概要・あらすじ
18世紀のパリ。稀代のプレイボーイと名高いトリスタン・ド・ヴァルモン子爵は「愛して征服し、捨て去ること」を自身の運命と定めて過ごしていた。そんな自由(リベルテ)を唯一の友とするヴァルモンのような貴族男性は、社交界の間では「女たらし」として評価され、ある種の尊敬を集めていた。一方、メルトイユ侯爵夫人は唯一ヴァルモンになびかなかった貞女として称賛されていた。
実は彼女は名誉を汚さないように、上手く立ち回りながらも、密かに自由な恋愛を楽しんでいた。ヴァルモンとメルトイユ侯爵夫人は、ある意味で好敵手のような関係であった。その2人に、ジェルクール将軍と、メルトイユ侯爵夫人の従姉妹の娘であるセシル・ボランジュが結婚するとの情報がもたらされる。
メルトイユ侯爵夫人は過去にジェルクール将軍と交際していたが、彼が知事夫人に乗り換えたために捨てられ、この時、知事夫人と交際していたヴァルモンも同様に振られていた。そのため、一時メルトイユ侯爵夫人とヴァルモンは、密かに恋仲になっていたという過去があった。過去のことを恨みに思うメルトイユ侯爵夫人は、セシルの純潔を婚前に奪うことにより、ジェルクール将軍をパリ中の笑いものにしようと企み、ヴァルモンを唆す。
しかし、ヴァルモンは自身に好意的な叔母のローズモンド夫人の領地で出会った、若く美しい貞淑な人妻・トゥールベル法院長夫人を次の攻略相手と決めており、メルトイユ侯爵夫人の誘いを断る。その返事を受けたメルトイユ侯爵夫人は、改めてヴァルモンを敵視。
それでも計画は諦めず、改めて若く容姿の優れた騎士のラファエル・ド・ダンスニーをセシルの傍に送り込んで誘惑させ、セシルの貞操を奪おうとする。しかし、セシルに心奪われたダンスニーは彼女の純潔を守ろうとし、ヴァルモンもまた、遊びのはずだったトゥールベル法院長夫人に対し、今までと違う真摯な恋心を抱くようになってしまう。
こうしてこじれてしまった事態の中でも、メルトイユ侯爵夫人は当初の計画を推し進めるが、事態はやがて彼女をも巻き込みながら、予期せぬ終焉へと向かっていく。
登場人物・キャラクター
トリスタン・ド・ヴァルモン子爵 (とりすたんどゔぁるもんししゃく)
背中にかかるほどの長い金髪を持つ子爵の男性。朗らかで屈託のない性格で、華やかな魅力にあふれている。女性を愛して征服し、その後捨て去ることを信条とする放蕩者(リベルタン)で、恋で浮名を流すことを一種のステイタスとしている。彼に口説かれた女性は、口をそろえて、酷い男だと知りながらも、どうしようもなく惹かれてしまうと語っている。 常に社交界の話題の中心にいるが、本人はそれを快く思っていない。自身に関する噂が大きくなると、自分に好意的な叔母のローズモンド夫人の領地に、羽を伸ばしに通っている。そんな日々を送るうち、いつしか恋の駆け引きに魅力を感じられなくなるものの、ローズモンド夫人の屋敷で出会ったトゥールベル法院長夫人に、これまでにないほどに惹かれていく。 のちに、かつての恋敵であるジェルクール将軍を貶めようと、メルトイユ侯爵夫人に持ちかけられるが、トゥールベル法院長夫人への想いを理由に、その策略に加わることを拒否する。
メルトイユ侯爵夫人 (めるといゆこうしゃくふじん)
