あらすじ
ある日、宝石商「ローシュタイン」に、大貴族として知られるエルフェンバイン家の女性が客として訪れた。王室御用達の宝石商とも縁のある名家の女性が、なぜうちに来たのかとエリヤは疑問に思うが、そんな彼女をよそに、エルフェンバイン家の女性は店内を眺めては、珍しい石に興奮を隠せない様子でいた。そんな中、ふと我に返った彼女は、「ラヴェンデル・リヒト・エルフェンバイン」と名乗り、昔から鉱石が好きで、噂(うわさ)に聞くローシュタインに来てみたかったこと、宝石商のメイドにぜひ一度会いたかったことを語る。そしてラヴェンデルはエリヤに、フリーデ国の第2王子との婚約が決まったため、成婚の際に身につけるティアラを作りたいのだと切り出す。御用達の店で、ダイヤモンドを使ったティアラを作るようにと聞かない母親に反発し、誰も作ったことがない珍しいティアラを身につけることが夢だと語るラヴェンデルに対しエリヤは、その強い輝きで持ち主の魅力を高め、本来の自分を相手に伝えられるという言い伝えのあるスファレライトを勧める。そして同時に、難色を示すであろうラヴェンデルの母親へ向けた、ダイヤモンド以外のティアラを作るための口実を提案するのだった。(第2話「宝石商のメイドと貴婦人)
アルフレッド・ローシュタインに頼まれて銀行を訪れたエリヤは、自分の用もいっしょに済ませて、窓口で送金の明細を受け取った。そこで人とぶつかったエリヤは明細を取り落としてしまうが、近くにいた女性が明細を拾い上げ、エリヤに返してくれる。実はその女性は、学校に通えない子供たちに無償で勉強を教える施設「学び舎」の園長だった。拾った明細からエリヤが、毎月「ザトウムシ」の名で学び舎に寄付をしてくれている人物であることを知った園長は、その後ローシュタインを訪れてアルフレッドに面会し、エリヤに子供たちからのお礼を伝えさせて欲しいと願い出る。だが、エリヤ自身は表立って感謝されることを望んでいないのではないかと考えたアルフレッドは、そのことを隠したままでエリヤと学び舎の子供たちを結びつけるために、一計を案じる。それは、学び舎で行われる子供のためのお仕事勉強会に宝石商として参加し、エリヤに先生役を担ってもらうというものだった。エリヤは子供に何を教えたらいいのかわからないと渋るが、そんな彼女にアルフレッドは、かつて教師のアルバイトをしていた経験を活かし、鉱石の知識を教えるための資料を自ら作成して手渡す。(第10話「宝石商のメイドがやって来た!」)
登場人物・キャラクター
エリヤ
アルフレッド・ローシュタインに仕える若いメイド。女性としては珍しい、宝石鑑定師の資格を持つ。メイドとしての仕事のかたわら、アルフレッドが手掛ける宝石商「ローシュタイン」で働くようになって3年になる。アルフレッドが宝石の仕入れのため世界中の鉱山を巡っているため、ふだんは彼に代わって店を一人で切り盛りしている。非常に穏やかな性格で、基本的に私情を表に出すことはない。また、宝石に関する知識が豊富なだけでなく、客の思いに寄り添うことを得意としており、さまざまな事柄に対して向上心が強い。基本的にはメイドとしての立場をわきまえているが、アルフレッド譲りの宝石商としての矜持(きょうじ)も持ち、言動は控えめながらも道理の通らないことに対しては毅然(きぜん)とした態度を崩さない。これらの理由から、アルフレッドが安心して店を任せられる逸材であり、客の中には店主のアルフレッドではなく、エリヤに手続きをしてもらうことを楽しみにしている者もいるほど。仕事が趣味と言ってのけるほど仕事熱心で無欲だが、唯一大好きな紅茶に関してだけは特別で、紅茶を取引材料に出されると二つ返事で受け入れてしまう。アルフレッドからは十分な給与をもらっているが、学校に通えない子供たちに無償で勉強を教える施設「学び舎」に、「ザトウムシ」の名で給与の大半を寄付しているため、ふだんは質素な生活を送っている。ちなみにインドア派で、休みの日は読書をしたりアフタヌーンティーを楽しんだりと静かに過ごしている。
アルフレッド・ローシュタイン
宝石商「ローシュタイン」の店主を務める青年。物腰穏やかで心優しい性格をしている。ふだんは宝石の仕入れのため世界中の鉱山を巡っているため、店に出ることは非常に稀。メイドのエリヤのことを心から信頼しかわいがっており、自分がいないあいだのことは彼女に完全に任せている。ただし、すべて任せきりというわけではなく、エリヤになるべく責任を負わせないように、裏で根回しなどに余念がない。ちなみに宝石商を営んでいるのは、あくまで宝石を愛するが故であり、宝石好きな客が来てくれれば収入は店を維持できる最低限で構わないと考えている。そのため宝石商として自らの名を売る気はなく、客に対してもあくまで宝石の美しさを楽しんでほしいと考えており、資産価値を理由に宝石を勧めることはしない。また、価値の分からない者が希少な宝石を格安で売っていたとしても、それをそのままにしておくことをよしとせず、事情を説明したうえで正当な額を払って購入するなど、宝石に対してはとにかく真摯で誠実。ちなみにアウトドア派で、休みの日は外に出かけるのが好き。
