あらすじ
第1巻
無類の将棋好きである侍の田沼勝助は、初段の免状持ちである商人の桔梗屋との対局で負け続け、代償として家宝の刀を桔梗屋に渡す羽目になってしまう。素寒貧になって将棋会所を追い出された勝助は、茶屋で遭遇した若い侍の刀を失敬し、それを担保に再び桔梗屋に勝負を挑もうとする。しかし、尾行してきた若い侍にその行為を咎められたうえ、刀を取り返されてしまう。その際、勝助が勝負しようとしていた相手が桔梗屋であることを知った若い侍は、自らの刀を賭けたうえで桔梗屋との対局を所望する。若い侍は、自分を侮っていた桔梗屋を、電光石火の指し回しによってたちまち敗勢へと追い込んだうえ、桔梗屋が持っていた免状を偽物であると看破。追い詰められた桔梗屋は若い侍の正体が江戸幕府公認の「将棋御三家」の筆頭である大橋本家九代目当主、大橋宗桂であることに気づき、用心棒に命じて宗桂たちを亡き者にしようとする。(第1話「桔梗屋」。ほか、4エピソード収録)
第2巻
初代宗桂の棋譜の手がかりを求め、長崎へと出立した大橋宗桂は、そこであとを追ってきた平賀源内と合流し、オランダ人の商人がひしめく出島へと入る。源内の知り合いであるオランダ商館長のカピタン・イサークが棋譜を持っていることを知った宗桂は、棋譜を譲ってくれるように懇願するものの、イサークはこれを拒否。棋譜を賭けて将棋の対局をすることになった宗桂だったが、イサークが桂の動きが変則的な「八方桂」のルールを採用したこともあり、苦戦を強いられてしまう。しかし、取った駒を捨て続けるイサークの姿勢に怒りを覚えた宗桂は本気を出し、八方桂を使った巧みな差し回しでイサークを一気に追い詰め、棋譜の一部を取り返すことに成功する。(第6話「イサーク」。ほか、4エピソード収録)
第3巻
田沼勝助は父親である田沼意次の命で、武田家の一人娘のお駒とお見合いをすることになってしまう。気が進まないまま武田家を訪れた勝助のもとにお香が現れ、大橋宗桂が、初代宗桂が残したほかの棋譜のことを聞くために、単身で武闘派の河窪家に乗り込んだことを聞かされる。勝助はお香と共にお見合いを放棄して河窪家へと急行するが、当の宗桂は無事に対局を終え、何事もなく河窪家の屋敷から出てきた。安堵する一行だったが、その帰路の途中で顔を隠した暴漢の襲撃を受けてしまう。手練れの攻撃によって危機に陥った勝助を救うため、宗桂は手持ちの棋譜を暴漢へと手渡し、河窪家まで持っていくようにうながす。ところが当の暴漢は河窪家のことをまったく知らなかったため、彼らの正体の謎はより一層深まっていく。(第11話「駒」。ほか、6エピソード収録)
登場人物・キャラクター
大橋 宗桂 (おおはし そうけい)
江戸幕府公認の「将棋御三家」の筆頭である大橋本家の九代目当主となる棋士の男性。将軍家の将棋指南役を仰せつかっている、次期名人の筆頭候補。柔和な物腰とおとなし気な風貌をした優男。初代宗桂が書き残した7冊の棋譜を亡き父の遺言に従って探し続けており、日々の業務の傍ら、各地を調査して回っている。棋士としての技量は文字通り桁外れで、棋譜探しの過程で出会った在野の将棋指しを、変幻自在の差し回しで次々と打ち破っていた。従姉妹のお香からは今も幼名の「印寿」という名前で呼ばれている。将棋の腕とは裏腹に剣術は不得手で、実戦で刀を抜いたことは一度もない。対局時の集中力はすさまじく、周囲で荒くれ者が斬り結んでいてもいっさい動じず、盤面に向かい続けられる胆力の持ち主。将棋愛好家に段位・免状を与えられる特別な権利を将軍家から与えられている。実在の人物、大橋宗桂がモデル。
田沼 勝助 (たぬま かつすけ)
将軍家の老中を務めている田沼意次の三男。がっしりとした体格をした壮健な侍の男性。何かと軽率な面はあるが明朗快活なうえに正義感の強い性格をしている。家に束縛されることを何より嫌っており、意次に対してもたびたび反発している。そのため、すでに成人しているが未だ月代(さかやき)を剃っておらず、日々遊び惚けていた。ヘボい腕前ながら大の将棋好きで、桔梗屋との賭け将棋に負けて刀を取られたところを大橋宗桂によって救われ、以後友人として初代宗桂の棋譜探しを手助けするようになった。複数の暴漢を相手にしても一歩も引かないなど、剣術の腕も優れ度胸も人一倍ある。実在の人物、田沼勝助がモデル。
お香 (おこう)
