概要・あらすじ
山根トキオは、戦前から街中に建っているレトロな6階建てアパートの最上階に住んでいる。便利屋を営むトキオは、依頼によっては家事代行をしたり、時に恋人を演じたり、誘拐まがいのことをしてみたりと、刺激的な日々を過ごしていた。そんな生活のなか、1人でいることを好み、住まいのアパートを愛しているトキオは、群をなさない鳥のように、時折地上に下りて、また最上階に戻ることこそが、自分の生活であると考えていた。
しかしそんな日々も、アパートからの立ち退きを勧める兵藤絵津子や、街でカツアゲから偶然助けた絵津子の弟・兵藤篤に出会ったことをきっかけとして、少しずつ変わり始める。同時に、人柄に惹かれあい深まっていく絵津子との交流のなかで、反抗を続けていた父親との関係も、穏やかなものへと変わっていくのだった。
登場人物・キャラクター
山根 トキオ (やまね ときお)
黒髪を長く伸ばし、左上腕部に入れ墨を入れた、少しワルそうな青年。セックスの相手から、行方不明の飼い猫探しなど、何でも引き受ける便利屋を営んでいる。仕事で知り合った不動産営業の兵藤絵津子に、好意を抱くようになった。それからは、性的な慰めの相手を引き受けることを辞めるなど、見た目とは違い、誠実な一面も持っている。夫婦仲が悪化し、別居状態のまま亡くなった母親の旧姓である「山根」を名乗り続け、母親と暮らしたアパートの最上階に1人で暮らし続けている。 父親の川中重蔵のことは、金と名誉のために家柄の良かった母親と結婚しただけの俗物、と見なして嫌っている。
兵藤 絵津子 (ひょうどう えつこ)
不動産営業を生業としている若い女性。くるくる表情のよく変わる親しみやすい性格だが、芯はしっかりしている。山根トキオとは、仕事の関係で、古いアパートからの立ち退きを勧めようとした際に知り合う。一見するとワルぶっているトキオの内面を知るにつれ、彼に好意を抱くようになる。
兵藤 篤 (ひょうどう あつし)
兵藤絵津子の中学3年生の弟。絵津子とは姉弟仲は良い。いじめを受けているため学校は休みがち。興奮すると言葉がどもりがちになってしまうため、あざ笑われる日々を送っていた。街中でカツアゲに遭っていた際に山根トキオに助けられ、彼のもとで便利屋の仕事を手伝うようになる。
川中 重蔵
大企業「川中商事」の社長を務める壮年男性。山根トキオの父親。トキオがまだ幼い時に夫婦仲が悪化し、妻はトキオを連れて家出した。以降、妻が死別するまで別居して暮らし続けていた。妻が亡くなってからも、トキオとは別れて暮らしている。
川中 鷹男 (かわなか たかお)
大学2年生の男子。川中重蔵の息子で、山根トキオの異母弟にあたる。モデルとしてスカウトされるほどの美男子で、顔立ちがトキオに似ている。母親は未婚の清純派女優として知られる三村好子。そのことは公にされておらず、川中鷹男自身も知らないままだった。父親の重蔵の期待に応え続けてきたが、兄のトキオが父親から離れて自由にしていることを、本心ではうらやんでいた。 自身は不義の子だとの罪悪感を抱いており、トキオが母親と暮らしていたアパートの部屋に入るのを極度に恐れていた。
三村 好子
未婚の清純派女優。40歳で、なお少女のような面影を残すと、人気がある。実は川中重蔵の浮気相手で、川中鷹男の実の母親。そのことは世間はもちろん、鷹男に対しても明かしていなかった。浮気の罪悪感から、幼い頃のトキオの首を突発的に絞めたことがあり、以来トキオに恐れられている。正式に入籍し、作品の半ばからは川中姓を名乗るようになる。
桃山のじいさん (ももやまのじいさん)
90歳の独居老人。かつて絵本作家をしていた。想像力豊かで、さまざまなものに愛情を注ぐ、楽しげな老人。山根トキオと同じアパートの5階に、建物ができた当時からずっと住んでいる。20年前に娘夫婦とその子供2人を事故で亡くした。その事故から1年後、少年だったトキオと知り合って、最近まで家族のような付き合いをしてきた。現在は加齢により呆けてしまい、トキオと過ごした20年ほどのことを忘れ、嫁いだ娘一家がまだ生きていると思い込むようになっている。
絵利 (えり)
ショートカットで気の強い、潔癖な23歳の女性。父親が、山根トキオの暮らすアパートの1階にある喫茶店「シアンクレール」を経営しており、絵利もここで働いている。トキオに憧れを抱いていたが、いつも傍観者のままで、積極的な行動を仕掛けることはせずにいた。
遠藤 理恵
長いストレートヘアの23歳の女性。夫の遠藤修一とは結婚して4年目。旧姓は「桜井」で、山根トキオが13歳の頃、彼と同じアパートの3階に住んでいたことがあり、当時トキオと交際していた。この時、トキオの子供を身ごもったことを、大人にとがめられて引き離され、4か月で破局を迎えている。その後、転居して経歴を変え、新たな人生を始めて結婚もした。 東京に戻ったことでトキオを思い出し、懐かしいアパートを訪ねる。
遠藤 修一
商事会社に勤める眼鏡をかけた若い男性。妻の遠藤理恵とは結婚して4年目。不倫をしており、自分が不利にならないように、理恵と離婚しようと企んでいる。かつて山根トキオと理恵が交際していたことを知り、トキオに理恵の素行調査を依頼して罠を張る。
吉武
中学3年生の女子で、兵藤篤のクラスメイト。クラス委員長を務めるほどに真面目でしっかりした性格。それが原因で、クラスメイトと素直に打ち解けられず、教室内では孤立している。特に、篤を虐(いじ)めていた男子生徒から煙たがられ、嫌がらせを受けている。篤が便利屋の山根トキオを手伝っていることを知り、学校でのボディーガードを依頼する。
鈴木 清二
髪の短い背広姿の青年。山根トキオが暮らすアパートの1階の喫茶店「シアンクレール」の常連客。マスターの娘の絵利に好意を寄せて店に通いつめ、気味悪がった絵利の依頼を受けたトキオに追い出される。それでもめげずに通い続けた。店のマスターでもある絵利の父親は、鈴木清二に対して「そう悪い人ではない」との印象を持っている。