あらすじ
第壱巻
のちに江戸・北町奉行となり「刺青奉行・遠山の金さん」として名を成す遠山金四郎の若き青年時代。金四郎は武士という身分ながら、江戸の下町で町人姿の遊び人として博打場に出入りし、イカサマ賭博を暴いたりして豪快に暮らしていた。それは、家督を義兄弟に譲るためという、心優しき無頼漢の別の顔でもあった。金四郎はある日、目明かしの女親分である琴音から、ある殺人事件の犯人探しを依頼される。被害者は金貸しの主人だった事から、金四郎と琴音は、その金貸しから大金を借りていた呉服屋に急行する。しかし、そこで二人が見たものは、呉服屋の面々が惨殺されている凄惨な殺害現場であった。そして二人は、数人の押込み強盗達に襲われる。強盗達の非道さに激怒した金四郎は、もろ肌を脱いで桜の刺青を犯人に示し格闘する。その間に番所に走る琴音は、シジミ売りに変装していた賊の首領が抜いた斬馬刀によって斬殺されそうになる。しかしその時、金四郎が琴音を救うべく怒りを込めて長刀を抜き首領を退治する。その後、金四郎は女彫物師の彫蝶に、自分の刺青に新たに桜の花を一輪加えるよう依頼する。そして、背中に満開の桜吹雪が舞う将来を夢見るのだった。(第一話「初手柄!金四郎」。ほか、9話収録)
第弐巻
遠山金四郎の友人・林耀蔵は、色事がチラついて勉学にも身が入らず、父親から叱責される怠惰な日々を過ごしていた。ある日、耀蔵は道端で持病の癪に苦しむ若く美しい尼僧を助けたお礼に尼僧の住む庵に招かれる。そこで尼僧は着物をはだけて耀蔵を誘惑する。尼僧の美貌と豊満な肉体の誘惑に負けた耀蔵は尼僧の身体を抱きしめる。しかしその時、大男の元幕内力士、岩ヶ嶽が現れ、耀蔵は百両という大金を恐喝される。困惑した耀蔵は金四郎を訪ね事の次第を明かして助けを求める。友人の窮地を救うために、金四郎は琴音と共に岩ヶ嶽のもとに走る。そして、寺から高価な仏像を持ち出そうとしていた岩ヶ嶽の前に金四郎が立ちはだかる。しかし、岩ヶ嶽は強烈な張り手で金四郎を倒し、琴音を拉致して立ち去ろうとする。だが、そこに一人の大男が現れ、岩ヶ嶽の行く手をさえぎる。その男の正体は、かつての名大関・雷電為右衛だった。雷電は、相撲道を汚す岩ヶ嶽の狼藉ぶりを諫めるが、聞き耳を持たぬ岩ヶ嶽は雷電に襲いかかる。岩ヶ嶽を組み止めた雷電は、現役時代に禁じ手とされた「かんぬき」の技を使い、岩ヶ嶽の両腕を怪力で締め上げるのだった。(第十一話「尼僧に懸想、耀蔵萌え!」ほか、7話収録)
第参巻
越後の栃尾藩で剣術指南役を務めていた滝尾英次郎は、剣の道を捨て医者になる決心をしていた。ところがある夜、滝尾は同僚の白上光之進から無謀な決闘を挑まれ不本意にも白上を返り討ちにしてしまう。白上の妻、十鶴は夫の仇である滝尾を討つべく家来の老人、仁助と旅に出る。だが、江戸にたどり着いたところで路銀は底をつき十鶴は病に倒れてしまう。しかし、十鶴は親切な医師の良順に救われ、この時期に良順と偶然顔見知りとなった遠山金四郎も彼女の境遇を知って大いに同情する。だが、なんとこの良順こそ医師になり名を変えた滝尾英次郎だったのだ。それを知った十鶴は仇討ちを成就すべく良順に刃を向けるが、仁助の告白により、闇討ちしたのは夫の白上であった事が判明する。そして一件落着しかかったその場に、邪悪な医師達に雇われ良順の暗殺を謀る浪人達が良順を包囲する。そこに金四郎が現れ、浪人達と対決する。しかし、浪人の一人と刀を交えた金四郎は、その男の剣の腕が自分よりも上である事に驚愕する。まったく隙を見せない相手と対峙した金四郎は、自分が勝てる相手ではない事を悟り、絶体絶命の窮地に陥ってしまう。(第十九話「仇討祝言、乳の舞」。ほか、7話収録)
登場人物・キャラクター
遠山 金四郎 (とおやま きんしろう)
格式のある武家出身ながら家督を義兄弟に譲り、町人姿になって長屋で気ままに暮らす根っからの遊び人。琴音の依頼を受けて難事件の解決と悪人退治に活躍する。一つの事件が解決するごとに背中に桜の花びらの刺青を一輪ずつ彫り続けている。実在の人物、遠山金四郎景元がモデル。
琴音 (ことね)
病気の父親・仁吉に代わって、女だてらに男のような格好で奉行所の目明かしをしている少女。まだあどけなさが残る16歳だが気が強く、スタイル抜群の容姿でお色気を振りまいて遠山金四郎を悩殺する。金四郎とはいつも口喧嘩ばかりしているが、本心では金四郎に想いを寄せ、事件が起きるたびに彼を頼りにしている。
