衛府の七忍

衛府の七忍

江戸時代初頭の日本を舞台に、天下人、徳川家康らの勢力である覇府と、その支配に抗う衛府の七忍たちの戦いを、けれん味溢れる描写で描くバイオレンスアクション。物語は、それぞれのエピソードごとに、異なる主人公の視点から描かれる。『覚悟のススメ』の主人公、葉隠覚悟と同じ名を持つカクゴをはじめ、山口貴由の過去の作品の登場人物に似たキャラクターが、スターシステム的に登場する作品。

正式名称
衛府の七忍
ふりがな
えふのしちにん
作者
ジャンル
和風ファンタジー
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あらすじ

零鬼編

大坂の陣・豊臣方の落ち人である兵藤伊織は、「化外の民」の住まう葉隠谷の青年、カクゴの助けにより、葉隠谷に身を寄せることとなった。だが、覇府の尖兵たる侍が葉隠谷に押し寄せ、伊織を除いた人々は、カクゴも含めて皆殺しの憂き目に遭う。伊織が絶望しようとしたその時、カクゴは衛府の龍の超常の力によって蘇り、怨身忍者、零鬼に変貌、覇府の侍たちを皆殺しにするのだった。

震鬼編

豊臣家のくノ一である銀狐は、豊臣秀頼の遺児を宿したまま落ち人となり、青年、が営む女郎宿に身を置くことになる。だが、覇府の魔の手から逃れることはできず、吉備津彦命の手によって石に変えられてしまった。巻き添えとなって殺された憐は怨身忍者・震鬼として蘇り、以後「鬼」として生きていくことを誓う。

雪鬼編

化外の民の少女、六花は、とある人里で深見権九郎という浪人と親しくなる。六花に誘われた権九郎は、世捨て人として化外の民の一員に加わることを決意、その前に一度だけということで、世人の前で相撲の実力を披露した。ところが、それをよしとしない白怒火典膳によって権九郎と六花は殺害されてしまう。怨身忍者、雪鬼となった六花は、典膳を倒し、権九郎のしゃれこうべを供に旅を始める。

霞鬼編

波裸羅覇府の側に属する、極めて強大な力を持った武人であったが、気位も俸給も高いため主から持て余され、徳川家に仕官しに行くことになった。幕府の命を受け、カクゴとの対決に臨んだ波裸羅は、兵藤伊織の放った矢に宿っていた衛府の霊力により石に変えられてしまう。吉備津彦命によって救われた波裸羅は、吉備津彦命の部下の怪物たちとともに再びカクゴとの戦いに赴いたが、価値観が合わなかった吉備津彦命の部下たちの方を殺し、衛府に与(くみ)する身となる。

霹鬼編

多くが大坂方の落ち人やその関係者である衛府の勢力にとって、豊臣秀頼は最重要人物であったが、実は彼は生きており、琉球に渡っていたことが判明する。その部下、犬養幻之介は現地の武人、猛丸との間に友情を育むが、秀頼が琉球の民を殺戮し、それを娯楽と楽しむさまを見て義の心を発し、怨身忍者、霹鬼に変貌、秀頼と袂を分かつのであった。

宮本武蔵編

中馬大蔵の仲介により薩摩家の客将となった宮本武蔵は、雹鬼こと明石レジイナとの戦いに備え、事前にその能力の秘密に迫ろうとする。怨身忍者たちが主役であったこれまでのエピソードとは代わって、覇府の側に与する武蔵を主人公とした、「鬼退治」と称せられる戦いが描かれる。

雹鬼編

時系列は遡り、大坂の陣による大坂城の落城から間もない頃。大坂方の生き残りの将であった明石ジュスト全登は、播磨の地で落ち武者狩りに遭い、その娘、明石レジイナとともに殺害された。しかし、レジイナは蘇り、怨身忍者・雹鬼となるのであった。

登場人物・キャラクター

カクゴ

葉隠谷の集落に暮らす、幕府や朝廷の支配の及ばない「化外の民」の青年。兵藤伊織を葉隠谷に匿ったが、そのために葉隠谷は覇府の落人狩りに遭って滅ぼされることになり、カクゴ自身も命を奪われた。しかし、衛府の龍によって蘇り、怨身忍者、零鬼に変貌する。愛用の武器は、真田幸村がかつて葉隠谷を訪れた時に置いていった大鉈。 伊織のことが好きで、夫婦になることを望んでいるが、伊織からはそっけない対応をされている。

