍郎の前に物ノ怪達の首魁である天鬼が現れる。天鬼は弍郎から羅睺を引き離す術を持っており、弍郎は圧倒的な力を持つ天鬼に打ちのめされたうえで、羅睺を奪われてしまう。しかし羅睺は最後の抵抗で、自身の妖気のすべてを弍郎の中に残していた。目覚めた弍郎は、羅睺の力を得た事を危険視され、公儀隠密局に拘束されていた。その事態に反発した弍郎は、今まで羅睺という枷で抑圧されていた妖気を暴走させ、その力に呑み込まれてしまう。力任せに暴れ回る弍郎だったが、駆けつけた我妻寿正に叩きのめされる事で正気に戻る。弍郎は事態の危険性を自覚し動揺するが、寿正の言葉で彼と共に修行する事を決意する。寿正、芙蓉に連れられ、「無明の森」にたどり着いた弍郎は、そこで1匹の白蛇と物ノ怪、文殊丸に出会う。文殊丸に殺されかかるが、白蛇の助言で羅睺の力を制御するきっかけを摑む。そして正体を現した白蛇、伊吹から、弍郎は天鬼の正体と恐るべき能力を聞かされるのだった。
第5巻
天鬼は集まった多くの物ノ怪を突如裏切り、彼らを亡き者にする。天鬼の真の力、それは「共喰い」だった。物ノ怪を食らえば食らうほど強くなる天鬼は、集まった物ノ怪を食らう事で絶大な力を得る。羅睺の機転で辛うじて生き残った咬牙は、その惨状から天鬼を見限り、羅睺の頼みで公儀隠密局にその事を伝える。一方、特訓を終えた我妻弍郎は黒の灯火に合流。咬牙からの話を聞き、羅睺を救うため、そして天鬼を止めるため最後の戦いに赴く。
登場人物・キャラクター
我妻 弍郎 (あづま じろう)
男子高校生。動物と意思疎通できる能力と、祖父の我妻寿正から伝授された忍術を特技とし、街中の困った動物の頼みをよく引き受ける、お人好しな性格の持ち主。羅睺を助けたのをきっかけにして、物ノ怪の争いに巻き込まれる。その最中、致命傷を負ったが、羅睺が憑依する事で九死に一生を得、以降は羅睺をパートナーとして行動を共にしている。公儀隠密局に捕まり、祖父から真実を聞かされた事で覚悟を固め、我妻弍郎自身の境遇に向き合う事を決める。その後、司場涼介の上申で結成された黒の灯火に所属。物ノ怪との戦いに身を投じていく。戦闘では体術と羅睺の力を借りた妖気による攻撃を主に行う。当初はパンチの際に妖気を上乗せするだけだったが、鉄輪との戦いではより大きな妖気を身にまとい、獣のような姿となって絶大な力を振るった。しかしその後、天鬼によって羅睺との憑依を強制解除されてしまう。羅睺の機転で羅睺の大半の妖気は弍郎の中に残されたが、羅睺という力を制御する要を失った事で不安定な状態となり、弍郎はその力を暴走させ、より獣化した姿となった。寿正によって暴走を制止されたあとは、彼の勧めにしたがって無明の森を訪れ、伊吹と文殊丸に師事を受け、15分間のみ妖気を制御する術を身につけた。
羅睺 (らごう)
黒猫の姿をした物ノ怪。背中の部分の模様が日輪のような形となっている。かつては「黒き凶星」と呼ばれ、畏怖された巨大な力を持つ物ノ怪だったが、近年まで殺生石に封印されていたため力と記憶の大半を失っている。現在は封印されていたところを天鬼によって強制的に解放され、彼に仲間になるように誘われるが、誘いを蹴り逃亡する。その最中、追っ手の攻撃で負傷していたところを我妻弍郎に拾われる。悪態をつくが、羅睺自身のトラブルに他人を巻き込む事を良しとしないまっすぐな性格で、弍郎の前からも黙って消え去るつもりだった。しかし追っ手の物ノ怪によって致命傷を負った弍郎を助けるため、羅睺の身を弍郎に捧げ、彼に憑依する。以降は弍郎をパートナーとして、彼と共に物ノ怪達と戦う。戦いでは妖気の制御を担当する。鉄輪との戦いでは、枷となっていた乙型隠密服・改が破損したのをきっかけにして、本来の力を発揮して鉄輪を瞬殺する。しかし、その力は代償として弍郎の命を削っている事に気づき愕然。その後、天鬼のワナで弍郎との憑依を強制的に解除されそうになったため、弍郎を救うため力のすべてを尻尾に込めて千切り、力を失った本体のみの状態で天鬼にあえて捕まった。
