時代設定
本作『逃亡者エリオ』は14世紀のカスティージャ王国を舞台としている。カスティージャ王国は中世イベリア半島中央部に存在した国で、現在のスペインに当たる。当時は異国との戦いが一段落し、国内の貴族たちは国内での権力争いに明け暮れていた。ペドロ1世は先王の急逝に伴って若くして王位に就くと、中央集権化を目指し、対立する貴族を次々と粛清していった。これに反発した貴族たちは、ペドロ1世の異母弟であるトラスタマラ伯エンリケを中心にまとまり、王位争いの火ぶたが切って落とされた。戦いは次第に他国の協力を得ながらの苛烈なものとなり、1369年3月に起きたモンティエルの戦いで、ペドロ1世の戦死をもって終結することとなる。
あらすじ
第1巻
時は西暦1350年。カスティージャ王国の騎士の娘であるララ・レズモンドは、ある日、ヴノロ伯殺害という身に覚えのない罪を着せられる。亡き父の教えに従い、死に際も美しくありたいと願うララであったが、引き回しの刑を受けて心身が疲弊し、ついに心折れてしまう。理不尽な世に涙するララであったが、偶然通りかかったエリオ・サンチェスが手を差し伸べる。運命にとらわれず自由を愛するエリオの在り方にあこがれたララは、彼に助けられ、共に手を取り合っての逃避行を開始する。警吏長のバルド・ガルシアや暗殺者のデボラがララたちの前に立ちふさがるものの、エリオは彼らを退ける。ララたちはデボラの話から、ララが前国王アルフォンソ11世の血を引いており、王家に連なる何者かが彼女を殺そうとしていることを知る。そしてララとエリオは、ララの父親の盟友であったゴルディ・ナバロのもとにたどり着く。ゴルディはララたちを快く匿ってくれるが、そこにバルドとデボラが再び乱入、エリオとゴルディは彼らを迎え撃つ。
第2巻
実直なバルド・ガルシアは罪人を許せないと思いつつも、自分を助けてくれたエリオ・サンチェスの言動やララ・レズモンドの無実の訴えを聞いて心動かされる。そこにペドロ1世の遣わした兵が襲来。己の目的のために法すら無視するペドロ1世にバルドは強い嫌悪感を覚え、彼らの無法を止めることを決意する。成り行きながらバルドもエリオたちに合流し、ゴルディ・ナバロたちと共に逃亡する。一方、乱戦の中、デボラはエリオたちに襲い掛かるものの、そこに新たな暗殺者ヒルダが現れ、デボラに襲い掛かる。デボラは暗殺の失敗からすでに見限られており、口封じのために殺されかかったのだ。デボラは半ば強引な形でエリオたちに救われ、そのままデボラも彼らと行動を共にする。ゴルディのかつての仲間であるラファロ・バスケス・イグナーレに助けられた一行は、ペドロ1世と敵対しているエンリケに助けを求めることを決める。一行はエンリケと合流、気さくなエンリケとすぐに打ち解ける。そしてエンリケはペドロ1世に捕われている母親のレオノール・デ・グスマンの処刑を阻止しようとしていた。エリオはエンリケに協力して処刑場に乱入するものの、レオノールはあえなく処刑されてしまう。
第3巻
母親の救出に失敗したエンリケたちは、ペドロ1世の手勢から仲間たちと協力して脱出しようとする。一方、ゴルディ・ナバロは因縁の相手であるアルブルケルケ・セラーダスと相対する。また、デボラは自らの育ての親であり、暗殺者の師匠でもあるガルベラと対決する。デボラは己の運命と対峙し、ガルベラを打ち倒すことで血にぬれた過去と決別し、ゴルディは援軍が来るまでの時間を稼いで仲間たちを守ることに成功するのだった。無事に領地に舞い戻ったエンリケは、レオノール・デ・グスマンが死の直前に成立させていたフアナ・マヌエルとの婚姻を正式に行う。これによってエンリケは王家の後ろ盾を得ることに成功し、ペドロ1世との対決は佳境を迎えることとなる。
第4巻
