さよならキャンドル

さよならキャンドル

清野とおるの「東京都北区赤羽」シリーズのアナザーストーリー。赤羽のとなり町である北区十条にかつてあった奇妙なスナック「キャンドル」を舞台に、癖のある店主やさまざまな客とのエピソードや、清野とおる自身のトラウマ級の記憶を描いたノンフィクション。エピソードごとに過去を振り返り、回想する形で物語が展開していく。講談社「コミックDAYS」に2020年12月から2022年9月にかけて掲載された作品。

正式名称
さよならキャンドル
ふりがな
さよならきゃんどる
作者
ジャンル
エッセイ
レーベル
ワイドKC(講談社)
巻数
既刊2巻
関連商品
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あらすじ

2020年、漫画家の清野とおるは、昨年に結婚した妻の暮らす世田谷とそれまで自らが一人暮らしをしていた北区赤羽とを行き来する二重生活を送っていた。結婚したことでこれまでの人生が大きく変わったようで、実はまったく変わってないような、いまいち現実味のない朦朧(もうろう)とした日々を過ごしていた。世田谷から埼京線で赤羽へ移動する際に手前の十条駅で下車し、散歩がてら赤羽へ向かうことがよくあった。清野は小綺麗(こぎれい)なマンションが建っている住宅街の一角で立ち止まり、かつてその場所にあった、10年前に足繁(あししげ)く通っていたスナック「キャンドル」に思いを馳(は)せる。2008年当時、清野は漫画の仕事がうまくいかず、仕方なく近所の弁当屋で深夜アルバイトを始めることとなった。いつもペアを組むパートのおばさんが深夜2時から4時まで仮眠を取りに自宅へ帰るため、そのあいだは清野が一人で店番をしていた。その時間にやって来る奇妙な老婆(ママ)の派手な服装とメイク、そして無機質で空虚な眼でいつも具の残っていない味噌(みそ)汁を一杯だけ買って帰る姿に、「ヤバい妖気」を感じた清野はその老婆に興味を持つようになる。その容姿から水商売をしていると当たりをつけた清野は、アルバイト仲間や近所の飲み屋にその老婆の情報を聞いて回るが、その正体はつかめなかった。そんな中、赤羽で通っていた「ちから」という掃き溜めのようなド底辺居酒屋が閉店してしまい、「ヤバい店」をこよなく愛する清野の心にはぽっかりと穴が空いてしまっていた。この老婆の店は絶対に刺激的で「ヤバい」に違いないと確信した清野は、老婆の店へ行きたい気持ちがピークに達していた。しかし、その老婆の店がわからないまま半年が過ぎたある日、清野はふといつもと違う道から帰ろうと思い立つ。古い住宅街に、営業しているかどうかすら不明な怪しい店が立ち並ぶ街並みを散策しながら帰っていると、その中でも廃墟と見まごうような古い店舗を発見する。「キャンドル」という看板が置かれていたため、辛うじて「店」であることを読み取った清野は興奮していた。扉の前に立つと店内から猫の鳴き声と猫の鳴き真似(まね)をする人の声が聞こえてきた。意を決して清野は扉に手をかけ店内を覗(のぞ)くと、10匹ほどの猫に囲まれ恍惚(こうこつ)の表情を浮かべるあの老婆の姿があった。ついに老婆の店を見つけた清野は、早速「客」としてキャンドルに行くことを決意する。(エピソード「あの老婆のこと」)

2009年の秋のある夜、清野は赤澤潤とふつうの居酒屋で飲んでいた。美味(うま)い酒と美味いツマミに舌鼓を打つ二人は、悪癖から「いい酒」で満たされたあとの「悪い酒」が恋しくなり、キャンドルへと向かう。二人が店内へ入ると、キャンドルの客らしからぬスーツ姿のダンディな中年男性がカウンターで静かにグラスを傾けていた。男性は二人と軽く挨拶を交わすも、帰るところだったらしく、紳士的にママと話しをして店を出て行く。キャンドルで初めてまともな客を見た二人が興奮を隠しきれず盛り上がる中、ママからあの男性が「エノモト」という、やり手の投資家で羽振りがいい男性だと聞かされる。迷惑客ばかりのキャンドルにとって貴重な存在だと二人は認識する。さらにママは、エノモトから二人の代金も頂いていると告げられる。テレビなどでたまに見る「カッコイイ奢(おご)られパターン」をはじめて体験した二人は、ふだん目にするキャンドルの迷惑客とのギャップも相まって、エノモトへの好感度がマックスに達する。そして月日が流れ、2010年の春、清野はキャンドルの近所でくたびれたエノモトを見かける。まったく雰囲気が違うことに違和感を持った清野はエノモトのあとを付いていくと、エノモトはトランクルームに入って行く。仕事用か趣味用で借りているのだろうと気にも留めずに清野はその場をあとにする。さらに月日は流れ、2011年、いつものようにキャンドルで清野と赤澤が飲んでいると、ママからエノモトについての話題を振られる。1セット1000円のキャンドルで、緑茶割り2杯を飲んで1万円を気前よく払うのがふだんのエノモトの飲み方だったが、2010年の春頃から口数が少なくなり、身なりもみすぼらしくなり、飲み代のツケをせまるようになった。これまでいつも多めに支払っていたため、ママはツケを容認したが、翌月店に現れたエノモトはヨレヨレの服装にボサボサの髪に無精髭(ぶしょうひげ)と風貌が一変していた。短期間での変貌ぶりにママは驚きつつもなにも聞けず、いつもより多くの酒を煽(あお)ったエノモトは、帰り際に以前のツケとその日の飲み代としてクシャクシャの1万円札を差し出す。さすがに気になったママが人伝(ひとづて)に聞いたところ、エノモトはキャンドルで見る彼からは想像もつかない人物像だった。(エピソード「場末の怪紳士」)