鬼子母神 一華 (きしもじん いちか)
公儀隠密局特務二課に所属する女性。燃えるような紅い髪をポニーテールにしている。隠密の名家である鬼子母神家の一人娘で、若年ながら物ノ怪とも渡り合える非常に優秀な局員。羅睺に憑依されたばかりの我妻弍郎と接触し、彼を拘束する。物ノ怪を毛嫌いし、弍郎に対しても当初は悪感情を向けていたが、共闘した事をきっかけに認め合う。その後、黒の灯火の発足と共に、同チームに配属される。母親は隠密局の局員だったが、何者かのワナによって石化し、石化を解除できず石像の状態となったまま保管されている。その事は機密となり、母親は死んだと聞かされて育ったため、強さに執着する気の強い性格となった。局員となった事で母親の真実を知り、母親を戻す事を願い、局員として戦っている。戦闘では素早い身のこなしと忍刀を武器に戦う。比良坂町の戦いでは呂蓮と戦い、これを捕縛する。呂蓮からは気の強い性格を気に入られ、求婚されているが、そっけない態度であしらっている。
桐原 零司 (きりはら れいじ)
公儀隠密局特務二課に所属する男性。かつては隠密の名家として知られた桐原家の出身。黒い髪を短く切りそろえ、眼鏡をかけたまじめそうな青年だが、その実、かなり軟派な性格をしており、若くてきれいな女性に目がない。黒の灯火に配属され、同チームに所属する鬼子母神一華や宇佐美花にも声を掛けている。一方、男に対しては態度が悪く、あからさまな悪態をつく。家に伝わる桐原流斬術を身につけており、若年ながらその剣の腕前はかなりのもの。戦闘では刀を武器として戦う。我妻弍郎とはケンカ友達ともいうべき関係で、よくささいな事でケンカしている。兄の桐原真司とはかつては仲がよかったが、兄が当主を受け継ぐ「刃の儀」で妖刀「閻魔風」に意識を乗っ取られ、父親を目の前で殺される。これによってかつては名家として名を馳せていた桐原家の名声は地に落ち、隠密局局内では腫れ物のような扱いを受けていた。兄を殺して妖刀から解放する目的を掲げていたが、比良坂町の戦いで再会した兄から真実を聞き、大きく動揺する。
司場 涼介 (しば りょうすけ)
公儀隠密局特務二課の課長を務める男性。くたびれた雰囲気を持つ中年ながら切れ者で、羅睺の存在を危険視する頭目連に、我妻弍郎の存在を囮として有効活用する黒の灯火の設立を上申した。特務二課の中では最年長であるため、年上として弍郎達を導く。幼い頃は何不自由ない裕福な家庭で暮らしていたが、父親の不倫が原因で母親が父親を殺し、母親も自殺するという凄惨な事件に遭遇する。それ以降、刺激を求める破滅的な思考を持つようになる。そのような経緯から、大人になると裏社会に入れ込むようになり、刺激を求める内、公儀隠密局の存在にたどり着く。公儀隠密局からは、独自に公儀隠密局の存在にたどり着いた手腕を買われスカウトされた。久澄陶子は同期で共に我妻寿正から指導を受けた。その性格から独断専行が多く、上からも下からも煙たがれた挙句、当時、形骸化していた特務二課に左遷された過去を持つ。
宇佐美 花 (うさみ はな)
