あらすじ
第1巻
京都を離れていた安倍晴明が戻ってきた。同時期に源博雅も晴明たちの家を訪れ、ここに来る途中で体験した不思議な出来事について話す。博雅は道中で美しい琵琶の音色を聞き、それが先日の内裏の炎上騒ぎで行方不明になっていた名器「牧馬(ぼくば)」の音であることに気づく。そこで音をたどって演奏者の女性に会いに行ったところ、博雅は女性から牧馬は主上(おかみ)に返し、それとは別にお酒の入った匏(ひさご)を、晴明にプレゼントしてほしいと頼まれるのだった。この話を聞いた巻物は、この女性が先ほど真葛と話していた匏という人物なのではないかと推測する。しかし、結局真相はわからずじまいとなる。その後、朔が最近勉強をサボって町へ出ていることが判明。心配した巻物は、小竹と共にあとを尾けるが失敗し、戻ってきた朔に直接話を聞くことにする。だが、朔は巻物が、匏と暗闇丸の恋物語を気に入っており、その後の二人について知りたがっていることに気づいていた。そこで朔は二人の物語を大雑把に教えることで巻物を釣り、自分の目的に関しては打ち明けずに逃げ出す。それでも朔のことと、匏と暗闇丸の恋の結末が気になった巻物は、今度は真葛に話を聞くことにする。
第2巻
安倍晴明が京都に戻ってからしばらくたち、晴明は真葛から自分が不在のあいだ、京都で何が起きていたか尋ねることにした。一方その頃、朔は体調を崩し、夢の中で深山の森にいた。これを案じた晴明は朔の夢の中の様子を見に行く。そしてそこで鬼の鳴き声を聞き、この声のする場所へ行かなくてはならないと考えるのだった。この鳴き声は京都にも響いており、やはり鬼の声ではないかと囁かれていた。京都では現在、女性や子供が誘拐される事件が相次いでおり、昨夜はとうとう朝忠卿の姫君が連れ去られてしまう。これは賊の仕業であるとされていたが、町人たちは不安のあまり人間ではなく、鬼の仕業ではないかと考えるようになっていた。その頃、藤原兼家は連続誘拐事件の犯人の可能性がある盗賊と連絡を取り、屋敷に呼び寄せていた。兼家は、わざと金品を盗ませることで彼らに与え、盗賊を掌握しようと考えていたのである。しかし、現れた女性盗賊はこれに応じず、兼家は彼女に縛り上げられたうえ、金品を盗まれて逃げられてしまう。だが兼家は、盗まれた馬の行き先をたどることで、盗賊たちを捕まえようとしていた。
第3巻
検非違使たちの調べにより、朝忠卿の姫君を誘拐したのは「大江山の鬼」と呼ばれている者たちだということが判明する。その頭目は「酒呑童子」と呼ばれている男らしく、安倍晴明は検非違使庁から、酒呑童子退治の任務を受けることになる。その退治の方法とは、大酒飲みである酒呑童子に会いに行って飲み比べをし、心を開かせたのちに盗んだ物や人を返してもらえないかと交渉するというものだった。そして源博雅と、以前鳥羽で晴明と出会った暗闇丸もいつか匏と再会させてもらうことを条件に同行することになった。しかし晴明は、肝心のお酒を右大臣から受け取らないまま、直接現地に向かうことを指示。博雅は不思議に思いつつもこれに従うが、自分たちの素性を隠すために、女官のふりをしてほしいと言われてとまどう。さらに晴明は、以前博雅が謎の女性から贈られた神便鬼毒酒を飲むことで、鬼と混ざり合ったような状態になる。こうして三人は大江山を目指すが、その途中で眠ってしまった博雅は、酒呑童子と名乗る人物と合奏する夢を見る。
第4巻
安倍晴明、源博雅、暗闇丸が大江山に向かっているその頃、源頼光は酒呑童子を退治せよとの勅命を受け、先に晴明たちが潜入していることを知らないまま、討伐隊を組んで大江山に向かっていた。これはつまり、晴明たちに何が起きても誰も何も保障をせず、たとえ晴明が討伐隊に殺されても、彼らは罪に問われないということだった。こうして討伐隊が出発した直後、判官の橘直忠が姿を消してしまう。直忠は賊の一人である暗闇丸の顔を知っており、酒呑童子を討つうえで、自分が役に立つと考えていたのだ。そこで、頼光に頼んで同行させてもらおうとしたのである。頼光はこの申し出を断るが、それでも直忠はついていき、一方の晴明たちはついに鬼の国にたどり着く。しかしそこにいたのは、先日博雅に牧馬(ぼくば)と神便鬼毒酒を贈った謎の女性だった。だが、女装をしている博雅は、知り合いであることを打ち明けられない。そのまま、晴明と博雅は彼女の案内のもと、暗闇丸を置いて酒呑童子のいる鉄(くろがね)の御所へ向かうことになる。こうして晴明たちはついに酒呑童子と対面するが、ここに鬼の国で待っているはずの暗闇丸が姿を現す。ここで酒呑童子は暗闇丸を気に入り、晴明に暗闇丸を配下としてゆずれと言い出すのだった。