伝六 (でんろく)
岡っ引きの青年。いつも「てえへんだー」と叫びながら遠山金四郎のもとに駆け込んで来る慌て者の三枚目。病床に伏せる琴音の父親・仁吉を尊敬しており、町中を走り回って情報を収集する正義感のある元気な若者。
彫蝶 (ほりちょう)
江戸の町で刺青屋を開業している女彫物師。自らも肩から背中にかけて見事な刺青を入れており、上半身裸で豊満な乳房を露わにしながら刺青を彫るという粋な姉さん。実は遠山金四郎に惚れており、彼が刺青を彫っている際に琴音の話を持ち出すと、嫉妬して手荒な彫り方になってしまう。
巳之助 (みのすけ)
薬問屋「橘屋」で働く手代の若者。主人に後妻として嫁いだ若い奥方の世話係をしている。色白でやせた美男子であり、芝居の女形の役者をしていたこともある。そのため、芝居好きの奥方のために、昔の仲間に頼んで切符をとったり席を確保したりしている。
安田 呑兵衛 (やすだ のんべえ)
「ガマの油売り」の行商で生計を立てている浪人。いつも大声で笑っている豪快な性格の大男。大酒飲みで毎晩深酒をしては、酔っ払って夜道をふらつきながら歩く癖がある。以前は剣道場で腕を磨いた武士で、剣の腕には自信を持っている。
本田 伝二郎 (ほんだ でんじろう)
馬庭念流免許皆伝の武士。いかつい顔をした大男だが普段は礼儀正しく物腰の柔らかい人物で、暴走しがちな弟子を諫めたりと節度ある態度を取る常識人。しかし剣の試合となると鬼のような形相となる稀代の剣豪。流派の威信を賭けて千葉周作と対決する。
鬼築四兄弟 (きちくよんきょうだい)
上野国出身の武士で、鬼築姓を名乗る炎神(えんしん)、炎魁(えんかい)、炎丞(えんのじょう)、炎助(えんすけ)の四兄弟。江戸で「鬼築道場」という剣道場を開いている。刀で兜を真っ二つに断ち割る「兜割り」という秘技を見世物にして弟子を集めている。
千葉 周作 (ちば しゅうさく)
一刀流中西道場の門弟で遠山金四郎の同僚。松戸の浅利道場からの預り弟子で、師範代とも五分の勝負ができるという凄腕の剣士。ひときわ背が高くりりしい面構えの好男児。実在の人物、千葉周作がモデル。
五郎蔵親分 (ごろぞうおやぶん)
深川の老侠客で、遠山金四郎が10代の頃に世話になった人物。昔は羽振りが良かったが、寄る年波には勝てず子分もほとんどいなくなってしまった。今では引退同然の寂しい身の上となっており、昔世話した土地の人々の助力でひっそりと暮している。
助五郎 (すけごろう)
五郎蔵親分の客人となり、親分の護衛役をしている気風のいい青年。相模国出身で、18歳の時に力士を目指して江戸にやって来たが、頼りにしていた親分に死なれてしまい、現在は渡世人となって旅を続けている。実在の人物、飯岡助五郎がモデル。
森 幸之丞 (もり ゆきのじょう)
幕府直参の旗本の息子。天下御免の旗本という立場を利用して、手下を連れてド派手な格好で市中を練り歩き、酒が飲めないくせに酔った振りをして女性にからむという性質の悪い人物。悪事を諫められたことで、五郎蔵親分を逆恨みしている。
林 耀蔵 (はやし ようぞう)
遠山金四郎より3歳年下の幼なじみの武士。朱子学の大学頭にして昌平板学問所の主宰者である林述斎の四男坊。勉強一筋で融通の利かない気弱な性格で、いつも金四郎にからかわれている。実在の人物、鳥居耀蔵がモデル。
肌見せお紺 (はだみせおこん)
往来にて男2人と組んで芝居を打ち、集まった群衆に自分の裸を見せてみんなが驚いているところに仲間が野次馬の財布をスリ取るという悪事を働いている若い女性。ニセ小判にまつわる事件に巻き込まれた際、遠山金四郎に解決を依頼する。
島田 左之助 (しまだ さのすけ)
蘭学塾「松韻館」の塾頭で、蘭学界の秀才としての誉れ高い男性。異常にプライドが高く、館長ともたびたび対立するが一歩も引かないという頑固な性格。書物を読むだけではなく「臨床なくして西洋医学の習得はできない」という強い信念を持っている。
葛飾 應為 (かつしか おうい)
葛飾北斎の次女で、北斎から自作の代筆を任されるほどの優秀な浮世絵師。本名は「葛飾栄」。いつも父親から「オーイ、オーイ」と呼ばれていたことからこの画号となったという逸話を持つ。べらんめえ口調の江戸弁で話す気の強い性格。実在の人物、葛飾應為がモデル。