公儀隠密局特務二課に所属する女性。黒の髪をショートカットにした事務員で、まじめで明るい性格をしている。警察官の両親にあこがれ、「せいぎのみかた」になる夢を持っていた。努力の末、夢見た通りに警察官となり、配属された警護課で貴重な女性SPとして多くの現場で活躍し、公儀隠密局にスカウトされる。局員として優秀な成績を収め、実戦でも期待されていたが、生来の優しさから「人を傷つけられない」という隠密局員として致命的な弱点が発覚してしまう。その後、事務員として左遷され、特務二課で黒の灯火に所属する事となった。特務二課では主に我妻弍郎達のバックアップを担当した。戦えない事に負い目を感じており、我妻寿正が復帰後は、密かに彼に訓練をつけてもらっている。
芙蓉 (ふよう)
人間に友好的な物ノ怪。長い髪を二つ結びにした、10代前半の少女のような姿をしている。公儀隠密局の外部協力者で、「特二の便利屋」の通称で呼ばれている。妖気の扱いに長けた妖術のエキスパートで、数十年前から特務二課の妖術対抗訓練を担当する。幻術、飛行、通信と多彩な妖術をあやつる。我妻寿正とは新人時代からの付き合いらしく、寿正の過去の赤裸々な失敗を知る数少ない人物。人間を食らう事に否定的で、チーズケーキと稲荷寿司が好物。伊吹とは古い付き合いがあり、お揃いの髪留めは友情の証。芙蓉が公儀隠密局に力を貸すようになってからは、中立を旨とする伊吹とは立場の違いから疎遠となっていた。我妻弍郎が羅睺の力を制御できなくなった際には、その特訓を伊吹にお願いしにいく。その後は伊吹が弍郎を気に入った事もあり、芙蓉と伊吹も自然と仲直りした。
久澄 陶子 (くすみ とうこ)
公儀隠密局特務一課の課長を務める女性。「冷静・冷酷・冷淡」の三拍子揃ったクールビューティーで、髪を夜会巻きにし、スーツを着こなしている。その冷徹とした佇まいから、一部の隠密局局員から「女帝」の名で恐れられている。厳格な両親のもとで生まれ育った才媛で、高校卒業後、海外の大学に進学。優秀な成績で卒業後帰国し、公安調査庁に所属する。優秀な調査官としてすぐに頭角を現すが、物ノ怪を祀る宗教団体の調査で信者と物ノ怪の抵抗に遭い、体中に消えない傷を負う。その後、本人の希望で公儀隠密局に入局した。当時、特務二課を率いていた我妻寿正の部下となり、司場涼介とは同期となる。その後、公儀隠密局でも着々と出世し、異例の若さで特務一課課長に就任する。久澄陶子自身と正反対の司場にはどこか惹かれている。同じ公安出身の姫塚万里からは敬愛されているが、彼女からの誘いはすべて断っている。冷徹な人物だが、実は純愛系の少女漫画が大好きで、隠れて愛読している。
時枝 蛮十郎 (ときえだ ばんじゅうろう)
公儀隠密局特務一課に所属する男性。メガネをかけた老紳士で、スーツを着こなし、上品な雰囲気を漂わせている。久澄陶子の右腕ともいえる存在で、彼女の意を汲み、適切にサポートする優秀な人物。元殺し屋で、世界を転々として活動していたところ、日本で物ノ怪と遭遇。自力で物ノ怪を撃退したところを、物ノ怪を追って来た公儀隠密局に見つかり、スカウトされた。戦闘能力だけではなく実務能力も高く、特務一課の精鋭部隊「黒衣衆(くろごしゅう)」にもすぐに選抜される事となった。その能力の高さから役職への出世も考えられたが、時枝蛮十郎本人が道具として誰かに使われる立場を望んだため見送られている。
姫塚 万里 (ひめつか ばんり)
公儀隠密局特務一課に所属する女性。小柄な体形で、長い髪をツインテールにしている。両親は日本人だが、生まれと育ちは中国。幼い頃は気弱な性格をしていたが、カンフーヒーローにあこがれて、拳法道場に通い始めた事で才能が開花し、大人顔負けの格闘術を身につけた。大学進学を機に日本に移住し、卒業後、公安に就職。その後、公儀隠密局にスカウトされる。公儀隠密局の中でもすぐに頭角を現し、特務一課の精鋭部隊「黒衣衆(くろごしゅう)」に選抜される。同じく黒衣衆の乾猛流にとって先輩兼教育係にあたり、よく「愛の鞭」と称して乾に理不尽な命令を下している。久澄陶子を敬愛しており、彼女をよく食事に誘っているが、そのたびに断れて落ち込んでいる。
