概要・あらすじ
昭和29年神戸。さえない青年の天野太一は、ふとしたきっかけから、沢村鉄雄と名乗る謎の美青年と出会い、探偵小説の会話で意気投合する。「殺された老婆の幽霊が出る」と噂された幽霊塔の管理人に応募するように勧めるテツオに誘われ、幽霊塔を訪れた天野は、時計塔の内部を調べているうちに謎の人物に襲われ、意識を失ってしまう。
天野が目を覚ますと、いつのまにか時計塔文字盤の長針と短針に体が縛り付けられており、止まっていたはずの時計塔は針を進め始めていた。天野は、12時になれば腰骨が折れて死んでしまうことと、これがかつて時計塔で殺された老婆、藤宮たつのときと同じ殺害方法であることに気づく。なすすべもなく恐怖に怯える天野だったが、ふたたびあらわれたテツオに発見され、救出される。
その見返りとして、幽霊塔に隠された財宝探しに協力するようにテツオから言い含められる天野だったが、それ以降、幽霊塔をめぐって殺人事件が繰り返されるのだった。
登場人物・キャラクター
天野 太一 (あまの たいち)
現代でいうニート的な青年。下宿に引きこもり、カストリ雑誌に載っている探偵小説やエログロ小説を読むのが趣味。外出した際に出会った沢村鉄雄に誘われ、幽霊塔に隠された財宝探しに協力するようになる。当初は無気力な青年で、自分を見下した知人を見返したいという動機から財宝探しをするようになるが、テツオや山科たちと関わることで「マイノリティが安心して暮らせるようにする」という目的を持つようになる。 完璧な青年として、憧れすら抱いていたテツオが女性であることを知った当初は困惑していたが、それを乗り越えてテツオとの友情を築き、最大の理解者となる。物語中盤以降、死番虫の犯した殺人の嫌疑を被せられ、テツオとともに逃亡生活をおくることになるが、その際にテツオに女装させられ天野太一子と名乗るようになる。
沢村 鉄雄 (さわむら てつお)
幽霊塔に伝わる財宝を探すため、天野太一に協力を求めた謎の美青年。幽霊塔の内部に入る扉の開け方や、時計の動かし方を知っている。戸籍上の本名は藤宮麗子であり、昭和27年に殺害された幽霊塔の所有者、藤宮たつの養子である。幼少期から性同一性障害を持ち、養母のたつが自分を女性として育てていることに苦悩していた。 死番虫の犯行である藤宮たつ殺害事件の嫌疑をかけられていたが、自殺を装って逃亡。それ以来、名前と性別を偽って生活している。男性としての身分と権利を得るため、幽霊塔の財宝を求めている。
丸部 道九郎 (まるべ どうくろう)
40歳。検事であり、担当している神戸市警では絶対的な権力を持っている。昭和29年における幽霊塔の所有者。昭和27年に起こった藤宮たつの殺害事件を担当して以来、幽霊塔にまつわる事件の捜査を行っているが、証拠を握りつぶすなどの不可解な行動も目立つ。幽霊塔に隠された財宝を探そうとしている人物。
丸部 沙都子 (まるべ さとこ)
丸部道九郎の娘で18歳。幽霊塔の秘密を探ろうとした天野太一と沢村鉄雄に脅迫され、天野が幽霊塔で働く手引きをする。養父である丸部道九郎に束縛されて育ち、丸部のことを忌み嫌うと同時に恐れている。丸部を嫌い、実母である酒井不変木と暮らそうと一時は考えたものの、資産家の丸部の下での暮らしが染み付いており、貧乏な生活には耐えられないと思い知る。 丸部の下を離れて暮らすための資金を得るため、幽霊塔の隠し財産を探し始める。
花園 恵 (はなぞの けい)
国民高等学校時代に天野太一と同級生であり、天野にとっては憧れの存在。新聞社に勤務している。母親の治療費を捻出するために、同級生で資産家の三村辰彦と不本意ながら結婚しようとしていたときに天野と再会する。好奇心旺盛で、天野から幽霊塔の殺人事件の話を聞いて単身幽霊塔に忍び込むが、居合わせた死番虫に殺害された後、全裸で時計塔に縛り付けられてしまう。
死番虫 (しばんむし)
幽霊塔に現れる謎の殺人鬼。眼と口だけを切り抜いた不気味な覆面と、コート姿であらわれ、幽霊塔の隠し財産を探そうとしている人間の殺害を繰り返している。神出鬼没であり、幽霊塔の内部以外にも、酒井不変木の自宅にあらわれたこともある。死番虫とは怪奇小説好きの天野太一によって名付けられた通称であり、正体は不明。
山科 (やましな)
