あらすじ
第1巻
女子大学生の辺清美は、対人コミュニケーション能力がほぼゼロの、いわゆる「コミュ症」。18年間友達がいない事に危機感を覚えた清美は、唯一得意とする料理を介してなら、人とかかわる事ができるのではないかと思い、定食屋「阿吽」でアルバイトを始める。清美には、人並み外れた味覚や嗅覚があり、一度口にした物の味は忘れないという特技があった。そんな彼女が、店主の中江善次郎やその息子の中江清正との関係や、来店する客への接し方に苦慮しながら、調理にも加わり、料理を通して人と心を通わせていく。そんなある日、滅多に店に寄りつかなかった清正が、部活のチームメイトを連れ、食事に訪れた。高校生向けの物を出してほしいという清正からの要望を受け、清美はメニューにないメンチカツを作る事を決める。(第0膳「Mission:…impossible?」)
阿吽の常連客、岡崎といっしょに久しぶりに店を訪れたのは、岡崎の部下の新条だった。彼は、大阪から上京して3年、岡崎の心配をよそに、関西弁も忘れるほど仕事に忙しい毎日を送っていた。ある日、清美は仕事をしながらファストフードで片手間に食事を済ませる新条の姿を目にする。その後、阿吽に食事に来た新条の様子に異変を感じた清美は、彼の注文したうどんを、関西風に変更する事を善次郎に提案する。(第1膳「To work or to eat,that is the question.」)
清美が大学の図書館で知り合ったのは、医学部に在籍している鈴代桜。彼女は、入試トップの実績を持つ秀才だったが、食事に興味を持てず、ランチはいつもエナジーバー。よく嚙み、ゆっくり食べるために小食になってしまう彼女にとって、食事は時間がかかり、全部食べ終わる事が困難で、いつも苦痛を感じるものになってしまっていた。そんなある日、食事をきちんととらない事で貧血を起こし、倒れてしまった桜を心配した清美は、意を決して桜を阿吽に誘う。桜が悩みながらも店で注文したのは鯖の味噌煮。それを、桜に合わせたものに仕上げるため、清美は善次郎と共に工夫を凝らしていく。(第2膳「Don't think Eat!」)
善次郎が留守中、清美と清正は、阿吽の前で行き倒れそうになった少年の大曽根樹を保護する。500円で食べられるものをと注文した彼に、清美は肉じゃがを提供する。その味に感動した樹は、11歳でありながら、料理を作った清美に突然結婚を申し込む。実は彼は、有名料亭「和食 おおそね」の跡取り息子で、新たな味を開拓すべく食べ歩きの最中だったのだ。そんな樹は清美の料理の腕に惚れ込み、自分の父親の店で働いて、将来的にはいっしょに店を継いでほしいと清美に頼み込む。(第3膳「Red hot chili pepper + α」)
風邪気味で鼻が利かなくなってしまった善次郎。味が分からない状態の善次郎の体調を心配した清美は、夕ご飯を作ってあげたいと考えるが、なかなかうまく言い出す事ができない。その後、一大決心で申し出をし、その日のまかないを作る事になった清美は、鼻が利かなくても味を感じやすく、風邪にも効き目のあるメニューを考える。(第4膳「Take the sour with the sweet!」)
阿吽の近所にある「洋菓子ちあき」の息子、千明勝は、自分が根暗であるが故に、実家である洋菓子店の後継ぎに相応しくないと、思い悩んでいた。専門学校にも通い、プロのパティシエを目指してはいるものの、学校の課題である春のスウィーツにも煮詰まり、ついには家出騒ぎを起こす始末。お菓子は大好きだが、卑屈故に自分が作ったものに自信が持てない勝は、ある日、阿吽の春限定メニューの試作に参加する事になる。そこで善次郎や清美の、料理に対する姿勢を見た勝は、改めて自分に欠けていたものに気づく。(第5膳「Spring has come.」)
第2巻
