概要・あらすじ
すっかり世間から見向きもされなくなった映画監督の伊万里大作は、街角で出会った怪しい易者の占いに従い、丘の上に立つ洋館を訪れる。そこでは人ならぬ者たちが大作を待ち受けていた。映画監督である大作を見込み、現実の世界で理屈で割り切れない事件をでっち上げてほしいというのだ。そして大作は、資金と、実際に動き回る役者として、どんな人間にも変身できる美女I.Lを与えられる。
その日から大作とI.Lは世界中を飛び回り、I.Lの能力を使ってさまざまな人間たちが抱く欲望に関わり、時に望みを叶え、時に破滅へと導いていく。
登場人物・キャラクター
伊万里 大作 (いまり だいさく)
かつては押しも押されぬ一流映画監督だったが、今は落ちぶれてしまっている。易者に導かれて奇妙な屋敷に迷い込み、そこにいたアルカード伯爵から「理屈で割り切れない事件を思いつくままにでっち上げてほしい」と依頼される。資金と実際に動き回る役者は彼が提供するという。役者として美女I.Lを与えられる。
アルカード伯爵 (あるかーどはくしゃく)
伊万里大作に資金を提供し「理屈で割り切れない事件を思いつくままにでっち上げてほしい」と依頼する。現世では「アルカード伯爵」と呼ばれていると名乗る。名前のつづりの「ALUCARD」を反対から読むと「DRACULA」となるため、大作はドラキュラではないかと思っているが、その正体は謎に包まれている。大作にI.Lを与える。
I.L (あいえる)
アルカード伯爵から伊万里大作に役者として与えられた美女で、アルカード伯爵の姪。どんな姿にでも変身することができる。大作の命を受けてさまざまな人間に変身し、事件を引き起こす。変身して人間の願いを叶えるなかで、やりきれない事情に遭遇して自己嫌悪に陥ることがあると、ニンニクを食べて胸に杭を打ち、自らを痛めつける。 次第に人間としての心を身に着けていき、マネキンの身代わりを頼んできた永竹には恋心に似た思いを抱いた。他人の身代わりばかりしている自分には、真剣な恋ができないのだろうかと思い悩む。
フラレルノ
某国の元大統領。クーデターが起きて新政権が樹立された際に、捕らえられ、2日後に死刑執行が予定されている。以前に第十夫人のマヤ子が堕胎手術を受けた時に、密かに財宝を腹の中に隠していた。マヤ子を心から愛している。
マヤ子 (まやこ)
フラレルノ大統領の第十夫人だったが、クーデターが起きて新政権が樹立されたため、いち早く故国である日本へ亡命した。そのことで世間から激しく非難されている。亡命寸前に堕胎手術を受けた時に、体内に大統領の財宝を隠された。財宝は50億ドルの宝石だと言われており、それを当てにして日本でも贅沢な生活を送っている。
永谷
日本に亡命してきたマヤ子夫人に近づいてきた男性。夫人が亡命寸前に手術を受けていたことを知っており、かつ夫人の体重が異常に重いことから、体内にフラレルノ大統領の財宝が隠されていると推測。マヤ子夫人に開腹手術を受けさせて、下腹部に埋められた袋を取り出させる。
志帆子 (しおこ)
5年前から蛾に異常な執着を示し始めた夫に恐怖を抱き、伊万里大作を通してI.Lに調査を依頼した女性。蛾の卵と毛虫を育てるために夫が作った温室に火を放ち、志帆子に変身したI.Lに夫がどのような反応をするか確かめようとした。
ベリコフ
スラブリア人民共和国の国立人形映画スタジオのチーフ。1年前から政府が国民の統制を強めたため、国立人形映画スタジオの代表であるルンカを亡命させようと、伊万里大作とI.Lに協力を仰ぎ、I.Lにルンカになりすまして1ヵ月間スタジオにいてくれるよう頼む。ルンカとはかつて夫婦だったが、彼女が政治運動に夢中になり離婚したという過去がある。
ルンカ
スラブリア人民共和国の国立人形映画スタジオの代表。政府の弾圧を逃れ、自由を求めて亡命するために伊万里大作とI.Lに協力を仰ぐ。ベリコフと10年前に結婚していたが、政治運動に走って地下抵抗組織のリーダーとなり、離婚をしている。
永口
天才教育で有名な教授。息子の永口保を誘拐され、身代金として家族に現金を持ってこさせるように命令されたため、保の姉である永口幾子に変身して身代金を届けるようにI.Lに依頼する。天才教育に妄執し、子供たちに自由を与えず3歳からフランス語と代数を教えていた。
永口 幾子
永口の娘。東京大学法学部の3年生。学生運動に身を投じており、父親からは不出来な娘と思われている。自分の子供をエリートにすることだけに執着し、幼い頃から天才教育を強要してきた父親に強く反発している。
永口 保
永口の息子。誘拐され、身代金として500万円を要求された。まだ幼いため、父親の天才教育を素直に受け入れており、姉の永口幾子と違って出来がいいと父親から期待をかけられている。万が一誘拐されて危害を加えられそうになったら、常に隠し持っているナイフで相手を刺せと教育されている。
ブルーメン芳子
新宿辺りをねぐらにしているヒッピー娘。全身に花の刺青を入れている。ある日、伊万里大作が扉を開けっぱなしにしていた車に勝手に乗り込んできて、それ以来大作の家に居ついた。女性芸術家の菊地に体中に花を彫ってくえるように頼み、アトリエに通い続けるうちに恋愛関係になった。体中がすべて花の刺青で埋められたら、ニューギニアに旅行したいという夢を持っている。