ラヴェンデル・リヒト・エルフェンバイン
大貴族である「エルフェンバイン家」の四女。末の娘ということもあり、自由奔放として知られている。エルフェンバイン家は王室御用達の宝石商と付き合いがあるものの、ラヴェンデル・リヒト・エルフェンバイン自身は、希少な裸石(ルース)や原石を取り扱っていることや、メイドが宝石商を務めていることから宝石商「ローシュタイン」に興味を持っていた。そのためフリーデ国の第2王子との婚約を機に、ダイヤモンドではなく、ほかに誰も作ったことのない珍しい宝石のティアラを作りたいと、ローシュタインを訪れた。実はかねてより宝石にかかわる仕事に就きたいと考えていたこともあり、宝石や鉱石に関する知識が豊富。そして、自分に対して誠実に対応し、さまざまなアドバイスをくれたエリヤのことを気に入り、身分の差を超えて彼女と友人関係を築く。以来、エリヤのアドバイスもあって、自分の夢を叶(かな)えるためにはまず貴族としての責務を果たすべきと考え、積極的に社交の場に出るようになったりと、努力を重ねるようになる。
サラ・アリア
「劇場の女帝」とも評される舞台女優。左目尻に泣きぼくろのある妖艶な美人で、優雅で気高くて美しく、貴族の血を引いていると噂されており、絶大な人気を誇っている。だが、もともとは貧しい村から出てきたそばかすだらけの少女で、理想の自分になるために故郷や友人、自分の本当の姿を切り捨ててきたという過去を持つ。現在は稽古中に足をケガしたため公演を休んでおり、これをきっかけに過去を振り返り、孤独感にさいなまれるようになった。そんな中、引き寄せられるように宝石商「ローシュタイン」を訪れ、エリヤと人生を宝石になぞらえた会話を交わすうちに、いつもの凛としたたたずまいを取り戻す。ちなみに宝石通として知られており、本来ならば有名店にしか入らない。
ジョージ・アレクシス・ハインリヒ・フォン・グラニテス
グレンツェ国の第1王子。幼い頃に母親を亡くし、以来、第2王子の母親である継母に虐げられながら育った。そんな成り立ちから王族の義務を嫌っており、鷹揚(おうよう)な性格ながらどこか子供っぽく世間知らずなところがある。自らの唯一の理解者として、資産家の娘であるカレンシア・エナモラダに思いを寄せ、彼女と結婚するため王室からの離脱を宣言。だが、婚約指輪として贈った母親の形見であるピンクダイヤモンドの指輪をカレンシアに拒否され、その理由を尋ねるために彼女が行きつけの宝石商「ローシュタイン」を訪れた。ここでエリヤからカレンシアの真意を考えるよう勧められ、嫌っていた王族の義務を果たそうと国軍に入隊。その後、自らの力で初めて得た給与でカレンシアの思い入れのあるムーンストーンの指輪を仕立て、改めて彼女にプロポーズする。
カレンシア・エナモラダ
資産家の令嬢。グレンツェ国の第1王子であるジョージ・アレクシス・ハインリヒ・フォン・グラニテスの思い人。かつて結婚して10年で別れ、現在は16歳になる息子がいるが、その息子ももう結婚している。もともと宝石商「ローシュタイン」の常連客で、エリヤとは面識があった。思慮深く心優しい性格で、エリヤにも好感を持たれている。ジョージに対してはカレンシア・エナモラダ自身も思いを寄せつつも、王室を離脱することが何を意味するのかの本質を理解していないように見えるジョージの将来を心配し、彼のプロポーズを突っぱねていた。だが責任から逃げ出さず、同時に王室に頼らない自らの力で仕立てたムーンストーンの指輪を手にしたジョージに改めてプロポーズされ、ついに彼の思いを受け入れる。
場所
ローシュタイン
フリーデ国に構える、宝石商の店。店主はアルフレッド・ローシュタインが務めているが、彼は宝石の買い付けのため店を留守にしていることが多く、ふだんは店のいっさいをメイドのエリヤが切り盛りしている。宝石商としては新参で、大通りから外れた場所に店を構えているものの、宝石鑑定士が女性、しかもそれがメイドということもあって、物珍しさから一部に名が知られている。通常の宝石商とは異なり、ジュエリーになる前の裸石(ルース)や原石なども扱っているほか、店の規模には不釣り合いなほど、高価で希少な宝石も取り扱っている。エリヤの誠実で的確な見立てに魅了される客も多く、口コミを聞いて宝石商「ローシュタイン」を訪れた客は、今度は自分が口コミのもとになって新たな客を呼ぶという好循環が生まれている。
書誌情報
宝石商のメイド 5巻 KADOKAWA〈MFC〉
第1巻
(2021-12-22発行、 978-4046810588)
第2巻
(2022-04-22発行、 978-4046814128)
第3巻
(2022-12-23発行、 978-4046820037)
第4巻
(2023-07-22発行、 978-4046826145)
第5巻
(2024-04-23発行、 978-4046835239)