あらすじ
第1巻
処女作「人間昆虫記」が芥川賞に輝き、十村十枝子は一躍人気作家となった。そして女優、デザイナー、そして小説家と、あらゆるジャンルで成功をおさめた彼女は、時代の寵児となっていた。同じ頃、臼場かげりという女性が、首を吊って自殺していた。実は彼女の「臼場かげり」という名前は、十枝子の本名とまったく同じだった。十枝子の才能に嫉妬と憧憬を覚えていた雑誌記者の青草亀太郎は、この事実を知って十枝子の調査を開始。十枝子が所属していた劇団の元演出家、蜂須賀兵六と出会い、彼女が他人の才能とその作品を盗み取ってきた事を知る。だがその直後、亀太郎は十枝子が雇った殺し屋の蟻川平八に殺害されてしまう。十枝子は蟻川のテロ計画を次の小説の題材にし、彼を罠にはめて始末すると、今度は大日本鋼機の専務を務める若き企業家の釜石桐郎に近づく。一方で、彼女はかつて自分が才能を奪ったデザイナーの水野瞭太郎に執着し続けていた。水野もまた十枝子の事を忘れられずにいたが、取引先の社長である金山の紹介で十枝子に瓜二つのしじみという女性と出会い、彼女に惹かれつつあった。
第2巻
大日本鋼機の専務、釜石桐郎と結婚した十村十枝子は、やがて彼の子供を妊娠するが、母親になりたくない十枝子は、水野瞭太郎の妻となったしじみを利用して中絶する。さらに、十枝子は釜石に仕える秘書のじゅんを誘惑して仲間に引き入れ、釜石の不正の証拠を奪取。大物右翼の甲雪村にその情報を売り、釜石を自殺に追い込むと同時に大金を得るのだった。一方、しじみは癌に冒されて重体となっていた。しじみの病気が、かつて彼女を囲っていた金山のせいである事を知った水野は、しじみの臨終を看取ると金山を殺害。その後、自ら警察に通報して逮捕される。同じ頃、十枝子はカメラマンの大和多摩夫と出会っていた。十枝子に興味を持った大和は彼女をモデルに写真を撮り始める。しかし、十和子は自分の秘密を知る蜂須賀兵六に薬物を飲ませて殺害。現場に居合わせた大和を蜂須賀殺害の共犯として告発すると言って脅し、彼が撮った写真をすべて奪い去る。そして、ギリシャで女性写真家として華々しいデビューを飾るが、彼女の心は孤独と寂しさに苛まれていた。
登場人物・キャラクター
十村 十枝子 (とむら としこ)
稀代の天才として世間の脚光を浴びる若き美女。女優、デザイナー、小説家と、さまざまなジャンルで成功を収めている。本名は「臼場かげり」。実は、才能ある者に近づいて自身の虜にし、その才能を吸い取って自分のものにする、という悪魔的な能力の持ち主。過去の成功もすべて他者の模倣であり、自分自身で生み出したものは何ひとつない。さらに、良心の呵責といった感情も、まったく持ち合わせておらず、自身の邪魔になる者は、ことごとく排除してきた恐るべき悪女。 だが、一方で強い孤独感に苛まれており、亡き母親に似せて作った蠟人形に甘えることが、唯一の安らぎとなっている。
水野 瞭太郎 (みずの りょうたろう)
小さなデザイン会社で嘱託のデザイナーをしている若い男性。かつては野心と希望にあふれた新進のデザイナーだったが、「劇団テアトル・クラウ」の公演パンフレットのデザインを手がけた際に、十村十枝子に邂逅。劇団を退団して自分の恋人兼アシスタントとなった十枝子にデザインを盗まれた。彼女がニューヨーク・デザイン・アカデミー賞を受賞したため、自身の作品を応募できなくなって、デザイナーとしての地位を失う。 その後、元芸者のしじみと恋に落ちて彼女と結婚。だが、まだ十枝子とのことを引きずっている。
