手塚 治虫

手塚 治虫

漫画家、アニメーション作家。1928年大阪生まれの男性。『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』『火の鳥』『ブラック・ジャック』など、数多くのヒット作をリリースし、名実ともに日本を代表するクリエーターである。日本で初めてのテレビアニメーションシリーズとなる『鉄腕アトム』で、日本がアニメ先進国となるきっかけを作る。1989年2月9日、胃がんのため死去。享年60歳だった。

正式名称
手塚 治虫
ふりがな
てづか おさむ
本名
手塚 治
関連商品
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概要

漫画家、アニメーション作家。男性。1946年、大学在学中に「少国民新聞」に『マアチャンの日記帳』を連載し、デビュー。1947年『新寶島(原作・酒井七馬)』がベストセラーとなる。1948年には『地底国の怪人』などSF、冒険作品を執筆している。初期を代表するSF三部作として、『ロストワールド』『メトロポリス』『来るべき世界』がある。大阪で赤本漫画を描く傍ら、東京へも持ち込みを行っており、1950年「少年少女漫画と読み物」に初の雑誌連載作品『タイガー博士の珍旅行』を連載。同年「漫画少年」に『ジャングル大帝』の連載を開始。1951年に『鉄腕アトム』の前身となる『アトム大使』を連載。1952年から『鉄腕アトム』を連載。本作は1963年にテレビアニメが放送され、その他劇場アニメやゲームなど多数コミカライズされている。1953年「少女クラブ」に『リボンの騎士』を連載。同年豊島区のトキワ荘に入居。入居者は寺田ヒロオ藤子不二雄石ノ森章太郎赤塚不二夫などがおり、トキワ荘は漫画家のメッカとなった。1954年には「漫画少年」に『火の鳥』を連載。本作は手塚のライフワークとなる。幼少期からディズニー映画のファンだったこともあり、1961年「手塚プロダクション」に動画部を設立。1962年「虫プロダクション」と改名し、日本初のテレビアニメーション『鉄腕アトム』を制作する。制作にはフル・アニメーション手法とは異なり、簡略化した表現手法としてリミテッド・アニメーションを採用。日本では手塚が初めて採用した手法である。これにより日本は世界一のテレビアニメ生産国となった。1966年、水木しげるによる妖怪ブームを意識して「少年サンデー」に『バンパイヤ』、1967年に『どろろ』を連載。その後『アポロの歌』などを執筆するも、思うように人気が上がらなかった。さらにアニメーション事業も経営難に陥っており、1973年「虫プロダクション」が倒産、借金を背負うことになる。しかし1973年に「週刊少年チャンピオン」に連載した『ブラック・ジャック』が大ヒット、1974年に連載した『三つ目がとおる』も人気作品となり低迷期を抜けた。1977年『手塚治虫漫画全集』を講談社から刊行。この頃から「漫画の第一人者」「漫画の神様」などと呼ばれるようになった。1988年から体調を崩し、医師により胃癌と診断される。しかし本人には告知されなかったため、入院中も漫画の執筆を続けるなど、最後まで漫画を描くことを諦めなかった。1989年2月9日胃癌により死去。享年60歳であった。