最近近隣で、ヒゲもじゃの不審者が出現するという情報を得た辺清美は、定食屋「阿吽」での仕事を早めに切り上げ、明るいうちに帰宅する事になった。すると帰宅途中、駅前で清美に声をかけてきたのは、噂と寸分たがわぬヒゲもじゃの幹戸文剛だった。不審者の出現にパニックになりかけた清美だったが、通りかかった楠木ハルに助けられ、話を聞く事になった。彼は、学生時代に食べたチキンライスの味が忘れられず、当時の記憶を頼りにチキンライスの名店を探していただけだった。そして、彼が持ちうるすべての情報からたどり着いたのは、阿吽、そして店主の中江善次郎だった。(第6膳「Chicken or the egg?」)
中江清正の幼なじみの国重陽芽は、家庭科の調理実習のメニューをアジフライに決めるにあたり、自宅で試作し、清正に食べさせたが、彼の反応は陽芽が思ったようなものではなかった。もともと魚が苦手だったはずの清正が、魚を食べる事に抵抗がなくなるなど、清正の変化を感じ取った陽芽は、その原因が、清美の存在にあるのではないかと思い始める。そこで、清美自身に探りを入れに行った陽芽は、思いがけず清美に料理に関するアドバイスをもらい、いっしょにアジフライの試作品を作ってみる事になる。(第7膳「Reel him in!」)
阿吽の近所にあるタバコ屋の娘、大平秋江は、久しぶりに戻った実家で、母親の大平砂代と口喧嘩をしてしまう。そこへ偶然通りかかった清美はとばっちりを受け、怒りに任せて砂代がぶちまけた水を全身にかぶってしまう。阿吽へ移動し、善次郎を加えて現状について話をしている中で、清美は、砂代が夫を亡くして以来人が変わってしまった事を知る。砂代は悪態をつきながらも、以前は夫と喫茶店を営んでいた事、夫が作るナポリタンがとても美味しかった事を清美に語って聞かせる。そこに解決の糸口があると感じた清美は、すかさず善次郎に相談。善次郎はそのナポリタンのレシピの覚え書きを残しておいた事を思い出す。(第8膳「All roads lead to Napolitan.」)
鈴代桜は、阿吽に通うようになって以降、食事はある程度きちんと取るようになったものの、夏バテに悩んでいた。そんな中、実家からお母さんが訪ねて来る事になり、日々、自炊をしているという噓をごまかすため、料理の練習を開始する。しかし、もともと何でもきっちり決めないと気が済まない性分ゆえ、あいまいな表現の多い料理に悪戦苦闘。このままではらちが明かないと、清美に助けを求める事を決める。(第9膳「Stand by you.」)
清美は、善次郎と清正、大曽根樹といっしょに花火大会に行く事になった。それぞれが持ち寄ったお弁当の案を総合してメニューを決め、みんなで買い出しに行き、いっしょに調理して弁当を用意。それを持って花火の会場へ向かう。清美は、ハルの手助けで、思いがけず浴衣に身を包む事になり、幼い頃の記憶が断片的に蘇る。(第10膳「You can't always remember what you want.」)
高校野球の秋季大会真っただ中の清正は、強豪校との対戦を間近に控え、スタミナを意識した肉食中心の生活を送っていた。幼い頃の経験から、大事な試合の前日には、必ずトンカツを食べてゲン担ぎをしていた事を知り、清美は改めてスポーツと食事について勉強してみようと、図書館を訪れた。そこで、試合前の食事として、揚げ物がNGである事に気づく。悩んだうえ、清美は善次郎に相談し、試合前日の食事として適切な物を用意するため、準備を始める。(第11膳「Superstition ain't the way,but...」)
テレビドラマ
2023年テレビドラマ化。10月14日より東海テレビ・フジテレビ系列にて放送。主人公の辺清美を桜田ひよりが演じる。
登場人物・キャラクター
辺 清美 (あたり きよみ)