蜂須賀 兵六 (はちすか ひょうろく)
かつて「劇団テアトル・クラウ」の演出家をしていた男性。まだ高校生だった十村十枝子が、劇団の看板女優の演技を完璧に真似てみせたため、彼女に興味を持って劇団に引き入れた。十枝子が模倣の天才であり、才能を盗んだ相手を破滅させる悪女である、と薄々気づいていた。しかし、彼女の美貌と魅力から逃れることができず、自身の演出術をすべて盗まれたあげくに、セクハラ疑惑をかけられて劇団を追放された。 その後は浮浪者に身を落とすが、それでもなお十枝子に執着し続けている。
しじみ
十村十枝子に瓜二つの元芸者。金山の紹介で水野瞭太郎と出会い、互いに魅かれ合うことになる。やがて瞭太郎の妻となるが、芸者時代に4回も堕胎させられるなど、金山にさんざんな扱いをされていたため、身体を壊してしまっている。
青草 亀太郎 (あおくさ かめたろう)
雑誌「週刊放言」の男性記者。十村十枝子の才能に嫉妬すると同時に、彼女の悪魔的な魅力に惹かれている。十枝子の本名と同姓同名である臼場かげりの自殺を知ったことから、彼女を取材対象としてマーク。表向きは特ダネ狙いだが、実は十枝子の秘密を知ることで、あわよくば彼女を自分のものにしたい、という下心がある。
蟻川 平八 (ありかわ へいはち)
殺し屋を生業としている無政府主義者の男性。十村十枝子に依頼されて、彼女の邪魔になりそうな人物を闇に葬っている。話題の文化人としてマスコミに取り上げられている十枝子を軽蔑している。一方で、彼女の怪しい魅力に囚われており、ずるずると関係を深めていく。
釜石 桐郎 (かまいし きりろう)
世界有数の大企業「大日本鋼機」の専務を務める冷徹なビジネスマン。仕事で韓国を訪問中に、十村十枝子が甲雪村の関係者として拘留されていることを知り、興味本位で彼女を助ける。十枝子と深い仲になるつもりはなかったが、マスコミを使った十枝子の挑発に激怒し、十枝子に屈辱と絶望を味わわせるために、彼女と結婚する。
大和 多摩夫 (やまと たまお)
フリーの男性カメラマン。雑誌社の依頼で十村十枝子を追うが、田舎の実家で赤子のような姿で眠る彼女を目撃。被写体としての十枝子に興味を持ち、蜂須賀兵六の警告を無視して、彼女にグラビアモデルになって欲しいと頼む。
甲 雪村 (かぶと せっそん)
右翼団体「唐山会」を率いる大物右翼の老人。蟻川平八の雇い主で、彼を通じて十村十枝子のことを知り、彼女に興味を持つ。第二次大戦中は日本の特務機関に所属。朝鮮半島での虐殺事件に関与したため、韓国の警察にマークされている。
金山 (かなやま)
水野瞭太郎の取引先「金文商事会社」の社長を務める男性。通称は社名にもなっている「金文」。強欲な人でなしで、芸者時代のしじみを無茶苦茶に扱い、4回も堕胎させている。さらに、身請けした彼女を自分の会社の社員として無報酬で働かせ、夜は娼婦として客を取らせるなど、散々に利用し尽くした。
じゅん
釜石桐郎の秘書を務める女性。釜石の忠実な部下で、釜石夫人となった十村十枝子の監視役を任される。ところが、十枝子に誘惑されて彼女との肉欲に溺れてしまう。ついには釜石を裏切って十枝子の陰謀に加担し、会社の重要書類が保管されている金庫の番号を、十枝子に教える。
臼場 かげり (うすば かげり)
十村十枝子の本名と同姓同名の女性。作家の卵で十枝子と共同生活をしていた。しかし、自身が構想していた小説「人間昆虫記」を模倣した十枝子が芥川賞を受賞。信じていた相手に作品を奪われた精神的ショックから、首を吊って自殺する。