ヒストリー

1928年11月3日

大阪府豊中市に生まれる。

1946年

「少国民新聞」に『マアチャンの日記帳』を連載し、デビュー。

1947年

『新寶島(原作・酒井七馬)』を刊行。

1948年

単行本『地底国の怪人』を発売。

1948年

単行本『ロストワールド』を発売。

1949年

単行本『メトロポリス』を発売。

1950年

「少年少女漫画と読み物」に『タイガー博士の珍旅行』を連載。

1950年

「漫画少年」に『ジャングル大帝』の連載を開始。

1951年

単行本『来るべき世界』を発売。

1951年

「少年」に『アトム大使』を連載。

1952年

「少年」に『鉄腕アトム』を連載。

1953年

「少女クラブ」に『リボンの騎士』を連載。

1953年

豊島区のトキワ荘に入居。

1954年

「漫画少年」に『火の鳥』を連載。

1958年

『漫画生物学』『びいこちゃん』で、第3回小学館漫画賞を受賞。

1959年

岡田悦子と結婚。

1959年

「週刊少年サンデー」に『スリル博士』を連載。

1961年

「手塚プロダクション」に動画部を設立。

1962年

「虫プロダクション」と改名し、日本初のテレビアニメーション『鉄腕アトム』を制作。

1963年

テレビアニメ『鉄腕アトム』を放送。

1963年

『ある街角の物語』で、芸術祭奨励賞、第1回大藤信郎賞、ブルーリボン教育文化映画賞を受賞。

1966年

「週刊少年サンデー」に『バンパイヤ』を連載。

1967年

「週刊少年サンデー」に『どろろ』を連載。

1970年

『火の鳥』で、第1回講談社出版文化賞児童まんが部門を受賞。

1972年

「希望の友」に『ブッダ』を連載。

1973年

「虫プロダクション」が倒産。

1973年

「週刊少年チャンピオン」に『ブラック・ジャック』を連載。

1974年

「週刊少年マガジン」に『三つ目がとおる』を連載。

1975年

『ブッダ』『動物つれづれ草』で、第21回文藝春秋漫画賞を受賞。

1975年

『ブラック・ジャック』で、第4回日本漫画家協会賞特別優秀賞を受賞。

1977年

『三つ目がとおる』『ブラック・ジャック』で、第1回講談社漫画賞少年部門を受賞。

1977年

『手塚治虫漫画全集』を講談社から刊行。

1979年

巌谷小波文芸賞を受賞。

1980年

サンディエゴ・コミック・コンベンション・インクポット賞を受賞。

1983年

『陽だまりの樹』で、第29回小学館漫画賞青年・一般向け部門を受賞。

1984年

『ジャンピング』で、ザグレブ国際アニメーション映画祭グランプリを受賞。

1984年

ユネスコ賞を受賞。

1985年

『おんぼろフィルム』で、第1回国際アニメーション映画祭広島大会グランプリを受賞。

1985年

東京都民栄誉賞を受賞。

1985年

講談社漫画賞特別賞を受賞。

1986年

『アドルフに告ぐ』で、第10回講談社漫画賞一般部門を受賞。

1988年

朝日賞を受賞。

1988年

『森の伝説』で、毎日映画コンクール大藤賞を受賞。

1988年

ザグレフ国際アニメーション映画祭CIFEJ賞を受賞。

1988年

体調を崩し、医師により胃癌と診断される。

1989年2月9日

胃癌により死去。享年60歳。

1990年

第19回日本漫画家協会賞文部大臣賞を受賞。

2004年

『ブッダ』で、アイズナー賞最優秀国際作品部門を受賞。

2014年

『人間昆虫記』で、スペイン、バルセロナのコミックサロン外国作品部門を受賞。

2014年

『地底国の怪人』で、アイズナー賞最優秀国際アジア作品部門を受賞。

受賞

1958年

第3回  小学館漫画賞

1963年

芸術祭奨励賞

1963年

第1回  大藤信郎賞

1963年

ブルーリボン教育文化映画賞

1970年

第1回  講談社出版文化賞  児童まんが部門

1975年

第21回  文藝春秋漫画賞

1975年

第4回  日本漫画家協会賞  特別優秀賞

1977年

第1回  講談社漫画賞  少年部門

1979年

巌谷小波文芸賞

1980年

サンディエゴ・コミック・コンベンション・インクポット賞

1983年

第29回  第29回小学館漫画賞  青年・一般向け部門

1984年

ザグレブ国際アニメーション映画祭グランプリ

1984年

ユネスコ賞

1985年

第1回  国際アニメーション映画祭広島大会グランプリ

1985年

東京都民栄誉賞

1985年

講談社漫画賞特別賞

1986年

第10回  講談社漫画賞  一般部門

1988年

朝日賞

1988年

毎日映画コンクール大藤賞

1988年

ザグレフ国際アニメーション映画祭CIFEJ賞

1990年

第19回  日本漫画家協会賞文部大臣賞

2004年

アイズナー賞最優秀国際作品部門

2014年

スペイン、バルセロナのコミックサロン  外国作品部門

2014年

アイズナー賞  最優秀国際アジア作品部門

作品

1947年

火星博士

作者

1947年

新宝島

作画

1948年

ロストワールド

作者

1948年

地底国の怪人

作者

1949年

メトロポリス

作者

1950年

ジャングル大帝

作者

1950年

ファウスト

作画

1951年

新世界ルルー

作者

1951年

来るべき世界

作者

1952年

ぼくの孫悟空

作者

1952年

ロック冒険記

作者

1952年

鉄腕アトム

作者

1953年

リボンの騎士

作者

1954年

火の鳥

作者

1954年

地球の悪魔(地球1954)

作者

1956年

火の鳥 エジプト編

作者

1956年

火の鳥 ギリシア編

作者

1957年

火の鳥 ローマ編

作者

1959年

0(ゼロ)マン

作者

1959年

魔神ガロン

作者

1960年

キャプテンKEN

作者

1963年

ビッグX

作者

1965年

W3(ワンダースリー)

作者

1966年

バンパイヤ

作者

1967年

どろろ

作者

1967年

火の鳥 黎明編

作者

1967年

火の鳥 未来編

作者

1968年

ノーマン

作者

1968年

火の鳥 ヤマト編

作者

1968年

地球を呑む

作者

1969年

火の鳥 宇宙編

作者

1969年

火の鳥 鳳凰編

作者

1969年

海のトリトン(青いトリトン)

作者

1970年

きりひと讃歌

作者

1970年

やけっぱちのマリア

作者

1970年

火の鳥 復活編

作者

1971年

火の鳥 羽衣編

作者

1971年

火の鳥 望郷編

作者

1972年

サンダーマスク

作者

1972年

ブッダ

作者

1972年

奇子(あやこ)

作者

1973年

ブラック・ジャック

作者

1973年

ミクロイドS

作者

1973年

火の鳥 乱世編

作者

1974年

シュマリ

作者

1974年

一輝まんだら

作者

1974年

三つ目がとおる

作者

1974年

鉄の旋律

作者

1976年

ユニコ

作者

1979年

どついたれ

作者

1979年

ドン・ドラキュラ

作者

1980年

火の鳥 生命編

作者

1981年

火の鳥 異形編

作者

1981年

陽だまりの樹

作者

1983年

アドルフに告ぐ

作者

1986年

火の鳥 太陽編

作者

1987年

グリンゴ

作者

2015年

アトム ザ・ビギニング

原案

関連キーワード

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日本のビジュアリスト、映画監督、俳優。 関連ページ:手塚 眞

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漫画家。男性。1955年『みかんの花咲く丘』で、デビュー。漫画家「手塚治虫」、「赤塚不二夫」のアシスタントを経て独立。少女誌を中心に活動する。1970年「週刊少年サンデー」にギャグ漫画家『ダメおやじ』... 関連ページ:古谷 三敏

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