登場人物・キャラクター

清野 とおる (せいの とおる)

本作の作者である漫画家の男性。2020年時点の年齢は40歳。2019年に結婚し、現在は妻の暮らす世田谷と独身時代に清野とおる自身が一人暮らししていた北区赤羽とを行き来する二重生活を送っている。スナック「キャンドル」にかかわるエピソードは、2008年から2014年までの期間で、回想の形で描かれる作中での年齢は20代後半~30代前半である。過去も現在もふつうの青年然とした風貌をしている。場末の酒場をこよなく愛し、そこに顔を出す珍客やハプニングを心から楽しんでいるため、常人なら敬遠するような店に異常なほど心惹(ひ)かれてしまう。清野自身の「面白そう」と感じる直感に素直に従い、興味のままに刺激的な店を開拓している。そのため、初対面の人たちにも「何か」を知ろうとして物怖(ものお)じしながらも話しかけている。過去に赤羽に存在したディープな居酒屋「ちから」が閉店してしまい、清野自身が居場所とする底辺酒場を探していた際に、ママと出会って物語が展開していく。同い年の赤澤潤とはちからで知り合い、友人となる。ちから閉店後にマスターから譲り受けたちからの看板を大切にしている。

ママ

スナック「キャンドル」を経営する老婆。昭和の大女優を彷彿(ほうふつ)とさせるゴージャスな衣装に身を包んでいる。服装に負けないほどの厚化粧で、「妖気」と評されるほどの異様な雰囲気を醸し出している。仕事明けの午前3時半過ぎ、たまに清野とおるがアルバイトしていた弁当屋を訪れ、具のほとんど残っていない味噌汁を一杯だけ買って帰るという謎の行動を取っていたところ、清野から興味を持たれる。大の猫好きで近所の野良猫に餌付けしているため、キャンドルには客のほかに猫も集まって来る。心得はないがママ自身が活けた花や植物が店内にはあふれている。近所で活動する高齢の娼婦(しょうふ)集団と、底辺の客を取り合っているため仲が非常に悪い。娼婦集団が営業中のキャンドルの泥酔客を攫(さら)っていくこともあるため、よく揉(も)めている。近所の飲み屋で軒並み出入り禁止となった素行不良客にも酒を提供する懐の広さを持ち、十条界隈の迷惑客のセーフティネット的な存在にもなっている。ただし、キャンドルで知り合った客同士が店外で会うことを極端に嫌い、発覚した場合は出入り禁止の処置を下す。また、通常はお通しに乾き物を提供しているが、気に入らない客にはキャットフードを出す。本名は「小笠原清視」と自称しているが、真偽は定かではない。セブンイレブン中十条三丁目店の大ファンで、お金を出してくれそうな客にはこの店の惣菜(そうざい)をねだる。静岡県の浜松出身。

赤澤 潤 (あかざわ じゅん)

清野とおると友人の会社員の男性。短髪で眼鏡をかけている。清野と同い年で、清野とは赤羽のド底辺居酒屋「ちから」で知り合った。清野と同じく、夜な夜な底辺酒場で繰り広げられる珍事件が大好きで、飲み屋を新規開拓する際の目線は清野と同様で「刺激的で面白いか否か」を大切にしている。清野からスナック「キャンドル」を紹介され、赤澤潤自身も常連となる。清野が所有しているちからの看板をキャンドルに運んだり、清野が出入り禁止を喰(く)らった店にも通い、そこで起こった珍事を清野に伝える役目を担っている。底辺酒場慣れしているため、初対面の酔っ払ったオッサンからいきなり股間をつかまれ続けても動じないメンタルの強さを持つ。

ヒガシ

スナック「キャンドル」の常連客で老齢な男性。年齢は70歳前後。キャンドルに通って10年以上という迷惑客で、近隣の飲み屋のほとんどで出入り禁止を喰らっている。キャンドルのカラオケ機に放尿して壊したため、実はキャンドルも出入り禁止中ではあるが、お構いなしに来店するため、根負けしたママから入店を許された猛者(もさ)。水道工を生業としている。1円も持たずにキャンドルに来ては初対面の客に奢ろうとしたり、無銭飲食をママに懇願したりしている。清野とおるからは「キャンドルの必要悪」だと評されているが、ママは「ただの悪」と愚痴をこぼしている。年季の入ったモルタルアパートの2階に居を構えており、酔っぱらうと大声で暴言を吐く姿からは想像できないが、部屋は綺麗(きれい)に片付いている。自宅アパートの1階に住んでいるアツミと仲がいい。携帯の操作には疎いが、アドレス帳には息子や他人名義の消費者金融の番号が登録されている。カレーを人に振る舞うことが大好き。常人なら1週間から10日後くらいのニュアンスで受け取る「今度」の約束は、ヒガシにとっては4時間後である。自宅にやって来る野良猫をかわいがっている。

