下町情緒あふれる日常と、血なまぐさい事件を描いた時代劇
江戸は神田のかたぎ長屋、正月の寒い朝から物語は始まる。厠に立った長屋の子ども・勘吉は、着物を着た大きな狐に驚いて小便を漏らす。しかしそれは、長屋に越してきた若い浪人・瀬能宗一郎だった。信濃から来た宗一郎には江戸の町が物珍しく、道で売っている蛸をまじまじと観察したり、団子をたらふく食べて店の娘に笑われたりする。とぼけた雰囲気の宗一郎は、次第に人々に慕われるが、一方で、どこか狂気を滲ませている。本人も自らの狂気を自覚しており、父の形見の銘刀・國房と対になると災いを招くと考え、刀を売り払い、竹光を帯刀している。本作は、そんな宗一郎が過ごす、下町情緒あふれる日常と、内なる鬼が呼び寄せる、血なまぐさい事件を描いた時代劇である。
刺客・木久地真之介との対決
宗一郎の剣術は、剣鬼とされた父直伝である。父同様、宗一郎の中には鬼が住み着いており、その狂気に触れた者には、彼の姿は恐ろしい狐に見える描写がある。また、自分を買い戻すようにと迫る銘刀・國房は、鍔の眼帯をした女性の姿で宗一郎にまとわりつく。平穏に暮らしたいと願う宗一郎に迫るのが、鬼そのものといった様相の木久地真之介。何者かに雇われ、宗一郎の命を狙う刺客である。木久地は、宗一郎のことを自分と同じ人の皮を被った化け物だと言い、相当の覚悟を持ってその命を狙う。物語終盤、宗一郎は自分の中の鬼と向き合い、木久地と壮絶な戦いを繰り広げることになる。
純粋な娯楽作品として仕上げられた『竹光侍』
コミックナタリー「文化庁メディア芸術祭 松本大洋インタビュー」(2017年9月7日)によれば、『竹光侍』は「『終わりたくないな』と思うくらい、描くのが楽しかった」という。本作は、松本大洋初の時代劇である。時代劇を描くには膨大な資料が必要だが、原作を友人の永福一成が担当したことで、「純粋な娯楽作品として仕上げられた」と松本は言う。ただし、原作が「自分ではまず描かないような王道のストーリーだった」ため、主人公・瀬能宗一郎のキャラクターを「自分にとってもしっくりくるものになるようにと、試行錯誤」した。さらに、銘刀・國房の幽霊などは、ストーリーを回しやすくするために加えたキャラクターで、ファンタジーっぽい演出を入れたという。なお、第15回(2011年)「手塚治虫文化賞」マンガ大賞の選評では、作画の斬新な手法に触れ「高い芸術性、エンターテイメント性が同居した、得がたい作品」と評価された。
登場人物・キャラクター
瀬能 宗一郎 (せのう そういちろう)
信濃から江戸に引っ越し、神田のかたぎ長屋の住人となった若い浪人。背が高く、狐顔をしている。すご腕の剣術者だが、ある思いから父の銘刀・國房を売り払い、竹光を帯刀している。長屋の住人と親しくなり、子どもに読み書きなどを教える手習い師匠になる。町民からは「宗さん」、宗一郎の命を狙う敵からは「狐」と呼ばれることもある。
勘吉 (かんきち)
神田のかたぎ長屋の住人で、博打好きの大工の息子。瀬能宗一郎の隣に住む。最初に狐と見間違えて以来、謎めいた宗一郎を不審に思い、壁の穴から覗いたり跡をつけたりする。しかし、交流を重ねて次第に宗一郎を受け入れ、親しくなる。
木久地 真之介 (きくち しんのすけ)
何者かに雇われ、瀬能宗一郎を狙う刺客。山のような大男で赤い鼻が特徴。「メシ」という名前の鼠をかわいがり、相棒にしている。残忍な性格で、自らを人の皮を被った化け物と言う。剣の腕が立つのはもちろん、怪力の持ち主で、橋の上で遭遇した力士数人を川に投げ入れたこともある。
クレジット
- 原作
書誌情報
竹光侍 8巻 小学館〈ビッグ コミックス〉
第1巻
(2006-12-15発行、978-4091810342)
第2巻
(2007-05-30発行、978-4091813206)
第3巻
(2007-10-30発行、978-4091815880)
第4巻
(2008-03-28発行、978-4091818485)
第5巻
(2008-09-30発行、978-4091821904)
第6巻
(2009-04-30発行、978-4091824769)
第7巻
(2009-10-30発行、978-4091827364)
第8巻
(2010-04-28発行、978-4091831194)
竹光侍 4巻 小学館〈コミック文庫(青年)〉
第1巻
(2022-03-30発行、978-4091962973)
第2巻
(2022-03-30発行、978-4091962980)
第3巻
(2022-04-28発行、978-4091963574)
第4巻
(2022-04-28発行、978-4091963581)







