概要・あらすじ
認定セックスセラピストの資格を持つ霜鳥壱人は、性にまつわる悩みを相談できる専門機関「すずしろノースクリニック」で、相談に訪れる患者たちの悩みに向き合う日々を送っている。この日、クリニックを訪れた大村梨沙は、壱人に向かって言いにくそうに、夫の大村雄祐とセックスレスであることを打ち明ける。きっかけとなったのは半年以上前、セックスの最中に雄祐の性器が萎えてしまったことにあった。それ以来、セックスをしようとするたびに同じことが起きるようになり、その結果、雄祐は梨沙に触れようとしなくなってしまう。この状況を打開しようと、梨沙は雄祐と共に泌尿器科を受診したものの、機能的にはなんの問題もなかったため、医師からはセックスセラピーを受けることを勧められ、半信半疑ながらも壱人を頼ることにしたのだ。しかし、来院したのは梨沙一人。壱人は、雄祐が来院しなければ意味がないことを梨沙に伝えると、梨沙は次回雄祐を連れて来院する約束をして帰路につく。しかし、梨沙は雄祐をクリニックに連れていく自信がなかった。雄祐は治療に消極的で、セックスセラピーの話をしても何も解決しないと一蹴し、夫婦のあいだに入った亀裂は深まるばかりだった。そんな中、梨沙が帰宅すると雄祐が自慰をした痕跡を発見。複雑な気持ちになりながらも、雄祐にセックスセラピーを受けに行こうと改めて伝えるも、取り付く島もなくそっぽを向かれてしまう。そんな雄祐の姿に腹を立てた梨沙は思わず、一生勃(た)たなくていいのかと罵るが、梨沙の言葉で頭に血が上った雄祐は、近くにあった時計を投げつけ、梨沙にケガを負わせてしまう。その後、自分のしたことに責任を感じた雄祐は、梨沙に言われるがままセックスセラピーを受けることをしぶしぶ承諾する。そして夫婦そろってクリニックを訪れた二人だったが、壱人に対して日常の夫婦生活についてあけすけに語る梨沙を目の当たりにした雄祐は、恥ずかしさとみじめさに我慢できず、結局その場を逃げ出してしまう。夫婦にとってセックスは必要なのものだと考えている梨沙は、まるで自分だけがセックスに積極的であるかのような状況に複雑な心境を抱く。そして、どうして自分たちだけがこんなに苦しい思いをしなくてはならないのかと、やりきれない思いを壱人にぶつける。(第1話「セックスレスとED①」~第3話「セックスレスとED③」)
中学2年生の三枝麻紀は、通学時に電車の中で盗撮被害に遭ってからというもの、精神的につらく苦しい日々を送っていた。学校でも気分が優れないことが多く、通学時にはつねに制服のスカートの下にジャージのズボンを着用するようになっていた。盗撮の犯人、池内俊幸はその場で取り押さえられたが、加害者側が弁護士をつけた結果、示談となる。しかし、麻紀の中では何一つ問題は解決しておらず、ふつうの生活を送るだけでも恐怖心を感じるようになり、元通りの日常を取り戻すことはできないまま、これが一生続くかと思うと絶望すら抱くようになっていた。その結果、電車での通学も困難となり、徒歩圏の学校への転校を余儀なくされてしまう。一方、加害者である俊幸は、示談になったことで事件が会社に知られることもなく、また妻以外の家族もこの事実を知らされておらず、子供のためにも離婚はしないとう妻の意向により、何一つ変わらない日々を送っていた。実は大学1年生の頃から実に20年ものあいだ盗撮を続けてきた俊幸は、盗撮に依存しており、今回が2回目の示談だった。再犯防止のためカウンセリングを受けることになった俊幸は、「すずしろノースクリニック」の霜鳥壱人のもとへ通い始める。そこで俊幸は当時の状況を、「相手が盗撮に気づいても抵抗しなかったためカンちがいした」と語っており、あたかも被害者の麻紀が撮ってほしいと寄って来たかのような、自分本位な言い訳に終始し、自分の行為を正当化しようとしていた。