菊地
半年ほど前にブルーメン芳子と出会い、体中に花を彫ってほしいと頼まれた女性。本業は剥製師で、道楽として彫り物をしており、刺青を「スキン・イラストレーション」と呼んでいる。アトリエに毎日通ってくる芳子と恋愛関係になり、強い執着心を示す。
永竹 (ながたけ)
I.Lに1日だけマネキン人形の身代わりをするように依頼した男性。I.Lに身代わりをさせている間に、秘かにマネキンの中に爆弾を仕込み、スーザン・オリンポス国務長官を自分が経営するデパートに呼びだしてを殺そうと画策する。オリンポスとは古い知り合いで、今でも想いを寄せている。
スーザン・オリンポス (すーざんおりんぽす)
アメリカ政府きってのハト派で、女性で初めての国務長官。ベトナム戦争休戦の一番の立役者でもある。政府内でハト派の柱として活躍しており、反対派から命を狙われている。永竹とは国務長官になる前からの知り合い。
富永
大和製粉の女社長。3年前に父親の跡を継いで以降休みなく働いていたが、秘かに静養を取るためI.Lに身代わりを頼んだ。大和製粉の本社は奈良県の天理市に置かれており、富永一族の長は一族の血を存続させるため、耳成山の穴森にある先祖の墓へ年に一度閉じこもって、祈りを捧げるというしきたりがある。
笠間
富永社長の従兄弟で、大和製粉の常務。富永が父親から会社を受け継いだ際、忙しさにかまけて一族のしきたりを果たすことを怠っていたため、何度も穴森へ行くように促していた。非常に有能な人物だが、社内に設置された礼拝堂に朝夕こもって祈りを捧げるという信心深い一面もある。
小山 (こやま)
太田村病院の看護師。病院で飼っている動物たちが毎朝死んでいくのを見て怖くなり、I.Lに替え玉として自分の代わりに病院で働いてくれるように頼む。替え玉に気づいた院長にI.Lが捕らえられ、薬を調査するために来たと疑われて毒薬を飲まされる。
院長 (いんちょう)
太田村病院の院長。遺跡から発掘された貝殻の内側に書かれた古代文字を解読し、古代人が使用した毒薬を再現した。毒薬の実験に病院で飼っていた動物を使い、すべて殺してしまう。妻が末期ガンで自分の病院に入院していたが、完成した毒薬を飲んで妻は死んでしまう。それを小山に目撃されて、秘密を守るために閉じ込める。小山がI.Lに入れ替わったことに気づいている。
ボブ・ヘンリード (ぼぶへんりーど)
元アメリカ軍兵士。ベトナム戦争に従軍した時に、軍人ではない現地の民間人女性を5人虐殺し、その罪で軍事裁判にかけられそうになったためアメリカ軍から脱走した。フラレルノ大統領の第十夫人であるマヤ子にI.Lが扮した噂を聞きつけて手紙を出した。I.Lを自分が殺したことになっている5人の女に変身させて法廷で証言させ、無実を主張しようとする。
弟子原 (でしはら)
伊万里大介の昔からの知人で映画監督。わいせつな作品として問題視される映画を制作して名を上げた。美人だが頭の空っぽな女優を好んで出演させる。以前に弟子原の映画に出演した五目側女(ごもくそばめ)が自殺しており、その死を不審に思った側女の母親が彼を調査するようI.Lに依頼した。弟子原好みの女優に変身したI.Lを起用し、演技指導と称して裸にしてさまざまな方法で痛めつける。
瀬山 明 (せやま あきら)
視神経障害で先天的に目が見えなかったが、20歳の時に手術を受けて見る力を手に入れた青年。ずっと励まし続けてくれていた隣の病室の桑田みゆきに恋をしており、目が開いたら結婚しようと思っていた。自分を醜いと思っているみゆきが失望されるのを恐れて、顔を見られる前に姿を消したと聞き、一度だけでもいいから会いたいと願っていたところを呼び出される。
桑田 みゆき (くわた みゆき)
瀬山明の隣の病室に入院していた。手術を受ける前の明を見舞って励まし続け、恋人関係になった。しかし目が見えるようになった明に自分の顔を見られることを恐れて、いったんは姿を消す。I.Lに自分の代わりに明に会ってくれるように依頼する。
可世子 (かよこ)
1年前に伊万里大作と離婚した元妻。落ち目の映画監督になった大作を見限り、実業家と再婚した。今はその実業家とも別れ、赤坂で「可世井」という料亭を営んでいる。美しいが、かなりの浮気性。新幹線のなかで偶然に大作と再会するが、その時も謎の男と連れ立っていた。日本政府が出資しているルボリヤ共和国の鉄道橋工事に関して重要な秘密を知ってしまい、命を狙われている。
ファンドン・ペルソッフ (ふぁんどんぺるそっふ)
ルボリヤ共和国から日本に来ている留学生。可世子と同様に、日本政府が出資している鉄道橋の工事に関する不正の情報を知り、命を狙われている。I.Lが扮した可世子と伊万里大作に助けられて祖国へ帰り、工事を担当している父親に証拠を突きつける。不正を証明する書類を届けるために車を運転中に襲撃を受け、自分は全身に大やけどを負い、恋人のマーレアを失ってしまう。
片瀬、多村
片瀬は日本政府の政務次官で、多村は多村建設の社長。互いに共謀して、ルボリヤ共和国と日本政府の間に結ばれている賠償協定に基づいた鉄道橋建設費予算の一部を、かすめ取ろうとしている。それを可世子とファンドン・ペルソッフに知られ、2人を秘密裏に始末しようと手を回す。