あらすじ
第1巻
フランス全土の処刑人頭領「ムッシュー・ド・パリ」の一族に産まれた繊細で心優しいシャルル-アンリ・サンソンは、処刑人家族というだけで、どこへ行っても蔑まれ、忌避されており、処刑人は穢(けが)れた職業だと考えていた。やがて処刑人見習いとして、父親のシャルル-ジャン-バチスト・サンソンの仕事に随行する事になったシャルルは、初めて自分の素性を知りつつ親密に接してくれる同年代のジャン・ド・シャルトワと出会い、友人となる。お互いの本質に惹かれ合う二人だったが、その関係が長く続く事はなく、のちにシャルルはジャンと、自身が初めて処刑する罪人として再会する事になった。
第2巻
ジャン・ド・シャルトワの処刑で失態を演じたシャルル-アンリ・サンソンは、父親のシャルル-ジャン-バチスト・サンソンから完全に「無能」と見限られてしまう。しかしそれをきっかけに、シャルルは自分自身が非の打ちどころのない処刑人として成長する事で、サンソンの家系を絶やす事を心に誓う。半身不随となって処刑を執行できなくなった父親に代わり、罪人が苦しまぬよう慈悲深い処刑を行うようになったシャルルは、厳格な祖母のアンヌ・マルト・デュビュ・サンソンにも認められるようになっていく。しかし次に命じられたのは、教会で出会い、親交を持ったロベール-フランソワ・ダミアンの処刑。国王暗殺を企てたとして逮捕された彼に下された処刑方法は、もっとも残酷とされる「八ツ裂きの刑」だった。
第3巻
150年間行われなかった「八ツ裂き刑」を執行する誉れに喜び、アンヌ・マルト・デュビュ・サンソンをはじめ、サンソン家全体が慌ただしく動き出す。しかし、ロベール-フランソワ・ダミアンが民衆の見世物になる事をよしとしないシャルル-アンリ・サンソンは、執行に戸惑いを見せていた。そんな中、ベルサイユに赴任していた柔和な叔父のニコラ・シャルル・ガブリエル・サンソンが帰郷。シャルルのサポートを務めるために戻ったと話すニコラだったが、内心では執行を完璧にこなす事で、次期「ムッシュー・ド・パリ」の座を掠め取り、かつて兄であるシャルル-ジャン-バチスト・サンソンにだけ注がれていた、母親の寵愛を手に入れようと画策していたのだった。
第4巻
ロベール-フランソワ・ダミアンの「八ツ裂き刑」は、シャルル-アンリ・サンソン自身の指揮で滞りなく進められていた。しかし、刑を長引かせて民衆の興奮を煽ろうとしたニコラ・シャルル・ガブリエル・サンソンの浅慮によって、最後の儀式である四肢を引き裂く刑を進める事ができず、民衆の不満を買ってしまう。ニコラが責任をシャルルに押しつけ、八方塞がりに追い込まれたシャルルだったが、才能あふれる6歳の妹であるマリー-ジョセフ・サンソンの助言により、無事に執行を完了する。しかしマリーは出過ぎた真似をしたとして、「本来、女は男がいなければ家畜以下の存在」と考えるアンヌ・マルト・デュビュ・サンソンから、焼きゴテによる折檻を受けてしまう。
第5巻
「八ツ裂き刑」から5年後。シャルル-アンリ・サンソンは名実共に立派な「ムッシュー・ド・パリ」として、マリー-ジョセフ・サンソンはベルサイユ宮廷直轄の処刑人「プロヴォテ・ド・ロテル」として、それぞれ活躍していた。しかし、世間は女性で、しかも11歳と幼いマリーが処刑人である事を認めようとせず、サンソン家の助手達までもが、マリーが処刑を行う台に密かな嫌がらせを仕組んでいた。やがてシャルルがサンソン家を取り仕切るようになった時、シャルルはかつてシャルル-ジャン-バチスト・サンソンが使用していた礼拝堂の存在を知り、父親も自分と同じ繊細な心を隠していた事を知る。そしてその中で、マリーの客人として屋敷を訪れていたマリー・ジャンヌ・ペキューと出会う。
第6巻
マリー・ジャンヌ・ペキューと体を重ねて以降、シャルル-アンリ・サンソンは嫌っていた父親のシャルル-ジャン-バチスト・サンソンと同じく、サンソン家そのものを重視した言動をとるようになっていく。マリーは、そんなシャルルの個人の感情を害するような強制的な物言いに反発して監禁されてしまうが、「プロヴォテ・ド・ロテル」として、ルイ・フィリップ2世からの処刑依頼を受けるべく脱出。マリーはシャルルに先んじて依頼の受領を済ませる事に成功するが、それは国家転覆を狙った反逆者のジョルジュ・ド・ラトゥールを立たせたまま斬首するという、処刑人にとって至難の処刑方法だった。