仲間たちと共に戦い抜く覚悟を決めたエリオ・サンチェスは、エンリケに請われたのもあり、自らの過去を語って聞かせる。かつてエリオは父親のビクトル・サンチェス、弟のパブロ・サンチェスと共に暮らしていた。王を守る王衣候補として育てられたエリオとパブロは、ある日、候補たちの選抜を行う討議大会に参加する。強敵たちを下し、順調に勝ち進める二人だったが、パブロは生き方を強制される現状に疑問を感じ、その思いはついに爆発してしまう。パブロは父親に襲い掛かって殺害、その勢いのままエリオにも襲い掛かる。なんとかパブロを止めようとするエリオだったが、エリオの言葉を拒絶するパブロは止まることはなく、最期は兄の手で討たれる運命を受け入れ、死亡する。こうしてエリオは「弟殺し」の罪に問われることとなり、エリオもその罪を受け入れるのだった。エリオから話を聞いたエンリケは、相手が誰であろうと殴り、正しい道に戻すエリオの信念を称え、彼を自らの王衣として認定する。
第5巻
西暦1367年。カスティージャ王国ナヘラでのペドロ1世軍とエンリケ軍の戦いは、ペドロ1世の勝利となり、エンリケ軍は悲惨な敗走を経験することとなった。数々の仲間を失ったエンリケたちは雌伏の時を過ごし、1369年、再び立ち上がり、モンティエルで最後の決戦に挑むこととなる。散っていった者たちの思いを継ぎ、エンリケとエリオ・サンチェスは、理想の未来を目指して歩み始める。
登場人物・キャラクター
エリオ・サンチェス
「弟殺し」の罪で捕われていた男性。登場時点での年齢は18歳。中肉中背の黒髪の青年で、手足に黒い手かせを付けている。囚人としてヘル・ドラード監獄に捕われていたが、監獄の「囚人同士で殺し合い、千人殺した者は解放される」というルールを達成し、解放される。剣の扱いは苦手で、戦闘は素手で行う。監獄の戦いでも素手で戦い、相手を殺さずに無力化する戦闘を得意とする。神や国といった誰かが決めた価値観に左右されず、己の意思で正しいものを貫く信念を持っており、たまたま通りかかった町で引き回しの刑に処されていたララ・レズモンドに手を差し伸べる。バルド・ガルシアに制止されるものの、己の信念に従い、ララと共に逃亡生活を始めることとなる。実は王衣を選出する家系の生まれで、5年前に弟のパブロ・サンチェスを殺害したが、その直前にパブロは自分の生き方を縛る家族を憎み、父親であるビクトル・サンチェスを殺害していた。暴力に魅入られ、すべてを破壊しようとするパブロを止めようとするものの、それが結果的に殺害に至ったのが真相だった。のちにこのことを知ったエンリケから、家族であろうとまちがっていれば止めるエリオ・サンチェスの信念に心打たれ、エリオを自らの王衣へと認定している。
ララ・レズモンド
騎士であるレズモンドの娘。登場時点での年齢は14歳。金色の髪を長く伸ばした美しい少女で、貴族らしい貞淑な性格をしている。ある日、身に覚えのないヴノロ伯殺害という罪を着せられ、罪人として連行されてしまう。カスティージャ人は死に際こそ美しくという亡き父の教えに従い、そのまま理不尽な運命を受け入れようとするが、引き回しの刑の最中に出会ったエリオ・サンチェスに諭され、己の運命と戦うことを決意。差し伸べた彼の手を取り、共に逃亡生活を送ることとなる。当初は神や父親の教えの影響を強く受けていたが、エリオと逃亡生活を送るうちにたくましく、バイタリティにあふれた性格へと成長していく。実はレズモンドは育ての親で、本当の親は先王であるアルフォンソ11世と妾であるレオノール・デ・グスマンで、現王のペドロ1世とは異母兄妹の関係に当たる。ペドロ1世の王位を脅かす存在として、無実の罪を着せられたのが真相だった。その事実を知ったあとは、実の兄に当たるエンリケのもとに身を寄せる。
バルド・ガルシア
カスティージャ南部で警吏長を務める男性。黒い髪をオールバックにした青年で、神の教えに忠実な厳格な性格をしている。罪人を取り締まる役目を担っており、ララ・レズモンドの連行を担当する。その後、逃亡したエリオ・サンチェスとララを追ううち、ペドロ1世の横暴を目撃。己の信じる正義に従い、ペドロ1世の兵に反撃したことで、ララたちと共に追われる身となる。人は法に従うべきだと信じ、王であろうと罪を犯した者は罰を受けるべきだと考えている。ペドロ1世の暴政を見たことでララたちと協力して王を打倒することを決意し、エリオたちの仲間となる。
