概要・あらすじ
明暦3年(1657年)正月18日、のちに「明暦の大火」と呼ばれる大火災が江戸の町を襲った。同じ頃、おえんは娘のサクラをおぶって夫の夢助が帰ってくるのを待っていた。しかし夢助は戻らず、おえんは逃げまどう群衆の波に飲まれて転倒してしまう。その時、1人の男がおえんの手を取り、彼女を引き起こした。男の名は幻之介。
幻之介に助けられ、おえんとサクラは無事避難するが、依然として夫の行方は分からない。実は夢助は幻之介によって、すでに殺されていたのだった。おえんは幻之介が不吉な男と薄々気づきながら、彼の得体の知れない冷たさに魅かれていく。
登場人物・キャラクター
おえん
夫の夢助、娘のサクラと暮らす美しい人妻。小作人の娘で故郷の村では地主の長男である忠七と恋仲だったが、2人組の浪人に犯されたことから村に居づらくなり、忠七と別れて江戸に出てきた。江戸では深川の水茶屋「あやめ」で奉公していたが、忠七に瓜二つの夢助と邂逅し、彼の子を宿したのをきっかけに夫婦となる。しかし、明暦の大火で夢助は行方知れずとなり、やがて火事から自分を救ってくれた幻之介と肉体関係を持ってしまう。
幻之介 (げんのすけ)
明暦の大火の際、おえんを助けたニヒルな浪人。明言してはいないが、由井正雪の乱の生き残りであると思われる。酷薄非情な男で、おえんを自分のものにするために眉ひとつ動かさず夢助を斬殺。おえんの身体を奪うと、自分への想いの証として娘のサクラを殺せと彼女に迫る。だが、一方でおえんが自分の思い通りにならないことを望んでいる風でもあり、その真意は分からない。
夢助 (ゆめすけ)
おえんの夫。大工をしているいなせな美丈夫で、かつておえんと恋仲だった忠七に生き写しであることから、おえんと親しくなった。元締に借金をしておえんを身請けし、長屋で夫婦水入らずの生活を始めるが、明暦の大火の際、おえんを見初めた幻之介によって斬殺されてしまう。
サクラ
おえんと夢助の間に生まれた1歳半の娘。「おかあちゃん」「おちち」などの簡単な言葉を話すことはできるが、まだ母親の乳が恋しい年頃で、いつもおえんに背負われている。明暦の大火で夢助が行方不明となり、女1人となったおえんの重荷となっていく。
忠七 (ちゅうしち)
庄屋の息子で、かつてのおえんの恋の相手。小作人の娘であるおえんとの仲を父親の徳右衛門にとがめられるが、周囲の反対を押し切っておえんと一緒になろうと考えていた。しかし、徳右衛門の息がかかった2人組の浪人に襲われ、目の前でおえんを犯されてしまう。
お菊 (おきく)
深川八幡の水茶屋「あやめ」で働いている女性。おえんが茶屋奉公をしていた時の同僚で、何かと彼女の相談に乗っていた。こさんからおえんと幻之介の関係を聞いていたが、当初は彼女の話を信じていなかった。だが、おえんと幻之介の様子を見て、2人がただならぬ仲であることに気づく。
こさん
サクラの世話を手伝っている、おえんの昔なじみの老婆。以前は水茶屋「あやめ」で飯炊きなどをしていた。幻之介が夢助を殺害するところを目撃してしまい、「命が惜しければ他言するな」と脅されたため、恐怖からおえんの傍を離れて茶屋奉公に戻る。
弥助 (やすけ)
夢助の同僚の大工で、おえんに横恋慕している男性。おえんが夢助の借金返済を延ばしてもらうために元締と寝ているところを目撃し、口外しない代償として強引に彼女の身体を奪った。さらに、夢助に嫉妬するあまり、サクラの父親は自分だと夢助に吹き込む。
2人組の浪人 (ふたりぐみのろうにん)
おえんを凌辱した2人組の浪人。行きずりの凶行と思われていたが、実は忠七とおえんを別れさせようとする庄屋に金で雇われての行動だった。のちに水茶屋「あやめ」でおえんと再会。再び彼女を食い物にしようとするが、居合わせた幻之介に片方の男が右腕を斬り飛ばされてしまう。
徳右衛門 (とくえもん)
おえんの故郷の村の庄屋で忠七の父親。おえんが小作人の娘であることから、身分の違いを理由に跡取りである息子との結婚に強く反対。おえんを忠七と別れさせ、村から追い出すために2人組の浪人を金で雇って、逢引きしている2人を襲わせた。
元締 (もとじめ)
夢助がおえんを身請けするための金を借りた大工の元締。おえんに魅了された男性の1人で、借金の返済期日を延ばすことを条件に彼女の身体を無理矢理奪った。さらに、夢助が行方不明になったことを知り、おえんを自分のものにしようとする。
その他キーワード
明暦の大火 (めいれきのたいか)
明暦3年(1657年)正月18日から20日にかけて江戸で起きた大火災。本郷丸山町の日蓮宗本妙寺より火を発し、風にあおられて湯島、神田明神が炎上。御茶ノ水、駿河台の武家屋敷に燃え移り、鷹匠町の大名小路数百の邸宅を灰にしたのち鎌倉河岸の町屋に延焼した。さらに、火が諸方に飛び移って江戸中心部が焼亡。浅草方面まで燃え広がるなど、江戸の大半を消失する大火災となった。 振袖についた火が出火原因とされる俗説から「振袖火事」とも呼ばれる。
由井正雪の乱 (ゆいしょうせつのらん)
慶安4年(1651年)に由井(比)正雪、丸橋忠弥らを首謀者とする浪人グループが幕府に対して起こしたクーデター未遂事件。「慶安の変」とも呼ばれる。大名の改易、減封による浪人の増加という問題が背景にあり、幕府がそれまでの武断的な政策を見直すきっかけとなった。