第7巻
かつての気弱な様子は鳴りを潜め、すっかり一人前の男性として振る舞えるようになったシャルル-アンリ・サンソンは、国王家の幼い後継者であるルイ・オーギュストと出会い、昼餐会に招待を受ける。しかしシャルルが昼餐会に出向くと、かねてより肉体関係にあったマルレ伯爵夫人が、シャルルが処刑人という正体を隠して貴族に近づいた罪を訴え、公開裁判が始まってしまった。それはすべてルイ・フィリップ2世がオーギュストを追い落とすために仕組んだ事だったが、シャルルは真相を知らないながらいっさいの動揺を見せず、堂々と自己弁護の弁舌をふるうのだった。その頃、オーストリアとフランスの各王家では、縁談が持ち上がっていた。
第8巻
オーストリアからマリア・アントニアが輿入れした。恩赦で解放・減刑された囚人達は歓喜の声を上げたが、死刑のない日々は束の間であった。ルイ・オーギュストがマリアとの初夜に性交を行わなかった事を知った貴族達が、民衆に知れ渡って国家の威厳が失墜する事を防ぐため、16人もの死刑を即日執行するよう指示を出したのである。シャルル-アンリ・サンソンは疲労の中で、「マダム・デュ・バリー」と呼ばれるようになったマリー・ジャンヌ・ペキューと再会する。一方でマリアは、苦悩の夜を過ごす中でマリー-ジョセフ・サンソンと親交を深め、その尊大な考え方に影響を受けていく。その結果、マリーは王室に悪影響をもたらす者として、シャルルから決闘を申し込まれる。
第9巻
シャルル-アンリ・サンソンとの決闘に敗れたマリー-ジョセフ・サンソンは、約束通り結婚する事を了承した。しかしその相手は、シャルルが縁談を組んだ相手ではなく、肥満体で身動きが取れず、食べ物で釣ればどんな条件でも呑む縁戚のジャン・ルイだった。ジャンが「プロヴォテ・ド・ロテル」を続ける事に賛成しており、さらにサンソン家を出た一人前の大人という事もあって、シャルルと決別したマリーは、これまで通りの振る舞いを続ける。その中で、マリーは初恋の相手であるアラン・ベルナールと再会。差別のない理想の世界を作り出そうと孤児達の学校を作り、奮闘するアランの姿にマリーは再び惹かれていくが、その理想を嘲笑(あざわら)う貴族達によって、アランや子供達が殺害されてしまう。
登場人物・キャラクター
シャルル-アンリ・サンソン
フランスの処刑人一家・サンソン家の長男として誕生する。繊細な心を持ち、処刑人という職務に疑問をもち苦悩する。やがて運命を受け入れ、サンソン家を自らの代で終わらせる覚悟を決めながら処刑人役に就き、フランスの処刑人の頭領である「ムッシュー・ド・パリ」の称号を受ける。 罪人の苦痛を長引かせることを良しとせず、こっそりと紐で失神状態にして処刑するなど、慈悲を持った処刑を心がける。容姿端麗で教養に富み、ジャン・マリーとの初体験以後は女性との交遊も盛んになった。やがて結婚して子を持ち、我が子のためサンソン家の地位を保つことを第一と考えるようになる。
マリー-ジョセフ・サンソン
シャルル-アンリ・サンソンの妹。幼少期から解剖学に関心を持ち、生来の嗜虐性と合わさって自ら処刑人になることを望む。女が処刑人を目指し、さらに自ら処刑台に上がったことで祖母のアンヌ・マルトから激しく折檻される。兄・シャルルの援助でプロヴァンスの処刑人となるが、その際に尽力した軍人グリファンに凌辱された。 十歳前後の時点で斬首用の剣を易々と振るい、冷静沈着で大人顔負けの狡猾な思考を持つ。何よりも自由を重視し因習に抵抗する。兄のシャルルとの決闘に敗れて結婚する事になったが、一計を案じて結婚後も処刑人を続けられるよう取り計らった。
シャルル-ジャン-バチスト・サンソン
フランスの処刑人一家・サンソン家の家長で、フランス処刑人の頭領であるムッシュー・ド・パリの三代目。シャルルやマリーの父。病弱だが家族の前では威厳を保ち、特に家業を拒否するシャルルには激しい折檻も辞さない。サンソン家は職業上、解剖学に精通しているため、バチストも優れた医師として近隣の人々に貢献していた。 体調を崩してはシャルルに処刑を代行させる事が多かったが、グリファンの斬首には病を押して自ら剣を振るい、以後、隠居する。屋敷の奥に隠し部屋を持ち、そこで処刑した者を弔うことで弱い心を隠していた。