カウンセリングを受けたあと、壱人は「捕まりたくないから盗撮はしない」と語った俊幸に、罪の意識が低いことを問題視。俊幸に性犯罪加害者の再犯防止のために行われるグループセッションに参加することを求める。俊幸はそこで、過去に性犯罪被害に遭って苦しんでいた佐伯しおりから、被害者の生の声を聞くことになり、ようやく自分の犯した罪の重さを認識する。そして心を入れ替えることを決意するが、盗撮事件が会社に知られることとなり、家では麻紀のクラスメイトでもある息子の池内孝にも知られ、妻からはついに離婚届を突きつけられてしまう。一気に絶望の淵(ふち)へと突き落とされた俊幸は、これまで抑えていた感情が爆発。自暴自棄になって再び盗撮を行おうと準備を始める。(第10話「盗撮依存症①」~第13話「盗撮依存症④」)
実はセックスセラピストの壱人自身もセックスについて悩みを抱えていた。何年も前からセックスに恐怖心を抱いており、セックスをしたいと思って行動に移しても、いざその瞬間になると性行為に対して嫌悪感を覚えてしまう。壱人がそうなった原因は、彼が小学5年生の時、ママの不倫が発覚したことがきっかけだった。ある日、パパに連れられて壱人が向かったのは、ママと新川の不倫現場だった。そこで壱人は、リビングのソファで全裸でセックスに興じる母親の姿を目のあたりにすることになる。窓越しにその様子をパパに強制的に見せられながら、あれがセックスだと教えられ、パパはハンマーでガラスを叩(たた)き割って家の中に侵入し、そのハンマーを不倫相手の新川の足に何度も振り下ろすという凶行に及んだ。そのすべてを壱人は目の当たりにして、パパは「深く関係がつながるほど壊れた時は悲惨なんだ」とつぶやき、人間関係の難しさを壱人に刷り込んでしまう。それが原因で、壱人はセックスがトラウマとなり、人と深くかかわることを遠ざけるようになり、暗い闇が心と体を支配するようになったのである。そんな中、当時思いを寄せていたクラスメイトの市之瀬祐美との18年ぶりの再会により、壱人はこんな自分を変えたいと強く願うようになる。しかし、そんな自分の正直な気持ちを伝えようと決意しても口に出せず、祐美との関係は複雑にねじれ、こじれてしまう。そして壱人は祐美に自分の抱える悩みを何も打ち明けることができないまま苦悩し、結局祐美に一方的に別れを切り出すのだった。(第19話「セックスが怖い①」~第21話「セックスが怖い③」)
登場人物・キャラクター
霜鳥 壱人 (しもとり いちと) 主人公
「すずしろノースクリニック」の精神科医を務める男性。認定セックスセラピストとして、性にまつわるさまざまな悩みを抱える人々の相談に乗っている。つねに仕事優先のいわゆるワーカホリック。担当の患者に対して介... 関連ページ:霜鳥 壱人
犀川 優太 (さいかわ ゆうた)
「すずしろノースクリニック」の看護師を務める男性。甘え上手で底抜けに明るい性格をしている。仕事にはまじめに取り組む一方で、他人の悩みに対してまったく共感しないタイプ。左耳にはたくさんのピアスが開けられており、チャラい印象を与える。プライベートでもセックスに対する執着は強く、セックスだけを目的にインターネットで見ず知らずの女性と約束を取りつけ、会うことも少なくない。その際は、あと腐れのないセックスフレンドの関係を希望している。
江戸川 智鶴 (えどがわ ちづる)
「すずしろノースクリニック」の精神科医を務める女性。おさげ髪のぽっちゃり体形で、眼鏡をかけている。認定セックスセラピストとして、さまざまな性のみを持つ人々の相談に乗っている。
市之瀬 祐美 (いちのせ ゆみ)
