『風太郎不戦日記』国民的作家の見た、戦争という光景18 Pt.

山田風太郎は戦後日本を代表する大衆小説家である。「忍法帖」シリーズを筆頭に、さまざまなジャンルに代表作を持つ国民的作家といえるだろう。本作『風太郎不戦日記』は、山田風太郎の昭和20年(1945年)の日記「戦中派不戦日記」を下敷きに、当時の彼の心情や、彼を取りまいた太平洋戦争下の日本を漫画で描き出した作品だ。戦時中の日本では、満20歳以下の男子が徴兵検査を受け、軍隊に招集された。この徴兵年齢は昭和19年度には満19歳に、昭和20年度には満17歳にまで引き下げられる。山田風太郎は昭和17年(1942年)に満20歳で徴兵検査を受けたものの、肋膜炎のせいで丙種合格(徴兵対象は甲種・乙種合格者のみ)となり、戦地に駆り出されることなく東京医科大学の医学生として不戦のまま終戦を迎えた。運命の年である昭和20年を内地で過ごした風太郎は、当時の出来事を日記に克明に記録する。のちの国民的作家の目には、大戦末期の日本社会はどのように映っていたのだろうか。

作成日時:2022-01-22 19:00 執筆者:マンガペディア公式

『風太郎不戦日記』国民的作家の見た、戦争という光景

出典:講談社


昭和二十年一月一日 運命の年明く。

本作の物語は昭和20年1月1日から始まる。試験の結果に一喜一憂したり、柳家三亀松や古川ロッパの演芸や映画を楽しんだり、戦時下の食生活が記録されたり……と、一介の学生の目を通した「昭和20年の生活史」が丁寧に描かれていく。前年の昭和19年(1944年)には国民学校の3年生から6年生の児童(現在の小学校3~6年生に相当)の疎開が始まり、建物疎開(火災の延焼を防ぐための建物の取り壊し)も始まっていたが、「非常時」にまだこのような娯楽が庶民生活に残されていたことに驚かされる。
時代背景を見ると、昭和19年7月にマリアナ諸島のサイパン島が陥落したことで日本列島はアメリカのB29爆撃機の航続可能距離内に入り、その基地を発したB29によって日本の本土への空襲が始まった。サイパン島陥落は、いわば「王手」で、この時点で日本の敗戦は確定的となった。事実、サイパン陥落で「絶対国防圏」が破られると東條英機内閣は総辞職し、日本はソ連を通じての和平工作を模索するようになる。東京への空襲は昭和19年11月から本格化した。終戦までに合計122回も空襲が行われることになるが、のちの大空襲(昭和20年3月10日)に比べれば、この時点での被害はまだ限定的だった。空襲警報のたびに慌ただしく防空壕に逃げ込むものの、「大山鳴動して鼠一匹」の状態が続いていたようだ。
本作の第1話では、深夜に空襲の音が鳴り響く中、風太郎は「どうせまた目黒までは来やしませんよ……」と言って布団に潜り込む。風太郎の下宿先である高須家のおかみさんも「いつまでこんな生活続くのかしら」とぼやくように、人々は「空襲慣れ」している様子だ。このような弛緩した空気感が醸成されていた中、東京は大空襲の日を迎えることになる。
東日本大震災の頃の緊急地震警報や、現在のコロナ禍における緊急事態宣言を経験した現代人であればこそ、注意喚起が繰り返されると危機感が薄れていく心情には共感できるに違いない。本作品は戦時下における銃後の暮らしを描いているが、遠い昔の出来事ではなく、現在にも通じる物語といえるだろう。