雷電 為右衛門 (らいでん ためえもん)
無双の強さで知られた力士で、あまりの怪力のために「張り手」「突っ張り」「かんぬき」の3手を禁じ手にされたという逸話の持ち主。琴音が赤ん坊からの知り合いで彼女がピンチの際には助っ人として駆け付けるほど親しい間柄。実在の人物、雷電為右衛門がモデル。
岩ヶ嶽 (いわがたけ)
元力士の大男。幕内上位の実力があったが、粗野な性格で素行が悪く相撲部屋を追い出されて乱暴狼藉のし放題となった巨漢。女と組んで目をつけた男に色仕掛けの策略を弄し、男から金銭を巻き上げるという恐喝事件を起こす。
滝村 一鉄 (たきむら いってつ)
江戸の青山にある「鉄砲百人組」の組屋敷に通う青年武士。先祖代々の鉄砲名人の家に生まれたことを誇りとしており、自分の代で鉄砲射撃の腕前を鈍らせるわけにはいかないというのが信条。組屋敷では重い鉄砲型の鉄棒を振り回して腕を鍛えている。
遠山左衛門尉景普 (とおやまさえもんのじょうかげみち)
長崎奉行を勤める武士で、遠山金四郎の父親。次々に幕府の重職に抜擢されるほど有能だが、江戸城出仕の際にもお供は1人しか付けないという清廉な性格。金四郎との父子関係は周囲には秘密にしている。実在の人物である、遠山左衛門尉景普がモデル。
葛飾 北斎 (かつしか ほくさい)
数々の人気浮世絵を生み出し、絵師としての頂点に位置している江戸時代後期きっての有名浮世絵師。物語中ではすでに老人となっているが、次女の葛飾應為と組み大筆で巨大絵を描き上げるほどの元気者。実在の人物、葛飾北斎がモデル。
椿 (つばき)
遠山金四郎の幼なじみだった女性。大きな店を構える金持ちの商人の子として生まれ、子供時代は金四郎をよく泣かせていた気の強いおてんばな性格。押込み強盗に両親を殺され、金四郎の前から姿を消した。両親を殺害した5人の仇を追っている。
中村 金太郎 (なかむら きんたろう)
焼死した父親の遺志を継いで自分も火消しになることを夢見ている純真な少年。火事の現場で目撃した放火犯人を捕まえるために、遠山金四郎に協力して危険を冒す勇敢な性格。実在の人物、新門辰五郎がモデル。
岡田 虎吉 (おかだ とらきち)
上方のヤクザで「浪花の鬼虎一家」の親分。江戸で起きたヤクザ同士のケンカによって半殺しにされた自分の子分の仇討ちで江戸に乗り込もうとする。江戸までの道中で街道筋のヤクザ連中を味方に付けて総勢千人で江戸に押し寄せる。
良順 (りょうじゅん)
江戸の町で診療所を開業している医師。「医は仁術なり」を信条としており、貧しい者からは診療費をとらず庶民から慕われている名医で、同業の開業医からはかなり妬まれている。若い頃は越後栃尾藩で随一ともいわれた剣豪でもあった。
信濃屋 吉右衛門 (しなのや きちえもん)
江戸で一・二を争う味噌問屋「信濃屋」の主人。特に「合せ味噌」の評判が高く、全国から取り寄せた味噌を、店の庭にある大きな土蔵の中に1人でこもり、秘伝の手法で調合して江戸庶民好みの品を作り上げている老商人。
山鹿 才之助 (やまが さいのすけ)
寺子屋「山鹿塾」を開き子どもたちに学問を教える青年学者。父親から引き継いだ地震の研究に没頭しており、研究用として生きたナマズを数多く飼育している。平賀源内由来の「エレキテル」を授業の教材とするなどユニークな教育者。
甚三郎 (じんざぶろう)
江戸横山町に住む人形師。昔は腕利きで名を馳せていたが、手に怪我をしたことが原因ですっかり落ちぶれてしまい、妻と子供にも逃げられ長屋でわびしい一人暮らしをしている。怪我の原因となった呉服問屋の主人に強い恨みを抱いている。
一眼鬼 (いちがんき)
押込み強盗一味の首領。数名の手下を使い江戸の町で数々の悪事を働くが、手下は捕まっても自分の正体は絶対に明かさないという謎の悪党。覆面で顔を覆い、その呼び名は額の部分に光る眼があることに由来する。二刀流の達人。
仁吉 (にきち)
病床に臥せっている琴音の父親。病気になる以前は、町人ながら道場に十年通い剣の達人となり、腕利きの岡っ引きとして大活躍した経歴を持つ。一眼鬼の子分を捕らえたことで一眼鬼一味に命を狙われている。琴音と遠山金四郎を結婚させたがっている。