小正大学の国際教養学部1年に在籍している女子大学生。年齢は18歳。極度の対人恐怖症、いわゆる「コミュ症」で、人と目を合わせて話す事ができない。趣味は料理。味覚、嗅覚に優れており、一口食べただけで、その料理にどんな調味料がどれだけ使われているかまで、詳細を判断する事ができる。18年間友達がいない事を危惧しており、大好きな料理を介すれば、人とかかわる事ができるのではと考えて、定食屋「阿吽」のアルバイトを始める事になった。 幼い頃に両親を亡くし、伯母夫婦のもとで育てられた。共働きで仕事が忙しい伯母夫婦の家では、自分が料理をする事で、家族として認めてもらえている事を実感できた。料理は彼女にとって唯一の、大切なコミュニケーションツールとなった。 大学進学を機に、もともと両親と暮らしていた事のある町で、一人暮らしを始めた。両親と暮らしていた頃の記憶はほとんど残っていなかったが、「阿吽」でアルバイトを始めて以降、断片的ではあるが、少しずつ思い出していく。
中江 善次郎 (なかえ ぜんじろう)
定食屋「阿吽」の店主を務める男性。年齢は42歳。1年前に妻を亡くして以降、一人で店を切り盛りしていたが、忙しさに手が回らない状態となり、アルバイトを雇う事にした。辺清美の味覚や感性、料理の実力を認めており、彼女が上手にコミュニケーションを取る事ができない事にも、ある程度の理解を示している。頑固な性格で、にらみを利かすと、強面のため怖い人のように見えるが、実は心配性なところもあり、根は優しい。 お店で出す料理は、極力お客様に合わせたものを用意するなど、細かい心配りも忘れない。野球ばかりで店に寄りつこうともしない息子の中江清正には、料理の事にもっと興味を持ってほしいと考えている。中学生の頃の友人、幹戸文剛からは、「じっちゃん」と呼ばれていた。
中江 清正 (なかえ きよまさ)
小正高校に通う男子。中江善次郎の息子。学校では野球部に所属し、野球漬けの毎日を送っている。そのせいか、実家である定食屋「阿吽」にはほとんど寄り付かず、野球部のチームメイトが店で食事をしたいと言ってきても、彼らを連れて店を訪れる事を嫌がっている。店のメニューが「おっさん向け」である事を気にしており、手伝いもする事はなかったが、辺清美がアルバイトを始めた事がきっかけとなって、何かとお店にかかわるようになる。 清美には、ほのかな思いを寄せている。
岡崎 (おかざき)
定食屋「阿吽」の常連客として、長年店に通っている中年男性。いつも朗らかで人当たりのいい性格。味噌汁はかつお出汁が好み。会社では課長を務めており、部下である新条の様子を気にかけている。
新条 (しんじょう)
会社員の男性で、岡崎の部下。定食屋「阿吽」の常連客だが、しばらくぶりに姿を見せた。営業として仕事に忙しい毎日を送っており、外回りで仕事をしながら片手間に食事を済ませる事も少なくない。大阪から上京して3年、東京の暮らしにも慣れ、最近では関西弁も出なくなった様子。忙しいながらも充実感を体感している。 いりこ出汁の味噌汁と、さつまいもご飯が好き。
鈴代 桜 (すずしろ さくら)
小正大学の医学部医学科に在籍している女子大学生。大学の図書館で辺清美と知り合い、それ以降、何かと顔を合わせる事が増えた。入試でトップの成績をおさめた優秀者で、入学式では新入生代表を務めた。勉強だけが心の拠り所となっており、勉強にすべてを費やしている。性格上、何でもきっちりハッキリがつねなため、正確な数値を求めすぎる傾向にあり、あいまいな表現の多い料理にはまったく関心を示さない。 小食で、食事自体に興味がなく、食事に苦痛を感じている。そのため、お昼ご飯はもっぱら栄養補助食品のエナジーバーだけだった。しかしある日、栄養の偏りから校内で倒れた事で、清美から定食屋「阿吽」へとお誘いを受ける。それ以降、週の半分以上は、「阿吽」で食事を済ませるようになる。
大曽根 樹 (おおそね いつき)
有名料亭「和食 おおそね」の一人息子。父親は和食界の重鎮。11歳の小学生だが、味や食感には特に敏感で、料理に対する情熱は辺清美に負けない。新たな味を開拓すべく食べ歩きをしていたが迷子になり、偶然、定食屋「阿吽」の前を通りかかった。その時に、清美作の肉じゃがを食べて感銘を受け、将来的には自分と結婚して実家を継いでほしいとプロポーズした。 1週間に一度だけ、夕飯を外で食べる許可をもらっているため、その日はもっぱら「阿吽」で食事をするようになった。「阿吽」の跡取り息子である清正には、強いライバル心を持っている。