デボラ
暗殺者の少女。薄桃色の髪をボブカットにし、つねに黒い衣装を身にまとっている。パウラという黒猫をつねに引き連れており、パウラを何より大切にしている。羽根のように軽い身のこなしを生かした戦闘を得意とし、剣を使って敵を惨殺する。冷酷な性格で、ガルベラの命令に従ってララ・レズモンドを付け狙うが、エリオ・サンチェスに邪魔をされて暗殺は失敗。新たな刺客であるヒルダに見限られて殺されそうになるものの、エリオに助けられたのをきっかけにして、彼らと行動を共にするようになる。エリオたちのことを嫌っていたが、パウラが彼らに懐いて離れようとしないのを見て、渋々ながら付いていく。ガルベラは育ての親兼暗殺者としての師匠で、彼女の言葉に従って生きてきたが、のちに彼女こそが自分の両親の仇だと知る。彼女との対決を経て、自分の意思で生きることを決意し、エリオたちの仲間となる。根は優しい性格をしており、黒い服を着ているのも返り血を見て自らの罪を直視するのが嫌だから。このため、ずっと黒い服を着ていたが、ラファロ・バスケス・イグナーレの死などをきっかけにして心境の変化があり、白い服を着るようになった。エンリケ軍への合流後はウーゴから好意を寄せられており、彼が勝ったら結婚するという条件でよく決闘を行っており、彼をあしらっている。
パウラ
デボラの愛猫。性別はメスの黒猫で、人間に気を許さないデボラの唯一の友達として彼女と行動を共にする。猫ながらデボラが罪悪感から人との触れ合いを避けているのに気づいており、彼女が光の当たる温かな場所で幸せになれるように行動している。エリオ・サンチェスたちと出会って以降は彼らならデボラを幸せにしてくれると感じ、彼に懐くことで、デボラを引き留めていた。のちに「チキ」「ピッペ」「ルシア」の三匹の子猫を産み、それぞれデボラと仲間たちに引き取られていった。老齢のため、デボラがナヘラの戦いに赴いているあいだに老衰で死亡した。
ゴルディ・ナバロ
カスティージャ王国に仕えている元騎士の中年男性。筋肉質な体型で、黒い髪と髭を伸ばし放題にした野性味あふれる風貌をしている。ララ・レズモンドの父親とは盟友の間柄で、彼を強く信頼している。ララが自分を頼って訪れた際には、彼女がお尋ね者だと知ったうえで匿った。その後、そのことがペドロ1世に露見するものの、ためらわず追手の兵を打ち倒し、ララたちと行動を共にするようになる。豪放磊落(らいらく)な性格をしており、戦闘でも巨大なハンマーを使って暴れ回る。また力押しだけではない戦上手な一面もあり、エンリケ軍に合流して以降は、彼に助言を行ってもいる。アルブルケルケ・セラーダスとは深い因縁があり、派閥間の争いでかつてアルブルケルケと敵対しつつも、結果的にだまし討ちの形で彼の右目を奪ったことを悔い、一度は彼との決着を見逃している。アルブルケルケからもゴルディ・ナバロの高潔な部分は認められており、これがのちにアルブルケルケの心を動かすこととなる。
エンリケ
顔中に切り傷がある金髪の青年で、先代の王アルフォンソ11世の庶子に当たる。母親はレオノール・デ・グスマンでララ・レズモンドは実の妹に当たる。またペドロ1世は腹違いの弟に当たり、幼い頃は彼とも交流があった。天真爛漫で明るい性格をしており、身分を気にせず誰とも気さくに接する。マリアには憎まれ、「災いの子」とさげすまれていたが、ペドロ1世からはその人格を好まれ、複雑な感情を抱かれていた。彼らの複雑な立場がいらぬ争いを引き起こすのを避けるため、先代のトラスタマラ伯の養子に出され、王位継承権を失う。しかしペドロ1世が即位後、彼の苛烈な圧制に反発、彼を中心にペドロ1世に反逆する勢力が集まった。暴政をしくペドロ1世に対して、慈悲深く、特に子供に対して深く愛情を注いでいたため「恩寵伯」の異名で呼ばれていた。王位継承権がなかったが、母親のレオノールが死の直前にフアナ・マヌエルとエンリケ自身の婚姻を成立させていたため、王家の後ろ盾を得て、正式にペドロ1世と対立する。母親を目の前で処刑された際に、我を失ってあやうく自らも殺されかかったところをエリオ・サンチェスに殴られて助けられる。相手がまちがっていると感じたら誰でも殴るエリオを信頼しており、のちに自分がまちがった方向に進んだ際に殴ってもらうため、彼を自分の王衣に選定する。実在の人物、エンリケ2世がモデル。