(れん)

「動地(どうち)一家」という任侠団体に属し、遊女屋を営んでいる青年。銀狐に頼られ、また愛するようになる。身に余ることと知りつつも、義侠のため覇府と敵対する道を選び、捕えられて釜茹でにされ、死亡した。しかし、怨身忍者、震鬼として蘇り、花房職秀を討ち取った。

六花 (りっか)

飛州錫杖岳に暮らしていた「まつろわぬ民」の少女。「おにぎりが食べてみたい」という理由で人里に下りて来て深見権九郎と出会う。のち錫杖岳に戻って権九郎と暮らすようになった。覇府の手で権九郎もろとも殺害されるが、怨身忍者、雪鬼として蘇り、仇である白怒火典膳を打ち破った。

波裸羅 (はらら)

自らを「現人鬼」と称する武人。特定の性別を持たず、男の身体にも女の身体にもなることができる特異な体質の持ち主。また、理由は不明であるが、当初から霞鬼に変身する能力を持っていた。当初は覇府に与していたが、本多上野介正純の命で零鬼を討ちに行った際、死闘の果てに友情に目覚めてしまう。意気投合してカクゴ、兵藤伊織とともに怨身忍者、霹鬼として覇府に弓を引く身になる。

犬養 幻之介 (いぬかい げんのすけ)

豊臣秀頼の家臣で、豊臣家馬廻役の青年。七手組(ななてぐみ)という、豊臣家でも最強の武士の1人だったが、大坂冬の陣において徳川方の砲撃を受け、左腕を失って隻腕の身となった。友人となっていた猛丸が殺された時、秀頼と石曼子の衆の琉球の民に対する暴虐に怒り、秀頼に暇乞いをして、猛丸の亡骸と融合、怨身忍者、霹鬼に変貌する。

明石 レジイナ (あかし れじいな)

大坂五勇将の1人、明石ジュスト全登の娘であるキリシタンの少女。仲間ともども落武者狩りに遭い、拷問の末殺害されたが、衛府の龍によって蘇り、怨身忍者、雹鬼に変貌する。仲間だった3人の侍の死骸を操り、部下として率いている。実在の人物、明石レジイナがモデル。

宮本 武蔵 (みやもと むさし)

流浪の身にある若き剣豪の男性。関ヶ原の戦いでは西軍にいた。生身の人間でありながら、とてつもない剣腕と戦闘勘の持ち主。怨身忍者を討つための刺客として、中馬大蔵によって覇府にスカウトされた。性格は非常に苛烈で、また気位が高く負けず嫌い。「誰にもできないことである」と言われると、何であれとりあえずやってみせようとする。 実在の人物、宮本武蔵がモデル。

兵藤 伊織 (ひょうどう いおり)

大坂の陣で家が滅び、葉隠谷に落ち延びて来た少女。真田幸村の家臣・兵頭捨兵衛の娘である。武家の娘らしく勇敢な態度を装ってはいるが、根は臆しやすい性質。カクゴと親しくなり、仇敵たる徳川家康と覇府に対して、ともに復讐することを誓い合う。

銀狐 (ぎんこ)

大坂の陣の大坂方の落ち人である若い女性。奥御殿女中九尾(きゅうび)組に属するくノ一であり、豊臣秀頼の遺児を腹に宿している。憐のもとに匿われていたが、その居場所を吉備津彦命によって突き止められ、その不思議な力で石に変えられてしまった。

深見 権九郎 (ふかみ ごんくろう)

大坂の陣で豊臣方として参戦していた浪人の男性。年齢は不詳。天下泰平の時代に侍の居場所はないと考え、武士の身分を捨て、世捨て人同然の暮らしをしている。偶然に六花と出会い、錫杖岳でともに暮らすことを決めた。その前に、世人の前で覇府の侍を相手に、「阿修羅丸」の四股名で相撲の実力を誇示したため暗殺され、その時に六花も巻き添えとなってしまった。

猛丸 (たける)