アンヌ・マルト・デュビュ・サンソン
サンソン家の家長・バチストの母であり、シャルルやマリーの祖母。実質的にサンソン家の支配者であり、家名を第一に考え、バチストやシャルルに徹底的な処刑人教育を施す。当時の社会通念である「女は子を産んではじめてその家に貢献できる」という意識が強く、処刑人を志望するマリーを厳しく折檻する。 しかしマリーの逆襲を受けてからは弱気になり、別荘へ隠居していった。
ジャン・ド・シャルトワ
シャルルが出会った、美しい金髪の少年。シャルトワ伯爵の息子だが血縁は不確かで、実際はシャルトワ伯爵の男色の対象とされていた。政争に巻き込まれ、シャルトワ伯爵に掛けられたプロテスタント疑惑を押し付けられる。一時はシャルルと心を通わせたが、投獄時にはシャルルを逆恨みし、罵倒した。 斬首刑となるが、シャルルの動揺により何度も剣を振り下ろしてようやく絶命。首は原型を留めておらず、袋入りのまま晒された。
ロベール-フランソワ・ダミアン
仕事を探すためにパリを訪れた農民の男性。ジャックの父親。教会で休んでいる際にシャルル・アンリ・サンソンと出会った。当初はシャルルを毛嫌いしていたものの、シャルルの処刑に慈悲がある事を知り、医者としてのサンソン家を訪ねた。ジャックの命が長くないと聞かされ、貧乏人と国王に差はあるのか、と疑問を抱いて国王を刺した事で不敬罪に問われ、もっとも残酷とされる「八ツ裂き刑」に処された。処刑までのあいだ、スービィスによる拷問で、国王暗殺を謀ったパリ大司教と結託していた事を自白するよう強制されていたが、叫び声一つあげずに耐え続けた。また処刑を行うシャルルに対してはいっさいの恐れを抱かず、むしろ死刑のない世界を作るためにあえてむごたらしい刑罰に身を晒し、協力的に刑の執行を受けた。
ニコラ・シャルル・ガブリエル・サンソン
シャルル・ジャン・バチスト・サンソンの弟であり、シャルルやマリーの叔父。プロヴァンスで処刑人を務める。柔和でシャルルに慕われているが、内心では兄のバチストに代わって「ムッシュー・ド・パリ」の座に就くことを目論んでいる。パリ中に注目されるダミアンの八つ裂きの刑をより残酷に演出しようとするが、度重なるアクシデントで面目を失う。 この八つ裂きの刑の後に引退し、修道士となる。助手のアンドレとは乳兄弟の仲で、互いに信頼しあっていた。
アンドレ・ルグリ
プロヴァンスの処刑人・ニコラ・シャルル・ガブリエル・サンソンの助手を務める青年。乳兄弟の仲であるニコラを強く信頼していた。ニコラの引退後はそのまま後任のマリーに従う。マリーに心酔し、シャルルの意志に逆らってマリーを助けたため、解雇される。以後、パリの貧民街で墓堀人をして暮らしていたが、マリーに発見され再び助手に雇い入れられる。
トーマス・アーサー・グリファン
フランスの元帥で、イギリス・プロイセンとの「ウィリングハウゼンの戦い」で敗れた責任を負い斬首刑を受ける。マリー・ジョセフ・サンソンがプロヴァンスの処刑人になるよう推挙したが、その見返りに当時9歳のマリーを凌辱した。処刑台には毅然とした態度で昇ったが、処刑人として現れたマリーを見て平静を失う。 マリーによってなぶり殺しにされかけるが、親友であったバチストが病をおして現れ、一太刀で斬首された。
ジョルジュ・ド・ラトゥール
トーマス・アーサー・グリファンの部下であった青年軍人。グリファンを慕い、処刑したマリー・ジョセフ・サンソンを暗殺しようとするが、未遂に終わる。その罪で斬首刑を受けるが、獄中でマリーの美しさに触れ、恋心を抱く。ルイ・フィリップ2世の策謀で直立しての斬首を命じられるが、マリーへの想いを示すため不動で剣を受けることを約束する。 斬首の直前にグリファンがマリーを凌辱した事を知り動揺するが、初志を貫き斬首を受ける。斬首からの僅かな時間、激しい激痛の中で絶命していった。
マリー・ジャンヌ・ペキュー