乾 猛流 (いぬい たける)
公儀隠密局特務一課に所属する男性。身長が190センチを超える大柄な体形の青年で、髪をオールバックでセットしている。バスケットボール部でエースを務めたスポーツマンで、粗野な雰囲気に反してまじめな性格の持ち主。また家族思いで妹らを大学に行かせるため、高校卒業後、スポーツ推薦の話を蹴って陸上自衛隊に入隊。収入のほとんどを仕送りに当てている。自衛官時代にPMSC(民間軍事会社)を知り、単身渡米し、とあるPMSCの会社に就職。世界各国の紛争地帯を渡り歩いていたところを、公儀隠密局の目に留まり、スカウトされた経緯を持つ。公儀隠密局に入って以降もまじめな仕事ぶりが評価され、最近、特務一課の精鋭部隊「黒衣衆(くろごしゅう)」に選抜された。姫塚万里は先輩兼指導係で、彼女からよく辛らつに扱われている。筋トレと料理と家庭菜園を趣味とする。
桐原 真司 (きりはら しんじ)
桐原零司の兄。かつては弟思いの優秀な兄だったが、数年前に失踪。現在は天鬼一派に協力しており、比良坂町の戦いで鳴子の護衛として零司と対峙した。隠密の名家である桐原家の嫡男で、桐原流斬術の正当後継者として「刃の儀」に臨むが、儀式で使った妖刀「閻魔風(やまかぜ)」に意識を呑まれ父親を惨殺。完全に正気を失う直前に、零司に桐原真司自身を殺せるように強くなる事を言い聞かせた。実は零司は兄に何をしても敵わないと思っていたが、剣の才能では兄を完全に凌駕していた。しかし零司は幼い頃、自分が勝つと兄が父親に折檻されるという状況の目の当たりにして以降、無意識に力を加減し、兄に負けるようになる。悪気のない零司の手加減に、桐原真司は劣等感を感じ、死に物狂いで剣の稽古を重ねるが、つねに自分の実力に伯仲する零司に言い知れぬ恐怖を感じるようになる。そして閻魔風の妖気によってその抑圧した思いを解き放たれ、凶行に及んだ。零司に対しては愛憎入り混じった複雑な感情を抱いており、本気の零司と殺し合いをする事を心待ちにしている。
我妻 寿正 (あづま としまさ)
我妻弍郎の祖父。高齢ながら鍛え抜いた逞しい体を持ち、精悍な雰囲気を漂わせた老爺。我妻家は隠密の名家で、自身も元公儀隠密局の忍。何の疑問も持たず人や物ノ怪と戦い続ける暗い闇の世界で生きて来たが、妻と結ばれ、娘をもうけた事で隠密家業を終わらせる事を決意する。しかし妻に先立たれ、娘も孫の弍郎の出産で亡くなる。弍郎の父親の行方が摑めなかったため、弍郎を引き取り、父親代わりとして育て始める。弍郎に忍術を教えたが、あくまで弍郎に教えたのは護身術としての体術のみで、弍郎を隠密として働かせるつもりはなかった。しかし弍郎が羅睺に憑依された事で、一時は弍郎を我妻寿正自身の手で殺して、のちに自分も自決しようと覚悟を決めていた。老いても歴戦の戦士としての腕前にはいっさいの陰りがなく、隠密として最高峰の実力を誇る。現役を引退していたが、弍郎が黒の灯火に所属した後は特別顧問として復帰し、新人達の訓練をつけている。
伊吹 (いぶき)