第5巻
安倍晴明は酒呑童子に、神便鬼毒酒を飲んだ自分こそが真の酒呑童子であると言ったことで、酒呑童子の身代わりとして源頼光たちに会うことになってしまう。こうして晴明は、山伏のふりをした頼光たちと対面するが、何も知らない頼光たちは晴明を酒呑童子と思い込んだまま、飲み比べをすることになる。酒を飲んだ頼光は、酒の力によって本当のことしか話せなくなり、自らの正体を打ち明けてしまう。これによって晴明は頼光たちもまた、自分たち同様に遣わされた身であることを理解する。そして、酒呑童子のふりをしたまま話を聞き、頼光とその仲間に神便鬼毒酒を飲ませていく。神便鬼毒酒は鬼が飲むと通力を失うが、人間が飲むと通力を得られる。晴明は酒を飲ませることで彼らを強化し、鬼と戦う力を与えていたのである。しかしこれを見ていた源博雅は、なぜ晴明がもっと神便鬼毒酒を飲まないのかと、不思議に思っていた。晴明が神便鬼毒酒を飲んで強くなった方が、話が早いのではないかと考えたのである。そうこうするうちに、頼光は晴明を酒呑童子であるとカンちがいしたまま、とうとう晴明を討とうとする。それを見た博雅は、神便鬼毒酒を飲んで晴明を助けようとするが、飲んだ途端に巨大化してしまい、博雅こそが真の酒呑童子であると頼光に誤解されてしまう。
第6巻
安倍晴明と源博雅は、源頼光たちから逃げ出して酒呑童子のもとへと向かう。その途中には「四季の部屋」と呼ばれる美しい部屋があり、晴明はここで酒呑童子の真の名は「守天童子」で、彼は昼間は人間の姿に変身しているが、夜になると鬼の姿に戻ってしまうことを知る。そこで晴明と博雅は、神便鬼毒酒の力を借りて酒呑童子の苦しみを理解し、心を通わせようとする。しかしここで酒呑童子は、外で暴れていた頼光の力に引きずり込まれそうになり、時空を吸い込む渦の中へ逃げ込んでしまう。このままではいけないと思った晴明は自らも渦の中へ飛び込み、博雅も二人を追う。そこで博雅は、以前酒呑童子と合奏をした時のような、親しい人たちと再会する心地よい夢を見る。これに博雅が驚いていると、さらに下の世界へ落とされ、博雅は連れ去られていた姫たちを発見する。そして、ここで晴明と合流した博雅は、大きな楠の姿となった酒呑童子と再会する。しかしそんな三人のもとへ、やはり渦の中に飛び込んだ頼光たちがせまっていた。
第7巻
源頼光たちは酒呑童子の首を求め、次元を吸い込む渦の中に飛び込んでいた。京に戻って酒呑童子を殺した証拠がなければ、自分たちの命があやういからである。一方その頃源博雅は、以前親しくなったネズミの楽長に渦の中で出会い、笛を受け取る。博雅はこれを吹くことで酒呑童子の心を癒し、安倍晴明は、もうこれで以前のように夜な夜な酒呑童子の悲しい鳴き声を聞くこともなくなるだろうと、安堵するのだった。その頃頼光は姫たちを発見し、彼女たちを無事に連れて帰ることと、別の鬼の首を持っていくことで手柄を証明できるのではないかと考えていた。これによって頼光たちは引き上げ、酒呑童子の心も解き放たれたことで、大江山には平和が戻るのだった。こうして晴明たちは暗闇丸のもとへ戻るが、そのあいだに暗闇丸は匏の手がかりを見つけたにもかかわらず、晴明たちを優先して待っていたことを知る。そこで晴明は、なんとしてでも暗闇丸と匏を再会させるため、みんなで匏を捜すことにする。
登場人物・キャラクター
安倍 晴明 (あべの せいめい)