神戸市警に勤務する若い刑事。花園恵が殺害された事件を、陣羽笛とともに捜査することになる。直前に幽霊塔のことを調べていた天野太一と沢村鉄雄の捜査を開始するうちに、殺人鬼死番虫と幽霊塔に隠された財宝の存在を知り、警察内部からふたりに協力するようになる。正義感が強く、頭の回転が速い。 幼いころに友人の少年が殺害された事件のショックから、少年愛嗜好を持つようになっている。
陣羽笛 (じんばぶえ)
神戸市警の警部。昭和27年に起こった藤宮たつ殺害事件の捜査を担当しており、丸部道九郎とは旧知の仲。花園恵の殺害事件が起こってから、山科とともに捜査を担当する。とぼけた推理を連発し、山科からは内心疎まれている。
藤宮 たつ (ふじみや たつ)
幽霊塔の元所有者で、資産家の老女。施設から藤宮麗子を引き取り、養子にする。麗子に時計塔を止めさせることで幽霊塔の秘密を暴こうとした死番虫によって、生きたまま時計塔の文字盤に磔にされるという拷問を受ける。しかし、麗子の持つ性同一性障害を認めようとせず、女として育てていた麗子には恨まれており、見捨てられたためそのまま死亡する。
テスラ博士 (てすらはかせ)
本名不明の謎の医者で、神戸にテスラ研究所という施設を所持している。表向きは美容医学の研究を行っているとしているが、裏では健康な人間をさらい、自分の患者に違法な臓器移植手術を行っている。本城志郎の行方を探り、研究所を訪れた天野太一、沢村鉄雄、山科のいずれかから臓器を取り出し、患者に移植しようと企むが、選ばれたテツオの性別が女性であることに気づき、拒絶反応を怖れて断念する。 当人は人命救助と医学の発展のためという使命感から行っており、テツオが自身の性別を隠そうとしていることにも同情を示した。しかし、数名のけが人や病人が助かれば、健康な人間がひとり死んでも構わないという極端な考え方の持ち主でもある。 整形外科医であった祖父ポール・レべルの顔を模したマスクを常に着用しており、西洋人の血が交じった素顔を隠している。
Q (きゅー)
テスラ研究所で働く看護師。逃亡防止の為、テスラの作ったウイルスを天野太一たちに注射する。解放された沢村鉄雄に、本城志郎の行方を教える。整った顔立ちはマスクであり、皮膚のない素顔を持つ。テスラの祖父ポール・レベルから何度も整形手術を受けるものの、その出来に不満を持ち、自分で顔に植物油を注射するなどの処置を繰り返した結果、ポール・レベルからも「件」と呼ばれ、さじを投げられるほどの容貌になったという過去を持つ。 現在はかつての容姿を取り戻すため、膨れ上がった顔面の皮膚を剥ぎ取り、ポール・レベルの技術を引き継ぐテスラに付き従っている。
本城 志郎 (ほんじょう しろう)
沢村鉄雄こと藤宮麗子の元婚約者で、藤宮たつ殺害事件後に失踪を遂げた人物。幽霊塔の隠し扉の開け方を知っていたが、そのために死番虫に狙われ、全身を焼かれて殺害されかける。以降、自分の正体を隠そうとした死番虫から逃れるため、幽霊塔の屋敷内に隠れ住んでいた。元は美男子だったが、やけどで人相が変わり、ショックで当時の記憶が曖昧になっている。 再会したテツオに死番虫の正体を伝えようとするが、それを思い出す直前に死番虫に殺害される。
酒井 不変木 (さかい ふへんぼく)
探偵小説作家。「灰色の迷宮」という、幽霊塔屋敷内の地下迷宮を基にした小説を出版する。本名は坂井浦子という女性であり、18年前、共産党員であったことから逮捕され、父親不明のまま取調室で丸部沙都子を出産する。当時から著名な活動家であり、何人もの男と関係があったが、丸部道九郎もそのひとりである。 かつて幽霊塔を建設した越後屋伊兵衛の子孫であり、家に伝わる話を調べて幽霊塔の秘密を知る。現在も共産主義活動を続けており、幽霊塔の隠し財産を使って、同志とともに北朝鮮に移住する計画を立てていたが、死番虫の襲撃にあい死亡する。
場所
幽霊塔 (ゆうれいとう)
神戸にある豪邸で、巨大な屋敷と時計塔を持つ。昭和27年までは藤宮たつの所有であったが、藤宮たつ殺害後は空き家となり、「殺された老婆の幽霊が出る」と噂されていた。昭和29年に丸部道九郎の所有物となる。屋敷と時計塔にはそれぞれ地下迷宮が存在し、時計塔の地下には何十億円もの財宝が隠されていると噂されている。