ラファロ・バスケス・イグナーレ
カラトラバ騎士団に所属する中年の男性。大柄な体軀で、髪をリーゼントスタイルでセットしており、厳つい見た目に似合わないオネエ口調で話すのが特徴。気さくで人当たりのよい好人物で、女性への配慮も欠かさない気遣い上手。ゴルディ・ナバロとは知己の間柄で、ペドロ1世に歯向かった彼らの逃亡を手助けする。その後、エンリケがペドロ1世と決別した際に駆けつけ、エンリケ軍に合流する。バルド・ガルシアを気に入っており、何かと気に掛けるほか、女性のファッションにも明るくララ・レズモンドやデボラにかわいい服をお薦めしたり、場の空気を明るくするムードメーカー的な存在として活躍する。ナヘラの戦いで敗走中、ウーゴを敵兵の攻撃からかばって死亡した。
ウーゴ
ラファロ・バスケス・イグナーレに仕える少年。ラファロの命令で王の軍勢に追われているエリオ・サンチェスたちのサポート役を務め、馬車の御者などの雑用を行う。デボラのことが気になっており、彼女の過酷な過去とどう向き合えばいいのかを悩む。エリオ・サンチェスにデボラのことを相談した結果、彼女と向き合うために強くなると決意する。その後は兵士としての訓練を積み始める。1367年のナヘラの戦い時点では立派な青年へと成長し、兵たちの隊長へと出世している。ナヘラの戦いで敗走している最中、敵の攻撃を受けるもののラファロにかばわれて助けられる。その後、息を引き取るラファロをみとった。ラファロの最期の言葉で愛する者といっしょに生きる大切さを知り、デボラといっしょに生きていくことを決める。デボラからは決闘で勝ったら結婚してもいいと言質を取っているが、負け続きで関係を進展できずにいる。
フアナ・マヌエル
レオノール・デ・グスマンの働きかけでエンリケとの婚姻が成立した貴族の女性。かつてカスティージャとレオンの二つの国をまとめあげ、カスティージャ王国を築いた聖帝レオン3世の子孫に当たる少女で、彼女との婚姻によってエンリケは正式に王家の後ろ盾を得て、王位に就くための正当性を手に入れた。年若いながら芯があるしっかりとした人物で、夫のエンリケを支え、彼と共に戦う。実在の人物、フアナ・マヌエル・デ・カスティーリャがモデル。
ジオゴ・セラーダス
騎士の男性で、アルブルケルケ・セラーダスの甥に当たる青年。アルブルケルケに似た風貌の鋭い目つきをしている。モンティエルの戦いの直前に、アルブルケルケから自分の死後、ゴルディ・ナバロに協力するように遺言を預かっており、モンティエルの戦いでエンリケ軍への援軍として参戦し、敵兵に殺されかけていたゴルディの命を救う。
レオノール・デ・グスマン
アルフォンソ11世の妾。元はカスティージャ王国の有力貴族出身の美しい娘で、その美しさは「アンダルシア一の美女」「天使の落としもの」と称えられていたほど。また美しいだけではなく、人柄もよく、知性に富んでいたとされ、正妃であるマリアを差し置いてアルフォンソ11世の寵愛を一身に受けていたとされる。実際、レオノール・デ・グスマンはアルフォンソ11世の子供を10人産んだとされ、アルフォンソ11世とつねに行動を共にしていたため、民や臣も彼女を実質的な王妃として扱っていた。エンリケ、ララ・レズモンドの実の母親で、いらぬ争いを生まないため、子供たちはそれぞれ養子に出していたが、1350年、アルフォンソ11世が急逝したあと、マリアとペドロ1世にその存在を疎まれて捕われの身となる。処刑が決まるものの最期まで誇り高く振る舞い、ペドロ1世の手に掛かって処刑される。しかし、実は捕まる前にフアナ・マヌエルとエンリケの婚姻を成立させ、フアナをエンリケの領地に送り出していた。これによってエンリケは正式に王家の後ろ盾を得て、ペドロ1世との戦いを進めていくこととなる。実在の人物、レオノール・デ・グスマンがモデル。
