あらすじ
職場で「姥捨て山」と称される倉庫勤務に異動となった40歳の笛吹新は、貯金もなく恋人もいない人生に悲観していた。そんな中、飲み屋街で40歳以上を対象としたホステスの求人を見かけ、家に帰って考えると絶対にあきらめてしまうと、勢い余って店へと飛び込む。その店はスタッフが平均年齢70歳の高齢者ばかりのバー「OLDJACK&ROSE」で、ホステス「アララ」として働くことになった新は、先輩ホステスのくじらママやマスターである蛇ノ目幸吉の堂々とした生き方に影響され、次第に人生を肯定的にとらえるようになる。そんな中、新は先輩ホステス全員に強い影響を与えたという、初代ママのジルバに強く興味を惹かれるのだった。ブラジル移民だったジルバやホステスたちの半生、そしてその深いつながりを知ることで、第二次世界大戦中から戦後にかけての時代を苦しみながらも生き抜いた女性たちの強さを学んだ新は、私生活においても女性としての輝きを取り戻していく。
メディアミックス
TVドラマ
2021年1月から、本作『その女、ジルバ』のTVドラマ版『その女、ジルバ』が、東海テレビほかで放送された。2020年からの新型コロナウイルスの影響を受け、飲食店の営業自粛によってバー「OLDJACK&ROSE」の経営が窮地に立たされるなど、本作にはない世相を取り入れた内容に変更されている。キャストは、笛吹新とジルバを池脇千鶴、くじらママを草笛光子、蛇ノ目幸吉を品川徹が演じている。
登場人物・キャラクター
笛吹 新 (うすい あらた)
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」でホステスをしている女性。年齢は40歳。福島県出身で、今なお復興の最中にある故郷のことを心配している。ふだんは都心から離れた大型スーパーの倉庫で働いているが、恋人も貯金も老後の希望もない不安に襲われていたところ、OLDJACK&ROSEのホステス募集のチラシを目にして、勢い余って店へと飛び込んだ。もともとは大型スーパーの本店で接客業をしていたが、40歳を迎えて「姥捨て」と呼称される支店の倉庫業務に異動させられ、ますます将来に不安を抱えていた。しかし、OLDJACK&ROSEで週4回のアルバイトを始めてからは、将来や年齢を肯定的に受け止められるようになっていく。くじらママや蛇ノ目幸吉たちから、第二次世界大戦中の話や戦後の話、初代ママのジルバの話を聞くことを楽しみにしている。当初は元カレと結婚して住むつもりだったマンションで暮らしていたが、マンションの大家が破産したため、OLDJACK&ROSEの二階に引っ越すことになる。幸吉が入れ歯のため「新」と発音できずに「アララ」と言ったことで、源氏名が「アララ」となった。しかし客からは、OLDJACK&ROSEの中で一番若いという理由から「ギャル」と呼ばれている。
ジルバ
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」の初代ママで、故人。幼少期に日本からブラジルに移民したブラジル移民準二世。福島県出身で3歳から30歳まではブラジルで過ごしたが、両親が日本語で話し、日本の行事や四季についても繰り返し教えられていたため、日本を祖国だと考えていた。結婚後に戦争が始まったため、引き上げ組として日本に帰国しようとしたが、帰国船での感染症で夫と子供たちを亡くしている。帰国後は日本中を徒歩で放浪したあと、ショーホールのダンサーとして人気を博し、笛吹新と同じ40歳の時にOLDJACK&ROSEを構えた。どんなにつらいことがあっても笑い飛ばして生きようとする力強さがあり、多くの人たちに慕われていた。晩年は演歌歌手の「日川ひよし」の大ファンで、コンサートにも足しげく通っていた。「ジルバ」は源氏名で、本名は「星ちはま」。
くじらママ
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」のママを務める高齢女性。電車内で笛吹新に親切にされたことを記憶しており、新がOLDJACK&ROSEの面接に来た際に、採用を後押しした。新のことをかわいがっており、昼の仕事を辞めて専属ホステスにならないかと持ち掛けている。日本人離れした髪色や顔立ちから、第二次世界大戦中や戦後は毛唐だと言いがかりをつけられ、嫌がらせを受けることが多かった。戦時中、妹たちと母親が焼夷弾の直撃を受けて生き埋めにされ、戦災孤児となって一人暮らしをしている際、アメリカ軍人に手込めにされそうになっていたところをジルバに救われ、知り合う。しかしそれからは、親戚の家に身を寄せるものの奥方からいじめを受けた末にヤクザに引き取られ、麻薬づけにされたうえに売春を強いられるなど、過酷な人生を歩んだ。若い頃は無頼派で通っており、人情派のジルバとはよく対立していたと語っている。かつては蛇ノ目幸吉に思いを寄せていた。「くじらママ」は源氏名で、幸吉からは「くーちゃん」と呼ばれており、本名は「久滋きら子」。
蛇ノ目 幸吉 (じゃのめ こうきち)
