概要・あらすじ
舞台は江戸時代。人斬り迅鉄との異名を取る渡世人・迅鉄は、100両という大金がかけられた賞金首だった。あるとき迅鉄は、賞金を狙う犬使いの三太に追われ、からくも返り討ちにするが犬に喉笛を食いちぎられてしまう。その場に偶然通りかかった男は迅鉄が息を引き取ったのを確認すると、その死体を自宅へと持ち帰るのだった。
3か月後、死んだはずの迅鉄は男の家で目を覚ます。しかし迅鉄の姿は、鋼を多く用いられ話すことができない機械の体へと改造されてしまっていた。源吉と名乗る男は、元々は某藩に仕えたれっきとした武士だったが、とある事情で浪人の身になってしまった人物。その後、源吉からひとふりの刀を与えられた迅鉄は、源吉とともにかつて彼が仕えた藩の剣術道場へと赴くことに。
迅鉄は道場で、師範代相手に見事な勝利を飾り、源吉はその話を聞きつけたかつての上役である奉行と面会を果たす。それこそが源吉の目的だった。源吉の馴染みで奉行の不正を目撃してしまった茶屋の娘・滝が奉行によって謀殺されたことを知った源吉は、しかし浪人の身であるために相手にされず、仇を討てずにいた。
迅鉄を利用することで奉行に面会できた源吉は、奉行の刺殺に成功するものの、駆けつけてきた藩士たちによって斬り伏せられてしまう。仲間と見なされた迅鉄にも藩士たちは襲いかかるが、迅鉄はそのことごとくを討ち果たす。
虫の息だった源吉の最期を看取ると彼を埋葬し、源吉に与えられた刀を墓標代わりに突き刺しその場を去ろうとする迅鉄。しかしそんな迅鉄に何者かから声がかけられる。振り向いた迅鉄は、そこで先ほど自分が突き刺した刀が言葉を話しているさまを見るのだった。迅鉄と同じく源吉によって改造され、人間から刀に変わったというそれは銘刀鋼丸と名乗り、自分も連れて行くようにと言う。
言葉を発せられない迅鉄と、多弁な刀・鋼丸は、その後、流れ者として諸国を旅することとなる。
登場人物・キャラクター
迅鉄 (じんてつ)
野州楡木の絹里という村の出身。彫り細工の職人であった父親が、絹里で横行していた渡世人一家によるみかじめ料の支払いを止めようと奔走した結果、殺害されてしまう。仇討ちとして渡世人一家と裏で手を結んでいた役人を殺害し、故郷から出奔。追っ手を返り討ちにしているうちに、自身も人斬り迅鉄の異名をとる渡世人として知られるようになる。 やがて100両という大金がかけられた賞金首となり、多くの賞金稼ぎから狙われるように。そんな中のひとり、犬使いの三太に襲われ、からくも返り討ちにするが犬に喉笛を喰いちぎられてしまう。瀕死の状態の迅鉄のもとに現れたのが一人の男。男は迅鉄が死亡したのを確認すると、その亡骸を自宅に持ち帰り改造を施す。 3か月後、迅鉄が意識を取り戻すと、そこには以前の自分とは異なる姿に成り果てていた。身体の半分ほどは鋼鉄製となり、顔も生身のものとはまったくの別物。さらに声帯も失われ、声は出せない。こうして半分機械の体となった迅鉄は、自分を蘇らせた源吉という男の復讐に巻き込まれることになる。 復讐の過程で源吉が死亡したため、迅鉄は源吉に与えられた元人間のしゃべる刀・銘刀鋼丸とともに依頼を請けて人を斬る渡世人として諸国を旅するように。やがてその風貌から鋼の迅鉄の異名で知られるようになったふたりは、迅鉄の故郷をはじめ、訪れる各地でさまざまな事件に巻き込まれてゆく。 剣術の腕はひとかたならぬものの上、歯車を手裏剣のように飛び道具として使用。また迅鉄が現れる際、たくさんのカラスが付き従っていることもある。自身の風体については、過去の怪我を隠すため鉄製のお面をかぶっていると偽ることが多く、改造されたことはごく一部の人間にしか明かさない。
銘刀鋼丸 (めいとうはがねまる)
