あらすじ
第1巻
黄泉島という無人島で、父親と二人だけで暮らしていた16歳の少年、グンは、自分が死んだら島を出ろという亡き父の言葉に従って、住み慣れた島を離れる。グンは父親の遺体と共に小舟に乗り、波切島という離島に漂着するが、島民達の彼を見る目は冷ややかだった。実は、15年前に暴力団、青龍王会の組員達が島に乗り込んで来て、傍若無人の限りを尽くすという事件があり、グンの父の遺体には、青龍会の一員だったと思われる龍の刺青があった。島の大人達にとって、グンは忌まわしい記憶を呼び覚ます存在だったのである。だが、グンは島で暮らしていく事を、すでに心に決めていた。彼は島で出会った海女の瀬下岬に心を奪われていた。波切島の大人達はグンを追い出すべきだと主張するが、島の実力者である漁業長は、グンが15年前の事件について父親から何か聞かされていないか確かめようと、とりあえず1か月間だけ島での滞在を認める。かくしてグンは宮司の神辺平八郎のもとに預けられ、波切島での生活を始める。初めて人の世界に触れ、毎日が驚きと感動の連続のグンは、彼に懐く小学生のまみやガキ大将のやーしー、そして初めて恋した女性の岬との絆を深めていく。
第2巻
グンは、波切島で15年前に起きた事件の最大の被害者である松子と出会った。松子はグンの父が属していた青龍王会の組員達に夫を惨殺され、自身も彼らによって犯された事から、悲しみのあまりに自らの顔を焼いたと語る。松子はグンへの憎しみを剥き出しにするが、グンは彼女の目を真っ直ぐに見つめ返す。それは松子の思いをすべて受け止めようとしているかのようであった。グンは島民から「穢れた人間」と忌避されている浮浪者のゴンヅイとも分け隔てなく接し、そんなグンの無垢さに瀬下岬は惹かれ始める。だが、島の大人達は相変わらずグンを白眼視しており、まみが鶴島に住む別れた父親に会うため、島から姿を消すという事件が起きた際、真っ先にグンの事を疑う。さらに、まゆを探しに鶴島に行った事から、グンが黄泉島にいた時、鶴島の漁場で漁をしていた事が発覚し、島同士の揉め事の火種になってしまう。1か月間様子を見て、グンが15年前の事件に関して父親から何も聞いていないと判断した漁業長は、これ幸いと、グンの追放を決定。島の人々のグンへの冷たさに岬は怒りを覚える。
第3巻
波切島を追放されたグンだったが、スキを見て鶴島へ向かい、自分は波切島の人間ではないと伝える事で、島同士のいざこざを止めようとする。だが、すでに波切島と鶴島は海女同士の潜り合いで決着を付ける事を決めていた。瀬下岬も波切島の海女の一員として、その争いに身を投じるが、勝負相手である沙知が海中で意識を失うアクシデントが発生。助けようとした岬も息が続かず溺れかけるが、密かに島に戻っていたグンによって助けられる。しかし、彼女のほかにグンの姿を見た者はいなかった。島の者達はグンは船から落ちて溺死したと噂し合うが、グンの生存を信じる岬は彼の事を探し始める。グンもまた岬と会おうと島を走り回り、やがて彼が戻っている事は島中の知るところとなった。かねてから親しくしていた漁師の淡路翔はグンを匿っていたが、漁業長に認められたいという下心からグンの事を密告。捕まる寸前で脱出したグンは、そこでついに岬と再会する。大嵐の中を二人は逃げるが、その途中、無数の人骨を発見してしまう。15年前、漁業長らは青龍王会の組員を皆殺しにし、その場所に埋めたのであった。島の秘密を知ってしまった岬は、グンといったん別れて一人でいたところを、漁場長の手の者に捕えられてしまう。
第4巻