人気の女子アナウンサー。性欲が強く、自分が本当に楽しめるセックスがしたいとつねに考えている。しかし、仕事柄自由に振る舞うことができず、自分の欲望にふたをしていることにストレスを感じている。市之瀬祐美自身の心を満たすために高級ホテルに宿泊し、自慰行為に没頭している。世間的に性に積極的な女性には否定的な目を向けられがちで、ジェンダーバイアスに縛られている状況に不満が溜まっている。実は「加瀬南口クリニック」に通院中で、担当医の加瀬鈴鹿に性に関する悩みを相談し、カウンセリングを受けている。小学5年生の時の霜鳥壱人のクラスメイトで、壱人にひそかな思いを寄せていた。当時から愛嬌(あいきょう)があり、クラスの中でも目立つ存在だった。ある時、花壇で勢いに乗じて壱人にキスをした。しかしその後、壱人が突然転校してしまったため、音信不通になってしまう。それから18年後、町を歩いていた時に偶然にも壱人と再会。この時は立ち話をするに留めるが、2度目の偶然をきっかけに互いの連絡先を交換した。思い切って自分の思いを告白するも拒絶されてしまうが、壱人の方からキスしてきたり、セックスの流れになっても何もしなかったりと、壱人の言動につねに悶々(もんもん)と頭を悩ませている。その後、壱人から交際を申し込まれ、正式に付き合うこととなるが、それがスキャンダルとして大々的に報道されてしまう。生放送ではうまくその場を取り繕うように求められたが、共演者から突っ込まれた末に、祐美自らが交際宣言をして、壱人との交際を認める形になってしまう。しかしその後、壱人から一方的に別れを切り出され、一度は受け入れるものの、改めて壱人のもとを訪れた際、そこで初めて壱人が抱いていた大きな悩みについて聞くこととなった。一人暮らしながら掃除も料理も苦手で、忙しさのあまり部屋はかなり散らかっている。
加瀬 鈴鹿
「加瀬南口クリニック」の医師を務める女性。霜鳥壱人や市之瀬祐美の主治医を担当している。患者には親身になって真剣に向き合い、寄り添うのを信条としている。壱人の過去についてもある程度知ったうえで、時間をかけてカウンセリングを行っている。
石川 凛太郎 (いしかわ りんたろう)
市之瀬祐美の見合い相手の男性。年齢は29歳。商社に勤務しており、趣味は旅行や料理、映画鑑賞とボルダリング。自分の父親と祐美の父親が古くからの知り合いだった関係で、祐美との見合いの話が進められた。だが、祐美と同様に交際中の相手がいるにもかかわらず、両親によって強引に見合いの話が進められため、断る機会を失ってしまう。結局祐美と見合いをすることになったが、互いに同じ状況にあることを打ち明け、見合いはうまくいかなかったと話を合わせることにした。優しい性格で、紳士的に振る舞っている。実際に両親が見合い結婚をして幸せな結婚生活を送っているため、きっと自分にも見合い結婚をしてほしいのだろうと察して、強引に見合いを進めた両親に対しても気遣いを見せた。
市之瀬 円花 (いちのせ まどか)
市之瀬祐美の妹。実家で両親と暮らしており、マッチョ系の男性が好み。祐美の性格をよく理解しているため、妹ながら祐美の支えとなっている。実は、母親の市之瀬映見と父親が10年以上前からオープンマリッジの関係にあり、夫婦関係にはあるものの、互いの合意のもと婚外交渉を行っていることを知っている。母親にどうしてオープンマリッジの関係を選んだのか直接聞いこともあり、現在はそんな夫婦の形に理解を示し、応援している。それを祐美にも話したが、ショックを受けている様子だったため、後日改めてカフェで両親のオープンマリッジについて話し合った。
市之瀬 映見 (いちのせ えみ)