迅鉄と同じく平間源吉によって改造され、人間から刀の姿になった。柄頭の近くに目が誂えられており視覚を有する上、言葉を発することも可能。ただし脳は刀のサイズに収まらないので迅鉄の頭部に同居させられており、迅鉄と距離が離れると喋られなくなってしまう。また迅鉄自身の脳と隣り合っているため、迅鉄の思考が読み取れ、また迅鉄が見る夢も共有(鋼丸が見る夢も迅鉄が共有する)。 普段は声を発せられない迅鉄の口代わりに、迅鉄が話しているように演じている。さまざまな技術が搭載されているため、普通の刀に比べると非常に重い。もともとは常陸国笠間のある藩に仕える武家の嫡男だったが、幼なじみの溪沢響と許嫁になる話がまとまった直後、父親が浪人に斬り殺されてしまう。 武士のしきたりで仇討ちの旅に出て、翌年高松で本懐を遂げるもそのときに負った傷が悪化し死亡。意識を取り戻すとそこは源吉の自宅で、しかも目と脳だけになっていた。鋼丸の希望で源吉は彼を刀に改造、偶然そのとき死んだばかりの迅鉄も源吉の自宅にあったため、脳を迅鉄の頭に収めることとなる。 源吉の死後、迅鉄とともに諸国を旅するようになるが、あるとき響と思いがけず再会。旅芸人の一座に身を寄せるようになっていた響は心を壊しており、行く先々で殺人を繰り返していた。それ以上の罪を重ねさせないため、自分自身で響を斬り裂く決意を固める鋼丸だったが、いざその場に直面すると、結局彼女の命を奪えず苦悩する。
平間 源吉 (ひらま げんきち)
賞金稼ぎとの戦いで死亡した迅鉄を、機械の体へと改造した蘭学者。また同じく仇討ちで死亡した藤波鋼丸を銘刀鋼丸へと改造した人物でもある。もともとはある藩に仕えるれっきとした武士だったが、あるとき自分の力を活かすため藩を辞めて幕府への仕官を上役に願い出るが、脱藩のみが認められたため浪人生活を余儀なくされる。 浪人になって困窮するようになると大麻やアヘンを密造し、それを売りさばくことで糊口をしのいでいた。あるとき茶屋で働く女性・滝がかつての上役の不正を知ったために殺害されたことを知るが、浪人の身であるがゆえに相手にされず復讐心を募らせる。迅鉄の剣の腕に目をつけ、死亡した彼を機械の体として蘇らせると共に藩の剣道場を訪問。 迅鉄の力を見せつけ、興味を持ったかつての上役と面会を果たし、見事復讐を遂げる。しかし駆けつけた藩士によって斬り伏せられ絶命。
お月 (おつき)
賞金首になる前の迅鉄の故郷である絹里で、酒場の看板娘をしている。かつて迅鉄と互いに心を寄せ合い、父親の復讐のため役人を斬って出奔した迅鉄のことを4年の歳月が経っても変わらず想い続けていた。機械の体になった迅鉄が故郷に舞い戻った際、当初は気づかなかったが、やがてその正体に勘付く。 ときを同じくして、偶然、迅鉄の父親を殺害した黒幕を知ってしまう。口封じのために殺されそうになるが、駆けつけた迅鉄によって命を救われる。姿形は変わってもお月は迅鉄に自分のそばにいてくれるよう乞うが、迅鉄は「迅鉄は死んだ」と言い残し、絹里を立ち去るのだった。
火渡りの錬司 (ひわたりのれんじ)
迅鉄が役人を斬って故郷を出奔してから知り合った顔なじみの渡世人で、ともに仕事を請け負ったこともある。顔の右半分にある大きな火傷痕が特徴。迅鉄が機械の体に改造されて蘇って再び渡世人として各地を旅するようになってからある地で再会した。かつて迅鉄と錬司が関わった仕事で無関係の人間を巻き込んでしまった過去を巡って対立。 一触即発の状態にまで至るが、一歩も引かない迅鉄を見た錬司は、争っても得るものはないと判断し身を引く。しかしそののち迅鉄と同郷である諒次郎との因縁や迅鉄を親の仇と狙う紅雀の丹など、さまざまな事情が重なり迅鉄と再び遭遇。丹は彼女が瀕死の怪我を負っていたときに命を救ったことで慕われるようになり、自分を「お父」と呼ぶ丹と一年ほど行動をともにしていた。 丹が自分に寄せる気持ちが父親に向けるものではないことに気づき、どんなときも非情でありたいという想いから丹と別れようと決意する。だが、諒次郎の罠にはまり手負い、丹の手を借りねばならぬ状況に陥ってしまう。 さらに諒次郎一派に追い詰められ、助けに入ったものの逆に討ち取られそうになった丹を守るため、その身に諒次郎の刃を受けた。虫の息のため駆けつけた迅鉄を丹だと誤解し、丹が迅鉄だと思っている親の仇が実は自分であることを告白して絶命。しかし丹はその場を去った諒次郎を追っていたため告白を聞いてはいなかった。 また事の次第をしたためた手紙が存在したが、信頼する相手が仇であったと思わせたくない迅鉄が破り捨てたため、丹は事の真相を知らないままとなる。
