あらすじ
第1巻
人里離れた山深く、携帯電話の電波も届かない場所で道に迷ってしまった明光花菜は、安全な車の中に義妹弟の幸と福を残し、助けを求めて歩き始めた。雪もちらつく寒さの中、花菜が辿り着いたのは、昔話に出て来そうな古風な佇まいの秘湯・極楽温泉だった。そこにいた超不愛想な男前の三助・一郎は、よれよれにくたびれた花菜を迎え入れる。彼は、救助を求める花菜から事情を聞き出すと、眉間にしわを寄せながら、すぐさま消防団に救助を手配。子供達の事は心配いらないと花菜を安心させる。そして一郎は、車に残る幸と福のもとに戻ろうとする花菜を引き止めて湧き出る温泉まで連れて行き、無理矢理湯に浸からせる。暖かさにホッとし、心も体も緩んだ花菜は、これまで背負って来た苦しみをひと時忘れるのだった。
第2巻
人里離れた山奥の秘湯・極楽温泉で、温泉守兼三助を務める一郎のもと、明光花菜は、義妹弟の幸、福と共に居候させてもらう事になった。そんな花菜のもとに、ある日、近隣にある寺の娘・六子が現れる。六子は、幼なじみの秋子が実家に戻って来てからというもの、部屋に引きこもってばかりで様子がおかしい事を心配し、花菜に協力を求めてきたのだ。秋子は、大学卒業後都会への就職を決め、実家を出て暮らしていた。しかし、父親を亡くし、一人になった母親・春江が、腰に不安を抱えながら、家業であるトマト農家を続けている事を心配し、実家に戻って来たのだった。だが秋子は、戻って来てからというもの、部屋に引きこもっては夜な夜な電話口でずっと謝っていたり、手を傷だらけにしていたりと、何か不穏な空気を漂わせている。当初は心配していた春江も、友人にまで心配をかけている娘にあきれ、すっかり腹を立ててしまった。そんな春江を連れて、六子と共に極楽温泉にやって来た花菜は、春江に自分の亡き母親の姿を重ね、親子関係の改善を図るために協力を決意する。
第3巻
明光花菜と幸、福の三人は、近隣住民にもすっかり溶け込み、穏やかな生活を送っていた。そんなある日、花菜は遠くの町まで出かける事になった。お利口さんに留守番をしていると約束した幸と福は、お土産を心待ちにしながら、一郎と共に花菜の帰りを待っていた。一方で、花菜が町へ向かったのは、亡くした両親の保険金に関する手続きのためである事を知っていた近隣住民達は、これを機に、花菜が一郎のもとを出て行ってしまうのではないかと不安を覚えていた。近隣住民達の中では、いつも明るく元気な花菜が、いつの間にかなくてはならない大きな存在となっていたのだ。そして、そんな彼らの思いを知った一郎は、自分自身も同じように、花菜を心の中で大切な存在として見ている事に気づく。
登場人物・キャラクター
明光 花菜 (あけみつ はな)
女子大学生で、年齢は19歳。ずっと二人暮らしをしていたお母さんが、パパさんと再婚し、連れ子である幸と福を加えた五人家族になる。しかし、両親が新婚旅行先で自損事故を起こして他界し、まだ幼い義妹弟の面倒を見る事になった。両親が遺した預貯金はあったが、妹弟を養うために大学を休学し、働き始めた。だが、勤める先々で、閉店や休業など、仕事を続けられなくなる事情が重なったうえ、火事のもらい火を受けて自宅が焼け、住むところさえ失ってしまう。 20歳の誕生日を翌日に控えた日、せめて誕生日を祝おうと安いショートケーキを探しているうちに、迷山町へ迷い込んだ。動かなくなってしまった車の中に幸と福を残し、助けを求めに出て、極楽温泉に辿り着く。 そこで一郎に助けられた事がきっかけとなり、強引に幸や福と共に極楽温泉に居候する事になった。基本的に明るく頑張り屋の働き者。極楽温泉では、主に一郎の手伝いをするほか、近所の農家を手伝う事でお金を貯め、自立に向けて日々労働に汗を流している。両親の再婚に際しては、表向きは全力で祝福していたものの、心中はかなり複雑だった。 そのうえ、自分が両親に勧めた新婚旅行で、二人が事故死してしまったため、両親の死に対して責任を感じている。
一郎 (いちろう)
年齢不詳の男性。山の中にある秘湯・極楽温泉で、客の背中を流す「三助」を務めている。面立ちは二枚目の男前だが、超が付くほどの不愛想で、人付き合いに関しては非常に不器用。基本的にいつも不機嫌面ですぐ怒るが、本当は優しい心の持ち主。家主の代理として、1か月ほど前から極楽温泉を守っている。プライベートな事や、プロフィールを知られる事、写真や記録に残される事を極端に嫌がる。 極楽温泉にやって来るさまざまな客の中でも、特に姿が見えない人ならざる客を相手に、見て、聞いて、話す事ができるため、たくさんの「迷子の死にかけ」を救う事に貢献している。極楽温泉に迷い込んで来た明光花菜を救ったあと、花菜と幸、福と四人で暮らす事になった。 当初は嫌がっていたものの、次第に花菜達のいる生活に馴染んでいる事に気づく。幸や福からはことのほか慕われ、いつも遊びをせがまれている。近隣の人達からも慕われているが、自分からは進んでコミュニケーションを取ろうとしないため、謎多き存在となっている。