若く美しい侯爵夫人。波打たせた巻き毛に覆われた頭頂から、両肩に巻き髪を垂らした豪奢なヘアスタイルをしている。名前は「イザベル」だが、そう呼ぶのは従姉妹のセシル・ボランジュの母と、かつての恋人トリスタン・ド・ヴァルモン子爵の2人のみ。社交界にデビューしたのは13歳の頃で、当時は身分も低く、あか抜けない存在だった。 しかし非常に聡明で、周囲の大人が自身を子供だと侮って扱う間に、大人たちが隠したがっていることを嗅ぎ分け、周囲の様子をうかがいながら人間関係を掌握していく。人相や表情によって相手のことをある程度判断できる眼力を、15歳で身につけ、30歳も年上のメルトイユ侯爵と結婚した。安全な社会的地位を得たうえで、秘密裏に自由な恋を楽しんでいる。 感情と表情を切り離すように練習を重ね、人を意のままに巧みな話術で操り、自分にとって都合の良いように動かすことに喜びを見出している。現在は、夫に先立たれた貞淑な未亡人と、世間から評されている。トリスタン・ド・ヴァルモン子爵とはかつて恋仲だったこともあるが、今は好敵手のような間柄に落ち着いている。かつて振られた相手であるジェルクール将軍への復讐心から、彼の結婚相手として望まれている従姉妹の娘のセシル・ボランジュの純潔を婚前に奪ってしまうよう、ヴァルモンに依頼する。
セシル・ボランジュ (せしるぼらんじゅ)
メルトイユ侯爵夫人の従姉弟の娘。年齢は15歳。修道院育ちの、素直で世間知らずな可愛らしい少女。メルトイユ侯爵夫人にも、あと1年もすれば磨かれて素晴らしい美女になると評されている。修道院で学ぶため5年前から親元を離れていたが、縁談が持ち上がったので呼び戻された。婚約者はセシル・ボランジュよりかなり年上のジェルクール将軍で、セシルは初見から彼を嫌っている。
セシル・ボランジュの母 (せしるぼらんじゅのはは)
セシル・ボランジュの母親。社交的で陽気な世話好きな女性で、見た目もまだ若さを保っている。従姉妹のメルトイユ侯爵夫人を、世間の評判の通りの貞女と信じており、彼女には秘密にしておくように、と言われていたジェルクール将軍からの縁談を打ち明ける。そこから娘の教育も依頼したため、メルトイユ侯爵夫人の復讐劇に娘を利用される材料を与えてしまった。 トリスタン・ド・ヴァルモン子爵の悪評を知っており、滞在先で彼と過ごしている知人のトゥールベル法院長夫人に、女の敵であるという手紙を送って警告した。知性的な女性ではあるものの、従姉妹のメルトイユ侯爵夫人の悪だくみにセシルが傷ものにされた後も、そのことに気付けなかった。
ラファエル・ド・ダンスニー (らふぁえるどだんすにー)
生真面目なマルタ騎士修道団の騎士。「騎士・ダンスニー」の名で知られる。黒髪の容姿端麗な青年で、年齢は19歳。作詞作曲を手掛ける音楽家でもあり、メルトイユ侯爵夫人の夜会で歌とハープを披露した。オペラを鑑賞に来ていた貴族の少女・セシル・ボランジュと一目で惹かれあった。しかし、家柄は良いが財産に乏しいことと、セシルには既にジェルクール将軍という社会的に成功を収めている婚約者がいるために、上手く想いを伝えられずにいる。 セシルに恋心を抱きながらも、恋の相談をしていた相手のメルトイユ侯爵夫人に誘われるまま男女の仲になるなど、世渡りに不慣れで経験に乏しい。セシルへの一途な想いをトリスタン・ド・ヴァルモン子爵にも打ち明けて相談する。 しかし、裏でセシルを道具のように扱い、メルトイユ侯爵夫人とヴァルモンがジェルクール将軍への復讐を企てているなどとは気付いていない。人の心の裏を勘ぐることなどしない、真っ直ぐな気性の持ち主。
トゥールベル法院長夫人 (とぅーるべるほういんちょうふじん)
