本来サブキャラだった主人公ファーティマ
13世紀のユーラシア大陸を横断する勢力を誇った、モンゴル帝国の後宮を舞台に、天涯孤独な奴隷少女のシタラ(ファーティマ)の成長と「知」の闘いを描いた歴史フィクション。かねてよりモンゴル帝国に興味があった作者のトマトスープは、当初、モンゴル帝国第二代皇帝オゴタイの第六皇后、ドレゲネを主人公に物語を考えていた。しかし、モンゴルの広い世界の地域差や価値観の違いを描くには、皇后という地位にあるドレゲネでは動きが制限される。そこでサブキャラとして登場させる予定だった、ドレゲネの侍女、ファーティマを主人公に変更。次々と場所を移動していくファーティマの目を通して、様々な文化や風景を描くことに成功した。
史実をよりドラマチックにアレンジ
本作の主人公、ファーティマは、モンゴル帝国に仕えた実在人物だが、彼女の設定が史実とは少し異なる。まず、ファーティマが当時世界最高レベルの医療技術や科学知識を誇るイラン出身なのは変わらないが、物語の都合上出身地がマシュハドからトゥースに変更されている。次に、ファーティマが本当はシタラという名の奴隷で、復讐のためにファーティマの名を騙(かた)ったというのも創作である。この変更により、身分の低い奴隷が「知」の力によりイスラム世界でチャンスを得て、さらにモンゴル帝国の後宮に進出していくというドラマチックな展開が生まれた。したがって、シタラの前半生を描いた第1巻は概ねフィクションであり、第2巻以降歴史に沿ったストーリーが展開されていく構成になっている。
「帝国を傾ける道」へと共闘する二人の女性
トゥースの街はモンゴル帝国の襲撃を受けて壊滅。帝国の四男、トルイは、ファーティマ家にあった書物『原論』を奪う。そしてファーティマ奥様はシタラを庇(かば)って殺されてしまう。復讐を誓うシタラは「ファーティマ」と名乗り、奴隷の身分を隠してトルイの第一皇后、ソルコクタニに仕える。その後、帝国の始祖、チンギス・カンが死去。三男のオゴタイが二代目の皇帝に即位した。そしてファーティマは、オゴタイの第六皇后、ドレゲネと出会う。ファーティマの本心を探るドレゲネは、自分の身の上話をする。彼女はモンゴル帝国によって滅ぼされた部族の長の妻だった。オゴタイの妻になり子供も産んだが、ドレゲネはモンゴル帝国への憎しみを燃やし続けていた。ファーティマは、自分が奴隷のシタラであることを明かし、復讐のために帝国に来たことを話す。こうして憎しみを抱く二人は出会い、知恵の力で、帝国を傾けるために共闘することを誓う。
登場人物・キャラクター
ファーティマ
天涯孤独の元奴隷の少女。本当の名はシタラ。イラン東部の都市、トゥースのファーティマ奥様に仕え、その息子のムハンマドから「知」の重要性と可能性を学ぶ。それから8年後、モンゴル帝国の襲来で、ファーティマ奥様は死亡。シタラも捕虜として帝国へ連れていかれる。その後、奥様の敵討ちのため「ファーティマ」を名乗り、帝国の後宮に入り込む。モンゴル帝国第二代皇帝、オゴタイの第六皇后、ドレゲネと出会い、ともに帝国への憎しみを抱いていることを知り、共闘することを誓う。実在したファーティマ・ハトゥンをモデルにしている。
ドレゲネ
モンゴル帝国皇帝、チンギス・カンの三男、オゴタイの第六皇后。ナイマン族の出身で、同盟関係にあるメルキト族の族長、ダイル・ウスンの後妻となる。初めはメルキト族に嫁いだことを嘆いていたが、義理の娘、クランとの出会いで、日々の生活を愛するようになる。その後、メルキト族はモンゴル帝国に滅ぼされ、ダイル・ウスンがオゴタイに殺される。オゴタイの后(きさき)となることで生かされるが、帝国への憎しみを燃やし続ける。ファーティマと運命的な出会いを果たし、共に闘うことを誓い合う。実在した同名人物をモデルにしている。
書誌情報
天幕のジャードゥーガル 4巻 秋田書店〈ボニータ・コミックス〉
第1巻
(2022-08-16発行、 978-4253264464)
第2巻
(2023-02-16発行、 978-4253264471)
第3巻
(2023-09-14発行、 978-4253264488)
第4巻
(2024-08-16発行、 978-4253264495)