「無明の森」に住む物ノ怪。妙齢の美女のような姿をした物ノ怪で、公儀隠密局とは相互不可侵条約を結び、中立の立場を取っている。「鬼神」の二つ名を持つ強大な物ノ怪で、かつては御庭番衆からもその存在は危険視されていた。文殊丸もかつて自分を討伐しようとした御庭番衆の一人だったが、長い年月交流する内に愛情を育み、文殊丸が死の間際、遂に結ばれる。伊吹自身の妖気の半分を分け与え、「半物ノ怪」となった文殊丸と夫婦の契りを交わす。以降、全盛期の半分の力となったが、その事を後悔せず、文殊丸と仲睦まじい夫婦として過ごしている。天鬼からも勧誘されたが、彼を「孤独に角と手足が生えたような男」「愛のない男」と嫌い、門前払いしている。相互不可侵条約を結んでいるが、これは人間達の打算的な考えが嫌いなだけで、人間との交流を拒絶している訳ではない。そのため、我妻弍郎のような気に入った人間には力を貸している。また芙蓉とは古い友人関係だが、彼女が公儀隠密局に力を貸すのを決めて以降は疎遠となっていた。
文殊丸 (もんじゅまる)
「無明の森」に住む物ノ怪。牛の頭蓋骨をかぶった男性のような姿をしている。戦闘では巨大な鎌を武器に戦う。元人間で、200年前、御庭番衆の一人として伊吹の討伐のため無明の森にやって来た。しかし、伊吹に挑む内にお互いに愛情を育み、彼女と結ばれる。伊吹の妖気で妖怪化し、「半物ノ怪」ともいうべき存在になっている。人間から物ノ怪となったため、妖気の扱いに苦労した過去を持ち、数十年をかけて今のように自在にあやつれるようになった。この事から人間でありながら、妖気を持つようになった我妻弍郎に妖気の指導をする事となる。
天鬼 (あまぎ)
人に仇なす物ノ怪達を率いる首魁。白と黒のモノトーンカラーの髪をオールバックにし、白いスーツを着た壮年の男性のような姿をしている。元は霊山の山神だったが、当時の御庭番衆の物ノ怪狩りに反発し、人に仇なす物ノ怪となった。羅睺の存在を求めていたが、数百年前から彼からその主義主張を拒絶されている。大願成就のためなら手段を選ばない徹底した合理主義者で、かつての御庭番衆との戦いでの敗北から強い力を得る事に執着している。「共喰い」という、仲間である物ノ怪を食らうたびに強くなる能力を持ち、羅睺を求めるのも、彼の力を自らに取り組むためで仲間意識は持っていない。伊吹からはその能力の危険性と自尊心の高さは、「孤独に角と手足が生えたような男」と形容されている。事実、打倒人間という天鬼の主張に賛同した同志の命すら自らの糧としか見ておらず、最終決戦直前に集まった物ノ怪を不意打ちで皆殺しにし、その力を食らう。物ノ怪の力を結集した事で絶大な力を得、最終決戦では全身鎧に身を包んだ屈強な姿となった。
咬牙 (こうが)
天鬼に与する物ノ怪。白髪の少年のような姿をしている。17年前に生まれたばかりの比較的若い物ノ怪で、強さに執着し、最強の力を手にして物ノ怪の王になる事を目指す。そのために羅睺の存在に執着しているが、当の羅睺からは自身の力しか求められない事を見抜かれており、拒絶されている。我妻弍郎と同年代の少年のような姿をしているが、その力は絶大で、弍郎と桐原零司の二人がかりを軽くあしらうほどの力を持つ。本気を出した場合、巨大な剣のような物を武器にして戦う。意外に物ノ怪への仲間意識は強く、あまり自発的に行動しない鳴子や、のちに人質となった羅睺の面倒も見ている。天鬼に協力していたが、天鬼が自分達を裏切り、「共喰い」で仲間達を惨殺したのを見て決別を決意。羅睺の頼みで、公儀隠密局に天鬼の情報を伝える。その後は弍郎達へのわだかまりは捨てきれないが、共通の敵を前に矛を収め、天鬼のもとに向かう弍郎を援護した。弍郎の父親とも因縁があるらしく、弍郎の名前を知った際に言及している。
鳴子 (なるこ)