千明 勝 (ちあき まさる)
定食屋「阿吽」の近所にある、洋菓子店、「洋菓子ちあき」の22歳の息子。実家を継ぐためプロのパティシエになるべく、専門学校に通っている。最近では店を手伝うようになっていたが、書き置きを残して突然姿を消そうとした。基本的に根暗で、思いつめる性格のため、明るい両親や、明るい雰囲気の店を負担に感じている。お菓子は大好きだが、自分の作る物に自信が持てない。
楠木 ハル (くすのき はる)
定食屋「阿吽」の近所にある花屋の娘。中江善次郎とは小中高等学校がいっしょだった幼なじみ。ショートヘアで、男っぽいサバサバとした性格。幼稚園の頃には、善次郎と結婚する、と周囲に吹聴して回っていた事がある。
幹戸 文剛 (みきど ふみたけ)
中江善次郎とは半年だけ同じ中学校に通った事がある友人。ヒゲもじゃの男性で、中学校の前で怖い顔して佇んでいたため、いつの間にか不審者として、地域一帯から警戒されていた。子供の頃、転勤族だった家族の影響で、短期間での転校を繰り返していた。そのため、善次郎とは半年だけの関係だったが、その時にごちそうになったチキンライスの味が忘れられず、記憶の断片だけを頼りに店を探しに町を訪れた。 作家を目指していた事もあり、善次郎からは「ブンゴウ」と呼ばれていた。
国重 陽芽 (くにしげ ひめ)
鮮魚店「魚重」の娘。中江清正とは、同じ学校に通うクラスメイトであり、幼なじみ。陸上部に所属しており、足が速い。清正に思いを寄せており、バレないようにと必死に隠しているものの、実際には清正以外の人には完全に気づかれている状態。小学校の頃、清正から「魚くさいからお前んちキライ」と言われた事に傷ついており、その事は今でも根に持っている。 家庭科の調理実習で作るアジフライを、魚をあまり得意としていない清正においしく食べてもらいたいと奮闘する。最近の清正の魚に対する変化に気づき、その理由が定食屋「阿吽」でアルバイトを始めた辺清美との関係にあるのではないかと疑っている。
大平 秋江 (おおひら あきえ)
定食屋「阿吽」の近所にあるタバコ屋の娘。実家を出て一人暮らしをしているが、仕事のついでに帰郷した。しかし母親の大平砂代から、35歳になっても結婚の兆候がない事をなじられ、大げんかに発展。それがきっかけで辺清美と知り合う。
大平 砂代 (おおひら すなよ)
定食屋「阿吽」の近所にあるタバコ屋の女性店主。大平秋江の母親。年齢は70歳。10年前に夫を亡くして以来、むやみやたらと悪態をつくようになってしまった。今では、打ち水をする姿を、近所の小学生から「砂かけババア」のようだ、と揶揄されるなど、少々嫌われた存在になっている。生前の夫とは、現在タバコ屋となっている同じ場所で喫茶店を経営していたが、夫が作る名物のナポリタンを今でも忘れられずにいる。
お母さん (おかあさん)
鈴代桜の母親。小柄でかわいらしい印象の優しい女性だが、とても心配性な性格をしている。食が細い娘を心配して、以前にも桜の一人暮らしの部屋を訪れた際、冷蔵庫いっぱいに、恐ろしい量の作り置きをした事がある。外食をする事は体に悪い、と否定的な考えを持っている。
場所
阿吽 (あうん)
中江善次郎が店主を務める定食屋。客層としては中年男性が多く、若い人は少ない。ランチタイムは特に忙しいが、お客様個人個人の好みや、季節に合わせて味を変えるなど、きめ細かい心配りが特徴。昔から近隣住民に親しまれている店だが、20年ほど前に区画整理があったため、昔とは場所が変わっている。
書誌情報
あたりのキッチン! 全4巻 講談社〈アフタヌーンKC〉
第1巻
(2017-04-21発行、 978-4063882537)
第2巻
(2017-10-23発行、 978-4063882988)
第3巻
(2018-04-23発行、 978-4065112366)
第4巻
(2018-10-23発行、 978-4065132111)