概要・あらすじ
江戸時代後期、浮世絵師・葛飾北斎の弟子捨八は、枕絵で多少名を上げているものの、安定収入を得るほどではなく、扇絵などを描いて糊口をしのぐ生活をしていた。そんな彼を慕う北斎の娘お栄や、八百屋お七といった女性たちとの恋愛関係を中心に、北斎と滝沢馬琴など江戸の文化人たちの生き様を叙情的に描く。
登場人物・キャラクター
捨八 (すてはち)
浮世絵師の青年。坊主頭でいつも派手な着物を着ている。葛飾北斎の弟子。北斎を慕い、よく酒や世間話の相手をしに行き、下ネタで盛り上がっている。枕絵ならば捨八が当代一の腕だと噂されるほどの実力はあるが、生活はあまり安定していない。贅沢品を好む傾向のあるお七と暮らし始めて以降は、さらに貧窮の度が増し、扇絵などの雑仕事で稼ぎを得るようになったため、絵が荒れてしまう。
葛飾 北斎 (かつしか ほくさい)
「富嶽三十六景」などの作品で高名な浮世絵師の老人。妻お琴はすでに亡く、出戻りの三女お栄と長屋で二人暮らしをしている。大名や有名な役者から絵の依頼が来ても、気に入らなければ描かなかったり、幾度も引越しを繰り返したりしているため、生活はやや苦しい。版元の蔦谷重三郎にはすでに時代遅れになり始めているのだから仕事をすべきだと釘を刺されているが、七年越しの作品「富嶽三十六景」の次に何を描くべきか悩んでいる。 滝沢馬琴とは、若い頃は芸術論等を戦わせていたこともあるが、今は主に世間話をする茶飲み友達となっている。江戸時代の実在の人物葛飾北斎をモデルとしたキャラクター。
お栄 (おえい)
葛飾北斎の三女。浮世絵師でもあり、「応為」と号している。大人しく控えめで、清楚な女性。絵師南沢等明に嫁いだが、北斎の画才に嫉妬する南沢に夜毎激しい折檻を受け、離婚。父北斎の元へ戻った。父の弟子捨八に好意を抱き、捨八がお七と暮らし始めた後も、何かと世話をしようとする。 雑仕事を始めた捨八の絵が荒れてしまうことを心配している。江戸時代の実在の人物葛飾応為をモデルとしたキャラクター。
お七 (おしち)
八百屋の娘であるため、二代目「八百屋お七」を自称する娘。お嬢さん育ちで贅沢嗜好の気があり、激情家。好色で、火事の炎を見ると性的興奮を覚えるピロフィリアの傾向を持つ。沢庵を買いに来た捨八と付き合い始めるが、父親が自殺、母親は不倫の果てに殺人を犯したため、家に居られなくなり、捨八と暮らし始める。 井原西鶴の『好色五人女』や、歌舞伎、浄瑠璃などに登場する八百屋お七をモチーフにしたキャラクター。
蔦谷 重三郎 (つたや ちょうざぶろう)
捨八や葛飾北斎たちの絵を刷る版元耕書堂の主人。安藤広重や喜多川歌麿、山東京伝十返舎一九などを世に出し、江戸後期の出版文化を支えた出版人。特に喜多川歌麿の才能に惚れこみ、無名時代から自宅に住まわせ、吉原に通わせるなどの面倒を見ていた。自分でも「蔦の唐丸」と号し狂歌を作っていたが、そちらの方は評価が低い。 作家志望でありながらそちらの才には恵まれず、他人の才を見出し出版人としては最高の目利きであることに、内心屈折した感情を持っている。江戸時代の実在の人物蔦谷重三郎をモデルとしたキャラクター。
滝沢 馬琴 (たきざわ ばきん)
『南総里見八犬伝』などの作品で高名な戯作者の老人。葛飾北斎の友人。著作『南総里見八犬伝』の連載が延々続いていることを北斎にからかわれている。元々は武士で、旗本戸田大学の家臣だったが句作や読書ばかりをしていたため追い出され、当時人気戯作者であった山東京伝に弟子入りをする。 その後蔦屋重三郎の店の手代となった。『南総里見八犬伝』を始めとしたベストセラーを生み出すが、常に自分の作品への引け目を持ち、京伝の洒脱さをうらやんでいた。江戸時代の実在の人物曲亭馬琴(滝沢馬琴)をモデルとしたキャラクター。
安藤 広重 (あんどう ひろしげ)
「東海道五十三次」などの作品で高名な浮世絵師の青年。性格は非常に真面目で純情。女と偽った陰間に騙されて、「東海道五十三次」の画料を全て貢いでしまい、絶望のあまり橋から川へ飛び降り自殺をしようとしたところを、捨八と葛飾北斎に止められる。江戸時代の実在の人物安藤広重をモデルとしたキャラクター。
喜多川 歌麿 (きたがわ うたまろ)
美人画で高名な浮世絵師。蔦屋重三郎にその才を買われ、無名時代から重三郎の家に住まわせてもらい、さらには美人画のためと称して吉原での芸者遊びもさせてもらっていた。重三郎が若き日に書いた戯作文を読み、重三郎には作家としての才能が無いと言い切った。また、重三郎の妻せきと不倫の関係もあった。
狩野 幽斎 (かのう ゆうさい)
捨八の父親で、狩野派の重鎮で、紀州藩のお抱え絵師ある。家を飛び出し、枕絵などで生計を立てている捨八を家の体面を潰したとして怒り、許していない。正月の挨拶に訪れた捨八を斬り捨てようとした。
お絹 (おきぬ)
捨八の母親。狩野派の家を捨て、枕絵で名を上げた捨八に怒る夫狩野幽斎を立ててはいるが、息子の生活を心配している。そのため、捨八が金銭の無心に行くと父には内緒だと言いながら金銭を手渡してしまう。元は町家の出であるため、料理の心得がある。
お紺 (おこん)
捨八の知り合い。鳥追の女太夫。江戸一番の宮大工の娘だったが、十四歳にして職人の清之助と恋に落ち、妊娠してしまう。二人で世をはかなみ心中を試みるが失敗して生き残る。お七に対して、自分とよく似た、男を殺すか殺されるかという目つきをしていると語る。
お万 (おまん)
お七の母親。八百屋「八百久」が婿養子の夫の働きで大きくなったのをいいことに、役者買いで遊んでいた。不倫相手の役者中村呂久蔵に騙されて、夫の葬式の香典を貢ぐが、金額が少なかったことから呂久蔵に捨てられそうになり、逆上して呂久蔵を刺殺。その後、密会場所であった屋形船に火を放って自害した。
カツ・リンタロー
捨八に地動説を教えた少年。西洋にもっと目を向けるべきだと近所の子供に説いていた。教師のような口調で喋るが、時々巻き舌の江戸弁に戻る。江戸時代の実在の人物勝海舟をモデルとしたキャラクター。
山東 京伝 (さんとう きょうでん)
滝沢馬琴の師である売れっ子戯作者。弟子入りに来た馬琴に、戯作は本職を持った上で冗談のようにやるものだと諭すが、諦めない馬琴に折れて弟子入りを許す。