天鬼に与する物ノ怪。黒い髪を長く伸ばし、ドレスを着た10代半ばの少女のような姿をしている。頭から2本の角が生え、歯がギザギザ状になっている。町一つを包み込む巨大な結界を張り、結界に侵入した敵を把握する能力を持つ。マイペースな性格をしており、目を開けたまま作業中に寝たりする。ふだんはぼーっとして天鬼の命令に従うだけだが、面倒見がよい咬牙には懐いていた。最終決戦前まで天鬼の作った結界内で待機していたが、咬牙の目の前で天鬼に共喰いされ死亡した。
鉄輪 (かなわ)
天鬼に与する物ノ怪。2メートルを超える屈強な大男のような姿をしている。本性を現すと2本の角が生え、大きな体軀の鬼のような姿となる。大雑把でいい加減な性格をしており、絡め手よりも力を真正面からぶつける戦いを好む。かつては山林を治める鬼神で、人々から崇め奉られていた。しかし信仰していた村人達が御庭番衆と結託して襲い掛かって来た事で人間に失望。物ノ怪が畏怖されていたかつての時代を再び到来させるため、天鬼に協力する。単純ながら圧倒的な力を持つパワーファイターで、比良坂町の戦いでは、我妻弍郎を苦しめた。しかし、真の力を発揮した羅睺の一撃で体を粉砕され死亡した。
呂蓮 (ろれん)
天鬼に与する物ノ怪。口元にガスマスクのようなものを付けた10代半ばの少年のような姿をしている。黒い旗を振るって人をあやつる能力を持つが、複雑な命令を行う事は不可能。また幻術を得意とし、呂蓮自身が幻術で作り出した世界に敵を引きずり込んで戦うのを得意とする。人間の作り出す洋服や音楽は気に入っているが、基本的に人間を見下している。比良坂町の戦いでは、鬼子母神一華と戦い幻術で翻弄するが、角を切られて敗北。そのまま公儀隠密局に拘束される。その後は一華を気に入った事や、長い物に巻かれる軽い性格をしている事から、公儀隠密局に協力する。実は天鬼以外にも別の力ある物ノ怪ともつながっており、公儀隠密局の情報を流し、あわよくば乗っ取るのを目的として公儀隠密局に協力する事を決めた。公儀隠密局に従順なのは演技だが、一華に対して向ける好意は本物。ドMの気があり、そっけなく接されれば接されるほど一華への愛情を大きくしている。逆に一華が好意を利用して色仕掛けをしようとした際には萎えていた。
那智 (なち)
我妻で飼われていた白い毛並みの犬。面倒見がよく、優しい性格をしていた。母親がおらず、動物と話せる我妻弍郎が祖母のように接した存在で、幼い頃によくいじめられていた弍郎を慰めていた。現在は亡くなっているが、彼女の教えは弍郎にとって大きな指針となっている。若かりし頃は、我妻寿正と共に公儀隠密局で物ノ怪と戦っていた。
集団・組織
公儀隠密局 (こうぎおんみつきょく)
陰の公的組織。その組織の起源は「御庭番衆」を基にしており、御庭番衆が明治維新で幕府から新政府に鞍替えした事によって生まれた。表向きには存在しない組織で、陰から情報操作や諜報活動、そして物ノ怪の監視と排除を仕事内容としている。かつては物ノ怪と血で血を争う抗争を繰り広げていたが、近年は物ノ怪が絡む任務は激減しており、主に人間を相手にする任務が主となっている。このため人間を相手にする任務が多い「特務一課」が人員、権力共に最大手の花形部署となっており、妖怪相手の任務を主とする「特務二課」は構成員も予算もほとんど回されない窓際部署となっている。またこれら以外にも、情報処理課、技術開発課などが存在する。組織の意思決定は「御館様」とも呼ばれる局長と四人の御頭で構成される「頭目連(とうもくれん)」で行われる。
黒の灯火 (ぶらっくとーち)
公儀隠密局特務二課所属の対物ノ怪特別隠密機動部隊。基本的に通称号の「黒の灯火」の名前で呼ばれる。我妻弍郎の所属に伴って、司場涼介の上申によって設立された。初期構成員は課長である司場を含めた5名で、実質的に特務二課のメンバー全員がこの部隊に所属している。
その他キーワード
