概要・あらすじ
1887年、長崎市の鍛冶屋町にある「蠻」という道具屋に、美世という少女が働き口を求めにやってきた。彼女を店に連れてきた叔母によると、美世は読み書き算盤はできないものの、「触れた物の過去や未来の持ち主が分かる」能力があるという。店主の小浦百年の出した軽い試験に合格した彼女は、無事に道具屋の店員となった。
両親を失い、引取先の親戚宅でも居場所のなかった美世だが、百年の導きによって様々な知識を身につけていく。そしてやがて彼女は百年に好意を抱くようになった。一方の百年は、西洋からの文物を長崎で売るだけではなく、日本で作った美術品などをフランスなどに売ることを画策していた。
登場人物・キャラクター
美世 (みよ)
1887年、長崎の道具屋「蠻」の求人に応じて働きに来た少女。両親は西南戦争のときに亡くなり、現在は叔父である山口長次郎の養女となっている。ただし、今のところ作中では山口姓を名乗っていない。家事全般はろくにできず、読み書き算盤もできないが、「触れた物の過去や未来の持ち主が分かる」という特殊な能力がある。 その力で店主の小浦百年が出した試験に合格し、「蠻」の店員になってからはローマ字やアルファベット、ひらがななどの読み書きを習うようになった。また、少女らしい感性と洞察力が、百年たちの手助けになることも多々あった。百年が青い目をした外国人とのハーフであると知ってから、しだいに彼のことを異性として意識するようになるが、彼がフランスに旅立つときに失恋する。 さらに自分の特殊能力も、病身の父親を喜ばせるため、とっさについたウソだったこともバレてしまう。百年が旅立ってからは、店の留守を任された女実業家・大浦慶のもとで心機一転を図る。
小浦 百年 (こうら ももとし)
。長崎は鍛冶屋町にある道具屋「蠻」の店主の男性。年齢は31歳。外国人の父親と日本人の母親のハーフ。褐色でウェーブのかかった長い髪と青い目の持ち主。英語、フランス語、オランダ語、中国語を巧みに操り、西洋の文物についての造詣も深い。飄々とした態度のお調子者のように見えるが、芯はしっかりしており、物を見る目は確か。 実は大浦慶の庶子で、百年本人も、慶のいないところでは、彼女のことを「母さん」と呼んでいる。生まれてすぐに岩爺のもとに預けられて育ち、大きくなってからは、慶のもとで三年間商売を学んで現在の店を出す。自ら渡仏した第三回パリ万博で目をつけた海外の品々を輸入して、日本に売ることを生業としている。それだけではなく、日本の工芸品を欧米で売ることも考えている。 そして、その拠点作りのためにフランスへ再度旅だった。実は16歳のとき、のちに親友となるヴィクトール少年を日本に連れて行くことを条件に、フランスへ密航したことがある。そのときにジュディットという美少女と恋に落ちたが、彼女の方から別れを切り出されて、そのときは帰国。 その後、パリ万博を観に二度目の渡仏をした際に、高級娼婦となったジュディットを目撃し、それ以降ずっと彼女のことを想うようになっている。
岩爺 (がんじい)
小浦百年が営む道具屋「蠻」の従業員の男性。いつも額に「眞心」と書かれたハチマキをしている。帳簿と裏方を担当。百年のことは「モモ」と呼んでいる。見た目はゴツい大男だが、性根は優しく、美世にひらがなの読み書きを教えてもいる。かつては出島で腕利きの料理人をしていた。若い頃は大浦家の使用人をしており、上海に密航した大浦慶を追って、自分も同じ船で中国入りしたことがある。 その後、すったもんだの末に、外国人商人に囲われていた慶を救い出し、また密航という形で帰国した。その後、慶が産んだ百年を引き取って、事実上の養父として彼を育ててきた。本名の岩次は、若かりし日の慶と岩爺を描いた特別編で明らかになった。 慶からは「岩」と呼ばれている。若い頃から慶を慕っていることがうかがえるが、あくまで使用人として彼女を支えている。
たま
小浦百年にスカウトされて、既製服の針子を務めるようになった女性。かつては長崎にある丸山の遊郭で太夫をしていた。当時の名前は白玉で、昔を知る人からはそう呼ばれることもある。姉は当時の丸山で一番の太夫で、オランダ人の客からドレスをもらい、姉妹で着たこともある。ちなみに姉は故人である。まだ若くて物ごとの覚えも早く、百年が見せたミシンの使い方もすぐ覚えて、洋服の仕立てまでできるようになった。 美世に大浦慶のことを教えたのも彼女である。東京で医師をしている男性に片思い中。彼女の言葉の端々から、相手は亡くなった姉の恋人だったとうかがえる。また、丸山にいた頃にヴィクトールに見初められたが、そのときは彼の想いに応えられず、今も微妙な関係が続いている。
ヴィクトール