結婚2年目の貞淑と名高い人妻。年齢は22歳。黒髪で優し気な雰囲気の美しい女性。顔は整っているが無表情で、服装は時代遅れの露出の少ないものを好んでいる。名前は「マリアンヌ」だが、生真面目で控えめな性格のため、そう呼ぶのは、娘のように親愛を感じているローズモンド夫人と、彼女の甥で恋仲になったトリスタン・ド・ヴァルモン子爵の2人のみ。 主人が仕事で留守の間に、年上の友人のローズモンド夫人の館に招かれていた。そこでの滞在中にローズモンド夫人の甥のヴァルモン子爵と出会う。セシル・ボランジュの母とも友人関係で、彼女に、ヴァルモンの印象を、「パリでの評判程悪い人ではない」と、手紙で伝えた。しかし、セシルの母親からは手紙での警告を幾度となく受けた。 そのために考えを改め、強硬な態度でヴァルモンの誘惑を拒否し続けた。不貞を犯すことは重罪と知りながらも、密かにヴァルモンに好意を抱くようになる。葛藤に苦しみ抜いた果てに、受け入れて貰えないなら死しかない、と仄めかしたヴァルモンに身を捧げてしまった。
アゾラン
トリスタン・ド・ヴァルモン子爵の従者の男性。黒髪の青年で、ヴァルモンには、狡猾で役に立つと、高く評価されている。ローズモンド夫人の館に滞在した際、トゥ―ルベル法院長夫人の侍女のジュリーと知り合って恋仲になった。その関係を主人のヴァルモンの企みに利用されたこともあるが、アゾラン本人はジュリーを真剣に想っている。 トゥールベル法院長夫人が許されない恋心に苦しんで、ローズモンド夫人の館から急に去ってしまった時には、別れも言わずに去るなんて、とジュリーへの未練を口にしている。
ジェルクール将軍 (じぇるくーるしょうぐん)
立派な口ひげを蓄えた将軍の壮年男性。常に自信たっぷりで、快活に陽気に振る舞っている。家柄も財産も申し分ない身分にあり、15歳で修道院育ちのセシル・ボランジュを結婚相手に望んでいる。セシル・ボランジュの母は、テノールの声が素敵だと、彼を気に入っているが、セシルには初見から生理的に嫌われている。過去にメルトイユ侯爵夫人と交際していたが、別の女性に心変わりをしたのを機に振っている。 修道院教育万能論と、金髪貞淑論を持論としており、結婚相手にセシルを選んだのは、ただその双方の論を満たすからに過ぎない。そのため、用事が入ったからと、自身が決めた結婚の日取りを先延ばしにするなど、結婚にさして執着を持っていない。
ジュリー
トゥールベル法院長夫人の侍女。少しふくよかな体形で、豊かな波打つ髪を持つ若い女性。トゥールベル法院長夫人が友人のローズモンド夫人の誘いを受け、彼女の館に滞在していた際に、パリから訪れたトリスタン・ド・ヴァルモン子爵の従者であるアゾランと恋仲になった。以降、夜をともに過ごして、田舎暮らしの憂さ晴らしをしている。
ローズモンド夫人 (ろーずもんどふじん)
84歳と老齢ながらも元気で溌剌とした女性。甥のトリスタン・ド・ヴァルモン子爵の放蕩を嘆いているが、彼を大事に想ってもいる。自身の屋敷に招いていたトゥールベル法院長夫人がヴァルモンに見初められたのを案じ、密かにトゥールベル法院長夫人の身を心配しながらも、彼女の人柄によって今度こそヴァルモンが改心してくれるのではと期待もしていた。 個性豊かで才覚に富み、判断力に優れるうえ優雅で気さくな性格と、メルトイユ侯爵夫人がその人柄を手放しに称賛し、ヴァルモンもその寛大さを心から愛するほどの人物。
エミリー
トリスタン・ド・ヴァルモン子爵とは古い馴染みの若い娼婦。派手に着飾って派手に遊んており、今は市長に囲われ、屋敷ももらっている。その立場にも関わらず、今でもヴァルモンとの関係を続けている。ちなみにヴァルモンは、トゥールベル法院長夫人へのラブレターを、裸のエミリーの背中の上で書いた。
書誌情報
子爵ヴァルモン~危険な関係~ 2巻 小学館〈フラワーコミックス α〉
第1巻
(2010-09-10発行、 978-4091333209)
第2巻
(2011-12-09発行、 978-4091341174)