あらすじ
第1巻
日本の食料自給率はわずか40%、そんな状態に警鐘を鳴らす人物が荒川弘だ。北海道で7年間農業に従事していた人物で、現在は漫画家をしている。荒川は編集担当者のイシイと新作漫画の打ち合わせをして、農業エッセイという新しいジャンルの漫画を描く事になった。荒川は父方母方共に、北海道開拓農民の血筋。農家の常識は社会の非常識とも言われ、一般人との感覚が大きく乖離している。イシイは、ペットエッセイはたくさんあると言うが、荒川は農家からすればペットも家畜も同じようなものだと言う。一般人は牛を飼う事はないかもしれないが、子供の頃から牛の世話をしていた荒川は、牛はペットとという認識だ。
農家と一般人の考えが違う事は数多くある。世間は牛乳に対して「太る」とか「おいしくない」というイメージを持つ事がある。しかし、それを生産している農家からすればおかしな話で、色んな苦労や努力の中で生み出されている製品だ、と荒川は熱弁する。他にも専用の農機具を使ってじゃがいもを掘っていると、普通は存在しないものが地中から出てくる事もあるのだと語る。北海道の元農家である荒川からみた常識と相反する一般人の常識が多数折り重なり、様々なエピソードが生まれてくるのだった。荒川家の家族達は皆独特な面白い性格を持っており、子供の頃のエピソードも多い。中でも父の武勇伝はフィクションのようだが、ほぼそのままの事実だ。こうして農家のごく当たり前の日常が、一般社会的に見ればありえない事件の連続に見える、というエピソードは続くのだった。
第2巻
北海道に冬が到来した。荒川家の冬はとてもワイルド。クリスマスツリーは買うものではなく、自宅周辺の森から取ってくる。山に行って気に入った杉の木を切ってくるのが当たり前だった。そして鶏肉は店で買ってくるのではなく、貰うものだ。玄関先に置いてある大きな袋はサンタクロースからの贈り物ではなく、近所の家からやってきた鶏肉(生)なのだ。
農家の冬はサバイバルさながらの生活だ。雪の降らない地域に住む人が憧れる雪で作られた家「かまくら」。都会育ちのイシイは、一生懸命スコップで雪を集めて山にして作ると思っていた。しかし農家の作り方は次元が違うのだ。巨大な重機を持ち出して雪をひとかきして積み上げる。一瞬で巨大な雪山が現れて、かまくらが完成する。農家のおっちゃんに作らせると、シンプルな丸いかまくらではなく、すべり台やジャンプ台などが追加された、アグレッシブなシンデレラ城に変貌するのだった。農家の本気は一般人の想像を遥かに超える造形物を生み出していた。荒川弘はこうした環境で育っているので、一般人の過激な反応が不思議で仕方がなかった。
荒川家で一番破天荒な人物は父だ。父の武勇伝は、生死をさまようようなレベルのものばかり。大雨で崩れた橋があって、渡れないからと軽トラックでジャンプして渡ってきた事もある。さらにそれを凌ぐ武勇伝を持つのが、ひいじいさんだ。ひいじいさんは田中正造と一緒に足尾銅山鉱毒事件を闘った人物で、かかってくる警官を次から次へと組み合っては投げ倒した。そして逮捕状が出たので、北海道へ逃げてきたという。第2巻はそんなワイルドなネタの尽きない荒川家の日常が、これでもかと詰め込まれている。
第3巻
妊娠した荒川弘はマタニティヨガに挑戦中だ。荒川は体が固くてヨガのポーズが全然できていないが、しゃがみ系のポーズだけは、ピタッとバランスよくポーズを取る事ができている。なぜなら農家をやっていたから。農家は搾乳、作物の収穫、年中しゃがみのポーズをとっているので、足腰が鍛えられる。おかげで農家の女性はみな安産だという。そんな農家の人達は日々の生活自体がサヴァイバルで、一般人とは全く違うため、何でもできてしまう。荒川の母は陣痛が始まるまでトラクターに乗っており、自分で車を運転して病院に行き、娘を産んだという逸話を持つ。そんな荒川の母は、仕事も家事も趣味も何でもできるオールマイティな女性と言われるが、実際は何でもやらされていただけだ。荒川家の家訓は「俺にできる事はお前にもできる」なのだった。