市之瀬祐美と市之瀬円花の母親。祐美本人の承諾を得ずに、夫の古くからの友人の子供、石川凛太郎とのお見合いをセッティングした。祐美と霜鳥壱人のスキャンダルについても知ってはいるが、どうせ遊びだろうと気にしていない。威圧的ではないものの、昔から自分がいいと思ったことは強引に勧めたがる傾向にあり、祐美や円花からは思い込んだら絶対に引かない意固地な性格と認知されている。凛太郎との見合いをお断りしたと報告にやって来た祐美に、凛太郎のほかにも候補者はたくさんいると、祐美と同じ大学出身の男性の写真を見せ、次の見合いを勧めようとした。しかし祐美から強く拒絶されたため、引き下がらざるを得なくなった。実は夫の母親から、祐美のスキャンダルや結婚しないことを責められていたため、義母と娘のあいだで板挟み状態となっている。その後、自分の行動を反省し、強引に見合いを進めたことを祐美に謝罪した。夫とは10年以上前からオープンマリッジの関係にあり、夫婦関係にはあるものの、互いの合意のもと婚外交渉を行っている。子供が生まれてから徐々に生活リズムがすれ違うようになり、夫とはいつの間にかセックスレスになってしまう。その状態が長くなって互いにプレッシャーを感じ始め、夫婦関係の破たんが脳裏をよぎったこともあった。思い切って夫婦でカウンセリングを受けた際、オープンマリッジを勧められ、実践するようになった。最初は抵抗があったものの、次第にお互いにとってベストな形なのではないかと気づくに至った。それ以来、夫とのコミュニケーションも増え、何気ない会話や二人だけのデートもするようになった。現在は夫を信頼しており、一生を添い遂げたいという気持ちを持っている。お互いに対等で、自由を尊重し合っている今の関係に満足している。
パパ
霜鳥壱人の父親で、ママの夫。ママは近所に住んでいた幼なじみで、小学生の頃は毎日いっしょに登校していた。壱人が小学生の頃、妻の不貞を疑い探偵に調査を依頼し、ママが会社の同僚の新川と不倫をしていることを知る。そんなある日、朝から妻が外出する日に、パパ自身は壱人を連れて遊園地へ遊びに行く予定になっていた。しかし、その日はママの不倫現場に突入するつもりで、わざわざ壱人を同行させていた。その後、ママが新川の家に入って行ったとの探偵からの連絡を受け、壱人を連れて現場に乗り込んだ。そこにはリビングのソファで裸でセックスに興じる妻と新川の姿があり、それを窓越しに強制的に壱人に見せつけたうえに、あれがセックスだと壱人に教えた。母親の乱れる姿に困惑する壱人の目の前で、ハンマーで窓を叩き割って室内に侵入。さらに新川の足に何度もハンマーを振り下ろした。その一部始終を壱人に見せ、さらに「深く関係がつながるほど壊れた時は悲惨なんだ」とつぶやき、壱人に人間関係の闇を刷り込んだ。
ママ
霜鳥壱人の母親で、パパの妻。パパは近所に住んでいた幼なじみで、小学生の頃は毎日いっしょに登校していた。壱人が小学生の頃、夫の同僚であり、家族ぐるみで親しかった新川と不倫関係になった。ある日、用事があるとウソをついて朝から新川に会いに行き、新川のリビングのソファで全裸でセックスに興じていた際に、パパが壱人を連れてやって来た。その後、ハンマーで窓を叩き割って壱人と夫が室内に侵入したことに驚きながら、パパが新川の足に何度となくハンマーが振り下ろされる惨状を目の当たりにすることになった。
新川 (しんかわ)
パパの会社の同僚の男性。パパやママ、霜鳥壱人とはバーベキューパーティをするほど家族ぐるみで親しい関係だったが、いつしかママと不倫関係となった。ある日、新川自身の家族が不在の自宅にママを呼び、リビングのソファで全裸でセックスに興じていた際に、パパが壱人を連れてやって来た。その後、ハンマーで窓を叩き割って壱人と夫が室内に侵入したことに動揺し、言い訳をしようとしたところ、パパがハンマーを何度も自分の足に振り下ろしたため、大ケガを負ってしまう。
大村 梨沙 (おおむら りさ)
