「家族を知らない殺し屋」と「家族の愛情を実感できない少女」の物語
殺し屋「J」こと山田純一は孤児として育ち、ヤクザの手先として幼少期を過ごした。それは家族の温もりを知らずに大人になったことを意味しており、のちに小学生の赤星恵と体が入れ替わったことで、初めて母親という存在と向き合うことになる。一方、恵は裕福な家庭に生まれながらも、母親の厳しい躾(しつけ)に堪えかねて家を出てしまう。のちにJと体が入れ替わったことで自由な時間を手に入れるが、世の中には法律では裁けない悪人が存在することを知り、Jの仕事を手伝うようになる。それぞれ異なる孤独を抱えた二人の主人公が、入れ替わり生活を通じて何を得るのか。そんなハードボイルドな方向に舵を切ることも可能なキャラクター設定により、作品に深みを与えている。
ひた向きにハードボイルドを追求する殺し屋の姿が笑いを誘う
純一が美学を持ったプロの殺し屋「J」になれたのは、ハードボイルドとの出合いがあったからにほかならない。映画や小説に登場する男たちのハードボイルドな生きざまにあこがれ、それを自ら体現することで、殺人を楽しむモンスターに変貌することなく今日まで生き延びてきたのである。しかし、ハードボイルドを追求するあまり、時には奇行に走ることも少なくない。読めもしない洋書を自室の本棚に陳列しているのも、仕事帰りにわざと雨に濡れながら歩いたりするのも、ハードボイルドな自分を演出するための涙ぐましい努力である。本人は「ハードボイルドな振る舞いによって強者のオーラを醸し出すことができる」「オーラで相手を畏怖させれば紙一重の攻防を制することができる」という旨の完璧な理論武装を展開しているが、一部の心ない者からは「ハードボイルド馬鹿」とストレートに罵られている。一方、Jと体が入れ替わった恵は少女漫画「ハチャメチャなKISS」の手法を取り入れた独自のハードボイルドを考案し、女性を次々と魅了することに成功している。
その場しのぎの設定が生んだモンスターのような狂人「M」
殺し屋「J」こと山田純一は、小学生の恵と体が入れ替わったことを仲介人の柳に打ち明けることができず、恵の肉体で仕事を続けるための策を模索していた。そこで思いついたのが、少女の姿をした自らを、Jの教え子「M」として柳に紹介して仕事を請け負うという方法だった。殺し屋として働きたがっている少女という荒唐無稽な存在に説得力を持たせるため、Jは以下のようなストーリーを考案し、Jの姿の恵に語らせることにした。その内容を要約すると「MはJが海外で拾った孤児で、出会った時から人や犬を殺して生で食べていた狂人であり、これを継続しないとMは精神の均衡を保てない」というものである。ホラ話を真に受けた柳は恐れおののき、Mを始末した方が世のためだと断言しながらも、Mによる殺戮を防ぐためにガス抜きとして殺し屋の仕事を紹介してくれるようになった。その後、柳と殺し屋・マリーのカンちがいによって、Mは「本物の赤星恵を殺害し、自分の顔を恵とそっくりに整形して赤星家に潜り込んだ狂気の悪魔」と認識されるようになる。また、Jの学力で優等生を演じ続けることにも無理があり、同級生からは「殺生石に封じられていた狐に取り憑かれて豹変した」という異次元の設定が付与されてしまう。このように、次第に独り歩きするMの設定に振り回されるJの様子も本作の見どころとなっている。
登場人物・キャラクター
山田 純一 (やまだ じゅんいち)
「J」と名乗る殺し屋の男性。年齢は、周囲の見立てによれば40代。右こめかみと左頰に傷があり、身長180センチ半ばで、体はよく鍛えられている。黒髪をポマードで七三に分け、輪郭に沿って髭を生やしている。黒いスーツに黄土色のトレンチコートといういでたちで、明らかに堅気ではないハードボイルドな雰囲気を放っている。グリップにJと刻んだM1911A1を「Jガバ」と名付けて愛用しており、中学生ガンスミスの夜桜メイにメンテナンスを依頼している。ほかに、デルタエリートやウィルソン・コンバットの1966A2なども所有しているが、名称がわからず、すべて「ガバメント」と呼んでいる。元々は孤児で、幼少期からヤクザの手駒として働かされていた。組織に裏切られて命を狙われたこともあったが、刺客を返り討ちにして三つの組織を壊滅させ、裏社会でもアンタッチャブルな存在として認識されるようになった。ある日、赤星恵と体が入れ替わり、赤星家で恵として生活しながら、Jの教え子「M」として仕事もこなすようになる。以前から標的以外は殺さない美学を貫いていたが、恵に諭されて標的を悪人に限定するようになった。当初は少女の肉体で銃を扱うことに違和感を覚えていたが、持ち前のセンスですぐに順応。元キックボクシングの日本ランカーをナイフで仕留めるなど、拳銃を失った状態での戦いにも精通している。一方で、学業には苦戦を強いられており、恵の母親である赤星聖子には頭が上がらない。なお、ハードボイルドな振る舞いに余念がなく、仲介人の柳や同業のマリーからは「ハードボイルド馬鹿」と揶揄されている。
赤星 恵 (あかほし めぐみ)
新宿区立金満小学校に通う3年生の女子。日米のハーフで銀色の髪を長く伸ばしており、銀色の瞳を持つ。成績優秀だが、何事も一度で覚える天才肌ゆえに、物覚えの悪い人間を無自覚に煽る悪癖がある。また、内気な性格で、クラスの男子から「ガイジン」呼ばわりされている。母親の赤星聖子は俗に言う教育ママで、赤星恵の私室には「時間を守れない人間はゴミクズ」「100点以外はゴブリン」「欲しがりません勝つまでは」などの標語が貼られている。その厳しさは殺し屋の山田純一(J)でも泣きを入れるほどで、「看守と囚人」に例えられるほどの親子関係となっている。また、日々の食事も栄養摂取だけを考慮した献立で、Jに言わせれば「家畜の食事」である。ある日、家出の最中にJと体が入れ替わり、彼の部屋に住むようになった。着ぐるみパジャマを購入して悠々自適な暮らしを楽しんでいたが、怠惰な生活が祟って体重が増え、シェイプアップを義務づけられた。Jが「M」として活動する際には留守番をしていることが多い。ただし、Jの元の肉体が必要な場合はJのふりをして打ち合わせに同席したり、現場に出たりすることもある。仕事によっては、勇敢にも空砲を手におとり役を務めることもある。なお、Jに頼まれてハードボイルドを勉強した結果、Jが見惚れるほどの演技力を身につけた。特に愛読している少女漫画「ハチャメチャなKISS」の手法を取り入れた独自路線は女性に大人気で、色仕掛けを得意とする殺し屋・マリーすら赤面させた。中学生ガンスミスの夜桜メイもメロメロになっているが、Jの目指すハードボイルドは硬派なものであるため、プレイボーイな方向性のハードボイルドは控えるように注意されている。
書誌情報
J⇔M ジェイエム 4巻 KADOKAWA〈ハルタコミックス〉
第1巻
(2023-10-14発行、 978-4047376526)
第2巻
(2024-02-15発行、 978-4047376533)
第3巻
(2024-07-12発行、 978-4047379404)
第4巻
(2024-12-13発行、 978-4047381001)