荒川の夢は、漫画家としての稼ぎで実家の牛舎を立て直す事だった。そして漫画家として成功した荒川は夢を叶えるときが来たと思い、父にその事を伝える。しかし父はいらんと拒否し、自分で建てると宣言する。大工さんを使わずに、本当に自分の手だけで牛舎を立て直してしまうワイルドな父であった。
農家の食事は美味しい。自分で育てた作物だからという理由もあるが、よく動いてカロリーをものすごく消費するから、食べ物が美味しいのだ。朝昼晩の3食のほか、10時と15時のおやつも食べる。他にもちょっとしたおやつを食べる。農家の人はそれらがすべて消費されるほどの運動量を、毎日こなしている。荒川は漫画家になっても、時間がくるとおやつを摂る習慣が抜けずに食べてしまうが、漫画家は運動する事が少ないので、どんどん肥えていったのだった。
第4巻
農家の暮らしは体力を使ってきつい。農作業は大変なのだが、百姓貴族ともなると、そのイメージは払拭される。とある農家で結婚式があった。招待された女性達は、農家に嫁ぐ嫁は相当覚悟したのだと噂話をしていた。しかし荒川はその内情を暴露する。新郎は本物の百姓貴族で年収は数千万円。さらに嫁には農作業をさせない好青年だという。それまで可哀想にと噂していた女性陣は、なぜ私に百姓貴族を紹介してくれないのかと騒ぎ出した。それを見ていた他の独身男性達が嫁探しに奔走する。農家の結婚式はとにかく人が多い。知り合い以外にも農協や農機具屋、整備工場などあらゆる人がやってくるのである。花を育てる農家のブーケトスは超豪華であったり、野菜の農家は野菜ブーケであったりと、農家の結婚式は独特の雰囲気をも持っている。
農家はいつでも産地直送。自分の家で食べる食料を自給できるので安心だ。店頭で「切れるバター」が品薄で買えなくなった時も、農家は自分の家で作れるので困ることがない。逆に過剰生産になった時には「生産者還元バター」と称して、家に大量に送られてくる事もある。
荒川家の中で話題に事欠かないのが父だ。ある時は、父が夜中にスズメバチに刺されて、全身にピンク色の変な模様がついてしまうという事件もあった。そんな父は何でも自分一人でやってしまう性質で、蜂の巣駆除も自分で行う。専門的な道具は持っておらず、雨ガッパや網を使った荒技に出るのだ。父は害獣や害鳥の駆除をしてその肉を食うなど、百姓ならではのワイルドな行動も多い。百姓貴族には漫画にすらできないような怪しい話が盛りだくさんなのだった。
第5巻
農家の生産物には美味しいものばかりではなく、不味いものもある。新鮮な野菜を使えば何でも美味しいとは限らない。荒川弘が小学生の頃、ビートを使って甘い砂糖を作ろうとした。しかし何故か黒い物体が完成した。全く美味しくなく、あまりの不味さに記憶からも消し去ってしまったほどだ。今はネットで何でも検索して参考にできるが、昔は情報源がなく、思いつきで作るしかなかった荒川のエピソードだ。
不味いものはそれだけではない。高校時代に存在した缶ジュース「アルファルファジュース」もそれだ。農業高校生の間では有名なアルファルファという牧草の一種を原材料としたものだった。これがあまりに不味かったため飲みきれず、さすがの農業高校生達も捨てざるを得なかった。他にも牛テールを煮込んだら油ギトギトになって失敗したり。長芋を使ったお好み焼きで、小麦粉を入れ忘れて失敗した。じゃがいもから伸びた芽がモヤシみたいだと、食べようとして怒られた事もある。いくら美味しい野菜を作っていても、きちんと調理しないと不味いという教訓だ。