大村雄祐の妻。夫とのセックスレスに悩んでおり、「すずしろノースクリニック」に来院した。事の発端は半年以上前、セックスの最中に雄祐の性器が萎えてしまったことから始まった。それ以来、何度となくセックスに失敗するようになり、雄祐が自分に触れなくなってしまったことを悩んでいる。夫婦のセックスレスを解消しようと、雄祐と共に泌尿器科を受診したが、機能的な問題はないことからセックスセラピーを受けることを勧められ、霜鳥壱人を紹介される。自分一人で診察を受けようとするも、当事者がいなければセラピーは受けられないと壱人に言われ、治療に消極的な雄祐をクリニックに同行させようとした。だが、セックスレスについて話し合おうとするたび、逃げようとする雄祐を咎(とが)めてしまうため、夫婦関係は冷えきっている。それでも雄祐と共にカウンセリングを受けたが、非協力的な雄祐の態度に溜まった不満が爆発。まるで自分だけがセックスに積極的になっているようで、やりきれない思いに涙した。
大村 雄祐 (おおむら ゆうすけ)
大村梨沙の夫。妻とはセックスレスの状態にある。半年以上前、梨沙とセックスの最中に性器が萎え、いわゆる中折れ状態となってしまった。その時の失敗がトラウマとなり、それ以来梨沙とのセックスがうまくいかなくなってしまう。泌尿器科を受診してみたものの、機能的には問題がないことが判明し、主治医からセックスセラピーを受けることを勧められ、霜鳥壱人を紹介される。しかし、セックスセラピーに対してうさん臭さを感じており、カウンセリングに前向きな梨沙に対し、大村雄祐自身は積極的になることができないでいた。梨沙との話し合いからも逃げ腰で、夫婦関係は悪化の一途をたどっている。そんな中、梨沙から叱責されたことに逆上し、投げつけた時計の破片が梨沙を直撃してケガを負わせてしまう。申し訳ない気持ちから、梨沙と共に「すずしろノースクリニック」に来院。しかし壱人に対し、日常の夫婦生活を詳細に話す梨沙の様子に我慢できず、結局その場を逃げ出してしまう。その後、会社の上司に相談すると、同じ経験のある上司からEDの薬をもらえることになったが、規定量もわからず摂取したところ、大量摂取してしまって救急車で運ばれる事態となる。その際、偶然居合わせた壱人からセックスレスのきっかけについて聞かれ、話を始めた。それ以来自分の話を真摯に聞いてくれた壱人に信頼を寄せ、ようやく治療に前向きになることができた。
川崎 澪里子 (かわさき みりこ)
大学2年生の女子。恋愛体質で、付き合う彼氏とはいつも長くは続かない。毎回、彼女がいる男性を好きになっては、略奪する形で自分のモノにしてきた。しかし、実際に付き合い始めてからは、毎回自分の理想とは違ったという理由で別れることが多い。最近、映画サークルで知り合った井上新太が好きになり、彼氏と別れたばかりだが交際をスタートさせた。だが、セックスをしようとしても、挿入時に痛みを感じて挿入することができなかった。これまでもセックスに対してどこか冷めた感情を持っていたが、これまではふつうにセックスはできていた。しかしあまりの痛さに、病院で診察を受けるも原因が特定できず、新太と共に「すずしろノースクリニック」に来院し、霜鳥壱人のカウンセリングを受けることになった。実は、川崎澪里子自身が自分を嫌っており、そんな自分を選んだ時点でその男もおかしいと感じてしまうことが原因だった。実は幼い頃から実姉に対してコンプレックスを抱き、自己肯定感が低かった。事の始まりは、姉と付き合っていた彼氏が自分に一目惚れし、姉と別れてまで自分に告白して来たことにあり、自分を選んでもらえたことで自己肯定感を高めるものの、この略奪恋愛体質が定着してしまう。好きな人が変わると外見をガラッと変え、まるで別人のようになるため、スマートフォンには自分の写真が大量に保管されている。
井上 新太 (いのうえ あらた)
大学2年生の男子。映画サークルで知り合った咲恵と交際していたが、川崎澪里子に好意を寄せるようになり、咲恵と別れた。その後、澪里子を映画に誘って交際を始めることになった。しかしセックスをしようとしても、澪里子が痛みを訴えて挿入することができず、最後まですることができなかった。病院で診察を受けても原因がわからなかったため、澪里子と共に「すずしろノースクリニック」に来院し、霜鳥壱人のカウンセリングを受けることになった。