ペドロ1世 (ぺどろいっせい)
カスティージャ王国の国王。1350年にわずか16歳という若さで国王に即位した、長い黒髪をたなびかせた美丈夫。民の平穏を守るため、自ら率先して戦うことも厭わない勇敢な性格をしており、民衆からは「正義王」の名で称えられている。一方で国の中央集権化を進めるに当たって強引な政策を取ったため、多くの貴族から離反され、敵対者からはその性格は苛烈で残虐と評されている。母親のマリアと共に、幼少期は冷遇された時期があるが、母親ほどレオノール・デ・グスマンたちに隔意は持っておらず、エンリケにも兄弟としての情を持ち合わせている。しかし、同時に理想主義の気質があるエンリケを王に向いていないとも感じており、彼に王の苦悩を背負わせないためにあえて敵対する立場を選んでいる。苛烈な言動が多いが、複雑な立場の中で王としての責務を果たそうとしている面が多い。実在の人物、ペドロ1世がモデル。
マリア
アルフォンソ11世の正妻にして、カスティージャ王国の王妃。ふくよかな体型をした黒髪の女性で、傲慢で残忍な性格をしている。ポルトガル王の娘であるというプライドを持つが、夫のアルフォンソ11世が妾のレオノール・デ・グスマンに寵愛を与えたことで、深くプライドを傷つけられる。さらに重臣や国民までレオノールを王妃のように扱い、自分と息子のペドロ1世を冷遇したことで憎しみを募らせていく。かつては美しい容姿をしていたが、現在はストレスによってガマガエルのような太った姿となり、ヒステリックに叫ぶことが多くなっている。息子のペドロ1世を王にすることが生きがいとなっており、そのために暗躍をしていた。しかし、その歪んだ愛情は次第にペドロ1世にまで疎まれるようになり、故郷のポルトガルに送り返されることとなる。実はペドロ1世は激化する戦争に母親が巻き込まれないようにおもぱかって彼女を追放したが、最後までその気持ちは伝わらず、晩年は無念と憎悪の気持ちで過ごした。
アルブルケルケ・セラーダス
カスティージャ王国の宰相を務める初老の男性。右目に眼帯をつけて目つきが鋭く、剣呑な雰囲気を漂わせている。元はマリアの嫁入りに伴ってポルトガルより共にやって来た執事長で、彼女の身の回りの世話から戦場での援護まで幅広く活動していた。しかしカスティージャ内部での扱いは、ポルトガル人というだけで色眼鏡で見られるうえに、アルフォンソ11世が妾のレオノール・デ・グスマンに寵愛を与えていたのもあり、かなり冷遇されていた。ゴルディ・ナバロともそんな状況の中で出会い、お互いの意見の対立から殺し合いをした。しかし功を焦ったゴルディの部下が、アルブルケルケ・セラーダスを攻撃して右目を負傷。結果的にだまし討ちの形になったことをゴルディは詫び、彼を見逃した。このことからゴルディとは敵対しつつも、その高潔な精神を認めて好敵手のような間柄となっている。王となったペドロ1世に仕え、ガルベラたち暗部を取り仕切っており、ララ・レズモンドに冤罪を着せた張本人。エンリケ逃亡の際には追手として立ちふさがるが、エリオ・サンチェスたちの奮闘によって失敗する。その後は責を問われて失脚し、故郷であるポルトガルとの国境付近に隠居していた。モンティエルの戦いの直前にゴルディから助力を求められるものの拒絶。しかし、ゴルディとエンリケを認めており、アルブルケルケ自身が死んだあとは彼らに協力するようにジオゴ・セラーダスに遺言を残していた。
ガルベラ
暗殺者の元締を務める女性。黒髪を長く伸ばした妙齢の美女で、「先生」という名で呼ばれることが多い。愛情すら人を殺すための便利な道具と言い切る生粋の殺人者で、親を殺し、子をさらい、その子を自分に依存させて殺人の道具として教育している。デボラやルカ・アルバラードも彼女が手塩にかけて育て上げた暗殺者で、彼らを使って暗殺業を請け負っている。暗殺者たちは彼女にとって人を殺すための道具に過ぎず、役立たずと感じればすぐさま見限り、己の手で処分する。エンリケが逃亡する際に、エリオ・サンチェスたちの前に立ちふさがる。実は黒死病に身を冒されており、余命いくばくもない状態だが、その病床の身すら利用して死を広げようとする。また、病床の身でありながらデボラを剣技で圧倒し、彼らを危機に陥らせるがエリオの援護によって敗北。デボラの手で因縁を断ち切られ、その人生に幕を下ろされる。