漁業長らに詰め寄られる瀬下岬だったが、そこにグンや子供達、岬の母親の瀬下富、さらに15年前の事件の犠牲者である松子らが駆けつける。島の忌まわしき過去が白日のもとにさらされ、漁業長は自分達の罪を次の世代に背負わせたくなかったのだと詫びる。翌朝、大嵐は去るが、波切島の受けた被害は大きく、三人の犠牲者を出す事となった。だが、その一方で、やーしーの母親が新しい生命を生み出そうとしていた。過去の呪縛から解放され、島の人達は変わり始めるが、そんな中、漁場をめぐる鶴島との争いが再燃。今度は神輿を乗せた祭船で競争を行う事になる。漁業長は自身の罪を償い、島の安寧を祈るため、祭の夜に海辺の洞窟に籠る。そこは満潮になると海に沈んでしまう場所だった。島のほとんどの者が漁場長の死を知らぬ中、波切島と鶴島の勝負が始まるが、沖に座礁していた船が流された事で大波が生じ、祭船が二艘とも転覆するという大事故が発生。船に乗っていた人達は海に投げ出されてしまうが、二つの島の人達が力を合わせた事で奇跡的に死人は一人も出なかった。この騒動を乗り越えた事で、波切島は新たな一歩を踏み出す。そして、岬と将来を誓い合ったグンは、彼女を連れて、かつて父親と過ごした黄泉島に向かう。
登場人物・キャラクター
グン
黄泉島という無人島から波切島にやって来た16歳の少年。15年間、無人島で父親と2人だけで暮らしていたが、父親の死を機に島を出て波切島に流れ着いた。島に上陸した際、海女の瀬下岬に心を奪われ、初めての恋を知ることになる。初めて見る外の世界に興味津々で、波切島で生きることを決意。父親が15年前に島で起きた「ある事件」に関わりがある人物だったため、当初は島の大人たちに冷ややかな目で見られていたが、持ち前の純真さと行動力で、かたくなな島の人たちの心を解きほぐしていく。
瀬下 岬 (せしも みさき)
波切島で暮らしている少女。母親は島の海女頭である瀬下富で、自身も中学卒業を機に海女になった。おっとりしているように見えるが、富に似て気の強いところがあり、母親のような日本一の海女になりたいと意気込んでいる。中学を卒業した日に黄泉島からやって来たグンと邂逅。グンに一目惚れされるが、自身もすべてがまっさらでまっすぐなグンに驚きを覚え、やがて彼に心惹かれていく。
漁業長 (ぎょぎょうちょう)
波切島の漁協を取り仕切る島の実力者で、コカゲとカズの父親。15年前、島民たちを率いて、島を荒らす暴力団「青龍王会」の組員たちと対決したことから、島の支配者的存在になった。グンがグンの父から事件のことを聞いていないか探るため、島民の反対を押し切ってグンを島に留め置くが、彼を島民にしようという気は毛頭なく、何も知らなければ本土に送ってしまおうと考えている。
神辺 平八郎 (かんべ へいはちろう)
波切島の大瀬神社で宮司をしている男性。神に仕える身だがチャランポランの女好きで、巡査の磯貝の妻である磯貝キヨや漁業長の娘であるコカゲとの関係を楽しんでいる。漁業長の意を受けた磯貝からグンの保護と監視を命じられ、彼を神社に住まわすことになるが、ほかの島民のようにグンのことを毛嫌いしてはいない。 実は、かつて瀬下富をめぐって磯貝と争ったという過去があり、今も富に未練がある。
まみ
波切島に住む小学生の女の子。両親が離婚して父親が島を出たため、海女をしている母親の紀と2人で暮らしている。「キャシー」という猫を飼っていて、木に登って降りられなくなったキャシーをグンに助けてもらったことから彼と仲良くなった。グンのことが大好きで、学校に行ったことのないグンに文字を教えているが、紀からはグンとの関係を快く思われていない。
瀬下 富 (せしも とみ)
瀬下岬の母親。波切島一の腕を誇った大海女で、島の海女頭している。男勝りの気風のいい女性で、現在はリューマチのため海に潜ることはできないが、海女たちからの信頼は厚く、海では岬に対しても厳しい態度で臨む。若い頃、自分をめぐって神辺平八郎と磯貝が争ったという過去がある。