三枝 麻紀 (さえぐさ まき)
中学2年生の女子。電車で通学時に盗撮被害に遭ったことがあり、それ以来精神的につらい日々を送っている。電車に乗る時はつねに制服のスカートの下にジャージのズボンを着用している。盗撮被害に遭ったのは、スカートを履いた自分に非があったのではないかとか自責の念を抱いている。また、盗撮画像がネットにあげられてしまったらどうしようという恐怖心や嫌悪感、恥ずかしさに苛(さいな)まれている。盗撮の加害者の池内俊幸が弁護士をつけ、三枝麻紀の両親も早期の解決を願ったことから示談となった。しかし、自分の中では何も解決しておらず、生活を送るだけでも恐怖心を感じるようになってしまい、これが一生続くのかと絶望している。その後、電車での通学も困難となり、徒歩圏の学校に転校することになった。
池内 孝 (いけうち たかし)
池内俊幸の息子。中学2年生で、三枝麻紀のクラスメイト。麻紀とは、小学生の頃から同じ塾に通っており、中学受験もいっしょに頑張った仲で、友達だと思っていた。しかし、具合が悪そうな姿を最後に、麻紀は何も言わずに転校してしまった。その後、別の友達から麻紀が盗撮被害に遭ったことを聞き、さらに自宅で母親の話を立ち聞きしたことで、父親が加害者であることを知ってしまう。その後、母親が離婚を決断したため、俊幸とは離ればなれとなった。それ以来、家族が加害者になるという事実と向き合い、性暴力や被害者のことを見て見ぬ振りをする世の中に憤りを感じている。
池内 俊幸 (いけうち としゆき)
池内孝の父親。会社員では課長を務めている。三枝麻紀を盗撮した加害者。今回の事件が池内俊幸自身にとって2回目の示談となり、再犯防止のため「すずしろノースクリニック」に来院し、霜鳥壱人のカウンセリングを受けることになった。大学1年生の頃、夜遅くまで課題の毎日にストレスが溜まり、ストレス解消のための盗撮が成功して以来やみつきとなり、勉強の息抜きに毎日盗撮をするようになった。その後、大学4年生の時に1度目の逮捕となったが、示談金を支払って不起訴となる。実に20年近く盗撮を続けており、盗撮に依存している状態。被害者の麻紀に対しても、盗撮に気づいても抵抗しなかったため、被害者側が撮ってほしいとカンちがいしたと語っており、自分勝手な言い訳に終始した。この一件で、妻からはスマートフォンのカメラが使えないようにされる。妻からは子供たちのためにも離婚はしないと伝えられており、もとどおりの生活を送っている。のちに、壱人から性犯罪加害者の再犯防止のために行われるグループセッションに参加することを求められ、そこで佐伯しおりから被害者としての生の声を聞くことになり、ようやく自分の犯した罪の重大さを実感する。だがその直後、会社に盗撮事件が知られてしまい、同時に妻からも離婚をつきつけられることになり、自暴自棄となる。
佐伯 しおり (さえき しおり)
過去に性犯罪の被害に遭ったことがある中年女性。「すずしろノースクリニック」で行われた性犯罪加害者の再犯防止のためのグループセッションに招かれ、自らの体験を赤裸々に語った。中学生の時、通っていた塾のエレベーターで性被害に遭った。エレベーターに同乗した顔見知りの塾講師に下半身を触られたが、突然のことに困惑し、恐怖のあまりパニックになってしまう。声を上げて抵抗することができず、その時に感じた無力感は今でも忘れていない。さらに、塾講師にスカートをたくし上げられた状態で写真を撮られ、ばらまかれたくなかったら誰にも言うなと脅された。その事実は誰にも打ち明けることができず、町中や学校で男性とすれ違うだけで怖くなり、不登校になった。さらにカメラを向けられたり、エレベーターに乗ったりするとフラッシュバックするようになってしまう。抵抗できなかった自分を責め続け、自尊心はズタズタになり、自傷行為を繰り返して何度も入院することとなる。カウンセリングを受けて、やっと現在の状態まで戻ったが、性犯罪の被害者がその後どんな人生を歩むことになるのか、その現実を知ってほしいとの思いから、グループセッションへの参加を決めた。性犯罪被害者が抵抗しないのは、恐怖心から体がフリーズしてしまうだけで、決して加害行為を受け入れているわけではないこと、被害者は物ではなく意思や人格のある人間であることを強く訴えた。