乙型隠密服・改 (おつがたおんみつふくかい)
公儀隠密局の隊員用の特殊装備。耐熱、耐圧、防刃、防弾、絶縁、防水とあらゆる状況に対応した防護服であるのと同時に、特殊繊維が人工筋肉として動きをサポートするため、着るだけで身体能力を大幅にアップする事が可能。このほかにも妖気を中和する機能が搭載されているため、物ノ怪との戦いでも大きな力を発揮する戦闘服となっている。これらの性能は、通常の乙型隠密服にも存在するが、乙型隠密服・改にはさらに開発中の装備が試験搭載されている。その試験装備は二つ存在し、「量子迷彩偽装形態(りょうしめいさいカモフラモード)」は乙型隠密服・改の見た目を一般的な私服に偽装する機能で、「量子迷彩隠身形態(りょうしめいさいステルスモード)」は使用者諸共その姿を透明化し、周囲からは見えなくする機能となっている。これらの機能追加に伴ってデフォルトの形態は「強襲形態」と名付けられた。「隠身」は非常に強力だが、スーツの機能が極端に低下するというデメリットが存在し、通常時は「偽装」、戦闘時は「強襲」、隠密行動時は「隠身」と機能の使い分けが重要となっている。また試験運用されている理由は量子迷彩機能に莫大なコストが掛かるためであり、乙型隠密服・改を1着作るのに戦闘機が1機買えるほどのコストが掛かるとされる。
物ノ怪 (もののけ)
妖怪、あやかし、悪霊、怪異などさまざま呼び名で呼ばれる、人ならざる者。寿命のない半不死の存在で、悠久の時を生き、ほとんどの者はふだんは人や動物の姿をして人に混じって生活したり、森や山奥に隠遁し、気ままに暮らしている。半不死だが完全な不死ではなく、物を食べなければ力を衰弱させ、体をバラバラにされたら死亡する。基本的に何でも食べられるが、人間が嗜好に合う物が多く、強い生命力を持つ人間を食らう事で物ノ怪は妖気を大きく上昇させられる。ただし中には、芙蓉や羅睺のように人を食らうのを好まない者も存在する。物ノ怪には基本的に親も子もおらず、生命の思念が沈殿し、混合し、ふいに顕現する事で生まれる。生まれながらにしてある程度、完成された存在で、太古の時代では人々に敬われ、畏れられ、信仰の対象となっていた物ノ怪も数多く存在する。ただし信仰の対象となっていた物ノ怪の中には、生贄を要求する者も多くいたため、近年は公儀隠密局によってその多くが狩られるか懐柔されるかされている。基本的に物ノ怪の本性は角が生えた姿をしており、角によって妖気を制御する。
殺生石 (せっしょうせき)
妖気を抑える特性を持つ希少鉱石。物ノ怪を封印する際に用いられる石で、巨大な妖気を持つ物ノ怪ほど大きな殺生石に封印されている。封印の仕組みは、物ノ怪を強制的に殺生石に憑依させるというもので、物ノ怪は身動きができない石の中で延々、妖気を吸われ続ける事になる。このため数十年、数百年、殺生石に封印され続けた物ノ怪は意識が希薄になる。羅睺も第七特別封鎖廟に存在する大きな殺生石に300年あまり封印されていたが、記憶障害を引き起こし、過去の記憶がほとんど失われていた。
結界 (けっかい)
妖気で生み出した霧。この霧で包まれた空間は、一時的にこの世ならざる場所「隠世」へと変貌するため、外界から隔絶され、通常の方法では侵入する事ができなくなる。また有線無線問わず通信手段も無効化されるため、外から中の様子を確かめる術も存在しない。唯一、妖気を用いた連絡のみ送受信が可能となっている。ふつうの方法では侵入できないが、公儀隠密局は乙型隠密服・改の妖気中和機能を使い、侵入する事ができる。基本的に結界の範囲は小規模なものだが、大きな妖気を持つ者の中には町一つを結界で包み込む事が可能な者もいる。