淡路 翔 (あわじ しょう)
波切島で青年団の若頭をしている漁師。誰からも好かれるさわやかな青年で、島の女性たちの憧れの的になっている。グンともすぐに仲良くなるなど、度量の大きいタイプに見えるが、瀬下岬が自分に好意を持っているか確かめるためにグンを利用したり、追われるグンをかくまうふりをして漁業長に居場所を知らせたりと、ややこずるい一面がある。
グンの父 (ぐんのちち)
グンの亡父。15年間、無人島である黄泉島で息子と2人だけで暮らしていたが、長く病を患っており、自分が死んだら島を出て人の世に触れろとグンに遺言していた。実は、かつて島を荒らした暴力団「青龍王会」の元組員で、15年前に波切島で起きた「ある事件」に関わっていたと見られる。そのため、島民と同じ場所への埋葬を許されず、天然痘の患者を埋めたといわれる不浄の地に葬られた。
松子 (まつこ)
15年前に波切島で起きた「ある事件」の最大の被害者とされる女性。将来を誓い合っていた男性が事件に巻き込まれ、バラバラ死体となって発見されたことから、悲しみのあまり自分で自分の顔を焼いたという過去を持つ。そのため、顔面が醜く焼けただれており、長い髪で顔を隠している。以来、ずっと家に引きこもっていたが、グンが島に流れ着いたのを機に外に出て、彼に事件のことを詰問する。
カズ
漁業長の息子で、コカゲという姉がいる。親の権威を笠に着て遊び呆けている放蕩息子で、瀬下岬に気があるため、彼女と仲の良いグンのことを嫌っている。実は、妾腹の子で内面に複雑な思いを抱えており、早く一人前になれという父親に反発に覚えている。漁業長から最新鋭の装置を付けた漁船を与えられた後も仕事に身が入らず、そのうっぷんを弱者であるゴンヅイにぶつける。
コカゲ
漁業長の娘でカズの姉。おっとりとしたお嬢様で家にこもりがちだが、実は神辺平八郎と関係を持っていて、手紙をもらえるだけで涙を流して喜ぶほど彼のことを一途に慕っている。やがて、漁業長の仲立ちで平八郎との縁談話が持ち上がり、やはり平八郎と関係のある磯貝キヨの心をざわめかせる。
磯貝 キヨ (いそがい きよ)
波切島の巡査である磯貝の妻。神辺平八郎と浮気をしていて、平八郎の家に入り浸っている。平八郎とは身体だけの関係のようだったが、実は彼に強く惹かれていて、平八郎と漁業長の娘であるコカゲの縁談が進んでいることを知り顔色を変える。
磯貝 (いそがい)
波切島の巡査。漁業長の腰ぎんちゃく的存在で、グンに張りついて彼の動向を探っているが、妻の磯貝キヨがグンの面倒を見ている神辺平八郎と浮気していることには気づいていない。かつて瀬下富をめぐって平八郎と争ったという過去があり、まだ平八郎が富に未練を持っていることを知っている。
喜久じい (きくじい)
波切島で海女舟の船頭をしている隻腕の老人。本名は「喜久男」だが、島民たちからは「喜久じい」と呼ばれている。最初からグンに分け隔てなく接していた数少ない島民の1人で、のぞきの疑いをかけられたグンをかばうなど、彼のことを何かと気にかけている。
ゴンヅイ
波切島に住む浮浪者風の中年男性。魚にあたって食あたりを起こしていたところをグンに助けられ、彼に懐くようになる。島では近づいてはならない「穢れた人間」とされていて、カズら島の若者たちのイジメの対象になっている。また、とある事情で舌がなく、話すことができない。
塩ばあ (しおばあ)
波切島で「塩谷商店」という小さな店を営む72歳の老婆。15年前に暴力団「青龍王会」の組員たちに店の金をだまし取られたこともあって、グンのことを激しく嫌っている。偏屈で頑固だが、35年前に当時10歳だった息子を海の事故で亡くしており、愛犬の「しじみ」を息子の生まれ変わりと思って深い愛情を注ぐなど実は心優しい。 また、宇岸田のことも「まもるちゃん」と呼んでかわいがっている。