琉球の武人の青年。自ら「ヤナワラバー」と名乗っているが、これは琉球の言葉で、「やんちゃな子供」という意味。琉球に落ち延びて来た犬養幻之介と意気投合して友情を育むが、島津義弘らの手勢によって捕えられ、殺害された。なお、死亡する以前から、「霹鬼」に変身する能力を持っていた。

豊臣 秀頼 (とよとみ ひでより)

大坂の陣に破れた敗軍の将。極めて傲慢な性格をした暗愚な男性。琉球まで落ち延びたが、琉球を蛮地、琉球の民を蛮人と侮り、暴虐の限りを尽くす。最終的には、琉球にやって来た島津義弘の裏切りによって顔面を斬り落とされ、重い障害を負った身で余生を送ることになった。実在の人物、豊臣秀頼がモデル。

徳川 家康 (とくがわ いえやす)

徳川幕府の指導者。覇府の中心人物である一千万石の巨大名(おおだいみょう)の老人。「治国平天下大君」とも呼ばれる。ある日、衛府から七つの凶星(まがつぼし)の飛来する悪夢を見て、大国難が来ると考え、大きな戦いの到来を予見している。巨具足「金陀美」の使い手。実在の人物、徳川家康がモデル。

吉備津彦命 (きびつひこのみこと)

覇府の中心人物。長い年月にわたって衛府の勢力と戦いを繰り広げてきた不死の英雄。「桃太郎卿」と呼ばれている。その姿は青年で、服装はおとぎ話に登場する桃太郎のそれである。「御取仕立瘤取剣(おとぎじたてこぶとりのつるぎ)」をはじめ、桃太郎とは関係のないおとぎ話に由来するものを含めた、不思議な力を持った武器や道具を多数所持している。 その時代によって与する対象は代わってきたが、現在は徳川幕府に協力する立場であり、豊臣家の残党を「まつろわぬ民」として敵視する。

花房 職秀 (はなぶさ もとひで)

備中高松城の城主である老人。大坂の陣では徳川方として参陣しており、つまり覇府の勢力に属している。吉備津彦命から、豊臣秀頼の遺児を腹に宿して領内に逃げ込んだ女を討てと命ぜられるが、怨身忍者、震鬼と化した憐によって討たれた。実在の人物、花房職秀がモデル。

白怒火 典膳 (しらぬい てんぜん)

久保田藩具足奉行の老人。覇府の威光を世に示すために開いた奉納相撲で、「阿修羅丸」こと深見権九郎が覇府の力士を相手に勝利を収めてしまった。そのため、その事実を隠蔽すべく、「筋骨拡充具足・天功丸(てんこうまる)」なる装備を用い、権九郎を抹殺した。のちに六花に倒され、死ぬことのできない骸骨の姿に変えられた。

本多上野介正純 (ほんだこうずけのすけまさずみ)

徳川家康に仕える「四大王衆天(しだいおうしゅうてん)」。「冷厳大老」とも呼ばれている。自分の頭部を小脇に抱えた姿をしているが、切断面は金属状となっており、改造された人間なのか妖魔の類なのかは謎。徳川家に仕官する意図でやって来た波裸羅の面接相手を務めた。実在の人物、本多正純がモデル。

島津 義弘 (しまづ よしひろ)

薩摩・島津家の指導者である老人。豊臣秀頼が落ち延びて琉球にいるという情報を得て、兵を率いて琉球へと向かった。はじめのうちは豊臣家の味方であるという態度を取っていたが、最終的には秀頼を裏切る。実在の人物、島津義弘がモデル。

島津 家久 (しまづ いえひさ)

薩摩・島津家の現当主の青年。覇府に与する身であり、徳川家康の忠実な部下として動いている。島津家の当主に相応しい豪快な気性の持ち主で、無双躰枷「実高」を宮本武蔵に貸し与えた時には、その力を試すために直々に立ち会い、危うく殺されかけた。実在の人物、島津忠恒がモデル。

中馬 大蔵 (ちゅうまん おおくら)

薩摩・島津家に仕える、島津家久の部下である年齢不詳の侍。関ヶ原の戦いを経験している。覇府に与して怨身忍者を討つことのできる強力な武人を探していた。そこで宮本武蔵に出会い、この人物こそ鬼を討つに相応しい「虎」であると考え、仲間になるよう求めた。武蔵は一応、島津家に協力するようになったが、その後中馬大蔵は石曼子と呼ばれて恐れられる薩摩武士さえをも戦慄させる、武蔵の猛烈な気性をうまく操るために四苦八苦することとなる。 実在の人物、中馬重方がモデル。