日本で葡萄酒の輸入販売をしているフランス人の男性。モモこと小浦百年とは少年時代からの親友で、日本語での会話もできる。長崎ではハキマという黒人のメイドと一緒に、ベルビューホテルの裏手にある洋館で暮らしている。丸山の遊郭で解放令が出た頃、太夫をしていたたまを身請けしようとしたが、そのときは断られてしまった。 。少年時代はきまじめでやや堅物な性格で、父のいる日本に渡ることを拒否。説得しに日本から密航してきたモモの話も、当初は拒絶していた。しかし、愛犬のセザーが死んで心が変わり、日本に渡ることを決意。日本ではフランス時代とは打って変わって遊び人となり、モモと二人で色々と悪さもしていた。モモが蠻のフランス支店を立ち上げるためフランスに渡ったときは、彼より先にフランスに渡り、ビジネスに協力している。 ちなみにフランスではマリーという高級娼婦にお熱をあげているが、マリーが彼以外の男性と一緒にいると、嫉妬を隠そうともしない。
大浦 慶 (おおうら けい)
かつて、長崎で隆盛を誇っていたが、今は没落した女商人。落ちぶれはしたが、今も商人としての才覚はしっかりしている。幕末の頃は日本茶の輸出で財をなしたが、日本茶の輸出が九州から静岡に移ると、別の商売をしようとする。そのとき、後に「遠山事件」と呼ばれる、煙草の輸出に絡む詐欺事件に巻き込まれ、三千両(現在の三億円相当)の負債を背負ってしまった。 それからしばらくして日本製工芸品輸出のビジネス話を持ち込んできた小浦百年の話に乗り、海外で売りたい工芸品選定のアドバイスをする。さらに百年がフランスに渡ってからは、蠻の店を預かることにもなった。若い頃は輸出入ビジネスをこの目で確かめたくなって、清の貿易船に密航して上海に渡ったことがある。 そこでイギリスの商人オーリーと恋に落ちたが、相手は阿片中毒者で、自分もそれに染まってしまう。その後、使用人の岩次の手助けで、オーリーのもとを離れて帰国。青い目をした男の子を産んだが表には公表できず、岩次に預けて養育費を払うことにした。その子供が百年である。慶も百年も、お互いに母と子であることは分かっているが、生まれたときの事情もあって、互いに口には出せずにいる。 実在の人物大浦慶がモデル。
山口 長次郎 (やまぐち ちょうじろう)
西南戦争で亡くなった兄夫婦から、姪の美世を引き取った職人の男性。「青貝」という漆に貝殻をはめ込んで作る工芸品に長けている。新政府になってからは仕事がなくなり、小浦百年から依頼を受けるまでは、瓦版の挿絵を描いていた。幕府や藩の後ろ盾がなくなり、満足のいくものを作れなくなってからは、粗悪品を作りたくないため青貝細工からは手を引いていた。 山口長次郎の作品なら海外で絶対に売れる、という百年の説得に乗って、再び青貝を始めることを決意。さらに、今まで売らずに残していた大量の作品を、百年に売ってもらうよう託した。顔はコワモテだが、その作風は愛らしく、百年も自分でコレクションしたいと想う出来映えである。寡黙で偏屈と評されるが、思慮深い人物。 当初は人見知りのひどかった美世を、密かに気にかけていた。
叔母 (おば)
山口長次郎の妻。姪の美世を蠻の売り子にと連れ出した中年女性。現在まで名前は出ていない。人見知りで家事もろくにできず、家になじもうともしない美世を、当初はうとましく思っていたところがある。彼女が蠻でちゃんと働くようになり、小浦百年が、夫の長次郎に仕事の手付けとして大金を渡してからは、いくらか態度が柔らかくなってきている。
ジュディット
パリで人気の娼婦にして女優。舞台ではニュクス役で人気を博している。一晩を共にするなら100フランは必要とも噂される美女。男に対して心を開いたことがなく、それが逆に孤高の存在として、人気を呼んでいる。心を開いているのはミニュイという猫だけ。モモこと小浦百年にとっての運命の人だが、彼が渡仏した頃には黒川一真ともつきあっていた。 少年時代の百年が、ヴィクトールを日本に来るよう説得するためにフランスへ密航した頃、パリの路地裏のゴミ捨て場で、空から降ってきたジュディットと出会う。最初はお互いにケンカ腰だったが、すぐに友達となる。この頃に見つけたニュクスのブローチが、二人の心に残ることとなった。 やがてモモとは男女の仲にもなったが、ジュディットの家の工場が潰れ、その肩代わりに売られることに。彼女はそのことを明かさずにモモを振り、彼の前から姿を消した。その後、成長した彼女をパリ万博で見つけたモモは、またフランスに戻って彼女に会うことを決意する。しかし、すでに彼女は結核とアルコール依存症で、身も心もボロボロになっていた。
黒川 一真 (くろかわ かずま)