江戸幕府公認の「将棋御三家」の一つである伊藤家出身の女性。勝ち気な性格をした美人で、大橋宗桂の従姉妹。幼い頃から将棋が大好きだったが、女だからという理由で伊藤家筆頭の伊藤宗印に、将棋に触れることをいっさい禁じられていた。そのため宗印の目を盗んで独学で将棋を学び、凄腕の将棋指しとなった。成人してからは免状を持つ在野の腕自慢と対局し、打ち破った相手の免状を取り上げる行為を繰り返していたが、宗桂との対局に敗北してからは免状集めをやめ、初代宗桂の棋譜探しを手伝うようになった。
平賀 源内 (ひらが げんない)
天才浄瑠璃作家を自称している発明家の男性。無造作に髪を伸ばした着流し姿の変人で、人を食ったような尊大な性格をしている。「福内鬼外」と「神内鬼外」という二つの名を使い分け、縁日で平賀源内自身が発明した品やガラクタを適当に売りさばいていた。飽きっぽいうえに新しいものが大好きで、将棋を古いものと考えて見下している。縁日で大橋宗桂と出会い、初代宗桂の棋譜を持っていたことが縁となって、棋譜探しを手伝うことになった。頭が非常によく、特に記憶力は並外れて優れている。老中である田沼意次の命で密偵として鉱山調査などをしていた過去を持つなど、謎の多い人物でもある。実在の人物、平賀源内がモデル。
徳川 家治 (とくがわ いえはる)
徳川家の第十代将軍。幼少の頃から叩き込まれた帝王学や武術に秀でた男性。将棋が趣味で、七段の免状を持っている。将軍としての役割と身分に息苦しさを感じており、将棋の指南役である大橋宗桂が対局で手を抜いていることにも気づいている。そのため、自分を一人の人間として見てくれる場所を求めて城を抜け出し、一介の町人として将棋の対局をしていた。将棋の実力は確かで、その辺の将棋指しではまるで歯が立たないほど強い。そこで本気の宗桂と対局し、彼の本当の実力を知ることになる。実在の人物、徳川家治がモデル。
大橋 宗順 (おおはし そうじゅん)
江戸幕府公認の「将棋御三家」である大橋分家の五代目の当主となる棋士。長髪で髭面の中年男性。冴えない見た目とは裏腹にかなりの策士で、凄腕の棋士として育った庶子の息子である大橋宗英を、次代の名人にしようと画策している。そのために武田典膳と手を結び、初代宗桂の棋譜探しに協力していた。宗英からは「ジジィ」と呼ばれているが、大橋宗順自身はまるで気にしていない。実在の人物、大橋宗順がモデル。
大橋 宗英 (おおはし そうえい)
大橋分家出身の棋士で、大橋宗順の息子。端正な顔立ちをした美男子で、天賦の才を持つ生まれついての棋士。つねに気だるそうにしており、何を考えているのかわからない飄飄とした性格をしている。庶子として生まれ、幼少時代には里子に出されていたが、成長の過程で類まれなる棋才を発揮し、ほかの跡取り候補も早世したため大橋分家に呼び戻され、次代の名人を目指す身となった。こと将棋に関しては絶対の自信を持っているうえにかなりの負けず嫌いで、在野で対局した大橋宗桂と引き分けた以降は彼に執着し、強いライバル心を抱くことになる。父親である宗順のことは「ジジィ」呼ばわりしていた。実在の人物、大橋宗英がモデル
伊藤 宗印 (いとう そういん)
江戸幕府公認の「将棋御三家」の一つである伊藤家の五代目の当主となる棋士。面長な顔立ちの冷徹な性格をした男性。女性を見下しており、将棋を指すことを希望していた一族のお香が将棋に触れることを禁止し、隠れて将棋を学ぼうとする彼女を徹底的に迫害していた。初代宗桂の棋譜を狙っており、お香に命じて大橋本家にある棋譜群を密かに調査させていた。実在の人物、伊藤宗印がモデル。
田沼 意次 (たぬま おきつぐ)
江戸幕府の老中を務める男性。非常に優れた人物で、幕府の要職に就き身を粉にして働いている。不肖の息子である三男の田沼勝助の行く末を案じており、たびたび説教している。しかし親の心子知らずで、その思いは勝助には届いていない。勝彦が大橋宗桂を追って長崎に出立した際、帰宅した勝彦に武田家の娘のお駒との見合いを言い渡していた。実在の人物、田沼意次がモデル。
武田 典膳 (たけだ てんぜん)
200年続いている名門武家の当主を務める男性。人の心を見透かすような眼をしている。とある事情によって大橋宗順と通じ、初代宗桂の棋譜を集めている策謀家で、配下の十左に命じて大橋宗桂を襲い、棋譜を奪わせていた。家の勢力拡大のため、田沼意次の息子である田沼勝助と、武田典膳自身の娘であるお駒を見合いさせる。
十左 (じゅうざ)