幸 (さち)
もうすぐ5歳になる女の子で、おかっぱ頭で眼鏡をかけている。福の実姉であり、明光花菜の義妹。幼い頃に実母まじょを亡くし、実父パパさんと暮らしていたが、父親の再婚に伴ってお母さんと花菜と家族になった。しかしその後、両親が事故死。花菜と福と三人での暮らしを始めたものの、自宅が火事で焼けてしまうなどの不幸が重なり、偶然辿り着いた極楽温泉の一郎のもとで居候する事になった。 姉としての自覚を持って、福をかわいがり面倒を見ていたが、花菜という新たな姉ができた事で、自分は姉ではなくなってしまったと勘違い。福に対してどう接したらいいのかわからなくなってしまう。かわいいもの好きで、特に菜の花とグミが大好き。
福 (ふく)
2歳のヤンチャな男の子。幸の実弟であり、明光花菜の義弟。自分が生まれた時に実母まじょを亡くし、実父パパさんと暮らしていたが、父親の再婚に伴ってお母さんと花菜と家族になった。しかしその後、両親が事故死。花菜と幸と三人での暮らしを始めたものの、自宅が火事で焼けてしまうなどの不幸が重なり、偶然辿り着いた極楽温泉の一郎のもとで居候する事になった。 天真爛漫で底抜けに明るく、言葉は主に幸のまねをしているだけの片言。好きなものはケーキとあたりめ。
お母さん (おかあさん)
ショートヘアでふんわりと優しい印象の女性。娘の明光花菜と二人で暮らしていたが、パパさんとの再婚に伴って、相手の連れ子である幸と福を加えた五人家族となった。幸と福の面倒を花菜に任せ、新婚旅行へと向かったが、旅行先で自損事故を起こし、帰らぬ人となった。花菜の20歳の誕生日を祝ってやれなかった事と、再婚に際して花菜の気持ちを汲んでやれなかった事を心残りにしている。 実は生前、パパさんの元妻であるまじょから、自分の身に何かあったら、幸と福の新しいママになってほしいと頼まれていた。
パパさん
幸と福の実父。ひょろっとしていて頼りない印象もあるが、心優しい性格の持ち主。子供達の実母であるまじょを亡くし、お母さんと再婚した事で、明光花菜を含め五人家族となった。幸と福の面倒を花菜に任せ、新婚旅行へと向かったが、旅行先で自損事故を起こし、帰らぬ人となった。幸と福を花菜に任せる形になってしまった事を心残りにしている。
六子 (むつこ)
迷山駅の少し手前にある寺・延命寺の娘。都会に出ていて10日ほど前に実家に戻って来た幼なじみの秋子が、それ以来自分の部屋に閉じこもったまま出て来なくなってしまった事を心配し、明光花菜を頼って来た。秋子よりも1歳年上な事もあり、秋子に何かあったのではないかと心底心配しているが、花菜を頼ったのには、イケメンの一郎目当てという理由もあった。 自分ももともと実家を出て遠くの町でOLを務めていた事がある。
秋子 (あきこ)
春江の娘で、幼い頃は気弱で泣き虫で甘えん坊だった。大学を卒業したあと、自分が本当に進みたい道を見つけ、都会への就職を決めて家を出たが、先日突然実家に戻って来た。しかし、トイレと食事以外自室に引きこもっているばかりで何も語ろうとしない。部屋では、夜遅くに何度も電話をしては相手にずっと謝っていたり、手や腕は絆創膏だらけ、小さな悲鳴が聞こえたりと、かなり不穏な空気を醸し出しているため、母親をはじめ周囲の人に心配をかけている。 実は父親を亡くして以降、母親を心配する一心で、実家へ戻って来た。母親には内緒にしていたが、「神楽坂ダイヤ」のペンネームで漫画誌「エロリー」にエロ漫画「美・フランケン」を連載している。大学卒業前にはデビューしており、実家を出たのも本当は漫画家として活動していくため。 しかし、ジャンルがジャンルだったため、周囲に打ち明けられないままとなっていた。
春江 (はるえ)
秋子の母親。トマト農家を一人で切り盛りしているハキハキとした肝っ玉母ちゃん。秋子が都会で就職を決めて2~3年経った頃、夫を亡くした。秋子の兄にあたる息子もいるが、海外勤務ばかりでなかなか帰って来ない状態。去年ぎっくり腰になり、今でも畑仕事には慎重を期している。最近になって急に秋子が都会から戻って来たが、ずっと引きこもっている状況に腹を立てつつも心配している。