紅雀の丹 (べにすずめのまこと)
もともとは赤螽一家という渡世人一家の娘だったが、親分である母・赤螽が謀略により捕らえられ自害したため流浪の渡世人に。旅をするうえで好都合なため、普段は男性のように振る舞っている。怪我をして瀕死のところをたまたま通りかかった火渡りの錬司に命を救われ、以後、錬司のことを「お父」と呼んで慕い、後をついていくようになった。 赤螽を陥れた一件に迅鉄が関わっていたという噂を信じ、仇を討とうとしていたところ杉戸宿で迅鉄に遭遇。以後、迅鉄を付け狙うようになる。だが錬司と迅鉄が旧知の仲であり、さらに錬司の危機を迅鉄が救ったことを知り、一時的に矛を収めた。 それから手負った錬司を守ろうと努めるものの、その甲斐なく錬司は諒次郎なる渡世人の手にかかり落命。仇を討つべく諒次郎を追うが、返り討ちに遭い命を取られそうになったところに迅鉄が駆けつけた。丹を見逃すよう諭す迅鉄の言葉を拒否する諒次郎。ならば剣で決着をつけようとする迅鉄に気を呑まれた諒次郎の隙を見て、後ろから刺突し殺害。 なお死に瀕した錬司が、赤螽を陥れる一件に関わっていたのは迅鉄ではなく自分だと告白するが、丹は諒次郎を追っていたためその言葉を聞くことはなかった。さらに事の次第をしたためた手紙も存在したが、信頼する相手が仇であったと思わせたくない迅鉄が破り捨てたため、丹は事の真相を知らないままとなる。 それゆえにその後も迅鉄を仇と追うことに。しかし迅鉄と触れ合ううちに命を狙う意欲は失われ、むしろ何かと迅鉄を助力するようになってゆく。
諒次郎 (りょうじろう)
迅鉄と同じ絹里の出身で、迅鉄の幼なじみ。迅鉄より7つ年上で、子どものころはよく迅鉄の面倒を見ていた。迅鉄が役人を斬って出奔するより前に絹里を離れ、渡世人となる。機械の体に改造された迅鉄が各地を旅するようになってから、杉戸宿で再会。 世話になっていた親分・以造が火渡りの錬司に殺害されたことからその復讐の手助けをするよう迅鉄に依頼する。錬司とも旧知の仲であった迅鉄がこれを拒否したため、自ら手下を率い策謀を巡らせ錬司を討ち取ろうと画策。錬司の殺害には成功するが、錬司を「お父」と慕う紅雀の丹に追いすがられた。 返り討ちにして仕留めようとしたところ、丹とも奇妙な縁で結ばれた迅鉄がその生命を助けようとその場に駆けつける。丹を見逃すよう迅鉄に頼まれる諒次郎だったが、ここで見逃せばいずれ復讐に現れると拒否。ならば剣で決着をつけようとする迅鉄に気を呑まれた隙をつかれ、丹によって刺殺される。
朱女 (あやめ)
流れ者の壺振り師だが、壺に細工をして出目を操るイカサマで荒稼ぎをしている。元々は大店の娘だったが、父親が悪い高利貸しに騙され店を奪われたため一家離散となった。イカサマがばれてトラブルになっていたところを迅鉄に助けられた過去がある。その1年後、同様にイカサマがばれて殺されそうになるが、今度は迅鉄を追う紅雀の丹に救われた。 丹が男姿で旅をする少女であることを即座に見抜くなど、眼力は鋭い。イカサマ師を辞め、まっとうに働こうと知り合いが旅籠を営む犬伏宿を訪れ、そこで生き別れた弟・雪衛が自分そっくりの美人画を描く絵師として評判を得ていることを知った。悪事に染まった自分には雪衛に会う資格はないと考えるが、雪衛が親切心から赤の他人の借金を背負い雁字搦めになっていることも知ってしまう。 雪衛を自由にするため、雪衛を借金漬けにしている悪徳渡世人・枳栄多郎の元を訪れ、身体を許す代わりに栄多郎の賭場で壺を振ることを許された。賭場が開かれる2日前、雪衛の家に素性を隠して賭場に来るように誘い、当日はイカサマを駆使して雪衛を勝たせる。 しかし最後の大勝負の際、雪衛のツキを怪しんだ栄多郎によってイカサマが見破られてしまう。賭場荒らしとして殺されそうになったところに、迅鉄がかけつけ、すんでのところで命を救われる。さらに栄多郎がかつて父親を騙した相手であることを迅鉄によって知らされた。 そのまま栄多郎は迅鉄が始末したため、江戸に上る雪衛と一緒に行くという選択肢もあったが、弟の荷物になりたくないと考え、再び流れ者になることを決意。のちに別の地で迅鉄らと再会する。
