母とのエピソードが満載の自伝エッセイ
本作は、作者の宮川サトシによる自伝エッセイで、最愛の母の死の1年後から描き始められた漫画である。当たり前に存在した母が突然いなくなった喪失感に襲われながら、作者は母のいない世界を生きる意味について考えるようになる。本書に綴られるのは、付き添いで病院へ行き、母が末期がんの告知を受けた日のことや、だんだん衰弱してやがて亡くなる母を看取(みと)ったこと、通夜や告別式、火葬の様子など。他にも、予想以上に悲しむ父や、一見クールだが自分なりに母を偲(しの)ぶ兄の様子、幼い頃の母との日常や、大学生の頃に骨髄移植を受けた際に母に励まされたエピソードなど様々である。
母の死をきっかけに動き出した人生
2012年、母が亡くなってから数か月後、サトシは漫画家としてデビューするが、年老いた父のこともあり、地元を出ることは考えていなかった。しかし、地元にはいたるところに母との思い出の地雷が埋まっており、容赦なくサトシを襲う。いつの間にかサトシは、「もうここにはいたくない」と思うようになっていた。一周忌を迎えた頃、父の世話をみたいという兄の言葉もあり、サトシは上京を決意する。それは「前向き」ではなく「逃げ」に近かったが、母が思い出になり始めた日でもあった。そして2013年、死んだ母から届いた、ある特別な贈り物をきっかけに、サトシは「親の死」に子どもの人生を動かす大きな力があることに気がつく。
コミックエッセイ執筆の経緯
朝日新聞社「相続会議」掲載のインタビュー(2020年3月25日公開)によれば、本作執筆のきっかけは、母が亡くなった際の「自分の反応」が面白かったからだという。身近な人間が亡くなったことがなく、飼い犬の死にも涙を流さなかった作者は、自分を冷たい人間だと考えていた。しかし、「母の死と直面したときに、想像もしていなかった衝撃」に見舞われ、激しく動揺したことから「自分はこんな人間だったんだ!」という発見があり、執筆動機になったという。なお、本作のタイトルについては、火葬場で体験した「衝動」であり、変えたほうが良いという意見もあったが、「ガツンときた、あのときの気持ちはこのタイトルでしか表現できない」という理由で押し通したという。
登場人物・キャラクター
宮川 サトシ (みやがわ さとし)
学習塾で働きながら漫画家を目指す30代の男性。丸いニット帽と無精髭(ぶしょうひげ)が特徴。三兄弟の末っ子で、地元岐阜県で、母の明子と多くの時間を過ごしてきた。母が末期がんを宣告されて以来、彼女に寄り添い、死後は大きな喪失感を味わう。真里という彼女と交際しており、亡くなる1週間前の母に背中を押され、結婚を決意した。母の作るカレーが世界一の好物。
宮川 明子 (みやがわ あきこ)
サトシの母親。明るく無邪気な性格で多くの人に愛される。元気で優しく、側にいるサトシに大きな安心を与え続けた。ある日、末期の胃がんを宣告され、約2年の闘病の後に亡くなった。