北野 丈明 (きたの たけあき)
週刊誌の記者を務める中年男性。市之瀬祐美のスキャンダル発覚直後、患者のふりをして「すずしろノースクリニック」に来院し、霜鳥壱人への取材を強行しようとした。セックスに関しては、中高年になってからは面倒で億劫(おっくう)に感じており、そんな気も起きないと明言している。そのため、クリニックが掲げる「セックスは人生を豊かにする」というキャッチフレーズに賛同していない。実は妻の北野若子とのセックスレスは2年が経過しており、たまに気にする様子を見せている。当初は壱人を、ただ芸能人と付き合っているチャラ男としか見ておらず、セックスセラピストなんて胡散(うさん)臭いとさえ思っていた。しかし、真剣に患者に寄り添い、真摯に相談に乗る壱人の姿を見て考えを改める。その後、若子の提案により、夫婦でセックスセラピーを受けることとなった。若子からオープンマリッジの関係を希望しているとの予想外の発言が飛び出し、冷静さを失う一幕もあったが、若子がセックスに応じない理由に性交時の痛みがあることを知る。若子からの発言に動揺を隠せなかったが、夫婦間のスキンシップやコミュニケーションが年々なくなってきたことを悩んでいたことを打ち明け、ただ性欲を処理するためにセックスがしたいわけではないと素直に吐露した。結局、若子の感じる痛みは更年期障害によるもので、治療や改善が可能であることを知り、夫婦生活改善に向けて一歩踏み出すことになる。壱人のカウンセリングにより夫婦関係が改善し、壱人への印象も大きく変わることになった。
北野 若子 (きたの わかこ)
北野丈明の妻。年齢は52歳。2年ほど前からセックスの時に痛みを感じるようになり、丈明とのセックスを拒否したことがきっかけでセックスレスとなる。丈明からは求められることもあったが、痛みを打ち明けることができないまま悩みを抱えていた。そんな中、丈明が仕事で取材のために訪れた「すずしろノースクリニック」のセックスセラピーのことを耳にし、カウンセリングを受けることを決めた。霜鳥壱人には、オープンマリッジの関係を希望している旨を打ち明け、丈明には自分以外の人と関係を持つことを勧めた。だが、セックスの際の痛みについて壱人に打ち明けると、その原因が更年期障害であり、治療や改善が可能であることを知り、解決の糸口をつかむことになった。
場所
すずしろノースクリニック
性にまつわる悩みを相談できる専門機関。認定セックスセラピストとしての資格を持った医師が、夫婦のセックスレスや性生活の問題をはじめ、性機能不全、性交疼痛症などさまざまな相談を受け付けている。スタッフは霜鳥壱人と江戸川智鶴の二人の認定セックスセラピストと、看護師の犀川優太、受付の「八郷万里加」の四人で構成されている。院内は、カウンセリングに使用する部屋が改装中のため、乱雑している。クリニックの公式ホームページには、「セックスは人生を豊かにするもの」というキャッチフレーズが記されている。
書誌情報
SとX ~セラピスト霜鳥壱人の告白~ 3巻 講談社〈イブニングKC〉
第1巻
(2021-12-23発行、 978-4065263457)
第2巻
(2022-03-23発行、 978-4065272510)
第3巻
(2022-08-23発行、 978-4065290392)