起立工商会社に勤める店員の男性。マッシュルームカットに眼鏡、耳にはイヤリングをつけた派手な姿をしている。年齢は小浦百年と同じく31歳。家族からは日本に戻って外務省の役人になるよう勧められているが、本人はパリで自由にやりたいと思っている。留学生時代からジュディットを見初め、今は肉体関係だけでなく生活も支えている。 彼女に対する気持ちは、単なる好きというよりは尊敬しているというのが近い。一真がジュディットの住むアパルトマンに入っていくところを見られて以来、百年からは恋のライバル扱いされる。一方の黒川一真も、百年がジュディットのもとを訪れたことを知ってからは、彼に対抗心を燃やしている。
マリー
パリの高級娼婦で、ヴィクトールのお気に入り。あだ名の「眼鏡のマリー(マリー・アベック・レ・リュネット)」の通り、眼鏡がトレードマーク。明るく快活な女性で、本人は客を取ることを「スポンサー」だと言っている。日本にも興味があり、モモこと小浦百年の出店計画にアドバイスしたり、自分のパトロンを店に紹介したりと、なにかと力になってくれる。 ヴィクトールとも親しいが、ケンカすることも多い。ジュディットについては「性格の悪い女」「男の欲望」と酷評している。
民平 (みんぺい)
小浦百年が渡仏してから蠻の店員となった少年。元々は大浦慶の店に奉公していたが、慶の紹介で蠻の店員となる。店で働くかたわら、美世に英語も習う。実家は天草で漁師をしている。父親が時化で行方不明となり、そのまま死んだかと思われたが、ボルネオで似た人を見かけたという話を耳にする。そこで自分が英語を身につけて探しに行こうと決めたらしい。 美世よりも年下だが、彼女の話し方はむしろ自分より年下に見えて、却って落ち着くと語っている。
賀寿子 (かずこ)
美世が蠻の店員として初めて訪れた華族の家の一人娘。父親は十万石ちょっとの藩主出身で、外務省に転属となったが、あまり力はない。イギリスに留学している人に思いを寄せていたが、長年待っているうちに嫁ぎ遅れとなり、父親の持ってきた縁談を受け入れる。
オーリー
上海の商社で働くイギリス人男性。密航して清にやってきた大浦慶を「小馬(グリフォン)」と見初めて、自分の屋敷に連れて行く。すぐに男女の仲となり、慶もしばらくオーリーの屋敷に身を寄せていた。実は阿片中毒患者でもあり、煙を吸った慶も意識が朦朧としていた。慶が岩次に助けられて屋敷を去ってからは、行方が分からない。
場所
蠻 (ばん)
小浦百年が長崎の鍛冶屋町に開いた道具屋。海外の最先端の商品を日本に紹介し、日本の優れた美術・工芸品を輸出するのが生業。店の名前は「南蛮」の蛮と「20」のフランス語読みの「ヴァン」にかけている。店の入り口にはパリ万博のパビリオンだった、トロカデ宮殿を描いたステンドグラスが飾られている。帳簿と裏方は岩爺に任せ、店員に美世がいる。 売り物は美術品から蓄音機、ミシン、幻灯機など様々。さらにはたまにミシンを覚えさせて、洋装の既製服販売も手がけている。店が軌道に乗ると、日本の美術・工芸品を売るために、パリにも支店を設立。百年本人は支店設立のために渡仏し、日本の店はアドバイザーである大浦慶に任されることとなった。 なお、作中の看板では「蠻」という文字が使われているが、漫画の台詞では「蛮」という文字が使われている。
起立工商会社 (きりゅうこうしょうがいしゃ)
ヨーロッパでの日本趣味(ジャポニズム)を受けて、日本政府が半官半民という形で設立した商社。イギリスのアレキサンダー・パーク会社がウィーン万博で、日本館ごと出品物を買い取りたいと申し出をしたとき、国対会社はまずいということで設立された。最初はイギリスで起業したが、日本商品の売れ行きが良く、ニューヨークやパリのキャプシーヌ通りにも支店が開設された。 パリ支店も宮内省お抱えの作家の作品を揃えているが、本国の製作が間に合わず在庫薄になりがちで、目論見通りにはいってないと噂されている。
その他キーワード
ニュクス
ギリシャ神話の女神。夜の女神とも呼ばれており、角灯(ランタン)をかかげている。全ての戦争を終わらせる力を持っており、その角灯の光は暗い世界を導くと言われている。モモこと小浦百年は、フランスに密航していた少年時代、当時の恋人だったジュディットと、フランスの店先でニュクスをあしらったブローチを見かけ、大きくなったらプレゼントしてあげると約束をしていた。 その後、そのブローチは売れてしまったが、モモは青貝細工師の山口長次郎に似たものを作らせるなど、その頃の約束を忘れずにいる。
青貝 (あおがい)
細工物の漆器。薄く切った貝がらの真珠層を細かく切り、それを貼り合わせて文様を作る。いわゆる螺鈿(らでん)細工の一つ。貝はアワビやアコヤガイ、オウムガイ、ドブガイなど、真珠層のあるものが用いられる。作中では山口長次郎が名のある職人として描かれている。