集団・組織

覇府 (はふ)

日本列島に覇を唱えている勢力と、それに与する者たちの総称。現在中心となっているのは徳川幕府とそれを率いる徳川家康であるが、不死の英雄たる吉備津彦命のように、家康の指揮下にはなくとも覇府に与する者もある。また、江戸のことを「覇府の都」ともいう。

怨身忍者 (おんしんにんじゃ)

衛府の尖兵として活動する、超常の力を持つ存在。「衛府の戦士」ともいう。選ばれた死者が、衛府の使いである龍の力によって蘇ると怨身忍者となる。外見には、外骨格をまとった人間のような姿を取るが、元の人間の外見に戻ることもできる。生身の人間とは異なる高い不死性を持つが、深手を負えば回復には時間がかかるなど、一定の制約はある。

石曼子 (しまんず)

薩摩藩・島津家の家中の武士たちの、その支配地である琉球における呼ばれ方。島津義弘、島津家久らの統率のもと、覇府に与している。日本各地の侍集団の中でも、特筆に値するまでの戦闘狂的性向を持つ人々であり、敵からも味方からも恐れられている。

場所

衛府 (えふ)

日本ではなく、異界にある幻の都。大和朝廷や歴代幕府などの大和の民が列島を制覇した時に、その支配を拒んで山間部などに隠れ住んだ「まつろわぬ民」たちが、理想郷として求めた場所。この都にあっては、貴族の命も奴婢の命も等しき価値を持つ、とされている。龍の姿をした御使いがいて、怨身忍者を生み出すなど、覇府に対抗するためのさまざまな活動をしている。

駿府城 (すんぷじょう)

徳川家康の居城。ただの城ではなく、覇府の重要拠点であり、不穏分子の掃討を目的とした大虐殺要塞。6つの「恐怖仕掛」が仕込まれていて、4つは秘匿されているが、2つはその威を示すために公開されている。それぞれ、天守閣が2つに割れて巨具足「金陀美」が発進する、本丸御殿の地下で飼われている怪鳥「鴆(ちん)」から猛毒を採取している、というものである。

その他キーワード

巨具足「金陀美」 (おおぐそくきんだみ)

徳川家康所用の、巨大な鎧の形をした兵器。桶狭間の戦い以来実戦には用いられていなかったが、衛府の勢力との戦いに備え、駿府城に置かれている。その武装の1つに「金陀美轟雁(きんだみごうがん)」という巨弓(おおゆみ)があるが、これは巨大な矢を放って国境の彼方にいる敵を射抜くという遠距離兵器である。

端麗人 (きらぎらびと)

永遠の命を持ち、時を超える者。吉備津彦命は他者に永遠の命を与え、端麗人に変える力を持っている。吉備津彦命は、手柄を立てれば端麗人にしてやる、と言って波裸羅に服従を求めた。しかし、波裸羅は永遠の命よりも「地獄に落ちる覚悟」こそが武人には必要であると語り、吉備津彦命に反旗を翻した。

無双躰枷「実高」 (むそうたいかせさねたか)

室町時代の鎧鍛冶である「備中守実高」の作である、神妙の鎧。姫路城主・池田輝政が所有しており、怨身忍者退治のために島津家久のもとに差し入れられたが、島津家中では誰も着られるものがなく、宮本武蔵がまとうことになった。34貫の重さがあり、鎧というよりは外骨格であるといわれている。

チェスト

薩摩・島津家の侍たちが用いる、多義的なニュアンスや応用を持つ語彙。一般的に、敵に斬りかかる際の掛け声として「チェスト」という叫びを用いるが、斬撃そのものを指して「チェスト」と言う場合もある。「チェスト関ヶ原」と言えば「ぶち殺せ」という意味の隠語になり、「誤チェスト」は殺す相手を間違えることである。なお、宮本武蔵は「チェスト」とは「知恵捨て」であり、正体不明の相手にも勇敢に挑む姿勢を示す言葉であるという独自の見解を示している。

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