ヒルダ
つねに陰気な表情で、黒いドレスを身にまとっている暗殺者の女性。デボラの失敗を見て、ガルベラがララ・レズモンド暗殺のために新たに送り込んだ刺客で、ゴルディ・ナバロの配下を惨殺する。かなりのすご腕でデボラをあっさり無効化するほか、蛇腹剣を使って変幻自在な戦いを見せる。デボラとララの抹殺に失敗したあとは、エンリケの暗殺のために領地に忍び込むが、エンリケに一刀両断にされて死亡した。
ルカ・アルバラード
涼しげな風貌をしており、軽い身のこなしで戦う王衣候補の少年。実はガルベラの教育を受けた暗殺者で、王位となってレオノール・デ・グスマンを殺すために候補戦に潜り込む。幼い頃より徹底して殺しの技を叩き込まれたため、素手でも高い戦闘能力を持ち、自分よりも体格が大きい男も難なく殺している。一方で殺し以外のことはいっさい教えられずに育ったため、自分の望みもない空虚な人間で、道具として使われる以外の生き方を知らずにいる。パブロ・サンチェスには共感のようなものを感じており、パブロがビクトル・サンチェスに牙をむいた際には援護を行い、エリオ・サンチェスと戦うが、エリオに叩きのめされて敗北した。
パブロ・サンチェス
エリオ・サンチェスの弟で、金髪の髪を肩まで伸ばした少年。幼いながら要領がよく、皮肉屋な性格をしている。天才肌でエリオと同等の格闘技術に、馬術や勉強まで難なくこなす。しかしそれ故に、王衣候補として自分の生き方を束縛するビクトル・サンチェスを憎み、鬱屈した思いを募らせていた。エリオのことは好ましいと思い、彼と山暮らしをするのを気に入っていたが、同時に肝心なときに自分に手を差し伸べてくれないエリオのことを嫌っており、その思いが候補戦で爆発。感情のまま暴れ回って父親を殺した。その後、エリオも殺そうとするが、激闘の果てにエリオに殺害される。自分がエリオに殺されるのを覚悟しており、最期は晴れやかな表情でエリオの攻撃を受け入れ、兄にみとられながら亡くなる。
ビクトル・サンチェス
エリオ・サンチェスとパブロ・サンチェスの父親。黒い髪を丸く刈り上げた中年男性で、鍛え上げたたくましい体格をしている。寡黙で実直という典型的なカスティージャ人気質で、私欲を満たさず、己の力で国と人を守るのを信条とする。格闘術の達人でもあり、エリオとパブロを王衣として育てあげた。実直すぎる性格から子供の感情の機微に疎い部分があり、それによってパブロから憎まれている。王衣候補戦では感情を爆発させたパブロを己の手で始末しようとするものの、逆にパブロの心の叫びに虚を突かれて敗北し、死亡した。
アルフォンソ11世 (あるふぉんそじゅういっせい)
カスティージャ王国の国王で、ポルトガルの王女マリアを王妃としたが、レオノール・デ・グスマンを見初め、彼女を妾とする。レオノールに入れ込んでおり、以降は彼女をそばに侍らしていた。嫉妬をこじらせたマリアがレオノールを害するのを見て、マリアとその子、ペドロ1世を王宮から追放し、彼らを冷遇する。一方でレオノールを実質的な王妃として重用したため、マリア親子から深く憎まれることとなる。1350年に病によって急逝し、王位はペドロ1世に継がれることとなる。実在の人物、アルフォンソ11世がモデル。
その他キーワード
王衣 (おうい)
王族の護衛を務める者。国王や王子のそばにつねに付き添い、彼らの護衛を専門に行うことを役目とする。通常の護衛との相違点は、専属の護衛でつねにそばにいることが求められる点となっている。帯剣が許されない状況での護衛も求められるため、王衣になる者は素手での強さも重要視される。なお王衣という名は、命を狙われる王を守る衣であり、衣服のようにつねに替わりが用意されていることに由来している。