溪沢 響 (たにざわ おと)
人間だったころの銘刀鋼丸の幼なじみで許嫁だった女性。父親の仇討ちに旅だった鋼丸が死亡したという情報がもたらされ、その後を追おうと海に身を投じる。重傷を負ったものの死にきれずにいたところに、旅芸人・円月一座に助けられた。一命は取り留めたが、顔や手足に一生消えない醜い傷跡が残されてしまう。 なりゆきで円月一座の一員となるが、その後も自殺未遂を繰り返す。そうした様子を見かねた座長の創月によって、かつて彼が腕利きの人形師だったころの技術を用いて傷跡を隠してもらう。ただしその技術はあくまで人形のためのものであり、よく見れば人工物であることが明白なもの。以降、響は創月によって作られた精巧な自動人形・玉響であると称し、円月一座の名物出し物として振る舞うようになった。 自分を救ってくれた創月に感謝の念以上の感情を抱くが、彼が自分に施す技術が人形師のそれであり、自分のことを人形として大切にしているように感じ始める。それが普通の女性たちへの屈折した想いにつながり、いつしか何の罪もない女性たちを夜な夜な殺害して回るようになってしまう。 そうした際、偶然迅鉄とともに諸国を旅する刀に改造された鋼丸と邂逅。事の次第に気づいた鋼丸は、響に罪を重ねさせないため自らの刃で始末をつけようとするが、結局命を奪うことはできなかった。しかし創月も響の行いに気づいており、また創月なりに響を愛していた。 響は一座の雪暮夜心中追分という演目の本番中、ラストシーンで実際に創月に刺され、自らも刺していた創月とともに落命する。
創月 (そうげつ)
諸国をめぐる旅芸人・円月一座の座頭を務める男性。かつて見世物小屋用の人形を作る腕利きの人形師として知られていたが、いくら精巧に創りあげても人間には及ばない人形に限界を感じ、一座を起ち上げて芝居の世界に身を投じた。あるとき鋼丸の訃報に触れた溪沢響が、そのあとを追おうと自殺を図るも死にきれずにいたところに遭遇。 響の命を救ったのち、一座に迎え入れた。しかし顔や手足に醜い傷跡が刻まれた響がその後も自殺未遂を繰り返したため、自身の人形師としての技術を用いて傷跡を隠す。ただしその技術はあくまで人形のためのものであり、よく見れば人工物であることが明白なもの。以降、響は創月によって作られた精巧な自動人形・玉響であると称し、円月一座の名物出し物として振る舞うようになった。 創月なりに響を愛していたが、響の方は人形として大切にされているように感じてしまう。それが生身の女性への屈折した感情となり、いつしか響は夜な夜な罪もない女性たち殺害するように。それに気づいた創月は、自分の過ちを悟り、雪暮夜心中追分という演目の本番中、ラストシーンで自らを刺した上で響を刺し、舞台上で実際に心中を果たす。
古河 小宵 (こが さよい)
酷薄な渡世人・千羽の新次郎の娘として生を受けるが幼いころに母親が没すると、新次郎が用意した乳母に懐かず、もてあました新次郎が昔なじみの武芸者・古河の養女にさせた。古河は双刃新顕流という流派の道場を営んでおり、小宵も習い始めたところ、15歳になるころには古河の門弟たちが誰も勝てないほどの達人へと成長。 古河はその事実を気に入らず、また渡世人と関わっていたという過去を隠したいという思いもあり、小宵を他家に嫁がせようとする。そんな折、新次郎が迅鉄の手にかかって斃れたという一報が千羽一家の者から寄せられた。幼いころに別れたきりの新次郎には親愛の情は持ち得なかったが、しかしそれまでの生活に倦んでいた小宵は、仇討ちを名目に古河家を離れることを決意。 道場の下働きの青年・風嶽を伴い、迅鉄を追う旅に出る。迅鉄と初対戦した際には、「女は斬らない」として本気を出さなかった迅鉄相手とはいえ手傷を負わせた。さらに紅雀の丹とも剣を交えるが、これを圧倒。
続編
黒鉄・改 〈KUROGANE-KAI〉 (くろがねかい)
冬目景の『黒鉄〈KUROGANE〉』の続編。半身が機関(からくり)仕掛けの渡世人の迅鉄と、その相棒である銘刀鋼丸の旅路を描いた和風ファンタジー道中記。無常感を前面に押し出しつつも、人と人の心温まるつな... 関連ページ:黒鉄・改 〈KUROGANE-KAI〉