第4巻についていたアンケートハガキによる質問コーナーには、読者から様々な疑問が寄せられた。これに対する回答は農家ならではのワイルドな返答ばかり。牛の削蹄作業や農家飯、鳥獣保護法などについてたくさん質問が寄せられた。また、伝え聞いた話シリーズは、描いてしまうと農家が何軒かなくなってしまう可能性まであるという恐ろしさだ。近年の農家は近代化しており、トラクターの自動操縦、GPS連動、無人トラクターなど様々に改良されている。しかし、荒川の父は、自分で直せないものはいらないと導入を拒否している。便利になった分、修理代も高くなっているためらしい。そんな現代の農業についても学べる百姓貴族エピソードだ。
登場人物・キャラクター
荒川 弘 (あらかわ ひろむ)
「百姓貴族」荒川。北海道の農家出身で、農業高校卒。初連載で大ヒット作品となった『鋼の錬金術師』を世に送り出し、映画にもなった『銀の匙 Silver Spoon』や『アルスラーン戦記』の漫画などを手掛ける人気漫画家。荒川家の四女。本作担当のイシイをよくからかい、ボケもツッコミもできる。農業を憂えている節がたびたび見られ、過酷な農業を漫画のネタにしつつも、農家に対する理解を求めたり魅力を伝えたりと、ギャグとシリアスを絶妙なバランスに保つ。農業で昔は良かったと思う事は全くない、近代化万歳と宣言している。農家のユニークな面々から伝え聞いた話は数知れず、そのうちのいくつかのエピソードは、農家が潰れるほどの破壊力を持つらしい。
イシイ
『百姓貴族』の担当編集者。農業に関しては完全な素人であるため、農家の実情を知るたびに、農家の常識は世間の非常識と、繰り返す。荒川弘の冗談や非常識に振り回された結果、対等に舌戦を繰り広げられるほどに急成長。読者アンケート企画では、ネタになりそうなハガキをピックアップ。家族旅行について荒川に問うが、家族旅行ってなんですかと返されて会話終了。子育てについては、死なせない事という最低ラインの返答を荒川にされる。伝え聞いたシリーズで何かネタはないかと荒川に問うが、ネタによっては農家が何件か潰れると言われて拒否されてしまう。
父 (ちち)
荒川弘の父。荒川農園経営者。「親父殿」、「父ちゃん」など呼び名が一番揺らいでいる。『百姓貴族』作品中あらゆる点で最強の人物。牛の出産に立ち会うと汚れるため、真冬であるにもかかわらず、風呂上りにパンツ1枚で出ていくなど、常軌を逸した行動を起こす。他にも川の氾濫で壊れた橋を、軽トラックでジャンプして飛び越えたり、重傷を負った次女の指を自己流治療で完治させてしまったり、とにかくワイルドなエピソードに事欠かない。自分で直せないものは要らない、と高機能な農機具の導入を嫌う。何でも自分で作るため、大地震で亀裂の入った牛舎の土台をジャッキ3個で補修。バキュームカーを改造して、スケートリンクを作るための車を作った事もある。
母 (はは)
荒川弘の母。荒川農園専務。家事と農業、経理、義父の介護に趣味までこなす超人。曰く、何でもやらされるのよ、という。夫に負けず劣らずの、農家の鉄則に生きる女性。厳しい義母の下で働いていたために相当鍛えられたらしく、荒川を妊娠した際も、陣痛が始まるまで農耕機で仕事をしていた強者。父が事故で危篤になった時に、病室で守護霊を見た。それは知らないおばあさんだったが、父方の親戚に似ていたという。お金がなくて荒川を大学に行かせられなかった事を、申し訳なかったと思っている。
じいちゃん