陰陽師の若い男性。真葛の夫で、朔の父親。一度死亡したがよみがえり、京都に戻ってきた。前髪を長く伸ばして真ん中で分けて、足に届くほどのロングウエーブヘアにしている。色白で背が高い。穏やかな落ち着いた性格で、いつも表情を崩さず何事にも動じないため、何を考えているかわからないところがある。一方で妻の真葛を非常に大切にしていたり、まったく性格の異なる友人である源博雅のことは深く信頼していたりと、親しい人に対しては心を開いている。特に真葛とは、朔も嫉妬するほど仲がいい。よみがえった直後、鳥羽で偶然に暗闇丸と出会い、彼をいつか必ず匏と再会させるという条件で連れ帰る。しかし、盗人である暗闇丸は人間の姿のままでいると捕えられてしまうため、牛の姿に変えた。その後、暗闇丸に乗って京都に戻るが、この直後に暗闇丸も深く関係する、大江山の酒呑童子の事件に巻き込まれる。髪の毛が乱れると機嫌が悪くなり、ふだんよりも短気になるが、この性質は朔にも受け継がれている。実在の人物、安倍晴明がモデル。
源 博雅 (みなもとの ひろまさ)
醍醐天皇の孫で、克明親王の子である若い男性。安倍晴明の友人。前髪を上げて額を全開にし、髪の毛全体を烏帽子に入れている。穏やかでお人よしな性格で、人間からも人間でない者からも非常に好かれている。そのため、晴明からの信頼も厚く、まったく違う性格ながら非常に仲がいい。晴明がよみがえった同時刻にちょうど晴明の自宅へ向かっており、この時に謎の女性から牧馬(ぼくば)という楽器と、神便鬼毒酒を渡され、それを主上(おかみ)と晴明に渡してほしいと頼まれる。この時は素直に従うが、これをきっかけに大江山の酒呑童子の事件に巻き込まれてしまう。晴明、暗闇丸と大江山に向かってからも、先に夢の中で酒呑童子と出会う。この時に彼と交流を深めたことが、のちに酒呑童子の真意を知るための鍵となっていく。楽器が得意で、酒呑童子との関係をはじめ、楽器の演奏を通じて他者と心を通わせることも多い。実在の人物、源博雅がモデル。
真葛 (まくず)
安倍晴明の妻で、朔の母親。前髪を肩につくほどまで伸ばして真ん中で分けた、ストレートロングヘアにしている。麻呂眉が特徴で男装しており、一人称は「おれ」。明るく知的な性格で、付喪神たちとも仲がよく、友人のように接している。特に巻物とはいつも行動を共にしており、さまざまな話を教えている。晴明が京都を離れているあいだも自宅にいたが、晴明が無事によみがえって戻ってきたことを喜んでいる。
朔 (さく)
安倍晴明と真葛の息子で、のちの「安倍吉昌」。召使いの式神たちからは「若子さま」と呼ばれている。明るくやんちゃな性格で、いたずらが大好き。そのため、遊びに行ってはケガをしたり、無断でどこかに出かけたりと、巻物をはじめとする周囲を心配させている。将来の夢は天文博士になることで、ある日、向かった東寺で空海と大日如来に出会う。この時に大日如来から、本来は陰陽家が持っていてはならないとされる、文殊師利菩薩の天文書の巻物をプレゼントされる。同時に、巻物の童である善財童子と、夢の中で会うようになり、やがて現実世界にも現れた彼と交流を深めていく。晴明同様、髪の毛が乱れると機嫌が悪くなり、ふだんより短気になってしまう。動物と心を通わせる力があり、鳥から話を聞いて情報を集めている。真葛から学んだ密教について非常に詳しい。
巻物 (まきもの)
司馬遷の作品『史記』の、天文学についてまとめられた『天官書』の付喪神。朔の教育係も務めている。性別は男性で、小さな巻物に眉、目、口、ひげ、手足が生えた姿をしている。まじめな性格ながらやや落ち着きに欠ける一面があり、特に大好きな安倍晴明が絡むと、はしゃぎすぎてしまう。そのため、晴明にはあまり遊びすぎないようにと、箱の中にしまわれていることもある。また感性豊かで、真葛から聞く話にも、まるで自分自身のことのように感情移入してしまう。苦手なものは炎。
小竹 (ささ)
安倍晴明に仕えるカエルの式神で、朔の乳母の役割を務めている。晴明たちの家の中では人間の若い女性の姿をしているが、家から一歩でも出ると、カエルの姿に戻ってしまう。穏やかな落ち着いた性格で、丁寧な口調で話す。そのため、朔がやんちゃをしてもあまり動じることはなく、本物の母親のように優しく見守っているが、怒ると非常に怖い。
善財童子 (ぜんざいどうじ)
文殊師利菩薩の童で、少年の姿をしている。前髪を上げて額を全開にし、セミロングヘアを両耳の真上で二つのお団子にまとめており、両眉がつながっている。朔が大日如来に文殊師利菩薩の巻物をプレゼントされた日から、たびたび朔の夢の中に現れるようになる。その後は現実世界にも姿を現すようになり、朔に仕えて友人のような関係となる。