アツミ

ヒガシと同じモルタルアパートの1階に住む老齢の男性。2008年の時点で、このアパートに20年住んでいる。同じアパートに暮らしているヒガシと仲がいい。深夜に自宅の窓をヒガシに叩(たた)かれ、寝ていたところを起こされても気にすることなくそのまま家飲みに招き入れている。自宅にやって来る野良猫をかわいがっており、よくいっしょに寝ている。以前はヒガシと連れ立って「キャンドル」にも通っていたが、今は家飲み専門。ヒガシの強烈キャラクターの影に隠れて「ふつうの人」と認識されがちだが、1円も持っていないヒガシの無銭飲食に対する和解案として、さらに酒を要求する無茶苦茶な提案をしていた。清野からは「キャンドルの必要悪」だと評されているが、ママは「ただの悪」と愚痴をこぼしている。

エノモト

スナック「キャンドル」の常連客の男性。スーツ姿でダンディな雰囲気を漂わせた中年男性。迷惑客が集うキャンドルにおいて、清野とおると赤澤潤から「はじめて見たまともな客」と評されている。2007年の初来店からキャンドルには月に1度のペースで来店し、振る舞いも紳士的で、いつも会計のお釣りをチップとして渡しているため、ママからの好感度も高い。「赤羽にマンションを持っている個人投資家」を自称している。しかし、エノモトの本当の姿は場末酒場専門の恋愛詐欺師で、特定の住居を持っていない可能性が高い。飲み屋で引っ掛けた女性の家に転がり込みヒモのような生活を送り、金銭を吸い尽くすと次の獲物を探す日々を送っていた。キャンドル付近のトランクルームを借りており、そこを私物の置き場所として使用していると同時に、詐欺と詐欺の合間の潜伏場所としても活用していた。そんな生活の中、2009年の暮れに赤羽の小料理屋で知り合った30代半ばの女性客に本気で惚(ほ)れてしまうが、実はその女も結婚詐欺師で、持ち金の大半を持ち逃げされてしまう。エノモトという名前も偽名である可能性が高く、別の店では「ヤマモト」と名乗っていた。清野と赤澤がエノモトの正体をつかむために聞き込みを続けていたが、ある日、別人の情報を追っていたことが判明し、どこまでがエノモト本人の情報なのかは不明のまま。ママと同じく静岡の浜松出身。

タナカ

バブルの頃、スナック「キャンドル」でバーテンダーを務めていた男性。25年前に赤羽でスナックを開店させた。赤澤潤が毎朝出勤する道に店はあるが、これまでまったく気づかなかったほど目立たない外観をしている。店の中は非常に暗く、ドアを開けると「漆黒の闇」が待っている。客が来ると店の奥のカウンターだけ照明が灯(とも)り、タナカがライトアップされる。至近距離からしか確認できないが、昭和の名優のようのダンディな言葉遣いと振る舞いで50代半ばのナイスミドルに見えるが、帰り際の入口付近の照明に照らされると70代に見える。店で給仕をしている老婆がいるが、妻なのか母親なのか定かではない。キャンドルについて話題を振ると、明らかに動揺して言葉を濁す。カラオケが非常にうまい。

場所

キャンドル

東京都北区十条にかつて存在した奇妙なスナック。ボックス席2席、カウンター4席という小じんまりした店内だが、屏風で仕切られた店の奥には謎のスペースが設けられており、そこになにがあるのかはママしか知らない。カウンターはやたら低めに設計されており、上部の棚にはくまのプーさんのぬいぐるみがひしめいている。店内には花好きのママが素人ながらに活けた花々の毒々しい生命力があふれている。ママが餌付けしているため、近所の野良猫がよくやって来る。常連客は近所の飲み屋を出入り禁止になった迷惑客ばかりで客層は非常に悪い。廃墟と見まごうボロい物件に店舗を構えており、看板が出ていないと店として認識するのも難しい。2009年の冬にママが近所の娼婦集団と揉めて店の看板を盗まれてしまい、紆余(うよ)曲折を経て、清野とおるが作成した看板が置かれることとなった。場末の飲み屋らしく1セット1000円という格安料金で営業している。基本的に最初のドリンクは、銘柄不明の酒の緑茶割りが注文しなくても自動的に出て来る。過去にヒガシがカラオケ機に放尿したため、1〜99番の曲しか再生できない。2014年1月に閉店した。

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書誌情報

さよならキャンドル 2巻 講談社〈ワイドKC〉

第1巻

(2021-09-08発行、 978-4065248706)

第2巻

(2022-07-13発行、 978-4065285381)

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