なまぺけ
極楽温泉に突然やって来た客。若い男性だが、生身ではなく、どこかで生きたままの体から、心だけ迷子になって訪れた。生気がなく、はだしのままの足からは、根っこが生えている。何の見返りも求めずに、一生懸命に他人の世話をしようとする明光花菜を、理解できない様子で、かなり冷めた目で見ている。物心ついてから、楽しい、嬉しい、面白いなど、プラスの感情を感じた事がない。 負の感情が強く、自らの命が保たないと悟った時、近くにいた花菜、幸や福までも道連れにしようとする。「なまぺけ」という名前は幸が付けたもので、「生身ではない」から、「生身×」→「なまぺけ」となった。
まじょ
幸と福の実母。子供の頃から病弱なうえ、親戚の家で育った影響で控えめな性格をしている。目と鼻の奥の方に「きゅむっ」とつままれるような感覚が走ると、悲しい出来事が起こるという不思議な感覚を持っている。予兆から実際に事が起きるまでは遅くとも3日と決まっているが、どんな事が起きるのか、その詳細を先に知る事はできない。 そのため、対象を守りようがなく、彼女にとっては何の役にも立たない第六感だった。のちに同じ職場で知り合ったパパさんと結婚し、子供を授かるが、福の出産と同時に他界した。福の出産が近づくにつれ、目と鼻の奥に例の感覚を感じるようになり、子供を守るために奔走。自分の身に何かあった時の事を心配し、お母さんに理由を打ち明け、その後の夫と子供達の事を託した。 幸と福の事が心残りで、極楽温泉で暮らす二人の前に魔法使いを装って姿を現し、魔女のお姉ちゃんとしてつかの間の時を過ごす。
竹造 (たけぞう)
極楽温泉がある迷山町に住む老人で、年齢は85歳。梅吉とは家がとなり同士で、誕生日も1日違いの幼なじみ。頭はスキンヘッドになっている。まだ若かった頃、遠い町へ働きに出た際知り合った女性と結婚、子供をもうけたが、彼女に田舎暮らしが合わなかったのか、妻は子供を置いて姿を消した。そのため、残された子供は梅吉とその妻の手で育てられた。 最近顔色が優れない梅吉を心配し、何かと理由を付けては彼のところへと足しげく通っている。
梅吉 (うめきち)
極楽温泉がある迷山町に住む85歳の老人。竹造とは家がとなり同士で、誕生日も1日違いの幼なじみ。頭のてっぺんは禿げているが、左右にふさふさと髪が残り、眼鏡をかけている。妻を亡くして20年が経った昨今、顔色が優れない事が多いが、幼い頃からの病院嫌いが祟って、まだ行っておらず、竹造からもつつかれている。極楽温泉に男前の三助が来たという噂を聞き、行きたい気持ちはあるものの、坂道を上る体力がなく、行けていない。
子供達 (こどもたち)
一郎が住む家の屋根裏に置いてある古い絵に描かれている子供達が実体化したもの。着物を身につけており、古い時代に極楽温泉の近隣に実際に住んでいた子供達。その中には、将来極楽温泉の管理を務める事になる家主や梅吉、竹造の子供時代の姿も含まれている。
家主 (やぬし)
極楽温泉のもともとの管理者だった老夫婦。一郎に温泉の管理を託し、長期休暇を取って旅に出た。極楽温泉にやって来る不思議な客は、目に見えない場合がほとんどで、その特殊な客の扱い方を、長年の勘だけで対応していた。実は屋根裏にある古い絵に描かれたたくさんの子供達のうちの「極楽茂」と「菊江」という名の二人であり、のちに夫婦となり、温泉の管理者となった。
場所
極楽温泉 (ごくらくおんせん)
迷山駅から信号のない道を走って車で30分、歩くと4~5時間かかる山の中の秘境にある温泉。悲しい、辛い、苦しいなど、心の奥に重いものを抱えた人から、重荷を溶かし出すという効能がある。生きている迷子、死にかけていて心だけが迷子になっている実体のない人、そのほか近所に住む人も時々癒されにやって来る、知る人ぞ知る秘湯。もともとは老夫婦の家主が管理していたが、一郎に託して長期休暇を取り、旅に出かけた。 近隣に住む住人も、この不思議な温泉の効能を知っており、温泉に迷い込んだ死にかけた人の実体を探すため、消防団などが山を捜索するという協力関係が成り立っている。
その他キーワード
エロリー
「大人の愛を知りたいGIRL」のための隔月刊少女漫画誌。エロ漫画が多数掲載されており、明光花菜が密かに愛読書として定期的に購入している唯一の贅沢品。看板作品は、超イケメンの人造人間が真実の愛を探し続けるエロ漫画「神楽坂ダイヤ」作の「美・フランケン」。花菜はこっそり一人でその漫画を楽しんでいたが、実は幸と福がどこからか探し当て、一郎にせがんで、絵本のごとく読んでもらっている。