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」のマスターを務める高齢男性。蛇ノ目幸吉ダンス教室のオーナーにしてダンス講師でもある。第二次世界大戦時では年齢が達していなかったために徴兵はされなかったが空襲で親を亡くし、戦後は盛り場のショーホールや踊り子の楽屋に入り浸っていた。その頃、日本でダンサーとして働き始めたジルバと出会っている。かつてはジルバと男女の関係にあった。孫のマイカを溺愛しており、毎日マイカの写真を掲載するためだけのブログサイトを作っている。死後はジルバと蛇ノ目幸吉自身の分骨と遺髪を、ブラジルにあるジルバの家族の墓地へ葬ってくれるようにと、遺言を残している。
チーママ
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」でホステスをしている高齢女性。いつも和服を着ており、知的なために固定客も多い。第二次世界大戦後はスケバンで通っており、乱闘騒ぎで新聞沙汰になったこともある。着物を古くさいと嫌っていたが、ジルバが浴衣を着たことがないと聞き、藍染めの手拭いや風呂敷をつなぎ合わせて浴衣をプレゼントした。ジルバからは非常に喜ばれたが、結局は着慣れた洋装に戻り、その代わりにチーママが和装係を任命されたことから今も律儀にそれを守っている。「チーママ」は源氏名で、本名は「真知」。
ひなぎく
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」でホステスをしている高齢女性。「ひなぎく親衛隊」と呼ばれる、三人の熱心なファンがいる。幼少期に終戦を迎えたが、戦地に行った父親が戦死したため、少女時代は年齢を偽って女給として働いていた。やがて省一の女中として雇われ、お互いに好意を抱いていたが、ひなぎくの母親の再婚を機に離れ離れになってしまう。しかし義父になじめずに家を出たあと、ジルバと出会っている。現在は年に一度、墓参りの時にだけ省一と逢瀬を重ねている。「ひなぎく」は源氏名で、本名は「菊子」。
ナマコ
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」でホステスをしている高齢女性。貧しい農村生まれで、終戦後に両親に捨てられた。劣悪な環境の施設に入れられたため、体は汚れ放題でノミもいる状態だったが、近所にあるダンスホールを覗いては、母親が迎えに来る妄想を繰り返していた。そんな中でジルバと出会って、ダンスホール時代のOLDJACK&ROSEに引き取られている。ジルバを実の母親のように慕っており、ジルバからも娘のように思われていた。「ナマコ」は源氏名で、本名は「七子」。
エリー
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」でホステスをしている高齢女性。華族の出身で深窓の令嬢として育ったが、恋愛結婚を夢見ていたために見合い話をすべて断り、行き遅れてしまう。屋敷を抜け出して鑑賞した場末のショーホールのきらびやかさに魅了された頃、結婚詐欺師に引っかかって土地と実印まで差し押さえられ、家族そろって無一文になってしまう。途方に暮れている際にジルバと出会い、ダンサーとして雇われた。現在は年寄りばかりの団地で一人暮らしをしているが、住人同士で助け合うことで、悪質な詐欺なども未然に防げる環境下にある。客の浅山と相思相愛だが、それほど親密な仲ではなく、非常にプラトニックな関係にある。かつては「花富屋敷」という日本に一家しかない姓だったが、詐欺に遭ったことで先祖や親に申し訳が立たず、姓を捨てている。「エリー」は源氏名で、本名は「花富屋敷衿子」。
じゅーぞー
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」の常連客の男性。年齢は21歳。60歳以下の女性に興味のないババ専で、特にくじらママに対しては偏執的ともいえるアプローチを繰り返しており、笛吹新のことは小娘扱いしている。「米にもっとも合うのは経産、経年婦の手のひらの乳酸菌」と語ってはばからないため、OLDJACK&ROSEの常連客のあいだでも度のすぎた変態として知られている。常連客や蛇ノ目幸吉からは、精神年齢が93歳だと評されている。
マイカ
蛇ノ目幸吉の孫である女子高校生。蛇ノ目幸吉ダンス教室に通っており、OLDJACK&ROSEのホステスたちとも面識がある。初めて笛吹新と出会った時は、新がほかのホステスたちと比較して格段に若いことから、幸吉の不義の恋人ではないかと疑っていた。OLDJACK&ROSEのクリスマスパーティーでじゅーぞーに好意を抱いたが、じゅーぞーからは相手にされていない。
省一 (しょういち)
ひなぎくが戦後、女中として仕えていた男性。山師の家系だが妾の息子であり、足も悪かったため、日陰者として生活していた。省一の世話係という名目で雇われたひなぎくが、省一の腹近いの兄に手込めにされそうになっていたのを見て以来、折に触れてかばっていた。ひなぎくとはお互いに好意を抱いていたが、ひなぎくの母親の再婚を機に離れ離れになってしまう。現在は年に一度、墓参りの時にだけひなぎくと逢瀬を重ねている。