宇岸田 (うがんだ)
漁業長のボディガードをしているスキンヘッドの男。プロレスラーのような巨漢で力も強く、漁業長に忠実に仕えている。寡黙でほとんどしゃべらないため、恐ろしい男に見えるが、塩ばあの店の仕事を手伝うなど実は純真で気が優しい。塩ばあからは「まもるちゃん」と呼ばれ、かわいがられている。
紀 (のり)
まみの母親。郵便局員の夫と離婚した後、海女をしながら女手一つでまみを育ててきた。現在、前夫は鶴島にいて、すでに別の女性と家庭を持っている。前夫にまみを取られまいという思いから娘に対して過干渉気味で、まみがグンと仲良くしているのを快く思っていない。
門奈 (もんな)
波切島の海女。島では瀬下富に次ぐ存在の大海女だが、そのためかプライドが高く、瀬下岬が初めての潜りで自分よりも大きなアワビを獲って来たのが気に食わず、彼女に対して何かとつらく当たる。しかし、鶴島との漁場権争いでの岬の活躍を見て、彼女の実力を認めるようになった。
やーしー
波切島で暮らす少年。卑怯者を嫌う正義感の強い子で、当初は大人たちの影響もあってグンのことを敵視していたが、グンがまみをかばう姿を見て改心。他の子供たちと協力してグンを島から追い出そうとする大人たちに抵抗する。
デコ
瀬下岬の同級生で、岬と同じく中学卒業を機に波切島の海女となった。岬と仲が良く、一緒にいることが多い。漁業長の息子であるカズのことを密かに想っていて、初めての漁を成功させたカズを称える。
珠 (たま)
瀬下岬の同級生で、岬と同じく中学卒業を機に波切島の海女となった。岬と仲が良く、一緒にいることが多い。やや気が弱いタイプで、鶴島との潜り合い勝負では気後れしていたが、岬のアドバイスのおかげで大物を獲ることに成功した。
鯨 (くじら)
鶴島で海女をしている女性。かつて瀬下富と潜りの腕を競ったことがある凄腕の海女で、鶴島の海女のリーダー的存在。富に劣らず男勝りで気が強く、波切島と鶴島との間で漁場権をめぐる争いが起こった際、潜り合いでの決着を富に提案。愛弟子の沙知を富の娘の瀬下岬と対戦させた。
沙知 (さち)
鶴島で海女をしている少女。鯨の愛弟子で瀬下岬をライバル視しており、漁場をめぐって波切島と争いが起きた際、岬と潜り合いで対決。岬に負けたくないと思うあまり自身の限界を超えてしまい、海中で意識を失う。
集団・組織
青龍王会 (せいりゅうおうかい)
本土の暴力団組織で、15年前に波切島を密輸の拠点にするべく組員を島に送り込んだ。当初、組員たちは穏やかに振る舞っていたが、やがて本性を現し、金をだまし取ったり女たちに乱暴しようとしたため、漁業長の指導のもと島の者たちが決起することとなった。
場所
波切島 (なみきりじま)
わずかな人たちが暮らす小さな離島。島民の多くは漁業を生業としていて、漁業長が島を取り仕切っている。15年前に島で起きた「ある事件」のトラウマから、島民たちはよそ者に対する警戒心が強い。また、伝統的に隣島の鶴島と仲が悪く、漁場をめぐってたびたびいさかいを起こしている。
鶴島 (つるしま)
波切島の隣にある島。伝統的に波切島と仲が悪く、漁場をめぐってたびたびいさかいを起こしてきた。そうした経緯もあって、グンとグンの父が鶴島の漁場に出向いて勝手に漁をしていたことが発覚した際、波切島に落とし前を要求。波切島の海女たちに漁業権を賭けた潜り合い勝負を挑んだ。
黄泉島 (よみじま)
グンとグンの父が暮らしていた波切島の近くにある小島。人里から断絶された無人島で、波切島の人間からは「人の住むところではない」といわれている。そのため、グンは波切島に来るまで父親以外の人間を見たことがなかった。