あらすじ
就職先が決まらないまま大学を卒業した湊マヒコは、幼なじみの蝶子に誘われて、東京の下町にある築100年の銭湯「刻の湯」で暮らすことになる。そこでは、アキラという正体不明の管理人を中心に、世間の枠から外れた若者たちが集まって暮らしていた。当初は刻の湯での生活に不安を抱いていたマヒコだったが、銭湯の経営を手伝ううちに自分の居場所を見出すようになる。また、それぞれに生きづらさを抱えた同居人たちに寄り添いながら、マヒコは内面を成長させていく。そんな中、設備の老朽化や安全性の問題から、刻の湯は存続が厳しくなってきていた。みんなの居場所をなくしたくないとの思いから、マヒコは周囲を巻き込んで銭湯存続のためのクラウドファンディングを立ち上げる。しかし、ある週刊誌の記者がアキラの過去をかぎつけたことがきっかけで、刻の湯は閉鎖の危機に陥ってしまう。
関連作品
小説
本作『メゾン刻の湯』は、小野美由紀の小説『メゾン刻の湯』を原作としている。原作小説版はポプラ社から刊行されている。
登場人物・キャラクター
湊 マヒコ (みなと まひこ)
大学を卒業したばかりの青年。就職の内定を得られなかったことで、自分は社会から必要とされていないよそ者であるという卑屈な感情を持っている。幼なじみの蝶子に勧められて、「刻の湯」で住み込みとして働くことになった。当初は、管理人のアキラを怪しい人物だと思っており、刻の湯で働いて大丈夫なのか不安を抱いていた。しかし、かまの火おこしや湯船の掃除といった日々の業務を黙々とこなす中で、働くことを通して生きているという実感を持ち始める。また、刻の湯に集う人々と交流を持つようになり、人の心を動かす積極性も身につけていく。住人からは、本名を縮めた「マコさん」と呼ばれている。
アキラ
銭湯「刻の湯」の管理人を務める若い男性。長髪のイケメンで、いつも柔和な微笑(ほほえ)みを浮かべている。刻の湯のオーナーである戸塚から、銭湯の実質的な経営を任されている。経歴については謎が多いが、かつては有名なベンチャー企業に勤めていた。思ったことを率直に口に出してしまうが、老若男女問わず人に好かれる不思議な魅力を持っている。その人柄もあり、さまざまな背景を持った若者たちがアキラのもとに集まり、刻の湯で共同生活を送っている。本名は「御済在」で、かつて世間を騒がせた事件の犯人でもある。そのことが週刊誌に暴露されたため、刻の湯は閉鎖の危機に陥る。
蝶子 (ちょうこ)
銭湯「刻の湯」の住人である若い女性。日本とマレーシアのハーフで、スタイル抜群の美人。一流企業の内定を蹴って、フリーターのような生活を送っている。また、幼なじみの湊マヒコを刻の湯に紹介した人物でもある。男性関係は非常に派手で、資産家の男性の愛人になることで金を稼いでいる。幼い頃から「美人でハーフ」という目立つ外見から、色眼鏡で見られることが多く、ありのままの自分を見失いがちである。しかし、素の自分を受け入れてくれるマヒコのことは友人として大切に思っている。
龍 (りゅう)
銭湯「刻の湯」の住人である若い男性。職業は美容師だが、刻の湯の仕事も時おり手伝っている。幼い頃の事故で片足を失い、義足をつけている。誰とでもすぐになかよくなれる明るい性格で、障害のことを人に意識させることは少ない。それでも、人から特殊な目で見られることへの葛藤を抱えているため、自分をふつうに受け入れてくれた管理人のアキラには深い感謝の気持ちを持っている。
まっつん (まつだ)
銭湯「刻の湯」の住人である若い男性。本名は「マツダ」だが、周囲からは「まっつん」と呼ばれている。明るく社交的な性格で、設立3年目のベンチャー企業に勤めている。その一方で、認知症の老人のシゲムラタイゾウが刻の湯を訪れていた時は、「老人は数ばかり多くて役に立たない」と言って冷淡な態度を取っていた。実は、人から認められることに飢えており、内面に埋めがたい不安を抱えている。その後、怪しげなネットワークビジネスにハマり、最後には別の居場所を求めて刻の湯を去っていった。
ゴスピ
銭湯「刻の湯」の住人である若い男性。整った中性的な顔立ちをしている。在宅でプログラミングの仕事をする傍ら「god scorpion」という名前でDJとして活動しており、「ゴスピ」はその名前を短縮した呼び名。エンジニア、DJでも才能にあふれており、その界隈では有名人。一方で、女装をすることで内面を満たしている。ある時、女装していた時の写真が偶然にインターネット上に拡散してしまい、絶望して家を飛び出した。しかし、心配して追って来た湊マヒコの言葉に心を動かされ、女装することをオープンにして生きていくことを決意する。
戸塚 (とつか)
銭湯「刻の湯」のオーナーである高齢の男性。経営については、ほとんど管理人のアキラに任せている。アキラや湊マヒコなどの若い同居人たちを、いつも優しく見守っている。非常に物腰が柔らかく、相手のことを決して否定しない。アキラは古い親友の息子という関係。刻の湯の住人の中で、アキラの暗い過去を知っていた唯一の人物。
リョータ
銭湯「刻の湯」にやって来た男子小学生。戸塚の孫で、両親が育児放棄したため刻の湯に住んでいる。当初は、住人たちにまったく心を開かず、いつも不愛想な態度を取っていた。学校でもまったく口を開こうとせず、教師に心配されている。実は同級生からのいじめに遭っていたが、周囲に心配をかけるのが嫌でずっと我慢していた。そのことを知った湊マヒコが何かとリョータを気にかけるようになり、徐々に刻の湯の住人と打ち解けるようになる。常連客のマサがラジオで聞いていた落語に興味を持ち、マサに稽古をつけてもらったおかげで一席噺(はなし)をできるまで腕を上げた。
マサ
銭湯「刻の湯」の常連客の男性。年齢は60歳を超えているが、現役の大工をしている。昔気質(かたぎ)の豪快な性格で、背中にはみごとな入れ墨が彫られており、ヤクザと間違えられることもある。落語好きで、つねにラジオを持ち歩いて落語を聞いている。落語に興味を持ったリョータのため、熱心に稽古をつけてやった。
シゲムラ タイゾウ
銭湯「刻の湯」を訪れた高齢の男性。認知症らしく、急に座敷に上がり込んできたが、管理人のアキラは笑顔で受け入れ、昼食までごちそうした。その後、時おり刻の湯にやって来るようになり、住人たちが世話を焼くようになった。ある日、近所を徘徊している時に倒れ、亡くなってしまう。行方を捜していた家族のSNSを通じて、刻の湯の住人は初めて「シゲムラタイゾウ」という本名を知ることになった。
場所
刻の湯 (ときのゆ)
東京の下町にある銭湯。築100年の歴史を誇るが、現在は設備が老朽化している。オーナーは戸塚が務めており、管理人のアキラが経営を任されている。アキラがインターネットや人伝(ひとづて)を使って住人を募集しており、なんらかの事情を抱えた若者たちが集まり、共同生活を送っている。「刻の湯」は近所の老人を中心に常連客が多いが、経営がうまくいっているかどうかは謎である。
クレジット
- 原作
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小野 美由紀