武田家に仕えている男性。剣術に長けた凄腕の侍で、当主である武田典膳に影のように付き従っている。典膳への忠誠心は高く、彼の野望の障害になるものは誰であってもためらいなく斬り捨てる非情さを持っている。典膳の命で大橋宗桂を襲撃し、初代宗桂の棋譜を奪っていた。
お駒 (おこま)
武田典膳の娘。凛とした佇まいの美人。高飛車な性格で、自分に媚を売ったり、無駄な自慢話をする男を毛嫌いしている。武田家の当主となる器を持つ男性でなければ結婚できないと考えており、これまでの見合いはすべて自らの意思で破談にしている。田沼勝助との見合いでもその姿勢を崩さなかったが、友人である大橋宗桂を救うために躊躇なく見合いを放棄した勝助を気に入り、彼との結婚を決意する。
カピタン・イサーク
オランダ出身の貿易商の男性。エキセントリックな性格をしている。商館長として長崎の出島に滞在し、オランダ人商人を仕切っている。美しいものに目がなく、世界の各地で眼鏡にかなった品をコレクションしている。元々はチェスのヨーロッパチャンピオンで、相手になる人間がいなくなったために空しさを覚え、貿易商になった過去を持つ。ヨーロッパのチェスこそがもっとも美しいと信じており、ほかの地域に伝播したチェス型のゲームのチャンピオンを倒し続けている。男女問わず、美しい人間を愛している。
蛭田 長四郎 (ひるた ちょうしろう)
肥後の国に住んでいる渡世人の男性。周辺地域の賭場を牛耳る蛭田一家を率いている。他人より頭二つぶんは背の高い巨漢で、冷酷非道な性格をしている。滅法将棋が強く、賭場の仕切り役を決める平田一家との将棋勝負では、凄腕の平田銀造にも一度も負けたことがない。肥後の国のすべての渡世人を仕切っている大元締めの辰五郎のことも内心では敬っておらず、虎視眈々と下克上を狙っている。
平田 銀造 (ひらた ぎんぞう)
肥後の国に住んでいる渡世人の男性。平田一家に籍を置いている。「将棋御三家」である伊藤家の門下だった父親の影響で将棋が強いが、25年前に大橋宗桂に敗れて以来、働きもせず死ぬまで詰将棋作成に心血を注いだ父親を憎んでおり、そのせいで将棋のことも憎悪している。しかし、肥後の国を訪れた宗桂との対局を経て、自分が父親と将棋を本当は愛していることに気づく。賭場の仕切り役を決める平田一家との将棋勝負において、蛭田一家の組長の蛭田長四郎に過去一度として勝ったことがないため、宗桂に助力を懇願していた。
辰五郎 (たつごろう)
肥後の国に住んでいる渡世人の男性。国内の渡世人を束ねている大元締め。通り名は「益城の辰五郎」。見た目はただの老人だが、繰り出す言葉には未だに凄みがある伝説級の人物。無類の将棋好きで、各地の賭場の仕切り役を、一家の代表者が対局する将棋によって決めさせている。
萬願堂の店主 (まんがんどうのてんしゅ)
長崎銅座で骨董品を扱う「萬願堂」を営んでいる店主の男性。魚のような顔立ちをした不気味な人物で、棚の後ろに身を隠し、巧みに移動しながら客を翻弄する。質問の返答から人の心を読むのを得意としており、初代宗桂の棋譜の情報を集めようとする大橋宗桂たちに、心を読む勝負を挑む。
桔梗屋 (ききょうや)
亀戸に住んでいる商人の男性。初段の免状を持つ大の将棋好きで、自前の将棋会所に将棋愛好家を集め、賭け将棋を繰り返して荒稼ぎしている。下手の横好きである田沼勝助を賭け将棋のカモにしていたが、大橋宗桂に初段の免状が偽物であることを看破されたうえ、対局でも散々に打ち破られてしまう。
浦見 真次郎 (うらみ しんじろう)
田沼意次に仕えている侍の男性。要領が悪く、仕事で失敗を繰り返しているため、今は雑用のみを任されている。そのため意次を逆恨みしており、息子の田沼勝助をそそのかして将棋で対局し、負けた勝助に100両もの大金を支払わせようとしていた。
その他キーワード
初代宗桂の棋譜 (しょだいそうけいのきふ)
「将棋御三家」の筆頭である大橋家の初代宗桂が残した棋譜。将棋の名人位の襲名時に使用する儀礼的な品で、全部で7冊が存在する。本来は徳川家康に献上されるものだったが、献上直前に大坂の陣が始まってしまい、以降は大橋家に所蔵されたままとなっていた。13年前に何者かによってすべての棋譜を盗まれてしまい、名人位が14年以上空位となる原因になっている。大橋宗桂が父親の遺言に従って探していたが、各地に散逸してしまったために調査は難航していた。
クレジット
- 監修
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渡辺 明