暗闇丸 (くらやみまる)
京都に住む男性で、年齢は30歳ほど。前髪を上げて額を全開にして、髪の毛全体を烏帽子に入れている。美形で背が高く、口ひげを生やしている。ある日、京都の五条で出会った匏に魅せられ、仕える人や仕事も捨てるほどに夢中になる。やがて元の名前を捨て、匏に付けられた「暗闇丸」を名乗るようになった。その後、匏に指示されて向かった場所で結果的に盗賊の手伝いをしてしまい、これを繰り返すことで悪に手を染めていく。これを気に病み、ある日匏にいっしょに真っ当な暮らしをしたいと打ち明けたところ、匏が失踪。いっしょに暮らしていた家も跡形もなく消え、そのまま離れ離れとなってしまう。後日、鳥羽の川でよみがえったばかりの安倍晴明と出会って救われる。以来、正体を隠すために晴明によって牛の姿に変えられ、匏と再会させてもらうことを条件に彼に協力するようになる。
匏 (ひさご)
京都に住む若い女性。前髪を肩につくほどまで伸ばして真ん中で分け、足の高さまで伸ばしたストレートロングヘアにしている。所作が美しく身分の高い人物に見えるが謎が多く、人間であるかどうかも不明。ある日、自宅の前を通りがかった暗闇丸に声を掛け、家へと招く。その後、当時別の名前を名乗っていた暗闇丸を、この名前で呼ぶようになり、豊かな暮らしをするために、暗闇丸に盗賊の手伝いをするように指示する。しかし、いつかは暗闇丸がこの生活に限界を感じることを察しており、それを悟ったある日、突如暗闇丸の前から姿を消した。
空海 (くうかい)
平安時代初期の僧で、真言宗の開祖の男性。すでに亡くなっているが幽霊となり、東寺に訪れた朔に声を掛ける。その時は坊主頭で耳の大きい、中年男性の姿をして現れた。そこで、朔の天文博士になりたいという夢を知り、大日如来から朔あてに送られた文殊師利菩薩の天文書の巻物をプレゼントした。同時に朔に、文殊と出会った時の話をした。実在の人物、空海がモデル。
文殊 (もんじゅ)
踏みつけ病の天邪鬼。前髪を目の上で切り、顎の高さまで伸ばしたボブヘアで、裸にまわしを巻いているだけの姿をしている。体の大きさを自由自在に変える力を持ち、かつて空海と会ったこともある。ある日東寺を訪れた朔が、家に帰れないように邪魔をする。
藤原 兼家 (ふじわらの かねいえ)
公卿の男性で、前髪を上げて髪の毛全体を烏帽子に入れ、口ひげを生やしている。両頰に丸く紅を入れている。応和元年のある日、新嘗祭(にいなめさい)のための斎戒(さいかい)を破って出かけたところ、盗賊に拉致され、野に放置された過去を持つ。以来、二度とこのような目に遭わないようにと、自分のためにはどんなことでも利用するずるがしこい性格となった。京都で連続誘拐事件が起きた際も、犯人と思われる賊と通じ、彼らに金品を与えて掌握しようとしたが、一方的に物品を盗まれる形なって失敗。しかし、その物品の中に源満仲から贈られた馬があったため、その馬の行く先を追うことで盗賊たちを捕まえようとした。実在の人物、藤原兼家がモデル。
酒呑童子 (しゅてんどうじ)
大江山に住む鬼で、天門を守る「守天童子」でもある。昼間は人間の若い男性の姿に変身して活動しているが、夜になると鬼の姿に戻ってしまう。人間の姿のときは、前髪を眉の上で短く切りそろえ、胸の高さまで伸ばしたロングヘアにしている。実年齢は不明。夜ごと鬼の姿になるたびに、身が焼けるような苦しみを受けて、鳴き声を上げていた。しかし、安倍晴明や源博雅、暗闇丸が大江山を訪れ、博雅と夢の世界で親しくなったことと、晴明が酒呑童子の正体が守天童子であることを見抜いたことによって救われる。
源 頼光 (みなもとの よりみつ)
武将の若い男性で、源満仲の息子でもある。前髪を長く伸ばして額を全開にし、肩まで伸ばしたセミロングヘアを一つに結んでいる。眉もひげも濃く、まつげの長いイケメン。ある日、酒呑童子を退治せよとの勅命を受け、仲間の渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武、藤原保昌と共に山伏に変装して大江山へ旅立つ。大江山には先に安倍晴明たちが潜入していたが、源頼光はそのことを知らずにいた。実在の人物、源頼光がモデル。
クレジット
- 原案
-
夢枕 獏