修道院でお針子の仕事をしていた、眼鏡の少女。将来、身分が無くなり人々が平等になる世の中が来ることを信じていた。罪人に過度の苦痛を与えず速やかに処刑するシャルルを尊敬する。男を魅了する天性の素質があり、修道院を出てからは、奉公先でトラブルを起こしては追い出され、娼婦となっていた。 シャルルの初体験の相手となる。後に国王ルイ15世の公妾となるが、敵対派閥の息がかかったマリー・アントワネットとは折り合いが悪くなる。
マリア・アントニア
ハプスブルグ家からフランスのルイ・オーギュストに嫁いだ少女。輿入れの際に警護役となったマリー・ジョセフ・サンソンと知り合い、彼女の自由さに憧れを抱く。早急にルイ・オーギュストとの子を産むことを母親から厳命されており、自分に手を出そうとしない夫との関係に悩んだ末、強引に性交渉を持つ。 宮廷内の権力争いに組み込まれ、デュ・バリー夫人を無視する態度を貫こうとするが、謎の貴婦人(女装したシャルル)の気迫に身が竦み、デュ・バリー夫人へ挨拶するようになった。
ルイ・フィリップ2世 (るいふぃりっぷにせい)
フランスの王族の青年。享楽的かつ退廃的な私生活を送り、自身の宮殿を歓楽街として多くの娼婦を囲っている。王位を狙い、邪魔になるルイ・オーギュストなどの追い落としを目論んでいる。
ルイ・オーギュスト
狩りをしていたシャルルと知り合った、夢想家の少年。後のルイ16世。王位や権力よりも自分の空想にふけることを楽しみ、錠前工作で無心になれる時を好む。王政を終わらせる事を望み、子孫を残さず自分の代で家系を絶とうとする。マリア・アントニアとの政略結婚にも抵抗を感じていたが、初対面で彼女に惹かれる。 それでも彼女に指一本触れない誓いを立てていたが、強引に性交渉を持たれて童貞を失った。
アラン・ベルナール
アフリカ系の血を引く、褐色の肌の美青年。貴族からはその肌の色を「カフェオレ」と侮辱されるが、「俺の身体にはアフリカの黒豹の血が流れている」と嘯く誇りを持つ。マリー・ジョセフ・サンソンが幼少の頃、教会で出会っており、マリーの初恋の相手とされる。国の未来を変えるのは子どもだとして、孤児や罪人の子を積極的に保護していた。 世界を見るため13年間の旅をした後、パリでどんな子どもも受け入れる学校を建てた。しかし彼を敵視する貴族に学校を焼き討ちされ、マリーと共に貴族を追い詰めるが銃弾に倒れる。
ジャック
ロベール-フランソワ・ダミアンの息子。栄養不足による骨格障害を起こしており、痛みから立ち上がる事もままならなかったところ、教会で出会ったシャルル・アンリ・サンソンに診察を受けた。点状出血、高熱も発している事から壊血病と診断され、もって2、3日の命とされていた。しかしシャルル-ジャン-バチスト・サンソンの機転によって、壊死した片足の切断手術が施されて生き延び、孤児院に預けられていた。
ジャンヌ・ガブリエル・サンソン
シャルル-ジャン-バチスト・サンソンの2番目の妻。シャルル・アンリ・サンソンの継母、マリー・ジョセフ・サンソンの実母。当時14歳のシャルルを処刑に同行させる事に異議を唱えていた。
ルイ-シャルル-マルタン・サンソン
シャルル・アンリ・サンソンの異母弟。シャルル-ジャン-バチスト・サンソンの次男。聡明でシャルルよりも肝が据わっており、血や遺体の解剖にも臆する事なく取り組んだため、跡継ぎと目されていた。
スービィス
パリ高等法院付きの拷問官。年若い男性で、豊かに波打つ長い黒髪と、右目の下に星形のタトゥーがある。ロベール-フランソワ・ダミアンが逮捕されてから刑の執行までの2か月間に及び拷問をし続けたが、いっさいの自白を得る事ができなかったため失職した。
グリゼル神父 (ぐりぜるしんぷ)
かつてシャルル・アンリ・サンソンが師事した神父。つねにフード付きのマントを目深に身につけており、姿を人目に晒さないようにしている。その理由はかつて患った病によって全身に醜い疱瘡やかさぶたができており、「怪物」と揶揄されたため。博学で温厚なためシャルルは心の拠り所としていたが、すでに故人。しかしシャルルは想像の中で、何度もグリセル神父と語り合っている。
続編
イノサンRouge ルージュ (いのさんるーじゅ)
安達正勝の著書『死刑執行人サンソン』内の歴史的事実を、坂本眞一の解釈により漫画化した作品。坂本眞一の代表作『イノサン』の続編だが、前作と違って主人公はマリー-ジョセフ・サンソンとなっている。兄のシャル... 関連ページ:イノサンRouge ルージュ