荒川弘の祖父。晩年には認知症となり、その後寝たきりとなってしまった。初めて荒川家にトラクターが導入された時には、ばあさんに運転を任せて自分は乗る事がなかった。おおらかな人物であるが、父の父であるがゆえにタフなようで、肋骨が折れても認知症になっても、休まず山林の手入れなど仕事に精を出していたらしい。昔ながらの経験に基づいた農業できる。カッコウは「豆まき鳥」いい、カッコウが鳴けばしばれる(凍る)事が無いから豆が撒けるという。数年後、カッコウが鳴いた直後に冷害が発生して、一面が凍りついた事もある。大地震が起きた時でも、何食わぬ顔をしてお風呂に入っていた。
ばあさん
荒川弘の祖母。故人。群馬出身で、昔の日本人の生き方を貫いた。荒川の母に自身の仕事ぶりを受け継がせた、アグレッシブで強い女性。40歳で自転車、60歳でトラクターを乗りこなし、周囲に有無を言わさぬ気迫に満ちた人物。そんなばあさんも90歳を超えると元気がなくなってくる。ちなみに毎日欠かさず牛乳を飲んでいた結果、火葬して残ったお骨は、人の形そのまま綺麗に残っていたそうだ。春の農閑期に亡くなり、遺影に使う写真も整理されて分かるように置かれていた。四十九日も春の種まきが終わる頃。最後まで迷惑をかけないばあさんだった。
ひいじいさん
荒川弘の曽祖父。故人。群馬出身で、本名は与作。近所の福島県相馬から来た開拓団の人によると、チビだけどマッチョで、豆タンクのような人物だったという。田中正造とともに足尾銅山鉱毒事件を闘った英傑で、政府と衝突していた時も負けずに戦っていたらしい。鎮圧のために向かってくる警官を返り討ちにし続けた結果、逮捕状が出てしまったために、やむなく北海道に入植したと伝えられている。荒川男衆の血族は、この頃から既に出来上がっていたようだ。
長女
荒川 弘の姉。既婚。第一子。父は毎日、畑や家畜の世話で外に出なければならなかった。しかし、幼かった長女をを一人置いていく事はできない。長女の扱いに困った父は、おんぶ紐で机の脚に長女を繋いで、迷子にならないようにしていた。さらには、小さい部屋に入れられて戸に釘を打たれて閉じ込められたり、およそ人道的ではない扱いを、父から受けた。今では雨に濡れて重たくなった牧草を軽々と持ち上げるという。初運転で牧草を荷台に満載したトラックのハンドルを握らされ、排水路に転落した人物と思われる。
次女
荒川弘の姉。子供の頃に農作業機械に指を挟んでしまい、切断寸前の重傷を負うが、父の治療で完治する。のちにその治療法が父の自己流である事が判明し、子供で人体実験したのかと激昂する。しかしその前に、父は自分の指で試していた。見事に完治したためバレーボール部を続けられた。荒川曰く、バカな方に頭が良いとされる。子供の頃バレーボールの試合で「CCCP」という国名について荒川が聞いたところ、「チョビエト・ちゃかい主義・ちょーわ国・ぺんぽう」と即答する。
三女
荒川弘の姉。メガネをかけている。他の兄妹と同じく、小さい頃から農作業機の運転をさせられる。荒川姉弟の中でエピソードが僅かしか描かれていない。しかし、その実は「ありすぎて何から語ればよいのか」という、あまり知りたくない過去を持っているらしい。クリスマスで自宅の玄関先に置かれていた鶏肉(生)に驚く。父が病気で死にそうになった時に、必ずと言ってよいほど家畜が死ぬが、その情報も教えてくれる。畑仕事の手順を知らないため、両親の手伝いにとどまっている。
長男
荒川弘の弟。幼少の頃、父にトラクターでうっかり轢かれて軽傷を負ったり、小学校低学年で郵便局の廃車済みスーパーカブのハンドルを握らされ、転倒した挙句、なぜこのくらいの事ができないのかと、理不尽に怒られたりと、家の跡取りとは思えない扱いを受けた人物。牧草をロールケーキ上に巻いた「ロールベーラ」の上で遊んでいた時、天高く積み上げられたロールベーラの隙間に落ちてしまい、生死をさまよう。介護の仕事をしたいと家族に伝え、大学受験をするが、落ちる。翌年なんとか合格する事ができた。実家を継がなかった申し訳なさを、山手線に乗りながら悶々と考えていたという。