笛吹 光 (うすい ひかる)
笛吹新の弟。妻子持ちで、福島で暮らしている。レストランでチーフシェフを務めていたが、東日本大震災で被災し、家や職場、友人に至るまですべてを失ったため、一時的に家族そろって実家で暮らしていた。復興が進んでからは、喜多方の蔵を利用した自宅兼カフェをオープンし、再び家族だけで暮らしている。
村木 みか (むらき みか)
笛吹新と同じスーパーの職場仲間の女性。当初は服装に気を遣わず化粧もしていなかったが、新がホステス見習いとして働き始めてから見違えるように若々しくなったのに影響され、身ぎれいにするようになる。社内の同期からは、姥捨てに遭った役立たず社員として見られていることに耐えかねて、退職して実家に戻った。帰省後も新や浜田スミレとは連絡を取り合っており、新がホステスとして働いていることはメールで知らされた。
浜田 スミレ (はまだ すみれ)
笛吹新と同じスーパーの職場仲間の女性。当初はまゆ毛を整えるどころか化粧もしていなかったが、新がホステス見習いとして働き始めてから見違えるように若々しくなったのに影響され、身ぎれいにするようになった。入社当初はビジュアル系バンドを追い掛けていたため、非常に濃い化粧をしていたことが語り草になっている。クリスマスに新の副業を教えられ、初めてOLDJACK&ROSEを訪れた。そこで石動良一と出会って意気投合し、交際を経て結婚に至る。
白浜 峻輔 (しらはま しゅんすけ)
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」の客の男性。小学生の頃、家族と共にブラジルで暮らしていたことがある。ブラジルの東洋市で日本の戦勝を訴え続ける星賀太郎の姿を見たことをきっかけに、ブラジル移民たちに興味を持ち、話を聞いて回った過去がある。ジルバの兄や姉と親しかったという老人から、OLDJACK&ROSEの話を聞いて店を訪れた。日本とブラジル間を飛び回りながらも、笛吹新には不定期に連絡を取り合っている。
石動 良一 (いするぎ りょういち)
高齢者バー「OLDJACK&ROSE」の客の男性。かつては笛吹新に思いを寄せていたが、新が白浜峻輔から花をもらって赤面する姿を目にし、早々にあきらめた。のちに、クリスマスでOLDJACK&ROSEを訪れた浜田スミレと意気投合し、交際を経て結婚に至る。スミレからは「良ちゃん」と呼ばれている。
星 賀太郎 (ほし のりたろう)
ジルバの義兄で、ブラジル移民の二世の男性。かつて、ジルバとその夫から10年分の貯金を搾り取って行方をくらましていた。星賀太郎がジルバ一家の貯金を奪っていなければ、ジルバ一家はもっと早い時期の帰国船に乗船し、家族も死ななかっただろうと推測されている。そのため、ジルバからは生涯激しく恨まれていた。第二次世界大戦後、10数年間にわたって日本の無条件降伏という報道を信じず、海外でテロを繰り返していた臣道聯盟(れんめい)の構成員。朝香宮鳩彦王から直々に、日系社会に日本の先勝を公布せよと任務を受けたという妄想を真実と誤認しており、戦後40年がたった頃、白浜峻輔がブラジルに引っ越した頃も日本の戦勝を訴え続けていた。ブラジルの日本人街では「ガタロ」と呼ばれている。
場所
OLDJACK&ROSE (おーるどじゃっくあんどろーず)
飲み屋街にあるバー。戦後間もなく二階に居住区のあるダンスホールとして開店した店だが、現在はステージや居住できる部屋の半分以上を解体し、バーを経営している。また、初代ママはジルバだったが、現在は蛇ノ目幸吉とくじらママがバーを切り盛りしている。スタッフは平均年齢70歳という高齢者バーで、ホステス見習いで入った笛吹新が40歳で一番若い。つき出しや料理はすべて手作りで、おふくろの味を出す店としても知られているため、食事だけに来る客も多い。店内にはジルバや、ジルバと交流のあった人々の写真のほか、ジルバが帰国途中で夫と子供を埋めた、墓地近辺の風景写真が飾られている。また二階には生前、ジルバが住んでいた部屋が当時のまま残されている。
蛇ノ目幸吉ダンス教室 (じゃのめこうきちだんすきょうしつ)
蛇ノ目幸吉がオーナーを務める、ソシアルダンス教室。OLDJACK&ROSEのホステス全員が月に数回通ってダンスの練習に励んでいる。当初、笛吹新はスキップさえできないほどの運動音痴だったが、蛇ノ目幸吉ダンス教室に通うことでさまざまなダンスを踊れるようになり、笛吹光に驚愕された。
書誌情報
その女、ジルバ 5巻 小学館〈ビッグ コミックス〉
第1巻
(2013-02-28発行、 978-4091850249)
第2巻
(2014-07-30発行、 978-4091863539)
第3巻
(2015-11-30発行、 978-4091870780)
第4巻
(2017-04-28発行、 978-4091895004)
第5巻
(2018-09-28発行、 978-4098600878)