五月二十四日 目黒焼ける

本作は時代考証が徹底している。昭和20年当時の東京の町並みや、室内の家財道具や調度品、煙草、雑誌、食べ物、小物に至るまで、丁寧に作画されている。さながら戦中の暮らしを展示する博物館のようであり、当時に思いを馳せることができる。しかし、そうした時代考証は、作画部分だけにとどまらない。作中のセリフ一つ一つにも、昭和20年当時の現実が込められている。たとえば第7話では、目黒上空に米軍機が飛来した際に「白いもの身につけてる奴どこかへ行ってくれ」と大声で指示を出している人が描かれている。物語の本筋とはあまり関係性が高くないので、流して見てしまう1コマかもしれない。しかし、サイパン島陥落後、警察などの公的機関は夏服を廃止したという史実がある。上空からは白いものが目立つので、狙い撃ちされないようにするための配慮である。こうした何げないコマのセリフ一つとっても、この時代の庶民に共有されていた情報や知識が込められている。
あるいは8月11日の風太郎の独り言(第10話)からは、日本がソ連を通じて和平工作をしていたことが、当時すでに噂として広まっていた様子がうかがえる。綿密な時代考証によって、本作では「昭和二十年の現実(リアル)」が紙面に再構築されている。史実を知らなくても本作を楽しむことはできるが、時代背景を知れば、よりこの作品の解像度は高まるだろう。であればこそ、3月10日の東京大空襲後の焼け野原や、風太郎が遭遇した5月24日の目黒空襲の惨劇が、読者にもリアルに伝わってくる。


八月十五日 帝国ツイニ敵ニ屈ス。

昭和20年当時の風太郎は、内地にいる医学生で、親はなく居候中で、なんにも責任を負っていない。まさにモラトリアムな状態である。皮肉屋で冷笑家。軍国主義でも反体制でもない。周囲からはひょうひょうとした人物と思われており、ペンネームにもあるように「風」を思わせるような人物だ。
あくまでニュートラルな立場で、当時の人々を眺めている。愛国的な上級生、理想主義の同級生、生活に困窮して厭戦気分に満ちた庶民の姿を、風太郎は冷静な目で観察している。だが、戦火がわが身に近づくにつれ、そんな風太郎の傍観者的なスタンスは次第に変容していく。度重なる空襲や疎開生活によって、冷静でシニカルだった風太郎も、熱に浮かされたような精神状態に陥ってしまう。戦争が人間の精神にどのような影響を与えるのか、まざまざと見せつけられ、あらためて戦争の恐ろしさを実感させられるだろう。
「風」のような風太郎の心中に、「嵐」が吹き荒れる。終戦の日を描いた「第十話 八月十五日」では、そうした風太郎の心理状態の変化が鮮明に描き出されていき、物語はハイライトを迎える。


十二月三十一日 日本は亡国として存在す。

終戦直後の日本は物不足に陥った。外地(植民地)からの物資供給が途絶えたうえに、戦地から兵隊が復員してくると、物不足はさらに深刻化する。8月15日の玉音放送後以降のエピソードでは、風太郎が体験した物不足の状況が描かれていく。物不足の代表例といえば砂糖だ。日本の砂糖生産は台湾や南洋諸島が担っており、太平洋戦争前の昭和14年(1939年)には国民一人あたりの砂糖の消費量は約16kgと現在とほとんど同じだったが、時局の悪化にともなって配給制へと移行し、敗戦によって流通は完全にストップ。終戦直後の昭和21年(1946年)にはわずか200gと激減した。甘い物はとにかく貴重だったため、12話で路上にチョコレートを並べて商売するアメリカ兵に庶民が群がるのも、仕方のないことだった。
終戦からわずか5日後に開かれたという、新宿マーケット(闇市)の生活感がリアルだ。とにかく、物がない。しかし、それにも増して、「自分たちの信じていた思想がなくなってしまった」「自分たちはこれから何をよりどころにすればいいのだろうか」という空気が民衆のあいだにうずまいていたのがわかる。12月31日の日記に記された「日本は亡国として存在す。」に、当時の彼の実感がこもっている。終戦から75年以上たった今、当時を覚えている世代は少なくなった。戦中と終戦直後に、われわれの先祖は何を信じ、何を考えていたのか。戦史や資料には記録されることがない、日本の「記憶」がこの作品では再現されている。



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